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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千七百八十六話

 



 なぜ自転車から補助輪を取るのだろう。

 補助輪はなぜ必要なのだろう。

 目覚めて違和感に気づく。


「い、た」


 身体中が痛い。久しくなかった痛みだ。

 背筋から手足の節々まで、ぴんと神経を伸ばしてみせたよう。

 伸びたままでも痛いが、身体をすこしでも動かしてたわむだけでも痛い。

 厄介な糸が身体中に張り巡らされている。


「は、ぁ」


 呼吸が苦しくて身悶えしたとき、久しぶりに気づいた。

 痛みを堪えて足を上げてみる。視界に映る。痩せて頼りない足が。動かしてみれば指だって曲がる。

 これはもしやと思って、脂汗が滲む身体に無理を強いて起きあがり、地面に足を置いた。それからゆっくりと腰をあげて、立ってみた。つま先から太股までびきびきと破裂するように痛む。だけど、力がちゃんと入る。立てる。


「た、立った! 私が、立った!」


 やってる場合か。


「ひ、ひぃっ」


 いたたたたた。

 負荷のかかる部分がたまらなく痛い。

 入学したばかりの頃、体育の授業がある日の夜は決まってひどかった。ひどい筋肉痛に似てる。

 あ、ひとつ追加! つったときの痛みもある。

 いったんベッドに腰掛けて痛みがない姿勢を探していたら、めまいがしてきた。汗が止まらない。耳鳴りもしてきたし、こういうときにかぎってトイレに行きたくなるのはなんでじゃろ?

 参ったなあ。金色雲のお世話になりながら、ひいひい言いつつ用を済ませる。

 痛みが引いてきた頃合いを見計らって床に座り込み、ゆっくりと柔軟を始める。

 やっぱり痛いけど、動ける。

 思うようにならなかった身体が動かせる。

 それからの回復は早かった。検査の結果もみるみる回復を見せて「むしろ気持ち悪い」とまで言われた。いや生理的な感覚の問題? ぜったいちがうけど。高額療養費になりそう。制度を使いたくなるくらいの入院費用をもっと増額して入院を続けるか、それとも自宅でのんびりお休みするか、なんであれ具体的な治療ができない現状で回復に向かっているのなら? 退院も選択肢と言われたら、迷うことはない。

 退院だ!

 自分の足で歩いて病室を出て、自分の手で荷物を持ち、心許ない貯金から費用を支払う。お父さんがお迎えを買って出てくれたけど、辞退した。お母さんの出産予定日が近づいてきている。そばにいてほしいよ。いつなにが起きるかわからない。

 妊娠は身体にめちゃくちゃな負荷をかける。中絶するにしたって、しばらくは深刻なダメージを引きずる。出産はより長期になるから、ますます。産後にうつになる女性は非常に多い。中絶によるケースも多かろう。自死や心中に至る事例もあり、そこまで行動に出ずとも大いに苛まれるケースも多い。

 ふたりめでも、さんにんめでも。個人による。

 未経験の私にはわからない。ただカナタとちがって私はいつかを想定するから身構える。だけど本当ならだれであろうと知っておくべき、知っておかなきゃならない知識だとも思う。

 なお病室を出る前に尻尾と獣耳を消しておいた。おかげで気づかれない、バレない。なによりそもそも目立たない! 外に出てみると、何人か、カメラを構えている人がいた。だけど、みんな雑談をするばかりで私に気づかない。暇を持てあましている大人たちの集まりだった。

 何食わぬ顔で最寄り駅からうちに向かう。

 帰宅もつつがなく。美希さんが旦那さんとふたりでうちに来てくれていて、あれこれと世話を焼いてくれているみたいだった。お母さんのお腹はもうはっきりと大きくなっていて、触らせてもらう。

 アダムの霊子をかつては感じたお腹も、いまじゃすっかりその気配を失い、無垢で新たな命が産まれる準備をしているだけ。経過は良好。それでもなにが起きるのかわからないのが出産。


「そんなことより、どうせ元気になったんなら学校いきなさい。青春の無駄遣いはよくない」


 お母さんの有無を言わせぬご指摘に私は返す言葉もなく、荷物をまとめて学校に向かうことにした。

 昼近く、下りの電車はがら空きだ。山手線に乗ったとき、乗り換えのときがピークで、あとはもう人が減るばかり。

 とうとつだけど。

 電車にまつわる怪談がけっこう増えていると思いません?

