第二千七百十三話
ファリンちゃんに待ってもらって、鍵を回す。円盤を下降させて、地面に降り立ち、ありったけの金色をばらまきながら関東中を埋めつくすパーツの先を見て回る。
パーツは散らばっているに過ぎず、目にするパーツの何分の一かしかいないのだと思っていた。そう願っていたのだけど、ちがった。どれもこれもひとりの人の身体の一部だった。
切り離された先、私の術で可視化されている部分は綺麗なものだ。まるで生きているかのように血色がいい。だけど、切り離された先にある身体はちがう。どれも到底、生きているようには見えない。頭が潰れてしまっている状態で、人が生きていられるはずがない。
日本はポルノの氾濫度合いからは想像できないくらい、グロテスクなものへの忌避感が強いイメージがある。だけどネットの海を泳げば行き当たる。見たことはないし、それらを紹介するページが画面に表示されて固まった私を見つけたお母さんが血相を変えて飛びついてきて、怒られるやらパソコンの使い方のルールが決まるやらなにやら、本当にたいへんだった。でも、それで印象に残っている。あるところにはあるんだって。
力を得てから、画面越しじゃなくて直に目にすることになった。
大いなる力にはって、スパイダーマンじゃこれでもかっていうくらい重要なワード。でも、あんまり意識せずにいた。
力を得たら、それだけできることがあって、自分の都合に合わせて好き勝手できるんだって。そう思っていたけど、ちがう。
それだけやらなきゃならないことが増える。見えてしまうし、気づいてしまうことが増える。やらないことがどういう意味を持つのか、考えずにはいられないことだって増える。
大いなる力には大いなる責任が伴う?
力を得るほど、それだけ世界が広がり、それだけ責任を担うことになるんだ。
仕事に就くにしたって、勉強するにしたってそうだ。趣味でさえ変わらない。
おかげでどう?
中学生の私が目を輝かせて羨むような力を得た私はいま、だれかに利用された数多の死者を眺めている。助けられたら、救えたら。それが無理でもせめて、安らかに死を迎えられるよう手伝えたら。こんな風に利用されるくらいなら、いっそ。
「くそ」
修行で私は魂を見送る術を習った。
幽霊たちが集まるようになって、試みてもきた。
あの頃は、それがなにを意味するのかなんて深く考えてこなかった。
体験して学び獲得した力が持つ責任が意味するものは、いまや明白だった。
「ああ」
私の魔方陣は、彼らを私に都合よく振る舞わせるばかりだった。彼らのメッセージもそう。
身構えることさえできなかったであろう瞬間を過ぎた、その先にいる多くの人々の間を歩きながら思う。柱になった人々のありのままを横切りながら痛感する。
彼らに必要なものを、私はすこしもわかっちゃいなかった。
ほんとに容赦ないなあ。
天国修行してる人、私以外にも何人かいる。
でもって私は破格の待遇を受けている。その自覚がある。
それにはもちろん、理由もあるんだ。
「これか」
みんなそれぞれに現世でやることがあるんだろう。
天国修行をするだけのなにかが、たぶん。それぞれに。
ただ修行して終わりってことじゃあ、ないよなあ。
なにせ私は、もうすでに覚悟の準備を始めている。
だけど同時に休む前の息苦しさを思い出している。
いまを、得てきた力をまるごと否定したって、現実にあるものはなくならない。
正しさは常に足りないだけじゃない。
欠けている。
なにかが起きれば、と。なにか変えられれば、と。
そんなのいっつも足りないし、欠けてるし、ろくなものじゃない。
お母さんは私に「よく考えなさい」「焦らないで」「落ち着いて」と言う。中学で面倒を見てくれた先生たちも、半分くらいは同じことを言っていた。
お父さんは逆に「よく行いなさい」「集中して」「思いきりやって」と言った。やっぱり中学でお世話になった、残りの先生の何割かは同じように言ってくれた。
どちらもやっぱり足りないし、欠けてる。
でもそれは私がどうにかするものだし? そうしなきゃいけないってものじゃない。だれかにそれを押しつけるものでもない。
むずかしいね。ほんとにさ。
生きるのほんと、たいへんだ。
死を安らかに迎えるのも、尊び守るのも。
葬儀社の人はどう接しているんだろう。
想像することもできないや。おくりびとくらい見ておくべきだったのでは。いや映画て。
「ねえ、どこまでいくの」
「ごめん。ちょっと確認してた。帰ろうか」
「もういいの?」
「うん。もう、いい」
まずはあめ玉を試すより現世に戻ろうと決めた。
作戦を告げると彼女は賛成してくれたが、怪訝そうでもあった。
「その。確認しなくていいの?」
「やっぱり、現世の騒動を治める術がわかったら、そっちが先かなって」
「それはそうだけど。気が進まないようだから、さ。そのあめを舐めて、もっと別の手段が見つかるかもしれないし」
「ううん。たぶん、そんなのないよ」
