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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千七百六十九話

 



 山吹リンタロウや立沢理華から伝わってきた情報を元に、ある現場に車を飛ばしてやってきた。

 国道沿いのコンビニやファストフード、ファミリーレストランは引き続き経営していてコンビニに寄る。運転を買って出た柊が珈琲に合う菓子を物色している間に店員に話を聞いた。特段、変化は見られない。千葉県某市内、住宅街がまるごと死者であふれて以来「客足が減ったくらいっすかねえ」と、二十代前半の青年が面倒そうに答える。


「一時期は野次馬だの、動画配信したがるふざけた連中だのが来てましたけどね。たいして数字が稼げないのか、歩いて回るだけなら普通の住宅街だからなのか、もう見てないっす」

「ありがとう」


 柊の買い物を終えて、ふたりで外に出た。車に戻り、運転を引き取って住宅街を簡単に走って回る。

 人の姿がない。それどころか生活感や、人の存在というものが、まるで見当たらない。

 伸び放題の庭木。電信柱に絡みつくツタ。設置されている消火器の箱が埃をかぶっている。どの家の柵や門扉にも買い手を募集する不動産会社のプレートがくくりつけられていた。


「少なくないご遺族が早々に手放したみたいですね。地価が下がる一方だ、なんて不動産会社の嘆きを所轄の刑事が聞いたそうですよ」

「地域まるごと皆殺しにされましたなんて場所じゃあ、だれも住みたくないだろ」


 ゴーストタウンという陳腐な言い回しがぴったりはまる場所に成り下がったのだ。


「でも、看板がついてない家もあるな」

「遺体の引き取り手がない、なんてこともありましたから」

「家の管理を任せられる人も消えた、と」


 結局、だれもいない。

 それならそれで好事家で不謹慎な連中が集まってきたり、ろくでもないことをするためにやってくる連中がいそうなものだ。それを警戒してか、警察の見回りは頻度が多いと聞いている。


「こういう土地って、どうなるのかねえ」

「全体をまるっと買えるところがいたら、大型商業施設でも建てるとか? ほとぼりが冷める頃に」

「ああ、ね」

「でも結局、役所が頭を抱えながら対応策を練るんじゃないですかね。このままだと買い手がつかないまま、家ばかりが朽ちて悲惨な状態になりかねませんし」

「遺族から引き取った不動産会社が家を壊すってなことにはならないのかね」

「知りませんねえ。戸建てがどうなるか、なんて」

「俺も」


 間の抜けたことを話しながら住宅街を回っていると、小学校に行き着いた。地域の児童を引きうける教育施設の状況がどんなものか、覗いてみると警備員がひとりだけいた。児童はひとりもいない。厄介者がいたずらをしにくるんで来ているけど、職員も児童もいないものだからおっかないと愚痴を言っていた。


「近く取り壊す予定だそうですよ。え、だれかこなかったかって? むしろ来てほしいくらいですね。あんまりおっかないんで」


 彼の出てきた部屋からスマホゲームの音声が聞こえるあたり、本当に退屈でたまらないのだろう。

 お礼を伝えて立ち去る。同じ住宅街に面していながら離れた場所にある中学校も覗いてみたが、こちらも同じ状況だった。

 どちらもそう年月のある学校ではない。比較的若い。

 生徒がひとりもいなくなった。事件からも時間が経った。そんな場所になにもしないのがわかりきっているのに、職員らが通うというようなこともない、と。わからないでもないが、こうもあっさりと町が死ぬのだと思うと、狐に化かされたような気持ちだ。


「侍隊がこの町の隔離世に常駐して、邪討伐を継続しているそうです。人がいなくなったのに、やたらに集まるそうで」

「そりゃあ、怖いね」

「それくらいですかね。あ。肉まん食べます?」


 すこし間ができたので、柊が運転席の佐藤を睨んだ。


「佐藤さん? うわ!」


 住宅街を見て回るべく、ゆっくりと進んでいた。そんなときにブレーキを急に踏み込まれて、シートベルトに身体が食い込む。思わず怒鳴ろうとするが、佐藤は前を見て口を開けていた。


