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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十三章 天使の小旅行

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第二百七十五話

 



 私立士道誠心学院高等部、土曜日は休み。

 待望の休日だ。トラジ提案による、十組の小旅行を行う日だから。

 朝、十組全員で出かける。

 着飾った恋人たちやだらけた服装の集団がこぞって寮から出かけていく。春灯の話と文化祭での生徒会長の発言を鑑みるに、最近になって外出許可が出やすくなったばかりだという。だからみんな外へ刺激を求めて出かけるのだろう。ただし刀を持たずにだ。

 刀を持って外出するには、刀を所持するための許可証をもらわなければならない。

 十組で許可証を持っているのはユニスだけ。

 そのユニスはといえば、分厚い革表紙の本を大事に抱えてキャリーバッグを引いている。

 コマチの荷物はトラジが背負っていた。トラジは見た目の粗野で粗暴な感じとは違って、ずいぶん紳士である。


「天使さん、荷物もつよ」

「いいって。リュックくらい背負える」


 リョータの提案は辞退。小柄で華奢すぎるコマチの荷物ならいざしらず、私は少し大きなリュックで済ませたからな。誰かに持ってもらうほどじゃない。

 男子二人が紳士らしさをみせたから、もちろんミナトに視線を送る女子がいる。当然、声を掛けられていないユニスだ。しかし彼女は心底不満そうにため息を吐いた。

 そのため息を浴びながら、ミナトは大荷物を両脇に抱えて歩いている。


「なんだよ、ユニス」

「いいえ。あなたの荷物はずいぶん重そうね」

「お前の荷物を持つ提案ができないくらいな。ここぞとばかりにいろんなゲーム持ってきてやったぜ!」


 どや顔をするミナトにユニスが英語で短く罵った。くそったれ、と。

 気持ちはわかる。誰より大荷物なのだ。たかが一泊二日の旅行に。


「……なあに? その荷物の中身がぜんぶゲームなの? どんなゲームなの」

「へっへー! あれこれ詰め込んで持ってきた」


 ユニスの問い掛けにミナトが上機嫌さを隠そうともせずへらへらと笑った。


「……たのし、み」

「だろー? 盛り上がれるのをチョイスしてきたぞー、夜は任せろ!」


 コマチの呟きにミナトが幸せそうな声で返す。

 自然と他のみんなで笑っちゃう。

 入学初日から変わったことが二つある。

 一つは、みんなで話すようになってきたこと。

 そして、もう一つが重要だ。

 やってきた駅へ向かうバスに乗りこむまでの道のりも、乗り込んでからも……居合わせた男子がちらちらコマチを見る。

 当然だ。

 髪の毛を整えて、肌の手入れを気遣ってメイクまでしたコマチは私とユニスの芸術の粋を結集した美少女へと姿を変えている。

 前髪を切ってみればわかる大きくてつぶらな垂れ目。くっきりとした二重まぶただった。眉毛を整えて、少しだけ癖のある頭頂部の髪の毛を二つの房にまとめてみせた。春灯の獣耳めいた髪型になってしまったが、ともあれ。ボブがとてもよく似合っている。

 コマチの好みを探ってみると、華奢さをほどよく緩和するゆるめのワンピースをお気に召していた。セットで細身のコートはかなりお高いものを選ぶ。深窓のご令嬢と言って差し支えない雰囲気が出ているのではなかろうか。

 とうのコマチは磨けば誰もが目を奪われるくらい光る素材をもっていながら放置するくらい、見た目に頓着していなかった。そのせいか、男の視線になれていないのだろう。落ち着かなさそうにもじもじしてトラジにひっつく。

