第二千七百十話
金色が一枚の壁を再現して、目の前にいくつも浮かびあがっていく。
娯楽や休憩スペースは思いのほか繁盛している。なにゆえ?
そして設置したノートやインクなど、諸々のメッセージ投稿コーナーはもっと繁盛している。なぜ?
そうして届いたメッセージが、いままさに私とファリンちゃんの前に出てきているのだが。
「ひらがなでもアルファベットでも、漢字でもないね」
ファリンちゃんの言うとおり、文字になっていないウィンドウがいくつも出ている。
筆圧が強すぎるもの、逆に弱すぎて薄らとした線しか描かれていないもの。
設置したインクにつけた手や足をべたべた貼りつけたものもある。
それが顔ってケースもある。だけど形相が明らかになるほど綺麗に仕上がっているものはない。
この術再現で最初に体験したときのような、あのホラーの感覚に重なるなら? それこそ恨みや辛み、怒りや妬みなんかがこれでもかと、わーっと書いてあるものかと思った。
「絵も来たよ?」
「絵文字みたいなのもね」
ふわふわと歪んだ線で、丸っぽいものや四角っぽいものが描かれている。
そのなかに点を打ったり、線を描いたりして、顔を再現したものもある。
だけど、よくわからない。なにを伝えたいのかが。
「そろそろダンジョンの七部目あたりまで満たされそうだけど?」
「うっ、ううん。待って!?」
パーツはどれもこれもがバラバラにされて、敵の術と陣によって支配・抑圧されている。
それでも全体のなかで一部とはいえ、娯楽や休憩を選んだ者がいる。
当然だ。だれもかれもが同じじゃないんだ。休みたかったり、遊びたかったりする者がいる。
どれほど命じられようと「いいや! 俺は休むね!」「私は断固として遊ぶぜ!」と選ぶ人が。
で、その中のごく一部がメッセージを送ってくれている。
漫画のアプリとか、様々なSNSとかを見ているとね? だいたいフォローをしている十分の一くらいまでが反応を残す。アクティブな人が優先されるから、そのうえで大概は十分の一くらい。で、さらにその十分の一くらいが、言葉にする。感想を書いたり送ったりするんだ。
それくらい反応を示す行為や手間が増えるほど、それを行う人も減っていく。
でもね? だとすると、集まった人数に比して送られてくるメッセージの数が少ない。
発信しにくいせい?
敵の術や陣の影響が強いせい?
まだ他にもハードルはある。私の雑な体感で簡易的なリアクションに十分の一、より具体的なリアクションにさらに十分の一と見なしているのであって、それはもちろんプラットフォームだ雰囲気だなんだの様々な影響ありきで成り立っている。
だから雑にそうなるってものじゃあない。
でも学べる点がある。
一から書いてもらうっていうのがいけないんだ。
あるチェーンのラーメン店じゃラーメンのお好みを紙に書いて提出するし? SNSはハートやサムズアップ、みんなに広めるボタンがある! 口コミサイトじゃグッドか良い悪い、あるいは三ツ星から五ツ星までの評価をつけるなんていうのもあるね?
もうちょっとむずかしくなるとラーメン屋さんで「お好みは」と振られる。あれと、おしゃれカフェの注文、好みのオーダーなんかもそう。どちらも人によっては「めちゃくちゃハードルが高い!」、なんなら「もうそのお店に行きたくない! 怖すぎるぅ!」まである。
人によるんだけどね。
居酒屋をはじめ、いずれはチェーンでも普及するであろうタブレットで注文できるのが楽な人もいれば、口頭で注文をするのが楽な人もいる。
なにが楽かは人によるし?
リアクションをつけるのも、メッセージを送るのも、それがどれくらいのハードルなのかも人による。
SNSのリアクションが示すように、その意味合いだって人によるし?
メッセージがそうであるように、その言葉がなにを意味するのかだって人による。
好きとかなんとか褒めてみせても、裏で陰口たたいているなんてことをするのが人間だもの。
実はアンチだったみたいな人が好きと言う人の何割かっていったら、もちろん十割じゃあない。そんなことはないんだけどね!
でもまあ、簡単にリアクションをつけられるテンプレートがあるといいかも。
呟きアプリのイイねをつけた人は「SNSの在り方を変えすぎた」と述懐してるようだけど。よっぽど悩んだそうだけど。悪いねつけるかどうかで迷ってやめたそうだけど。
でもって、真偽が定かじゃない。どれもこれも眉唾ものの話だけど!
