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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三章 九組の抜刀、高校の生活

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第二十八話

 



 部屋に帰ったら、見慣れない箱が扉の前に置いてありました。

 なんだろうと思って運び込むの。

 宛先は学院からだ。

 中を開けてみたら、身体に装着するベルトが入っているのです。

 二本の刀を差せるようになってるよ。

 十兵衛がしたままにしてたけど、せっかくトモからもらったパーカーを刀を固定することに使うのは申し訳ないよね。だからベルトを早速身に付けてみたの。

 腰がちょっと重たいけど……でも安定感あっていいかも。

 ご飯を食べにいくためにトモに声を掛けたんだけど、部屋には誰もいなかった。

 なんでだろう……と思って寮のあちこちを探す。

 ご飯時でお腹が満たされた後だからか、出くわす先輩たちは「また明日な」と言うだけ。

 考えてみればありがたいかも。今日はもうゆっくり休めそうだし。

 それと、覚えておこう。帰ってきた時が一番危ないって。

 寮の外に出たら、素振りをしている狛火野(こまひの)くんとばったり出くわしたの。


青澄(あおすみ)さんか。どうしたの?」


 汗をタオルで拭い、素振りをする手を止める彼の周囲を見渡す。

 誰の姿も見えない。


「トモを探してる……んだけど。練習してるの?」

「日課なんだ。武の道は一日にしてならず、鍛錬が欠かせないから」

「そ、そうなんだ」


 十兵衞がしかり、と満足そうに訴えてくる。


「それより仲間さんか……たぶん道場じゃないかな」

「え、道場ってなんで?」

「ぼ……お、俺もそうだけど、彼女も鍛錬に余念がないタイプみたいだから」


 刀を鞘にしまって大きく深呼吸をする。

 燃えるような熱が彼の周囲でゆらめいて見えた……気がしたの。


「道場の場所がわからないなら、送っていこうか?」

「あ、ううん。いいよ、自分で探してみる。邪魔しちゃ悪いし」

「そう」


 爽やかに笑う狛火野くんにお礼を言ってから何気なく歩いて、あちこち見て回るの。

 鉄製のランタンみたいな街灯が定期的に設置されていて、日が暮れても道が見えないなんてことはない。

 問題は行く先がわからないということ。

 どうしようかなあって思った時だった。

 ひひひひん……と、どこかから馬のいななきが聞こえた気がしたの。

 鳴き声が聞こえた方向へと誘われるように足を向ける。

 五分もしない内に辿り着いたのは……馬小屋だった。

 木製の一階建て長屋から聞こえる複数の馬の鳴き声。

 それに混じって聞こえてきたのは、


「おお……そうか。馬術部によくしてもらっているか」


 月見島くんの優しげな声だった。

 うひひん。


「ん?」


 覗き込んでいた私に気づいたのは月見島くんがお世話していた白馬で、次に月見島くんが気づいてふり返ってくる。


「こいつは……恥ずかしいところを見られちまったなあ」


 ばつが悪そうに苦笑いを浮かべる月見島くんの肩を白馬がはみはみする。

 ……い、いいのかな?


「あんまりけしかけるな、よせって」


 くすぐったそうに笑う月見島くんは、白馬を優しく撫でると「また明日な」私へと歩み寄ってきた。


「どうした、青澄」

「えと……トモに会いたくて、剣道場を探してるんですけど」

「剣道場なら、体育館の方へ行った方が早いぞ。こっちは遠回りだ」

「なんと」

「……どうにも放っておけねえヤツだな。しょうがねえ、ついてきな」


 歩き出す月見島くんについていこうとした時です。

 ぐううううう!

 と、お腹が主張したのは。

 当然、笑われたよね。大爆笑されたよね。あはははは! って。


「噂になるくらい大活躍したから、もっと調子に乗ってるかと思っていたが……相変わらずだな、お前」

「お、お恥ずかしい」

「まあ、らしくていい」


 両手をポケットに突っ込んで肩を立てて歩く月見島くんは、私を見て子供みたいに笑った。


「お前、飯はなにが好きだ?」

「え? あっ、は、ハンバーグとステーキ?」

「子供かよ」


 きゅ、急に振られても出てこないよ! ええ? えっと……。


「お、オムライスも好きですよ?」

「だから子供かよ」

「ら、ラーメン!」

「どう足掻いても子供だな」

「うう……お、お母さんの手料理とか?」

「もうよせ……無理はすんな」


 哀れまれた!?

