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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千七百十八話

 



 選択肢に恵まれないことがある。

 うんちの平原を越えるか、ゲロまみれの沼を越えるか、それとも背後から押し寄せてくるおしっこの波に甘んじて飲みこまれるか。目的地は平原か沼を越えないと近づけない。

 どれにしたって汚れる。それなら、よりマシなほうを私たちは選ぼうとする。

 それが自然な流れ、当然の帰結ってやつだ。

 待っていたって戻ったっておしっこの波にやられる。

 それなら先に進んだほうがマシ。

 理屈でいえば。

 でも、うんちやゲロにまみれたくない。

 これも揺るがない。

 ここで、もしも「だれかを犠牲に捧げたら、平原であろうと沼であろうと、汚れずに移動できる乗り物をあげよう」と言われたら? 「立ち止まるにしても、波に汚されずに安心して戻れる手段をあげよう」と言われたなら?

 私たちはどうするだろうか。

 さらにダメ押しで「まだ悩む? それなら、より素早く移動できるようにしよう。早く目的地に行けるし、引き返すにしても早く戻れるようにする」と。

 そう言われたら、私たちはどうするだろう。

 だれかを犠牲にするだろうか。

 それとも、当初の予定どおり、汚れてでも進む?

 一万人を集めたとき、同じ条件下で答えの比率はどう分かれるだろう?

 呼びかけの主がだれかをたしかめようとする人がいるかもしれない。呼びかけが正しいのかどうかを、まず確認しないかぎり決断できないってね。あるいは呼びかけについて確認するついでに交渉を提案する人もいるかもしれない。

 無制限に問いかけたとき、いろんな選択肢が増えていくだろうからさ?

 話の条件に合わせて、回答者には時間制限を設ける。

 そうだな。

 三分か、五分か。十分か、三十分か。それとも、一時間か。

 時間制限によって、答えの内容も変わっていく。

 少なくとも、その可能性がある。

 それでも与えられた状況における選択は理想的とは言えない。

 でも、現実は概ね、これくらいろくでもない選択しか選べないことが多い。

 だったら状況そのものを乗っ取り、破壊して、利用してしまえばいい。

 これが賢いやり方みたいな捉え方が広まっているけれど、実際の”賢いやり方”は結局のところ、いまいる居場所を自分のうんちとおしっこまみれにして、そのうえでゲロを吐くみたいなものが多い。だれかにうんちやおしっこ、ゲロをぶちまけたりするようなもの。具体的には? 自分が選ぶことから逃げたり、だれかに押しつけたり、その責任を転嫁したり、あるいは正当化したりね。選択を求められたこと自体を非難したりする。

 ただ、選び行うほかにない。

 この状況に変わりはない。

 現実のあらゆる瞬間と同じように。

 でも”賢いやり方”のように、世の中を単純化して捉えたがる欲望は実際のところ普遍的なもので、そのうちのひとつが”商品化”すること。あらゆるものに値段をつけて、その価値によって利益、損失を定め、利益を追求して行動する。

 値段としたけど、じゃあたとえば、あなたの一時間はおいくら? あなたの閃きは? あなたの行為は。金銭的価値って、別に結果につける値段だけに限らないものだ。あなたの大事なものの値段は? 思い出や体験の値段はどう? 人生で初めて好きな人に触れたときの、その感覚に値段をつけるなら?

