第二千七百九十八話
スポーツ大会を中座して烏天狗の館の空き部屋を確認。
一部屋を借りる。今日きて気づいたことなんだけど、受付や待機所、休息所や復帰場所、治療所などができていた。そこではカラスの神使たちを中心に、他にも多種多様な神使たちが働いていた。
部屋のレンタルにしたって、木札を借りて部屋の差し込み口に挿入、解錠後に引き抜くというホテルのカードキー形式である。主に現世の侍隊や、私たち四校の学生のだれかが利用しているようだ。そりゃあ、だって、宝島は基本的にはリゾート地。観光地で、保養施設の集まりみたいな場所なのだから、鍛錬の性質の強い場所には来ないよね。もっとも「思い出の場所を再現する」みたいな利用方法があるようで、過去に亡くなって天国や地獄に暮らしているとおぼしき人たちがちらほらと見受けられた。
借りた部屋に入り、設定を声に出すと真っ白な空間がみるみるうちに変化していく。
うちの学校を再現した。
私はいま美術室の真ん中に立っている。
「それで、なにするの?」
「また妙なこと始めるんじゃない? やめてよ? 入院するようなことはもう二度とごめんだから!」
キラリやマドカがついてきた。
ノノカもいるし、未来ちゃんもついてきた。
トモやギン、ノンちゃんたちは平塚さんに質問したいようで残っている。
今日は五人。呼べばカナタも来られたろうか。だけど三年生の集まりを探す元気も、余裕もない。
あとで拗ねるかなあ。でも仕事もあるかもだし。
わっかんね! そう思ったからスマホで部屋番号を伝えておいたけど、ひとまず来そうにない。
「やっぱりさ。霊子を扱う術は心のありようを映す鏡だし、なにかを表現したいなら目的が定まってなきゃだめじゃん? 粘土を渡されて適当にこねてたらダビデ像! なんてことにはならないわけで」
まずは金色と化け術でプラスチックの箱を作り出す。だいたい私の身長と同じくらいのサイズ感。
でもって手前の面に私の手が入るくらいの穴を開けた。
もちろん突っ込む。そして、その手で金色を目いっぱい出していく。
周囲に散らばらないように、箱の中に留まるようにして。
私の心の状態の変化からか、それとも不安定だからなのか。金色は時折、七色に煌めく。
「達人の日課の遊び兼修練じゃあるまいし。初心者の私は意図と心構えが大事なわけ」
「なにか作ろうってこと?」
「なにすんの?」
未来ちゃんとノノカの問いに私は「狐」と答えた。
なるべく、ありったけの霊子を注ぎ込んだ。
じゃないと足りない気がするから。
それらを「なむなむ!」と念じて、粘土に化かす。それから、プラスチックケースにした化け術を解除。素材にしていた金色を粘土に押し込んで、せっせとこね始める。
「え。狐こねるの? いまから? ここで?」
マドカが思ったよりもドン引きしている。
「手伝ってくれるとうれしいな!」
「完成予想図はないのかよ」
キラリは袖をすでにまくりはじめていた。
「あるよ? 金色で出すね。ちょっと待ってね?」
「その状態から化け術で形を変えるんじゃだめなの?」
美術室なら手袋かなにかはないのかと探し始めながらノノカが問いかけてくる。先んじて巨大机の引きだしのなかから見つけた未来ちゃんがみんなに回していく。なにせここは烏天狗の館。望んだものは出てくるようになっている。
金色で狐の完成予想図立体像を出してみせた。
「できれば、この粘土にかける術はあんまり増やしたくないの。金色で作った粘土を触媒にしたところまでで留めておきたいんだよね」
みんなが手袋を渡しあってはめながら、私の手のうえでふわふわと浮かぶ金色の立体像を見つめる。
しゅっとした細い身体の狐はさほど特徴的ではない。
ただ唯一、尻尾が特徴的。なにせ八本も生えているんだから。
「過去に私に押し込まれた、あの八尾を呼び出したいの。そのための触媒があったら、うまく呼び出せるんじゃないかなって思ってさ」
「なるほど」
「仮に暴れられても、烏天狗の館の部屋なら無傷で戻れるか」
「そうそう」
修練に使える場所だけに、万が一にも部屋の中で死んじゃったとしても復帰場所に戻されるだけで済む。もちろん死んじゃうような体験をするのだから、そのショックやストレスは計り知れないものになる。でも、逆にいえば無茶をしてもやり直しが利く。
「じゃあ、やるか」
「粘土遊びなんてひさびさ」
「さっさと作っちゃおう」
「なにか役に立つんでしょ? がんばろ」
みんな、ありがてえ!