「あ、あ、あ」

「あ? なんですか、あって」

「ありゃあ、なんだ?」


 佐藤が指差すのでフロントガラスの向こう側、車の向かう先を見て柊が「ひ」とうめく。

 片側一車線の比較的真新しくて分厚い真っ白いセンターラインのうえに、男が立っていた。ふたりにとっては見覚えのある巨漢だった。平塚金太郎。真っ赤なブーメランパンツの薙刀使いが、背中に盛りあがる筋肉の皺を見せつけるようにして、突っ立っていた。


「なんで、あいつ、あの姿で、この十月に突っ立ってんだ? 俺らを待っていたとか?」

「しっ、知りませんよ! というか、あれ! 公然わいせつとかでしょっぴけないんですか!」

「知らねえよ!」


 ふたりで小声で言いあっていたら、金太郎がふり返った。

 口周りをヒゲが生えて、伸び放題になっている。頭は見事に剃っていて綺麗にはげあがっているのだが、それなら、その手入れをなぜヒゲにもしないのか。佐藤は混乱していた。

 柊は柊で、なにも隠すつもりのない布面積の少ないブーメランパンツ姿の金太郎が、パンツ回りからお腹にかけて毛が生えている光景に気絶しそうだった。生理的拒否感が直視を拒むが、侍隊の一員として厳しい任務や戦いを乗り越えてきた直感と観察眼が「目を逸らしてはいけない」と訴えていた。彼は片手に、その巨漢に見合わぬ小太刀を持っていた。いや、遠近感から小太刀に見えるだけで、実際は打刀や太刀くらいはあるかもしれない。わからない。柊も混乱していた。


「おお!」


 混乱するふたりの顔に見覚えがあることに気づいた金太郎が、歯を見せて微笑んだ。たちまちふたりは大いに怯んだ。笑顔の意図がわからない。

 金太郎はただちに車の前に歩いてくる。


「どどどどど、どうにかしてくださいよ!」

「無理だよ、あいつ車くらい持てそうだし、逃げたらなんか追いついてきそうだし! はだしなのに!」

「もうそれバケモノじゃないですか!」


 柊の悲鳴も佐藤の動揺も、小声であった。

 金太郎に聞こえることはなく、彼は臀部を後方に突きだして上半身を倒す形で佐藤と目線を合わせて、ガラスを拳で軽く叩く。ノックをされた佐藤は、顔をひきつらせながら窓を開けた。彼のうしろで柊が「こいつマジかよ」と言わんばかりに目を見開くが、どちらも金太郎は気にしない。


「久方ぶりだな。この地の調査に来たか」

「「 は、はい? 」」

「実に関心だ! ここは連中の実験場所だからな」


 なんの気なしに金太郎は当たり前のように語る。

 だがふたりは彼ほど流してはいられない。


「連中って?」

「実験場所って、なんだ」


 ふたりの問いに金太郎は途端に真顔になった。

 全力の笑顔から急な真顔に、ふたりとも思わずびくっと震える。


「ど、どうしたんだよ」

「かつての友の宿願に関わる問題だ。言いたい。言いたくてたまらない! しかし、言うべきではない! この葛藤が! 我が筋肉を萎縮させている!」


 上半身を起こしてダブルバイセップスを披露する金太郎の、まるで彫物のように見事に隆起した筋肉が痙攣する。しかし、左右の動きがそろわず、動きも疎ら。これを不十分と見なしているのだろう。金太郎の気に召さないらしい。


「「 は、はあ 」」


 ふたりにはさっぱり理解が及ばないが、金太郎は意に介さない。


「しかし、しかしだ。先日、怪異が跋扈する異変を、空から降る金色の光が救ってみせた! あれは、ある少女が起こした奇跡だという! 実に素晴らしいことだ。自らがどれほどの代償を支払うことになるかもわからぬ術を、見事にかけてみせたのだ! くっ」


 金太郎の顔が歪み、皺だらけになった。

 目を閉じ、唇を結び、どちらも鼻に寄せているかのように力を込めている。のみならず、両目からは涙があふれだし、鼻からは汁が垂れ落ちた。


「感動したぁっ!」

「そ、そっすか」


 これほどマイペースな男を前にした経験があまりない。しかし、佐藤にはないわけでもなかった。佐藤は渋谷警察署時代に少年犯罪や未成年の非行、家出したこどもたちの対応をしてきたし、こうしたこどもたちの支援活動をしている人たちとの交流もいくつかある。いまでも続いている縁もあるし、なかには濃い人物も何人かいた。多くはない。多いと困る。どう接していけばいいのか、いまだにわからないからだ。

