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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千八百二十六話

 



 寝つけないままゲームを続ける。

 いまでこそ龍が如くは女性人気も高いけど、発売当初は男臭い作品だという印象を持っていた人も少なくないという。お母さんやレンちゃんいわくね。で、その男臭さを示すもののひとつが、えっちな要素。キャバクラで遊べるし、お姉さんと遊べる。えっちなことしたんだと露骨にわかる振りもある。ゼロのテレクラなんかがそう。ちなみに「まじかよ!」な相手もいる。それが差別的って言ったら、そりゃあ、まあ、そうだね。

 浴びるほど摂取してきたんだ。そういうの。でもって、その手の刺激に興味がないかっていったら? 繰り返しになるけど、ある! ポルノはポルノとして消費してる。イカゲームは示唆的だよなあ。人が死ぬゲームを見て楽しむ大富豪たちの他人事ぶりは、画面越しに眺める私たちの他人事でいられる態度と、そうちがわない。

 汚い。醜い。そういうのも私の一部。否定できない自分の一部。

 クレヨンしんちゃんでしんちゃんがおぅおぅと盛りあがっちゃうようなものに、私も「おおぅ」と反応してる。そういうのだって、私の一部。

 楽しめるなら、遊びたい。えっちなこともしたい。そういう俗な欲もある。リーガルハイの二期で、自分の欲望をきらきら素敵な正しいものとして「みんなを救う」なんてぶちあげた人に、主人公の弁護士が「いやそんなの余計なお世話だし、お前は支配欲満載だし、醜くて汚いところもあるんだよ? 俺たちとおんなじ人間だし、人間ゆえの愚かさ醜さを持ってるんだよ?」とぶちまける。もっと舌鋒するどかったけどね。

 日本のどろどろな恋愛劇をはじめ、様々な作品で浮気や不倫を取り扱う。一方で、メア・オブ・イーストタウンのような作品でシングルになった女性が、新たな出会いにいろんな期待を抱く場面が描かれることもある。別に女性に限らないけどね。

 邪になる私たちの気持ちだって、私たちの一部だ。

 カナタと体験するまでの私は、そりゃあもう、どえらい妄想をしてたし? 楽しみにもしてた。当たり前に性を語るけど。でもねえ。そういうの、ぜんぶ、忘れられる? なかったことに? いきなり聖人みたいなことを言うわけ? そうはいかない。でしょ?

 そうはいかないんだよね!

 なかったことにはならない。

 否定しても、考えを変えても、いっしょ! 変わらない。

 帳消しにもならない。欲望を抱いていた過去と、考えを変えた瞬間という過去と、言動を変えた過去が積み重なるだけだ。ただ、それだけ。

 背負わなきゃならない点は、なんにも変わらない。

 でねえ。それがむずかしいんだよね。ついついなかったことにしたがる。二項対立にして、どちらかに身を置きたくなる。そうすることで、過去の否定したいものを切り離してしまいたがる。そうはいかない。そうはいかないんだ。

 レンちゃんいわく「7もいいし、8も最高! で、ふたつを楽しむためには絶対に外伝と1から6があるほうが楽しいよ! やりたいところからやればいいんだけどね」とのこと。でもって、どの作品にもえっちなことが入っている。年齢制限がかからない範囲でね。

 白状するなら? 好きだ!

 だけど、同じくらいの感覚で浮かんでくる。よくないなあ、とか。悪いなあ、とか。そういうの。どっちかだけじゃいられない。それが実際のところだ。まああ! めんどくさいね! 人間!