ありがてえよお!
そう心で涙しながら、五人でいそいそと粘土工作に入る。
それからどれくらいの時間が流れたろうか。
五人で力作から離れて、黙りこんだ。
キラリが鼻を啜ったのを合図に、マドカがぼそっと尋ねた。
「私、美術の成績一度たりともよかったことがないんだけど。みんなは?」
「似顔絵を描くじゃない? 授業で。まあ、爆笑は勝ち取ったことがあるよ」
「へえ。いいじゃん。あたしはリアクションもらったことない」
「すぅうう」
気まずそうに息を吸った未来ちゃんが横目で私を見てくる。
だけど私はマドカたちに続けられず、なにも言えなかった。
ちなみに私は絵がだめ。そもそも授業はどれも壊滅的。下から数えたほうがいつだって早い子だった。
そんな五人ががんばった結果がどうなったか。
まず、円い。
なぜか、円い。
全体的に、まん丸い。
二頭身だった。
私の立体像は写実的な狐だったのに。
おまけに前足は下のまんまるの横に、後ろ足はまんまるの下に生えている。
これもう手足じゃん! ぬいぐるみの手足じゃん!
いっそもうこれ、デフォルメされたゆるキャラかなにかじゃん!?
おまんじゅうをふたつ並べたそれは、ともすれば国民的キャラクターであるドラちゃんのようだった。
たぬきかな?
いや、狐だが!
尻尾は生えている。幸いにして。八本。ぎりぎり。円い固まりを、お尻に無理やり押しつけたようなのが。
やっぱりゆるくない!? ねえ!
ここで突然だけど、鎌倉にある佐助稲荷神社のご紹介! 佐助稲荷というだけあって、おいなりさんを随所で見られる。この神社では、真っ白くて小さなお稲荷さん像がやまほど飾ってある。しゅっとしていてかわいいんだけど、なにせ数がすさまじい! 圧倒されること請け合いだ! どうぞひとめ見てほしい!
なんてことを、いまさらながらに思いだしていた。
いや、実は作っている最中に違和感はあったのだ。
しかし、だれも、なにも、言わなかった。
いや!
言い出せなかったのである!
下手じゃね? という、シンプルなツッコミを、だれもできなかったのである!
悲劇!
だれかツッコミがひとりでもいたら!
ちがう。そうじゃない。
「ま、まあ、せっ、せいらんくんみたいでかわいくね!?」
「星蘭にゆるキャラがいるなら、うちにだっていたっていいよね。いい!」
「デフォルメがきいてて、顔はかわいいし」
「ぜんぶ、その、まるくて、たぬきっぽい」
「「「 しっ! 」」」
マドカ、キラリ、ノノカがなんとかごまかしにかかるなか、未来ちゃんだけがぼそっと言っちゃう。
それはまるで、言ってはいけないことのようだ。三人があわてて未来ちゃんの口を塞ごうとする。おまけに私に向けて、愛想笑いをする。
それはさあ。
いまこの流れで私に笑いかけるのはさあ?
もうそれ、狙ってない? ねえ。ねえええ!
「私の顔が丸いってか? おぉん?」
四人とも目を逸らした。おのれ。
「だいたい春灯が最初に頭をまん丸くしてたし」
「あ、そういうノリって思ったよね、実際」
「ん!?」
マドカもキラリも遠慮がないぶん、私が睨んでも素知らぬ顔をする。
ケンカになるのではと困り顔をする未来ちゃんに、ノノカが小声で「だいじょぶだいじょぶ」とフォローをしていた。実際、だいじょうぶなんだけどさ。
いや。実際、私はたしかに丸めてた。頭を。あとでしゅっとさせればいいやって思って。
だけど、なんかその、他の場所を作ってる間に丸顔が規定路線みたいになってて。顔まで書かれちゃったら、手出ししにくくない?
