第二千八百三十話
寝る前のストレッチをカナタとする。背中合わせになって、腕を組み、一方が相手を背負う。あれをやってもらうのが結構好き。背中から腰まで、ぐっと気持ち良くなるから。向かい合わせで座って、足を開き、合わせる。両手を繋いで引っ張り合ってみせたりもする。
お風呂前の柔軟と、平塚さんの鍛錬の復習。みんなはダメっていうけど、カナタは付き合ってくれる。まあ、だいぶ、渋々だったけどね。
ほかほかになって、ついでに汗臭くもなってから息を吐く。ふたりで温泉に出かけて、のんびり浸かりながら最近の話をたんとする。話題には事欠かない。それをいくらでも話せるし、聞けることが、私たちふたりが築きあげてきたかけがえのないものなのだろう。天国修行で追体験した多くの人々の人生と重ねてみたうえで、そう実感する。
かわりばんこで背中を流す、なんてことはしない。湯冷めしちゃうからね! ふたりでせっせと身体を洗うし、湯船に浸かるときにべたべたするほどのどろりと甘い時間もないけれど、ふたりだけで借りて浸かれる小さな温泉でお茶と団子を楽しむのは気分がいい。
カナタの話題はラビ先輩の迷走、小楠ちゃん先輩の不介入というふたりの話でしょ? ファリンちゃんやお姉ちゃんにつけてもらっている鍛錬の話。雪村さんをはじめ、いろんな仕事先の人に稽古をつけてもらうだけじゃなくて「お前はもっと作品を見ろ! 芝居を観ろ!」「そもそももっといろいろ経験しろ!」と紹介されたり怒られたりしていること。地獄修行で眠り王子さまになってるカナタのぷちのお世話のこと。あとは十兵衛たちに見つかるやいなや、修行やケンカに誘われて揉まれていること。
だいたいこんな感じだ。
やまほどあるんだよね。話題も。その元になる体験も。あれや、これや。
私からの話もてんこ盛りだ。お互いによく話してる。だからお互いの話題も、いつだって「ああ、それね」となるようなものばかり。新しい話題があれば? 当然、タネになる。
平塚さんの鍛錬はカナタにとってはファリンちゃんを通じて既に学んでいるものだった。ちなみにお姉ちゃんも心得があるという。なんかずるい。いや、ぜんぶ教えなきゃならない義理など彼女にはないのだから、ずるくもなんともない。ちなみに他にもいろいろと叩き込まれているらしい。
「よくキャパ超えないね」
「超えてるけど、みんなそれでいいっていうんだよ。なにがどう引っかかって、どう残るかは結局、あとになってみないとわからないんだからってさ。無責任だろ」
むすっとしてる。付き合わされてる、振り回されてる、俺はたいへんだって愚痴をこぼしている。だけど「なんだかんだで楽しい」からいいのだそう。なんだそりゃ。
「ただ、環境のちがいについては実感するな。兄さんに無理を強いられて文句ばかり言われていた頃といまとじゃ、明らかにちがう。体験の質も、精神的な安定感も。そもそもいまってすごく楽しいしさ」
無茶苦茶な強要や強烈な否定。抗うのに必死だったときとちがって、いまはやりたいことと周囲の関わりが一致しているから、どこまででもがんばれちゃうし、どこまでも無理してしまう。
そんなに体力がなかったカナタも、ずいぶんタフになったのかも? と思いたくなるところだけど、実は目元にクマができたり、ぼんやりする時間も増えている。いまだって特大のあくびをかみ殺していた。もうちょっと休みがいるよ。カナタには。
勘違いしがちだ。別に体力がいきなりつくはずないのだ。そういうところを踏まえるとドラゴンボールやNARUTOにさえ重ならない。あるいは?
