第二千七百四十四話
猫のぬいぐるみに宿ったキラリの星たちが反応しているのだろうか。
私自身が落ち着いてきたのも相まって病院内から、様々な声が聞こえてくる。
それらをぼんやりと聞き流しながら、ベッドに寝転ぶ。
これらを仮に霊子の、それも願いの声だと仮定する。
キラリが教えてくれたように、様々な願いが聞こえる。
退院を急ぎたいもの。施術後のガーゼをなるべく痛みなしに交換してほしいこと。
お父さん、お母さんが来てくれること。早くおうちに連れ帰ってほしいこと。
いつかの私みたいに、看護師さんに無視されずに答えてほしい。お風呂に入れるかどうか。
ほかにもね?
もっとどろどろ、ぐろぐろした願いもある。
怨みつらみを晴らしたい。むかつく奴をとことん傷つけたい。
そんな願いも聞こえてくる。
霊子は私たち人が自分の物語に定める正誤、善悪などお構いなしに保存する。
だから私たちが霊子に接続しよういうのなら、霊子が貯蔵する膨大な内容と関わることになる。
そうすると、もちろん相性が悪い、噛みあわない、嫌悪したり憎悪したりする霊子とも関わることになる。霊子が貯蔵している一部の嫌悪するものとさえ関わらざるを得なくなる。
これはまるで、街を行く人を聴衆に誘うかのよう。いくらトシさんとふたりで演奏して歌ってみせても、限界がある。みんなを惹きつけるのは、本当にむずかしい。不可能だ。
黒いのが言ったように、繋がれるものと繋がるのがいい。
だけど、なんだろな。
あらゆる声、あらゆる感情、あらゆる体験、あらゆる刺激、あらゆる反応を貯蔵している。
自分と噛みあわないからって、否定していたらしんどいばかりだ。
いちいちその判定をしなけりゃならないからね。
膨大な霊子のなかで、ただただ力になるものを感知して、扱えるようにできればよくないかな?
「ううん」
これがむずかしい。
『またぞろ考えごとか。気を散らすには十分すぎる内容だったな?』
十兵衛の指摘に思案する。
ウィザードが撮影してきたもの。映像に入り込む音声。議員同士だけでも、議員と資産家たちの間でも「馬鹿な国民」「下等な連中」「なにもわかっていない」として私たちは扱われていた。
彼らは羊飼いであり、狼であり、私たちは羊。
そういう認知の歪みが彼らにはある。
別に本気で思っていなくてもね。軽くバカにする感じに考えていてもね。
もうその時点で、歪みが生じている。
それくらい繊細なもので、影響力は無視できるものではない。
なので? もちろん、私たちにも膨大な認知の歪みが存在している。
二世議員や富める人たちにも、彼らの集団に入るべく死ぬほどがんばったかつての貧者にも一定傾向の歪みが存在しているし? 性別、年齢、人種、学校で所属するグループのちがいだけでも分かれていく。
お話しないほうがいい話題に「政治・宗教・野球」があることを選んでいる場合の認知の歪みもあれば、むしろそうしたことをお話したほうがいいと捉えている場合の認知の歪みもある。
ないってことはない。
差別や偏見と同じだ。
それらがゼロになることはない。
なので私たちは尊厳への尊重と配慮をするとき、一定の運動をすることになる。
言動の配慮。情緒的・身体的反応への対応。その他もろもろね。
コミュニケーションって、そうした運動をちゃんとするってことでもある。
私たちはしばしば楽をしたがるから、こうした運動の一切を放棄したがることがあるし? それを特権や権利だと、立場などがもたらす力なのだと思い込みたがる。
そういう物語に生きる人もいるだろう。
すごく雑にいえば「唐揚げになにも言わずにレモンをかける人」と「唐揚げには絶対にレモンをかけたくない人」と「唐揚げにレモンをかけようがかけまいが気にせず食べるが一声かけてほしい人」と、ほかにもいろんな集団が雑多に集まる世界に私たちは生きている。
どれでなきゃだめってことはない。ただ争いの種になるし? それだけで延々と憎しみあえる。
個人的には「レモンかけたい人」と「かけたくない人」がいるんだから「揉めごとを避けるべく事前に声をかけて確認する」のが無難だと考える。
でね?
