第二千七百六話
綿密な状況報告と確認ののち、あめ玉に細工を施して口に含む。
ぷちサイズのファリンちゃんを抱いて、鍵を出した。
今度は完全には時を止めずに行く。そのぶん、いろんな現象が私たちを目指して殺到してくる。
でも、わざとだ。わざと、そうした。
鍵に金色をめいっぱい集めて化かす。足を引っかけるフック、掴めるハンドルをつけて飛び乗る。鍵の先にロケットを装着。金色を装填して作動させ、宙へと一気に飛び上がる。
鍵の軸を抱くようにして密着しながら、まずは高所を目指した。
「なに、するの!」
私の胸元に顔を押しつけて、ぐっと冷える身体に怯みながらなんとか絞りだしたファリンちゃんの問いに答える余裕はまだない。
高速で移動するものにボディが必要な理由を身に染みて理解する。
風や温度、気圧などの変化をもろに浴びるのは、あまりにも負荷が高い。
カナタのバイクを見て、お父さんが「いいねえ。昔乗ったなあ」とこぼしていたから「もう乗らないの?」って聞いたらさ? 「車が楽なんだよね。結局」と言っていた。
屋根があり、風雨から守れる。エアコンもついているし、座席はゆったり座ってくつろげるもの。
言うことなしだそう。
じゃあ、いますぐ対処する?
抵抗が増すし思ったように飛べなくなるかもしれないのに?
「う、うう!」
ファリンちゃんの手が、私のブラウスを握り締めている。
必死にしがみついているのに、手に汗が滲んでいるのか、ちょっとずつずれている。
是非もなし。
右手を進行方向、現状では上空へと金色をばらまく。術にかけておいたので時間差でパーツに化けながら、鍵の先端を中心に組み上げていく。流線型のボディに翼をつけた。飛行機を連想して私なりに組み上げたマシンロボの中で操縦席をでっちあげる。機首に向けていた頭を起こした。足を先頭に向けて、計器やレバー、ペダルなどを設置していく。電装品などはイメージできない。
すくなくとも暴風から身を守れるし、落ちる心配をしなくて済む。
「さ、最初からこうして!?」
悲鳴をあげるように訴える彼女に応じる余裕がない。
私は刀鍛冶じゃない。再現しようとすると無理がある。
ロケットの稼働は十分。でも速度を出すほど、甘い設計ゆえにボディが軋む。
真っ当にやろうとしちゃだめだ。私にそれはできない。
翼がいるのはなぜ? 滑空して航続距離を伸ばすため。他にも翼のパーツで機体をロールさせることもできるはずだけど、私は戦闘機を出さなきゃいけないわけじゃない。
震動が増していくから翼を消す。
ボディは残そう。ファリンちゃんはいま、ぷちサイズなんだ。高速移動は過酷すぎる。だいたい、私も正直つらい。
魔法のホウキがあったなら。そう思って鍵を加工したけど、現実は世知辛い。ユニスちゃんがよく乗っているから便利なんだと思ってたけど、ちがった。いま思えばユニスちゃんのホウキにはサドルがついていたり、そのサドルに低反発クッションがついていたりすると、キラリから教えてもらったっけ。それに高度を出して速度を出したら、髪も服もめちゃくちゃになるという。
不便!
いっそ現実味なんか捨てちゃえ。
ずいぶん前に習ったことを思い出して、鍵はもちろんボディにも金色をさらに注いで化かす。
流線型のボディは拡張して球体に。その中で、座席などは変わらず私たちは留まる。一方で鍵は竜に化かした。私たちの玉を掴んで空を舞う竜が宙を飛ぶ。速度をあげながら。
「なにぃ!? もう!」
こういう無茶には慣れてないみたい。エージェント、涙目。
彼女を抱いたままで周囲を見渡す。けれど金色を散らして具体化しないと可視化されない。
つくづく不便な術! 改良の余地ばかり!
おかげでもっと便利にできる。
でも時間が必要だ。その時間がいまはない。
「なるべく多くの異変をまるごとあめ玉にする。それにはパーツの少ない空に留まるのがいい」
言いながらも頭を働かせる。
病み上がりの私にまだ、底なしの霊子量が出せるのか。
自信がない。そしてこういうときのいやな予感は予定に組みこんでおきたい。
あめ玉にするには私の霊子を対象に通して、対象の霊子と反応させる必要がある。
東京中を狙うのなら、相応のエネルギーがいる。
いまの私にそこまでできるのか。
賭けるにはまだ早い。
でもやるほかにない。
じゃあどうする? 実現可能な策を使う。
「それで?」
「空中の連中も、地面の連中もみんな漏れなく霊子を通すにはどうすればいい?」
雨を降らして濡らせば、それを集めてあめ玉にすることで済む。
けど、関東中を濡らす雨雲を用意するなんて、いくらなんでも無茶だ。
なにかうまくやる術があるなら別だけど、思いつかない。
だからとにかく、空を飛びながらありったけの金色をばらまいていこうと思ったのだけど、足りそうにない。もっと多くを望むなら発想の転換か、あるいは閃きがいる。
「狐火で燃やす? 面積の問題が変わらない」
呟く。
ぷちたち以来やっていない、式神を出す術を試す?
