第二千七百十七話
呼ばれた気がして目を開けた。
真っ暗なまま、聞き馴染みのある声に誘われるままに手探りで進む。
なにも触れることがない。地面がどんなかもわからない。
なのに足は意気揚々と前に進む。身体の感覚はほぼない。
夢みたいだ。なんて陳腐なんだろうと、ぼんやりと思う。
こういう陳腐な立て付けには、陳腐な出会いがつきものだ。
小学生くらいの子がいた。顔は幼い私と同じもの。髪は小学生時代のトウヤとさほど変わらない。耳を出して、前髪はぱっつんで、うなじは見えるくらい。だけど獣耳と一尾を生やしているし、腰に刀を帯びている。首からさげた金色のチェーンの先に、どう見ても重たくて首に鎖が食い込むだろう御珠がくっついていた。
「よう。お前のせいで、俺のほとんどが持ってかれたぞ。どうしてくれるんだ」
そんなこと言われても困る。
「御珠も。俺も。ぷちたちも。お前自身も。いまのまんまじゃいられないぞ」
知らないよ、と言ってやればいいのか。
どんどん目線が彼と同じになっていく。
いまや私は彼と同じ小学生の自分に逆戻り。
ミコさんの血をもらって、高校生から中学生くらいに若返った。
あれも実のところ、示唆していたんじゃないか。
私の本質は幼い頃に起きた出来事にあると。未熟さ、幼稚さにあるのだと。
「傷がなくなったわけでも、過去が消えたわけでもないけどな」
彼が両手を広げた。手のひらから無数の狐火が出てきて宙に浮かぶ。
ぼっと燃え広がり、炎の中に像を浮かべた。
教授に誘拐されて拷問されたこと。近所の公園に呼び出されてアダムに脅迫されたこと。江戸時代で求められた寝屋の一幕。カナタに壁に押しつけられて捕まえられたとき。シュウさんにヒノカちゃんを押し込まれた瞬間。ユリア先輩に抑えこまれたこと。
並べたらきりがない。
高校はいいことがいっぱいあったけど、つらいこともたくさんあった。
中学、小学校とさかのぼると、さらに増えていく。
ぜんぶ、あったことだ。
やがて、狐を押し込まれた瞬間の映像も出てきた。
それらがぜんぶ、あの男の言う陰気が奪われたことによって、鈍く感じるように。
まるで、あれらが全部なくなったようだ。
だけどちがう。
陰気を持っていかれて、たんに感じる力が極端に弱まっているだけだ。
その力こそが、彼だった。
「帯刀男子さま」
「王子さまとか、なんかもっとほかになかったのかよ」
文句を言うけど、いつものように斬りにこない。
「こどもたちは、無事?」
「お前が無理して力を使いすぎて、弱ったところで陰気を持っていかれたんだ。弱ってる。でも解決策はあるし? 致命的ってほどじゃない」
「あいつが連れていったんじゃないの?」
「そう思わせてってやつだよ。よく言うだろ? 狐は化かすんだ」
疲れたと愚痴り、彼はその場に腰を下ろした。
すこし大きめのTシャツ、内側に黒いインナー、下はスパッツ。鏡写しのように同じ格好だ。
いくらでも動けそうなのに、彼はすっかり参った顔をしている。
「このままでいたら、俺もあいつらも、御珠もなにもかも消える。ぷちたちもな。ぜんぶ、お前頼りなんだ」
頼みの綱があるとしたら、私。
持っていかれた陰気の補充がいる。
あらゆる傷をあるものとして、まず認めること。
たぶん、それだけで十分だ。
苦悩をなくすのでも、それらを感じる力をなくすのでもない。
あるんだから。
なくせないし消せないし?
