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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十二章 十二月の恋歌

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第二百七十二話

 



 頭が痛い。


「お兄ちゃんの彼女を見つけ……おごられ放題……やはりアリスは持ってる」


 手を繋いだ九歳児のわがままが止まらない。

 基本的に買い物はかなり渋めにする方なので、邪討伐のお金はたまるばかり。せっかくだし大学の学費にでもしようと思っていたんだけど、今日くらいはいいよね! なんて紐を緩めたのが運の尽き。


「お姉さん……次、あれ食べたい。たこ焼き」


 これだ。九歳児、容赦ない。

 すでにマルキューで山ほど服をせがまれた。いくら先輩の妹だろうと、服を買ってあげるのはさすがにやりすぎだ。警報ブザーを手にする九歳児とのにらめっこに勝った私は、飯で妥協してもらうことにした。

 ……いや、それって勝ったことになるのか?

 ああもう。頭いたい。


「やめときなさい。そんなに食べると残念な身体になる。小学生時代の寸胴は結構へこむぞ、後で写真を見返した時に」

「お姉さん、寸胴でしたか?」

「もう一度それ言ったら警報ブザーを鳴らされようと頬をつねる」

「おう……それは困る。じゃあたこ焼き買って」

「何がどうしてそうなる。晩ご飯食べられなくなるぞ?」

「ママの指示ですか……なら従わざるを得ないですが。さっきの電話はなんて?」

「……はあ」


 もう一つ頭が痛い理由がある。

 アリスのママとは電話で話した。ちゃんと名乗り、アリスと出会った経緯を話した上で先輩の状況を伝えたんだけど。


『カイトは平常運転ね、そんなことだと思った。こっちはたっぷり時間潰しているから、ゆっくり来てね? 具体的には渋谷で三時間くらい時間つぶしてて? 真中メイさん。きみにまかせた!』

「な、なんで三時間も? 娘さんが心配じゃないんですか?」

『アリスはしっかりした子だし、人を見る目がある。それにとにかく運がいいのよ、カイトと違って。おかげで今はあなたがついてる』


 なんて親だ。


『息子が彼女に選ぶようなしっかりさんなら心配なし!』

「わ、私が嘘ついている可能性があるのでは」

『嘘ついてるの?』

「……ついてないですけど」

『じゃあ問題なし! あっ、公演はじまっちゃう、じゃあねえ』


 ぷち。

 ……いやいやいや。今日びの凶悪犯罪なめるな。こんこんと説教したい気持ちが湧いてきたけど、あわてて掛け直したら『おかけになった電話は、電波の入らないところに――』っておきまりの文句が聞こえたので諦める。

 もう一度、声を大にして訴えたい。

 なんて親だ。


「アリス。お母さんがなんの公演を見ているのか、心当たりある?」

「確定ではないですが、ひとまずママはヅカが大好きです」

「……渋谷からどこまでいってるんだ。アリス、もしかしてかなりの時間、一人だったんじゃない?」

「ママに置いて行かれるのは日常茶飯事なので、ぶらぶらしてました」

「たくましすぎか。いやいや、危ないだろ。なに考えてんの!」

「んう?」


 顎に人差し指を当てて小首を傾げる。憎らしいくらい可愛い。


「だいたいこうしたら、気合いの入ったロリコン野郎以外の善良な市民は助けてくれます」

「善良な市民って……いやいや、ロリコン野郎こそ率先して助けるでしょ」

「いえ。ロリコン野郎はよからぬことをします。それに奴らは顔に出ますよ。アリス、そのへんの判定についてはうるさいです」

「……具体的には?」

「今みたいなぶりっこしたら、鼻の下を伸ばします。それに、ちらちら視線を送ってくる奴はアウトです。男は気になるものを目で追い掛けるという……お姉さんはおっぱいないので、視線を向けられず、よくわからないでしょうが」

「よおし。ほっぺたつねってやる」

「ひどい……! 真実を言っただけなのに……!」


 まったく……。


「それより、お姉さん。たこ焼き?」

「いや疑問形で言われてもね」

「くう?」


 ……まあ確かに可愛いけれども。

 深呼吸してから頭を振った。デート前にたこ焼きはないだろ。青のりが歯についたらどうしてくれる。


「……私は食べないからね」

「歯についた青のり程度で、うちの兄は興ざめしないタイプ」

「ち、ちがうから! そんな心配してないし!」


 心臓に悪い子だな、ほんとにもう!