言い訳!
「ま、いっか」
「「「「 いいんかい! 」」」」
いまさらツッコミに回っても遅いんだからな!
いいんですぅ!
リアル八尾にすると、もしも八尾を呼び出せたとしておっかないし。
かわいいデバフをかけるのである!
むしろ怒らせないかなあ。だいじょうぶかなあ。
まあ、やるだけやってみるか。
「じゃあ、みんな離れて?」
粘土に汚れた手袋を脱いで、いったん水で洗い流す。
それから呼吸を整えて、両手をまんまる八尾に伸ばした。未来ちゃんが手ぬぐいを上からかぶせて拭いてくれた。腰砕けになりそうになったけど、お礼は言った! ありがとう!
「いくよ?」
私の金色を素材にして、みんなに手伝ってもらってできあがった粘土像。
なんだかもう二頭身のゆるいキャラクターみたいになっちゃったけど!
なにもないよりは、八尾の存在を注ぎ込むことに集中できるはずだ。
胸の前に両手を引きよせる。
まぶたを閉じて思い出す。あの日、あの男に注がれた八尾のこと。八尾に注がれた大勢のこどもたちの魂じゃなくて、まず、八尾に集中する。幼い私の部屋に訪ねてきて、私を背に乗せて夜を駆けた狐を。あの男に抗議するように鳴いた、あの狐を。
間違えちゃうかもしれない。しくじっちゃうかもしれない。
それでも、やってみよう。思い切って。
あの八尾となら、あんまりにも多すぎる魂たちよりも、いろいろと話がしやすい。きっとお互いにとってね。それに、あの八尾なら、あの男について何か知っていることがあるかもしれない。
だから、お願い。
そう祈ったとき、だれかが息を呑んだ。
目を開ける。両手の内に強く煌めく霊子が出ている。金色じゃない。様々な色に変容している。ただひたすらに眩しかった。これならと意を決して、粘土像へと霊子を注ぐ。
霊子は素通りしたり、拡散したりすることなく粘土像の内側で留まった。茶色い粘土像が僅かに微動する。ごと、ごと、と音を立てた。
最初に、下のまん丸にぺたっとくっついている長細い楕円型のぬいぐるみハンドがボディから剥がれた。その手で身体や顔をこする。ぺりぺりと、なにかが剥がれるようにして、埃を立てながら擦れ落ちていく。砂だ。砂になって落ちていくんだ。汚れみたいに。
そうして真っ白い毛並みが見えてきた。
「ふ、んんん!」
しゃべった! と五人そろってショックを受けるなか、ぬいぐるみはまん丸いくりくりお目々をきゅっと閉じた。記号の大なり小なりみたいに変わったのだ。なぜそこは漫画やアニメっぽい表現になるんだ。
遅れて、ぼふっと弾けたような音がした。ぬいぐるみの後ろに、豊かに伸びた尻尾が何本も見える。数えればちゃんと八尾あるのだろうけど、回り込んで尋ねる勇気を持てなかった。
たぶん、術はうまくいった。
だけど、ということは、八尾を呼び出せたってことになるし?
それが見た目完全なるゆるキャラボディに宿っているわけだし。
そもそもどういう存在か、わからない。ノリや勢いがどんなかだって、わからない。
「あ、げふっ! ごほっ! み、みずぅ!」
甘くて蕩けるような声でおじさんみたいに咳き込み始めた。
土埃を吐きだしていた。ノノカが霊子をこねてコップを作り出し、中身を注いで渡す。すると、ぬいぐるみはコップを受けとって中身を一気に口に含んだ。そして、急いで流しに駆け寄り「おええええ!」と吐きだした。
いや、吐きだすんかい! 飲むんじゃないんかい! そういうツッコミであっているのかい?