テンプレがあるとわかりやすいかも。
ミシュランガイドのレストラン紹介の星が多くのシェフの人生を歪ませて狂わせたように、評価は正直ろくなもんじゃない。飲食店の口コミサイトも評価を使ったビジネスモデルでけっこう際どいことをやってるみたいだし? 嫌がらせだなんだでレビューする文化も世の中にはけっこうあるし。
ぶっちゃけ評価は数字も星の数も信用できる指標なんて、およそ十割ない。ごく個人的なものに過ぎない。でもって、それでいいのだ。評価って、個人的なものでいい。権威性をもたせてビジネスモデルに取り入れる試みは何百年も活用されていることだろうけど、そんなものでいい。それくらいのものでしかないし、それくらいのものでいいのだ。
それくらいのもの、レビューだ、レビューの利用だ、ビジネスモデルだなんだにも、それぞれの”正しさ”がある。先に確認したように”正しさ”が自分の利に閉じているとき、つくづくろくでもないものになる。だから正直迷いはある。
なので内容を練ろう。
リアクションボタンの設置とアンケート方式にする。既存の投稿を残したままで。
絵文字ボタンもつけよう。どれでも好きなように押せばいいじゃない!
さらに金色と炎を注いで転化の術をかける。膨大なビルのなかで、八割に届くまでにはまだ若干の時間がある。九割に近づくあたりがデッドライン。そうなる前にビルダンジョンを解体して、場所を移す必要がある。
およそ思いつくかぎりのボタンを設置してみたものの、即座に反応があったのは? 絵文字だ。
笑顔が二、三割。泣き顔が六割。怒りが一割ちょい。比率が直ちに変わる。救急車や包丁、SOS。バツやNGなんかも続くけど、それがなにを意味するのかまではわからない。
アンケートを用意したけど、意味のある回答は得られなかった。だいたい私もろくな質問を用意できなかった。なにをどう聞けばいいのか、さっぱりわからないんだ。
名前、年齢、住所、職業など。個人情報にあたるものに記載は一切ない。
伝えたいことはないか。あなたの身になにが起きたか。どんな助けが必要か。
そういった質問をわーっと用意して、最後に「なんでもお好きにどうぞ」と、よくある自由回答欄を用意した。その自由回答欄にだけ、読み取れない不思議な文字がうじゃっと書いてあるものが、何枚も届く。それらにはなにか、意味があるような気がする。そこには彼らの”正しさ”がぶつけられているような、記されているような、そんな気がするんだ。
相変わらず読めないけどね。
「八割突破! 九割まで加速してる」
「閉じます!」
届いた情報はぜんぶ、金色をファイルにして、金色映像をぜんぶぎゅっと中に閉じ込める。
巨大ビルダンジョンを解体。ぜんぶ円盤に吸いこむ。展開した金色膜を順次、金色雲に変えながらパーツを地面に滑り下ろしていき、最終的に回収。
炎バリアを纏った円盤で、さらに都心へと向かう。
その道中で回収した金色をあめ玉に転化。ファリンちゃんが細かく調べる間、私は金色ファイルを開いてパーツのメッセージを読み取ろうと取り組む。
残念ながら円盤の移動速度は決して早くない。隣の市に移動するまでにそれなりの時間がかかる。
なんらかのメッセージではあるんじゃない?
でも読み取れない。
読み取れなくてわからない。
質問の回答がまるでないのもなあ。
内容が悪いのかな。項目が多すぎるせい?
それともしんどい内容で入りすぎ?
ニックネームとかにする? そういう問題か?
書いてもらったところから、あめ玉の術のように探れないかな。
金色ファイルを開いたまま膝に乗せて、自由回答欄の文字に金色を通してみる。
それとは別に左手に金色を出して紙切れに化かすと、文字を通した金色を押し当てた。塗り込むように、指先を擦りつけていく。左上から右下へと、紙片全体に染み込むように念入りに。
それから右の手のひらを当てて、願う。
どうかなにを伝えたいのかを教えて、と。祈るように化け術をかけた。
なんらかの意味ある内容になりますようにって。
ドキドキしながら見守る。数秒が経過して、十秒が過ぎ、三十秒になろうというときにやっと変化が起きた。もう諦めて紙を消しちゃおうかと思った矢先に、真っ白な紙に黒い染みが浮き出てくる。
ファイルに綴じた紙とは異なる、具体的な文字が出てきた。
「お!」
息を呑んで見守るなか、文字は示した。
『飲食店がない。荒廃してる。人をもてなす施設がない。道がぐねってる。店がありそうなスペースが軒並みシャッターで締まっている。終わってるビル』
「ん!?」
思わぬレビューに固まる。
いやいや。
そうじゃないじゃん。
ちがうじゃん?
そういう趣旨のアンケートちゃうやん。
いや、たしかに自由回答欄だったけれども!
あなたたち、そういうこと書く余裕あるんか!?
そういうノリなん!?
あわてて他のページでも、いくつか試してみる。
『くつろげる店がない。大勢が入り込むことを想定していない点がダメ。ベンチもなにもない。ショッピングもなにも楽しめない』
『来なきゃいけないんじゃなきゃ、わざわざ来る場所じゃない』
『まるで都心の一等地ぶってる感じ。鼻持ちならない』
『なにがしたいのかわからないビル』
並ぶわ並ぶ。容赦のないレビューがよぉ!
