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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千八百十一話

 



 翌日、私は「保健室登校ならありでは?」と訴え、当たり前のように棄却されたので、放課後に学校を訪れた。生物部の朝倉先輩に用があったのだ。

 いや。本当なら化学部に相談するなり、化学教師に頼るのが筋だと思うんだけどね?

 なんか、気が引けちゃって。超がつくド初心者が行って笑われたら、二度とがんばれない気がして。

 弱きになってる場合じゃないんだけども。

 朝倉先輩のぶっ飛んだなにかが、私にインスピレーションを与えてくれるのでは? なんて期待しちゃってさ。それで顔を出してみたってわけ。

 残念ながら部室に先輩はいなかった。代わりにいた部員さんに「部長なら特別体育館跡地の川にいますよ」と教えてもらって、足を運ぶ。

 かつては巨大なドームみたいな天蓋に覆われていた特別体育館も、覆いを失い、江戸時代の城下町を再現した場所が空に晒されている。なもので、これまでよりも露骨に風雨を浴びるからさ? 屋根瓦が傷んでいたり、コケが生えていたり、虫が増えていたりする。土埃で汚れたりね。

 そのぶん、それこそ時代劇のセットに使えるくらいの生々しさを感じる。

 おまけにルルコ先輩たちが仮住まいに利用し続けているのもあって、活気もある。

 港を再現した水場から、中央に鎮座するお城のそばの堀を通り、北や西、東へと延びていく川がある。前はたぶん、塩素かなにかを使いながら、藻だなんだが生えないように手入れをしていたんだろうけど、もうちがう。水が流れていて、ぷんと匂う。覗けば小さな魚が泳いでいるし? それよりきっと、虫や幼虫がいるはずだ。夏場は蚊が大量に増えて大変だったらしい。

 敷地がけっこう大きいので、川を辿るように歩いていたら、やっと見つけた。ジャージ上下にゴム靴とゴム手袋をはめて、網やバケツを持っている生物部の人たちがいた。

 去年見たときは川底は石畳だったような気がする。でも、いま生物部の人たちが集まっている川底は大小様々な石が敷き詰められていた。彼らが歩くたびに、もわっと水の中で土煙が舞う。


「獲った獲った! 魚またきたぞ!」

「素手で触るなよぉ」

「きもっ。これなに?」

「ヤゴだよ、ヤゴ」


 大盛りあがりだ。

 川辺に下りる石階段に近づくと、朝倉先輩が腰掛けて眺めていた。

 すぐそばに、両手で包まないと持ち上げられそうにない大きなカエルがいる。黒い斑点模様のある褐色寄りの緑色したカエルだ。あんなのいたんだ。それか、増えたのかな? 近くからやってきたとか?

 近づくのにかなりの勇気を要するぞ。

 苦手だ。カエルは。触ったことがないからね!


「あっ、朝倉先輩、こんにちは」

「ん? なんだ。小楠に用事か? あいつはいないぞ」


 先輩は振り返りもせずに語る。

 むしろカエルがよたよたと身体の向きを変えて、私を見上げてくる。

 いや。カエルは見上げないぞ? 怯みすぎだ。落ち着け。


「じゃなくて、先輩に用事がありまして」

「入部か? 断らないが。十月だぞ?」

「や、そうじゃなくて」

「なら用件を手短に話せ。私の至福の観察時間をだらだらと邪魔するな」

「はっ、はいぃ」


 苦手ぇ!

 カエルくんのいないほうに回って、先輩の隣に座って昨日思いついた私なりの基礎案を話してみる。

 意外なことに先輩は相づちを気持ちのいいタイミングで打つだけで、終始、話を聞くことに徹してくれた。もっとずばずば言ってくるのかと思いきや。

 なので、あっという間に話し終えた。

 なんなら話すの気持ち良かったまであるけど、だからこそ「あれ? これで大丈夫なのかな?」と不安になってくる。小楠ちゃん先輩の親友っぽい朝倉先輩。これまでの事件で、黒い液体の正体だなんだを解析してみせた朝倉先輩。先生たちも舌を巻く知識と技術の持ち主である朝倉先輩。

 果たして、どう出るのか。


「青澄」

「は、はい」

「お前は式神を複数名、生み出した。霊子を扱い、術によって形成した。そうだな?」

「は、はい」

「つまりお前の術は霊子を変容させて細胞を生み出し、新陳代謝が行える有機体生物を作りあげた。有機体であるなら細胞があり、細胞があるということは分子で組織化されているということになる」