 メア・オブ・イーストタウンで「かつて起きたこと」「いま起きていること」、その醜悪さを「自分から切り離せない」ことや「世界からなくせない」ことを徹底的に描いている。主人公で刑事のメアの親友は、夫が未成年の少女と何度も肉体関係を結び、こどもを産ませることとか。そんな夫は前に浮気をしていたこととか。ふたりのこどものうち、ひとりは社会的障害に苦しむ子で、夫婦でしっかりしなきゃならないっていうのに、その夫がこれだ。でね? まだある。夫は少女を殺した。おまけにこどもを「お前が育ててくれ」なんて言ってくる。

 メアは親友の夫の罪を暴いた。当然、親友の抵抗や非難はすさまじいものだったよ。

 そんなメアも、息子との仲がよくなかった。息子はしょっちゅうトラブルを起こしていたし、すべてをメアのせいにしていた。付き合っている人にはメアの悪口ばかり言っていた。その人との間にこどもをもうけたのに、死んだ。自殺したのだ。心身が不安定な彼は薬物に走って、その結果が、それ。ふたりめのこどもである娘が、長男の自死を見つけたのだ。

 メアはすべてを背負えたか。無理だ。娘は? もちろん無理。

 みんな、そういうなにかを抱えて生きている。俗なことも、欲望もいろいろ持ち合わせて。

 メアはお母さんとの仲が最悪だったけど、彼女となんとかぎりぎりやりくりをして過ごしている。そんなお母さんだけど、実は近所のおじいちゃんとよろしくやっていた。年を経てなお、お盛ん。ありだ。ぜんぜんあり。実際によくあるというね。

 そういう、人のろくでもなさ、しょうもなさも、生涯の付き合いになる。

 やっていけそ?

 むずかしい。

 でも否定したって現実は変わらない。付き合っていくことには、変わりない。

 参るね。どうも。


「好きなんだもんなあ」


 えっちなのも、好き。さんざん見て聞いて楽しんできたのに、それを否定するのはずるい。

 でもって、これを糾弾するだけの論理や価値観がやまほどあって、内面化していることもけっこうある。相反するものを抱えて生きるものだ。実際に行為となるとね。不安なことが盛りだくさんなので、なにも知らずにいた頃に比べると、注意することがいっぱいある。

 でもってグレイズアナトミーだけじゃないけど、いろんな作品で見てきた。ビッグバンセオリーのペニーは「お酒は人を堕落させる」と言い切っていたお酒大好きな人だけど、彼女はちょいちょい、いろんなセクシーな、だけど勉強がぜんぜんダメなタイプの男たちと関係を持ってきたし? それでずーっと失敗してた。でも、お? と思う人を見かけたら「へえ、ふうん」と見なしてた。

 ペニーは浮気や不倫をするタイプじゃない。お酒に目がないから、お酒での失敗は多い。でも基本的に相手がいるときには浮気ぜったいダメっていうタイプ。そしてセクシーな男たちはちがう。

 ポルノが好き、えっちが好き、だからって現実の行動までどうかっていう話。

 そうむずかしい話じゃない。


「桐生ちゃんもそうだよねえ」


 キャバクラで気持ち悪い受け答えをする桐生ちゃんを細めで眺めながら思う。

 彼にケンカはやめられない。東日本の極道組織で四代目を襲名して、さくっと後継者を指名しても、それからずっと極道組織のあれこれに巻き込まれていくし? 彼はそれをほっとけないし、ほっとかない。やめられない。やめられないんだ。

 そういうものを、それぞれがそれぞれに抱えて生きている。

 ろくでもないと素直に思う。

 でもなあ。そういうもんなんだよなあ。

 東京をはじめ、あらゆるところにあふれかえる排除ベンチ。だれもがいたくない場所作り。快適さよりも「ここではこういうものはいらないことにした。だからいなくなれ」と定めたものを支配し、追い出していく。そういうもんに、私たちは頭のてっぺんまで浸かって生きている。

 ろくでもないと心底で感じる。

 でもなあ。そういう薄汚さや差別だなんだと一緒に生きてて、それはいつどうやって自分に牙を剥くのかわからないから、私たちは倫理や社会道徳を大事にして、建て前だけでも綺麗事を用いて、守ろうとしているし? そうしないと、歯止めが利かなくなることを理解している。

