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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千八百十八話

 



 手続きを済ませてもらったカードや書類の数々をしまうため、ひとまずバックパックやクリアフォルダ、カード入れを金色で出してしまう。それを背負って出る前に、役所の「ご自由にお取りください」書類をチェック。街の地図や福祉の集まり、趣味の集まりや学校の知らせ、生涯学習の案内などがあった。ひととおりもらっておく。

 今度は地図を頼りに病院に向かう。役所最寄りの総合病院は現世のそれと大差なく鉄筋コンクリート製のものだ。そばにある伸び放題の木々と、病院の壁を這うツタ、そしてくすんだ壁のおかげで、なかなかに迫力があった。建築してから、それなりの時間が経っていそうだ。リンゴの形をした役所がぴかぴかだったから、すこしばかり気圧される。

 自動ドアを抜けて院内に入ると、すぐ目の前に受付があった。シャツとベストを着た職員さんたちがいる。だけど私を驚かせたのは、人に化けたお狐さんたちに混じって狸街のように、まんま狐の職員さんがいたことだ。街中や役所、幼稚園では人に化けたお狐さんばかりだったから、意表を突かれた。狸街での経験がなかったら、もっと挙動不審になっていたかもしれない。

 幸か不幸か、職員さんたちはみんな忙しそうにしていて私になんか目もくれていない。

 呼吸を整えてから、そそくさと受付を済ませる。現世の人間の神使で、健康診断を受けたいと伝えたら、すぐに手配してくれた。合わせて「すごく時間がかかりますよ」という忠告も。

 実際、途方もなく待った。

 だれでも気軽に利用できて、ひとりひとり丁寧に診察したら、どうなると思う?

 診察時間と待ち時間が長くなる! 自明の理。

 診断用のファイルとフォルダを渡されて、順路も教えてもらう。床に貼られたカラーテープをたどればいい。ただ、どの科でも待ち時間が長くて、いちいち眠たくなってしまう。現世の設備や検査と大差ないし、帝都医大付属病院や狸街の病院でお世話になってるうえでの検査だからめげてきてるのもある。

 いい加減、慣れてきたけどね。

 ひとつだけちがっていた科があった。

 霊体科とついていて、霊子を調べてくれるのだ。

 私と同じくらいの背丈をした二足歩行の赤毛狐のお医者さんが「まあ、現世で言うとオカルトですわ」と軽く笑いながら、私の金色をひとつぶ受け取り調べてくれた。三十分くらい、外に出されて待ったあとで呼び出される。中に戻ると、今度は断りを入れられて、手を握られる。肉球のぷにぷににはさまれた状態で、いくつか質問を受けた。最近のうれしかったこと、いやだったこと。これまでに見たいい夢は? 悪い夢は。人生で最高に幸せだと感じた瞬間、逆に最悪だと感じた瞬間について。

 答えるたびに狐のお医者さんは「ふんふん」「へえ?」と興味深そうに相づちを打ってくれた。だけど、診察を続けている。時折、デスクの筆ペンがふわりと浮かび、さらさらと流れるようにカルテに記帳していたから。

 ひととおり話し終わると「御珠を持っているね。出せるかい?」と問われた。そこで素直に御珠を出してみせると、今度は失礼と言って、肉球でぺたぺたと触ってみせる。その後、聴診器を出して獣耳にセットすると、私に断りを入れてから胸元に当ててきた。肉球と御珠、聴診器と鼓動。いったいなんの関係が? と思いながらも見守っていたら、なにか確認が済んだようだ。

 聴診器を外して「もう結構ですよ」と教えてくれる。御珠を体内に戻したところで、話してくれた。


「いろいろご苦労があったようですね」


 そう前置きを置いてから「現世でいう狐憑きの神使は、狐の街で見てもらわないとわからないことがある」と教えてくれた。式神とはなにか。御珠を生み出して抱えることがどのような効果をもたらすのか。いろいろと聞きたいことがあるだろうとさらなる前置きをはさんだうえで。


「全部をお伝えすると、すごい時間がかかってしまって、何日もかかってしまうんです。だから、まず伺いたいことがあれば仰ってください。あとは」

「こちらをどうぞ」


 ふっくらしたおばさん狐が分厚い本を渡してくれた。

 神使になった現世の人へ、と書かれている。いやな予感がしてきやがった!


