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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千七百十四話

 



 青澄春灯が滞在する天照大神の別邸から四つ足で駆けて二キロほどで崖に行き当たる。

 二百メートルを超える幅の向こう岸に飛び移り、更に二キロほど行けば、そこにはオオカミたちが住まう里がある。群れを成す彼らはよそ者を認めることをよしとすることはない。神の使いとなった者に対しても厳しく見定め、認めたとしても外から来た者として近くにいることを許し、術を学ぶことを許すのみである。それさえ、その都度ごとに彼らが課す厳しい試練を乗り越えなければならない。

 山吹マドカが認められた段位は初段に過ぎない。

 山海を知り尽くし、三界を自在に駆ける里の長は豊かな白い毛を前足で撫でつけながら仰った。


『共に感じ、相手を知ろうとする欲こそがお主の霊力。それは結果ありきではない。お主の興味ありきだ。励め』


 目やにが気になっているのか、しきりに目元を擦ろうとしている姿は愛くるしくてたまらない。

 里のオオカミたちはみなそうだ。彼らは気高く強く、戦いとなれば巨躯で疾く駆けて何倍も巨大な怪異さえ組み伏せて喉笛を噛みちぎる。だが平素となると、だめだ。毛並みが豊かすぎるから。

 光は瞳を通じて脳で情報を処理する。そうして人は世界を視覚として捉える。この機能が失われるか問題をきたすと光を通じた視覚的情報を読み取るのが困難になっていく。一方で視力を失ったとき、情報を読み取る器官の発達によるものか、あるいは感じとる感覚の発達によるものなのか、対象となる輪郭などの情報を捉えるようになっていくと聞いたことがある。

 いずれにせよ、どちらであれ、見るということは興味ありきだ。なにげない、ゼロにほど近い興味であれ。そしてそれは失われればすぐ、興味が褪せるほどに早く、忘れられていく。それくらい膨大な情報を読み取っているし、すべてを同じように重要に捉えるようにはできていない。

 なので人は興味を変化させながら、なにげなく見ている。

 気になるほどに、よく見る。

 山吹マドカの霊力も同じだ。

 私の御霊である光、彼女の名前のとおり、興味をもって知ろうとするほどに対象の霊力を探る術を持つ。コピーは副産物に過ぎない。相手を知るための手段に過ぎないのだ。

 この力の真髄はむしろ、共に感じるところにある。

 里の長の言葉を真に受けて修行に励み、ある程度は「共感」する力を得た。

 明坂ミコや天照大神など、天国で出会う神々や卓越した神通力の持ち主になった者たちが持つ霊子から読み取る力も「共感」する力に含まれている。つまるところ共感する力は、より具体的にいえば霊子を通じて相手の心の運動を共に感じようとする能力なのである。

 それをもって、青澄春灯を感じるならば?


「――……」


 熱唱している春灯の歌声が、でかすぎる。

 まるで円盤の中を自分の歌声で埋め尽くすばかりの声量である。

 こんなに大きな声が出るんだと、毎回、新鮮に驚く。

 でも、彼女からあふれ出る霊子からひしひしと伝わってくる。

 一粒一粒が、春灯の歌声に負けないくらい大きな音で、あれこれしゃべっている。

 とにかくもう、うるさい。

 でも、いい。それは。

 この力を学ぶ過程で、似たようなことを何度も経験しているから。

 問題は、それらがいずれも彼女自身を厳しく強く責めていることだ。

 それこそ「世界の問題のすべてが自分のせい」みたいな、なに背負っているんだと言わんばかりのもの。揶揄さえできる。彼女が相談してきたのなら、ツッコミながらも笑い飛ばして、どうにか元気づけようと試みる。抱えこんで、めげて、参っているのがわかっているから。

 他にも問題がある。

 ちらちらと脳裏によぎる。恐らく彼女が目にしたであろう、数多の死人の群れが。

 最初は悲鳴も出ずに怯んだ。多種多様でありながら、一様に無残な最期を遂げたであろう死者たちのありようにまだ呼吸が落ち着かない。そんなレベルなのに、彼女はまるで「何事もなかった」かのように蓋をしている。だけど感じていないわけじゃない。

 そのショックが漏れなく自分への責めに転じている。

 なんでそんなに抱えこむのか。

 わからないけど、それが彼女のいまのありようなのだから、そこはそのまま真に受ける。

 気になるのは厳しく強く責める声で自分を満たす人は、その棘が自分にだけでなく周囲にも向かうところだ。いまのところ、彼女が観測した死者たちを救う術をうまく作動させられている。外に向かうまでに至っていない。

 なぜか。

 自分により強く向けている。

 言えるものなら言いたい。

 ねえ、春灯。人はずるくていいし、お茶目さがいるよ。抜けてるところが必要だし、やまほどだめなことがあるよ。あっていいとも、正当化していいとも言わない。

 だけど完璧な、真っ当な、正しさだけじゃ足りなくて欠けてるところを常に満たしながらやっていけることなんて、そうないんだよ。そこはわかっているんでしょ? なら、もっと力を抜こうよ。