 そのおどおど感も、本来のコマチが持つ小動物感をより可愛らしく演出している。

 実に可愛い。


「……ふ」「……勝利」


 ユニスと二人で俯いてコマチの可愛さについてどやるのが最近のマイブーム。


「ねえ、トラジの家ってどうやっていくの?」

「リョータ、昨日も言っただろ。もう忘れたのか?」

「何度でも聞きたいんだよ。わくわくしてくるだろ、旅行いくんだって感じでそわそわするよ!」

「落ち着け……八王子に向かう。そこから町田、小田原いって……俺の地元だ」

「おおお……東京の外とか、中学の修学旅行以来だ」


 リョータが嬉しそうに足踏みをする。

 東京生まれの東京育ちかな。東京の外ってすごい言葉だ。私も東京生まれの東京育ちだけど、そこまでじゃないぞ。両親に連れられて、旅行は結構ひんぱんに行く方だ。


「江ノ島近辺とかに比べりゃ、だいぶ海が綺麗だぞ」

「ああ! トラジの話を聞いていると魚が楽しみでならないわね!」

「ユニスの食いしん坊さんめ」


 私の指摘にユニスがあわてて咳払いをした。


「こ、こほん! ……でも、天使。あなただって楽しみでしょ? 海の幸」


 ユニス、巻き込みに来たか……まあいい。


「まあね。スーパーの海産物と比べられないくらい、おいしいでしょうから」

「それについては保証するぜ」


 自慢げに笑うトラジを見てなんだか笑っちゃった。

 移動だ、移動。電車を乗り継いで目指せ、トラジの実家だ。


「ねえ、トラジ。おうちの人にはもう連絡してあるの?」

「おう。人数も男女比も伝えてある。ちゃんと女子だけで部屋用意してくれてっから」

「それは別に、同室になろうとあまり心配してなかったけど」

「「 えっ 」」


 ミナトとリョータの視線がうるさい。

 横目で二人を睨んだら、あわててリョータがトラジに声を掛けた。


「トラジの家ってどんな感じ?」

「つけばわかる」


 いや、だから。それを言ったら元も子もないから。

 けど私や他の全員の視線を浴びてなお、トラジは意味ありげに笑っているだけ。

 何かサプライズでもあるのだろうか。思えば私たちは転入試験からサプライズまみれだ。あんまり心臓に悪くない方向で頼む。


 ◆


 電車を乗り継ぐ移動に、いかにも体力なさそうなコマチが根を上げるかと思いきや――


「わ……!」


 当のコマチは窓の向こうを楽しそうに見つめている。

 むしろコマチの隣で俯いて黙り込んでいるミナトの方が疲れ切っている。乗り換えが結構あるから、荷物が大きいミナトが最初にへばるのは自明の理だった。

 椅子に並んで腰掛けているけど、移動にへこたれているのはミナトだけ。そんな体たらくだから、リョータがミナトの荷物を持ち運んでいる始末。荷物の中身がほぼほぼすべてボードゲームとかだっていうんだから、まったく……。


