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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千七百二話

 



 違和感がある。

 それがなにか掴めないうちにファリンちゃんがぽつりとこぼした。


「この有様のどこに、肉腫が生まれる余地があるの? 術の具体化というなら、肉腫に繋がるなにかがあるはずじゃない?」


 金色雲から雨を降らしながら、私も眼下を見おろした。

 首都圏の主要道路だけではない。狭い小道だけでもない。

 数十階建てのビル群の中にさえ、人体のパーツが見える。

 だれかが飾り立てた行進。あるいは指示したポージング。

 絵画にしても、安値のうえで売れ残りそうな光景。

 それらが肉腫爆弾を生み出すようには見えない。たしかにファリンちゃんの言うとおり、なにかが足りない。あるいは、私たちがなにかを見落としている。

 それはいったいなにか。

 東京のありとあらゆるところに肉腫爆弾が発生していたというのに、宙に浮かぶ手が一方向を指差す、その手の群れのいったいなにが肉腫爆弾に繋がるというのか。床に落とすために掲げられた足の数々のいったいなにがどう、小鬼を生み出す肉腫をつくり出すというのか。


「ダイヤと同じかも」

「例の黒いダイヤ?」


 ファリンちゃんの問いにうなずく。

 下水道を通って水の再生センターに流れ着いた黒いダイヤは、人体を加工してつくり出した物体だった。いつ爆発してもおかしくない代物だ。元々は人体なのに、霊子の術で無理やり加工して、形を留めようとしていた。術に反発した霊子は小さなダイヤの中でエネルギーを溜めていく。で? ある日、形を保つ術よりも、エネルギーが上回ると、ぼん! 爆発する。

 歪な固定。変化。元々のありようが拒む状況を維持して、ストレスを与える。蓄積されたストレスが、やがて爆発して、なんらかの現象を引き起こす。

 これまでの情報をふり返って立てられる推測をファリンちゃんに告げると、彼女は悩ましげに夜の東京を見渡した。


「これだけ大がかりな仕掛けを用いて、ストレスを蓄積させるだけの術を仕込んでいた、と?」

「そうなる、かな」

「増幅器の製造に、大勢の人を利用するのではないか、とも見立てていたね?」

「それが?」


 ファリンちゃんの疑問点が見えず、思わず眉間に皺が寄る。

 彼女は夜景のただ中で、自分の身体を抱き締めた。


「ここに来るまでに、いったい何人分の身体を見た? 数えきれないほどじゃない」

「そう、だね」

「それに範囲だって余りにも広すぎると思わない?」


 彼女の言葉をそっくりそのまま真に受けるとしたら、どんな問いが立つ?


「時間も必要なものも多すぎるってこと?」

「範囲もね」


 言い返しようがない。

 でも、おかしいじゃないか。


「あまりにも長い期間をかけて、これほど大がかりなことをしていたのに、だれも気づかなかったなんて。そんなのあり得る?」

「現に、あなたが読み取る術の仕掛けをだれも気づかずにいた。可視化できずにいた」

「それは、でも。私の術が、だれかの術をありのままに可視化しているとは断定できないし」

「だとしても、一日二日、いえ一週間、一ヵ月? それくらいじゃ、ここまでの仕込みはできない。こんなのもう、陣を敷くようなものじゃない」


 陣を敷く、か。

 東京を中心にして、関東中に秘密裏に張り巡らせた魔方陣。

 構成するのは、クローンも含めた人体のパーツ。

 そんなのあったら、東京の隔離世は尋常じゃないことになっていないとおかしい。

 黒い御珠が毎日わんさか出てきたっておかしくない。

 だいたい、これだけの陣を人体で構成するなら、それはもう鋼の錬金術師の人体練成の陣よろしく、相当用意周到に準備しなければならないし? 相応の規模の戦争や紛争などの人死にが必要になる。

 正直、そんな規模じゃ間に合わない。

 東京中の人をかき集めて、みんなが死んでいるくらいの規模に思える。

 パーツに分けて見ているから膨大に見えるだけで、全部をつなぎ合わせてみたら何分の一かに縮小される可能性はあるけれど、それだってけっこうな規模だ。


「陣を敷く、けれど発動するまでは現世にも隔離世にも極力影響を及ぼさない、みたいな機能をつける必要があるんじゃないかな」


 いずれにせよ、気づかれずに実行するなら?