「読んどいてください。看護師が待合室でご説明いたしますので」


 出た出た!

 そういうの、よくないと思うよ?


「とりあえず今日のところで聞きたいことはありませんか?」

「え? んんん!?」


 急な無茶ぶり!


「さっき確認できたことは?」

「至って健康です。霊子による表現力も十分にある。あなたは知りたいと願い、こどもを生み出した。多くの魂と癒着した危険な状態にかつてはあったのでしょうが」


 お医者さんはこれまで私が診察を受けてきたカルテを確認しながら述べる。


「御珠の製造に活用することにより、あなたの霊魂は保護されるに至った。製造には時間と労力があまりにも多く必要だったので、多くの魂たちの作用で自我が曖昧だったこともあるようですが」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと、あの。え。こどもを生み出したって」

「あなたのお子さんたちですよ。ぷちと呼ばれていらっしゃる」

「待って」


 ほしかったこと全部おしえてくれるじゃない?

 だけど、あんまりさらっと多くのことを語ってくれたものだから、理解が追いつかない。


「待ってください。じゃあ、あの。私は術で、命を生み出したと?」

「恐らくは御珠を生み出すにあたり活用した膨大な霊子を用いて。いまがたしか」


 カルテを確認してから、お医者さんはデスクに手を伸ばす。

 眼鏡がふわりと浮かんで、細長い狐フェイスの目の位置に飛んでいった。


「十六才ですよね。六才のときに魂を注がれたとのことなので、十年分の貯蔵した霊子と、新たに生み出された御珠のもたらした奇跡と言ってもいいかもしれません」

「奇跡って、そんな、ふわっとした」

「現世の人々が生み出す秘宝がどのようなものなのかは、我々でもさすがに把握しきれないのでね。あなたの生み出したものがこどもたちなのか、それともこどもたちを生み出す術なのかはわからない」


 待って。

 いまなんて?


「私でも御珠は現世の人々と、現世以外の者との縁を結ぶ秘宝であることくらいは存じています。そして、あなたが縁結びを行うたびに、新たにこどもが生まれるという。であれば、生み出したのはこどもではなく、縁結びのたびにこどもが生まれる術なのかもしれない」

「ん、う、うううんん?」


 理解したくないのに、できてしまう。


「それは、あまりにも子だくさんになりすぎるのでは?」

「あなたの心身の準備ができないかぎり、安易に縁結びはしないほうがよいでしょうね」


 めまいがした。

 え。なにそれ。

 現状も解決法もなんか、その、無茶苦茶すぎやしないだろうか。


「十年分の霊子を用いた術かもしれない。あるいは、あなたの御珠がそのような代物なのかもしれない。いずれにせよ、そうたやすくは解けないかと思いますよ。なので、まずはそういうものだと認識なさるのがよろしい」

「そんなあ」


 そんなこと言われても困るぅ!


「また御珠が仕上がり、十年分の滞りがこどもたちが生まれたことによって解消されたいま、あなたは本来、人間には余りある霊力と共にある。その影響は、とても人間ひとりに対応しきれるものではありません」


 それは、わかっている。

 普通は数えきれないこどもたちの魂を注がれて一緒に生きる羽目にはならない。

 むしろ現世だけの現象でいったら、まずあり得ない。

 あんまりにもオカルトな領域の話だし? 残念ながら私はオカルトに半身をつけて生きているのである。なんてこった。


「要するに心身の成長と発達が霊力の状態にまるで追いついていないんです。ただまあ、これはのんびり長い目でみれば、大概は帳尻が合うものです」


 そんな悠長な!


「あんまり、その、のんびり構えてられないと言いますか。いろいろと困っているので、なんとかする術を教えていただきたいと言いますか。なんとかなりません? そのあたり」

「ううん」


 片手でアゴの下をかりかりと掻きながら、お医者さんが困ったように首を傾げる。


「あなたの霊力を人間ひとりの状態になるよう、わかる範囲で切除するか」

「そんなことできませんよ! 殺しちゃうってことでしょ!?」

「だとしたら、うちではちょっとねえ」


 急にハシゴを外すね!?


