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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千七百四十二話

 



 未来ちゃんが教えてくれた本をぱらぱら読んだり、あれこれ試行錯誤したり。

 毎日だれかしらくるお見舞いに元気が続くかぎり、めいっぱい”話して””聞いて””甘えて”素直になったり。ぷちたちを連れてきたお姉ちゃんが「こやつらがもう限界じゃあ」と降参して、なんとか個室に泊まれるように手配したり。で、満足に動けない私はお姉ちゃんだけじゃ夜八時に寝ちゃうから、トウヤを呼び出して手伝ってもらうことにしたり。

 めまぐるしく日々が過ぎていくなかで、徐々にだけどタマちゃん、十兵衛の声が聞こえるようになってきた。それだけじゃない。黒いのとよく話すようになった。

 どんどん仕事や担当を分割して態勢を整えられたようで、前よりもしっかりと時間ができたそうな。彼女の世界は隔離世の力を持つ人をどこまでも”商品”として利用していた。それを止めて、情勢全体を整えるのは一代で成し遂げられるものではないし、拙速に行うと揺り返しがきつくなる。長期的視野が必要となる。

 そこまでの体勢作りができるほどなら、いまの私たちの世界の情勢にある程度の見通しを立てられないか。そう期待して呼びかけたら、彼女はあっけらかんと軽く答えた。


『お前が術を使えばいい。私が世界の霊子を集め、干渉し、制限してみせたように。先日、お前が関東一帯の怪異を鎮めてみせたように』


 いやいや。

 私、老いちゃったんですけど。

 心身の負荷は甚大で、その元気を出すために曲作りをしていて、難航しているんですけど?


『それはだって、お前が責任を背負おうとするからだ。干渉したぶんだけ、まともに全部感じようとしているからだし? 負荷とまともに付き合うからだ』


 やれ修練が足りないだの、秘宝を活用してないだの、あれこれとダメ出しが続く。

 そんなのひとつとして受けとめきれない私に彼女はかみ砕いて説明することを思いついたようだ。


『ほら。漫画で、地球を破壊しちゃうようなすごいやつがいるだろ? そういう奴らが必殺技を使うときに、まともにみんなの苦しみだのなんだの感じたりするか?』


 そりゃあ、しないけどさ。

 技の性質上、その必要もないし。


『そこへいくとお前は干渉するぶんだけ、これくらいの負荷があるべきだと考える。これくらいの負担をするべきだと思い込む。真面目すぎるんだ。代償を支払いたがるから、要求される負荷も尋常じゃなくなる。言うなれば、いくらでも吹っ掛けてくる詐欺師相手に、いくらでも支払いますって言うようなもんだな』


 はい!?


『明坂は来てないのか? こういうことこそだれかから教わるべきなんだ。冷静に考えてみろ。お前の考えるような代償が必要なら、世界中の霊子の量を操る私はどれほどの代償を支払う必要がある? 一時的じゃなく、継続的に状況を維持するとなれば、その代償は途方もないものになるはずだろう?』


 それは、まあ、たしかにそのとおりだ。


『霊子は人から漏れ出るものも含まれる。そして人は満たされないかぎり、必要を求めつづける。近しい者を失ったら、命が戻ることを期待することさえある。だが、その要求を満たせるか?』


 もちろん満たせるはずがない。

 そんなこと、だれもできない。


『そういう霊子の求めにさえ付き合うことになったんだ。今回、お前の干渉した霊子たちの求めからな。そんなのに付き合えるか? たとえば』


 彼女が一拍を置いた。


『お前が医師になったとする。患者の手術が必要だ。お前が執刀医になる。だが手術はむずかしく、残念ながら患者の命を助けられなかった。遺族は悲しみに暮れ、絶望を怒りと共にお前にぶつける。お前に代償を求める。お前が死ね、すべてを差し出せ、と』


 眠っているぷちたちの髪の毛をひとりひとり撫でて整えながら、彼女の難題に言葉を見失っている。


『そういう要求に応えてはいられない。当然だ。応じていたら医者が減る。なり手も減る。病院も負担が大きすぎて続けられなくなる。だけど、遺族の悲しみや喪失感、絶望に共感できない者しか残らなかったら? そんな医師に頼みたくなくなる』


