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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十四章 越えろ、士道誠心バトルロイヤル!

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第二百八十一話

 



 カナタがずっと机にかじりついている。

 机に置いてあるのはスマホやタブレット。動画を繰り返し再生しているんです。

 えっちな動画だったらどうしよう……! と震えながらそっと覗き見してみたら、私の歌っている動画でした。こないだの渋谷のゲリラライブと、文化祭のステージの映像だよ?

 カナタは動画を食い入るように見つめているの。

 なんだろう。歌ってるときの私、変な顔してたのかな……?


『いちいちおかしな考えをするでない。聞いてみればいいではないか』


 タマちゃんが焦れて訴えてきた。た、確かにその通りだね。


「ねえカナタ、なんで私の動画を見ているの?」

「いや……霊力の強化にな」

「最近ずっとそれ。あまあま大増量は?」

「お前こそずっとそれだな。真剣に自分を鍛える気はあるのか」


 ええええ!

 冷たい目つき&ダメだし!? な、なんか出会った頃に逆戻りしてない?

 シュウさんに向かっていった、あの厳しくて冷たくてひとりぼっちなカナタだ。


「侍としての可能性、その切り口を見つけてから……ハル、お前はもっとやれるはずだ。ご褒美ターンじゃないと思うぞ?」

「だ、だって、ほら。仕事とかもがんばったし、そろそろ……ごほうび」

「デートでお前の行きたい店に行ってお前の食べたいものを食べ、お前の理想のシチュエーションでキスをした。そのうえで何を望む」


 心臓が凍り付きそうだった。カナタの言葉が信じられなくて。

 普段の優しくて気遣い屋さんの、たまにちょっと不器用なカナタのものとは思えないくらい……冷たい言葉だった。

 私の反応に気づいたカナタは頭を振った。


「すまない。寝不足で……気が立っていた」

「……う、うん」

「ハルに当たるようじゃだめだ」


 項垂れるからいてもたってもいられなくて笑ってみせる。


「ま、まあほら。寝てないといらいらしちゃうもんね。いつも特訓してるカナタに習って、私もがんばるよ」

「そう言ってもらえると助かる……ハルは、何を求めていた? それも見えなくなるくらい、余裕を失うようじゃ俺も修行不足だ」


 言ってくれ、と訴えてくるカナタにもじもじしながら呟く。


「そ、それはそのう……私の口からは言いにくいなあなんて。はずかしくて。だって、ね。夜に、その……ほら。合図が欲しいくらいだなーとか」

「……やっぱり、それか」

「え」

「たまには禁欲してもいいと思うんだが」


 えええええええええ!

 こ、こないだはあんなに情熱的に求めてくれたのに? ここへきて方針転換なの!?


「ひ、ひどい! 愛されてなんぼの私なのに!」

「そしてお前は学生だし、侍候補生だ」

「おうっ!」

「今月は休み前に邪討伐がある。それに生徒会は一学期におけるトーナメントのような催しを開く予定だ。次の戦いで、ハルは確実に狙われるぞ」

「ええっ」

「何を驚いている。当然だろう? お前はいろんな意味で注目を集めたんだ。目立つ生徒は狙われるものさ」


 なんてこった! そんなつもりなかったのに!

 ショックを受ける私にカナタは眉間の皺を指でほぐしてから笑ったの。


「気を抜くな、という話だ。俺にはお前の安全を守る義務がある……弟さんと約束したし、それよりもっと俺はハルを守りたい」

「で、でもほら。戦うのは私なんだし、そんなの自己責任ってことで……あまあま大増量復活したり?」

「しない」


 なんてこった!


「ハル、刀鍛冶として言わせてもらうが……お前はまだまだだ」

「そ、そんなことないもん! 私、これでもここ最近はがんばってる方だよ? カナタだってそれを認めてくれてたと思ったけど!」


 なまじいろいろ成し遂げたつもりだったのかもしれない。

 その成果を誰より認めて欲しいカナタに「まだまだ」って言われて、むかっとして言い返したのがよくなかった。


「歌は認める。けど……こと戦いにおいては、課題が見えてきた段階でしかないんじゃないか」

「むうううう!」


 湯沸かし器みたいに頭がかぁっと熱くなる。

 ほら、あるでしょ? 図星を突かれてかちんときちゃうの。あれです。

 マドカの時にまだまだだって思ったばかりで、あれからちゃんと改善しようと努力するべきだった。

 悔しいけど、その方向性が見えずにぐだぐだしていたのは事実だった。

 でも私にだって言い分はあるよ!


「が、がんばってヤマタノオロチに化けられるくらいにはなったよ?」

「それだけか?」


 うそやん!