 情緒がもう、とつぶやく柊にひやひやしながら佐藤は恐る恐る尋ねた。


「彼女に会えるとしたら、話してくれます?」

「ちょ、ちょっと、佐藤さん!」

「わかってるよ。俺らはあんたを、あんたは俺らを信じきれない。腹の探りあいをいくらでもできる。けど、あんたはそれをいいとは思っていないから、話しかけてきたんだろう? あるいは、だれかが来るのを待っていたとか」

「たんなる偶然だ!」

「あ、ああ、そう。それならそれでいいんだけど」


 なんだよと肩すかしに不満げな佐藤に、金太郎はラットスプレッドに移行してみせる。


「先日の騒動でここにも、ここの隔離世にも怪異が跋扈しているにちがいないと見て、退治に来ただけだ。近年の侍隊は練度がよく、我がここに来るまでもなかったゆえ、ここで起きた惨状に黙祷を捧げて歩いていたまでよ」


 だれのどんな言葉であれ疑う余地がある。

 職業柄、そして現状においては疑いを持つべきだとわかっていながら、佐藤も柊も、流した涙を拭わず、鼻水を豪快に啜る金太郎の粗雑なまでも明け透けな態度に、その気力が失せていた。


「仲間を探しておったが、見つけられておらんでな。気分は浦島太郎。寂寥にむせび泣くことしかできぬ、無力な筋肉だ」

「筋肉は関係ないんじゃあ」


 ついついツッコミを入れずにはいられない柊にかぶせるように佐藤が声を張る。


「ああ! そ、そう落ち込まないで! な!? 人捜しは警察のお仕事でもあるわけだし、俺たちはあんたには救われたんだ。警察としていくつか聞きたいことがあるが、協力してくれないか? あんたが褒めた少女にも、彼女が了承してくれたなら、会わせられると思うし」

「同行しよう! 会いたいしな! 思えば我は! 芸能人とやらに会ったことがない!」

「「 意外とミーハーかよ 」」


 ふたりが引く間に金太郎が後ろの扉を開けて中に入ろうとするのだが、すぐさま眉を八の字にして弱った声を出す。


「すまん。狭くて入れそうにない」

「「 あああ。でっかい、もんねえ 」」


 金太郎は背丈のある佐藤でさえ見上げるような巨躯の持ち主である。三人はしばし、彼を伴ってどのように都心に戻るのか頭を捻らなければならなかった


 ◆


 寝ても覚めても、検査、検査!

 たいして変わってないってぇって先生に訴えてもダメ。

 ナエさんに車椅子を押してもらいながら移動している時点で説得力の欠片もない。

 未だにひとりで立てない。負荷のかかる部位に激痛が走って、とてもじゃないけど体重を支えられないのだ。膝も腰も自重に耐えられない。

 老化現象はもう終わった。だけど、手足の太さが戻らない。あばらが浮いてるし、お腹がくぼんでる。病的な痩せ具合だ。

 キラリたちには言えないけれど、実は夜中に気持ちが悪くなって目が覚めた。そのままトイレでげえげえ吐いてしまった。今日のトイレじゃうんちにかなり苦労した。もちろん先生にはしこたま叱られたし、おかゆ生活はまだまだ延長されるそうだ。「食べられるだけマシだと思って。点滴だけにするか悩んでいるくらいなんだから」と言われてしまうと、不満も言えない。

 シミも皺も消えた。でも身体から消え失せた筋肉と脂肪のぶん、体力がとことん落ちていることまでは取り消せないようだ。学校から霜月先生が顔を出してきて、刀鍛冶と医師としての知見をもとに調べてもくれたけど、結論は前に私の担当医の先生が出したものとおんなじで「よくわかんないけど、安静にして、身体を休めて、よく食べて、ゆっくりとだけどリハビリをして治すしかない」。

 そんなご無体な!

