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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千八百十三話

 



 人は奇妙なものだ。

 よく視聴する動画チャンネルを尋ねてみると「有名な人のしか見ない」「VTuber!」「ゲーム実況者さんかな。推しの話きく?」「僕は飲食店の取材動画と、料理動画かな。世界中の」「チルい音楽をだらだら流してるやつ。勉強にすごくいいんだよ。ぼうっとするときも。寝るときも!」「私はASMRかな」などなど。ちなみにひとりもアーティストのMVなんて言ってくれなかった。私も出してるのに布教のタイミングのなさときたらもう! 驚きだ。逆に歌ってみた、踊ってみたあたりはちらほら聞いたかな。

 いまのはうちのクラスの例。

 学年単位で尋ねてみたり、それを学校規模にして先生やスタッフを混ぜてみたりしたら? またちがった結果が出るだろう。運動部の子に聞けばスポーツ観戦や実況、名プレイや珍プレイ動画まとめとかが出てくるかもしれない。そういうのは文化部にくくられる将棋やチェスなんかにもある。深夜をまたぐ試合なのに棋士とちがって中座できないスタッフになった若手の人が「ねむい」「ねむれない」「ううう」と、必死に眠気に抗ってるやつなら見たことがあるよ?

 あるいは週刊誌や週刊漫画雑誌につきものの少女・女性アイドルやグラビアアイドルなんかのグラビアがごとく、乳首や局部は出さないものの、ぎりぎりな動画とか。お父さんのビデオライブラリにある、アメリカのアウトな挑戦山盛りなジャッカスみたいな動画とかね。その手の動画は人や文化をバカにすることもよくある。ジャッカスも寿司のワサビを食べて、その場で吐いてるやつが批判にさらされた。そりゃそうだ。

 私たちは異なる。

 根本的にね。

 そりゃあ生物として同じ種であるものの、じゃあだれもかれもが同じ?

 そんなことはない。同じヒマワリでも、それぞれがちがう。犬が一度に数匹もの子犬を産むけれど、みんな同じようには育たないし、ちがう性格になっていく。顔立ちもちがうし。

 だから語りあい、論じあう。

 一方で「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」スイッチが入ることもある。

 もっと言うと「着ているものが袈裟っぽければ、みな坊主」や「坊主はすべて殲滅するべし。そのためならば袈裟にかぎらず、坊主にまつわるすべてを罵倒し、中傷し、否定する」こともある。

 政治ではしょっちゅう起きている。

 好みだなんだの話でもね。

 子育ての話なんかやばいしさ?

 夫婦で別姓にするかどうかについてさえ、まあああ! 揉めてるよね。ずっと。

 ゲームのえっちな表現についてもそうだ。漫画の宣伝、ポップがえっちすぎるときも。一般のお客さんが通う場所に、えっちなイラストをのっけたり置いたりするのもだし? いわゆる二次元では記号的にデフォルメされていて、女の子のお乳の強調については、みんなそれが当たり前になって不感症になってるまであるけど、一般のお客さんから見たら話は別。

 グラビアアイドルのお姉さんに、二次元でも「そりゃないだろ」って突っ込みが出るような布地面積の少ない水着や下着を着てもらって、同じ構図で立ってもらったら? 明らかにアウトだってわかるでしょ、みたいな例え話をする人までいる。

 だけど、そういうのもやっぱり揉めてる。

 お互いがお互いに「坊主はもちろんだが、坊主にまつわるすべてを憎み、嫌い、否定する」モードに入った人を含めている。なんにせよ、そういう人の声ほど目立つものだ。

 運動はそうあるべし! という人もいるし?

 語りあい、論じあうべきだ、という人もいる。

 でも、実際に傷つけられた人もいるしさ? 過剰に騒ぐ人もいるし、絶対に許さない人もいる。

 あらゆる人が混ざるものだから、語りあうのも、論じあうのもむずかしすぎる。

 主義主張だけがちがうんじゃない。

 私たちはまるで異なる。

 価値観も、定義も。体験や、経験も。知識についても。なにもかもね。

 だから語りあい、論じあうのは根本的にむずかしい営みだ。

 それにさ?