人手を増やすのはたしかに一手。だけど、みんなをここには呼び出せない。
現象ちゃんの力を借りることはできないだろうか。
あの子の力で巨大な竜巻を起こしたら? 海から北上させたなら。あるいは雲を出せるなら。
いや。雲に必要な水蒸気がどれだけいるんだ。それをどれくらいの範囲で冷やすつもりだ?
くぅっ!
狛火野くんがいてくれたなら!
彼の霊力で、あっという間に雨を降らせてくれるのに!
そう考えると不思議だ。
金色や化け術も、結局のところ大変! 面倒!
なのに霊力は思わぬことを実現する。
規模感を相手にするなら、活用しないと。
「見切り発車っていうんでしょ」
「だから案があったら教えて?」
汗びっしょりのエージェントにお願いしつつ、思案する。
ぱっと浮かぶものじゃない。
ファリンちゃんがスタンドのガソリンを巻いて狐火で燃やすのは、という物騒な案をはじめ、いろんな提案をしてくれる。車両を片っ端から化かしてみたり、あるいは家という家を、連中が出してくる肉腫爆弾のように霊子のスプリンクラーに化かしてみるとか。
手段にはなる。ただ手間と時間がかかりすぎる。
労力をかけるほかにないと腹をくくったときには、それを選ぶとして。
もっといい手はないか。
彼らが止まっていたら? 私たちが動くほかにない。
だから私は今回のあめ玉にかけた時間の動きの制御を変更した。制止じゃなくて、遅くなる程度に留めた。おかげでいまのところ、襲われずに済んでいる。
でも、結局のところ、私たちが動くほかにないことには変わりがない。
こういうとき、どうする?
発想を”逆転”させてみる? 逆転裁判のナルホドくんみたいに。
私たちが動こうとするから、規模や範囲、手間暇がかかるんだ。
連中が自然と私たちに集まるのなら、いっそそれを利用してはどうか。
彼らが集まってくるのを利用して、一気に術として活用するんだ。
遅延させるんじゃない。
加速させればいい。
そうやって、ひとつところに集める。
それをあめ玉にしちゃえばいい。
だから、まずあめ玉を舐める前にかけるのは遅延でも停止でもない。加速だ。
次に問題がある。
激しく打たれる。それだけじゃ済まない気がする。
いろんな攻撃が私たちに襲いかかる。関東中のあらゆるパーツから。
なのに、全部を対象にして、ひとつに集めようだなんて。どうする気だ。
ファリンちゃんの円を使う? 侵入されず、干渉されない、あの円を。
足りない。集まった端から霊子に変えるくらいしないと追いつかない。
「連中が突っ込んできても霊子に転化する術ってある?」
「円にいくつかのおまじないをすれば、いけるんじゃないかな」
可能性では困る。
足りない。
試してだめならどうなる?
どこまでの攻撃を受けることになるのか、想像もできない。
「なにがあれば確実になりそう?」
「あなたの霊子を対象に反応させる、それが必要条件なら指定の陣地にあなたの金色の壁を構築する。天井もね。私はふたりを守る円を描き、ふたりで留まる」
彼女が具体的に説明し始めてくれた。
竜が東京の夜を駆ける。未だに攻撃を受けることもなく。
遅延は攻撃を防げる。かわせる。事前に避けていける。もっとも相手が見えたら、だ。
いまのところ、たんに幸運にも襲われずに済んでいるだけ。
「集まる連中は壁や天井を抜けてくる。円に留まる私たちを狙ってくる。あとは、壁や天井を抜けた連中を漏れなく倒してしまえばいい」
力技じゃない?
ねえ。
「な、なるほど?」
「そのうえで転化までするなら、集まってきた奴らをいちいち変えていく他に術はない。これほど大規模な対象を相手にすることなんて、私もないし。もうだって相手のそれは戦略上の術だもの」
兵器における戦術と戦略の違いか。
いろんな解説の仕方がある。
今回の術を例に、大ざっぱに言うなら?
戦略術は戦闘をもって成し遂げる目的そのものを達成する規模の術。
戦術による術は目的遂行のために生じる小規模な戦闘や言動を達成する規模の術。
関東中に渡る規模の術はもう戦略級と言うほかにない。
これほどの規模に至る戦闘なんて、そうそうない。
逆にいえば?