敵のなにかがわかる。情報を探ることができる。
そう信じてはいるけれど、敵の魔方陣をどうにかする術は見つからないのでは。
見つかったとしても、いまの術とたいして変わらないのでは。
あんまり期待していない。
なによりもね? 正直、怖いんだ。
この怖さは、うちの親と美希さんち、それにお母さんの仕事仲間が集まってわいわい盛りあがっているとき、美希さんが「アゴをあげて、斜めから見下ろす角度で決めぜりふ言うのおかしくない?」と言って走った緊張感なんか比じゃないレベル。
アニメでしばしば見かける。
それ言ったら侍同士の一騎打ちで、斬られた側が間を置いて、突然いっきに血がぶしゅって出る演出だって「おかしくない?」になる。私はあれの初出って黒澤映画の用心棒のラストだと思ってる。ロボットアニメで必殺技ののち、ちょっと間を置いてからの大爆発とかさ。いろんなアクションに活用されてるイメージがある。
なんとか冗談を挟んでごまかしてみたものの、無理だ。ごまかしきれない。
現実と付き合うのはいつだって大変すぎる。
結集した金色をあめ玉に。金色フォルダのように、アマテラスさまがあめ玉修行のときにくれた化粧箱をつくり出して保管する。御珠のように身体に押し込んで収納。取りだしてみて中身を確認。無事、あめ玉は保管されている。
呪文を唱えて元の世界へ。
そろそろ朝になっていてもおかしくないと思うくらいには時間がかかったものの、まだ深夜二時を過ぎたくらい。
すぐそばにノンちゃんがいた。さすがに深夜ともなると疲れた顔をしている。
情報を共有するかぎり進展はない。二十三区は魔境と化している。細かな情報が一切はいってこない。シオリ先輩がさばききれないくらいの情報量でネットの発信が増えていて、もはやなにがなにやらって感じらしい。そりゃそうだ。
だれもがそれぞれのテンポやリズムで生きている。
お父さんが布教してトウヤに響いたカードゲームのアニメ、私も横で何度か見てきたけど、すんごいテンポがいい。他にもさ? 負けじとテンポがいいのがアニメや漫画だし、特撮だってそういうところあるけど、全部が全部そうじゃない。
刑事ドラマも様々だし? 時代劇もいろいろあるよね。恋愛作品にしたって、十代の学生の恋愛と二十代、三十代、四十代、もっとうえと変わるにつれて変化していく。年齢だけでくくれるものでもないしさ?
ひとつしかない、それが正しさだなんてのめり込んじゃいけない。
でも、その違いがわーって情報の濁流となって襲いかかるなら? 総数の何割かが正しさにのめりこんでいるのなら。
整理しきれるものじゃないよね。
避難所に集まった人たちや、うちの学院に来た人たちからも「早くなんとかしろ」と罵声が飛んできているそうだ。全員じゃないにせよ、一部の声でも刺さるものは刺さる。
人口が密集する都心は行くも帰るもままならず、内部の侍隊にせよなんにせよ孤立している。
構わない。
「じゃあ助けに行こうか」
「ど、どうやって!?」
ノンちゃんがドン引きしてるし、いっしょに校庭を調べ続けている刀鍛冶の面々も「青澄がまたなんか言い始めた」って顔をしている。
説明は必要だけど、時間の猶予がない。
ノンちゃんから聞くかぎり、既に負傷者がやまほど出ている。
「空を飛べて、私の霊子を大量にばらまける、そんなマシンロボを用意してほしいの。あとは最低でもマドカ、狛火野くんの力を借りたい」
手短に説明をして、人を集めてもらう。
学生寮に走ってイヤモニだなんだを取ってきて装着。
ノンちゃんを筆頭に、何人か学院に残っていた刀鍛冶のみんなに小型の空飛ぶマシンロボを用意してもらう。私が用意をする間にファリンちゃんが話してくれたのか、円盤の形をしていた。
さっそく乗りこんで空に浮かべてもらう。
私がお願いしたふたりは既に作戦活動中で、移動中に合流するほかにないらしい。
それならしょうがない。
ファリンちゃんにいくつか具体的なお願いを伝える。ノンちゃんたちにも。
真夜中に無理を通してもらうことになるが、仕方がない。
『ちょっと! やれるの!? 説明を聞いてもぴんとこないんだけど!』
円盤の正面に大きな液晶画面が設置されている。そこにぱっと小楠ちゃん先輩の顔がアップで映った。
後ろにラビ先輩やカナタたちの疲れた顔が見える。生徒会も結局、前線の移動に応じて拠点を移したのだろう。だれもが憔悴している。現状は芳しくなさそうだ。
「この現象を引き起こしている魔方陣があり、それは死者を利用して維持されています」
『どうやって?』
「そこまで突き止めるとなると、どれだけ時間がかかるかわかりません。ですが対処する術があります」
『つまり?』
「死した命をあるべき場所へとおくるんです。これまで幽霊たちをおくったように」
『構成する死人を失えば魔方陣は存在を維持できないということね?』
「うまくいけばですけど」
『そこはやれると言いなさい!』
そんな無茶な!