 綺麗事には守る価値があるし、そのための具体的な行動なしじゃあいけない。だれも追い出さない、助ける。だれにも十分な依存が回るようにする。手を尽くす。足りない人ほど、なかった人ほど手厚く。それだけじゃ足りなくて、福祉や支援のラインよりしんどく人を働かせる企業がなくなるよう声をあげたり、団結したりする。福祉や支援を叩くんじゃない。そんな風に働かせる企業や業界をこそ問題にする。

 すり替えられちゃいけない。ガスライティングに巻き込まれていちゃいけない。

 だけど、矛先を「より弱い者」に向けさせる人、それを望む人、乗っかる人がいることを否定もできない。彼らはいるのだから。いなくなることはない。ナチも、大日本帝国も実際にあったことだし、心酔している人もいたし、いるし。

 桐生ちゃんがしばく、ホームレスを襲った若者もいる。いまもいる。ケンカを売る人、カツアゲする人、あれや、これやがいる。桐生ちゃんが挑むあらゆる厄介に関わるような人は、私が関わってきた事件だなんだでもいる。

 めちゃめちゃだ。


「そんなもんだよなあ」


 そんなもんな世界で、場所を移してカラオケに浸る。桐生ちゃんは歌うと輝く。すごく楽しそうにしてるのに、昔を懐かしむ桐生ちゃんが思い出すのは? いわゆるミニ四駆の遊び場で知りあった人だ。同性代の、いわゆるカタギの人。桐生ちゃんがヤクザ抜き、仕事抜きで関わった人たちのなかで、普通のともだち感がいちばん強そうな人。

 錦とか、桐生ちゃんが惚れた女性とかじゃないんだっていう新鮮な驚きがある。毎回、びっくりしちゃうくらいだ。うそでしょってなるよ?

 不思議に思えるようで、妙にしっくりきちゃう。

 そんな桐生ちゃんのいろんな一面を眺めていると、なんか、ぼちぼちやってくっきゃねえなあって気持ちになってくる。どうにかしきれるものじゃないなりに、なにを、どう、ぼちぼちやってくのか。


「脳内おじさんが増えてくなあ」


 ボッシュなら? なんだろうが止めて、あいつないし、あいつらの罪を暴き、逮捕する。

 桐生ちゃんなら? なんだろうが止める。

 まだ私は進められていないけど、いずれぶわっと増えていく主要キャラたちだと、またそれぞれにちがう選択をしそう。レンちゃん激推しの春日一番さんだと、ぜったいにみんなを救ってくれるのだそう。

 なんかいいね? 名前も華やかだし。みんなを魅了する大一番の花火みたいな名前じゃない? 楽しみにせずにはいられない響きだよね。

 キラリたちと話すんなら、有名どころのマンガのキャラになる。

 イカゲームのソン・ギフンだと、どうだろう。いや、こういう状況じゃないか。ギフンさんの場合は。

 シャーロックなら当たりをつけるまでおうちいらいらタイムか、当たりをつけて犯人のもとを訪ねてるだろうし? 古畑任三郎なら、あいつのそばでいらいらさせてる頃。コロンボおじさんもそう。

 みんなおじさんだ。なんでだ!

 クリミナル・マインド、NCIS、FBIだの、あれやこれや。みんないい年してる。チームものだと、シュウさんたち警察がやってる捜査の真っ最中ってところじゃないかな?

 金田一耕助とかなら? 現場をふむふむと見て考えているような。ばたばたしてるイメージがある。

 ホワイトカラーのニールなら? あいつが動き出さずにいられない嘘を広めておびき寄せる作戦を思いついて、相棒でFBIのピーターが「くそ! それしかないな」としぶしぶチームといっしょに手を尽くすし、詐欺師であるニールとしての相棒モジーが裏家業らしいあの手この手でサポートしてる。そう。ニールは天才詐欺師だから、詐欺にかけるんだ。


「みんなある程度、自分はこうするっていう手段があるんだもんなあ」


 自分だけじゃだめっていうことを心得ているし? 失敗してもだいじょうぶな依存とちゃんと繋がっている。基本的には。ほら、ドラマで長いとさ? トラブルも起きるからね。いつもだいじょうぶとはかぎらない。ケンカもするし。

 こんなことになるとは思わなかった、と本気で思うようなやらかしだって、やまほどする。臆病すぎて、なんにもしないことでも、おんなじやらかしになるしさ?

