第二千七百七十一話
佐藤さんが病院のそばにあるコンビニで履歴書を買ってきて、平塚さんが内容を書き込む。
履歴書って、たいがい何枚かセットで入っているそうだ。コンビニでも、文房具のある書店でも、百円ショップでも、どこのものでも構わないという。
後学のためにあねらぎさんに教えてもらった。ペンを借りて書き込んでみる。西暦でも小中学校の入学・卒業年月日に戸惑うのに、さらに和暦なのはなにかの嫌がらせではないか。
あとさ? 私の場合、歌手って職歴になるんだろうか。疑問!
免許と資格の欄には原付の免許だけを書き込む。こういうとき、やっぱりいろいろ書けるといいなって貧乏性にも思ってしまう。
「志望動機は、たとえば侍隊に入ると仮定して書いてみて? それか、なにかやってみたいことのある会社について」
「こういうのって数打ちゃ当たるの精神で、片っ端から会社をピックアップして、適当なことを書くのでは?」
「やめよっか。つらい話するのは」
あねらぎさんの顔が曇る。
なにかいやな記憶が蘇ったのかもしれない。
私はてっきり士道誠心を卒業後は即座に警察学校に入るか、大学部に進学してから警察っていう経緯かと思っていた。若くしてシュウさんの右腕なのだし。でも実は、他の仕事も考えた時期があったのかな。
「やめとけやめとけ。趣味や特技を盛るとか、志望動機に会社の情報を読み込んで物語を作るとかそういうの。入社した先が続かないんだから」
佐藤さんが乗っかってきた。大人には響く話題なのだろうか。
「最近なんか、あれだぞ? 退職代行なんてのが出てきたんだぞ? でも職場は変わんないんだよ。やべえところほどな。就活支援で儲ける企業の次は、退職支援で儲ける企業の登場。お次はなんだ? 職場支援で儲ける企業の登場か?」
「それって、あれですか? こどもが炎上騒ぎだの、問題だのを起こしたら親が出ていくあれの、親代わりみたいな? さすがにないでしょ」
「わからねえだろ。もうさ。みんなどこかでわかってんだよ。ひたすら落とされるわ、手間も金もかかる面接がたいして機能してねえことも。そうやって選りすぐりが集まってできあがるブラック職場も。みんなろくでもねえってことに」
「十把一絡げになんでもまとめて主語を大きくするのはどうかと思いますよ? いまの仕事もおいやでした?」
「そんなことはねえよ? 住めば都、続けて充実。渋谷時代も、いまも満足してる。でもみんなそうじゃあねえだろ?」
「そりゃそうですけど」
ふたりが仲良く話している間、私はなにを書いたものか悩んでいた。
志望動機には「お金がほしい」「社保つけてほしい」「ここで働きたい」以外に、特にない。会社のためとか、組織のためとか、そんなつもりさらさらない。それは就職した大半の人もそうじゃないのかなあ。一緒に働く大人たちを見ていると心の底から思う。みんな嘘ついて、その嘘のできをたしかめるテストなのかな?
逆にそこで忠誠心を示すだの、会社の望む物語を語る能力を示すだの、だいぶ「偏ってるなあ」って感じてしまう。
世の中も、大概の会社も、そこで働く人たちも、思いのほか想像以上に「ちゃんとしてない」。
なんでって、疲れるし。できないし。わからないし。やれないし。面倒だし。
元気の消費量でいったら、ゼロから百までの間で「ちゃんとする」は消費量が百。でもって、私が仕事でご一緒する大半の人は「今日はがんばったな」で五十くらいまで。なぜって、いろんな仕事を抱えている人が多いから。一日にいろんな仕事をするとなると、ペース配分が肝心だ。
なので一日で百を出すことは、まずない。
せいぜい七十から八十くらいまでを、瞬間的に出すくらい。
じゃないと一日があんまり疲れてしまって、帰って寝ることしかできなくなってしまう。
だけど、やらかしたら周囲の「ちゃんとしろ」圧力が増すから、元気の配分は基本的に「やらかさないようにするため」であって、仕事を進めるためじゃない。
そうなると、今度は仕事の能率だなんだに割ける労力が減るばかりでしょ?
なので、私の身の回りのおとなたちは「自分が好きなことを仕事にする」「好きだからこそ遊ぶ」し、惰性でできることや、手癖である程度できる水準をあげて、元気の消費量が少なくても十分だったり、元気の基準値があがったり、元気の一時的回復能力を使用していたりして、仕事の能率をカバーしている。
そのうえで!
一日五十をずっと、なんてやり方もしない。
よくて三十でずーっと。それくらいを基準にしておく。
なんでかって、それでも十分すぎるくらい、疲れちゃうから。
週五で働くとなると、それくらい「ちゃんとしない」「がんばらない」「隙を見て休む」をしないと続かないから。
でもさ?