「やばあ、内臓つくれよ。追いつかないよ? 術が。あー、あー」
文句を言いながら、コップに水を注いでは飲んで吐いて、今度はうがいして吐いて、三度目にやっと飲み干した。私たちは五人とも呆気にとられていた。
声は萌えキャラみたいに可愛らしいけど、口はすこぶる悪そうだった。
「あー。まだ喉がいがいがする。どうせなら肉で作れよ、ぼけ。くそ。かす」
訂正。
めっちゃ口が悪い。
ドン引きする五人の前でぬいぐるみ八尾はコップを置くと振り返る。
そしてぬいぐるみハンドを口元に当て、短いなりに伸ばした足をくねりと曲げた。
「はあ! こわかった!」
愛くるしい声でしなを作る。
だれかがカチンときた、そんな音がした気がした。
マドカとノノカがキラリの両腕を押さえている。ダメだったか。キラリは。こういうの。
吉本新喜劇かな? いや、新喜劇ならもっとずっと面白くやってくれるよね。
そういう話をしているんじゃあないんだよ。
「あの。あなたが、あのときの八尾?」
「名前」
「え?」
「名前でしょ。普通。最初に確認するのって名前じゃない? 春灯はいつも大事な確認を後回しにするよね。勇気がないんだったっけ? 出た出た、そういうところが壁を作ってるんだよ。小学生の頃なんてまともに声もかけられなかったよね」
ん?
「ああ! やっと言えた! やばい! 自由最高か? 何年ぶり? 十年以上ぶり? 私は帰ってきた!」
固まる私の代わりにマドカが咳払いをして「ねえ。あなたの名前は?」と尋ねた。
それだけでぬいぐるみ八尾の眉がぴくぴくっと痙攣する。神経質か?
「はあ? あんた」
「私は山吹マドカ」
マドカが続きを話そうとする前に難癖を早口でつけようとする。
そんなぬいぐるみに怯まず名乗るマドカ、剛の者。キラリは目を細めて「気に入らねえ」って顔をしていたし、未来ちゃんはドン引き。ノノカは白けてる。
思ったとおりの存在じゃあなさそうだ。見た目はゆるいのに!
「あなたの名前は?」
「へんっ」
鼻息を強めに吐いて、流しの横に腰掛けた。
足を左右にがぱっと開いて、肘をつく。小悪党みたいな座り方だ。
「マドカ、キラリ。ノノカに、未来ね。知ってるよ。春灯の中で見ていたから。だからこれも知ってる。春灯があなたたちに私たちのことを説明しているってこと」
ぬいぐるみにつける目のようにつぶらな瞳が私たちを睨みつける。
「そう。私たちだ。私じゃない。それでもいま、主導権をもってしゃべっている私の名前だけを知りたいのか。あるいは、私たち全員の名前を知りたいのか。私は全員の名前を伝えたい」
「関わるうえで、まずは、あなたの名前が知りたいんだけど」
マドカは粘る。
隣でキラリのこめかみがひくひくしている。彼女とうまが合わないみたいだ。
「それでいいの? 春灯」
「え」
「私はあなたに呼び出されるこの日をずっと待っていた。あなたの中に注ぎ込まれたその日から。そんな日は永遠に来ないかもしれないと思いながらも、今日までずっと過ごしてきた。だから、あなたに言いたいことがやまほどある。あなたに聞いてほしいこと。訴えたいこと。文句もやまほど」
早口だ。マドカが何度も名前を尋ねても答えないくらい、彼女の矢印は私に向けられている。
「あなたもそうじゃないの? 私たちがいることで、あなたには言い尽くせないほどの影響があった。いいことなんて、私たちのぶんだけ霊力が高まることだけ。それ以外は? 生きにくくて、つらくて、いやなことばかりだったはず。なのに、名前の確認から人任せにしたいの? それでいいの?」
その程度の存在ですか、はあはあそうですか、私たちは所詮厄介者ですよね、と。
彼女が、あるいは彼女たちが自嘲を始める。
その弁舌たるや、淀みなく終わりがない。
キラリが肘で脇を突いてきた。尻尾が立っているばかりか、ふさふさに膨らんでいた。
めちゃくちゃ気が立っている。けど、堪えて、私に目で訴えてくる。
あんたの出番だって。
だから意を決して「待って。お願い」と割って入る。
それだけで彼女はしゃべるのをやめて、すんと無表情になった。
「私は、青澄春灯。まずは、あなたの名前を教えて」
「そうこなくちゃ!」
にこにこと、語尾にハートがつきそうな上機嫌な声で返事をする。
すかさずノノカが小声ながらも、感情をめいっぱいこめて呟いた。
「めんどくさっ」
それな!
つづく!
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