 これくらいの機能追加は必要不可欠ではないか。


「あなたが見逃した連中はひっそりと秘密裏に活動していたし、製薬会社の地下じゃろくでもない実験や開発が行われていた。腐ったトマトくらいの評価になりそうな、B級映画の陰謀論みたいに」

「まあ、ね」


 ここでのツッコミどころは都内に本社ビルを構える企業が、そのビルで開発だなんだをするか? しない。そういう製造にまつわることは一切やらない。工場などの製造拠点は別にあるか、取引先が担っていて、あくまでも商取引上のやりとりを担うくらい。

 必然、社員だって製造のことはろくに知らない。現場を知らない人が本社で肩に風を切って胸を張って働いている。どうってことはない。よくある話だ。なにせ、お金がかかっちゃう。

 それにビルの地下に巨大な空間を持ち、地下施設で開発なんて! それも土地代が異様に高い東京で?

 まあでも「現実にそうなんだからしょうがないやん」という身も蓋もない返しもできるんだけど。

 他にもある。

 社長たちはこっそり活動していて、謝肉祭遊園地を活用してもいた。

 黒い御珠が数えきれないほど保管された、本来の用途と異なる扱われ方をした秘宝が存在する。

 あの秘宝を使って侍隊にバレないように活動していた彼らだけど、それだけなのだろうか。

 陣の構築にも利用されていたのではないか?

 そんな問いも浮かぶ。


「それにしたって、尋常じゃない人数だよ。クローンを使っているのだとしても、これだけの人数をどうにかできると思う?」

「たしかに現実的じゃない」


 日本のどこかから集めてくるにしたって、あり得ない。

 数万でも足りない。数十万でも、たぶんまだ足りない。


「もっとシンプルな解法はないのかな」

「たとえば?」

「ううん、と」


 すこし考えて、ぱっと思いついたのはなにか。

 ゾンビ映画のド定番なんか、どう?

 パンデミックやポスト・アポカリプス映画なら、どうかな?


「霊園や墓地の遺骨を使う、とか?」

「一応言っておくと、遺骨には生前の霊力なんてあるわけがない」

「でも遺骨に残る霊子から、生前の人体を構成する情報を引き出せるかもしれないよ?」

「もしもクローンの情報源に扱うとしても、陣地構築には繋がらない気がするけれど?」

「む」


 たしかにそうだ。

 要件が別。

 クローン製造にまつわるものか、あるいは陣地構築にまつわるものか。


「増幅器の生成はできる、かもしれない」

「霊力を伴わないかぎりは増幅器の要件を満たさないのでは?」

「赤い髪をした狼少女たち、社長たち。彼らのように自我を持って行動できるようになったなら、どう?」

「だったら、満たすのかも?」


 満たすとしたら、どうなるのか。

 陣地の問題は残る。ただ、膨大な人数の問題は解決されるかもしれない。


「とんでもなく罰当たり」

「たしかに」


 かつて亡くなった大勢の人たちを利用して、これだけの魔方陣を敷く。

 次の問題はなにか。

 実際のところ、具体的にどうやって実現したのか。

 この問いの答えが謎。

 でも調べるのは困難。現地調査などをしなけりゃ始まらない。

 次。

 魔方陣の構築の問題が残る。

 どれくらいの時間をかけたか。どうやって秘密裏に準備したのか。

 発動するまで、どうやって隠匿したのか。その仕組みは。

 推測どおりに魔方陣なのだとして、それを展開する仕組みがわかったなら、畳む方法もわかるのではないか。そう期待するなら、この問いに挑む価値がある。

 いたずらに探るよりも、調査の焦点を絞れる。

 魔方陣がなにを狙うのか。浅草の怪物騒ぎと繋がるのなら、東京を怪物だらけにしたいのだろうか? そこら中を怪物まみれにして、関東一帯を破壊したいのだろうか。

 そのための方法が、これ?