それじゃ困る人がいる。みんなを「常に百がんばって当然。むしろプラスの二十、五十、いや二百まで目指して当たり前」みたいな考えで、鞭を振るい、罵倒を浴びせ、暴力を辞さず、公然と中傷する人が。教育体制もなんにも整ってないのに「お前が自分でなんとかするのが当たり前」で、それができないなら「俺がお前になにをしても許される」って感覚の人がいる。
同僚でも部下でも上司でも最低最悪。
大勢をじっくりじわじわ病ませて辞めさせていく。
この手の愚痴じゃなくて、もはや告発に近い話をトシさん行きつけのお店でけっこう聞いた。
みんな「百ではがんばれない」。たまーにいるけど、それはぶっちゃけ普通じゃない。当たり前でもない。そういう人を基準にするのが大間違い。たいがい、みんな「百ではがんばれない」。
もっと言っちゃえば「みんな、ちゃんとしてはいられない」。ずっとは無理。
なにせ、ほら。
お腹が空くだけで、少なくない人はいらいらしちゃう。
ぼーっとしたり?
注意力が散漫になったりする。
こんくらいの生き物なのよ。
だから、そんな「しっかりとしてられない」「ちゃんとしてられない」みんなで、そこそこの社会を維持するにはなにが必要かってさ? それでもだいじょうぶでいられる、あらゆる支援や資源、環境や関係性なんだよね。資源のなかには法律だって、食べ物とかパソコンとかだって、便利な機材だって、なんだって含められるし? いろんな水準と段階があるだろうけど、健康的な生活だって含められる。
基本的に、それくらい私たちは「しっかりとしてられない」し「ちゃんとしてられない」。
だけど、そこんところを嘘つけっていうのが就活みたいでさ?
ぴんとこないんだよなあ。
なんで企業が教育に力を入れるべきかって、社員である前に人であり生き物なので、その限界と個人差を際限なく認識して、重要視しないかぎり、いくらでも過酷な労働だけを押しつけ放題になれるから。それくらいの権力差が生まれるものだから。
そこんところをわかっている企業があるのかっていったら、たぶん、なくて。
後継者不足に底つきして、これじゃいけないけどなんでなのかって勉強して、初めて気づくくらいのことなんじゃないかなーって思うわけ。世のマジョリティ層で裕福な人たちはたぶん、無自覚に当たり前の資源で”たまたま”成立させることはあるかもしれないけど、その重要性や必要性、恵まれたことの残酷さにはとことん無自覚だろうしさ? それってかなりの暴力だもの。
こんな風に捉える私の「ちゃんとして」なんて要求、企業にとってはどうでもいいじゃない?
同じくらい、企業が求める「ちゃんとして」も、私にとってはどうでもいいし。大概のおとなたちもどうでもいい感じ。建て前は取り繕うとしても。
そう。
これは建て前だよね。
「こんなこと考えてるからだめなのかなあ」
こそっと呟いて、横目で平塚さんを見る。
筋肉の塊みたいな人が私の出した鉄の塊みたいなテーブルに座っている。椅子は一回座って壊した。足がぐねっと曲がってしまったのだ。よっぽど重たいんだろうなあ。なので、絶対に壊れないだろうものを出した。普通の椅子は彼には合わない。少なくとも海外製の、耐荷重性が高いものじゃなきゃ無理。
彼の背丈に合うようなテーブルを化かして用意したんだ。そこに置いた履歴書を遠目で見るとね? 高校卒業から先が空白だった。ちなみにずっと士道誠心の生徒だったみたいだ。
以上。
他はぜんぶ、真っ白!
いっそ自己PRには筋肉って書けばいいのに!
「むうう」
悩んでる! すごく悩んでる!
額にじっとりと汗を掻いている!
平塚さんでもむずかしいのか。履歴書は!
ああでも、そうなのかも。
むずかしいのかも。
だれもかれもが、こういうのに向いてるわけじゃない。
だけどたぶん、これしかない。
ここにも十分、社会的な障壁はある。通り抜けられる人からしたら、意外に思えるくらい。
もちろん完璧でも万能でもないにせよ「お見合いのやり方」として機能しているし、代替案がないわけではないけれど、それにコストを割ける企業がどれだけいるんだかって話でもある。
なにより、あれだ。
「わたしのかんがえた、もっとましなやりかた」を企業にお願いすることなんて、私にはできない。
こんなのまるで病院の待合室で「なんでこんなに待たされるんだ!」「朝早くに来たのに、めちゃくちゃ待つのはおかしいだろ!」って怒鳴ってる中年男性みたいな振る舞いと、実際のところ、大差ない。
穏やかに頼むか、それとも怒鳴るか。この程度の違いしかない。それはそれで大きな差だけどね。結果を分けるほどのものじゃない。でしょ?