 先輩……なんでもいいから、早く来てください。

 どんな面倒に巻き込まれているのか知らないけど……無事なのかな? はあ。


 ◆


 早くメイと合流したいのに、事態は想像を超えて進行中だ。

 パトカーに連れて行かれそうになった時に、見ていた女性が警察官に話しかけて事情を説明してくれた。だから事なきを得たかと思いきや、そうもいかなかった。

 捕まえた男性が暴れ回って手が付けられず、警察官を蹴り飛ばして手錠されたまま走り去ろうとしたせいだ。もう一人の警察官が取り押さえようとするが、


「アアアアアアアアアアアアアア! アアアアアアアアアアアアアア!」


 血走った目つきといい、異常に皺の浮かんだ顔つきといい尋常じゃない。

 その膂力もおかしい。警察官を殴ったり蹴ったりする音が異様に重たいんだ。

 邪が育ちすぎた結果だろう。明らかに現世の人間が異常をきたしている。ここまでくると、邪を倒さない限り正気には戻るまい。

 あまり目立ちたくはないんだけど、仕方ない。

 急いで物陰に隠れて隔離世へと移動しないと。そうは思ったんだけど――……渋谷にそんな場所があるはずなかった。


「あんた! なんとかしてくれよ!」「さっきみたいに! 早く!」


 いや、そんなこと言われても。

 戸惑っている間に、突き飛ばされた警察官が気力を振り絞って犯人にタックルをかました。

 二人でなんとか取り押さえようとするのだが。


「う、うそでしょ」「なんだよ、あれ……」


 二人を掴んで、犯人が立ち上がるじゃないか。

 その怪力っぷり、あまりに尋常じゃない。

 どうにかしないと。でも、どうしたら。侍隊が来るまで待つ? いや、あり得ない。

 血走った目つきで男が救急車を睨んだ。彼の関係者である被害者がいるんだ。

 ただ事態を見ているだけじゃ、きっと守れない。助けられない。

 こんな時のために――……刀を抜いたはずじゃなかったか。

 お前と繋がったはずじゃなかったか。


「――……ギ」

『――ト』


 お前がいてくれたら。なんでもできたはずだ。

 メイが取り戻してくれた自前の心の刀しかない。それに霊界から戻って手に入れた不思議な力だけじゃ、どうしようもない。

 見てみろ。

 男が奇声を上げて救急車に走って行く。腕に警察官を二人ぶら下げて。

 隔離世に行って邪を斬るだけじゃ足りない。間に合わないんだ。

 どうする。どうする!


「――……ナギ」

『――イト!』


 お前がいてくれたら。きっとなんだってできるはずだ。

 あの日失った、お前さえいてくれたなら!


『さあ、今こそ僕を呼んで! どこへだって駆けつける! その心の刀の殻を破ってよ、暁カイト!』

「イザナギ!」


 冬の空から雷が落ちた。

 胸から取り出した刀が砕けた。手の中に確かな力を感じる。

 慣れ親しんだ刀の感触を、確かにこの手に掴んでいる。

 士道誠心で引き抜いて、邪に飲まれて失ったはずの御霊が、胸の中にある熱を破って戻ってきたんだ。


『カイト! ああ、カイト! 僕のカイト!』

「はしゃぎたい気持ちはわかるが……イザナギ、再会を喜んでいる場合じゃない」

『そうだね! あいつの邪を、まずは引き出す!』


 構え、振るう。追い掛けてくる雷を振り払い、あるべき力で影を示す!