どうこうする以前に、まず、あるんだから。
いかにして事実と過ごすのかだし? 決意したなら負荷だけで陰気は補充できる。
たぶんね。よほど核を持っていかれないかぎり。心の一部を切り取られでもしないかぎりは。
そんなの、どんな術者にだってできやしない。
それにあいつはたぶん、そこまで万能でもなんでもない。狐を押し込むときに自分そのものか、あるいは一部を私に取り憑かせておきながら、天国修行もなにも知らずにいた。
その程度なんだ。
ああでも、ショックが薄いところからして陰気を持っていかれた実感が湧く。
こんなに楽天的じゃないぞ、私は。たぶんね。
なにせ、あまりにも気持ち悪いし、気味が悪い。あんな男がずっと自分の身体に潜んでいたなんて。生理的に無理だ。
「お前には俺がいることが面倒だろ。俺を感じて、俺に終わりを求める自分がつらいだろ」
大勢のこどもたちの命を抱えることも。
もはやどうにもできないのに、共に過ごすことも。
なにもかも、うんざりだろ。
そんな訴えには全力で返したい。
もちろんうんざりだ。つらいし、面倒だ。
だからって、なんだ?
「それで消えるものじゃないし、いなくなるものじゃないでしょ」
世の中そう簡単じゃないし、単純じゃない。
それでいいんだ。それで。
「きらいなくせに」
彼のいう相手は、自分自身を指し示す。
私の帯刀男子さま。私にとっての陰気。たくさんいる自分のひとり。
つらいことぜんぶ、しんどいことや恨みや怒りもぜんぶ抱えるもの。
そりゃ私を恨みたくもなるだろう。嫌われ役にして、感情や体験のゴミ捨て場のような扱いをされて。
そんなのあんまりだ。
でもね。彼も私で、感情や体験をどうするか決めるのも私だ。
問題は、たぶんいつでもどんなときでも、だれでもできるってことじゃないこと。
つらいことやしんどいこと、いやな感情もぜんぶ含めて、付き合うなんてさ。できて当たり前なんてことない。そんなの一切ない。
あらゆる支援や資源、関係性や環境の助けあってこと、なんとかできるってことなんだよ。
ただ、そういう助けがあったってさ?
決めて、やらなきゃね。
罪を犯すほど、加害するほど、暴力を行うほどに抱えるのが困難になる。
自分に対する行為でさえもね。
聖歌ちゃんのことを思い出す。
世のろくでもないことさえ全部ふくめて、それでもなお共に生きようと決めたとき、それを抱き締めようと決めた彼女の選択を。
「お互い、負けっぱなしでいいってタイプじゃないでしょ?」
「だからお前はゲームなんかやらないんだ。両親にはもちろん、トウヤにも勝てないから」
「うるさい」
たしかに私はゲームをやらない。
トランプのゲームだって、花札だって人生ゲームだって、滅多にやらない。
どうにも運が悪い。
ダイスを振れば、出てほしくない目ばかり出る。
先を急ぐゲームはだいたい後手に回る。
アクションゲームの操作も下手っぴだし。
ロールプレイングゲームもどうやって進めたらいいのか、ぴんとこない。
「お姉ちゃんがうまくて、すぐ馴染んで本当は嫉妬してる」
「私をいらいらさせる作戦? 歴史的和解は拒否?」
「考えないよう、感じないようにすることに慣れすぎたお前に思い出してほしいことがやまほどあるんだ。だって、ほら。負けっぱなしでいいってタイプじゃないんだろう?」
「腹立つ」
「伊達に長い付きあいじゃない」
「それは認める」
ため息を吐いて、彼のそばへ。
その場に屈んで手を差し伸べた。
「まさにいま窮地なの。なるべく早く起きないと」
「お前さ。玉藻の前に口説き方を教わったんじゃないのかよ」
「でもほら。あなたは私、私はあなただから。誘うなら、同じ目的の共有が手っ取り早いかなって」
「浪漫って知ってるか?」
「自分相手にロマンスもなにもないでしょ?」
「認める」
お互いに同じタイミングで笑った。
手を重ねて、彼を引っ張り上げる。そのまま抱き留めた。
