第二千七百十一話
効率や合理の一本槍がなぜ足りないのか。
栄養だけを摂取すればいいなら、サプリや点滴でいい。
けれど人体は「噛む」「飲む」「味わう」器官があって、それらが無意味なわけじゃない。
それらをきちんと使うことが必要不可欠だ。歯も、口周りの筋肉も、まず存在するのだ。存在するからには使わないと、衰えていく。
栄養だけを摂取すればいい、などと単純化して、その単純化に合わせた効率や合理に特化したら?
実はすごく間抜けで、愚かなことを「これしかない!」「すばらしい!」と持ち上げることになる。
たとえばさ。食事だけじゃないじゃん? 消化もその他もろもろも必要な運動になるし、内臓はまずあるもので、口から入ってきた食事を消化するときを待ち構えている。尿も便も出るし、そのための器官も活動している。
人体が完璧か。とてもそうは思えない。
でも、その人体で産まれたからには、それと付き合っていくほかない。
月経痛にピルを。そんな感じで対処できることばかりじゃない。ホルモン剤にも副作用はあるのだし。
同じように栄養摂取をサプリや点滴だけで済ませるのは? ね。
何度か入院生活をしたけど、ひどく物足りないものだ。
たとえば栄養摂取のために食事が必要で、それは全部ゼリー飲料などのようにさくっと済ませればいいのなら? それに味は必要だろうか。世の中にあふれる多種多様な調理は?
あるいは、すべての栄養が摂取できるすごい野菜が開発されたら、もうだれも肉や魚を食べなくなるだろうか。畜産や養殖産業、漁業は絶滅するのだろうか。
そうはならない。それを望み訴える人はいるだろうけど。
いずれにしても、それくらいの話だ。
その程度のものだ。
効率や合理は結局のところ要素や情報を限定し、その状態に執着するほど、いくらでも愚かになるし、間が抜けたものになっていく。
オッペンハイマーは映画じゃ核開発にまい進したけど、まさかその威力を知りながら「よし、こいつをどんどん使おう!」とするとは思っちゃいなかった。広島と長崎の被害を撮影してきた調査隊の報告を目の当たりにして、ようやく「こんなものを、どの国も持って、使おうとする世界になっちまった」と実感して、さらなる破壊力を持った兵器開発には待ったをかけながらも、現実を受けとめられずにいた。映画の中じゃあね! 私が見たかぎりではね!
強烈な兵器があれば解決?
そんなマッチョな論理は通用しないし、そいつが兵器である以上は使わずにはいられない。
関心領域において反ユダヤ主義がどうとかよりも、ヒトラーやナチの方針に従い虐殺のための手段を構築し、実現すれば昇進して、妻とこどもたちと素晴らしい人生を過ごせるとなれば? 率先して考案する。積極的にね。それがなにを意味して、どれほどのことになるのか、彼らは想像していたし、理解もしていた。多くの中小や町工場がありながら、そこには人の営みがあり、人生があって、彼らが生きるうえで必要な資金を「高い」として積極的に海外の人件費の安い国に移した大手企業の社員らのように。ちゃんと理解していた。正規雇用は解雇しにくく便利が悪いし「高い」として、どんどん派遣に切りかえた企業や、あるいは公務員が無駄だと訴えどんどん派遣に切りかえた結果として役所からどんどんノウハウが消え去り、あるべき営みがどんどん損なわれていくとき、それを喜び推進した者たちだって同様だ。
自分の望み、期待する効率や合理のために、あるべき営みをろくに理解することもせずに、なにが起きるか理解しながらも「効率的でも合理的でもない」と、自分の、ないし自分の所属する集団の都合だけで切り捨てていく。
どれほど愚かで間の抜けたことをやっているとしてもね。
ただ「これが効率的だ。合理的なんだ。だからこれでいい」と信じるだけで?
私たちはいくらでも蛮行に及ぶ。
現代でも繰り返しているし、繰り返されてもいる。
あんまり頻繁なものだから、私たちは同時に正当化や責任転嫁を学び、発達させてきている。
別にそれは歴史的な虐殺だの、犯罪だのに用いられるだけじゃない。
言ってもわからないやつは叩いたほうがいい、とかね。
どうしてそうなったのか、なぜそうなるのか、全部ほったらかして。あるいは手に負えないからと、それまでのことも、これからのことも「面倒」で「コストがかかり」「効率的でない」から、暴力のほうが「合理的」になってしまう。
であるがゆえに「正しさ」になり得る。
現代でも、それを信奉している人は大勢いる。
戦場や紛争地、あるいは震災などが起きたあとの被災地などでも、これの信奉者による無法が起きやすいし? 実際には閉じた聖域になりやすい家庭、教育現場、職場においても起こりやすい。
いまの私だって、やってしまいかねない。
「ふふ、ふふふふふ」
「どんどん手が込んでいってない? ビルの外周を回るジェットコースターに、上下移動するためには明らかに不必要な巨大な観覧車。待ち時間を並ぶ通路を洞穴風や森林風に飾り立てて音楽を鳴らしたりする必要が?」
「うんざりするような待ち時間には必要でしょ。わくわく感が」
「で。そういうのに待ってられない層に向けては、アスレチックみたいなコースに変えていく、と」
「術か陣の支配下にあるか、あるいは動かずにはいられないパーツたちに必要かなって!」
世界に広がるサスケみたいなの、やっぱり欲しいじゃん?