 すると否応なしに感じる人がちらほら出てくるだろう。

 値段をつけられないことにも、一定の価値がある。

 仮に、なんとしてでも値段を無理につけるなら、それは望外の値段になるかもしれない。

 いまある価値も、時間が流れたら変わるかもしれない。

 実際、幼い頃の宝物の価値も、幼い頃には値段がつけられなくたって、おじさんおばさんになったらどう? 値段がつけられないままだとしても、その意味合いは変わるんじゃないかな。

 そうなると、字義通りの値段じゃすべてを扱いきれないことに気づく。

 でも当然といえば当然だ。

 値段は価値のひとつに過ぎないのだから。

 値段だけで膨大な価値というテーブルそのものを単純化しようったって無理がある。

 つまるところ”商品化”することも同じくらい、無理がある。

 なぜかといえばあらゆることの価値付けを「自分がする」か「だれかがした」ものを利用しているに過ぎず、どちらにしたって「自分勝手な都合で決めたもの」に過ぎない。

 同じは無理でも、ある程度は似通った感覚で過ごしている人たちと集まったところで、その人たちだけで社会を過ごしていけるはずもない。

 勝者は常に敗者を必要とし、強烈に依存する。敗者なくして勝者ではいられない。

 それと同じように富める者もまた、大勢の貧しい者を必要とする。彼らに強烈に依存する。彼らなくして富める者ではいられない。

 利益が巡る資本主義を大多数がボイコットした途端、富める者はもう、そのまま過ごしてはいられなくなる。彼らにとって幸いなことに、その仕組みを必要とする人が大勢いすぎて依存度合いが高いから、彼らは富めるままでいられる。けれど、デモやストライキが起きたり、社会情勢が悪化したり、彼らが依存する人々が「働き者で気の利くママ業」をやめた途端に、まともに生活できなくなる。

 とまあ、こんな形で語ることもできるし?

 逆に、いまある社会を最適最良と感じる人もいるだろう。

 立ち止まることで貧困や失敗、同年代に比すると明らかに負けていると感じる人もいるかもしれない。

 なにも感じず、なにも考えずにいられる人もいるかもね?

 うんち、ゲロ、おしっこが別のものになる。十分、置き換えられる。

 そんな具合にみんな、それぞれにぼちぼち、それぞれの捉え方のなかで生きている。

 同じものでも、同じように考え、感じるか。是にしても否にしても、そうなるとはかぎらない。

 こんなのは、でも、生まれて間もないぷちたちでさえ十分、承知していることだ。

 みんな知ってる。

 みんなわかってる。

 なのに学者が研究したり、議論したりしている。

 それだけの価値がある議論だし?

 この議論がなぜ価値を持つのかっていったら、世の中ものを変えながらも封建制なままだからだろうし。それをもって今日の営みを放棄する・せずにいられない・それ以外に選択がない人もいれば、その中でいかにのし上がるかだけになる人もいる。


「つまり、それが?」


 病室で小楠ちゃん先輩が問いかけてきた。

 いまはふたりきり。


「私にも、先輩にしても、みんなからしたって、敵の昨夜の一手はうんちとゲロとおしっこを足しても足りないくらいの選択でした。でも、敵はそれを選び、行った。それはなぜか」

「正当化、責任転嫁の内訳を探るべきだということ?」

「彼らにとっての価値を探らないと」

「でも、そんなのはこれまで探って答えが見つかっていない現状を、すこしも変えないのよ?」


 彼女の言うとおりだ。

 だけど、ね?