「常世へと姿を現せ! 歪なる願望よ!」


 空間が避けて吐き出されるようにして、黒い塊が男の影に飛び込んだ。

 男の身体が歪に歪む。人であるはずなのに、頭身が乱れて絵に描いた下手な人型へと姿を変える。構うものか。

 懐へと駆け寄り、頭から真っ直ぐ一刀両断する。

 追い掛けてくる雷を振り払い、切り裂いて息を吐く。


「邪は去った――……消えろ」


 呟きと同時に、人型から暗闇が吐き出されて犯人の姿が元に戻った。

 気絶した犯人は警察官二人を持ち上げることも叶わず、そのまま倒れ伏した。

 静まりかえる中、誰かが声をあげた。それは徐々に、そして爆発的に広がって歓声へと変わる。

 今度こそ解決した。あとは簡単に説明して立ち去ればいいだろう。きっと警察官も感謝するに違いない。そう思ったのだが。


「き、きみ! その刀はなんだ!」

「……え」


 手の中を確かめてみるまでもない。この手には一度は失ったはずの刀がある。メイが取り戻してくれて、その内側に隠れていた――……俺だけの刀が。


「せ、せせせ、説明してもらおうか!」

「……まいったな」


 助けたことに感謝はないのかよ、とか。あれが噂の侍か、とか。周囲の人々の声にまぎれてシャッター音が鳴る。

 突き飛ばされた警察官が対処にあぐねて警棒に手を伸ばした。

 現世の日本刀だと思われているのかもしれない。それは困る。これは隔離世の刀だ。現世の人を斬れる刀じゃない。けれどそれを説明するのも時間が掛かる。


「まずは……しまいます」


 刀身を胸に突き刺す。それはぬくもりと共に身体の中に吸いこまれて、消えていく。


『久々だ……カイトの中にいるんだ、僕』


 妙な言い方をするなよ、まったく。暢気なのはお前だけだ。

 その証拠に、どよめきが広がった。

 それもまあ、当然だ。

 青澄春灯が大活躍するまでずっと、隔離世の侍はあまり表舞台に出てこなかった。出ようとしても、そもそもあまり注目されてこなかったのだ。

 けど今日ばかりはそうもいかない。


「て、てててて、手品か! きさま、何者だ! 都民への暴行はゆるさんぞ!」


 動揺しすぎて殴打された警察官の声が外れている。

 けど、それでもなんとか傷だらけの身体で立ち上がって、周囲の人を背に庇おうとする姿勢は素直に尊敬する。

 あとは俺を解放してくれさえすれば、言うことはないんだが。


「あの……隔離世の侍、みたいなものです。警察にも侍隊がいるでしょ? それより、救急車に乗られては? 傷だらけですし」

「し、しかし、本官は警察官であって、おおお、お前は一般市民だろう! だっ、だいたい、刀の許可証は!? あれば直ちに出したまえ!」

「……どうせ許可証もらっても士道誠心の外に出れないからって、面倒くさがって取らなかったのはまずかったな」


 我ながら許可証をもらわなかったのは、割と致命的な失敗だと思う。

 けど少なくとも、メイの代までの生徒なら結構いたはずだ。もちろん許可証を取る生徒もたくさんいるのだが、すべてではない。


「とにかく……事態の解決に協力したので解放してくれませんか?」

「そうはいくか、お前の身分を明らかにせねば! ますます話を聞かねばならんだろう!」

「……仕事熱心なんですね」

「表彰を受けたこともある!」

「まいったな」


 ごめん、メイ。まだまだ時間がかかりそうだ。


 ◆


 どこかで大歓声があがった。


「なんだろ……芸能人でもいたのかな」

「それよりお姉さん。東京のカラオケまじ高いです……高すぎませんか。歌うな、という遠回しな嫌がらせですか」

「いや、違うから」


 アリスの言葉に頭を振った。

 まいったな。九歳児を持て余している。

 そもそも渋谷で九歳児を満足させられる施設なんてどれほどあるんだ。

 正直、アニメショップと漫画やまほどあるとこくらいしか興味ないんだ、こっちは。参ったな。


「ゲーセンでも行く?」

「ふ、不良になっちゃいますね。どきどきですね」

「不覚にも……九歳児の反応になんかすごいほっこりした。行かないの? ゲーセン」

「モールのゲーセンなら行きます。キャッチャー得意です。どやー」

「……荷物増やしてもな」

「なんと! アリスの活躍の機会を奪うとは……やりますね、お姉さん。おしっこ出そうです。わりと今すぐ」

「ちょっ」


 慌てて手を引いてそばにある電気店に入った。トイレを借りよう、トイレ。

 急いで歩こうとするんだけど、もたもたもたもたするアリスを見て嫌な予感がした。


「……え。早歩きも出来ないレベルでもよおしてるの?」

「ぷるぷるしてます」


 青ざめた顔で空いてる手を必死に股にあてているあたり、見ていられない。


「くっ」


 本当に厄介なちびっこだよ、アンタは!