「制御するか、付き合うか、折り合いをつけるか。はたまた霊子を貯蓄して、安定させる術を新たにかけるか。なんであれ、病院ではご相談に乗れません。少なくとも力が有り余りすぎて困る、という見立てなのでね?」

「なん、と」


 それじゃあ今日はここまでですね、お大事にと追い出されてしまう。

 待合室に出されて呆然としていたら、さっきのおばさん看護師がやってきて本の見方や次の移動先、相談事があるならいついつに来るといいかなどなど、いろいろと教えてくれた。

 それで十分かって?

 まさか!

 ふらふらするような思いで診断を消化していく。

 あんまりショックで、流れに流されて理解できていなかったけど。

 ぷちたちはこどもで、私か御珠の術によって生み出された存在。

 式神か! 人間か!? いいや、私のこどもたちだ!

 あほなことを考えている場合ではない。

 そう、こどもだ。

 御珠による縁結びをしたら、その都度こどもが生まれてくる。

 そう考えると、お医者さんの言うとおりだ。迂闊に縁結びをするのは得策じゃない。


「無理だよ! 受けとめきれないよ!?」


 歩いている途中で呻いたのがよくなかったのか、そばにあるソファに座っているお狐さんたちがぎょっとしていた。謝ろうと思って顔を向けた瞬間、逸らされた。そりゃあそうだ。私は突如として叫び声をあげた存在なのだから。

 でも無理だよ!? 受けとめきれないよ!

 私こども生んでたぁ! 術によるものだとしても、やっぱり生んでたぁ!

 あと、なにぃ!? 十年分の霊子がうんたらって、なにぃ!?

 私の御珠だからこそ、なにかの術がかかってるかもしれなくて、それが縁結びのたびにこどもができるって術ぅ?

 知らないよぉ!

 かけた覚えもないよぉ!

 ないけどでも、思い当たる節しかないよぉ!?


「ぐ、ぬぬ」


 どぉすんだよぉ!

 こんなのぉ!

 しかもなにぃ!? 結局やっぱり、いまの私の状態は病院ではなんともならんて?

 切除するしかないって、そんなあんまりな! 殺すようなことしてまでどうこうしたいわけないよ!

 それになにより切除できるんかい! しないけど!


「うううううう」

「お母さん、あの子、なに?」

「しっ。あれは人間の神使よ。そっとしておくの。最近の人間は切れやすいっていうし」

「ふうん」


 くっ! 偏見が聞こえてくる。

 耐えろ。あと、病院の中で唸るのは迷惑だからやめよう。

 その後も診断を続けて、終わる頃には夕日がのぼっていた。おまけに病院を出たら、お屋敷のおイヌさまがふたりで待っていてくれていた。バスで帰ると時間がかかるからって、アマテラスさまの術でお屋敷に運んでくださるのだという。

 まだ幼稚園に届け出は出せていないけど「診断結果が出るまで時間がかかる」「お屋敷にお届けします」とのことなので、今日は諦める。

 なんだかどっと疲れた。

 疲労感を抱いたまま起きると、寝た気がしないんだよなあ。

 ああでも、寝る前になんとか、病院でもらった本を記憶しておこう。

 現世でも読めるようにしておけば、次の備えにもなる。

 お屋敷について、おイヌさまたちと夕餉を囲む。今日は川魚を焼いた定食だった。塩漬けの菜っ葉の刻んだものがご飯のお供に合いすぎる。塩加減が絶妙なお魚は内臓もいけるというけれど、ためらう。小魚なら気にしないんだけどね。小指大の腸になると躊躇する。

 食後にお茶をいただき、お腹が落ち着いたらお風呂を堪能。

 すっかり寝る準備をして、いつもの座布団じゃなくて敷いてもらったお布団に寝そべり、まぶたを閉じる。

 しっかりしてこ!

 そう自分を励まそうと試みたが、やっぱり無理なものは無理だった。

 私うんでたぁ! 新鮮に何度も驚くわぁ! もうぷちたちと過ごして何か月ぅ!?




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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