 三歩進んだつもりが二歩下がる。一歩分は進んでいるけど、二歩の後退はいまの私にはきつい。

 検査ののち、即日わかる範囲の話を聞く前に病室に戻されて爆睡。ナエさんに起こされて、車椅子に乗って先生の部屋に移動。結論は前回と変わらず。あれこれ数値がどうのこうのと話をされるんだけど、ぴんとこないし、頭も働かない。点滴を使用する運びになるのだけど、生返事しかできなかった。

 部屋に戻される。夕ご飯までにはまだたっぷりの時間があるものの、お腹が空いてしょうがない。

 ナエさんが点滴の準備をしはじめるなか、私は「シャワーだけ、先に浴びたいんですけど」と無理を言うと確認を取ってくれた。点滴してから、点滴箇所を保護する形で入浴するか、先に浴びてから点滴をつけるかどちらがいいかと確認されたら、そりゃあ「先に浴びたい」って言うよね。このあたりの曖昧さも私の状態に病院側が「なんじゃこりゃ」と対応に苦慮している感じが見て取れるし? あるいは「元気なんだけど、ひたすらに衰弱している状態」と見られているのかもしれない。やっぱり「なんじゃそりゃ」だ。私にもよくわからないや。

 介助が必要かナエさんに確認されたけど、金色雲があるからだいじょうぶだと答える。別に今日が初めてでなし、浴室内にも看護師に緊急を伝えるボタンが設置されているので問題ない。出たらボタンを押して知らせるように言われて、ナエさんが出ていくのを見送った。

 金色と化け術を駆使して病衣とパンツを脱ぐ。ついでに化け術で全身鏡を壁際に設置して自分を確認すると、ため息が出る。摂食障害にでもなったのではないか。骨と皮の間に肉がまるでなくて、あばらがくっきり浮かんでいる。老齢介護や老々介護を扱う映画やドキュメンタリーで見かけた、まともに食事を取らずに眠るだけになったお年寄りと大差のない痩せぶりだ。鎖骨の主張もすごい。人体骨格模型に皮を張り付けたような、そんな痩せぶりに見えてならない。そんなことないよと、お見舞いに来てくれた女子のみんなや先生は言ってくれたけど、ううん。

 いま体重を量ったら三十キロ台、下手をすると前半かもしれない。もっと低いかも。今日も量ったけど、こっそり耳栓つけて聞かないようにした。怖くてたまらなくて。

 私の身長だと五十二、三キロはあるのが平均だし、望ましい。メディア露出する人たちは十キロは落としているだろうし、モデルだなんだーってなると三十キロ後半にまで絞っている可能性さえある。でも理想は五十キロ台。六十キロ台や七十キロだっていいくらいだ。そもそも目いっぱい運動して筋肉をしっかりいっぱいつけてるんだから。

 身体の激変によるストレスからか、白髪になった体毛もちらほらある。老化がなくなったからこそ、張りのなさやくすみなども目立つ。

 激やせは化け術の範疇じゃない。

 私のカロリーはどこへどう消えたんだ。なんで? どうして?

 さっぱりわからないものの、金色雲に支えられながら浴室に移動して、かなりのぬるま湯に設定してから身体を洗う。検査に連れ回されるだけでも、かなり疲れてしまうし? こういう時間だって、とてもくたびれる。それでも毎日、できるかぎり続けているのは、ソープ類の匂いとか、身体を洗う感覚とかが気持ちがよくて気分転換になるからだ。ボトルからソープ類を出すことさえ、化け術を使わないとできないとしてもね。