 医師は真っ当に傷つくことから逃れられない。

 もちろん人は千差万別。いろんな感じ方をするだろう。

 いろんな付き合い方、あるいは割り切り方をするのだろう。

 不感症に陥ったり、そううそぶいて生きている人もいるかもしれない。

 ただ、傷つくこと、それ自体から逃れられるわけではない。

 自分にとっての程度を下げたとしても、遺族の怒りや悲しみから逃れられるわけではない。

 それが無茶な八つ当たりなのだとしても、人は傷つくほどに不安定になって、それ以外に自分を支える術を見失うことさえざらにある。だから、逃れられるわけではない。


『なのに、だ。お前はすべての責任や問題を抱えて、私がわるうございました、どうぞその感情を私にぶつけてください背負いますって訴えて、干渉したんだ。その代償は、いまさら私が説明するまでもないだろう?』


 老いて、心身へのダメージは甚大。

 一週間を経てもなお、ひとりで立ち上がることもままならない。

 リハビリが必要になるとして、まずそのリハビリを始められる状態にない。

 それでもストレッチをしたりなんだりするんだけどさ?

 毎朝、軽くしていたストレッチだけで全身がばらばらになりそうなほど痛くて、おまけに汗だくになるくらいだ。


『そういう人柄なんだろう。悪くはないよ。変われとも言わない。ただ、他のだれも思いついても言えないことを言うとな? お前らからしたら奇跡の術を使えるお前が、もっと強く、もっと身勝手にやれれば済むことだ』


 言ってくれるなあ。

 たしかにそれは、他のだれにも言えないことだ。

 私の消耗ぶりをみんなが知っている。

 いまの状態で次なる術なんて使おうものなら、今度はきっと死んでしまう。

 生き残れたとしても、深刻な後遺症が残るのが目に見えている。

 だから、言えない。言わない。

 でも黒いのは、黒澄さんは、そんな遠慮がない。

 ミコさんばりに長く生きて、ミコさんよりも多くの次元を渡り歩いてきた。

 この世界に長らく干渉してきた悪党たちの盟主でもあったんだ。

 そりゃあ、容赦なんかないよなあ。


『以前の私なら、お前の世界にいたころならば、霊子を用いて遠くの者に仕置きをするくらい、わけはなかったぞ? 既に離れて久しく、制御もすべて手放したいまの私には無理だがな』


 先手を打って出鼻を挫いてきた。

 できるんなら、やってほしいのにな。無理か。


『でも去り際にお前に紐づけておいた』


 は?


『だからあとは、お前次第だ。もっとも、いまのお前じゃ術の発動前に負荷に耐えきれずに死んじゃうだろうけどな』


 はぁ!?


『でもな? 私が掌握していた霊子はすべて、お前に紐づけておいた。だから、いろんなことが起きたはずだ。お前の元に死した魂が集まるようになったり、本来ならわかるはずのないことがわかったり、霊子からなにかを感じとれるようになったりしてな』


 おまえの! せいか!

 いろんなところで幽霊たちが集まってきたのは!

 あとのふたつはまだぴんとこないけど!

 帯刀男子さまが出るようになったのも、お前のせいなのでは!?


『そう怒るな。あとたいとううんちゃらはわからんがな? 紐づけられたからこそ、先日の術は成ったのだと思うぞ』


 好き勝手言って!

 ほんとにい? 後出しで好き放題でっちあげてるだけじゃない?

 いまでもなお、私になにかをやらせようとしてるのでは?


『疑うのももっともだが、お前がありあまる霊子を、膨大な魂の補助つきの霊力で扱い、今回の騒動を引き起こしたり関与していたりする連中に罰が当たるよう術を使えば済むというのは?』


 う、んんん。


『可能性は感じるだろう? もちろん現状での枷は多い。お前はまだ魂の力を借りれない。そもそもまともに付き合えてさえいない。私が紐づけた膨大な霊子と付き合う術も知らないし? かなりのダメージを負っていて、いつ治るかどうかも怪しい』


 ぐ、ぬぬぬ。


『私としては、いいものを取り入れればいいと思うがね』


 いいものって?


『たとえば、お前の式神たちだ。寂しい、なんでそばにいてくれないんだ、もっと大事にして、ちゃんとそばにいてって怒りや不安や恐れを抱えている』


 う。

 私もみんなも避けていたことを的確に言語化してくるぅ!


『でも同じくらい、そばにいられる、やっと話を聞いてもらえる、自分を見てくれてるって、喜んだり嬉しかったり、楽しかったりしてもいる』


 それで正当化はできないでしょ。


『そうだな。式神たちの親だというのなら、こどもたちの気持ちはちゃんと感じていたくなるんだろう。私にはよくわからないけど』


 ん?