途端に、全身の節々に激痛を感じて飛び起きる。
「ふぁ!? くう」
激痛がさらに増して疼く。大きな波が二度、三度と押し寄せて、身体中のあらゆる神経という岩礁にぶつかって飛沫をあげた。
身悶える視界に前髪が映る。白く濁っている。
両手も見えた。まるで枯れ木のように痩せ細り、皺だらけ。内出血も目立つ。
「動かないで!」
「取り押さえろ!」
ニナ先生や霜月先生が叫び、だれかが私を押さえた。
そのせいで余計に身体中が痛む。激痛の波はお風呂の桶にためた湯を左右に振ったときくらい、激しく動く。神経が身悶えして雄叫びをあげる。肉食獣が襲撃に来て逃げ惑う草食獣たちのように、落ち着くことを知らない。
「青澄、霊子を供給している! 落ち着け!」
「動かないで! お願いだから!」
懸命に訴えられるけど、応じられる元気がない。
動かないようにと念じても、気をつけても、身体が停止を拒絶する。
ただ痛みは訴える。動くな。止まれって。
全身から汗が滲んで、水をかぶったよう。身もだえするなか、濡れた感触ばかりある。
楽な姿勢を模索するも、そんなの見つからない。
呼吸をするたびに喉がひりついて痛む。肺も、周囲が筋肉痛になったみたいに引きつりを感じる。
どう息を吸っても痛い。
おまけに身体中のあらゆる筋が痛い。
ならもう、いっそ痛いことをあるとして認めて思案する。
あの男が私から霊子をごっそり盗んでいったし? それでなくても私は相当の無茶をした。
夢の内容ははっきりと覚えている。
あれが白昼夢でないなら? 陰気の補充を。
ただの夢なら? たいしたことはない。意味のない試みをした、ということがわかるくらいだ。
じゃあやろう。すぐやろう。
こんな日が来るとは。消したいこと、拭えない記憶、なくせない体験を思い出すことが力になるなんて皮肉だ。あるいは、そうやって取り去りたいことだからこそ、あの男が盗めたのかもしれない。
でも残念でした。
消せないし拭えないしなくせないからこそ、その影響は常に存在する。
陰気だけじゃなくても、陽気もいるし?
つまるところ、心の元気がいる。
情緒的反応がいるんだ。
仮定によれば。
では実践してみよう。
「ふ、んん」
痛みをこらえて喘ぎながらも、思い描く。
あの男。ぜったい、ぶっ倒す!
ああ、もう。気持ち悪い! 気持ち悪い! 生理的に無理!
ハロウィンが近い。みんな待ってる。ぷちたちのためにも、私は平穏な日常を取り戻したいんだ。
だっていうのに、どこのどなたか存じませんがね! あの男だけじゃないんでしょ? どうせ!
そんなのがよってたかって、なにぃ? これだけ迷惑なことしでかしやがって!
「く、ぬぬ」
だいたい、私も私でしくじった!
狐にされた子たちに隠れて、あの男が混じっていたなんて!
それに術を使って鎮めるだけで済ませるだなんて! 足りなかったわぁ!
いや気づけるかぁ!
私の霊子を盗んでいくのが目的だったなんて。
そんなのわかるかぁ!
よって、結論。あいつが悪い!
おのれ、あの男! だいたい名前なんだよ!
何者ぉ!?
もうさあ。そんなのばっかりだよ!
「ふぬぬぬぬぬ!」
「りょ、霊子が、回復していきます!」
「そんなばかな!」
ノンちゃんと霜月先生の悲鳴が聞こえるが、それどころじゃない。
こちとら術で関東の夜を乗りきる最後の瞬間に、特大のうんちを塗りたくられるような目に遭わされたんだ。これまでの過去にもうんちを投げつけられた気分。
端的に言って、くそったれ! である。
この手の感情もろもろぜんぶ、引きうける。
嘘にしないし、なくさない。
生きるためにいるんだ。
あらゆる感情が。
残念ながら、ぜんぶと付き合っていけるほど人は強くもないけれど!
ぜんぶに対処できるほど人は万能でも完璧でもなく、むしろ欠点まみれだけど!
だからこそ、必要なんだけど! 支援・資源・関係性・環境が!
