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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千七百七十四話

 



 アンナ・フロイトがまとめた防衛機制のなかに投影と呼ばれるものがある。

 たとえば「あいつはまともに話が聞けない」と憤る人は、そもそも自分がだれの話も聞かない人だったりする。人を中傷せずにいられない人が「あの人は中傷せずにいられない」と嫌悪するということもある。

 それを私たちはしばしば「自分のことを棚に上げて、いったいなにを言っているんだ」と考える。

 でも実際、当人にとっては?

 わからない。気づかない。知らない。

 投影は厄介だ。

 自分の否定的で、いやで、やめたくて、直視したくない一面を他者に投影して、そのうえで他者を支配することで、自分の一面を支配しようと試みる。

 たとえば暴力を嫌悪して批判している人がいたとする。一見すると批判の内容は真っ当で、その対象も暴力なのだから、問題がないかのように見える。だけど、そんな人が「暴力をやめないお前たちは人間じゃない」などと言いだして、陰で嫌悪対象に際限なく暴力を振るっていたとしたら、どうか。

 一定の立場にある者で、なんでも自分の思いどおりにさせてきた自分史上主義の強権的な人が「あいつは俺の言うとおりにしない! 何様だと思っているんだ!」なんていうのも? 投影といえる。自分の負荷とお付き合いしていない。できていない。たぶん、知らないまである。

 ことわっておくと、防衛機制は別に投影だけにかぎらない。

 あくまで多くある中のひとつである。

 これは「あ! こいつ投影してるな?」と決めつけたり「お前は投影しまくってる」って言ったりすることを求めるものではない。むしろ「それはダメだよ」と伝えるものである。

 知ったかぶりの生兵法になるよ。

 でね?

 肝心なのは投影について知ったとき、むしろ自分がなぜ「あ! こいつ投影してるな?」と決めつけたり「お前は投影しまくってる」って言ったりするのか、探ること。

 だれかに先入観を抱いたとき、強く感じたとき、まず自分がどうしてそう思うのかを探る手掛かりになるっていう話をしているんだ。

 さて、なんでこんな話をしたのかというと?


「ホノカさんと、私のちがいはなに?」


 悲しいくらい味気ないおかゆを食べ終わり、なんだか時間を持てあましたので考える。

 私と彼女のちがい。明白なのは、大勢の魂を宿しているか、いないのか。

 ホノカさんは御霊がひとり。私はふたり。

 それだけなのか。

 考えてみたけど、ホノカさんにとっても二十九人を失いつづけたことにかわりはない。その理由に平塚さんが関わっている、というところまでは小学生から高校生になるまでの間に気づけるのでは。あるいは気づけてしまったのでは?

 そうなるとさ。


「普通の速度で強くなるんじゃ間に合わない」


 その危機感がなによりもちがう。

 平塚さんにとって同じ経緯を経た仲間。ホノカさんにとっては、どうだろう。やっぱり仲間?

 私にとってのトモたち、キラリ、ギンやレオくんたち、みんなが二十九人だったなら、どうか。

 転校したのでも、蒸発したのでもない。もっと陰湿で危険なことが起きて、消えているのだと気づいたのなら? 放っておけるだろうか。

 無理じゃないかな。


「真っ当なやり方じゃ、たどりつけない。なら、どうする?」


 考えてしまう。


「真っ当なやり方じゃ、だめ」


 私の術はたしかに心身を消耗させた。

 だけどガンができる、みたいなことにはならない。なってない。検査もした。問題なし。

 私の消耗の仕方はむしろ単純に力尽きるような形であって、病変ができるような類いのものじゃない。

 でもホノカさんはちがう。

 そりゃあ若くしてガンになる人もいる。四十代もガンで考えると十分若いほう。なのにホノカさんは全身にできる勢いなのは、なぜなのか。それくらいの病変に蝕まれるような、そんな「無茶なやり方」があったとしたら、どうだろう。

 私がやめられなかったように、彼女もやめられなかったのではないか。

 そんな風に見立ててしまう。

 この手の思索の肝は彼女についてわかるのではなく、彼女について考えることで私のことが見えてくる点にある。

 ついでに推測を立てられて便利。もちろん私の先入観の影響から逃れることは、まず無理。

 だから人と話したり、聞いたり、相談したり、愚痴りあったりするわけ。


「真っ当じゃあ、ない」


 だけどホノカさんに特別な知識があるのだろうか。

 正直、そんな素振りはなかった。

 みんなに協力的だし、すごく熱心に生徒指導もしている。さすがに体力はないけれど、多くの先生たちが怯むこと、弱腰になる場所でも果敢に主張して、リーダーシップを発揮できる人だ。おまけにみんなのことをよく把握していて、覚えてくれている。情報提供もしてくれるしなあ。なにより親切!