 たどりついてしまう、謎の駅。出られない、異界。

 定番だよなあ。

 知りもしない世界に囚われるという王道ベタな構図は、いったいいつから産まれたものなんだろうか。

 気になるなあ。

 私にしてみればずいぶん久しぶりに乗る電車は十分、異界だ。

 覚えのない駅だって、車窓の外に見える景色だって、ぜんぶ謎に包まれている。

 だけど「日本は東京、電車から見えるなにげない景色」と言い換えるだけで、とたんにありふれたつまらないものに早変わりだ。

 捉え方次第で世界も、人も、見え方が変わる。

 撮影を仕事に集まった人たちは? 金髪で、頭から猫耳みたいなのが生えていて、おまけに大きな尻尾が生えた女子高生を求めていた。ただそれだけで見えなくなってしまう。同じ顔、同じ背丈、同じ年の私を見落とす。

 お母さんが前に言っていた。

 ゲームにドハマリで、ゲームの用語で世界を説明しはじめた小学校のちっちゃなトウヤに。


『日ごろ使っていることば、見方にどっぷりハマっちゃいけないよ? そういう見え方、感じ方しかできなくなっちゃう』


 ゲームにのめりこんでいたら? ゲームみたいに物事を考えるようになる。

 そんなばかなと昔は思った。

 だけど、案外ばかにできないなっていまでは思っている。

 学校や学歴にある「ルール」を見抜いて、それを利用すれば「成功者」になれるみたいに、それをとてもいいことみたいに言うおじさんがいる。

 選挙で勝てばなにをしても許される、みたいに考えてる政治家も支持者も出てくるし?

 勝てばよかろう。支持されたならなにをしてもいい。立場を手にすればなんでも許される。

 そんな風な大人も、こどもも、増えている。

 そういう「世間」の、切り離せなくて厄介な話だけじゃない。

 わかるものしかいらないみたいな、この、息苦しさに満ち満ちている。

 電車が停まった。人が下りて、人が乗ってくる。

 痩せた鋭い目つきの男性が、座席が空いているのに私のすぐ隣に腰掛けてきたから入れ替わりで私は立ち上がる。扉が閉まりそうだから駆けだしてホームに飛び出る。ぎょっとした顔をしている人もいるけど気にせずに、息を吐く。

 走れる身体に喜ぶよりも、この、ぞっとするような日常にこそ気味悪いものを感じる。

 家を出る前に制服に着替えた。いま、それを心の底から後悔している。だけど、なぜ私が後悔しなけりゃならないんだと思うと、身体と心が削られたような思いになる。

 端っこも、丸ごと空いている椅子もあったのに、わざわざ隣にくるなんて。

 気持ち悪い。

 電車はやめだ。知らない駅の改札を抜けて、適当なビルの中へ。屋上に出て、金色雲を出す。

 ただちに乗っかって宙を浮かび、空の上へ。とても寒い。コートを羽織ってくればよかった。


「こんなことしといて、なにもできないは嘘だよね」


 電車に乗るしかない人生だってある。

 だけど私には選択できる。

 補助輪つきも、なしも選べる。

 それだけ私には依存できるものがあるってことだ。

 昔なら、離れたところに座り直す。だけどいまは「それでも危ない。身を守るには十分じゃない」ことを知っている。さらに近づいてくるかもしれないし? 同じ駅で降りてくるかもしれない。後をつけてくるかもしれない。

 可能性がある、というだけでもう、安心でも、安全でもないんだ。

 私の場合、あの野郎に繋がるだれかが襲いかかってくる可能性だって加わる。加わらなくても十分すぎるほど恐ろしい。そして、加わらない脅威でたやすく私たちは脅かされ、殺されかねない。

 まともじゃない。

 だいきらいだ。

 だけど、こういう捉え方がなかったら?

 突然出ていった私がおかしな女子高生で終わる。

 高校生でも、人間でもなく、女子高生で。


「んーっ」


 足を思いきり伸ばした。

 耳と尻尾を生やして、金色に染まる。

 電車ほど速度が出ないし、出したら寒い。

 不便な空を行きながら、やるせない気持ちを持てあます。

 会社に寄ってからにすればよかったかな。

 そしたらトシさんか高城さんにお願いできたかも。送ってもらえないか。

 頼りすぎかなあ。

 頼るのが補助輪だとして、自分で移動するのを自転車とするなら? 金色雲は自転車。だけど足りない。

 いっそ原付でも買っちゃえばいいかな。免許はあるんだし。いやでも都内を二十三区内から八王子まで原付はしんどい。カナタみたいに二輪の免許を取ろうかな。そしたら、私でも気軽に移動できる。