でも、同じくらい必要なんだ。
反応が。
その力が。
身体は? 痛みで限界。
心は?
ただいま、猛烈に! キレている!
「きっ、金色が出てきました!」
「色が濁ってんな」
「な、なんかやな濁り方してるわね。さしずめ疲れ果てたときか、あるいは散々お酒を楽しんだ翌日のおし」
「「「 やめましょう、その先は! 」」」
ニナ先生の発言をみんながかぶせて止めている。
ただ、私は目を開ける元気もない。痛みでそれどころではない。
痛みのぶんだけ湧き出る感情を、片っ端から金色に変えていく。
いつもよりも材料にするものを選ばない。いやむしろ、選ばないものを選んでいる。
金色に変えた端から掴んでいく。私にはそういう感情が明らかにあって、それは情緒を動かす力になるのだと。
要は?
気合いである!
なんにも要約できてないけどね! 気合いがいるのは本当だ。
「んんんん水ぅ!」
筋肉痛まみれで筋が痛いのに、無理してでも手を伸ばして求める。
「はっ、はいぃ!」
ノンちゃんが返事した瞬間、手になにかを当てられた。
ペットボトルだろうか。なんでもいい。口に当てて流し込む。
喉にじんとしみる。
身体中に染み渡るように広がるなか、急速に感じるものがある。
「んんんん飯ぃ!」
「ただいまぁ!」
「お、おもいのほか、元気だな」
「早く治りそうですね。まだしわくちゃだけど」
先生ふたりの話が気に掛かる。
主にしわくちゃのあたりが。
しかし、それどころではない。
ノンちゃんが持ってきてくれたおむすびだなんだをむしゃむしゃ貪りながら、思うほど力の入らない手を見た。枯れ木のように細い。簡単に折れそうだ。
「だめですよ? よく噛まなきゃ。胃が受けつけないかも」
「むふう!」
鼻息で返事をしながら、それでも食べる。
お腹が空いている。猶予などない。
「ふぉうふぉおわ!?」
「なん、なんて?」
「状況はって聞いているんじゃない? 寝てたわけだし」
「青澄。きみが倒れて一夜明けた。ひとまず異変は去ったが、救助だなんだで大騒動の真っ最中だ。これだけのことをしでかしたヤツは見つかっていない」
霜月先生が教えてくれた情報を補足するように、ノンちゃんがスマホのウェブニュースを見せてくれた。
『関東全域に奇跡の雨』
『大震災並みの被害』
刺激的なワードに混じって、上述ふたつのワードが混じるタイトルのニュースがいくつもあがっているし、私について言及した記事さえあった。あの雨は私が降らせたものだという記事が。もっとも私メインじゃなくて、侍隊や四校が今夜の騒ぎに対処したという知らせに触れて、私による雨だと”噂する”記事が。
救助活動にトモたちが参加していることや、安全確保のために大勢があちこちを見て回っていることも教えてくれたし? 負傷、死亡など、被害者の人数がどんどん増えている現状も教えてくれた。
いつか事務所に押しかけてきた男性を思い出す。
助けてくれてありがとうと言うのは、助かった人。
どうして助けてくれなかったんだと、自分か身内か、その両方が助からなかったものの生きていて怒る気力のある人が声をあげる。
そして、声をあげない、あげられない人が大勢いる。
で?