 あれがポーズとはとても思えない。

 そりゃ秘密や隠しごとくらい、だれにだってあるものだ。

 だけど、こと特別な知識みたいなものを彼女が抱えているか? いろんな窮地があったのに? 役立ちそうなことを、彼女が黙っているだろうか。

 私には正直、とてもそうは思えない。


「真っ当じゃない。だから、言わないし、言えない」


 そういうことをして、無理に自分を鍛えてきたのならどうか。

 でもなあ。そんな方法、思いつかないんだよなあ。

 ふたりは、なにかあると思う?


『さて、なあ』

『霊子の薄れゆく時代に、ろくな文献や講師の手ほどきもなしに?』


 そうだよねえ。

 そんなものがあったら、それこそホノカさんが教えてくれそうなものだ。

 なによりもまず平塚さんに教えそうなものじゃないか。

 だけど、それをしないのはなぜか。

 言えないことだからじゃないか。

 それっていったい、なんだろう。


「ううん」


 わっかんないな。

 結局、それからやまほど考えてみたけどからぶりー!

 翌日の面会時間に霜月先生とニナ先生、そして渦中のホノカさんが見舞いに来てくれた。

 老化がひとまず止まったことを聞きつけた霜月先生はニナ先生とふたりで霊子の状態の確認に。ホノカさんが私の休んでいる間に進んだカリキュラムや小テストなんかをまとめて持ってきてくれた、というべきか、持ってきてしまったというべきか!

 しゃべるべきかもしれない。だけど、しゃべっていいのか悩ましくもある。

 そんな私をよそに霜月先生は「ここの医師に会ってくる」と早々に立ち去ってしまうし、ニナ先生はホノカさんとふたりで「最近の学校はね」と近況報告に移るしで、口を挟めない。

 困ったなあ。

 弱り果てながらも話を聞く。授業の進捗の話題から、学校に貼りついていた取材が日に日に減っていること、学校に連日かかっていた迷惑電話もとい抗議の声もぱったりやんだことまで気になるものばかり。

 徐々に、確実に元の学生生活に戻ってきているけれど、影響は甚大。生徒のフォローが欠かせない状況であることにかわりはない。もうひとつ言えば、それはスタッフや職員においても同様である。

 でも、その手の話は学生にはちょっとね、ということで中断。

 そんな折だ。


「失礼する」

「だからマントは広げるな! 身体を隠せって!」


 扉を開けて平塚さんがやってきてしまった。追いかけてきた佐藤さん、その後ろにあねらぎさんが見える。ちなみに今日の平塚さんは覆面だけじゃなくて、巨漢の身体なのに膝下にまで届くほど巨大な赤いマントを羽織っていた。縁を金の刺繍で編み込んだ、けっこう立派なものだ。

 覆面レスラー路線はアウトだと思うんだけどな。

 赤くて布地の面積が少ないブーメランパンツスタイルは変えてくれなかったみたいで、苦肉の策でマントを追加したんだろう。そしてマントを閉じていないので、大昔の彫刻家がやる気になっちゃうくらいの肉体美が露わになっている。


「昨夜の話の続きをしに、まい、んんっ?」


 獅子の覆面から見えるつぶらな瞳が忙しなくまばたきを繰り返した。

 もちろん彼は気づいたのだ。いろいろあったのに忘れられない人の存在に。

 私は恐る恐るホノカさんの顔を見た。彼女はニナ先生とふたりで「へっ、変態!?」と身構えている。気づいていない。よかったのか、悪かったのか!


「う、んんっ。今日はぁ、やめてぇ、おこうぅ」

「は? おい、ちょっ、なにする、やめろ!」

「な、なんで私まで!?」


 佐藤さんとあねらぎさんを小脇に抱えて、直ちに逃げようとした。

 声だって変だった。妙に甲高くしてごまかしていたのだ。

 マントがひるがえる。あんまり勢いよくふり返ったので、大きくひらめいて生足見せ放題である。いまさらだけど、つるつるなのが、なんかいやだ。


「あれ。え!? 金ちゃん!?」


 え。うそでしょ。

 ホノカさんが彼を呼んだのだろう。

 愛称が金ちゃんなんだ。なんか親近感、じゃなくて。

 え。いまのどこに気づく要素が!?