「カナタ、筋トレあんまりしてない?」
「え」
「筋肉あんまり増えてる感じしないし」
「い、いや、ほら。俺は別にマッチョになりたいわけじゃないし」
「あああ」
別にシンプルに筋力イコール体力とはいわないけど、筋力なしじゃあ体力はついてこない。筋トレは大事だ。一日の元気を下支えする重要な要素になるよ? 筋トレは。
「なんでサボってるのかなあ?」
「だって、俺は別に、いまの自分に満足してるし?」
「ふうん?」
じっと見てたら、カナタが顔を背けた。
「嘘です。光葉先輩の怒声やパンチ、兄さんの嫌味や罵倒が蘇ってきて、イライラするんだよ」
「ああ」
いろいろよぎってしまうんだ。そりゃあ、つらいよなあ。
「うん? 待って? ふたりとも刀鍛冶だよね。なぜに筋トレ?」
「侍候補生を陰日向となり支える刀鍛冶こそ、侍候補生よりもっと心身の安定が欠かせない。それには一にも二にも筋肉だ、運動だ、だったかな」
「わあ」
言いそう。ふたりとも言いそう。
でもって体力がなかったカナタはさんざん振り回されたり、傷つけられたりしたんだろう。もしかすると小学生時代の体育で、あれこれ非難されたりばかにされたこともある私のような体験を、もっとしてたのかもしれない。それは、つらいだろう。
「筋トレに集中できないんだよな。それならいっそ、SASUKEとかさ? 春灯と前に見た、あの、あれ。Angel Beats? あのダンジョンみたいなのがいい。それを前に、光葉先輩にうっかり言っちゃってさ」
「ああ」
家族と一緒に見たっけ。エンジェルビーツ。その流れで、お父さんのビデオライブラリから風雲たけし城を見た。テレビがいまよりお金と勢いと、おばかとあほうと、倫理観ぶんなげと無茶と、それを強いるタレントやADたちに満ちあふれていた頃のこと。火薬もやまほど使えていた時代にやっていた遊びは、すさまじいものだった。視聴者参加型の大盛りあがりのアトラクション。
エンジェルビーツのダンジョンも、インディ・ジョーンズのダンジョントラップのようなものをてんこ盛りにしていたし、風雲たけし城はSASUKEのような身体能力を問われるステージを設けていた。ボールを打ち出して、橋を渡る参加者に当てる。参加者は避けながら進む、みたいな。
インディ・ジョーンズなら? いや、いまやトレジャーハントものなら? 巨大な玉から逃げる! これは大鉄板! 天井が落ちてきたり、床が割れたりする。罠にだって歴史があって、穴の中に竹槍を仕込んでいるなんていうものもある。落ちたら死ぬ罠だ。映画版のバイオ・ハザード一作目のレーザートラップなんかは、だいぶオマージュされるようになったっけ。
「先輩が高二になってからは、さんざん試されたっけ。落ちた天井を持ちつづけろとか、迫る壁を支えつづけろとか」
「わあ」
おんなじような趣向を凝らしたクイズ番組もあったような。
「ちなみに、その頃はまだユウリたちもいた。俺は先輩に目をつけられてて逃げられなかっただけで、小楠だけかな。本当の意味で乗りきったのは」
「わぁお」
無茶苦茶だ。
「よく乗り越えたねえ」
「兄さんとちがって先輩は加減をする。俺が乗り越えられるかどうか、際どいラインのぎりぎりを」
へへ、と笑うカナタさんの顔が暗い!
ラビ先輩たちに弄られていたけど、だいぶきついなあ。ハードモード過ぎるよ。カナタさん。
「で、調整してくるし? 俺の調子も把握してるし。手を抜いたら怖いし。逃げ場がなかったよ」
「ず、ずいぶん、手厚い指導だったんだね」
かっこ支配。カナタさんの顔がますますしかめ面になった。
「兄さんが先輩の身内伝いに、俺のことを頼むって言ったからっていうのもあるんだろうけど。俺には正直、迷惑だった」
俺が頼んだわけじゃないのに、だってさ。こんな風に愚痴れるようになったのも、カナタにとっては大きいのでは。前はそんなことすこしも言わなかった。言えなかった。できない自分を責めたり、光葉先輩の無茶にイライラしたり、つらくなったり。それだけだった。私の知るかぎりでは。
見方次第によっては、光葉先輩って高等部在学中ではうちの学校の刀鍛冶のエリートであり、頂点であり、カリスマだった。最強だったしさ? そんな人に見初められるって、すごいことでは? って思うけどね。でも、だれも憧れたり、なんとしてでもついていこうとしたりしなかったのは、端的にいえばきつすぎるからだ。そもそもついていけなかった人ばかりだし、ついていきたいタイプじゃなかった。
小楠ちゃん先輩しか残らなかったって思えば、それも納得。小楠ちゃん先輩もどうかしてるレベルですごいところたくさんあるけど、真似できるタイプじゃない。それは光葉先輩も同じ。それに小楠ちゃん先輩はまだ優しいし、相手に合わせてくれる人だけど、光葉先輩はそういうのしなさそうだ。カナタから話を聞くかぎりでは。
「前はもっときつかったんだ。ずいぶん楽になったんだよ、これでも」
「私からしたら、もう十分きついけど。いまよりもっと?」