「じゅ、十分すごくない? どんなおっきな邪が来ても戦えるよ?」

「歌に可能性を見出したんじゃなかったか?」


 そ、それな……それ言っちゃうの? カナタ、それを言っちゃうの?

 ぐうのねもでないよ……自分でもちょっとごまかしてる感あったし。


「そ、それは……ほら。いつか目覚めることを期待していまは羽根を伸ばしターンというか」

「なら……聞かせてくれ。いまの自分は、ツバキに胸を張れるか」

「ううううっ」


 だ、大ダメージ!

 カナタ、それは卑怯だよ! 私にとっての弱点だ。

 そして反論の余地なく、カナタに甘えまくってご褒美おねだりモードな自分じゃ胸を張れませんでした。

 何度でも言う。なんてこった!


「夜に愛を交わし合うのももちろん大事だが……それよりもっと大事なことが、今のお前にはあるんじゃないか?」

「……うう」


 あまあま大増量で頭がいっぱいだった私を諭す、カナタの心は清廉そのもの。

 ほんと、抜いた刀のように綺麗な人だ。悔しいけど、煩悩まみれなのは私の方でした。


「確かに、カナタの、言うとおり……です」

「じゃあ特訓だ」

「特訓? 歌って踊ればいいの?」


 拗ねながら言ったのに、カナタはあまあま制限モードだ。


「それもこみだ。メニューはいくつか考えてある。やる気は?」


 スルーされちゃった。でも、三つ子の魂百まで。


「……ごほうび」

「甘えん坊の欲しがりだな」


 立ち上がったカナタが私の顎をそっと持ち上げた。くいって。くいって!


「うまくいったらな」

「がんばる! キスしてくれたらもっとがんばる!」

「まったく、しょうがない奴だ」


 顔が近づいてきて、尻尾が膨らみまくっちゃう。

 だけどカナタは私の顔の横に顔を寄せて、耳元でささやくの。


「……おあずけだ」


 うううう! 今日一番のイケボ……!

 こ、腰砕けちゃうよ! ああでもこれだけの燃料で動いちゃう私ちょろい……!


「さあ、行くぞ」

「コン!」


 月曜日の夜が更けていく。

 カナタが選んだメニューをこなすだけで時間があっという間に過ぎていっちゃうんだ。

 歌いながら化け術を使うように言われたりして、終わった頃にはもうくたくた。

 いつもならひっついて甘えるところだけど、そんな余力もなくて寝ちゃう。

 その間際に「おやすみ」というカナタの声が聞こえたけど。

 返事をする元気もありませんでした。しょんぼり!


 ◆


「それ絶対、ハルが求めすぎて対策練ってきたんじゃない?」


 朝ご飯を食べながら相談したら、トモが呆れた顔して言うの。


「えええ」

「アンタの体力ハンパないし、それで毎晩求められたらいくら緋迎先輩でももたないってことなんじゃないの」


 さばさばと事実を告げるトモになんて返事をしようかと思ったら、ノンちゃんが渋い顔して私を見ていた。


「いや、そこは純粋にハルさんの鍛錬が目的でいいんじゃないですか?」


 ノンちゃんはカナタの味方だった。霊子刀剣部の先輩後輩だし、ノンちゃんは期待の後輩だからカナタはコナちゃん先輩と二人でかなり大事にしているの。

 私もあまあまなしになってなかったら、ノンちゃんくらい素直に思えるんだけどなあ。


「ハルさんの力と歌を結実させて、戦闘スタイルを確立させたいっていう気持ちは本物だと思いますよ」

「でも、佳村さんも思うでしょ。ハルって激しそうじゃない?」


 トモさま!?


「……否定しませんけど、朝にする話題です? これ」


 ノンちゃんも!? 否定しないの!? なんてこった……。

 まあ否定できないけど。はじめての時にカナタの首筋にひどい痕をつけた時点で言い逃れできないもんね。なんてこった……。

 トモの指摘にノンちゃんがため息を吐いた。


「だいたい、恋人が激しく求めてくるの悪く思う人っているんです?」


 思わずトモと顔を見合わせたよね。

 ノンちゃんはたまにすごいことを言うな。あれか。ノンちゃんはありなのか。ということは、つまり?


「ノンちゃんはじゃあ、ギンの要求に応えまくりなの?」

「……毎晩はげしいの?」

「だから、朝にする話題です? これ」


 残念! ノンちゃんは答えてくれない!