これだけのことをしでかしたのは、あいつの疑いが濃厚だ。
だけど、あいつ単独とは到底思えない。
ミコさんに手ひどくやられてからの数年、あるいは十数年はろくに動けなかったろうから。
単独犯だなんて、とてもじゃないが思えないんだ。
社長たちとの繋がりがあるのなら? 余計にね。組織だった行動じゃないか。
「おがわりぃ!」
「飲みすぎですって!」
文句を言いながらも、ノンちゃんが新しいペットボトルを渡してくれた。
彼女の足元には貸しパンだなんだが詰め込まれたビニール袋がある。
いまさらながらに周囲を見ると病室にいて、私の手首には点滴がついていた。
霜月先生が内科、外科どちらのアプローチからも調査や検査がいることを伝えてくれる。
隔離世方面からのアプローチに、先生たちやノンちゃんたちが集まっているけれど、いくら起きたからって、私が問題ないということにはならない。今日は精密検査だなんだで一日つぶれそうだ。
ぷちたちは無事。お姉ちゃんがそばについていた、あの宝島のおうちですやすや寝て過ごした。いまはうちの家族と一緒にいるそう。逆にいうと、家族が入ってこれないくらいには、私の体調は急を要する状態だったみたい。
峠を越したいま、私も体は痩せ細っていた。目に見えて手足が細い。
息を吸うと肺が潰れそうな苦しみを感じるし、ノンちゃんが言うように一気に飲みこんだご飯粒がまるでダンベルのように胃のなかで存在感を訴える。
お腹が空いたからって、一気に食べるのはいけない。
人生、効率や合理にできちゃいない。
いいか悪いかしかなく、悪いことを避けて、初手で理想的なルートを一度だけ通ればいいなんて、そんなことはないし?
かかる手間に反してリターンがまるでないことだらけ。
そのリターンがまるでないことをしている大勢の営みによって、社会はなんとか今日も回っている。
放っておくと格差だ問題だなんだが、深刻なレベルになっていく。
だから社会と政治は常に結びついていて、みんなが無事にやっていけるよう、格差ができないよう、広がらないようにあの手この手を尽くす。
勝利者が出るのはいい。
だけど圧倒的な勝利を放っておかないようにする。
なんでそんなことをするかって?
私たちは不均衡を望むから。
正当化したり、責任転嫁したりせずにはいられないから。
都合を利用して、だれかがやればいいと投げて、自分はノータッチになるようにしたがるから。
勝者の邪魔をするな、足を引っ張るなと、富める者たちが言いだしたときにはもう危うい症状の兆候が表に出ている。
そういう世の中で、私たちは生きているからさ?
ついつい初手で理想を求めすぎる。
落ち着け。
焦るな。
回り道をしたし、あいつの思惑の手助けをしてしまったかもしれない。
でも十全にやらせたわけじゃないし? わかったことが増えた。
そうやって自分をなだめながら「鏡を見せて」とお願いする。
それだけでみんながぎくりとした。
しわくちゃ、身体の倦怠感、おまけに手足が細い。
「どうせバレるんですから、ね?」
ほら、と催促してノンちゃんにスマホを渡してもらう。
インカメにしてもらって、自分を映した。
「うっわ、おばあちゃんやん!」
顔中しわくちゃ。
髪の毛ぜんぶが真っ白け。
おでこから目尻、口周り、いろいろ皺が目立つ。
肌もぼろぼろ。シミがたくさんあって、ほくろもいくつかできてる。
わーお。
野郎、やりやがったな?
死力を尽くした時点でぼろぼろだったうえに、霊子をごっそり持っていかれて、このざまだ。
「ふ、ふふふ、ふふふふ」
笑いがこみ上げてきた私に、みんなドン引きだ。
どう接すればいいか戸惑っているんだ。それはそう。私でも困ると思う。
家族が入ってこないのは、だれもが「治療が必要」だけど「治療でなんとかなるのかわからない」し、なによりも「この姿を見せてだいじょうぶか」という不安があるからじゃないか。
それでもたぶん、なにがあろうと今日中か、あるいは今週中には家族に見せざるを得なくなるだろう。
ほんとみんな、いっぱいいっぱいなんだな。
そりゃそうだ。
高校生が関東を救って、おばあちゃんになりました。
どうしろと!?
だれも経験ないよね、そんなのさ。
「お、起きたらすこし、若返ったのよ?」
「すこしは元気が戻ってきたし、肌つやもマシになしました! ですよね!?」
「土気色だった」
みんなの探り探りのフォローが痛々しい。
どう励ましたらいいだろう。無事だからいいんだって言おうか。
伝えられるかなあ。別のニュアンスが伝わってしまうんじゃないかなあ。
じゃあ、言葉を尽くす前に、まずは元気になるか。
夢は予兆だった。
あれは私のためのメッセージか、あるいはひらめきだった。
「ふ、ふふふふ、ふふふふふふふ」
「「「 ひぃっ 」」」
そんなびびらなくても!