「えと?」

「生物の基礎は一年の頃に学ぶ。教科書を読め」

「うっ、うすっ! 勉強不足ですみませんっす、先輩っ!」

「下手で妙なしゃべり方はやめろ。これまでのように普通にしゃべれ」

「はっ、はいぃ」


 なんか慣れなくて。つい。

 先輩は私を一瞥もしない。部員たちと、彼らが見つけた生物を眺めつづけている。

 声はずっと平板で、私に対する興味も、苛立ちや面倒さも、なにもない。


「生物の細胞は様々あり、人体もご多分に漏れない。それをお前は構成してみせた。だから、お前のぷちたちは今日も幼稚園だかなんだかに通って、帰ってきたらご飯だなんだと大騒ぎするんだろう」

「はあ」

「それをお前は自前の霊子で成し遂げた。私からすれば神業だが、お前の話からすると、お前が自覚的に成し遂げたのはせいぜい一割にも満たないのだろうな。さしずめ、式神を呼んだくらいの感覚か?」

「ま、まあ? そんな感じですかね」


 あんまり無感動にしゃべりつづける先輩に、なぜか無性に責められているような気がする。

 気まずい。

 片手を後頭部に当てて、いっそ芝居っぽく笑ってごまかしてみせたのだけど、通用するはずもなかった。先輩はやはり一瞥もせず、私のリアクションになんか一切取り合わない。


「だとしたら、残り九割以上の力がお前の中に潜んでいるのかもしれないな。だから、数多の細胞を有する生物を際限してみせながら、原子だなんだと言うんだ」

「え、と、それって、どういう?」

「細胞は分子が組織化されてできている。では細胞を組織する分子は? 原子が結合したものだ。じゃあ原子は? 物質の最小単位。お前は原子からアプローチを試みているが、既にお前は生物個体をうみだしてさえいるんだ」

「――……おぅ?」

「組織だ器官だなんだの話は控えておいてやるよ。とにかくだな」


 先輩は初めて顔を向けて私を見た。


「お前は生物をうみだした。だけど原子はどうだ。それができないのは習熟度の問題か? それとも得手不得手か、向き不向きの問題か。私には知らん。お前の術は私の領域外だからな」

「つ、つまり?」

「せっかく現実の知識と営みの集積である学問を利用しようというのなら、できない基礎より、いまできることから基礎を探ったらどうだ? あとは教科書を読み直せ。私からは以上だ」


 そこまで言うと、先輩は興味を失ったように顔を再び川へと向けた。

 すぐさま消化できそうにない。

 なるべく反芻しながら、急いでスマホを出してメモを取る。

 くそ。こんなことなら録音させてもらえばよかった!

 すぐに咀嚼できないくらい、生物音痴の私はメモを終えてから先輩にお礼に伝えて、そそくさと退散するほかになかった。

 勉強って大事だぁ。

 記憶して理解できていないとわからないことって、世の中にたくさんありすぎるぅ!

 術の基礎を固めるために相談に言ったら、生物の基礎が足りませんでした。

 ちくしょう。

 とぼとぼと学生寮に向かい、一年の頃の生物の教科書を漁る。

 そしてぺらぺらとめくって、細胞についてのおさらいをした。

 メモと見比べながらうんうんうなって、それなりの時間を使ってやっとおぼろげに理解したことがある。

 物質の最小単位である、原子。

 原子が結合してできる、分子。

 分子が組織化してできる、細胞。

 類似した細胞が集まっ構成する、組織。

 組織から構成される、器官。

 相互に関係した器官が集合した、器官系。

 多くの細胞が集まりなる、生物個体。

 あ、もちろん生物によっては一個の細胞でできている。単細胞生物だ。それに対して、多細胞生物がいる。私たちは言うまでもなく、後者である。

 待って? 中学でも学ぶ内容じゃね? ぐふっ!