 でもちょっと赤くなってるから、このへんにしておこう。

 ノンちゃんあんまりこの手の冗談好きじゃなさそうだし、確かに朝にする話題じゃなかったね。なんでも話せる友達だからって、時と場所を選ばなきゃ。反省、反省。

 ギンとの話は地味に気になるけど、話してくれるテンションじゃないなら、その時がくるのを待とう。


「……はあ」


 マドカが意味ありげなため息を吐いた。

 そういえばずっと、マドカは静かだった。

 ぼんやりした顔で少し離れた席を見ている。視線を辿ってみると、十組の人たちが固まっていた。その中にはキラリもいる。


「マドカ、どうしたの?」

「んー。戦闘スタイルの確立っていう意味でいくと、沢城くんと仲間さんはある程度方針が固まっててうらやましいなあって。そこへいくと私は全然だからさ」

「ああ……それ、ノンちゃんの指摘通り、私もだ」


 確かに悩ましい問題です。

 ギンは天性の身体能力で、妖刀を片手に切った張ったの大活躍をする。それはたとえ相手が妖怪変化や神さまの刀を抜いた相手でも変わらないだろう。

 トモも同じだ。雷になって襲いかかる技を軸に、誰よりも早く移動して苛烈な攻撃を振るう。抜刀術が得意な狛火野くんと違って、トモは打ち込みが激しいタイプと見てる。

 一方で、高校に入って剣道部に入ったマドカや、歌が隔離世でも通じる可能性を見出したばかりで化け術も訓練中の私はまだまだだ。


「あの十組のモデルみたいな子ですら、九組との戦いで型を見つけ出したのに。どうしたものかなって思うの」

「あはは……悩むよね。キラリすごかったもん」


 マドカの言葉に苦笑い。

 そうだよね。キラリの戦い方は、直接やりあった時を思い返すとまだまだ荒削りだったけど。でもクラスメイトの子を助けた映像をあとでカナタに見せてもらった時、星を使う技を使っていた。

 正直に言う。あれはかなり強そうだった。必ず勝利を掴み取る技。

 対侍戦というよりは、対邪戦に特化している印象があるよ。

 それこそ戦える強くて可愛いヒロインの止めの攻撃みたいだ。

 あれを破るのは容易じゃないと思う。瞬間的な爆発力が凄いから。


「「「 ……ライバルが増えていくんだなあ 」」」


 しみじみとハモる私たち侍候補生に、ノンちゃんは微笑みを浮かべた。


「じゃあえっちな話をしてないで、しっかり訓練してください。じゃなきゃ……次にトーナメントやったら、ギンが勝ちますよ?」


 どや感たっぷりに言って、トレイを手にノンちゃんが立ち上がる。

 むー。情けなく負けちゃうのはいやだ。

 刀を抜いた以上は私だってやれるところを見せたい。

 そんな侍候補生の心理を、刀鍛冶のノンちゃんはしっかりわかっている。マドカもトモも、瞳に闘志を燃やしていたから。

 マドカが続いて立ち上がり、トモが「ハル」と私に呼びかけて席を立つ。

 渋々続いていくと、トモが身体を寄せてきた。


「彼氏に対して不満があるなら歌ってみたら?」

「え? どういうこと?」

「訓練しなきゃいけない空気だし、必要だと思う。でも、歌わせてはもらえるんでしょ? なら……それで伝えればいいじゃん」


 歌で、伝える……。


「そういうものじゃない? 歌って」

「……そうかも」


 文化祭で先輩二人は気持ちを伝えてくれた。楽しませてくれた。

 私はもっとずっと歌について考えていいのかもしれない。


「恋人同士の時間も必要だろって歌えば? アピールできる切っ掛け逃すの、もったいないよ」

「おう……」


 目から鱗の言葉だった。


「ついでに、訓練の必要がないくらいのパフォーマンスすれば解決じゃない? あまあま大増量の機会をゲットできるかもよ」

「なるほど、その手が! さすがトモさま!」

「がんばれ」


 笑いながら励まされた。

 やる気が出てきたぞう!

 歩いていたら、生徒会メンバーで食事を取っているカナタの背中を見つけた。

 心の底から念じる。届け、私の思い!

 見ててよ、カナタ!