 ある程度は「いきがる」ことが必要なのかもしれない。

 私はこう生きるんだ、みたいなのが。


「ぶれるんだよなあ」


 ぶれないことに憧れるのはなぜ?

 答えは簡単! よくぶれるから! ぶれないのってむずかしいから!

 抱えこまないようにしても、蓄積されることがやまほどあるし? それらは基本、レヴィナスが言うところの自分中心の世界の外と関わる以上はなくせないことだから。

 私が並べたおじさんたちだって、そこは変わらない。自分中心の世界の外にいる、他者や世界のあらゆるものを、自分中心にすることなんかできやしない。当たり前だ。

 ボッシュは離婚して娘と離れてるし奥さんの再婚相手は中国の富豪だ。ニールは一生を賭して愛するレベルの思い人との別離にどうにかなっちゃってるしなあ。ギフンおじさんは仕事もなく、見つからず、ふらふらしてて借金苦。シャーロックはとにかく人付き合いがダメ、壊滅的でかなりのぼっち。

 みんなそれぞれ苦しみと共に生きている。ろくなもんじゃないところも抱えてる。なので、ぶれぶれなところもいっぱいある。

 ボッシュはそのへん、わかりやすい。ベテランで、いい年のボッシュだけに、みんなほどぶれぶれなところをあまり見せない。そういう生き方を身につけている。だけど絶対じゃない。最初のシーズンで、弁護士を辞めて警官になった女性の新人を口説いて寝たし? それが後ほど命取りになる。なぜって仕事として問題のある態度だから。そもそも彼は警察として行うグレーゾーンの振る舞いを学び、心得ていて、ときには積極的に活用する。ボッシュなりのラインがあるとしたって、それはかなり際どいもの。


「そういうのやだって、前なら思ってたんだろうなあ」


 去年の私は拒絶していたろう。

 認めることもしなかった。したくもなかった。

 いいことしか、あっちゃいけないんだって思ってた。たぶん。

 いいことで満たさなきゃ。思いどおりにぜんぶしなきゃ。そうじゃなきゃだめなんだって。

 自分中心の世界に、なんとか寄せることばかり考えてたし? 自分中心の世界に引きこもっていた。

 正直いまでも、ついついそれでいいじゃんかって思いたくなる。けど、だめだ。それじゃあ。


「あいつは、ちがうんだろうなあ」


 いったんゲームを中断。レンちゃんが貸してくれたゲーム機の購入したゲーム一覧をチェック。

 トウヤがハマってたペルソナ5がある。たまに連絡すると話してくれてたっけ。気分を変えてダウンロードしてから始めてみた。主人公が冒頭で警察に捕まる。軽犯罪じゃない。警察もどうかしてる。特高警察かっていうくらい、無茶苦茶やる。ちなみに実際、いまでも被疑者への違法な取り調べや人権侵害行為が発覚することがあるから、フィクションとして消費できない話だ。

 プレイしてると見覚えのある場所がいっぱい出てきて楽しい。だけど学校の体育教師がとんだうんちで、こいつがひどい。暴力、セクハラだけじゃない。レイプまでしている。たぶん。

 ペルソナシリーズは心理学に絡んだ内容もけっこう出てくる。そもそもペルソナという単語自体がド直球。ユングが用いたもの。現代精神医学事典だと古代ギリシャの演劇において使われた仮面のことだという。ユングは「人間が外的世界や対象に接するときにとる役割や態度、外的人格」のことをペルソナと呼んだ。私たちは仮面をいくつも持っている。だけどペルソナと自我が同一化したら? 内界から切り離されてしまったら、それは病理的になる。なので内的人格のアニマ/アニムスとの関係の回復が重要な心的課題になる、のだそう。アニマやアニムスは「個人のこころの中にある異性の心像のこと」。アニマは男性における女性像。アニムスは女性における男性像。ユングはアニマ/アニムスを魂の心像とした。内的異性像を媒介にして、魂の導き手として、私たちは生きていると考えたのだ。