なんならさ。
みんな、ぼちぼちやってるんだよね。人事においてもそう。
そこまで「しっかりしてない」し「ちゃんとしてない」だけ。
建て前はちがうよ? もちろんそう。
でもね。既存の仕組みを変えるほどの権限もなければ、保証する能力もない。仮に示しても、周囲にそれを受け取り、信頼して、委ねるだけの能力がない。どちらにしたって賭けだし? そんなリスクを取るくらいなら、みんなで消極的ながらもいままでのやり方をしたほうが、ずっとマシ。
私たちは大嫌いだ。
がんばったのに、ひどい目に遭うのが。
基本的には避けたい。望まない。
だからいままでの手段のなかで、ほどほどにがんばるのがいい。
リスクも、その先の対応も「わかっている」ほうがマシだもの。
それに責任なんか負わされたくない。でしょ? 責任を負うってことは、仕事を失うってことだ。次の仕事を見つけるのは、だれだって大変だ。人によっては見つからないことだってある。なんでもやればいいと気軽に言う人はいるけれど、その人がなにをどれくらいできて、どれくらいの元気でなにができるのかは、みんなちがう。当たり前にちがいすぎる。
状況を維持するだけのものが複数あるんだ。それは弾性をもっていて、そうそうちぎれることがない。
だからこそ、それで生活できる人がいる。
生活ができるがゆえに壁になったり、強固になったりすることがある。
思うほど単純でも簡単でもない。
集団であること、共同体でいることって、このどうにもならなさとぼちぼち付き合っていくってことだからこそ、調整も、改善も必要だけど、だからってなんでも切り捨てていいってことにはならない。
ならないんだ。
「「 うううんんん 」」
平塚さんとうなりながら気づく。
ああ。私こういう、ほどほどとか、ぼちぼちとか、そういうのをやるのが苦手!
でもって、苦手から入れない!
いまだって、かなり回り道をした。
責めたり、頭の中で文句を言ったりしてないと耐えられないし?
それで済ませてしまうことが多い!
たった一枚の紙を相手に、こうも自分が浮き彫りにされるなんて思わなかった。
「ところでさ。金太郎さん? 俺たちは話を聞きたいんだがね」
「しかしな。我には今宵の宿さえないのでな! 今日中に宿有りの仕事を見つけたい!」
「それさあ。いまのご時世、いつになるのかわかんないんだよ。役所に行くなら付き合うが?」
「いや。我は働きたい」
「でもなあ」
横で佐藤さんが平塚さんの履歴書を覗く。
「あんた四十代で就労経験なしって、相当だぞ? っていうか俺より年上かよ! 見えないよ!」
「童顔ゆえな」
恥ずかしそうに肩を丸める平塚さんに佐藤さんが髪を片手でかき乱した。
焦れている。佐藤さんの提案で、平塚さんを千葉の例の住宅街から引っ張ってきたそうだ。
彼は千葉の住宅街で起きていたことを知っている。首謀犯についても、なにかしらの情報を持っている。病院に連れてきてみたら、どうだ。私の状態について語るなかで、御珠と、御珠を宿せる者についての知識もある。これはもう、詳しく話を聞きたいし? 彼自身、信頼を勝ち取るために自分について語ると言ったはず。
なのに彼のペースにやられてしまっているし? 彼のペースに合わせるかぎり、この現代で彼に対応してくれる余裕のある場所など佐藤さんもあねらぎさんも思いつかないようだった。
福祉事務所に連れていって申請するなら、どうか。
でもなあ。
私は知らなかった。
使えばいいじゃん、生活保護。それで済むの? 知らない。
こんなの知識でさえない。ただの情報だ。
熱したフライパンに卵を割り入れて焼けば目玉焼きができる、くらいの情報。
どれくらいの火力で、どれくらい熱したらほどいいの? 知らない。作って食べたら、どうなるの? 知らない。後片づけはどうするの? 知らない!
あっさいあっさい知恵だ。
申請してお金をもらえばいいじゃない、くらいの雑な話だ。
なんにも知らないよりも、たちがわるい!
生兵法は大怪我のもとなんだから。
私は生兵法だけでここまできてる。そう言っても過言ではない。
おかげで何度も怪我してる。
浅知恵ばかりじゃあ。
情報じゃあ、作れないし食べられないし味わえないし片づけだってわからない。先がない!
学習、実学。どっちも大事。なので?