でもって私が思いつくかぎりの店舗を中に入れてみた。
彼らが助けを求められるよう、医療向けの施設だって取り入れた。
総合商業施設兼、ビル型巨大テーマパークを目指してみたつもりだ。
こうなれば、さすがにメッセージもちょっとはマシな感想が寄せられるのでは?
そんな風に期待しながら、届いたアンケートを読み解く。
『とにかく不便。待ち時間が長すぎる。ファストパスという概念を知らないらしい』
『案内所がない。どこになにがあるのかわからない。なにより、それを聞けるスタッフがひとりもいない! 最悪! システム上、星ひとつあげなきゃならないのが腹立たしいレベル!』
『いろいろ遊べますよみたいなどや顔が思い浮かぶが、盛り上げるスタッフとかBGMとかが一切なくて白ける。おひとりさまはよそへ行けって感じ』
『トイレがねえんだよ!』
『案内というものの概念がない場所。最悪』
『なにもかもが冗長。待ち時間もアトラクションもアスレチックも、ただ長ったらしいだけ。付き合いたくない』
震えたよね。
「く、ぬぬぬぬ」
「落ち着いて? あなたの目的は彼らをもてなすことじゃない」
エージェントの正論も、私のショックをなだめるほどの力はなかった。
「意外と余裕のあるパーツもいるね。それに場所を与えてみると、彼らはまるであなたの陣の影響下に置かれて、少なからず人間性を取り戻しているように見える」
「えっ? なんて!?」
「だから落ち着いて。彼らの感想に憤激するくらいなら、いったん見るのをやめなさい」
「でもおおお!」
「ほら。私を見て」
両手で私のほっぺを強く掴んで、無理やり隣に座る彼女に向けさせられる。
「あなたの双子の姉の力の影響か、それともあなたの術の影響か、それらの相互作用によるものなのか。パーツに変化が生じている。環境が変わったせいかもしれない。いずれにせよ、この変化は興味深いものだよ」
「でもでも! 評価がぁ!」
「そんなに気にしなくても」
「気になるの! 傷つくでしょ!」
「自分じゃどうにもできない大勢の意見に? いちいち? 疲れちゃうし、いくらでも傷つくことになるでしょ。ろくなものじゃないよ?」
知ってるよ!
仕事でいやっていうほど実感してるよ!
仕事でも一喜一憂するし、それについてトシさんたちにも高城さんからもさんざんアドバイスされたり、付き合い方を指南されたりしたよ?
でも、響いちゃうものは響いちゃうよ!
「で? 興味深いって、なにが?」
「まるであなたが歓待する客のように彼らが振る舞っていること。そして、彼らが窮状を訴えてこないこと。クリニックとか、相談所とか、そういうのは作った?」
「設置したよう」
でも、それらしき訴えはひとつもあがってこない。
なんでだ!
「だとすると推定されるのは」
「されるのは?」
「だれもあなたには相談したくないか」
「ぐうっ」
「あなたの術や陣に、彼らが相談したくなる力がないか」
「おふぅっ」
「あるいは、それよりもっと、彼らが遊びたがる存在になるだけの影響力があるのか」
「ぬうう!」
エージェント!
ぼこぼこになっちまうよぉ!
推定される見立てが鋭利すぎてさぁ!
「ただ、いずれにしても不思議なのはね? これまでの推論から、彼らには余力がないか、極めて厳しい状態にあるはずだった。なのに、あなたの陣の中に入ると息を吹き返したように活動的になる。それはなぜ? 彼らが回復しているのか。それとも、なにか別の理由が?」
たしかに不思議といえば不思議だ。
ファリンちゃんの指摘を聞いていて、私も気づいたことがある。
「私のビルは改良を重ねているとはいえ」
「まだ一段階だけどね」
いいの! 一段階でも!