「もしも敵の情報が私の身体に残っていたとしたら?」

「え。あ!」

「私になにが起きたのかは話しましたよね?」


 小楠ちゃん先輩は息を呑んで、私に近づいてきた。

 ベッドに腰掛けてくる。そして思い出したように私の身体を見た。

 言葉につまって、黙りこんでしまう。


「あのう」

「髪は傷んでるし、肌もくすんでる。こんなに細くなって。足りない霊子をカロリーで補ったみたい」

「あああ」


 カロリーで補う、か。

 押し切れないと思えと、そう現実に突きつけられているような気がした。

 霊子は現実のものに干渉できず、また干渉されないだなんて。

 どんなに嘘をついたって、これまで答えてきたことが立ちはだかる。

 トモはフラッシュみたいに素早く駆けて、麗ちゃんは映画最初の三部作のスパイディーのように蜘蛛の糸を出し、岡島くんと茨ちゃんは猛烈な跳躍力や怪力を発揮できる。

 私たち獣憑きは耳と尻尾を生やして、それは現実に存在している。

 なにもかもを自由にできるわけじゃないだけで。

 そのわずかな自由をもって、より多くの自由を得る。

 ちょうど「しんどくてうんざりする仕事」で稼ぎ「期待した結果を出せる仕事」で名声を増やし、それらの結果をもって「望みの仕事」ができるように近づくみたいにね。

 じゃあ現実のすべてに影響をもたらすのかっていったら? 黒い御珠ができたとたんに世界中が変質するほどじゃないくらい、確実でもない。なんらかの法則があるのか、ないのか。あるならそれは、いったいなんなのか。謎のままだ。

 常識の捉え方を変えるほどには決定的じゃないし?

 一部をもってすべてに適応したくなるくらいには、明らかな事例もある。

 まず、起きたことを読み取るなら?

 小楠ちゃん先輩の言うとおり、カロリーを利用したのかもしれない。

 異様な老化現象さえもね。

 霊子による変化は、場合によって、人を異様な姿にする。

 私の場合は狛火野くんとマドカに協力してもらって、術を試みた。ちなみにふたりは疲れたくらいで無事。今回、明らかに異質な消耗をしたのは、私だけ。幸いにして。

 でも軽井沢近くにある施設には異質な姿のまま生活している人たち向けの療養所がある。

 こんなことにこだわっているのは、私だけなのかもしれない。

 だって、やっぱり怖いから。

 一線を引いて、その手前に留まっていたい。

 ただねー。

 やることやって、老いて枯れ木みたいになっておいてなんだけど!

 吹っ切れないよねー!

 むしろ、こんな目に遭ったからこそ実感したね。

 恐れるべきだって。

 でも、まず起きたことを考えるなら?


「明らかに現実と相互に干渉してますからね」


 霊子も、術もあらゆるものに相互に干渉する。

 術者次第で、いくらでも。

 だからこそ昨夜の悲劇が起きた。いや、敵の狙いどおり起こせた。

 大量に霊子を出したとき、別に無策だったわけじゃない。

 既にあめ玉にしてある。だからこそ、あいつについての悪態をやまほどついたんだ。

 ベッドのそばの小机に置いてある。目線で示すだけで先輩は気づいた。

 

「このあめ玉が情報源に繋がるわけ?」

「すこしくらいは期待できますよ? 舐めるのは、私が」


 そのまま手順を説明しようとしたんだけど、小楠ちゃん先輩があめ玉を掴んで口に放る。

 あんまり早くて、自然にやるものだから止める間もなかった。

 すぐさま眠りに落ちるのかと思いきや、


「うええええええ!」


 身体中の汚物を急いで吐きだすような勢いと悲鳴をもって、ぺっと吐きだした。


「くっさ! えぇ!?」


 信じられないものを見るような顔して、ベッドの布団に落ちたあめ玉を睨む。


「すごくまずいし、後味最悪なんだけど!」

「ああああ」


 唾液がついたあめ玉を見下ろしながら思案する。

 校庭のあらゆる霊子をあめ玉にしたとき、焦げ茶色をしていた。

 よくいえば、校庭の土の色といえる。


「もうちょっとなんとかならないの?」

「ううううん」


 要、改良。

 人の求めるもの、顔、振る舞いのとおりにしたら?

 好まれてしまえば、それだけ得をする。

 ひとりが相手なら? 好かれるがんばりは少なくて済む。

 大勢が相手になると? 苦労する。

 それだけブレるものだから。

 人によって好き嫌いも変わるしさ。

 でも、たとえば身なりを整えたほうが大概において得をする。そこにはいろんな主義や問題が絡んでいる。政治にまつわるものもね。ただ現状では、身なりを整えたほうが大概において得をする。

 そして実際、多くの人がそれに従い、利用してもいる。

 その具体例が、もしも仕事でハイヒールなら? パンツが見えそうなスカート以外あり得ないなら?

