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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千七百八話

 



 宙に浮かぶ円盤の下側、中心から炎が地面に放射される。

 傍から見たら、私たちって完全に大悪党だ。

 構築した建築物はお父さんやトウヤが嫌い、お母さんが憎悪する複雑なダンジョン構造にしてある。

 一直線で最上階に辿りつくことはできない。のぼってくだって、またのぼったら今度は落ちて。いったん外に出て壁沿いの通路に移動してのぼったと思ったら床が崩落して、壁沿いのキワキワのところを壁に背中をぴったりつけて、恐る恐る移動して。やっと進んだと思ったら行き止まり。だけど天井が崩落していて、箱かロープを使ってのぼっていく。そういう繰り返し。

 鍵を右に二回転。およそ二倍速に設定。

 建築物の周囲を覆うように、円盤からピラミッドの形を模して金色の皮膜を展開。

 私たちが期待したとおり、大量のパーツが殺到してくる。

 円盤の周囲をお姉ちゃんの炎で囲み、空からの攻撃を防いだうえで超高層ビルダンジョンの立体再現の状況を眺めた。金色の中に、赤い点で表示されるのが一体のパーツ。そして実際に私たちが目にしているのは、赤い波がダンジョンの通路を埋め尽くしていく状況だ。

 ただ、その波は時折ぴたっと止まったり、動きが鈍くなったりする。

 最初に懸念していた壁や天井の破壊などは一切起きない。なんなら順当にダンジョンを制覇しようとしてさえいるし? ここからどう行くのかわからない、みたいな状況になったり、ファリンちゃんの提案するボトルネックに阻まれて満足に動けなくなったりもする。

 あと前方に勢いのいいのが殺到するぶん、まるで個体差があるのかな? 波から飛沫があがるように点に分かれていく場面もちらほらと。

 外壁沿いに移動する場面では飛んだり、動けなくなったりするパーツも続出していく。

 空を飛ぶ両手の鳥は最初こそ円盤めがけて突撃してきたが、あっさりと燃やし尽くされたのを見て怯んでいる。それでも殺到してきた鳥の中には蛮勇を示す者もいたが、全部じゃない。


「案外、個体差があるんだね」


 私の感想にファリンちゃんも神妙な面持ちでうなずいた。


「陣の緻密さなどから、動きも能力もすべて一定に整えられているかと思ったけれど、ちがうみたい」


 不思議とこぼす彼女にうなずく。

 いま私たちは円盤の真ん中に設置したソファにふたりで座って、じっくりと映像を眺めている。

 世の中にいま、すこしずつ、着実にある診断名が浸透している。

 発達障害である。だけど、その診断には時間をかけて丁寧にいくつかの工程を経ていくし? 実のところ過剰に診断されているケースが見られる、そんな傾向が明らかになってきているという。長い時間をかけるべき診断を一切すっ飛ばして簡単な問診、現状を探るテストの実施によって、さくっと診断名を出して「はい、じゃあお薬だしときますね」をやる医師やクリニックが増えているという。

 学校でも会社でも、できないことを揶揄する言葉は過去から枚挙に暇がない。

 その中に発達障害を含めるという、モラルが壊れてどうかしてる人がいる。一方で、そうした揶揄に心の底から悩み相談にくる患者さんとか、家族や身内に言われて不安になりながらやってくる患者さんとかが多いことだろう。

 実際にはベッセルがあらゆる精神疾患に向けて疑問を呈して、ときに批判を展開する「診断名をつければいいのか」という問題は発達障害の診断名においても発生しているのである。

 逆に言うとね?

 学校においても、会社においても、個々の特性なんかお構いなしに「あれやれ」「これくらいできるべき」っていうものがありすぎている。

 他方で家庭にも、経済事情にも、だれもが必ず死ぬまで積み重ねる発達にも、個々の身体機能や特性の違いなどにも、一切勘案しないものもあふれてきている。

 実態にそぐわない。

 おまけにみんなの余裕も余力もなくなっている。

 なのに要求するものの水準や、欲求する強さ、強迫性はむしろ増している。

 なにせ、みんな余裕がなくなるばかりなんだもの。

 余力もなくなるばかりじゃ、個別のケースに対応しきれなくなってしまう。その気がある、それを行なえる人でさえもね。おまけに、できるけど断れない人ほど負荷を押しつけられる傾向も増している。

 貧して鈍していく最中にあるからさ?

 ある意味、環境が整っていないか噛みあわない人がいたとき、その人だけじゃなくて、他の人たちにとって、それぞれの実状や余裕のなさ、抱えるタスク、求められること、そこから生じる情緒的・身体的反応なども、しんどさや怒り、恨みやめげる気持ち、どうにかしてくれーとか、正当化したいとか、依存できる物語が必要になる。

 そこに発達障害というものを便利に使いたいイデオロギーが肥大化し、着実に顕在化してきているのではないだろうか。

 発達障害があるということにしたら、それを免罪符にできる。

 とりわけ職場においては「退職を勧める」ことさえ、やりやすくなるだろうし?