 こんなに大がかりなことをして、それが狙いなのかな。

 わからない。

 わからないけど、あんまり信じられない。

 ここまでのことをして、目的にすることが、これ?

 正直ぴんとこない。

 イデオロギーもなにもない。達成した、その先の目的が見えない。

 兵器の開発? それにしてはコストがかかりすぎる。手間暇もかかりすぎるし、投資の価値があるとも思えない。いや、ちがう。なにもかも的外れな気がする。

 落ち着け。いまは調査中。

 調査に向けた思索をするんだ。集中しよう。

 鍵と指輪を使うにしても、もっと具体的な問いに向けて使いたい。

 魔方陣の仕組みを探る? それなら、なにをどうすればいい。

 どの問いに焦点を絞る? あるいは、どのわからなさに向き合う?


「墓地を調べる? それとも陣の起点を探る?」

「鍵を使って時間を巻き戻して、陣について探ってみよう。遡行の結果、墓地に行き当たればラッキーだ」

「墓地について調べるのは、その次?」

「ひとまずは。この二段階でいく」

「了解」


 会話中にも雲は動き、雨は降っている。

 私の霊子を含んだ雨が広がっているんだ。

 あとは、鍵をいまより左に回すだけ。

 眼下を見渡す。

 充満した私の金色が広まり、あちこちを飾るパーツが動き始める、はずだった。


「なにも起きないようだけど?」

「巻き戻し速度が遅いのかな」

「巻き戻しってなに。なにを巻いているの?」


 おっと。

 うちのお父さんの言い方になってた。

 トウヤはツッコミをちくいち入れていたけど、私はもう面倒で聞き流していたのがよくなかった。

 動画においてはVHS時代までメディアはテープが主流。音楽だってCD以前はカセットやレコード。レコードは巻き戻さない。針を置くからね。

 映画勃興期から長らく、映画だけじゃなくてテレビ番組の撮影だってテープだった。テープゆえの撮影の縛りとか、苦労とか、逆にテープであるがゆえの加工方法とかがやまほど開拓されていったという。

 テープ撮影、テープ再生。だから巻き戻すし、早送りをする。

 いまの物理メディアといえば、ディスク? ううん。PC上で扱えるデータがメインになっているから、データを保存できるメディアであればいい。そうなると今度はメディア形式が問われるようになるけれど、細かく知らなくても使えるようデバイスが進化していっている。

 そうなると、歴史なんて知らない人の比率が増していく。それに比例して取り扱えない人も増える。


「早戻しだね」


 私が生まれた頃には早戻し席巻時代だったんだけどね。

 うちでは長らく巻き戻しが使われている。現在進行形!

 ちがう。

 のんきな話をしている場合じゃない。


「鍵を回してみるよ」


 ぐるぐると左回りに鍵をひねる。

 今日のさじ加減は? 左に一回転で再生停止。さらに一回転で、感覚的には一倍速で逆再生に。もう一回転で二倍速。三倍速、四倍速と増していく。

 金色雲から降り注ぐ雨に濡れた場所、雨粒から広がる金色に包まれた箇所が動くことを期待したのに、微動だにしない。なにも変化がない。

 五倍速、六倍速。どんどん回してみるのに、なにも変わらない。

 なんの変化も起きないんだ。

 どれほど回したって。

 どうして?