「あんた生きてたの!? ちょっと! こっちこい!」


 旧友だとみるやいなや、口調の砕ける勢いがすごい。

 ホノカさんの声が数段低くなったのは、彼を止めるためか。それともふたりの仲ゆえにか。

 よくわからないけど、天井に頭がつくほどの巨漢がみるみる背中を丸めて縮まる。足がわずかだけど震えはじめる。


「おい。金ちゃん?」


 荒々しい呼び方に「い、いやあ、それはいったいぃ、だれのぉ」などと無駄な抵抗を試みる金ちゃん。


「その妙なごまかしかたさえ変わってない! バレバレなんだよ! ほら! 戻る!」

「はっ、はい!」


 ふたりの警察官を小脇に抱えたまま、無駄な抵抗を諦めて平塚さんがぴんと背筋を伸ばした。

 完全に手玉に取られている。絶対に好きで好きでたまらないんだろうけど、それだけじゃない。

 ほんとはそばにいたくてたまらないんだろう。だけど怖くてたまらない気持ちもあるから、回れ右をして戻ってきても黙っている。


「だいたいその霊衣、昔となにひとつ変わってない。そのパンツちゃんと洗ってるの? ほんとさあ。もうさあ」


 彼女は文句を言いながらも立ち上がって、彼のそばに近づいていった。

 パーソナルスペースなんか当たり前に踏み入って「ふたりを下ろして、座って」と命じた。

 言われたとおりに佐藤さんとあねらぎさんを解放すると、平塚さんはおろおろとする。椅子がない。あっても座ったら壊してしまう。なのに「はやく」と言われて、膝を曲げて屈む。

 ホノカさんは迷わず覆面のてっぺんを掴み、引っこ抜いた。そして、出てきた彼の顔を両手で挟み、固まる。

 みんなも固まる。


「なにしてたの。どこにいたの?」

「う、うむぅ」

「私いったよね。ああ、そうだ。忘れてた。あんたは私の言うことをまともに受けとめたことがないんだってこと」

「う、うんんん」


 佐藤さんの話では怪異をパンチで何メートルも吹き飛ばすマッチョの平塚さんが、弱り切っている。

 押されている。

 好意だけでも落胆だけでも諦念だけでもない。あまりにも複雑な感情を吐露するホノカさんを見ていたらわかる。ただの好きなんてものじゃない。だけど愛情だけでもない。

 平塚さんが昨日もにょもにょとごまかしながらも言っていたとおり、ちゃんと付き合えなかったんだろう。彼のほうが。

 でもってホノカさんも同い年でしょ?

 そりゃあ、行きちがいやすれちがい、下手なことしあったり傷つけあったりもしただろう。

 しょうがない、で済ませられるものじゃないんだろうなあ。

 居酒屋の大人たち、ラジオにくるメッセージをふり返るとさ。

 みんなそれなりに盛るかもしれないし、盛ってないかもしれないけど、なんであれ、抱えてる。

 ハッピーエンドにならないまま、抱えてることなんて、そりゃあたくさんだよね。

 増えてくよね。

 漫画やドラマ、小説や映画みたいには、いかないもんね。

 やらかすし。ひどいこと言ったりやったり、言われたりやられたりもするしさ。


「どうせひとり身でしょうもないことして、ばかなままばかなことしてばかに生きてたんでしょ。だれにも素直になれないまま。あんたはガキの頃からずっとそう」

「んんんん」


 とうとう子犬みたいな鳴き方しはじめたよ?

 平塚さん、本当に弱いんだなあ。ホノカさんにはとことん弱い。

 でも、その弱さがむしろ彼の本質であり、素顔のような気がする。

 見ようによっては悲しいかな、これがふたりの素顔の距離感なんだろう。

 私から見たらホノカさんはそれに納得も満足もしてない。不満しかないように見える。

 だけど平塚さんは自分の緊張や不安で、ホノカさんのことも、彼女の内心を伺うこともまともにできていない。なんか不満なんだ、自分がいけないんだろうくらいは考えてそうだけど、肝心なところに手がかかっていない。

 だいたい察してしまう。

 それは私だけじゃない。ニナ先生も、あねらぎさんも同じだった。

 佐藤さんだけが平塚さんのフォローをするべきか、それはいったいどういう言動が適切なのか、終始おろおろしている。だめだ。気づいていない!


「はあっ」

「んっ」


 強めのため息に平塚さんがびくっとする。

 その反応がまた、ね?