責任を持てという、その要求と切迫した表情に気圧されそうになる。
麻痺したまま受けとめきれずにいる光景が、まぶたを閉じれば訴えかけてくる。
本来なら弔われ、焼かれ、納棺と共にみおくられる。そうあるべき姿の山、また山。
宗教や宗派によって異なるだろうけど。焼かないところもあるけれど。
それにしたって、あんな、むごたらしい姿のままで放っておかれるなんてこと、ない。
得た力のぶんだけ、それをどう用いるのか問われる。
具体的に、行動によって、どう生きたいのか。なにを望むのか。
「やります」
『できるかぎり早くね!』
通信が一方的に切れた。
ここにはマシンロボ稼働時に通信士を担当するルミナも姫宮さんもいない。
だれもが不安そうに私を見つめている。
立ち上がり、呼吸を整えた。
音響設備を金色化け術で出して、イヤモニ装着。
大神狐モードの発動を試みるも、ぱすんぱすんと気の抜けた音が尻尾から聞こえた。
大失敗。帯刀男子さまは私を許さない。
なにより私が持てあましてる。私のことを。
無邪気に信じられるいまが壊れた。
いまでも言えるのに。
ほんとかどうか、実際にやるかどうかよりも優先するリズムやテンポで生きてるときもあんの! って。
ゲームであんまり薄着な女の子だらけでパンツも見えちゃうのも出てくるし、なぜだかサッカーの漫画もアニメもボールは人に当たっても弾かれるんじゃなくて人を押し込んでいくし、どう見ても痩せ型の筋肉がろくにない子が軽々と東京タワーを飛び越えてスカイツリーに飛び乗れちゃいそうなジャンプもするし。いいもわるいもやまほど抱えてやってんの。開き直れないくらい問題に繋がったり起こしたりもしてんの。
だけどやっぱり傷ついてる人とか、広がった世界のぶんだけ見聞きする被害のひとつひとつとか、考えると立ち止まるんだ。なにもなかった頃には戻れないんだ。
まず生きて、そこから覚悟を何度だって求められるんだ。
ほんとくそったれ。
赤いのや黒いの、白いの、それにタカユキくんたちとの出会いで知った。
いろんな次元があるみたい。だから一概には言えない。
でも、ひとまずこの世界じゃ神さまは世界をどうにかする力なんか持っちゃいない。
みんなでどうにかするしかないわりに、みんなてんでちがうままだ。
私がきらうものをだれかが愛して、だれかが軸にするものを私は憎悪する。
そういうものでみんなぐちゃぐちゃに生きてる。
だれかが今回の魔方陣のようなことを、いくらでもやってくる世界に生きてる。
「よし」
口を開いた。思い切って歌う。
心に点火。いくらでも元気が出るように? いくらでも陶酔しちゃえるように。泣いてもいいし、怒ってもいい。歌っているときは、どんな感情だって出していい。
やっと自由だ。
だれを呪っても、どう祝ってもいい。
どんなに汚いことばも、罵声も中傷も、それが歌詞ならいくらでも歌っていい。
くさくてもださくても、一方的でもみじめったらしくても情けなくてもいいし?