 異なるだけじゃなくて、多種多様な一面を併せ持つのが人だし? 関係性や関係と、相互にどう影響しあうのかっていう要素を取り入れはじめると、勘案するべき変数がやまほどありすぎる。

 議論は、政治は、だから極めて理性的な営みであるし? それゆえに感情と十分にやりとりできることを望むし。そのためには依存がいる。膨大な社会的支援・社会的資源・関係性・環境がね。

 なにせ貧乏になるほど、あらゆることが高くつく。

 依存が少なくなるほど、あらゆることがむずかしくなるんだ。

 不労所得で格差を広げすぎる、ゲイツやイーロン、ディズニー創始者の子孫などが地球の裏側に行くのはあまりにも楽ちん過ぎる。だけどアメリカやインドのスラムのこどもに同じことができるのか。あまりにもむずかしい。これぞわかりやすい貧富や依存資源の差。ピケティらをはじめ、世界中の少なくない識者たちが問題視するものだ。

 当然、後者により近い人ほど、この問題を正しく認識して改めるべきだと考えるかっていうと?

 そうはいかない。

 経営者目線で考えろっていう呪文を唱える信仰がある。

 だけどこれは貧した側に「富める側が富めるままでいるよう従順でいろ」という言い換えである。

 そのわりには、純粋に神さまの教えを信じるように唱えている人が多い。

 それはいろんな国の選挙の結果や、経済の動向に反映されるものだ。

 そしてもちろん信仰であって学問じゃないから、私たちはそれを理由に争い、揉めている。

 ずっと、ずっとね。

 まあ、それくらいむずかしいって話だし?

 だからといって放っておいていいことはひとつもないよねっていう話だ。

 そのあたりのややこしさは、たぶん、少なくない人が認識しているはず。

 そして、そのややこしくて面倒な現実に距離を取りたがるのも、わかるし?

 坊主はもちろん、坊主にまつわるすべてを責めろ、潰せっていう人も混ざるし?

 そういう方向にいかないように落ち着いて話しあい、論じあう、そのためにも適切に批判しようと心がけている人もいるしさ?

 わやくちゃだ。

 政治闘争や武力闘争を描く作品じゃ、揉める勢力どちらにも内輪もめが生じていることがある。全員を皆殺しにしろっていう人、そんなことをしたらろくでもないことになるから制圧できればいいっていう人、なんでもいいからさっさと揉めごとをおさめてくれっていう人、なんにも考えてない人など。で、内輪もめが深刻な状態になっていく、という。よくある話。

 クリント・イーストウッドが監督をした「父親たちの星条旗」なら、星条旗を掲げたのちに国に戻り、国債を買わせるキャンペーンに参加する運動に利用された兵士たちが、それぞれに違う思い、違う立場で過ごしていき、違う死に方をしていった。

 「硫黄島からの手紙」なら? 硫黄島に赴任した栗林と既に島にいた陸軍とではかなり折り合いが悪かった。陸軍の将校たちは「玉砕ありき」「とっとと死ぬ」「なるべく敵を巻き添えにして死ぬ」ことしか頭になかったし、栗林は「一日でも生き延びて、一日でも戦線を維持して、一日でも長く本土上陸の邪魔をする」ことを目的にしていた。

 アジア諸国を侵略していた日本軍の将校たちは平時は現地に作った高級料亭に通って酒池肉林三昧。いざ連合軍などが近づくと、とっとと尻尾を巻いて逃げた。現地の下士官たちをほったらかしにして。兵站だなんだの管理も一切なく。行き当たりばったりの無茶苦茶な「俺たちさえよければいい」将校たちに振り回されて、驚くほどの人数が飢え死にしたり、病死したりした。死の行軍をやらかしたりね。

 東京大空襲をはじめ、日本はかなりの都市攻撃を受けた。これをもってアメリカを非難する人たちもいるけれど、日本も中国をはじめ同じことをけっこうやっていて、どの口で感がすごい。あと、戦争や紛争になると民間に甚大な被害が生じる、そういう攻撃を行なうものだ。軍じゃあ「なにも考えずに皆殺し」「面倒を避けたいから人質になりたがるヤツも撃ち殺す」くらい平気で行なわれることがある。

 731部隊をはじめ、こんなものじゃないけどさ?

 こんなものじゃないことさえ「そんなのなかった」「嘘っぱち」「でっちあげ」って言いたがる人までいる。私たちはそうそう同じことを同じように認識できるものじゃない。

 じゃあ、どうやって認識をすり合わせるのか。

 そこが問題だ。

 学問さえ選択されないことがあるし?

 私がどんなに選びたくても、学問のどれをどう選んだらいいのかわからないこともある!