ええい、それもこれも、あの男だ。
怨みつらみをやまほど浮かべる。だけど、あふれる霊子の色が濁っている。
それだけじゃない。
「い、いまは消耗しているので、無理をしないほうが」
「青澄、霊子が尽きかけていたんだ。出すな、無茶だ」
「せめて神水を飲んでからにしない?」
みんながおろおろしはじめるけど、構っていられない。
目を閉じて、いろんなことをやまほど思い浮かべる。
あの男のことだけじゃ足りない。
したいこと、やらなきゃ気が済まないことがいっぱいある。
たとえば仕事のモチベとして、いつか「回転寿司のメニューぜんぶ食べる」的なロケに出たい!
そう! 私は強く! 願っているのである!
「うおおおおお!」
起こした身体を前に倒す。
驚くほど軽くなったであろう身体が、過去で最も重たく感じる。
尻尾に意識を回すも、一尾しか反応を感じない。
今日が峠。まさにそんな状態だったんだろうが、構っていられやしない。
いろんな思い出や欲望、それらによる情緒的反応を片っ端から霊子に変えていく。
身体的反応、身体の変化もぜんぶ。そう、ぜんぶだ。
どれだけ首尾よく私から盗んだとしても、だからなんだ?
私は私のまま、なにも変わることがない。
おまえは盗んだ。そのことも、永遠に変わることがない。
あとは?
まず盗んだ事実の影響に歪む自分とあいつが付き合い続けることになる。
正当化、責任転嫁に歪んでいく。いい気味だ。根暗? 知ったことか!
利益があるだろう。私から盗んだ霊子のぶんだけ。
現実には?
映画「落下の解剖学」よろしく夫のネタを盗んで仕事で成功した妻よろしく、お金だ成功だという利益を、夫の立場で攻撃するのはむずかしい。明らかに妻はクロだった。自覚的な泥棒だった。あいつのように、まぎれもない盗人だった。
でも、私とあの野郎は落下の解剖学の登場人物じゃあないので?
ぶっ飛ばす。
あいつの懐に飛び込んで、思いきりぶっ飛ばす。
それだけでやる気がみなぎってくるし?
その先の展望を思い浮かべると、ね。
やりたいことがやまほど浮かんでくる。
ぜんぶを、あいつのせいで諦めるかって?
このままでいられるかって?
この負けや、連中の攻撃を受け入れて、それで諦めろって?
盗まれたら、それでおしまいかって?
あほか!
「私には夢があるぞ?」
欲も願いもなにもかも。
恨みや嫉みも、ネガティブなものもやまほど。
その全部を糧にして、満たしていく。
すこしずつ若返っていく。
この老化現象はまるで意欲や気力の喪失を示している。
それくらい霊子は表現を求めている。その瞬間を逃す気がないらしい。
こんなの現実的じゃないし、やっぱりこれはオカルト領域でいいかな。
そんなオカルトの領域に過ごしながら言うのもなんだけど、けっこう気に入ってるんだ。
好きでいるかどうかを、悪党だなんだの暴力だ加害だによって試されてる気分。
仕事でもきっと、そういう感覚に何度も何度もぶち当たるんだろう。
生きるうえでも。だれかと過ごすうえでも。
なきゃないにこしたことはない。
でも、残念ながら、その運に恵まれるかっていうと?
まあああ。むずかしい。
すくなくとも個人には手に負えない。
だから社会で、みんなで、を気にするし? それって目先の利益よりも手間や面倒がずっと多い。
あの男が集団と協力して仕掛けたことで、なんということでしょう!