 だからガンダムのシャアはララァに導きを求めるし? そうなるのは、だって、両親と妹とずっと育っていられなかったから。女性や母親を求めるのは、本質的には幼少期の混沌とした状況や、戦争体験などなどが彼の基盤を不安定なものにしたからだろうし? それって、シャアにかぎらず、私たちみんなそういうところがある。あとは魂の導き手となるものに向けた成長と発達次第。いや、全般的にかな。

 ユングの時代はとりわけ性別と異性にまつわる考えが強烈に紐づいていた頃で、いまだとまた変わっていたんじゃなかったっけ。

 ペルソナの最悪な教師における異性像は、徹底的に自分をちやほやするメダルやトロフィーみたいなもので、モデルをやってる女子高生にやたらとアタックしているのもそのあたり関係していそう。バレーでメダルを取った人だそうだけど、逆に言うと、よっぽどそれ以外で認められたり、できなくてもだいじょうぶって思えた体験がなさすぎたんじゃないかなあ。

 しんど。


「私中心の世界、か」


 トウヤが話して教えてくれた5の悪役たちは、みんな、自分中心の世界を持つ。城、パレスと呼んで、自分の認知に特化した場所で王さまを気取っているという。みんな、大事な「おタカラ」があり、主人公たちはそいつを盗んで認知を変えさせる「心の怪盗団」なのだそう。

 転じてそれはレヴィナスが言うところの自分中心の世界を具体化させて、そこにある軸を盗んで「ああ! もう自分はだめなんだ!」っていうところまで追い込むのだろう。

 すごいなあ。おタカラが相手の内的世界の象徴なら、それを盗むってことは、相手の内的世界の破壊だもんなあ。かなり強烈だ。

 私たちには再現できない。相手の内的世界の侵襲は行えない。や、探せば怪盗団がやっているようなことに近しい術があるのかもしれないけれど、すくなくともいまはない。それに探すつもりにもなれない。

 没頭して、体育教師のパレスをクリアするところまでいった。楽しかったし、主人公たちの変化が素敵で目を奪われる。ううん。盗まれてるぅ! だけど、私たちに彼らのような芸当は無理だとつくづく思い知る。

 相手の内的世界に入れないし、霊子を奪ってみせたって霊力からこんこんと湧いてくるから意味がないし、霊力の一部を奪い取るっていうことが可能かどうかがわからない。霊力をどうこうしたって、それがおタカラに該当するわけでなし。任意の部分を具体化、象徴化させることが、まず無理だ。過去の体験や膨大な蓄積による影響まるごと、ごろっと変えさせるほどの術が存在しない。本来、それは境界線などないものだから。劇中でキャラクターたちが語るように「どうなるかわからない」。廃人になる可能性だってある。それを試して回ることはできないよ。さすがにね。私たちに導き手となるモルガナはいない。

 自分がクズだと思った相手にはなにしてもいいって、そういうわけにもいかない。

 あらゆる条件がちがうから、だけじゃない。そこで立ち止まる時点で、私には無理だ。

 女の人が男の人に言いっぱなしにされて、ひどい暴言を吐かれているのを放っておけない主人公も。陸上をやっていてトラブルがあって、離れざるを得なかった相棒も。学校で幅を利かせていた体育教師の愛人みたいな言われ方をしていて、モデルもやってて距離を置かれていたヒロインも。みんなそれぞれに、いろいろと抱えている。

 ほっとけないこと、明らかに問題のあることがいっぱい起きる。なのに、どこのだれもどうにもしない。だいぶやばい。だから自分たちがやるしかない、という。追いつめられてる。自分中心の世界のとおりに支配したがる人は多い。そしてそれはおとなだけじゃあ、ない。