こんな対応を「賢いやり方」で、できない人を「愚か」だと見なす人たちも出てくる。そもそも「無配慮で無神経なヤツ」とか、口が悪い人なら「仕事できなさそう」とか、いろんな語彙で罵倒するだろう。
そうなると、今度は口の悪さに対する反応に波及していくし?
話題がどんどん広がっていく。
最初は「唐揚げにレモンをかけるかどうか」でしかないのにね。
もちろん「最初は唐揚げにレモンをかけるかどうかなのに、話を広げすぎだ」「誇大妄想か?」「対立を煽りたいだけ」みたいにだって派生していく。
気がついたら、それだけで相手を分ける二項対立で世の中を捉えるようになる人たちのできあがりかもね。それだけじゃ足りないだろうしさ? もうほんと、たいへんだ。
それくらい、私たちはちがいをやまほど抱えながら生きている。
それが当たり前っていうことを、ついつい忘れてしまう。
もちろん、連中は違いのなかでも厄介な違いを抱えている、歪んでる、はい終了とはいかない。アイヌをはじめ、いろんな人たちに差別を露骨に行っていた議員がいるし? 他にもいろんな問題を抱えた人たちが、よりにもよって国政に関わる立場にいる。
望ましい状況ではない。まず間違いなくね。世の中はずーっと悪くなり続けてるしさ。納得しちゃうくらいだ。こりゃあ、だめだ! って。
これって身近じゃないけれど、だからって放っておいたら悪化する速度が増すばかりで、よくなることは一切ない。そういう問題だから、いやになるし?
「唐揚げにレモン」でさえ、ぶわっと広がるのに、政策ともなると、ね?
もうめちゃくちゃたいへんだ。
その手の話をしだしたら?
もう止まらない。
まさにその止まらない話に私はずっと頼っていた。寄りかかっていたし、支えにしていた。
じゃないと、ほら。
自分の話になっちゃうからさ?
『では己の話に戻るか?』
そうしたいところだけど、やっぱり話が進まないんだ。
周囲の霊子から元気をもらうとして、私にいま必要なものはなにかという議題から自分を掘り下げたとしてもだよ?
結局やっぱり噛みあわないものたちの集まりなわけじゃない? 霊子って。
言うなれば「唐揚げにレモンがついていたら条件反射でかける人」「絶対に唐揚げにはレモンじゃなくてマヨネーズをかけたい人」「むしろなにもかけずにパリパリの皮を楽しみたい人」「どうせレモンがついてるなら、かけたほうがお得に感じる人」「どうでもいいけど揉めたくないから確認するし、してほしい人」、その他大勢が集まっているものが霊子だ。
もっとシンプルに例えるのなら?
ぷちたちの集まり。
そんな対象から、どうやって私の元気を取り出せと?
『なにも考えなしか?』
ちっちっちぃ。
そんなことはないよ?
一定の儀式がいる。
日々の営みのなかで貯蔵するような仕組みも術もいる。そう。
看護師の因幡ナエさんが教えてくれたような貯蔵をすれば? 膨大な霊子から、日々の営みで貯蓄すればよくなる。
あらゆる手段や術をもって、黒いのが言いだした無茶な議題に対策していけばいい。
『して、具体的には?』
タマちゃんの問いが痛い。
まさにそれ。その具体的な手段がまるで浮かばない。
日々のどういう営みで、霊子のなにからどのようにして力を得るのかがわからない。
黒いのが私たちの次元から立ち去る際、世界中に膨大な霊子が満ちあふれた。その総量は、それまでの何倍、何十倍なんてものじゃ足りないくらい膨大なものだ。
彼女は私に膨大な霊子を操れるよう調整したという。
ただし、それには操るための術がいるし?
その術は「私が自分で会得しなければならない」という。
もうさあ。
もうちょっと便利にならんか!
ショートカットできんか!
一足飛びに使えるようにならんか!
ならん!
「気持ちが通うとか、なにか通じ合うとか、共感するとかが、繋がる手段かな?」
そんなことをつらつら考えていたら、スマホに通話が。
カナタからだ。
現状の確認と情報共有をしてから、ぷちたちを起こさないようにひそひそ声で話す。
こういうとき、問題についてじっくり話すだけじゃなくて、むしろなにげない話をすることで助かることも多い。でもって気がついたらしょうもない話題になってる。
すごく久しぶりに感じるし、実際ひさしぶりだった。
いろいろ欲求不満がダダ漏れなカナタさんに当てられて、じゃないけど、いろんな情のかわしかたがあることを話す。男女間にかぎらず。言の葉の庭なら、足のサイズを採寸するシーン。ブラックラグーンだったらシガーキスだし、これを採用している映像作品はいろいろあるそうだ。男同士でもやるよ?