 ◆


 寒気がして身体を抱く。


「カナタ、どうしたんだい?」

「いや……嫌な予感がした。また何か……ハルが何かをやらかしそうな、そんな予感がした」

「ずいぶん具体的な予感なんだね」


 俺の言葉にラビを始め、生徒会メンバーが呆れた顔をした。

 咳払いをしてから尋ねる。


「それより次の催しなんだが、また学年別トーナメントにするか? 例年なら三学期ともそれで終わっていたが」

「クラス対抗戦にしてみてはどう? 一年九組と十組の戦いを見ていて、あれは面白そうだと思ったんだけど」


 俺の言葉に生徒会長となった並木さんが提案を返してきた。

 みんなの顔を見渡す。


「もぐもぐ!」


 朝は軽食で済ます俺たちに対して、丼や麺類をやまほど食べているユリアの迫力が尋常じゃない。何と戦っているんだ。食か。

 食べるのを一区切りさせたユリアが呟く。


「連続で同じことをやるより、いっそ……バトルロイヤル。学年を区切って開催して、二学期の学年最強を決める、とかどう?」

「刀鍛冶も参戦したら楽しそうだね。ボクもユリア案に賛成」


 意外だ。シオリが並木さん以外の案に積極的に賛成するなんて。


「戦いに参加せず、逃げるだけの生徒も出てくるんじゃないか?」


 双子の妹の提案にラビが疑問を投げかける。


「生存能力をはかる。そういう意味では逃げ隠れるのも、あり。最強の形は別に一つじゃない」

「なるほど。なら……具体的な内容については午後にでも詰めようか。それでどうかな、会長」

「ええ。今期は本当にいろんなことがあって、忙しくて企画がずいぶん遅れたわ。でもこのメンバーなら間に合わせられる。確実に実施して盛り上げましょうか!」


 並木さんが締めくくってみんなで頷いた。

 まだ始業までは時間がある。とはいえ気の早い生徒は席を立って学校に行く準備をするようだ。トレイを返却する佳村たちに混じってハルの姿も見える。

 こちらをちらちら見てくる顔が……常にどや顔。やはり嫌な予感がする。アイツがああいう顔をする時は、何かをやらかす前兆だ。きっとそうに違いない。

 まあ、アイツらしくていいけどな。昨日は冷たく当たってしまって、朝に謝ったが返事は浮かなかった。だがその心配はどうやらもう、必要ないらしい。

 昨日ひどいことを言ってしまったから、ハルへのお詫びを考えておこう。そう思ったら、不思議と気持ちがいくらかマシになった。


「ところでカナタ、今日はいつもより元気そうだね」

「そうか? いつも通りだろう」


 ラビの言葉に俺は肩を竦めた。


「いやいや、玉藻の前の性質がそうさせるのかな……カナタは特定の朝に力尽きた顔をしていたよね」

「ちょっと。下世話な話ならよそでして」


 待て。嫌な予感がするぞ。


「そう言わないでよ、コナちゃん。心配していたんだ、級友のことを。君だって気づいていただろう? ハルちゃんはきっとカナタの精気を吸っているんだ」

「コナちゃん言うな……まあね。そういう日に限ってあの子ったら、つやつやしていたからね」


 苦笑いしか出ない。

 誰かに言うまでもなく気づかれている。

 ハルには気づかれないようにごまかしていたが、アイツの見えないところでは俺の気が緩んで綻びが出ていたようだ。


「明るく素直でどんどん可愛く綺麗になっていく。歌姫のように成長していく彼女が、夜は自分に対してだけ淫らとか。男の夢なんじゃないの?」

「み、淫らとか言うな」

「けど事実だろ?」

「――……」


 心底どうでもよさそうにシオリが言う。悔しいが言い返せない。


「いいだろ、肉食」

「あ、あのな。草食を気取るわけじゃないし、変な理想を押しつける気もないが。そればかりになるのも、どうなんだ」


 喘ぐように言い返した。


「倦怠期?」


 ユリアの指摘に俺はいったいなんて答えればいいんだ。


「違うからな! ただ……ちょっと、体力がもたないってだけの話だ」


 尻すぼみになってしまう俺の言葉にシオリが微笑んだ。


「カナタはボクらの中だと、かなりセンスある方だけど……でも、一番体力ないもんね」

「ど、努力はしてるんだ。もう置いて行かれたりはしない。そもそも、お前たちが規格外なんだ!」


 シオリの指摘に言い返す。

 二年生でも指折りの実力者しかこの場にはいない。

 並木さんは士道誠心刀鍛冶、歴代最強と言ってもいいミツハ先輩の指導を受けている。俺ももちろんそうだが、並木さんの方がミツハ先輩の感覚により近い。父さんからしごかれている俺とは根本からして違うせいもあるが、とにかく並木さんは侮れない。

 ラビとユリアに関しては言うまでもない。幼い頃から特殊な訓練を受けていただろう二人が常に二年生の侍候補生の先陣を切っている。

 シオリも小柄ながら、意外なことに持久力がすごい。それに瞬発力もある。水と氷を操る神の刀と言えば、間違いなく南ルルコ先輩が筆頭格。シオリはその直系の遺伝子を引き継いでいる。