「きったないものが、どれだけ描かれてるか」


 そんな風に考えたくなるくらいだから、私はじゅうぶん偏ってる。だけど実際に世の中はごった煮でさ? なぜって、私たちがひとりひとりごった煮だからさ。なんでも入っている闇鍋みたいな自分で、なんでも入っている闇鍋みたいな他者と、なんでも入っている闇鍋みたいな世界で生きていくほかにない。

 そんなとき、認めちゃうのはひとつの手順になり得るんじゃないか。

 自分がどんなか。

 そして、それをどうしたいか選んでいい。ただ、切り離せないし、なくせないだけ。

 お鍋から取りだしたものが好物なら、それをだいじょうぶだと思えるもの用のお皿に置くし。もう二度と見たくないものなら、とりわけ用のお皿によけておく。どっちも卓上からは消えない。鍋から出てきた事実も揺らがない。

 別に食べなくたっていい。でもゴミ箱に捨てても消えてなくならない。事実も。過去も。お鍋にあったというからには、お鍋で煮込まれて及ぼした影響も。


「そんなのやだから、ぜんぶ、自分の思うとおりにしなきゃって、なるんだよね」


 ゲームを中断。タイトルに戻って流れるオープニングの動画を眺めながら、膝を抱える。

 あいつはたぶん、それをしてる。関東中のだれもが逃げ場を失い、いつ死ぬかわからない恐怖に怯えるようなものが、あいつにとっての「自分の思うとおり」であり、「自分中心の世界」。あるいは投影、なのかな。自分はずっと、いつ死ぬかわからなかったっていう。だれが助けてくれるかどうかもわからなかったっていう、そういう人生だったのかな。

 だったらさ? それならさ。わかっちゃうんだ。あんなやつのことなんかって思うのに。それとは別にわかっちゃう。同じくらい、桐生ちゃんみたいにわかりやすくぶっ飛ばしてやろうとも思う。江戸時代に教授と会ったときだって、そうだった。ペルソナ5だと相棒がかなり過激なことを言うし、攻撃的でさえある。露骨に。でも、彼の言い分もわかる。それはちょっとと怯んだり、止めたり、引いたりする気持ちといっしょにいる。

 心は複雑に響く。刺激に反応して様々な音が鳴る。それだけじゃない。光を発したり、震動したりもする。めちゃくちゃだ。熱を持つし、なんだかおいしそうな匂いがするかもしれない。

 自分がそうなら、ほかのみんなは?

 わからない。ただただ、わからない。自分中心の世界の外にいる存在だから。そもそもひとりひとりを認識しきれるはずもないし、しない。電車に乗ったとき、乗り合わせたみんなをひとりひとり、いちいち認識なんてしない。FBIとかの試験には出てきそうだけど! 求められないかぎり、必要でないかぎり、私たちはそう発達、成長することを選ばない。

 NCISでトニーを演じた人が裁判所のコンサルをやるドラマ「BULL」だと、人の顔色を見て、どうするべきかを考え、そのとおりに振る舞うことを「とてもさみしいこと」だから「やめなさい」と言われるシーンが一話にある。でも主人公のブルは「やめられないんです」と答えた。

 それが必要で、だから行いつづけた成長・発達は、意志でやめられるものじゃない。ちなみにドラマではセクハラ問題があったという。弁護士のドラマでそれはない。ひどく問題。裁判は終結したというけれど、ドラマがいいと思えても、関係するすべての人がいいということの保証にはならない。


「しみついてんのかなあ」


 自分に染みついたもの。自分中心の世界に入り込んで、どうにもできないもの。手に負えないこと。やめられないこと。やめるには必要なものを失ってしまうこと。そもそもやめるなんてあり得ないような蓄積が存在すること。

 それはあらゆる言動を正当化・責任転嫁・免罪するものではない。

 ただ、止められない。やめられない。やめたくないし、止めたくない。

 だけどそれがなぜか、どういう構造体かは、わからない。わかりたくないか、考えたくない。手に負えないか、考えてもわからなかったか、なにかしてもダメだったか。より、悲惨なことになったか。