「艶っぽいのがお好みなら、あれだよ。私かカナタが、相手のパンツを脱がすときには腰をあげるし? まさに合体! な瞬間には、お互いに腰を動かして合わせるじゃん?」
『うわ。生々しくて破壊力たかいのきたな』
「そういう、お互いに合わせようとする、合意の瞬間みたいなの?」
だからほんと、色欲にかぎらない。
最初は殺しあいのふたりとか、ライバル関係のふたりが共闘するとき、すべてが終わって当たり前に拳同士をこつんと合わせる瞬間とかさ?
ぐっとくるよね。
別に大人向けにさえ限らない。
往年の宇宙人と少年の映画なら、指先を合わせる瞬間なんかが、まさにそれ。
人間と動物の作品でもわかりやすい。むしろ人間同士よりも露骨。
馬や犬、猫と意思疎通をする瞬間にこもってる。
で、そこに気づくと今度は、別に特別な瞬間じゃなくていいことに気づく。
そう。
どんな瞬間だって、関係性がなんだって、恋愛じゃなくたって、当たり前に交わせる。
それが情だ。
別に解像度が極限まで高まった状態でなきゃだめとか、そんな縛りはない。
もちろん「唐揚げレモン」くらい好みが分かれるだろうけどさ。
そこも含めて「お好きにどうぞ」「あなたの生きたいようにどうぞ」である。
ついでに足すなら「それがいま合うか」「合わせられるか」だし?
しばしば「始めどき」「やめどき」なんかが気になるし?
それよりもっと問題なのは自分に合わせて始めるにせよ中断するにせよやめるにせよ、そのための「元気」が自由にならないことだ。
そんな厄介さを置いといて話すんなら?
「わかること、通じあうことが私とあなたを刺激するよ」
『どんなにささやかなことでも?』
「そう。どんなにささやかなことでも。見ず知らずの間柄でさえも」
だから、いくらでも錯覚できるし、いくらでも間違えられる。
一方通行で、人による。
感じ方次第ともいえるし?
勘違い次第ともいえる。
でも、もうちょっと真剣に言うのなら?
個人次第と言えるし、同時に相互作用次第とも言える。
そういうのは別に、だれに説明されるでもなく、それぞれがそれぞれの体験でうっすら感じるものだからさ?
それぞれがそれぞれの求めるもの、求める水準なんかを設ける。
そいつを強固に主張する人もいるねえ。
当たり前に自分以外のものを強烈に否定するし、それを自然に取り込んで語る人もいるよね。
そうだ。
ちがうからさ。
生きる物語も、見る物語も、感じる物語もぜんぶちがうからさ。
そうそう噛みあわないか、あるいは感じた気がするものを信じられなかったり信じきれなかったりするんだよなあ。あるいは信じすぎたり、当たり前にしすぎたり?
刀にしたりするんだ。
斬る力に。
他者を斬るように生きる人、けっこう多いもんね。
漫画を読んでいても感じるよ。
私には映画やドラマが程よい距離感に思えるけれど、漫画じゃむしろ斬られる思いをすることのほうが多い。マドカと話していても、たまにあるかな。ただマドカの場合は、まだずいぶんやさしい。仕事で会う人たちは自分の斬り方を心得ていなかったり、忘れていたり、どうでもよかったり。要するに無頓着な人が多い。
みんなそんなのいやで、うんざりしてるくせに、自分の刀も、斬ることになれすぎていることにも気づかない。無頓着だ。
それで、しばしば見失う。
なんのために?
だれのために。
この加害性をどうしたら。
どうやって正当化・責任転嫁したら?
どうやって正当化・責任転嫁したがる自分と過ごしたら。
問いは尽きない。
人間の心に強度なんてものはない。段階も段位もなにもない。良さも悪さもなにもない。
それらを物語る内容は膨大にあるし?
そんな物語なんてどうだっていい、考えないし気にしないってありようもある。
どうぞご自由に、である。
もちろん「ご自由にだぁ!? ふざけんな! ごるぁ!」って人もいる。
「人とはなにか。情とは? 心とは。邪とは?」
いろんな物語がある。
別に私たちの世界のありように限定することはない。
大昔にさかのぼるとぉ?
