第二千八百三十五話
今更ながらに気づく。あちこちで道路工事が行われている。議事堂周辺の道路や壁、ビル群には関東事変における戦闘の名残が見て取れる。弾痕さえあるのは、警察や自衛隊の出動と怪物たちへの抵抗によるものなのだろうか。
意識して歩いてみると、東京は傷だらけだった。
コンビニに入ればどこかの国から外国語、つまり日本語を学び覚えてやってきた人をよく見かける。御霊もなしに私にできるか。どんなに経済事情が悪くても、元々の私にそこまでできるとは正直、とてもじゃないけど思えなかった。
外国語を覚えて海外で働く。それってすごいことだ。頭が下がる。語学において私よりも堪能な人に、むしろ彼らの母国語を教えてもらいたいまであるし、彼らの母国での暮らしについて教えてもらいたいまである。
まるで大砲が撃たれたかのように抉れた道路を工事している人たち、とりわけ車の誘導員をしている人にシニア層の人を頻繁に見かける。そういえばスーパーに行くと、働いている人にお年寄りを見かけることが増えた。
だけど、これが日常だ。
私たちは自分が生きる日常に、環境に、言動に“なっていく”。日ごろ使う言葉が自分の世界観や論理、定義に染み込んでいくように。これが、当たり前になっていく。
土木をはじめ、運輸なども含めた、あらゆる身体を動かす業務をブルーカラーと言うけれど、ホワイトカラーよりも給与や待遇が劣悪であることが多い。それはおかしい、という批判がもちろんあるし、むしろブルーカラーこそ給与、待遇がホワイトカラーよりも高いことだってゼロじゃない。国や業種によっては。でも、日本の現状では惨憺たる状況だ。
レジ係もだし、それを言ったらアルバイト全般そうだし、工場での労働をはじめ、言いだすときりがない。安価は基本、労働費や待遇を削りに削った結果もたらされていると言える。乱暴だけどね。
私たちは安価に依存している。それも強烈に。だから私たちが消費者の立場で言うかぎり、値段があがるのは困る。依存しているからね。物の値段があがると困る。収入が減るほど、ダイレクトにきつくなる。消費税はやばいくらい追い討ちをかけてくる。
満足に生活ができなくなっていく。じわりじわりと悪化しつづけている。坂道を転げ落ちている人が増えている。まるで映画タイタニックで、沈没が視野に入ってきたときの、船の傾きのように。不謹慎な例えになるけどさ。
おっと。
危ない。
一を見て、自分中心の世界における一に解釈して、ただちに答えようとしすぎる。だから気をつけないといけない。私は自分中心の世界における一を見て、十を語っている。
落ち着いて。自分の外にある一を見て。
あの一はああだこうだと私たちは語りすぎる。あいつらはああだのこうだの語って、自分がなにをどうするかを排除しすぎる。透明にして、語らないで、行動しないで、責めておしまいにしすぎる。
それで済ませすぎるところもあるからさ? 私たちは生きにくいよね。排除したがることさえ、ありすぎるんだもの。自己責任論のもとに、私たちは支配を正当化・責任転嫁・免罪しすぎるし? されすぎるから。ここでいう支配とは暴力・虐待・放棄であり、その具体性はとことん残酷なものさえ含める。
その具体例にある。
私たちは踏みつけて、踏みにじり、踏みつけられて、踏みにじられながら生きている。不感症でいるか。それとも? なんて。ありふれた話だ。具体性の伴わない話。
きらいだ。この街が。
だけど私も、その一部として暮らしていることを否定できない。安価さに頼りながら生きているのだから。いまさら、なかったことにはできない。いろんなものを抱えて生きている。加害を抱えて生きている。一次産業の窮状がありながら、私たちは暮らしている。言いだしたらきりがない。
政治と共に私たちは生きていて、私たちの日常のほとんどが政治と共にある。そして私たち自身の加害性も、被害性も、その具体例も、常に、政治と共にある。
だけど、その実態をきちんと掴み取るのはむずかしい。自分中心の世界の論理を語るのは簡単なのに。
実態を知らずに十を語り、一を断定的に語るのなんて?