 揶揄したがる人たちにとっては格好の攻撃材料になるし。

 自己責任を内面化して適応しようとする人ほど「自らの特性を理解して行動を修正する」だろう。

 でもね?

 そういう「わかりやすい」話じゃないじゃん。現実って。

 発達障害によって生じる状態は、しばしば心的外傷によって生じる状態と重なる。

 けれど、これを厳密に見分ける術は現状、まだないという。

 環境的要因や関係性要因など、数多の要素を勘案しなきゃだし?

 たとえば日常的に罵声が飛び交う職場で困難を来した状態に陥っている人がいたとき、その人に診断名をつけて薬を処方するのが適切?

 ちがうじゃん。

 職場の問題をどうにかせえってなるじゃん?

 そうでなくてもさ。

 ぶっちゃけ個人差がかなりあるじゃん?

 ないかのように言う人はたくさんいる。

 社会人たる者、これこれこうするべき! みたいな人、たくさんいるよ。

 でも現実には、それでぱっとみんなが一律同じくらいできる、とはいかない。

 みんな同じようには動けないし、動かない。同じように考えないし、考えようともしない。

 当然だ。

 みんなちがうのだから。

 まず、この違いをあることから始めないとだめだ。

 だけど「こうあるべき!」を前提にする人、環境、関係性は実に多い。

 この摩擦をどうにかするために、しばしばイデオロギーが持ち出される。

 資本主義そのものもだし、職場ごとに存在する「ここで働くにはこうあるべし」もそう。

 性別や年齢においても生じるね。

 私たちはだれもが複数の社会的立場を持つ。

 その社会的立場に自分も周囲も、一定の要件と要求を持つ。

 ぷちたちにとっては私に。私にとってぷちたちに。

 うちでいえば、お父さんにはお父さんの、お母さんにはお母さんの、私にはトウヤのお姉ちゃん、お姉ちゃんには私とトウヤのお姉ちゃん、トウヤには弟で末っ子の社会的立場が家庭内に存在する。それだけじゃないけどね。性別、年齢はさっき言ったでしょ? 他にもうちはゲームする集団と、ゲームをしない私という社会的立場があるしさ。

 もう、いろいろあるわけ。

 で、このいろいろのちがいから生じる摩擦と、摩擦によって生じる刺激に情緒的・身体的反応をして、反応から生じたものを、私たちは具体的な言動によって表現していく。

 なんなら「遅刻したやつ絶対許さない」って苛つく人も情緒的・身体的反応から生じたものを言動によって表現しているし? 障害を用いて他者を揶揄し、なんなら職場や集団から排除する差別・暴力を行っている人だって同じだ。

 歴史のなかで、これを具体的に暴力に繋げた行為はやまほどある。

 イデオロギーに絡めて特別有名なのはナチの反ユダヤ主義。だけどナチも、当時のドイツ人も、ドイツ軍にユダヤ人がいると内通したドイツの侵略先の国々の人たちも、だれもかれもが反ユダヤ主義にどっぷりだったわけでも、傾倒していたわけでもない。

 イデオロギーはあらゆる個人の欲動や情緒的・身体的反応の行使、あるいは自己の保身のための言動を正当化して、このために自分の行ないは許されるし、責任は自分にないと転嫁するための都合のいい「接着剤」として活用される。

 自分か相手を特定の属性に当てはめて、象徴化された社会的立場にあてがい、責任転嫁と正当化を果たすのだ。

 別にナチほど極端な例を持ち出さずとも、彼らと同じことを日本のおじさんお仕事ドラマでいっぱい紹介している。現場がどうこう、営業がどうこう、だからしょうがない、むしろ自分は昇進のためにこれをする、などなど。ロワーと呼ばれる現場はミドルと呼ばれる中間管理者などの、ミドルは経営陣などのトップとロワーとの間に挟まれた形で調整をするとして、それぞれがそれぞれの立場に閉じる。

 自分の立場において、自分の行動を正当化し、責任転嫁はきちっと行う。

 それぞれの立場、それぞれの視点に正しさがあるし?

 残念ながら、それぞれの立場、視点に正しさが閉じているので、みんなの意見は平行線を辿る。

 ミドルとトップがロワーの状況なんかロワーの自己責任、てめえらでなんとかしろやって態度だったら、ロワーはどん詰まりになる。ロワーとトップがミドルに対して同じ態度でも同じ。トップはそもそもミドルとロワーにおもねるつもりもおもんばかる気もさらさらないから?