 俺は彼らに何歩も遅れてやっと刀を手に入れた。

 幼い頃から訓練していたのはバイルシュタインの双子だけじゃない。だからもう、遅れを取る気はない。

 強い視線を送るが、シオリはどこ吹く風。分厚いレンズの眼鏡の向こう側がよく見えない。それじゃシオリもまともに見えるはずなどないのに、シオリが何かにぶつかっているところを見た覚えがない。

 見るに見かねた並木さんが口を開く。


「ちょっと、ここで前哨戦を始めるつもり?」

「別に。ただ楽しみだけどね、カナタの次の戦いは」

「……ああ」


 シオリの言葉は挑発そのもの、だけど声の響きは純粋な期待と興味。

 だから深呼吸をしてから頷く。


「それにしても……男女同室というか、同居って考え物ね。恋愛の過程を何段階かすっ飛ばしてしまうから」


 並木さんが意味ありげにラビを見た。すぐに返事をしたのはシオリだった。


「それね。結婚する前に同居はするなってよく言うよね。まあ彼氏のいないボクが言っても説得力ないけど?」


 冷気を感じるのは、俺だけなんだろうか。

 こういう状況下でマイペースに話せるのは、いつだってユリアだけ。

 それは今日も変わらなかった。


「もぐもぐ……どちらにしても、恋人がいつか突き当たるかもしれない現実的な悩み。パートナーが営みに積極的で困るなんて、女性が悩むものだと思ってた」

「「 確かに 」」


 ユリアの言葉に並木さんとシオリが真顔で頷く。

 俺も頷きたい。けど、人によるというのが究極なのだろう。


「まあでも人によるよね」


 俺の代わりにシオリが言ってくれた。


「好きな人の体温なら、ボクはいつでも歓迎だし。ハルちゃんの気持ちもわかるよ」


 いやいやいや。いやいやいや。

 そうなんだが。その通りなんだが。待ってくれ。それを言ってしまうと、話の流れが変わってしまうのではないか。


「それで?」


 ラビが邪気のない無垢な笑顔で尋ねてきた。


「カナタはどんな対処をしたの? 後学のために聞かせてくれないか――いった!」


 ラビが悲鳴を上げた。向かい側にいる並木さんとシオリが涼しい顔をしている。そっと隣の足下を覗いたら、涼しい顔をした二人の足がラビのつま先を踏んでいた。

 因果応報だ。二人を前に迂闊な発言をしすぎなんだ、お前は。

 それにしても……怖いな。この二人を敵に回すのはやめよう。こういう場面に出くわすたびに決意するよ、俺は。


「そうだな。あいつに精気を吸われずに済むよう、先に眠ってもらうことにした。訓練で疲れて寝るなら一石二鳥だ」

「遠回しな逃避じゃないかしら」


 並木さんの言葉に棘がある。


「そ、そうともいうが。何度もたしなめてきたんだ、前のめり過ぎるって」

「素直に甘えて求めてくれる可愛い彼女とか最高だと思うけど。カナタはいやなの?」


 シオリの言葉にもだ。


「い、いやじゃない。いいと思う。ただ体力がもたないってだけの話で」

「「 それって問題はあの子にあるんじゃないのでは 」」


 やばい。二人が敵に回りかけている。

 咄嗟にラビに視線を向けたが、


「すまない、カナタ……いたたたた」


 俯かれた。

 二人の足がラビのつま先を執拗に苛めていた。

 くっ。形勢は不利か!


「玉藻の前という性質を考え直すべき」

「ユリア?」


 まさかのフォロー!


「妖怪や神ほど、性質は露骨に侍に影響を与える。玉藻の前についてよくある話なら、それは男を狂わせる傾国の美女。あの子も例外じゃない」


 ユリア、お前は女神かなにかか。


「玉藻の前か。スマホゲーにもなった有名なアレだと、尽くしちゃう愛妻系だった気がするけど。ちょっと前のぬらりひょんが出てくる漫画なら悪の権化だったような気がする。あとエロかった」


 シオリの知識の元に唸る。


「あれ。葛の葉の方だっけ。えっと……」


 スマホを出して調べ始める。シオリの足がラビから離れて、並木さんも攻撃の力を弱めたようだ。ラビの顔がほっとしたようにゆるむ。


「性質という点で考えるなら、愛した男から生命力や活力を奪う可能性はあるわね。緋迎くん、そのあたりはどうなの?」


 並木さんの言葉を受けて、みんなの視線が俺に集まる。

 大事な仲間、それも女性陣がいる前で言うのは非常に困るんだが。


「それは、その……よ、夜の営み以外は特に影響がない」

「「「「 ……ほほう 」」」」


 おい。なんでみんなして前のめりになるんだ。むしろ女子は引くところじゃないのか。


「でも……食堂に出てこなかったよね、こないだの……いつだったかな。前の邪討伐後の二日間だったかな?」


 おのれ、ラビ……!