「ちゃんと動いてる?」

「もちろん! 動いているから、みんな止まってる。そうじゃなきゃ私たち、いまごろ襲われてるはずだよ。少なくとも私は確実にね」


 だから術は作動しているはずだ。

 なのに動かない。それはつまり?


「しばらくは、この状態はこのままだった」


 十六倍速に至る。

 そこまでいっても、五分ほど待ってみても変化が起きない。

 一秒で十六秒分の時間が進む。六十秒で一分。六十分で一時間。二十四時間で一日。

 かけて八万六四○○。一日の秒数だ。

 現状は倍速。つまりこれを十六で割ると、一日は五千四百秒。

 九十分で一日の計算だ。

 ぐるぐる巻いて、三十二倍速。ここまでやって、やっと四十五分で一日。

 もっと巻いて六十四倍速。二十二分半で一日。

 巻いている間にも時間は戻っていく。逆再生が進んでいく。なのにやっぱり、変化が起きない。


「その、鍵を回す方式は変えられないの?」

「いままさに悩んでいるところ」


 リモコンとか、タブレットとか。

 なんかそういう便利なツールに変えられたら楽なのはたしかだ。

 鍵のままだとしても回すさじ加減とか、効果の程度とかを制御できたら便利だ。

 だけど借り物、あるいは授かり物の鍵は大事にしたい。

 なら鍵周りの術を洗練させていくのがいいんだろうけど、生憎そんな余裕がない。

 だいたい、時間を止めている時点で術を使っている状態だ。使いながら弄るなんて無理。


「なにも起きないじゃない」

「だね」


 金色雲を動かして、周囲を探す。

 ファリンちゃんに手伝ってもらって、クレーンのあるビルを見つけた。

 ビル全体に浸透するように金色を浴びせてみせると、みるみるうちに解体されていく。

 術は動いている。

 なのに、あちこちにいる人体のパーツが消えない。なくならない。

 ぐるぐる回しながら、ようやく百二十八倍速。十分とすこしに短縮される一日。

 ここまできてもなお、東京中を埋めつくし、関東に広がる術に変化がない。


「ファリンちゃん、一時間待ってみる?」

「私たちに時間があるのなら」

「ない、よね」

「残念ながら」


 それでも三十分は粘ってみようと話した。

 三日は巻き戻せる。

 ここにきてなんだけど、計算まちがってないかな。だいじょうぶ?

 八万六四○○秒を百二十八倍速で割ると六七五秒になる。

 一日が十一分と十五秒になるはず。

 せっせと鍵を回すのをがんばって、さらに二倍にしたら? つまり二百五十六倍速にしたら五分ちょいに短縮できるけれど、そんなにぐるぐる回すのが大変。

 こんなことなら事前に鍵のこと、もっと準備しておくんだった。

 時間を操ってみせながら、どれほど時間が経過したのかわからなくなる。

 不意にファリンちゃんが「もういい」と切り出した。


「少なくとも、この術が発動したのは昨日今日の話じゃないとわかった」

「巻き戻すのやめる?」

「早戻し、ね。やめなくていい。あなたが、あれらの現象をさらに読み解く術を使うことに支障がないのなら」

「ありそうだから、止めないと」


 私の答えに間ができた。


「また鍵を回すってこと?」

「百二十八回転プラス、時間を止めるための一回転分ね」

「もっと簡単に術を解けないの!?」


 そんな怒らなくても。


「その鍵を消したら解けない?」

「強力な干渉を、一瞬で解いたら? それこそ社長たちや今回の敵の術のように、蓄積した負荷が一気に解放されて、なにが起きるかわからないよ?」

「わかった。なら、一度夢から起きるべき」

「了解」


 術の中に留まるのなら、鍵の術を一度に解いた結果を浴びちゃうので危ない。

 でも術の外に戻るのなら? ひとまず、解けた影響がどうなったとしても、影響の外に出られる。

 乱暴な点は変わらないけどね!