「ミナト。アンタどれだけ楽しみにしてたの」

「……みんなで、ゲーム、したいです」

「いや、そんなこと言われても。寮でできるでしょ」

「旅先で、やりたい、ゲームがある」


 そんなキャッチコピーみたいに言われても困る。

 みんなミナトに構う気はないようだ。むしろ素直にはしゃぐコマチを見るのに忙しくてそれどころじゃない。

 私もみんなに習ってコマチを見た。


「……でんしゃ、たのしい」


 はにかむように笑った顔が反則級に愛らしかった。

 ぼさぼさの前髪に隠れていた瞳は私とユニスが選んだ美容室でカットされてからずっと、世界を眩しそうに見つめ続けている。

 試験の時から危うかったコマチの純粋さがいい意味で出ている。その尊さを大事にしたいと思うのは……私だけじゃないはずだ。

 士道誠心の佳村が言っていた。コマチの心は……もう砕けている。刀の刃こぼれがその証拠なのだろう。

 砕けた心を癒やしてあげたい。仲間だから、その力添えができたらいいと願ってしまう。

 どうしたって……今のコマチの方が素直に可愛いから。

 試験の日のような、歪な面は……あれはよくない。私たちを傷つけるだけじゃない、自分を殺してしまいかねないから。どうにかしたい。

 この旅行で何か切っ掛けが見つかればいいな。ちゃんとコマチを見つめていよう。

 決意も新たにしたところで、ふと思いついた。


「そういえば試験の日にミナトがいたのは気づかなかったな」

「ひでえ」

「案外、おもしろおかしい奴が他にもいたのかな? ユニスは誰か見つけた?」


 スルーして呟いたら、ユニスは肩を竦めた。


「知らないわ。興味なかったし」

「案外、大仰な理由で転入することになったけど、ヘマをしないか不安でそれどころじゃなかったとか?」

「そ、そんなことないもん!」

「……ごめん。私が悪かった」


 図星かよ、と突っ込みたい言葉をぐっと堪えて飲み込む。

 意地悪く突っ込むと、ユニスはすぐに泣きそうになるからな。

 いじりどうので楽しむ以前に罪悪感がひどい。

 あんまりいじらないでおこう。中学時代のようなことはもうしないと決めたのだから。

 ……まあ。泣きそうな顔をするユニスはちょっとどうかと思うくらい可愛いんだけどね。よそ行きの顔が剥がれるから。

 もっと素直に付き合えるようになれたらいいなと思う。けどいじめてもしょうがない。違うやり方を探そう。それはそれとして。


「男子たちはどう? ……ほら。今いる十組のメンバーって、ようは途中入学組でしょ? 三学期になって入ってきたら面白そうな人いた?」


 トラジはさっきのユニスみたいに肩を竦めた。知らないということか。

 リョータも頭を振る。けどミナトは違った。


「ちびがいたな。子供が」

「……私たちみんな、十代で子供っちゃ子供だけど? 身長が小さいって意味なら、コマチが十分小さいし可愛いけど」

「そ、そうじゃなくてほら! なんつーか! 子供だよ!」

「意味わかんない」

「だからー!」


 声を上げようとするミナトが宙を何度も手で揉みほぐしてから、ぴんと閃いた顔をして言った。


「幼児がいた。幼児っていうか、幼女が」

「ふうん……飛び級の天才とか?」

「しらねえし、もしそうならもっと話題になってる気がするけどな。とにかく、そいつのインパクトが強すぎて他は大して覚えてねえ」


 思わずみんなで顔を見合わせる。


「そんなちっちゃい子、いた?」


 私の問い掛けにみんな首を傾げている。


「小さすぎて見えなかったんじゃねえの? とにかくいたから、絶対!」

「はいはい、わかったわかった」

「信じてくれよ!」

「三学期になって、その子が入学すればわかるでしょ」

「来月までお預けかよ……」


 しょぼくれるミナトに笑っていたら、電車が減速を始めた。アナウンスが聞こえる。そろそろ駅につくようだ。

 神奈川西部。正直、初めて訪れる。

 新幹線で通り過ぎたことならあるけど、それくらいだ。

 だからリョータほど露骨に見せないけど、私もわくわくしている。

 そっとバッグを一瞥した。

 今年はずっと、士道誠心の文化祭に行くまで鬱屈していた。自制する意味もあるけど、気が乗らなくて夏に海に入れなかったんだ。だけどもう今は違う。抱えていた問題を乗り越えて、次の目標目指してがんばっているところだ。

 鬱屈はない。だから水着を持ってきた。

 どれだけ冷たかろうと、海に入る準備はできているぞ……! 一年に一度も海に入れずに終わるなんて許せるか! つま先だけでも水着姿で入ってやる!