「カメラのチェックしてたけど。そういえばそもそも廊下に出た気配もない」


 くっ、シオリまで……!


「ふうん。へえ。大丈夫だったの?」


 ユリア、半笑いで聞くな。


「そこに突破口があるかもしれないわね。思い当たる節はあって?」


 並木さん。頼むから真剣に聞いてくれるな。


「……ええと」


 この手の話題を、きっと大人たちはもっと気楽に話し合うのだろう。それこそ、酒でも呑みながらな。

 本来なら、一人で抱え込まずに済むのだから、ありがたみがあると思う。

 自分一人で抱えるよりはいい。知恵を借りるのも悪くない手だ。

 悪くはない手だが、恥ずかしいな。

 しかしみんなして逃がす気がなさそうだ。

 渋々、呟くように答える。


「俺から求めた。その時は……だいじょうぶだった」

「「「「 ほっほう 」」」」


 やめてくれないか、その反応。


「あれじゃない? ボクが思うに……ハルちゃんから求めると吸い取っちゃうけど」

「緋迎くんからあの子を求めたなら、吸い取られるに済む。なるほど、シオリの言う通りかもしれない」

「愛される限り、相手を殺さない。それがハルちゃんの玉藻の前の性質というわけか。すごい後輩に愛されたものだね、カナタ」

「いいね。案外、わかりやすい構図。カナタ、もっと貪欲に求めたら? 好きならいいでしょ、別に」


 頭痛がする。お前たちに相談してよかったのだろうか。

 なるべく考えないようにしていた事実が浮き彫りになっただけなんだが。


「なにが不満なの? そういうのが嫌いなの?」

「いや……俺も、男だから、それは」


 あまり言わせないでくれ! 赤裸々すぎて恥ずかしい!


「なら問題なくない? もう一回聞くけど、なにが不満なの?」


 心底不思議そうにシオリが聞いてきて、みんなが俄然前のめりになった。


「そんなによくないとか? 玉藻の前っていう時点で、ものすごそうだけど」


 並木さん、勢いに任せてそんなことを聞かないでくれ。そしてシオリもユリアも真顔で頷かないでくれ!


「い、いや、満足はしているんだ。ただ……よすぎてのめりこみそうで、心がどんどん弱くなっていくのが怖いだけだ」


 そう、答えておいた。

 真実は別にある。だが言い出せない。

 誰にも打ち明けてない悩みだから。


「愛情に溺れて自分さえ見失うのが怖いのか。理性が強めのカナタらしいけど」


 ラビの言葉にみんなが苦笑いを浮かべる。

 待て、そんなに俺は情けないのか……?


「いや、カナタが悪いわけじゃない。ただ……世の中の大勢は、普通に恋をして、普通に愛し合って……やがては結婚して子供を産む。そうじゃない人たちが社会問題になって久しいけど、でもそういう歩みで生きる人たちはそれでも大勢いるんだ」

「ラビ……」

「既に高校生で、経験してるんだ。ならもういいんじゃないかな。避妊してるんだろ? なら……別に溺れてもいいと僕は思うけど」


 とうとう言ったな、究極的な単語を!


