第二千八百二十八話
現世に帰り、マドカたちに相談してみる。
なるべく資料を漁ってみたけど、これといった収穫がない。私のやろうとしていることの先駆者が見つからないとなれば、しょうがない。
私が御霊になった相手がいないわけでもない。お姉ちゃんと、黒いのだ。だけど、ふたりとも私の補佐なんか必要としないくらい強いし、術や力の心得がある。おまけに私よりも人と関わるのが得意ときたもんだ! だから、これからやろうとしていることは本当の本当に初体験になる。
困ったね!
「いや困ったねじゃなくて。春灯が御霊になって、相手の力になるってことはあれだろ? 敵が強くなるってことだろ」
「相手が一枚上手だったら、一気に状況が相手の有利に傾きかねないわけだけど。御霊になることが春灯の意志次第なら、御霊をやめることも同じかもしれない」
キラリのリアクションは芳しくない。マドカも含みがありそうだ。
お昼時に学食に出かけていって、みんなとお食事を取りながら話す。朝の機会は逃した。天国修行が長引いたからか、それとも学校を休んでいるからなのか、起きれなかったのだ。ぷちたちはトウヤとコバトちゃんが送っていっちゃうしさ。すごく気を遣われている!
「できれば、の話だけどね」
「そのへんどうなの」
「わかんない!」
私の返事にふたりとも呆れた顔をする。私の隣でたぬきうどんをちゅるちゅる啜っていたトモが、うどんを飲みこんでから「あのさ」と口を開いた。
「だれにもわからないことをやるっていうなら、身内で試してみるしかないんじゃない? あたしはハルの術、今回のあれこれに間に合うかどうかは別にして、作ってみる価値はあると思う」
「面白そうですよね。ハルさんの身体から刀が生えちゃうみたいに、抱えているものとか、苦しんでるものとかが形になるだけだとエグいですけど。金色を出して、それが自分の気持ちの表現を形にしてくれるっていうなら、ちょっとやってみたさがあります」
トモに続いてノンちゃんも賛成してくれた。ただ、すぐに「今回、間に合うかどうかは微妙そうですけども」と付け足す。ふたりの言葉にキラリもマドカも「それはそうだけど」だの「また変なことになって気絶したりしない?」だの言ってくるから、なんとも。
すごく心配されている!
ああ、と呟いてからカゲくんが咳払いをした。熱盛りのつけ麺ほとんどを食べきっていた。うちの学食はメニューが豊富すぎやしないか。
「でもそれって、青澄みたいに身体から異物が生えたり、体調がめちゃくちゃ不安定になるってことにならねえか?」
「ちょっと」
「いや、だってさ」
キラリがきつく言うけど、カゲくんは譲らない。
「ごまかせないだろ。避けては通れなくね? 練習するにしても、気がかりな点があるっていう話はちゃんと考えておくべきだろ」
つけめん特有の濃いめのおつゆを呑むかどうかでカゲくんは悩んでいる。お湯とか、スープ割りとかがついてない。そういうところはラーメン店には及ばず。だけど、おつゆがおいしいのも事実だし? 飲んだら塩分過多なのも事実。
「青澄自身も、俺らも、そこは保証を出せないわけだろ? 青澄がもうだいじょうぶっつって出てきても、倒れちゃうわけだしさ。もっとこう、長い目で見て休んでもいいんじゃないか?」
「休めばケリがつくっていう、そういうものでもない」
マドカが私の代わりに答える。いま私が抱えている「だいじょうぶじゃなさ」の本質だ。休めばケリがつくっていうものじゃない。だけどカゲくんの言うとおりでもある。無理してどうにかなるものでもないんだ。
ずきずき傷む。だけど抗弁できない。実際に私は倒れたわけだし。
気を遣われているし、心配されている。だけど、それだけじゃない。戸惑われているし、困ってもいる。私だってそうだ。みんなだけじゃない。先生たちだって、お医者さんだって、みんな「どうしたもんか」ってなっている。
「なんだぁ。早めの面接か? 就職会場ですかぁ?」
「沢城。そんなんじゃねえよ」
「ちがわねえだろ。こいつがだいじょうぶかどうかわからねえと頼れない、だから証明しろ、できなきゃ寝てろってことだろ?」
「そうは言ってねえだろ」
「言ってるようなもんだろ」
ちなみにギンはトウガラシとニンニクたっぷりのニラ玉の牛丼セット。おみそ汁とお漬物つき。すでに完食してる。おかげでぷんと漂ってくるものがある。スタミナががつんとつくメニューで、けっこう人気が高い。スタンダードな牛丼セットに比べると微妙なところはあるけどね。なにせ、激辛! ただおいしいので、辛いのがいけるならオススメ度は高い。
ところで「私のために争わないで」って言うべき? ないない。
「だいじょうぶだ。気絶しても我が妹は元気だ」
「おねえちゃん!」
フォローは早めにお願いしたい! 妹の願いだよ!