「昨日の話ってなに。なにをしにきたの。どこでなにしてたの。ぜんぶしゃべって」

「はいぃ」

「あ?」

「はい!」


 あれだね。

 とりあえず平塚さんは、犬だね。犬系男子だ。四十過ぎのおじさんにこんなこと考えるのもなんだけど。明らかに犬。間違いない。序列は彼女が上。

 それでいいと思ってそうなのも痛々しい。ホノカさんは望んでないってことがわかってないのも。


『こういう男ほど、相手が自分のすべてだなどと考える』


 タマちゃんの辛辣な指摘に私は正直、強く賛同した。

 そして、ふと思いついたフレーズを心のなかでメモした。

 私をあなたのすべてにしないで。

 私はあなたのすべてじゃないし、あなたも私のすべてじゃない。

 そんな風にはなれないの。


「――……」


 陳腐だけど、いいよ。土台にすればいい。

 実際そうだ。

 深呼吸してから、連想を続ける。

 私に委ねて自分を捨てないでほしいし、もっとちゃんと私を見てほしい。

 恋をするより私を見てよ。愛するまえに私のことばを聞いて。

 悩んで黙るくらいならぜんぶ言って。言えないことほどちゃんと言って。

 抱えるくらいなら、背負うくらいなら、それを私にちゃんと教えて。伝えて。知らせて。

 ごまかさないで。はぐらかさないで。ぜんぶ言って。

 ちゃんと聞くから。受けとめるから。

 それくらいしないとわからないし、わかってくれないでしょ?

 すべてじゃないし、ひとつじゃないから、忘れないで。

 私はあなたのすべてじゃないし、あなたは私のすべてじゃない。

 別人だから話せるんじゃない。触れられるんじゃない?

 すべてじゃないから、いつまでもわからないことがお互いにあって、知り合えるんじゃない?

 それがいいんじゃないの? その果てのない営みをしたい相手に私を選んでくれたんじゃないの?

 私はあなたを選んだのに。

 お願いだから教えて。ちゃんと言って。

 すべてだなんて言わないで。永遠とか、恋とか愛とかに逃げないで。

 まず私とちゃんと付き合ってよ。


「――……」


 どきどきしながらメモを残す。

 これだけのことが、たぶん、いくつになってもむずかしいままなんだと気づく。

 ホノカさんだって、伝えきれてないし? 平塚さんはそもそもできてないし。

 えらそうに俯瞰して見てるつもりの私はどう?

 ぜんっぜん! できねえ! ははんっ。

 はあ。

 聞くかあ。なにより、見るかあ。ふたりのことを、ちゃんと。

 それを通じて浮き上がる自分のことを、しっかりと。

 その繰り返しをしながら、自分とお付き合いをして、できた余白や余裕でやっと、私たちはだれかと付き合うことができるのだろう。

 果てしないね。

 やんなるね。

 お付き合いできない、したくない自分なんてごまんといるし?

 平塚さんの人生のように、あんまり悲惨なことが続くと、そもそも自分を引きうけるどころじゃなくなっちゃうし。引きうけたくなくなっちゃっても、ぜんぜん不思議じゃないんだから。

 公平でも公正でもなんでもない。

 命に価値なんてない。価値を見出す人がいるだけ。だから人によっては平気で「命の価値は差がある」なんて世迷い言の暴論、差別丸出し、優生思想モロ出しのことを言い始めさえする。

 その手の物語はやまほどある。

 おかげで自分を引きうけたくなくなる物語だって、いくらでも見つかるし?

 現実の問題をきちんと捉えた物語だってちゃんとあるのに、まるで苦すぎるお薬みたいに飲みたくなくていやになることさえある。

 それでもなお、どうするのか。

 自分の否定的で、いやで、やめたくて、直視したくない一面が立ちはだかる。

 投影されて浮き出る自分のままならなさを、私たちはどうすればいいのだろう。

 ホノカさんは平塚さんがどうにもならないことに、とことんめげているのに、捨てきれてないし、諦め切れてないし、それでも生きてきた時間の積み重ねと、そうする行動力がある感じがする。そして、その行動力のぶんだけ傷ついてきていて、傷口が痛んでいる感じさえある。

 対する平塚さんはというと、ホノカさんに救いや癒やしを投影していて、得られないものを見るばかり、重ねるばかりでホノカさん自身のことが見えてない。自分の求めることばかりが投影されてしまう。見ているのは、投影したものばかり。

 そう見立てる私は、なにを投影しているのだろう。

 ここにカナタがいたら、彼はなにを投影するのだろう。

 現実の恋愛は、こういう問いと行動の繰り返しで傷つけあいながら生きてくことで成り立ってると私は信じてる。付き合った先が本番。いっしょに過ごす時間が密になるほど問われていく。

 別に交際に限定しなくていい。

 ふたりのようにね?

 関係性に名前をつけることに囚われる必要なんかない。

 大事なのは、ふたりがお互いになにを求めていて、どうしたいのかなんじゃない?