「彼らに負荷をかけている。現世に起きている現象を思えば、パーツが爆発したって不思議じゃないのでは? あるいは、爆発に繋がるようななにかが起きるのでは。だけど、そんな兆候はないよね」
「奇怪な肉の爆弾を生み出す、という現象は起きていないね。なんらかの影響を周囲に及ぼすといった現象も見かけてない」
疑問が生じる。
「私の術はなんらかの影響をもたらしている?」
「鍵だけでも、炎だけでもないなにかが影響を及ぼしているのかもしれない。問いは他にもあるけど」
「彼らの反応そのものも、彼らの存在そのものも謎のままだもんね」
「彼らの状態もね」
「おぅ」
そうそう。それも知りたい謎のひとつだった。
なにもわからない。ただ問いは立っていく。
いくつもいくつも生えていく。
ついつい正しさに頼りたくなる。
とりわけ解決が期待されるときには、特にそうだ。
なにかをせずにはいられない。
解決や答えを求めずにはいられない。
人体が完璧でも完全でもない。心身においては言わずもがな。発達だってそうだ。私たちが共同体としても、個々人においても、あらゆる支援や資源、関係性や環境においても、多くを必要とする。
こんな不十分で不完全なの、どうかしていると言うのはたやすい。
でもね。不十分で不完全なままだから、それをどうにかしようと試行錯誤するし?
どうにもならないことがあるとわかるから、それとどう付き合おうか試行錯誤するんだ。
世の中は合理性だけで構築されているのではない。
まあ、こんなの紋切り型の単純な物言いでしかないんだけどさ。
あらゆる要素を踏まえて、その膨大さをどうするかっていう問いと付き合っていくほかない。
現状で判明しているのは?
「私の術や陣じゃあ、彼らのレビューや感想を受けつけることはできても、いまのところ窮状を聞くことはできそういにない、か」
「諦めるのが早いだけかもしれないけどね」
「ううん」
工夫次第で状況を変えられるかもしれない。
だけど、これまでの工夫と同じように手探りになる。
手探りするにしても制限はある。
都心を目指して移動すること、そこまでの間で彼らには私の金色皮膜を通ってもらうこと。
これが第一であって、その後の行動は皮膜をあめ玉にして、それを舐めることが優先される。
彼らのメッセージを聞けたなら都合がいいのだけど。
どうも私の思うとおりにはいかないみたいだ。
まあ、そんなの当たり前なんだけどさ!
じゃあどうするかって話だよ。この思うとおりにならなさをどうするのか。
彼らの足跡が記録されていく。
私の術の中で。
あるいは、巨大なビル状の、私の魔方陣の中で。
彼らはたしかに記録されていく。彼らの行いによって。
純粋な行いとは言いがたい。私の影響を受けているのだから。
でもそれは、術じゃなくても、陣じゃなくても変わらない。
生きているかぎり、私たちはあらゆる支援・資源・関係性・環境の影響を受け続けるし? 与え続ける。問題になるのは、むしろその具体的な内訳だ。
私の術や陣の影響がわからないかぎり、ここで記録したものの意味を読み取るのはむずかしい。
そう。
無垢なる記録はない。
記録した者の影響が残るのだ。
それを眺める者の影響も生じる。
私たちは無垢なる情報をやりとりすることなどできない。
せいぜい、その程度を意識していくことが精いっぱい。
「そうか」
見方を変えるのもいいかもしれない。
いまの私の術と陣はまだ、彼らのSOSをそのまま受けとる力に欠けている。
一方で彼らをパーツにして陣にした連中の影響から全員を解放することはできないまでも、その一部を施設で緩やかに過ごすよう促すことはできている。
そこに彼らの人生の足跡が浮かびあがってくるのではないか。
実にささやかだ。
いまの状況にそぐわないと言ってしまえばそれまで。
でもね?
これを不要だなんて、私には言えない。
この術と陣で最初に達成できたのが、彼らのありようを記録することだったとしたら?
私は私を誇りたい。十分じゃなくても。足りなくて欠けてるばかりでも。できないことが重要だったとしても。でも、誇りたいのは私だけじゃ足りない。
お姉ちゃんとか、ファリンちゃんとか、これまで力を育てるにあたって助けられてきたすべての支援や資源、関係性や環境のすべてに感謝せずにはいられない。
ああ。だから足りないのは私のぶん。と同時に私が求める支援や資源、関係性や環境のぶんだし?
彼らに必要な支援や資源、関係性や環境のぶん。
そこをどう埋めるのか。思いつけたらもっとよりよく記録したり、彼らの訴えを聞けるのではないか。
今日だけに閉じないで。
どうか、この記録をずっと抱えていけるように手を突くそう。
抱えていくよ。みんなのこと。できるかぎり、めいっぱい。
いまを諦めず、これから先も諦めないでいられるように。
そのうえで試行錯誤を続けよう。ずっと、ずっとね。
出会えてよかったって言えるように。お互いに、そう言って笑えるように。
どんなに手遅れでも。間に合わなかったのだとしても。
送られてくる感想が辛辣であったとしても! いや、そこは正直、手加減してほしいけど!
だとしたら、施設に方向性を提示しよう。
時間稼ぎとか、ありそうな施設を用意するとかだけじゃない。
彼らのありようがわかるものを。
少しでも多く、増やしていこう。
つづく!
お読みくださり誠にありがとうございます。
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