これほどの規模に挑む術も、そうそうない。
年々、霊子量が減少の一途を辿ってきたのだから、そもそも使いたくても使えなかったのでは。
「正直、だれの術にせよ、これほど広範囲な規模の術を発動できていることに私は心底おどろいている」
「だとしたら、戦略上の術で出てきたなにかをみんな、ぶっ倒す以外にないってこと?」
「そのために休めるよう、壁と屋根の内側に円をいくつも描いておく。ただ、地面だと戦闘のいざこざで消えちゃうかもしれないから、消えないようにするし? いろんな装備を各所に配置する」
「もしかして防衛線を敷く感じ?」
「たったふたりで、関東中のなにかを相手にね」
「わあ」
どんなに軍の協力を得て、いろんな口出しをされてる映画だって、そんな無茶な構図を描くことはない。あり得ないもの。現代戦で、そんな無茶を乗りきる術なんて。私には思いつかない。
市街地じゃなくて熱帯雨林の鬱蒼とした山や森の中、特殊部隊の超腕利きの天才が入ったとしたら? ううん。似たようなやべえ人たちが集まって襲撃にくるとなって、やっぱり何度も撤退しながら、相手を消耗させていく流れになりそうだし? そうなると結局、物資だなんだの話になりそうな。
知らんけど。
「幸いにして、あなたは時間を止められる。退治するのなら、わっと集まったら時間停止。退治して、時間送り。集まったら停止。退治して、集まったらと繰り返していけばいい」
「なる、ほど?」
「陣地をいくつか構築して、移動できるように備えておくといい。どれくらいの規模の戦闘になるのかわからないし、殺到されて身動きが取れなくなったとき、私たちにとって変わらず十分な陣地になるとはかぎらない」
姫ちゃんの鍵があるからこそ、無茶を通せる作戦が実行できる、と。
だとしても刀でどうこうっていうレベルを越えた戦闘になるのが目に見えている。
それにね?
「いちいち戦闘していたら消耗が激しくて、その後に差し支えるのでは?」
「だから究極的には退治なんてせずに、陣地をいくつも移動するの。敵を集めて霊子を通し、次の陣地へ行って、また敵を集めてを繰り返す。それなら退治するよりは楽に活動できる」
「いけそう」
「でしょ?」
不可侵の円。私の金色を展開した陣。
集まる連中が自然と陣を通って円に殺到する。
ある程度あつめたら、時を止めて移動すればいい。
倒すことに執着すると、むしろ戦闘が不可能な事実が不快に感じるところだろうけど、ちがう。
手放していい。
「もっとも殺到の度合いによっては抜け出すこともできなくなるかもしれない。いくら円が盤石だとしてもね。それに集まった連中がどうなるかはわからない」
「それで含みのあるような言い方したの? いけるんじゃないかな、なんてさ」
「試さないかぎりは確かなことは言えないし、なにが起きるかなんてわからないからね」
そりゃそうだ。
でも、竜で空を飛びながら無茶な霊子の使い方をするよりは、ずっといい。
「それにわからないことは他にもある。何度繰り返すことになるか。どれほどの相手を集めるのか。いろんな課題がある。でしょ?」
「う、うん」
「こういうとき、統計学が使えるんじゃないかな。全体を調べずとも、一定の信頼がおける人数を抽出できれば、それで十分なんじゃない?」
「そういうのがあるの?」
「あるの。対象は多ければ多いほどいいし、どうやったって間違える可能性があるけどね。探る術なら心得ているから、陣地を移動するごとに確認してみよう」
「おおお」
頼れるぅ!
「勉強してない? 統計的推測」
「してない!」
「あなたって自信もって言うよね」
「してないことは明らかだからね!」
「そうですか」
揶揄したんですけどって言いたげな顔で呆れているものの、彼女は結局、しぶしぶ息を吐いた。
「わかった。ようやく役に立てそうだし、構わない」
「そうこなくちゃ! じゃ、もっかい戻ろう」
「いちいち出たり入ったりが面倒ね」
「でも、その都度ごとに術の修正ができるし、おかげで方針が固まっていってる。次はいけそう」
「たしかに。危険は伴うけどね」
「なしにしたいものだけどね!」
「それは無理。未知に挑むのだから」
ごもっともだと答えて、ここから現世に戻る呪文を唱える。
打開策がまとまった。
問題はいくつも残っているが、やるほかにない。
ただ、段階を重ねたおかげで、だいぶ安心できる状態になった。
もちろんより多くを望みたいけど、これ以上は無理そうだ。
やるぞー?
つづく!
お読みくださり誠にありがとうございます。
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