鉄腕アトムや鉄人二十八号。こち亀とか、ドラゴンボールとか、ジョジョ一部とか。
もっと昔にさかのぼれば? 神話も怪談もいろいろ。
その時代ごとの宗教、土着の信仰、地域で語り継がれる民話など様々だ。
とことん、様々で、変遷を遂げてきたり、行きつ戻りつ。変わって戻って。
自分の支え、求め、縋り、頼る物語じゃ片づかないし、どうにもならないし、手に負えないし、むかつくし、厄介だし、変えるべきことさえ? どうにもならずに生きる。
長期戦。死ぬまで続く。変えるか変えないかも含めて。変えるなら、そのためになにをどこまでするのかも含めて。とどのつまり、どう生きるのか、具体的になにをするか答えていく。
それはあんまり心細いからさ?
繋がりたくなったり、そんなのいらないってなったり、まあ、いろいろだ。
レモンに唐揚げくらい、いろいろなんだ。
『その問いの答えが一致したら、それも響くってことになるのか?』
「あるいは噛みあわなかったり、不思議なことを言われたりしたらね」
ぜんぜん気に入らなかったり、すこしもぴんとこなかったりしても、やっぱり響くことがある。
結局、感じ方次第。個人の求めるありよう次第。
つまらない、どうだっていい、こんなのぴんとこないと切り捨てるのも、結局自分の選択なんだもの。
なにかを選んだ時点で響いている派閥もいるし、行動の変容に繋がらないなら響いてない派閥もいる。
まあ、そこはいろいろだ。
それで欲しがるんだ。
ぶれずにいられるものを。いくらでも。
強さとか、立場とか、権力とか。
あるいは価値を語れる物語とか。
自分の合わないものを切れる刀にして。
でも響くのは刀のやりとりじゃなくて、手を重ねたり、いっしょに話で盛りあがったり、そういうの。
刀のなにげないやりとりじゃあ、私たち、そうそう盛りあがれない。
冷静に考えてごらんよ。
包丁もって挑まれてるのに、じんときちゃうなら?
病院、行ったほうがいいよ。
「いっしょっていう感じがいるのかもね」
『だとしたら春灯、ビッグバンセオリーのレナードはペニーと付き合えるようになっても、がっつり別れるまでセックスしたさに嘘つきまくってたろ? それって、いっしょか?』
「恋人ごっこの仲いいふたり程度だし」
そういうふたりはよくいると思うし?
「目先の欲に夢中になってる時点で、思ったよりは繋がれてないんじゃないかな」
だからこそ、ペニーにとってレナードとのセックスはぴんとこないというか、ちょっと物足りないというか、そういう感じなんじゃないかな。
別にそれはそれでいっかなーくらいのことでさ。
だけど絶対にレナードは気にするから、ペニーは言わない。
棺の中まで持っていくつもりなんじゃないかなあ。
「だけどレナードがペニーのことをめちゃくちゃ好きっていう、そこだけは絶対に通じてて、そこがペニーにとって特別おおきなところでさ? そこは、がっつり別れる前も、別れたあとも、なんなら最初に付き合う前からさえも、ずっと通じ合ってたんじゃないかな」
『ああああ、ね』
なにその微妙な返事。
『人間いろいろめんどくさいし、そこは霊子も同じなんだろうけど、そういう核みたいなもの? それがあれば、なんとかなるのかな』
「なんとかなったら幸せで、運よくて、最高って話で」
そんな風にはならないこともやまほどあってさ。
好きだけは強くて重たくて強いのに悲恋に終わったふたりなんて、ごまんといる。
でしょ?
「繋がる運動がずっといるんだよ」
カナタと話しながら、なんか見えてきた気がする。
そうだ。ずっといる。
「好き好きって、大事なことは何度だって伝えるし、やめないんだ。ずっと」
確認しあうことがたくさんある。
私とカナタの関係においても。
ぷちたちに対しても。
「好きだよ」
『な、なに、急にどうした』
「確認したり、伝えるのが大事だって想いだしたからさ?」
ぷちたちに伝えきれてなかった。
毎日やることなんだ。それは。
なのに、ろくにしてこなかった。
足りてないから、この子たちには怖いんだ。
「もっと伝えないとね。いろんな形で」
『いっ、いろんな!?』
カナタはもうちょっと、色欲とお付き合いできるようにならないとね。
つづく!
お読みくださり誠にありがとうございます。
もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。