 おまけに私はついつい面倒ごとを坊主や坊主に関するすべてに設定してしまいたくなる。

 元気のあるぷちたちの話を聞き、元気のない子に尋ねてまわったり、お菓子やなんやを持ち寄っては失敗したりして、とにかくぷちたちにとって「悲惨」な私をさんざんやらかしたのち、ひとり島の温泉でぷかぷか浮かぶ。


「あああああ」


 ぷちたちは生きている。

 抱き上げたときに感じる熱も鼓動も本物だ。

 これまでに病院で検査してもらったこともあり、狐街の神通力を鍛えられるというまるでホグワーツみたいな幼稚園では霊力や霊子をはじめ様々な測定もしてもらっている。

 まちがいなくあの子たちは生きている。現世のこどもとなんら変わりなく。狐街の狐たちと同じように。親の愛情が必要な、当たり前に幼くていたいけな存在として。

 私が生み出した。

 ぷちたちと私の繋がりのなかには、いまの一年九組である理華ちゃんたちとの繋がりも含まれていると思っていた。私の御珠を通じて、御霊との縁を結んだ後輩たちとの繋がりがあるのだと。

 だけど、本当にそうなのだろうか。

 そうなのだとして、それだけなのだろうか。


「それを、どう調べればいい?」


 わからない。

 私の御珠を通じて御霊との縁を結んだ人が増えれば増えるほど、ぷちがひとり、またひとり増えるのだろうか。

 わからない。

 あの子たちはともだちができて、当たり前にケンカをする。当たり前にグループに分かれて、どんどん自分になっていく。それぞれの自分に。どんどん変わって、どんどん異なっていく。

 幼稚園のお狐さんたちが子育てのイロハとか、よくあるQ&Aとか、いろいろと情報をくれる。本当ならそれは狐街の出産前から後にかけて段階的にもらい、いろいろと教えてもらいながら、いろいろな資源を与えられながらやりくりしていくのだそう。

 関わりのうえで便利な術だなんだもあり、それらは狐街に生まれたなら、それこそこどものうちに学べるという。親にしてもらいながらね。ぷちたちだってそうだ。まさにいま、幼稚園で「すこし遅れた」状態でいろいろと教えてもらっているという。


「お母さんも、いつでも来てくださいね、かあ」


 お母さん。

 その実感がない。

 出産したわけでもないのに。

 カナタも苦しんでいるという。悩むという。

 だけどカナタは地獄のいろんなご縁に支えられながら、ひとりのぷちを育てているのだから、私よりは落ち着いているなんて言っていた。どこまで本当かはわからないけどね。

 奇跡で生んだ、みたいな。神話の神さまみたいな。


「ばか」


 ちがう。

 ぷちたちは産まれたのだし、それは奇跡だなんだによるものじゃない。

 霊子による神通力だ術だなんだにしたって、一定の論理がある。

 私が読み取れていないだけで、なんらかの仕組みがあってのものだ。

 妊娠や出産がそうであるようにね。

 湯船の中で九尾を揺らす。

 人でありながら、獣憑きになる。

 そんなことが可能な世界で、だからこそ、それは奇跡でもなんでもない。

 愛も奇跡も関係なく、セックスの結果、女性の中で受精、着床して、細胞分裂を繰り返し、成長して、やがて母体を出ていくように。運が良ければ。悪ければ成長に困難をきたしたり、死することもあり。ときには母親が妊娠中に亡くなるような、そういう危険もあり。

 徹底的に人の営みでしかないし?

 セックスしたふたりが愛しあっているとも限らない。

 強姦されたり、性的虐待を受けたりした結果、妊娠するケースだって、出産するケースだってやまほどあるんだ。

 だから理想だ奇跡だ愛だなんだで済ませちゃいけない。

 その前提に立ち、調べなきゃ始まらないんだ。

 だっていうのに仕組みがわからなすぎるし? ぷちたちを育てることが大変すぎる。

 無理だよ、もう。そう叫んで投げ出したくなる夜がないかって。あるよ。当然。

 うちの親もそうだったろう。おばあちゃんにとってのお母さんもそうだったろう。

 男はいない。

 それでもなお、やれと求められる。

 カナタはそのへん、すごく恵まれてる。運に。縁に。

 ついつい私の中の坊主と坊主にまつわるすべてスイッチが入りかけるけど、落ち着け。

 私にもちゃんと運や縁があり、貧しさや依存の少なさを解決する術がある。

 それは望外の幸運だ。

 頼らなきゃ損だ。


「狐のみなさんに頼ってみるかな」


 どうして赤ちゃんは産まれるの? なんて。

 産んでおいてから聞くなんてさ。

 ほんと、間が抜けてる。

 朝倉先輩が呆れてたけど、そりゃそうだ。

 順序が逆!

 でも、あり得る逆だ。

 妙に生々しいしさ。

 生理が遅れて初めて「あれ。本当に赤ちゃんってできちゃうのか」と怯えるみたいにね。

 できることをやろう。

 段階だ順序だ言ってる場合じゃないし?

 私にはそれが必要なのだから。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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