 それがままならないとき、どうしたいのかじゃないのかな。

 そのたびに問われるのは、結局やっぱり、なにが大事なのかだし?

 大事なものに向けて行動できないなら、それはなぜなのかであり、その要因に向けてどうしたいのかじゃないのかな?

 そういう繰り返しのなかで、とことん自分と付き合い、そのうえでやっと相手と過ごしていくのが要でさ?

 私にはよっぽど、そこらの恋人たちより、下手したらそこらの夫婦よりも強い結びつきをふたりに見て取るのになあ。

 気づけないんだ。

 自分の抱えるもの、背負うものが重たくて、痛くて、つらかったら。

 それだけのことで、気づけなくなるんだ。

 やんなるなあ。

 こわいなあ。

 私はカナタのこと、まともに見えてないんだろうし。

 カナタも私と同じように見えてしまう。

 この外にどうやって出ればいいのか、わかんないよね。

 ちっちゃくまとまってる平塚さんがしょぼくれながら話し始めて、椅子に座って不機嫌そうに、なのにしっかり潤んだ瞳でホノカさんは彼を見つめる。

 わかんないからしゃべったり聞いたりするのに。

 ことばはあんまり不自由で、私たちの勇気は器用じゃないんだ。

 ちょこざいな告白なんかじゃ響かないくらいには臆病さは頑固だし?

 私を選ばなかった、傷つけたという恨みは無敵にもほどがある。

 むずかしい。

 きっと佐藤さんと平塚さん以外、ホノカさんを含めた私たちはみんな「ふたりともいい仲になれる」と見てる。わりと確信をもっていえる。でも、そうならないのは、なぜ? そうならなかったのは、どうして?

 答えはない。

 解決もできない。

 それでも選ぶ気があった人と、去ってしまった人。

 再会は選択を思い出させるのにきっと十分すぎた。

 ふたりの距離が離れた時間がどれだけ長くても、あっという間にふたりの時間に戻ってしまった。

 だからこそ、痛みは鮮明に蘇る。

 そのことにホノカさんは既に参っているのに、平塚さんはまるで気づいていない。

 空気も距離感も、打てば響く感じもすごく噛みあうのに。

 あとちょっとに必要なものが、あんまりにもたくさんある必要なものが、足りない。

 平塚さんに、その焦点を当てて思案するなかで、私は投影していた。

 カナタに言えない、聞けない、話せないことを抱えてる自分の問題を。

 その解決に依存や助け、フォローやケアを求めるとして、問題がなにかが見えてない。カナタのせいにしたいものさえ正直ある。

 メア・オブ・イーストタウンを思い出す。旦那が未成年のこどもと関係を持ち、妊娠・出産させていた。おまけに少女を殺してさえいた妻がいる。メアの親友だ。途中で揉めに揉めて関係が壊れる。なにせ彼女の旦那を告発して、罪を暴き、有罪を立証して刑務所送りにしたのだ。そりゃあ、いままでどおりいくはずがない。だけど放っておけなかった。親友は旦那が産ませたこどもの世話をすることになる。そんなのあまりに惨めで、つらすぎる。放っておけるはずがない。かといってなにかができるわけでもない。

 ラストの手前の重要なシーンで親友の家を訪ねて、現実のつらさに凍りついて固まっている彼女をメアがそっと抱き締める。泣きじゃくる彼女を慰める。そういう、答えもなきゃ解決もできないいまに必要なものを与えあうことが支えになる。

 そういう支えを持ち寄って、ぼちぼちやっていくしかないのもきっと、人生なのだ。

 言えないなりに、話せないなりに、聞けないなりに、それでも「あなたが大事」、その気持ちを相手を侵すことのないよう気をつけながら、失敗したりしくじったりしながら、下手なりに、それでもつづけることしかできないとき、するのがきっと、愛情なのだ。それは一方的なもので、万能でも完璧でもなんでもない。傷つけることさえあるし? 成功しないことももちろんたくさんある。それでもする。欠けたものだ。

 そうやって持ち寄りながら、なんとかいまをやっていく。

 その相手に私はあなたを選んだのに、と。ホノカさんの潤んだ瞳を見ていると、痛いほど伝わってくる気がした。断ち切ったはずなのに、会ったら蘇ってしまったものが彼女を揺さぶりつづけている。私にはそう見えてならなかった。

 だけどきっと、それは私がカナタに思っていることなんだ。

 もしかしたら、カナタが私に思っていることなのかもしれない。

 恋や愛からはみ出るよね。人って。

 だから私があなたのすべてだなんて、あり得ないよ。

 私のすべてになんて、ならないでよ。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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