 ふざけんな、になるんだけどさ。

 実際、そういうことがいっぱい世の中にあって、そういうものにふざけんな、ありのままにさせろって反骨してる。

 いまの私はそんな感じ。

 まるで反抗期になって、みんながヨシ! としてるものを威嚇してる感じ。

 時と場合を選んでいい。頑なになる必要はない。

 ただ必要な事情があるなら、話は別だし?

 工夫する術がないわけでもない。


「あまったるい砂糖でコーティングしてみます? 術が作用するまでの間、やり過ごせるかも」


 にがぁいお薬と同じだ。

 人なら味や匂いが壁になるし? カプセル錠なら形や大きさも問題だ。

 ちっちゃい頃は無理だった。

 トモに聞いた話じゃ、わんちゃんにお薬を飲んでもらうのも大変らしい。

 粉薬を水に溶かしたり、ご飯にかけたりしただけで”食べない”!

 猫も同じような壁があるそうだ。クラスで聞いたよ。そんな話を。

 ハムスターとか、いっそ大きなクマとかライオンとかも大変なのかも。

 動物園とか、海外の巨大な自然公園ではどうやって対処してるんだろ。

 わっかんないけど。

 ひとまず私のあめ玉の場合、舐めて術が発動しちゃえばいいのだ。

 それまで耐えることができれば、よし!


「ぶつぶつの砂糖の結晶をまぶすとかしたら、ちょっとはマシかも」


 それか、どろどろのヨーグルトとか、ゼリーみたいな飲料に混ぜて飲むとか?

 ぷちたちが病気になったとき用に、うちにも備蓄があるよ。

 もっとも飲み込めるサイズ感じゃないから無理があるけど。


「あめ玉そのものの味と匂いは変わらないし、変えられない、と?」

「霊子の本質が変わっちゃうかもしれないし、相互に作用するかもしれません。だいたい、混ぜ物していいものじゃないので」

「じゃあ、やって。でも舐めるのは私」


 すごくいやそうな顔をしながらも断言する。

 すっかりやる気だ。どうしたんだろ?


「私じゃだめですか?」

「いまのあなたが無茶をしたら、それこそ死んでしまいかねないでしょ?」


 言い返せない。

 だいぶ回復したとはいえ、カロリー消費だけじゃ済まないダメージが身体に残っている。

 本当に老化現象が起きたなら、元に戻っているのだろうか。

 内臓は無事? 細胞は? いろいろと気がかりだ。

 無理をしていい状態じゃないし? なんならこのあと検査が待っている。


「私が舐めて試す。あなたは検査。いい?」

「はぁい」


 断れない。断る理由が見当たらない。


「それで、あのう。他の人は?」

「他っていうよりカナタでしょ?」

「ばれました?」


 私の愛想笑いには答えずに、先輩はスマホを見せてくれた。

 三年生のメッセージアプリがいまも忙しなく情報をやりとりしている。


「昨夜の事件がきっかけで隔離世の邪が急増してる。黒い御珠もいくつか確認された。侍隊も、助けにきてくれたうちの学校と三校も協力してことに当たっている最中なの」

「わあ。寝てられないじゃないですか」

「あなたは寝てなきゃだめなの! いまみたいに弱っているときは特にね!」


 ぐうの音も出ない。


「おとなしく検査を受けてね」

「はぁい」

「なんか返事が気に入らないのよね」

「もっときりっと返事するべきですかね」

「わかってるならやって」

「はぁい!」


 あのね、と怒られるけれど笑顔で返す。

 すこしでも間抜けにおばかにやっていかないと、だめだ。

 張りつめちゃうばかりで。

 怖くなるばかりでさ。

 もっといろいろ話していたいのに、看護師さんが「青澄さん」と呼びに来てしまった。

 いい結果がすこしも見込めないときでさえ、検査は受けなきゃならないのってやるせない。

 逃れる術はないものか。

 ないかぁ。さすがにないよなあ。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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