『こどもはいないからな。お前とちがって』


 でもいろんな人たちのお世話はしてきたんでしょ?


『それはそれだ。話の腰を折るな』


 私が怒られるの、理不尽じゃない? ねえ。


『いいから聞け。お前自身も、お前が取りこぼせないし取りこぼしちゃいけないと感じている魂たちにしても、なによりお前のこどもたちにしてもだ。だれもかれもが、思いをやまほど抱えて生きているよな?』


 まあ、ね。

 ぷちたちでいうなら、不安や悲しみだけじゃなくて、いま一緒にいてほっとしている気持ちなんかもあるよね。それを寂しがらせている私が言うのもどうなんだって気がするけどさ。


『だけど表現することができる気持ちは、一度にそう多くない。霊子も同じだ。私たちは良きにつけ悪しきにつけ、その数少ない表現をやりとりするし? しばしば、制限や縛りに頼る。むしろ無制限で縛りのない交流に耐えられるほど、私たちは立派でもなんでもない』


 コミュニケーションはとにかく不十分で不完全なことだらけだ。

 ひとりの人間として、無制限で縛りなく、好きに話せたら?

 そう願うことはやまほどある。

 だけど、他者にそれをやられたら? 非常に困る。うんざりするかもしれない。

 話はまとまらない。それどころか、言葉じゃなくて「あ」しか言わなかったり「やだ」しか返事してくれなかったりするかも。

 正直、困る。

 別に論文だしてもらうんじゃないんだし、結論から喋れなんて言わない。

 ぷちたちにそんなこと求めだしたら、いよいよ私もやばい。

 起承転結にまとめてしゃべれなんてこと、求めもしないよ。

 そりゃあ私はぼっちが長くて、ともだちとしゃべる経験だって高校に入ってやっとしてるんだしさ?

 不十分だらけだけど。

 みんな、そこまで気にしてしゃべってないし、そこまで気にしてしゃべるよう求めてない。

 とりとめがなかったり、まとまりがなかったりする会話もしょっちゅうだ。

 それにしたって、最低限「しゃべる」うえでの、ふわっとゆるめのルールやまとまりに従っている。

 だけどたくさんの思いや傷つき、情緒的・身体的反応は、そういうゆるめのルールやまとまりさえ、うまく運用できなくさせる。

 だから、私たちはひとりの人間として安心してしゃべれるとはかぎらない。

 聞いてくれる人がいるとはかぎらない。

 生まれてこのかた、ろくにそんな人いなかったっていう人もいる。

 黒いのが例えに使った遺族の例でいくのなら、まさに近しい人を失ったショックやストレス、ダメージは、それをしゃべることも、聞くことも、とびきりむずかしくする。

 ぷちたちにしたって、あるいはぷちたちを前にした私にしたって、お互いに気持ちを語るのがむずかしくなっている。

 話すの聞くの、たくさんの気持ちをやりとりするの、本当にむずかしいんだ。

 表現できる気持ちは限りがあって、おまけに一度の表現でどれほどの気持ちが響き合って表現されているのかって、まあまあ! わからないよね!


『言い換えれば霊子には、それだけ多くの気持ちが宿っていると言える』


 たしかに、そうかも。


『お前がどうしたいか、そこに口を挟む気はない。ただな? まずは元気をもらうとか、力になる気持ちをまず引きうけるとか、そういうことから鍛錬したらどうだ?』


 私のありようを変えろとか、否定するとか、そういうんじゃないのね。

 まず術として、元気をもらえるようにしろ、か。

 くそ。もっとうさんくさくて役に立ちそうにないこと言ってくれたら、ぜんぶ拒否できたのに。


『役立つことだと認めるわけだ』


 まあ、ね。

 ただちにお仕置きできるほど、便利なものでもなければ、一足飛びに向かえるものでもない。

 それでも、だ。

 私の元気を取り戻す術にはなるし?

 私一人で出すんじゃなくて、たとえばぷちたちの気持ちをちゃんと受けとって元気を出せたら、それってすごくよくない? 逆もできるようになったら最高じゃない?

 おまけに、正直かなり惹かれてる。

 魂たちと付き合う術にも繋がりそうだしさ。

 膨大な気持ち、霊子との付き合い方がわかるんなら、敵がいくらでも出てきて、そのたびにひどく消耗する現状の憂うつさをぶっ飛ばせるだけの私に育てられるかもしれない。

 やる気、出てこない?

 出ちゃうよなあ。そんなのさ。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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