「やらせとけばいい。うまくいったら? 術ができる。だめなら? 時間がかかる」
「そんな無茶な」
「いや、俺は冬音に賛成だね」
「あたしは保留。八葉の懸念はたしかに的を射るものだ」
「そう? いまの実態が明らかになることはあっても、練習でだめになるって話じゃなくない?」
お姉ちゃんのフォローがさらなる議論を招くし、私への不安やなんやはそこまで強烈なものじゃないだろうに、それだけでみんなが落ち着かなくなる。言い争うような、こんな状況になるとは思わなかった。
もう一方の隣には未来ちゃんがいて、おてふきで手を拭っている。とろとろチーズのピザサンドが彼女のお気に入りのようだ。どこぞのデリバリーチェーンのように具材の種類が様々だ。とはいえ曜日で具材が変わり、注文で指定できない。いわゆる日替わりピザサンドなのだけど、あつあつでチーズがとろとろな点は絶対に変わらない。それが彼女の気に召したようである。口回りも拭ってから、私に身体を寄せてきた。
「これくらい話題になる春灯と術なら、面白いことになるかもね?」
えらく前向き!
見習いたいまである。
「そうだそうだ。やってしまえ。どうせなにやっても安定しないんだ。だったら、その身体、その状態に慣れる意味でも、お前のペースでやってみろ」
お姉ちゃんもみんなのガヤガヤ賑やかな話に構わず乗っかってくる。
それでいい気がするんだ。だけど、みんなががやがやと乗っかってくる。あれはだめ、これはだめ。いいや、それこそだめ。やれ過保護だの、私が倒れたらどうするんだだの、危険かもしれないだの。なんでかな? 話を聞いていると、まるでさ?
「みんな、私のパパかママ?」
「「「 は? 」」」
「「「 いやいやいや 」」」
それなりの困惑を引き出すことに成功した。ただし、この成功にどれほどの意味があるのかは不明。
「そりゃ心配だし?」
「面倒が増えたら困るでしょ!」
キラリとカゲくんがきつめに乗ってきた。他にもいろいろと言われるんだけど、なんだかな。奇妙なもので、ずきずきと傷んだ気持ちがずいぶん和らいでいる。
あれこれ言うみんなの気持ちは「わかりたい」し「力になりたい」し「守りたい」し「厄介事に巻き込ませたくない」だけじゃなくて「起こさせたくもない」。いまの私たちは未だに際どい立場にあるし? 私は矢面に立たされている。良くも悪くも目立つから。
それに私の実験は完全に手探りだからさ? 私自身も、参加者も、危ないことに付き合う羽目になる。
世界は複雑。
得られるだけじゃない。失うことも多い。
つらいことを避けようとするほど、いいことだって離れてしまう。
やなことしかないんじゃない。いいことしかないわけでもない。
世界は複雑。
どっちかだけならいいのにって、どっちかだけなくせたらいいのにって、私はそればかりになる瞬間がやまほど訪れる。
やまほど歌うと気分が乗るし楽しいのに、喉が疲れるし、嗄れてしまう。ダンスはどう? 身体を動かすのは楽しいのに、疲れる。筋肉痛になることもある。
いいことだけじゃない。だけど、やなことだけじゃない。
私たちは得ようとするかぎり、失いつづけることから逃れられない。失うときに得ようとしないかぎり、失うばかりになることもやまほどある。
世界は複雑。
それでも選び、行うほかにない。
「お前の身体も、心も、いまはやりたがっているんだろ? やってみろ。幸い、休みたくなるとき休める場所があり、お前には仲間がいる」
お姉ちゃんは応援してくれるみたいだ。
「ただ、実験相手にはならないからな? お前みたいに赤裸々に生きるつもりはないから! 他を探せよ?」
前言撤回!
横目でトモを見たら「協力者は多いほうがいいんじゃない?」と小声で言ってきた。未来ちゃんが手を振ってくる。他にもいるかもしれない。探してみたほうがいいかも。
つまさきになにかが当たる。向かい側にいるマドカが「あたしも参加する」と言ってくれた。キラリもだ。それでカゲくんをはじめ、いろいろと乗っかってきた人がいるし?
「新しい術ができるんだろ? しかも、俺らもパワーアップできるかもしんねえんだろ? やるだろ」
ギンの言葉が結局、落としどころになった。
どれくらいのことができるだろう。わからないけどさ。
依存が増えていく。輪が広まっていく。
頼れるほどに、私たちは満たされていく。
得るばかりじゃないだろう。失うこともあるだろう。
それでも一歩を進む力をくれる。ひょっとしたら、立ち上がるための力にだって。気絶したときの対処だって? それはできればなしにしたいけどね!
ま、いいや。やってみよ!
つづく!
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