「ほ、ほ、ほぉおおん?」
ちがうじゃん?
そういう感じじゃないじゃん。
え。私の思い違いで、みなさん意外と余裕ある感じ?
『期待外れ。俺たちを助けてくれそうな場所だと思ったら、ただただ歩かされる。苦痛。なんでわざわざダンジョンなんか。面白みもなにもない。アスレチック番組くらいはみろや』
『救助が来た、あるいは弔ってくれるんだと期待した。そんなものはなかった。ただのくその寄せ集めだった。まるでコピペしたような、なんのひねりもない迷路。退屈。疲れるだけ。いつどうなってもおかしくない自分たちを苦しめるためだけに存在している』
さっきよりも長さときつい言葉の比率が増してんよぉ!
「く、ぐ、ぬ、ぬぬぬ」
かちんときちゃうなあ!
いくつか参考にできそうな内容も、そりゃああるよ?
あるけどさあ! キミたちさあ! 言い方ってものがあるじゃない!
傷ついちゃうでしょ!
「落ち着いて? 人は好き勝手いうものだよ?」
どういうフォローなの、エージェントぉ!
「私たちの目的に添っている。だいじょうぶ」
「ふうぅ、ふうぅ」
いけない、いけない。キレちまいそうだったぜぇ!
深呼吸をして、自分をどうどうとなだめてから考え直す。
みんな、あのよくわからない文字で、こんな複雑なレビューをしてたのか。
そりゃあ彼らの言い分もわかる。
彼らを歓待するための施設じゃない。彼らが来ちゃったら、私たちはボコボコにされるどころじゃ済まないくらいの暴力に襲われる。だから時間をかけて、集まってもらう必要がある。
あるんだけど、そりゃあ彼らにとっては気にくわないことだろう。
落ち着いてきた。
彼らは真っ当なことを訴えているし? 私たちはあえてそうした。
だけど、娯楽だなんだに時間を取られたり、むしろそっちに流れるパーツがいるのなら? 食事だなんだができる施設を用意したら、より彼らの進行速度を遅らせることができるかもしれない。
あれ?
なんかゲームみたいになってない?
もうちょっとちゃんと商業施設みをつけろ、とか。まるでコミケみたいに大勢がわっと殺到するんだから移動しやすくしろとか、そりゃあ文句も出るか。後者は応えられないけど、休憩施設だベンチだなんだはあっていいかも。
私なにやってんだ? ダンジョンとは?
いや、そうじゃないでしょ。
もっとこう、助けがどうとか、具体的にどういう状況か確認できるようなメッセージはないのか。
それどころじゃないですか。
私の思うような言動を取れなんて、一方的に求められないもんな。
彼らそれぞれのペースに合わせないと無理だ。
そう考えたら?
頂上を目指して直行する、ないしそうせざるを得なくなっているパーツも、そりゃあたくさんあるけれど、全部じゃない。私の設置したメッセージ送信に応じたパーツも、これだけあるんだ。
みんな同じじゃない。
ちがうんだ。
これは収穫! 明らかに私たちの目的にとって大きな利点!
応じてくれるパーツがいる。
いまのところ苦情十割だけどね!
彼らには需要がある。してほしいと願っていることがある。
クレーマー相手に応じるこたぁない! でも、需要の一端から、彼ら以外の沈黙した大勢のパーツの潜在的な需要に繋がっているケースもある。これを利用しない手はない。真っ当な要求なら、応じて損もなし。いやな理由も特になし! よっしゃ、使っとこ!
あれ? やっぱり私、なにやってんだ?
ええい。
彼らが私の求める都合のいい「助けたくなる存在」かって!
そんなわけないんだって!
落ち着いてこ? 打てる手を打っていこう。
アトラクション方式にしちゃおっかな。ほら。舞浜のテーマパークを代表に、人気の高いテーマパークほど「待つ」じゃん。それってボトルネックじゃん? そういうアトラクションを乗り継がないと先に進めないダンジョンにしたらどう? 案外待つパーツも出てくるかも。無視して突っ込んでくる、コミケの朝ダッシュみたいな人たちもいるかもしれないから、そっちの対策も考えておきたい。
ねえ。
おかしくない?
私の考えてること、ずれてきてない?
だいじょうぶそ?
ええい! わかんないけど、やるぞぉ!
未来ちゃんが通ってるカウンセリングとか、書籍を用いて言ってた。相談しやすい環境作りってけっこうむずかしいみたいだって。
パーツの一割、あるいは一分でもいい。彼らが相談しやすくなる場所を作ったなら、彼らを通した霊子を集める以外のアプローチも増えるんだ。情報の信憑性もあがるかもしれないんだ。
だから全力でお出迎えするダンジョンにするぞぉ!
関東中が襲撃されてやばいときにすることがこれでいいんか!? セルフツッコミがやめられないけどもぉ! やるよぉ!
つづく!
お読みくださり誠にありがとうございます。
もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。