 さすがにみんなに気づかれないように、だけど。恥ずかしいし。でも楽しみだ。

 一人でどやっていたら、コートの袖口を引っ張られた。

 コマチが私をじっと見つめている。


「……きら、り。たのし……み?」

「まあね」


 表向きはクールに、溢れるパッションはキュートに口元で笑って流す。

 天使キラリにとっては造作もない。これくらいはね。


 ◆


 駅につくなりトラジがみんなを連れて、道に停まっている車――大型のバンに向かっていった。運転席に腰掛けているのは、トラジに負けず劣らず色黒のお兄さんだった。

 トラジを見るなり、肌の色黒さからは嘘みたいに白い歯で人なつこそうに笑う。その笑顔がトラジにとてもよく似ていた。


「よう、トラジ。予定通りの到着だな」

「悪いな、兄貴。漁の後で」

「いいってことよ。オヤジは嫌がるだろうからな……ほら、乗せてやれ」

「ああ。みんな……俺の兄貴だ、イチリュウっていう。ひとまず挨拶は後にして、のってくれ」


 トラジが扉を開けてくれる。真っ先に入るユニスはいかにも、見た目通りの姫のような振る舞い。けれど誰も文句も言わない。次にグロッキーなミナトが続いて、リョータが追い掛ける。

 二列目をユニスが占拠して、最後尾にミナトとリョータが移動した。


「コマチ、先にどうぞ」

「ん……」


 荷物を預かったままのトラジに深く頭を下げてから、いそいそと車に乗り込む。

 最後に席についてすぐ、扉を閉めたトラジが助手席に乗り込んだ。すぐに車が走りだす。

 すぐ、イチリュウさんが声を上げた。


「トラジ、お前さんのクラスはこれで全員っていうが……ずいぶんとべっぴんさん揃いだな」

「わかります!? いやあ、トラジの兄貴とは思えない気やすさ! トラジ、硬派ぶってないでちったぁ見習えよ!」


 ミナト、お前が反応してどうする。だいたいなんだ、その言いぐさは。

 どちらかといえば軟派すぎるミナトよりはトラジの方が好感度高いぞ。私の中ではな。

 さすがのトラジもこれにはだんまりを決め込んだ。代わりに、


「あっはっはっは!」


 ほらみろ、イチリュウさんに笑われているぞ。


「そんなことよりも、イチリュウさん。魚は? 舟盛りはどこですか?」

「おいこらユニス、初手でいきなり催促ってどうなんだ。はしたないにも程があるぞ」

「うるさいわね、天使! 私は鮮魚に夢見てここまできたの!」

「……いっそ清々しいな。すみません、うちのクラスメイトがわがままを言って」


 私がそう言うと、フロントミラー越しにイチリュウさんが私を見てきた。


「いやあ、いいですよ。少し遅くなるが、昼飯を用意してあります。晩には……なにせ親戚中が集まるんでね。人数が人数なんで、料理の手伝いをお願いしたいんですが。それさえ手助けしていただければ」

「……え、働くの?」


 ユニス、素直すぎるだろ!


「わりいな。働かざる者食うべからず、だ」


 トラジめ。振り返りもせずに笑いながら言いやがった。

 まあいい。むしろ楽しみだ。


「あの、イチリュウさん。魚って、さばかせてもらえますか?」

「お、きみ……いける口?」

「そこまでは……魚ならアジの三枚下ろしだけです。あ、海鮮なら、あとイカはさばけます」

「じゃあ鍛えてあげようか。お袋とうちの嫁さんが張り切っていろんな魚を買ってきたからな。あとで教えてあげるよ」

「よろしくお願いします!」


 よし、楽しみが増えた。満足しながら椅子に背中を預けたら、妙な視線を感じてふり返る。

 リョータが妙に悲しそうな顔をして私を見ていた。


「俺より妙に親しげ……」

「え……なに。きもい」

「……な、なんでもないです」


 なんかすごい落ち込んでる。さっぱり意味がわからない。

 隣に座っているミナトを見たら、呆れた顔で言われた。


「ラブコメには巻き込まれたくないから、ノータッチ。俺を見るな! ……何も言わないからな」


 ほんと、さっぱり意味がわからない! 放置だ放置。それよりも。


「コマチ、楽しみだね。夕飯は魚三昧っぽいよ」

「ん!」


 コマチの笑う顔は……天使という名字の私が言うのもなんだけど。

 ほんと、天使みたいに可愛い。

 これからもっとたくさん笑顔になれるよ。

 旅行はまだ、始まったばかりだからね。




 つづく。

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