 アーモンドチョコレートのチョコみたいに、何層もコーティングされてる。アーモンドがなにか、わからない。チョコを無視していいってものでもない。食べたらチョコとアーモンドの相互作用が重要なようにね。味として、それぞれがどういう影響をお互いにもたらすのかっていうことを無視しちゃいけない。

 たとえばえっちなのも好きだとして、カナタとさんざんしてみて、いろいろと体験したいまとなっては「触れあうのがいい」し、何層目かのチョコには「妊娠について不安になりたくない」「いまは妊娠したくない」がある。その先にもいろんな不安や怯え、それだけじゃないいろんな感情が何層にも渡って存在しているから、実際は「えっちなのも好き」じゃ終わらない。

 そういうもんじゃん。ね?

 そういうもんなんだけど、じゃあ、チョコ層について語れるか。アーモンドまで掘り下げられるか。

 いまはむり。だいたい「えっちなのも好き」って認めるだけでも、どれだけ時間がかかってるんだ! って話だよ?

 私の場合は、こんなに時間がかかってる。

 あいつは、どうだろう。

 いまは関東事変を起こしたときや、それまでの熱意や情熱で頭が熱くなっていて、たまに冷めた状態でも同じことしか考えられないくらいに視野狭窄に陥っているのではないか。そんな状態で、あいつは関東事変クラスの異変を起こせるんだ。そして、次になにをどうするつもりなのか、わからない。

 やばいですよ?

 やばいんですよ。

 でも、あいつひとりに、あいつのチョコ層やアーモンドについて探求する力はないんじゃないかな。じゃなきゃ、自分中心の世界のとおりにするほどの加害なんてしないよ。あいつには依存が足りてないし、依存に繋がる力を育てる成長・発達も足りてない。その機会も、体験も、経験も、たぶん。

 ただ、そんな人、いっぱいいるんだ。きっと。

 人の問題じゃない。あるいは、その人だけの問題じゃない。

 あいつの場合は、あいつをとことん歪な成長・発達においた製造開発者たちが問題だし? そいつらをたどれば、さらにいろんな問題へと波及していく。とにかく膨大なのに、私たちにできることにはかぎりがありすぎる。仲間が必要? それだけじゃまだまだ足りないのに。


「ぐるぐるしてきた」


 あいつも私がいま考えたようなぐるぐる思考と膨大さに圧倒されたんじゃないか。

 打ちひしがれて、手に負えなくて、追いつめられた結果が「自分中心の世界の外」すべてが「敵」という、強烈な恐怖なのではないか。そういう認識なのではないか。

 真に受ける人がいる。あいつの語りを。ちゃんと「聞く」をやる人がいる。

 それはあいつに閉じた話で、それじゃ足りないから、止まれないから、あいつはいくらでもエスカレートするのではないか。社長たちがそうだったように。

 とても危険な加害者でありながら、あまりにも悲惨な被害者としての顔も持つ。それぞれ別。だけど同一人物。それが、あいつの闇鍋から私が取り出せそうなもの。だけど、鍋の中はもっとたくさんあるはずだ。

 汚い。醜い。そういうのも私の一部。否定できない自分の一部。それは、あいつも一緒。おんなじだ。

 桐生ちゃんが私のなかで、いま一番シンプルだから、桐生ちゃんならどうするかで考えると?

 お前のやりてえこと、ぜんぶ俺にぶつけろ! それで、俺が勝ったら終わりだ! みたいな感じになりそうじゃない? いや、あんまりにもケンカ軸すぎるけどさ。私のイメージだと、そんな感じだ。

 あいつがすっきりできる土俵で、あいつがとことんぶちまけたうえで、それをぜんぶ真っ向から受けて、収めていく。

 いっそ、あいつが帯刀男子さまだったら? 私は鞘を手に挑めるのに。


「ん?」


 いやいや。まさか。ねえ?




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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