 そして、こういうのを気にしときたいのが人情ってもの。

 鍵を握る手を離す。

 ひとりでに鍵が回り始めていく。最初はゆっくりと。徐々に加速して、ぐるぐる、ぐるぐる。

 右に。時間を進めるほうへと回転していく。


「考えてみれば奇妙な話じゃない?」

「なに」


 訝しむ彼女がいやがらないよう留意して話を続ける。


「有り体にいって霊子はオカルトでさ? 実際、それでいいんだ。それでよかった。肩身が狭いのは困るけど、別にことさらに認められなくてもいいんだ。私たちはそのままやっていけたんだから」


 黒いのがまだいたとき。隔離世だけじゃなくて現世の霊子さえ枯渇していくばかりだったとき。

 たぶん大戦からずっと、霊子なんてないものだった。

 ネス湖の恐竜。雪山の巨大な脚の持ち主。観測されすぎてる勢いの未確認飛行物体。おじさんふたりが左右で抱えた小さな人。それくらいの扱いでよかったんだ。

 本来のありようを変える力を私たちは持たなかったし、それでよかった。

 こんな大げさな術で混乱に落とすよりもよほど有効な兵器や武器がやまほどある。

 地球を焼き尽くして余りある核がおびただしい数だけ存在している。

 人を癒やす術は医療であり、学問であって、私たちの珍妙奇天烈な力じゃない。

 なるほど。たしかに現世じゃまだ再現できないなにかをできる人が出てくるかもしれない。

 でも再現性がない。普及しない。だれもが活用できる術にはならない。

 この時点でもう、利便性に乏しい。

 実際、いまのご時世、そもそも私たちは少数派だし?

 霊子なんてないものでいい社会を構築して、今日まで維持できている。

 日本に限った話じゃない。世界中でそうだ。

 マーベル映画が好きで、トニーは推し。だけど彼が辿りついたナノテクが一般にどれほど浸透しているのかといえば? 見た感じ、ぜんぜんだ。普及までにはコストの壁があるのか、そもそも普及の意図がないのか。技術革新、爆発的な普及に繋がるほどには至っていないように見える。スーツのこともあるし、映画のなかじゃ何度も技術を狙われたり、悪用されたりしてたから、むしろ隠匿して守っているんだろうね。アントマンで必要な機材を取りに潜入を試みた倉庫にある、いろんなアイテムのように。

 だとしても、現代に霊子の技術なんてろくにない。

 日本じゃ星蘭の宝生先生が。教団を率いるユラナスさんは技術開発に意欲的のようだけど、米軍で採用されましたーなんて話は聞こえてこない。

 それくらい、必要とされていないし、なくていいんだ。

 逆にいえばね?

 今回の術は、まるでこの世にオカルトが存在することを示し、力を喧伝したいかのよう。

 恐れろ、怯えろ、と。

 なにかを証明するだけじゃない。

 主張を感じる。時間と労力をかけて実行したところには特に。

 現実にいろんな事件が起きてきたし、それらに霊子は一切関わってない。

 それくらいなんだ。そんなものだし? なんなら、それでいいまである。

 私たちが隔離世に向けて力を得ても、私が現世で金色をばらまいてみせたとしても、トモがすごい速度で走ったりしても、みんなみんな、現世でできることをちょこっとおかしく面白くやれるくらいでいい。

 広く認めてもらうとか、そんなのどうだっていい。

 このあたりを求め欲するなら? ミコさんが長い歴史の中でだれかと共に、とっくに結果を出してきただろう。でも、多くを経験したうえでいまがあって、いまを維持するために彼女が活動しているのなら? 彼女にとっての答えは、いま、すでに出ているのでは?

 望まない人がいるだろう。ちがう望みを持つ人もいるだろう。

 でも、大戦が終わってから今日に至るまでの間、長らく「そんなものはない」「あってもたいしたものじゃない」現実が維持されてきてなお、それでも、私たちは問題まみれだった。

 現世の種々様々な現実であふれかえっている。

 なのに、さらに?