 そんなばかな……。


「好きな食いもんで、そいつの人となりってのがわかるってなもんだ」

「……月見島くんは、じゃあ何が好きなの?」

「俺か? 俺ぁ……」


 そうさなあ、と夜空を見上げる。

 ぼんやりと霞む月を見つめて、


「真心こもってりゃ、うまかろうがまずかろうがいい。そんなとこさな」


 寂しそうに笑うの。

 ……なんだろう。なんでかな。


「こ、今度なにか作ってあげよっか?」

「お、どうした?」


 すごく……すごく悲しそうな目をしてた。

 だから言わずにはいられなかった……んだけど。

 わ、我ながら……これはとんでもないことを口にしてしまったのでは?

 なんで十兵衛もタマちゃんもずっと黙ってるの!?

 うう……。


「ほ、放っておけない感じが、しまして……その、出過ぎた真似、すみません」

「構わねえよ。そうさな……じゃあ、気が向いたらにぎりめしでもくれ」

「そんなのでいいの?」

「そんなのでいいんだ。そら、見えたぞ」

「え」


 月見島くんが立ち止まって道の先を指差した。

 気づくと校舎のそばにある体育館が見える。

 月見島くんが示したのは、体育館の隣にある小さな小さな体育館めいた建物だ。


「あれが道場だ」

「あ、ありがと!」

「いいってことよ。にぎりめし……気長に待ってるぜ、じゃあな」


 手をひらっと振って立ち去ってしまった。


『日を改めて持っていかねばのう』


 タマちゃん、今更出てきてそれはないよ。


『やかましい。そなたで十分なら、妾が出る場もあるまい』

『……気を許した相手のにぎりめし、か』


 十兵衛も感慨深く考えなくていいから。


『作ってやれ。喜ぶ』


 わかってるってば、もう。

 元よりそのつもりです。

 言い出しっぺは私だし。

 それはそれとして……トモはどうしてるかな?

 気楽な気持ちで、開きっぱなしの扉から道場の中を覗いた。

 刀を手に、構えているだけ。

 トモのその姿にはけれど、緊迫感が満ちていた。


『ほう』


 十兵衛が感心しているんだから、トモって相当すごいんだと思ったの。


「……お。ハル?」


 すぐに緊張を解いて私に気づいてくれる。

 刀を鞘に戻してトモが駆け寄ってきてくれた。


「ご、ごめん。邪魔しちゃった? そ、そのね? あの」


 てんぱってる私のお腹はいつだって外さない。

 ぐうううううううううう!


「あはは。そっかそっか、もうそんな時間か。ごめんね、いこっか」


 笑いながら私の手を引いてくれる。

 頼もしくて……多分ずっと先を見据えている友達の手だ。


「ねえ、トモ……私もトモみたいになれるかな」

「ばかだな、ハルは」

「いたっ」


 思わずこぼした弱音に返ってきたのはデコピンで。


「ハルはハル。あたしはあたし。あんたはあんたらしく、青春してるよ」

「……ほんと?」

「先輩たくさんぶちのめした強者がなにいってんの」


 肩を抱かれて笑われた。

 た、確かにそれはそうかもしれないけど……でも。


「……十兵衛のおかげだもん」

「なにへこたれてんの。その十兵衛を手にしたのはあんた。だから胸を張っていいの」

「で、でも」

「でもはなし。その皺も邪魔」


 眉間の皺をぎゅっと摘ままれた。


「足りないなら、成長すればいい。あたしらの学校生活は始まったばっか。人生で言えばまだまだスタート地点。ね?」

「……トモ」

「出来ることを数えようよ。増やしていけばいいの」


 歯を見せて笑うトモはイケメン過ぎだし。


『その娘の言うとおりだ。寮に戻った時のよけ方、体さばきには未来があるぞ? 小娘』

『……ま、右に同じくじゃ』


 私の背中を優しく押してくれる二人もまた、頼もしい以外の何物でもなかった。


「……うん!」


 二人はもちろん、トモの隣で胸を張れる私になりたい。


「がんばるよ!」

「おう!」

「ありがと、トモ!」


 お礼を言ったその瞬間に、ぐううう! とお腹が鳴って台無しでした。


「あはは! 急いで戻ろっか」

「……なんかすみません」


 小さくなるばかりの私です。




 つづく。

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