大ごとだ。大勢が大変なことになった。
でもって、彼らは彼らのなにかを抱えていて? 彼らには手に負えないわけなのだ。
もー、ほんと、世の中みんな単純じゃないね。
だからって、だれも自分のあらゆる行為の正当化や責任転嫁にまい進してちゃいられない。
なにかを悪ってことにすることほど簡単なことはない。
ああ、だから私はあの野郎が私から盗んだこと、もしかしたら昨夜の騒動を起こしたことについて、まずぶっとばすつもりでいる。
そのためには、老いて、へこたれて、寝ている暇はないし?
幸いにして、元気になる術を心得ている。
あとはやるかどうかだけ。
なんてラッキー!
問いが簡単ないまほど幸運に恵まれている瞬間って、そうそうないぜ?
じゃあ、どうする?
「きっ、金色が集まっていきます!」
「まぶしっ」
「うおおおおお!」
活力がみなぎっていく。
そのままに立ち上がり、拳を突き上げた。
「ふっかつぅ!」
全身に気力がみなぎる。
手足は不健康なレベルで細いまま。でも皺は消えた。
髪の毛はまだ白いまま。尻尾も一尾のまま。
でも、老いは失せた。
何か月も鬱屈していた気持ちまで、ぜんぶまるごと「腹落ち」した。
去年、シュウさんにかけた言葉が返ってきた。またしても。
ろくでもないことばかりに出会っていく。
どう生きるのか。どう受けとめるのか。本当に悩まされる。苦しむことも多い。
それをどうすればいいのか。私の好きなこと、祈りや願いにぜんぶ意味はあるのか。価値はあったのか。
そんな惑い方をした。
でもなー。
そうじゃなかった。
なんのために生まれて、なんのために生きるのかーみたいな悩み方してた。
でもちがうんだよな。
まず生きてんだ。
さあ、どう生きたい? って話だ。
どんな社会にしてく? って話だった。
答えの欠片はもう、やまほど集まっていた。あとは選ぶだけだった。
いっちょ私を幸せにするために、生きるとしようか。
その先には、ぷちたちやみんなとの幸せとか、あの野郎を含めたあらゆる交わらない、噛みあわない、衝突するであろう人たちさえ穏当に過ごせて、ろくでもないことしないで済む社会とかを夢見てる。
なんでもはできなくても、なにかはできる。
利益だなんだ、唯一で済むだなんだ、どうだっていい。そんなのはね。
無駄に過ごした時間も数多あるし、それを美談だ利益だなんだにしなくていい。
いろんな負荷があって、それをなにかの役に立てなきゃいけない社会なんてまっぴらごめんだ。
くそったれなこともいろいろありながら、ぼちぼちやってくんだ。
ふざけたことも起きる。
それはそのまま。影響を留める。
あの野郎が盗んだ事実が正当化も、責任転嫁も許されないようにね?
どんなくそったれなことも、それがなにかやだれかの役に立つなら帳消しなんてことは、あり得ない。
というわけで、私がぶっ飛ばしても? 帳消しにもなんにもならない。
そうとも。
私が私のために、ぶっ飛ばしにいくだけだ。
とはいえぶっとばすといっても、文字どおり拳をお見舞いすることとは、かぎらないのだぜ?
「ふっふっふ」
手から金色を出しながら髪の毛に這わせて、化かすことで金色に染めていく。
尻尾もだ。
そこで限界がきた。
尻餅をついて、へたりこむ。
「つかれたー! あったかいご飯ない?」
いきなり元気に戻るわけじゃない。失った体力だ、現世の身体的変化だなんだは帳消しにはできない。そこまで霊子は万能じゃない。霊子の影響だけにしか干渉できないし? 化け術はせいぜい、化かすことまで。
みんなにおねだりしながら横になる。
実際、霊子はすかすか。まだ回復しきれてない。
あの男が盗んだぶんを、自前の気合いと転化で修復しただけ。
昨夜、出し尽くしたぶんを補うことまではできてない。
それでもいい。
どれほど負けが込んでも、重要な一戦を掴めばいい。
攻防戦は未だ彼らに有利だが、私たちは押し切られちゃいない。危ういことも防いできた。
まだやるぞ?
首を洗って待っていろ。絶対に見つけてやる。
つづく!
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