 なんにせよ電車はくそだ。うんちだ。

 二度と乗りたくない。そういう思いをすることのほうが、ずっと多い。

 一度いやな目に遭うと、いろんなことに身構えなきゃならなくなるのがもう本当にいやだ。

 だれがくそったれか、こっちにはわからないんだから。基本みんながくそったれの可能性を前提にしないと、怖いし、危ない。そんな状況に置かれる時点であり得ない。


「単車、単車」


 スマホで検索して、費用と日程を検討。

 合宿は便利だけど、それより素直に通ったほうがいい。

 ぷちたちのこともあるし。元気になっておいて、トウヤたちに頼むほどじゃない。

 いずれは車の免許だってほしい。

 だけどそんな余裕もなかったら? 私は電車で苦痛と憎悪と憤怒と恐怖を攪拌しながら、毎日のように足して過ごす羽目になる。つくづくどうかしてる。


「けっこうかかるなあ」


 にぃはんと聞かされる250CCなら車検いらず。二段階右折も気にしなくていい。車みたいに乗れる。高速だっていけるけど、パワー不足は否めない。だから普通二輪の免許で乗れる400CCも選択肢に入る。ただ、400CCは車検が必要だ。

 どちらを選ぶにしたって自動車保険、いわゆる任意保険の加入が必須。緋迎家はソウイチさん名義の保険に付帯する形でつけてもらったものの、保険料をちゃんと払っているカナタはひいひい言っている。

 ただバイク好きのトシさんとは話の種になったみたいで、会社で会うと、ちょこちょこ話すようになったそうだ。意外だよね。

 自分で狙うなら250でいいかなって感じ。

 バイクのライダーさんが投稿している動画をちょこちょこ眺めてみると「手軽でいい」「追い越し車線に出てかっ飛ばすには不向き」「逆に飛ばさないなら十分」なのが250CCで、大型だなんだを楽しんだバイク通も戻ってくるぅみたいに解説されていた。それくらいお手頃なのかも。

 ヘルメットで音を聞けるようにして音楽流して、本体にスマホをセットできるようにしたら、あとはのんびりドライブ気分で移動すればいいのでは。

 それを狙うとなると?

 お金がいる。

 稼がなきゃなあ!

 ああでも、仕事のモチベになるな。

 なんなら今回の一連の事件に挑むにしたって、そういう方向性で引きうけられないだろうか。

 それだけでぐっとやる気が出るのだけど。

 本気で考えてみようかな。ルルコ先輩たちに相談して、シュウさんたちと契約する形に持っていけないだろうか。

 実績は十分でしょ。こないだ関東まるっと救ってみせたんだし。

 仕事にするとなるとハードル高くなるし、いろんなハードルが増えるのはもう、織り込み済みで。

 それでも「ただ」よりずっとマシだ。

 タイガー&バニーみたいにヒーローとお仕事を両立する仕組みが作れたら最高。

 いっそ実況? 動画チャンネルで収益めざす?

 いや、さすがにそれはろくでもないか。

 でも方向性は同じじゃない?


「相談してみるか」


 少なくとも私はひとりじゃない。

 頼れるものにはちゃんと頼るのだ。

 モチベはいくらあってもいい。

 だけどそれは、だれかを貶めたり不安にさせたり脅かしたりするものであってはいけない。

 これだけのことが徹底される未来は遠い。当たり前じゃない。個別にちがう人生、異なる論理で生きている私たちには、そんな未来があまりにも遠すぎる。

 箱がほしいな。

 型でもいい。

 どんな論理に生きていようと、ひとまず隔離世絡みの人たちがもうすこしわかりやすくいられるような、そんな箱がほしい。

 作るしかないんだ。それは。だって、ないんだから。ないものに当てはめて過ごすことはできない。

 逆に問題があっても、加害的だとしても「女」であったり「女子高生」であったり「ミニスカート」であったりするだけで「これ幸い」と自分の都合のいいものに当てはめて過ごすやつもいる。電車の男のように。作られちゃ困る、当たり前にされちゃ困る補助輪もやまほどある。

 それを「表現の自由」に回収して是とする人たちもいる。困ったことに。

 生きにくい。

 問題だらけ。

 そういうものを作ることになる。最初からうまくはできないから。

 それでもなお、やるか。

 価値はある。


「遠いなあ」


 学校があんまり遠くていやになる。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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