 脇を抱えてダッシュでトイレに駆け込んだ。洋式便所に腰掛けたアリスは扉を閉める余裕さえなく、もたもた白いタイツを脱いで便座に腰掛ける。

 武士の情けだ。


「扉しめときなさいよ。すぐそこで待ってるから」

「じょー」

「やめろ、はしたない」


 どっと疲れた。見た目は天然百パーセント美少女ならぬ美幼女だが、中身はやんちゃ盛りで手が掛かる小さな男の子と大差ない。

 扉を閉めてやっと鍵をかけるから、そっと離れる。スマホを出して私は思わず目が点になった。


「渋谷で通り魔騒ぎ……」


 嘘だろ。すぐ近くでそんな大事件が起きてんの?

 まさか先輩が関わっているとは思わないけど……そう思ってホーム画面を表示させたら、チャットアプリの上に通知が一つついていた。

 表示してみたら、シオリからのメッセージだ。


『これ……先輩、知りたいかと思って』


 URLが書いてある。呟きアプリのそれだ。

 何気なくタップして、次に表示された画面をみて思わず言葉を失った。


『かっこいい! この人すごい! やばい! 侍、マジつよい! 警察官二人が取り押さえられない通り魔を一人で倒しちゃった!』


 添付された画像には、一人の男性の後ろ姿が写っていた。

 私が見間違えるはずがない。先輩だ。先輩が、刀を抜いている。

 その刀は見覚えのある一振りだった。それだけならいい。むしろ大歓迎だ。だが、なぜ今。なぜ初デートの日に。

 戦っている場合じゃないですよ、刀を下ろしてください。そしてなるべく早く会いに来てくださいよ、先輩……。

 とびきりの頭痛に苛まれて、私はシオリに震える指先でありがとうのメッセージを送った。

 それから天井を見上げる。


「……今日、デート無理そうだな」


 これだけの大騒動に巻き込まれて、すぐに警察に解放されるはずがない。

 そりゃあ……士道誠心に通った生徒は、どんなにひねくれてる奴だろうと困っている人を助けるよう心身共に鍛えられている。先輩は士道誠心を体現するような素敵な侍候補生だった。放っておけるはずがない。

 それはわかる。それはわかるのだが。


「……なにも今日に限って巻き込まれなくても」


 深呼吸をした。誰に愚痴ればいいんだ、これは。

 あれかなー。見た目は子供、中身は大人の名探偵の彼女とかは……今の私より、よっぽどしんどい気持ちでいるんだろうか。あはは。

 笑えない。

 ま、まあ……先輩は黒の組織とかに絡まれたりしているわけでもなければ、見た目も中身も大人だし、前向きにいこう。じゃないと世間の不条理に崩れ落ちる。間違いない。崩れ落ちて立ち上がれなくなる。それはよくない。


「ふー。アリス一世一代の危機は去りました。まさか突如訪れる尿意が敵とは。アリスも所詮、人だということですね。九歳児の哲学です」

「そういや……アンタがいたな。っていうか、九歳児らしからぬことしか言ってないからな」


 まったくもう。しょうがないなあ!


「アリス! ママと合流するまで、今日は遊びたおすから! 準備はいい!?」

「おお。お姉さんがやる気。これはたかりのベストタイミングの到来! 震える……どんとこいです」

「よし、いくぞ!」

「でもお姉さん、なんで泣きながら笑っているんです?」

「あははははは! 聞いてくれるな、こんちくしょー!」


 涙がとまらないぜ!




 つづく。

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