「原子だなんだ言う前に、そもそも生物個体を複数つくれてるじゃん、ということ、だよね?」


 朝倉先輩の指摘は。


「ううん?」


 生命を作り出したとさえ言える。私はね。

 生命は、恒常的なエネルギーと栄養分の取り込みによって維持される。

 植物は植物の、動物は動物の、それぞれにエネルギーと栄養を必要とする。

 ぷちたちだって、それは変わらない。

 それにぷちたちは外界の刺激に変化を感じて、応答している。

 明らかに生きている。

 調べたらDNAさえあるかもしれない。遺伝情報を蓄えているってことだ。

 なんなら生殖さえ可能かもしれない。

 それって、製造開発者たちがやろうとしていることと共通してさえいる。彼らはクローンを生み出そうと実験開発を繰り返していたのだから。

 私はそれを術で成し遂げた。成し遂げちゃった。

 意識的に?

 ううん。

 先輩が指摘したように、私のした部分なんて一割にも満たない。

 なのに、ぷちたちをうみだした。

 霊子を用いて。

 ぷちたちの身体を構成するものの中に、原子や分子がやまほどあるってことだ。私と同じように。

 それはもう、望外の奇跡だと言っていい。

 日本神話の神さまたちくらい、雑に新たな命ができちゃってるまである。

 私の術は、それだけじゃない。


「私がいまできること」


 金色と化け術で無機物を作成できる。

 私の理解できるものなら、なんでも。

 だけど生物基礎でさえ教科書を読まないとわからなかったり思い出せなかったりする私に、ぷちたちが理解できるから作り出せたはずがない。

 考えてて泣けてきた。

 ごめんね。生物基礎。これまであなたの素晴らしさに気づかなかった私を許して!

 へんじはない。


「なんで?」


 改めて謎。

 なんで、ぷちたちを生み出せたんだろう。

 わからない。

 私の理解できるものなら、なんでも化け術で出せる。

 それは私のできること。基礎。


「十分、なのでは?」


 いやいや。歩みを止める理由になりはしないけど。

 すごいことできてるのでは? 私。十分やれてるのでは?

 ないものを獲得して対応しなきゃならないのか、それとも、いまある基礎で本当なら対応できるのではないか。

 そんな問いさえ、まともに取り扱ってきていないし?

 私の術が、私の仮説よりもよっぽど高度なことを成し遂げちゃっている謎があることが明らかになった。


「ううん!?」


 むしろ厄介になってない?

 いや、どうなんだろう。わかんない。


「う、う、ん」


 仮に生命をうみだせるなら、私の中にいる魂たちに新たな身体をあげることも可能なのではないか。


「――……っ」


 気づいたら震えていた。

 寒気がした。ぞわぞわと。

 そんなこと、できるのだろうか。

 できるとして、するべきなのか。

 それは本来なら、絶対に、超えてはいけない一線なのではないか。

 鋼の錬金術師なら、一作を通したテーマだったじゃん。なんでもできて、なんでも手に入るべきなのかな。そんな術があっていいのかな。

 いや。

 ないない。

 ぷちたちで私は心底懲りている。

 命がひとつあるだけで、かかる膨大な依存が求められる。

 社会的支援・社会的資源・関係性・環境。

 それに応じられる、まともで満足な社会かって? まさか!

 それはもう、今年、いやっていうくらい考えてきた。実感もしてきた。

 命は自分で選んで生まれてくるんじゃない。

 勝手に生まれて、そこで、この無茶苦茶ですごいけど悲惨でグロテスクだけど美しい、とても適応しきれない世界に生きることになる。不公平で、不完全で、不平等で、めちゃくちゃで、あまりにも運に作用されすぎる、だからこそいろんな依存が膨大に求められる、そんな世界に。

 とてもじゃないけど、背負いきれない。

 だから、懲りている。

 そのあたりへの反発が、魂たちにないのかって言われると?

 正直、むずかしい。

 私を許せない、怒っている、それどころか憎んでいる魂もいるかもしれない。


「いろんな現状の条件を整理できなきゃだめ、で」


 現状把握なしには進めないし、的外れになるんだよと先輩に叱られたような思いだ。

 それに実際、先輩の指摘はごくごく真っ当だし?

 突き止めなきゃならない謎があると思う。

 ぷちたちを生み出せた術の内訳には、謎が多すぎる。

 これまでふわっと物語や情報で語り、済ませてきたけれど、それじゃだめなんだ。

 勉強から逃げてられないみたいにさ?


「ああああああああああ」


 まさに基礎!

 基礎が足りなすぎるぅ!

 それに基礎的な確認も分析も足りてなさすぎるぅ!




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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