 いくらでも事故や犯罪が起きる。不正が生じたり、それを隠したり、ごまかしたりしてね。

 でも、それっていくらでもやれちゃうんだ。

 解像度激低の「こうあるべき」を押しつけるだけで。

 話を聞かないだけで。

 自分の正しさに適応することしか求めなければ。

 いくらでも再現する。

 だけど、それは現実じゃない。

 みんな、ちがうのだ。

 とりわけ、現実に困難を抱えている人たちの存在が、社会に常に環境や関係性、社会的支援や社会的資源の問題を顕在化している。

 みんながちがうがゆえに、共同体であることの恩恵が私たちを緩やかにもたらされる。

 皮肉なことに、共同体であることの利点や利益しか求めない人たちのイデオロギーは、これを一網打尽に破壊する。

 そして、利点や利益しか求めない気持ちはだれの心の中にも存在する。

 世の中はそんなにわかりやすくも単純でもなんでもないから、利点や利益しかない、それしか求めないなんてことは、そうそう存在しない。

 じゃあ負荷はどこへ?

 大概、いま困難を抱える人へと、権力勾配の高いところから低いところへと、濁流のように押し流されていく。

 でもって、そんな現実が魔方陣を構築するパーツの個体差からさえ、いやってほど見えてくる。

 母数が多ければ多いほど、当然、みんなのちがいが如実に出ていく。

 これを能力の高低なんていう、極めて雑で安易な二項でしかみないなら?

 そりゃあもう。

 さぞ、世の中単純なんでしょうよ。

 でもちがう。

 お仕事はじめて飲食店のお世話になること増えたし、高校生になってコンビニとかお店とか中学生時代よりもずっと通う機会が増えた。手際のいいわるい、接客の程度、みんなちがう。ちがっていていい。別に。

 飲食店なら保存管理がまずくて臭うようになる食材を使わない、みたいな最低限さえ守ってくれたらいいし? お釣りをごまかすとか、クレカ情報こっそり盗むとか、そういう犯罪をしないでみたいな最低限ももちろんある。そりゃあ、あるけどさ。

 ある程度できたら、それでいい。

 カックンさんが昔バイトでお世話になってたお店の話をたまにしてくれるんだけど、その居酒屋ではメニューミスがしょっちゅうある。あるけど安いし、味もそれなりだから、大概の人はさして文句も言わない。それくらいゆるーいお店があったっていい。

 ワンオペって言うけど、お店の注文から料理の準備、提供、お掃除までひとりでしているお店もちょいちょいあるけど、そこでひとりぶんの料理しか準備しない人がやってたっていい。

 病院のお世話になることもぐっと増えたけど、まあ! 待つ! けどいい。待たないのが評判の病院もあるけど、それもそれ。ひとりひとりにじっくり時間をかけてるなあって思えるところもあるし、いろいろある。だけど、ぜんぶ「私がやってるんじゃない」し、みんな「私じゃない」んだし、それでいい。

 儲けなきゃだめみたいなイデオロギーもあるけれど、そうじゃないお店、商店があったっていい。むしろ、マイペースに生きる人とか、困難を抱えた人とかでも「うー、めんどいけどやるかー」くらいのゆるさで働ける場所が多ければ多いほど? 働けなくてもだいじょうぶな制度がフォローしてくれるほど? エンタメ産業の片隅で働く私にはありがたい。みんなのお金に余裕がないほど萎んでいくんだからさ。

 つらいならつらくなくならなきゃだめ、でも。できないならできるようにならなきゃだめ、でもなく。いまその状態のまま、なんとかやってける、そういう方向性が充実していったらいいなと願うばかりだ。

 だけど、この魔方陣はちがう。

 現実のように、ちがう。

 みんなが追い立てられている。

 適応を過剰なほどに求められている。

 鍵をもう一周、右に回してみた。三倍速になって、ダンジョンの進みがじわじわと加速する。

 だけど手こずり続けている。

 魔方陣の構築者、あるいは発動者に脅迫されて、ただ進むことしか許されていないかのような、そんな赤い点の少なくない数がビルから脱落していく。


「グロテスク」

「あなたが作ったものは、うまく機能している」


 慰めのつもりなのかもしれないけれど、正直微妙。

 必要だからやっている。でも、こんなつもりじゃなかった。

 こんなつもりじゃなかったんだ。

 私だってたぶん、落ちたり、背中を突き飛ばされたりする側だ。

 何万個ものパーツが殺到するビルでは、私はとてもじゃないけど先頭を無事に行けるとは思えない。

 なにより、この中にいたくない。

 こんな風に追い立てられたくもない。


「この迷路を作って誘わなくても、彼らは既に”支配”されている」


 ファリンちゃんがあえて厳しい言葉を選んでくれた。

 このフォローにはすこしだけ、気が紛れた。

 だけど、それをもって私の行ないを正当化したり、敵に責任転嫁をしたって私の行ないがなくなるわけじゃない。打ち消せるわけでもない。

 こういうものに疲れてしまうんだ。時折、どうしようもなく。

 なのに私たちは立ち止まれない。

 続けるしかない。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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