 まともに身体を動かせない代わりに術を使う頻度が増した。あれこれ工夫することも増えた。これはいい修行の機会だぞ、と言い訳をしておく。

 自分の手で髪や顔、身体に触れない。今日はとても疲れている。痛みもひどいから。

 それをよかったと感じている。

 どれだけくたびれていて、どれだけかさかさになっていて、どれだけきしんでいるかを確認しないで済むのだから。


「弱いなあ」


 自分の弱さに慣れない。

 慣れる日が来るとも思えない。

 いまの身体になってから、たびたび痛感させられる。

 「できる」「できて当然」「できるのが当たり前で、そもそも考えたこともない」ことが「できない」のだと実感する、これがもうたまらなく苦痛だ。

 「やるべき」ことで「やれるのがあるべき姿」なんて物事だと、ますます苦痛がひどくなる。

 立てない。

 歩けない。

 自分の身体も満足に洗えない。

 拭けないし、スキンケアだなんだもできない。

 たとえば肌が荒れたときなら荒れたときのケアがあるし? 髪がきしきしいうろくでもない状態なら、そのためのケアってものがある。なのにねー? できないの。

 術でフォローできるだけまだマシだ。これをだれかに頼れるなら、それもまたマシ。

 手はある。だいじょうぶ。そう自分を慰めていられるのは、私にまだ、それだけの余力があるからだ。

 担当医の先生も、霜月先生も、ナエさんたちにしても「その身体の割りには元気」だという。

 実際、悲観するほどじゃない。

 だけど同時に「いまの身体の衰弱ぶりからしたら、治療には時間がかかる」。私が映画を観ていることを知った担当医の先生いわく「あなたはさながら白鯨との闘いを生き延びて、幸いにして救助された人」で、それは大海原を一ヵ月以上も漂い、飢えて衰弱している人と同じだということを示す。

 なのに起きて、おかゆを食べて、活動さえする。

 そんな体力なんかあるわけないし、気力もないはず。

 それでも起きて、活動しているんだからたいしたものだという。そう語る先生の顔ときたら、決まって苦虫をかみつぶしたよう。本音じゃ「おとなしく寝てて」と言いたいに決まっている。

 泡を洗い流してから、バスタオルを操り身体を拭う。最初は空中ドローンを試して、次は台座を試したし? 車の洗車台みたいに台座を試したこともあるけれど、結局はタオルを挟んだ金色雲をふたつ出して操るのが適当だというところに落ち着いた。

 部屋に戻って替えのパンツを履いて、洗濯済みの病衣を着る。

 ベッドに戻る頃には、じんわり汗ばんでいる。

 たまらないなあ。たまらない。

 それでも汗臭くてうんざりする気持ちからは解放されたから、よし。

 そう自分を慰めながら、目を閉じるだけで一気に眠気がきた。このまま眠ってしまおうと思ったとき、病室の扉がノックされた。


「はあい」


 返事をしたときの声のかすれ具合にも、いちいち律儀にめげる。


「ごめんなさい。ちょっといい?」


 扉を開けて、あねらぎさんが顔を覗かせた。

 心なしか、髪がぺとっとして化粧が乱れて顔も疲れているように見える。


「どうかしました? 事件の進展があったとか?」

「連絡したんだけど繋がらなくて。直接、来ちゃった。会ってもらいたい人がいるんだけど」

「はあ。どうぞ」

「それがそのう。本当に、いい? 構わない?」

「えっと?」


 はて。妙に歯切れが悪い。

 訪ねてきたからには会わせたいんだろうに、なんで口ごもるのか。


「では失礼しよう!」


 妙に太くて力強い男性の声が、あねらぎさんの後ろから聞こえてきた。

 扉が勢いよく開け放たれて、彼女のうしろに声の主が見えた。扉を開けた手は、私やあねらぎさんの手の二倍はありそうな大きさだった。それもそのはず、天井に頭がつきそうなほどの巨漢だった。

 だが、問題なのは彼の格好である。

 なぜだか赤いブーメランパンツ姿だった。おまけに顔に覆面をかぶっていた。


「ふ、ふ、覆面レスラーの方?」


 肩幅が妙に広くて、あらゆる筋肉が自己主張をするほど見事に発達していた。

 ボディビルの大会の出場者くらい、ばっちり仕上げていたし、扉までの距離を埋めてむんむんと漂うほど暑苦しかった。


「失礼、顔を見せるべきだな」

「待て待て待て! 部屋に入るまではかぶっててくれ! 霊衣を解かずにその格好でいられる理由を取らないでくれ!」


 佐藤さんもいたみたいだ。

 巨漢のうしろで悲鳴のような声をあげている。

 霊衣って言っていたけど、どういうことだろう。この人、パンツ一丁だけど。まさか、そのパンツが霊衣だとでもいうのだろうか。

 佐藤さんの悲鳴に巨漢は不満げに唇を結んだ。むすっとして、鼻息を荒めに出している。

 だとすると佐藤さんの話からして、あれかな。

 覆面レスラーの慰問、みたいな?

 意味わかんない!




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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