 そういう言葉が浮かんでくるのに、叫ぶような声量で歌えちゃっている人に届ける自信がない。

 いまの自分には彼女の歌が、彼女の心の中に引きこもるための行為に重なってしまう。

 こんなにでかい声なのに。いや、でかい声だからこそ、何者にも反論を許さない鬼気迫るなにかがあった。狛火野ユウとふたりで円盤に合流するなり気圧されたほどだ。

 彼女は気づいていない。

 泣いている。

 感情の機微を自覚できているようには、とても見えない。

 本当ならいますぐ寝かせるべきだ。休ませるべきなんだ。

 なのに、彼女の代わりを担える者がひとりもいない。

 恐らく彼女も気づいている。

 だからだれも止められない。

 壊れかけている彼女の歌に、だれも口を挟めない。

 学び鍛えた力を通じて切々と感じる。痛みや苦しみを。自分に向けた棘によって抉られるなにかを。そのなにかは彼女がなにかを思い描くたびに、大勢の死者たちを連想させる。身体の一部分を除いて、惨たらしく傷ついて、損壊した身体の死者たちを。

 その意識があるのか。

 たぶんない。

 歌うのをやめたら、もう二度と動けなくなるんじゃないか。

 それくらいの勢いで、彼女は自分を絞りきるように歌い続けている。

 実際、結果は出ている。都心に向かい、着実に成果を出している。

 ユウの雨と絡めて関東全域に雨雲を発達させながら、春灯の霊子とユウの霊力を繋げられるよう刀鍛冶たちと総動員で霊子の制御を試みている。それでも敵の術の干渉が強い二十三区への影響は、他の地域に比べると十分の一にも満たない。

 決戦は二十三区。

 雨の範囲を狭めていき、春灯の術の干渉を集中させる。

 それには、決着するまで歌ってもらわなきゃならない。

 私たちはずるい。そう結論づける。

 彼女をこのまま歌わせておいていいはずがない。わかりきっているのに、止められないし、止めてはいけない。

 世の濁りに気づきながらも、そこで生きていくしかない。

 自分が、みんなが濁りを濃くすることも数多あれど、それが必要なら利用していく。

 清らかではいられない。

 矛盾や醜さと付き合っていくんだ。

 できるだけ、まともを目指して。

 金色たちが叫ぶ。あれがわるい、これがだめだって。それによって、どうのこうのと。

 資本主義だなんだまで持ち出してくる。

 うるさい、だまれと言いたくなるくらいがなり立ててくる。

 いっそメタルかなにかを歌ってくれたらいいのに。

 いくらでも語り合えるだろう。彼女の抱える悩みひとつひとつに。

 能力主義は合理的でも効率的でもなんでもない。能力を社会が基準づけ、権力闘争に活用するだけに過ぎない。資本主義も同じだ。結局のところ、階級社会の社会的立場を決定づける政治のネタがなにになるかでしかない。そして、それは出生などの影響を強く受けるものだ。

 千年単位で変わっていない濁りのなかで、私たちは生きていくほかにない。

 だから時間をかけてでも、諦めずに模索しつづける。それが自分の人生のなかで恩恵をもたらさないとわかっていてもなお。そこまでわかっているのに、彼女はいっそ悲壮だ。

 無理だから?

 選べないか、選びたくないか、そこまでの意欲を持てないから?

 そのことを責めることはあっても、抱えられずにいる。

 抱えられない自分をなおさら責めている。

 やはり、言うべきではないか。

 そんなもんだ。だれもかれも。すくなからず。

 世界のどこかでだれかがいつでも死んでいる。場合によっては殺されている。そのたびに自分の無力だ、社会の不条理だをまともに考えていたら、みんな気が変になってしまう。

 どうしてそんなに真面目になるのか。

 思い浮かぶことはある。そんなにむずかしい理由じゃない。

 実例を目の当たりにした。

 いくつも。

 被害、生存。その体験を、彼女自身が経験した。

 そうなればもう、放ってはおけない。

 現実に存在する脅威だと”記録”された時点で無理だ。

 ああ。そうだ。

 彼女は怯えている。怖がっている。

 勘違いしていた。

 これまでのように、いまもまた最大限の勇気を振り絞って歌っているのだ。

 こんなことさえ、力と思考を注いでやっとわかるくらいだ。

 私の力は万能でもなんでもない。

 里の長も言っていた。そんなものは所詮、手段に過ぎないのだと。

 縋るな。意識せずに行なえるよう習熟せよ、と。

 あの巨大な白狼に尋ねておくべきだったのかもしれない。

 大事な親友が、まさに縋らざるを得ない状況に追い込まれているのなら私はなにをすれば? と。

 いや。寝言だ。

 気高きオオカミは答えを与えない。群れの一員でもない私に指示もしない。

 代わりに問うだろう。

 どうしたいのかを。

 ああ。ずるいな、私は。

 これまで聴いた、どのライブよりも最低の出来映えのステージ、パフォーマンスを見せながら、それでも足掻く彼女を利用しようとしているのだから。

 佳村のそばでコンソールなどを眺め、彼女たちが処理する情報を確認しつづけている。

 円盤は吉祥寺上空を通り過ぎて、いま杉並区に入るところだ。中野、新宿を抜けて市ヶ谷方面を目指す。既に神奈川、埼玉含む北、千葉や茨城などの沈静化に成功。残るは二十三区のみ。

 戦力が結集しつつある。それでも小鬼の数はもはや数えきれないほどで、怪異に変貌した人も大勢いる状況だ。死傷者の数が増えつづけている。

 東京は夜の二時。

 こんなに悲惨な夜だから、早く穏やかな明日に生きたい。

 だれもがとても苦しい。

 早く楽になりたい。

 こんなにおかしな夜から、早く逃げたい。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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