あり得ないくらいかっこつけたり、胸張ったって構わない。
全身からあふれ出るのに任せて金色をありったけ出していく。一定時間後に発動する術をかけておく。
ノンちゃんたちが円盤の各所に設置してくれた放射口を通して円盤の外に出ると、加速しながら化けていく。いまの気分に合わせて、紅の蝶へと姿を変えて飛んでいく。あちこちに金色を飛ばしながら地面へと下りていく。
円盤は歩くように進む。マドカたちが合流してくれないと、広範囲にかけて霊子を満たすなんて離れ業はできない。大神狐モードなら、ある程度はがんばれたと思うけど、いまの私は自分の無軌道さを許せない。そんな気持ちの引っかかりが残り続けるかぎり、もうなれない。
真夏の夜に昔、お母さんと美希さんがふたりでお酒をちびちびやりながらプレイしていたホラーゲームがある。その歌が妙に印象的で、いまでもたまに聴いている。
天野月子さんの蝶を歌いながら、あのゲームほど物語のない蝶を地上に送る私は道化。
教わったことの意味も知らずに無邪気にはしゃいでいた幼く未熟な心の持ち主。
地上にやっと届きそうになった頃に蝶の羽根がもげて落ちていく。飛ぶのに必要な鱗粉が火を放ち、燃えていく。小さな火の粉に散って、それらはあちこちを照らしながら漂い誘う。見えない霊子を。魔方陣に利用されているパーツとなった霊子の数々を。結びつくほど炎は赤から青に染まっていく。
変容した炎はゆらゆらと揺らめきながら、空へとのぼっていく。円盤へと戻ってこようとする。
「――……」
円盤から放たれつづける金色の一部が蝶にならず、空中で輪を描く。
青い炎を出迎えるための場所として、漂い待つ。
「地上に、音、流しますか?」
「いえ」
刀鍛冶の子がノンちゃんに小声で尋ねたけれど、彼女はすぐに否定した。
私を見つめ続けている。入学してからの付き合いは「高校からの知り合いでしょ、長くはないんじゃない?」と思う人もいるかもしれない。でも私にとっては、とびきり長い。その長さに安心できるような顔で、彼女は私を見守っている。
いまは私のため。できればほんとは利用されてしまった人たちのためにしたいのに、ごめん。
なにをどう歌えばいいかわからないんだ。まだ。
ひとつ、またひとつ、青い炎が輪を通って消えていく。
円盤を操作、管理するためのコンソールやパネル類のそばにいる刀鍛冶の子たちの手元から「妙な霊子反応が消えていく!」「結界の負荷がなくなっていきます」と聞こえてきた。うまくいっているみたいだけれど、遅すぎた。あまりにも。
だれも救えなかった、救わなかった人たちがあの世に向かっていくのだから。
なにもうまくいってない。
蝶から連想するのは、お父さんとお母さんが「春灯にはまだ早いかな」と言って、ふたりでしんみり見ていた映画の主題歌。柴咲コウさんの月のしずく。私の中で、ふたつの曲はなぜだかセット。
二曲目に選んで歌いながらも、ありったけの金色を出す。
出し惜しみはしない。できそうにない。
喉が潰れたっていいくらいだった。
いや、そんなことしたら高城さんやトシさんたちにどれほど迷惑かけるんだ。
落ち着け。でも、止めたくない。
理想に振られた。
ひどく傷つく形で。
次を見つけられないでいる。
なのに悲劇はこうも続く。
やりなさいと、力が訴えてくる。
正しくあれと、足りないし欠けてるのに求めてしまう。
歌い続けているうちに、雨が降り始めた。狛火野くんとマドカが円盤の側面にある扉から入ってきたんだ。
「春灯! ユウの雨がいるんでしょ!」
「なにができるか教えて、て」
ふたりが呼びかけてすぐ黙りこむ。
私は歌をやめられない。
雨に合わせて蝶を雫に変えよう。炎を変える気はないけれど。
地上を焼く痛みはぜんぶ、月に誘われるように輪へとおいで。
そう願いながら歌い続けることを、やめられない。
ふたりがうなずきあって、私の見えるところ、ファリンちゃんがいるソファに近づいていく。
当たり前に意を汲んでフォローに入ってくれるふたりには無茶ぶりに応じてくれることに心から感謝を。
狛火野くんの力のぶんだけ、マドカがフォローしてくれるほどに術の範囲を広げられる。
ふたりの助力を得てなお、私にはあまりにも足りないんだ。欠けている。
もう彼らにできることがない。
物語りかた次第で、いくらでもいいように語れる。
けれど行ないを見なきゃだめだ。
死した魂をあの世へ。
お使いのようなことしかできない。
それでもいま、これをできる人はそういないんだろう。
どうかな。いるかも。
術を使ってそれっぽいことをしているに過ぎなくて、葬儀屋さんとか、死に接する職業はいっぱいあるわけで。ああ。もう、ほんと、だめだ。
こんなにめげてるのに、やめられない。
最低。
「降水範囲、拡大中」
「結界がフォローする東京西部まで浸透確認」
「佳村さん」
「都心に向けて加速します」
刀鍛冶メンバーが管制に移り、円盤の動力に負荷をかけて速度をあげていく。
だれも救わず助けられないまま、私たちは東に向かう。
せめて騒ぎが収まるようにと、それだけを一致する目的にして。
つづく!
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