「ラビに賛成ね。愛を渇望するのは……結構きついものがある」


 並木さんの言葉は妙に重たかった。誰のことを指しているのだろう。わからない。わからないが……それでも重い。


「あんまりお預けばかりしてると、いくらあの子がお人好しでも、いつかはふてくされちゃうわよ? 問題があると思うなら、ちゃんと謝って二人で道を探したら?」

「あ、ああ」


 並木さんの言葉に思わずどきっとしながら頷く。


「さあ、僕らもそろそろ学校に行こうか。生徒会メンバーが遅刻じゃしょうがないからね」

「そうね。ユリア、食べ終わりそう?」

「ん――……ごちそうさま」


 丼を傾けて一気に食べると、ユリアがトレイを手に立ち上がった。

 みんなが後に続く中、シオリが意味ありげにこちらを見つめてきていた。


「な、なんだ?」

「求めるくらい満足感のある行為。お預けされたら下がる好意。やがてカナタはひとりぼっち」

「や、やめてくれ」

「ごめん、冗談。でも、いやなら去年、刀を求めてどこへだって行ったみたく行動すればいいのに。何を怖がってるの?」


 さっき以上にどきっとした問い掛けだった。


「体力とかそういうことじゃないと思う。ハルちゃんは愛して、信じてる。待っているだけじゃなく求めている。カナタの愛を」

「……わかってる」

「なら、自信がないとか?」

「――……」


 図星だった。


「それ、ボクらに言えないんだとしても……誰かに相談した方がいいよ。生々しい話でも、カナタとハルちゃんの現実なら、絶対にね」

「……ああ」

「愛は注いで成長するんだと思う。もっと世界を見てみようかなっていう気分になっているんだ。だからカナタ、男女交際に未来があるところを見せてよ」


 歌うように語る時こそ、シオリは本音を話している。


「シオリ……」

「きっとハルちゃん、待ってるよ」


 立ち去るシオリを追い掛けるように、トレイを手に立ち上がる。

 認めよう。ハルにお預けを食らわせた。ひどい言い方をしてしまったこと以外に罪悪感はあまりなかった。むしろ今日はぐっすり眠れるとさえ思った。

 それにハルの霊力の強化が大事なのは事実だ。

 歌と霊子の放出を同時に行うと、アイツの願いは自分の枠を越えて強すぎるが故に自分を蝕んでしまう。

 放置していたら、事故が起きかねないんだ。

 でも、それを口実にした部分がないわけじゃない。

 なにせあいつに触れると――……心地よすぎて。求めずにはいられない。

 だからこそ、つらいことがある。


「……はあ」


 それについては繰り返すが、誰にも話せずにいる。

 トレイを返して、けれどあまり急ぐ気にもなれずにいる俺のそばにラビがいた。

 もう女子達はいない。先に学校へ向かったのだ。今はラビと二人だけ。


「それで? 本音は?」


 微笑む親友の顔を見て、呟く。


「ハルは玉藻の前の経験を、自分のものに変える。たまに思うんだ。俺が抱いているのは誰なんだ、と」


 繋がりあうと、刀鍛冶の力がそうさせるのか……伝わってくる。

 玉藻の前の経験。それを自分のものに変えるハルの愛を。

 だからこそ狭量な自分が、いやでも見えてくる。


「……アイツとすると見えてしまう。玉藻の前が以前した相手のことや、その経験が。それを自分のものにするハルを、どこかで……認められずにいるんだ」

「他の男の影が見えるのがいやなのかな? でもハルちゃん、例の日記の話じゃカナタとするのがなにもかもはじめてじゃないのかい?」

「……もし仮に、いてもいなくても関係ないのが本物じゃないか?」

「カナタ。それをつらそうな顔で言われても……まあ、気持ちは痛いほどわかるけどね」

「すまない」


 苦笑いを浮かべる。


「確かにハルははじめてだった。なのに、いろいろと尽くしてくれて。耳年増にしたって、あいつはすごくて。わからないんだ。玉藻の前が乗り移っているのかと疑わずにはいられない時すらある」

「なるほど……翻弄されてしまうわけだね。そして不安になる、と」

「たまに自信がなくなるんだ。あいつがすごすぎて。別に……夜に限った話じゃない。いつだってアイツはぐんぐん進む。だから見てみたくなる。どこまでいけるのか。なのに」

「自分が絡むと、ついていけるのか不安になってしまう。実に人間らしい悩みだね、カナタ」

「……俺は自分が情けないよ、ラビ」

「いいや。君が成長するちょうどいい階段でしかないよ。だから胸を張って乗り越えよう」


 あまりにありふれた情けない理由を、誰にも話せずにいた。

 けれど俺を励ましてから、ラビは呟くように尋ねてきた。


「ところで、そんなにすごいのかい?」

「想像するな」


 両手を掲げて降参のポーズを取るラビにため息をつく。


「……わかっているんだ。ハルに罪はないし、もちろん玉藻の前にも罪はない。ただ、どう向き合えばいいのかわからない自分が苦しい。こんな悩みを、アイツにだけは話せない」