「ああ。もともと楠は刀鍛冶の家系として、かなり歴史のあるお宅でさ。本当なら、男児が期待されてたんだ。だけど先輩のご両親は先輩以外にこどもに恵まれなかった。お母さまが身体が弱かったそうで」
「お、おお」
思いのほか、あるあるだけど重たくてどうしようもないやつじゃん。
「娘婿を取ることも本来ならあり得ない、みたいな。だから、お母さまの立場が相当ないらしくて。先輩は、そんなもの全部ぶち壊すって決めてがんばってる。というか、がんばりつづけてる」
「そのぶん厳しいんだ?」
「小さい頃から鍛錬また鍛錬という人だからさ。できるまでやる。できないならできるまでがんばるっていう」
「あああ」
無茶ができてしまえた人なんだ。だから、そういうものだと思って生きてるのか。
思ったよりも壮絶な人だなあ。光葉先輩って。愛生先輩たちの担当を務めてなお努力しつづけるんだから、そりゃそうとうの人だとは思っていたけどさ。
もちろん彼女の成長・発達は、万能でも完璧でもない。女房役のジロウ先輩をはじめ、光葉先輩をフォローする人たちがいっぱいいるし? そのなかには小楠ちゃん先輩だけじゃなく、実はカナタさえ含まれる。彼女がそういう人で、どう付き合うのかを心得ている人がいるという意味でもね。
だれもひとりで育たないし、だれもひとりで生きられない。成長・発達さえ、だれかや社会との相互作用が欠かせない、というよりも「存在している」のを読み取れないくらい膨大である、と言える。
政治や社会への風刺を積極的に行う印象のある韓国の映像作品群。文学なども同様だと聞いている。そのなかには徴兵制度にまつわる内容もある。それは、いまの日本にない社会の相互作用としての、重要な要素と言えるかもしれない。民主化運動にまつわる体験なんかもそうだ。
もっともそれが全員に満遍なく、同じ成長・発達を促すわけじゃない。私たちは多種多様で個別に異なるのだから当然だ。みんなが同じように考え、感じ、行う社会なんてあり得ない。
光葉先輩のやり方に合う人もいるかもしれない。だけどカナタはちがう。それに光葉先輩自身が、自分に完結しているやり方ってわけじゃない。なのに先輩にそれが見えるかどうかは、実はかなり微妙でむずかしい問題だ。たぶん、無理。
個別のやり方、個別に必要な依存、個別の調整。
必要なのは、そこだ。
集約したものには常に限界がある。達成したやり方だってそうだ。技術も、知識も。
個人の選択も、言動もね。社会も、環境も。あらゆる依存もそうだ。
だからこそ「自分にできることを」って言えるし? それにだって常に限界が伴うし、そもそもあまりにも私たちの前提が異なりすぎている。私たちはちがいすぎている。個体のちがいは私たちが想像するよりも決定的であることが多い。だけど個体のちがいを埋めるものがないわけでもないし? そもそも私たちは、そのちがいや実状を観測する能力に限界がある。常に不十分だ。
文字どおり「わからない」から、そのちがいに対処しない。知らないし、気づかないから。いくらでも単純化した物語で穴埋めしてしまえる。
それでも光葉先輩なりにカナタに合わせて調整、調節を試みたんだろう。残念ながら、それが実際のカナタに合っていたかどうかでいえば? 残念ながら、不十分さのほうが目立つ。ジロウ先輩や小楠ちゃん先輩をはじめ、いろんな人がフォローに回ってなかったら、カナタはもっとずっと荒んでいたか、潰れていたかしたんじゃないだろうか。とてもじゃないけど、相性がいいようには見えないもの。
だからカナタは離れたし、光葉先輩も無理して追いかけてはいない。
ちなみに光葉先輩は納得してないみたいだし、カナタは引きずっている。
出口はまだ、見当たらない。そういうものを私たちは生きていくかぎり抱えていくほかにない。これはその実例のひとつと言えるのかもしれない。
「もしも私が考えてる術を試すなら、カナタは金色でなにを表現したい?」
「どうだろ。わかんないな。先輩に関しては。それよりよっぽど、春灯が身体から刀を生やしちゃうみたいな、そういう無意識の表現が形になっちゃう気がするなあ」
湯船に音と波を立てて、カナタが浴槽がわりの岩に背中を預けた。両手を掲げて髪を撫でつけてから、頭頂部に置く。
「無意識の表現?」
「ああ。言葉にできていない、なっていない、するのが怖い。だけど、なにかたまっている気持ちがある、みたいなことのほうが、俺には多い気がするからさ。無意識がどう形になるのかのほうが、気になるなあ」
「おぅ」
無意識が形になる、か。状況に応じて変化するであろう表現を私たちは抱えているだろう。あるいは物語や言葉にしたことで、実は表現されない、その機会を失うものがいっぱいあるはずだ。
それっていったい、なんだろう。
それは表現されるべきものなんだろうか。いや、ちがうな。表現したいものなんだろうか? そう望めるものなのかな?
つづく!
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