簡単だ。
詭弁を弄する側だけじゃない。無意識に、なにも知らずに、なにも考えずに生きたい側も同様だ。いくらでもできる。だけど、そんなことばを持ち出して責めたり裁いたりする権利だって、だれにもありはしない。そもそも大多数の人が同じ枷を抱えて生きているとも言える。
公平でも公正でもなく、平等でもなんでもない。せめてマシになるように活動している人がいる一方で、問題をだれかのせいにして支配下に置こうとする人も多くいる。
やるせないよね。
製造開発者たちも、彼らと利益関係にある者たちも、支配したがっている。いいように利用されたあいつも、連中の支配の傷の復讐に、支配の仕返しをしたがっている。
支配はやめろ、という話なんだけどな。
だれも潔癖じゃない。なぜって、そもそも社会や環境に取り込まれていることがたくさんある。それは個人のレベルで対応できるものじゃない。あんまりにもね。学ぶと、それが見えてくる。そこにうんざりするほど、自分を無関係なところに置きたがる。
悪い奴らがいて、そいつらのせいで自分は、ってね。
そうはいかない。
だけど、それを理由に責めだしたらもうきりがないし、そもそも個人に責任を求めるのは誤りが大きすぎる。環境や仕組みを変えればおしまいっていう、そういう単純なものでもない。
私たちは一を自分中心の世界の一として捉えてしまいがちだしさ? みんな異なる多種多様なひとりだし、だけど刺激に対して情報処理して反応する点ではみんな同じ人間だしさ? 個別のひとりひとりに対応できるようには、環境も、社会も、まるで整っていない。
勝者にしか道を開かない環境や社会は基本的に、いま走れる馬、いま飛べる鳥、いま働けるアリしか認めない。コースは過酷になり、レースは難度が増すばかり。強風が吹いて天候が荒れるし、自分を狙う強い生物が増える。休みは与えられず、休憩するアリの立場にはなれない。
追い出されたら? しくじったら? もうおしまい。そんな環境で、社会で、私たちはまともに生きていけるはずがない。
そういう意味では、社会のより露骨な過酷さを強要されたあいつには共感する。
みんなそうだから我慢しろ、じゃない。みんな大なり小なりそうだから、みんな大なり小なり救われなきゃ嘘だろって話だ。そこで人を選ぶなんて、どうかしてる話なんだ。
「ううん」
居酒屋店のランチをいただきに入ったお店でホルモン定食をもそもそ食べながら考えをまとめる。
整理しきれないけど、でも、あいつの視点を想像できるかぎり想像して考えてみるかぎり、どうだろう。復讐心は製造開発者たちだけじゃなく、市政の人にも向けられているのではないか。
関東中を対象にした術だったんだから。
でも、やっぱりわからない。議事堂の人形たちを使って脅したり、交渉材料にしたり、情報を取ろうとしたり、いろいろできたろうに。それをしなかったのは、なんでなんだろう。
カゲくんたちと潜入してみたとき、既に人形たちは消え去っていた。完全にいなくなっていた。亡骸が見つかるとか、人形の残骸として発見したとか、そういうことにはならなかった。
私はてっきり、あいつがそうしたのだと思っていたのだけど、ちがうのか?
そもそもあいつは議事堂でいったい、なにをやったんだろう。と同時に製造開発者たちは議事堂でなにをやっていたんだろう? 国会運営? 人形は人の変わり。でも、議員たちは日本海の施設でのんびりしっぽり。ニュースもなければ、シュウさんたちからの続報もない。よっぽどの箝口令が敷かれているのでは。それは、でも、そう。当たり前といえば、当たり前。
考え方を変えてみよう。
国会さえも面倒なおじいさんたちが、製造開発者たちと共に結託して人形を製造。交代する。そもそもやる気がない。野次を飛ばすのさえ面倒。選挙で受かり、議員でいることが重要。お金も特権も大事だから。なので交代する。元々、議員としての仕事も、そこまで熱心じゃないおじいさんたちのための替え玉だったら、どうだろう。
「だったら、実は重要でもなんでもないのでは?」
むしろ事実が明るみになることのほうが、よっぽどまずいのでは。そっちが急所であって、かけるべき王手だったのでは?
「なら、なんで消した?」
そもそも消したのか? どうやったんだ。
本当のところはどうなのか、さっぱりわからない。
「どういうこった?」
首を傾げる。
ウーロン茶を飲みながら木製の椅子に背中を預ける。すこしだけ薄暗い、木目で整えられた店内。テーブルと四人掛けの椅子は大人で埋まっている。大きな木製テーブルを囲うひとり席も同じ。特別若いのは私くらい。残念なくらい浮いている。でも、だれもいちいち私を見ない。食事や話に夢中。お昼休みにかぶっちゃったせいだろう。
「ううん」
深呼吸をしながら思案する。
どうやったにせよ消したのは、そうせざるを得なかったからではないか、なんていうのはどうだろう。
あの夜、あのとき、あいつはそんなに満たされたようには見えなかったもの。
製造開発者たちのほうが上手なら。平塚さんたちを苦しめぬいた連中のほうが、組織力も抜群だというのなら。あいつはむしろ、どうしようもなかっただけではないか?
「お済みなら、お下げしてもよろしいですか?」
「あ! ごはんおかわりで!」
「あっ、はい」
若いお兄さんの店員が声を掛けてきたので、おかわり無料のご飯のお椀を出した。受けとった彼は首を傾げながらも、ただちに離れていく。お客さんの出入りの絶えないランチタイム。みんな、休んでいる暇がない。だれもかれもが大忙しだ。
ホルモンも、付け合わせのレタスの千切りサラダも、おみそ汁も、キュウリとナスの浅漬けも、もうぜんぶ食べた。だけど、運ばれてきた白飯に、ホルモンをのせていた分厚いお皿にたまったタレをかけて、一気に食べる。
大好き、ごはん。
退院して、ご飯を食べられるようになってきたからさ。そりゃあもう! 食べずにはいられないよね!