そこんところを意識しなきゃいけない。
このところの私はとにかく文句と責めで自分を支えてきた。何か月もだ! 体感だと、何年もかもしれないまである! これには、意味も価値もない! ゴミの固まりみたいなもので、なんとか自分を支えてきただけ。他のものでいいなら、そっちのほうがずっといい。
無駄だらけ。
平塚さんの言うとおりだ。
ふり返ってみたら無駄だった時間、振る舞い、いっぱいあるんだろうな。
これから先も増えていくんだろう。
仕事もそれくらいのぼちぼちでいいんじゃないかなー。
ルルコ先輩のところか、久々にギンがお世話になってるところに頼ってみるのはどうか。なんとなればミコさんがいるし? 給与はさておき、宝島に連れていって働き口を探すっていう手もある。
あれ?
そう考えると、私が私を追いつめるほどには、世の中あんがい、なんとかなるのでは?
こう思えるくらいの支えに私は十分、出会っているのでは。
気づいてしまえば、なんのことはない。
責めも文句も消え失せて、すっきりしてしまう。
すっきりしてようやく気づく。
話の要約だのなんだの苛つきながら求める暇があったら、尋ねていけばいいじゃない? これと同じことを、いまもやればいいじゃないってことに。
「平塚さんが士道誠心にいたのって、けっこう前なんですね。で、そこから佐藤さんたちに助けられるまでの間は、なにをされてたんですか?」
「戦い、逃げて、守り。その繰り返しであったな」
あれはそう、と目を細めて語り出した。
漫画でいえば過去編が始まる振りだ! あっさり話し始めたことに佐藤さんとあねらぎさんが不満げに顔をしかめるが、ツッコミはしなかった。また平塚さんが妙な方向に話の舵を切って、しゃべってくれなくなるかもしれないからだ。
「我らは不死鳥を失い、孤立して、散り散りになりながら立ち向かっていたのだ。零番隊と呼ばれた者たちに」
あねらぎさんの喉が鳴った。
三人の中でもっとも激しく反応していた。
零番隊といえば、侍隊のなかでも警視庁の特殊部隊であり、全国の選りすぐりの中から選抜された者たちの集まり。エリートだ。だけど、私はもう、それだけではないことを知っている。
「刀を持つ者は少なかったな。怪異のような姿をした者たちばかりであった。なにより」
仰ぎ、照明を睨む。
「かつての旧友たちのなれの果てたちであった。介錯しきれたならよかったのだが」
物騒な単語が並ぶ。ふたりとも固まってしまっている。
「なにがあったのか、詳しく伺っても?」
「そうはいっても、なにせどこから話せばよいやらわからんのでな」
「だったら」
尋ねたいことを選べ。
「あなたの仲間たちの話について伺ってもいいですか? たとえば、不死鳥とか」
気になるワードを私はひとつ見つけていた。
謝肉祭遊園地で起きたこと。あの日、彼女が見せた技。平塚さんが四十代であること。
これらが私に訴えていた。
もしかしたら、彼はあの人と知り合いなのではないか、と。
もちろん彼は私の考えなどつゆ知らず、思い出話を始める。
「ああ。すまん。誤解させてしまったなら申し訳ないが、不死鳥といっても、そのような鳥がいるのではない。我らが世代の生徒会長になった、ある女性の技でな。彼女の名は榛名ホノカという」
彼はあっさりと私の思い描いた人の名前を口にした。
「懐かしい名だ」
彼は私に顔を向けて、はっきりと言ったんだ。
「彼女こそ、御珠を宿す資質を持った人だった。だが、力を使えば使うほど病んでいく。身体が蝕まれてしまう。最も当時はだれにも明らかにしていなかったがな」
我以外には、なんて妙な自慢をしている平塚さんをよそに、私は動揺していた。
ホノカさんは私がこんなになる術を使ったあの夜も、他の先生たちと一緒に学校を守り、生徒たちを守ってくれていた。相当強くて、すさまじい活躍だった。そんな噂なら聞こえてきている。
でも彼女は進行したがんをいくつも抱えていて、ぎりぎりの状態で過ごしている人でもある。
それはなぜか。御珠の資質がそれほどまでに肉体に影響を与えるから、だったのか。
どこかで進行しない折り合いのつくところを見つけたのか。それとも見つけられずに、いまも無理をしているのか。
わからない。
リエちゃん先生は同期。なら、先生だって平塚さんのことを知っているのではないか。
それなら、ふたりは平塚さんたちや、零番隊のことについて、なにか知っているのでは?
それとも知らずにいたのだろうか。
なんでもあり得るから、いまは置いておく。
「お若いあなたには伝わらないかもしれないが、彼女は我らのマドンナであった」
あれ。待って? コイバナになっちゃう感じ? いまじゃないよ!
でも気になる!
「付き合っていたんですか?」
私の問いに平塚さんは顔を向けて、唇を結んだ。
妙につぶらに見える瞳がうるうると輝きながら揺れている。
肯定とも否定ともつかない。
ただ、好きだったんだろうなって、それだけは伝わってきた。
つづく!
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