「カナタ……」

「胸は張れない、まだ。俺はそのうえ、冷たい言葉をかけてしまったんだ」

「じゃあなおさら、抱えてちゃいけないね」

「……まったくだな」


 思わず吹き出しそうになった。前向きなラビにお目にかかれる日がくるとはな。並木さんの影響だろうか? そうならいいと思った。


「……どうにかしたい」


 玉藻の前を愛するハルを拒絶するようなことはしたくない。

 真偽を確かめるか? 夜のすごさはどこからくるのか。

 いいや、だめだ。

 たとえば……行為をしている時は、玉藻の前になってないか? などと聞けるはずがない。

 傷つけてしまうかもしれない。昨日ひどい言葉を言ってしまったばかりなのに、もう傷つけたくない。

 力を使えばわかるはずなのに、それさえ忘れるほどハルは前のめりですごい。


「傷つけたくないから、か。でもカナタ、それで策を弄して遠ざけても、何も解決しないよ?」

「……だから悩んでいる。どうしたらいいのか」


 わからない。


「難しく考えても、理屈を見つけても……心が納得しなきゃ救われない。メイとの恋愛で痛いほど思い知った。だからカナタ、親友として言うよ」


 足を止めた。ラビが真剣な表情をして俺を見つめていた。


「もっとシンプルに考えよう。カナタが抱えている葛藤は単純だ」

「……俺にはとてもそうは思えないが」

「まあ聞け。愛したい。けど愛せない。どうしてだ?」


 それがわかったら苦労はない、とラビを睨んでしまったが。

 帽子を出してかぶったラビは穏やかに笑っていた。


「かつて玉藻の前と繋がった男達に勝てるかどうか、いや。それ以前に、ハルちゃんの愛情に見合う実力があるのかどうか、自信がないからだ」


 図星だ。今日は痛いくらい、図星を突かれている。


「でもそれって――……ハルちゃんにとって、関係あるのかな?」

「どういう、ことだ?」

「ハルちゃんはカナタと愛し合い、喜んでもらうためならきっとなんだってする。カナタが嫌だと言えば止めるだろうし、そうじゃなければ玉藻の前の経験値さえ使ってカナタと愛し合おうとする」


 それが事実だ。


「でも、カナタの技術がどうとか。自信がどうとか……実力さえきっと、関係ない」

「なぜだ」

「だって、ハルちゃんはカナタに愛されることをただただ一途に求めているから。ね?」


 シンプルに整理される、現状。


「別にカナタの技術に不満があると言うわけじゃないんだろ?」

「……ああ」

「むしろ不満なんて、言ってないんじゃない? 愛されないこと以外はさ」

「……それは」


 悔しいくらい、その通りだった。


「だったら。あとはカナタがどうしたいか、それだけだ。だから勝つ勝たないって話ですらない。カナタがハルちゃんとどう繋がりたいのか……それだけじゃないかな」


 俺が、どうしたいのか。

 深呼吸をする。穢れを嫌う、淀みなどない。

 ただ……愛する者を助け出すために抜いた刀に触れた。

 頭がすっきりしてきた。

 誰にも言えずにいた悩みを打ち明けてみたら、どうだ。

 みんなが口々に言う。

 お前はいったい何を悩んでいるんだ、と。

 悩む必要すらないかのように。

 考えるべきはハルのことだけだろうと。それを打ち明けて、先へ進めと。

 俺だって……悩みたくない。立ち止まりたくないんだ。

 悩むなら、ハルとの未来について、前向きなことで悩みたい。

 断じて、ハルの溢れる技の出どころや玉藻の前が操っているかどうか、彼女の過去の男とか。そういう問題で悩みたくはないはずだ。

 しかもそれはハルの過去ですらない。なのに。それがストレスでならない。

 こんなのおかしいだろう。

 そうさ。認める。俺だって……ハルを愛したい。それに溺れたいとすら思う。

 だから――……邪魔をするな、と俺の弱さに言っていいはずだ。

 もっときちんと、夜について考えていいはずだ。

 俺とハルの夜について、ハルと俺が考えなかったらどうする。

 ハルに任せてばかりいて、どうする。

 アイツの愛は途方もない。俺は自分の弱さで勝手にへこたれて、傷ついていた。けど、それじゃアイツの愛に並べないんだ。

 刀鍛冶の本質を、いつかの会見でハルは愛することだと言った。

 俺はそもそも――……アイツの刀鍛冶だったはずじゃないか。

 なら、もう悩むのはやめだ。玉藻の前も十兵衞も、もはやアイツの一部なのだから、それごと愛してやる。


「心は決まったみたいだね」

「……ああ。あんまり下手を打つと、そのうちアイツがおかしなことをしそうだから。その前にちゃんと話し合うよ」

「それがいい。確かにハルちゃんなら、何かおかしなことをしでかしそうだ」


 笑って背中を叩いてくれたラビと二人で学校に向かう。

 今夜、アイツと話そう。きっとずっと前に話さなきゃいけなかったことを、やっと……話すんだ。


 ◆


 今夜、カナタに聞いてもらいたい歌ならもう決めた。

 休み時間になったらスマホで動画を再生して、イヤホンで音を聴くの。

 ずっと繰り返していたら、昼休みになってシロくんに聞かれちゃった。


「青澄さん、ずっとスマホで音楽聴いているみたいだけど、今日は何を聴いているんだ?」

「んー?」


 スマホをクラスメイトに見せながら、私はどや顔で言うんだ。


「演歌だよ」


 だって、ほら。

 女の情念といったら、これでしょ?




 つづく。

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