ホルモンは味噌とにんにくの利いた、がつんとくる味つけだった。生姜のすりおろし、七味もついていて、堪能させてもらったんだけど、やっぱりタレがいい。いくらでもご飯が食べられるから。
まだまだいける。三杯目もいけるけど、おかずがない。
そもそも居酒屋なんて、そうそう来ることができない。トシさんに連れていってもらってなにが助かるって、居酒屋メニューが新鮮でおいしいから!
いろいろ食べたいもんだよねえ。メニューを手に取る。ランチ用のメニューしかない。そしてたぶん、すっごく薄い。やっぱり居酒屋は夜メニューがメイン。それでも、薄い中にある一品に惹かれる。和牛、上焼き。頼んじゃうかあ!
追加をお願いして、おかわりもお願いする。おみそ汁もいけるみたいだから頼んじゃう。
「ううん?」
関東事変を引き起こすような術をかけられる、あいつ。そんなあいつを上回る組織の、製造開発者たち。平塚さんも、製造開発者たちを探そうとしていたけどやられちゃった。意識と記憶を失って、CSKDの福祉施設の警備員をやっていたという。佐藤さんとあねらぎさんが、彼を解放するまで、ずっとね。
政治家たちと製造開発者たちは、選挙も、国会運営もハックしていた。いや。壊していた。
ミームを無思考・無批判に使うものじゃない。ハックなんて言い方でごまかして、それがなんだ。ばかみたい。自分たちに都合がいいように、すべて台無しにしていただけ。それのいったいなにが賢いっていうんだ。
「お待たせしました」
お兄さんが香ばしく焼けたお肉ののってるお皿と、ご飯、おみそ汁のおかわりを置いてくれた。ふんわりとお味噌が玉のように漂っている。新鮮なネギの刻み、絹ごし豆腐を切ったものが入っていて、ほどほどに熱い。
お肉は切り身になっていて、中心に向けて火の入った色が伸びている。だけど全体が色づくほどじゃない。ほどほどの火の入り。箸でつまんで口に当てると、全体がしっかり熱を帯びている。噛んでみると、さくっと歯が通る。なのにじゅわっと熱いおつゆがあふれてくる。肉汁ほどご褒美を感じるものはない。
堪能しながら、思いを馳せる。
平塚さんから聞いた学校での体験は、異常そのものだった。理華ちゃんたちが見つけた工場。社長たちが逃げ延びた施設を見に行ったとき、襲いかかってきた自衛隊のわずかな隊員たち。続報はない。
膨大な組織の犯行。
平塚さんのように、あいつも手に負えずにいるんじゃないか? なんとかするための、あれだけの術だったとして、それでどうにかなったんだろうか。私には、そうは思えないんだけどな。あれだけの異変を起こしたなら、さすがに製造開発者たちも放っておけなかったし、反応せざるを得なかったのでは?
だったら、あの事変の最中に、なにかしら動きを見せたってことはないか?
「おいし」
つぶやきながらも食事を進めて、さらには考える。
あいつよりも、むしろ製造開発者たちを探るのはどうか。収集した霊子で、あいつをたどるよりも、むしろ製造開発者たちをこそたどってみるのは?
狐街の幼稚園でもらった本を頼りに学ぶ術の扱いや、感情にまつわる霊子の扱いから、応用が利かないだろうか。姫ちゃんの鍵の使い方を工夫することで、特定の情報を読み取ることはできないだろうか? いちいち、いまからゆっくりとさかのぼるんじゃなくて。収集した霊子から、特定の感情や情報を抽出できないだろうか。
だったら、現場を見て回るのは、やっぱり重要だった。
だけど私が向かうべき現場は国会じゃなくて、むしろ、千葉の、あの私塾では? あるいは理華ちゃんたちが見つけた、あの工場なのでは。
私の最速は、私に足りないものを補う必要性を含めながらのもので、あまりにも鈍い。
それでも、あいつを捉えるための、これが全速力。
学びがいる。練習もいる。行動がいる。なのに、考えることもたくさんいる。
「千葉ね」
いまから行ったら帰りがいつになるやら。それに、みんなの手助けがいる。少なくとも、移動面で! 一日かかるもの。千葉に行って帰るとなると。私にもトモみたいに素早く駆ける術があったなら、いいんだけどな。そうもいかないからさ。くだんの工場も行かないと。
ただ、ひとつ、ここで急速に怪しくなってきたぞ? CSKD。だけどシュウさんたちが調べて、まだ、特別なにか追求できてないんだよなあ。製造開発者たちか、それとも関与していたのか。なんであれ、放っておけない。
プロテイン鬼はどうだろう。教団は、なにをどこまで突き止めたんだろう。繋げていいはずのことまでほったらかしのまま。みんなそれぞれに、なにをどこまで進めているのかもわからないまま。
私はいったいなにやってんだと思いはすれど、振り返っている場合でもない。
糸口が掴める手段が、やっと見つかった。
具体的に行う。とことん、やってみる。そのために術が必要だ。あいつとちがうアプローチで、私なりに見つけてみよう。あいつひとりを見つけるよりは、なんとかなる。少なくとも、製造開発者たちに連なる場所を、私たちはもうすでに見つけているのだから。
つづく!
お読みくださり誠にありがとうございます。
もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。