 勘弁してほしい。

 新たな問題を増やすだけだ。

 そんな問題を現実に具体化するために、ここまで用意周到に取り組んできたなんてね。


「毎日時間をかけて、こつこつ用意していたとしたらさ? 奇妙だよ」

「一日二日の話じゃない。何日、何週間、何か月? いや、何年、何十年か」

「人手を増やせば工数を減らせるとしても、それもやっぱり奇妙だ。こんな、仕込みだけに何年、何十年もかけるなんて。そして、それを維持するだなんて」


 術の結果よりも、術の仕組みよりも、これほど大規模な魔方陣を構築して術を使う人たちのほうが、よほど奇妙だ。恐ろしく感じる。


「術を発動するために必要なのは陣だけでも、増幅器だけでもない。それらの素材にする霊子や人体の情報だけでも足りない。先ほど見たビルを建てるのに、様々な材料だけではなくて重機も使う。これだけの規模の陣の構築なら、それに応じた機材もあるのかもしれないね」

「だとしても赤髪の狼少女たちや社長たちがつくり出された見込みがあるのは、よくてここ数年。下手をしたら数千、数万人単位で働いてどれくらいかかるかって規模の魔方陣構築には、よっぽど手間がかかっているんじゃないかな」


 魔法の重機みたいなのも必要だったとして。

 それこそ奇妙じゃない?


「それだけのことができたなら、この魔方陣を使った術なんか使わずに、そのまま行動を起こせばよさそうなものじゃない?」

「陣であって魔方陣と言った覚えはないのだけど。まあ、でも、そうだね。あなたの言うとおり、奇妙ではある」


 これほど壮大なものを、壮大な時間をかけて準備して扱うなんて。

 ぴんとこない。

 そんなこと言ったらレクター博士もCUBEを作った組織もITのピエロもぴんとこない。

 現実の様々な事件のなかで、取材内容が残されていたりまとめられていたりするものにおいても同じ。

 別に私たちにわかるようにはできちゃいないのだから当然だ。物語さえそう。

 だとしても、これほどの魔方陣を構築したのがひとりとは思えない。大勢が関わっていたのなら、彼らのモチベーションはなに? 共同体として行動を共にした動機は?

 お金? 功名心? 趣味? 好きだから? なんとなく? みんなといられるから?

 大勢いるなら、様々であっていい。

 様々であっていいんだけど、それならそれで彼らを共同体たらしめる膨大な活動の内訳が気になる。

 考えれば考えるほど奇妙に思えてならなくなる。

 肉腫爆弾から小鬼が生まれる。小鬼は人に取り憑いて、頭になにかをかぶせる。

 すると人はやがて怪物に変容するのだという。

 それなら怪物たちは、だれを狙い、なにをしようとするのだろう。

 たとえ表面的に過ぎないのだとしても、怪物たちの行動が、魔方陣を構築して術を発動した人々の目的を語るのではないか。全体のごく一部に過ぎないのだとしても、お題目のひとつを示してはいないか。

 鍵の回転する速度が徐々に落ちていく。ゼンマイじかけのおもちゃのように、回したぶんだけためたエネルギーが元に戻ろうとして回転を早めたし、回転したぶんだけ遅くなっていく。

 謎ばかり増えていくのに、私たちはひとまずこの場を去るしかない。

 次の挑戦で、今度こそ術の中の現象に術を使う。

 だとして、最初に思いついたときほどの期待が持てない。

 術が相手じゃない。

 魔方陣さえも相手になったし? 陣を構築した膨大な工数までもが相手になった。

 参ったな。

 世界を救うなんてお題目も「地球環境を穢す人間を全員殺す」という手段で実現しようとするなら、問題。そういう攻撃手段を選ぶ人が全員だったら、さらに問題。でも、右から左、全員が同じ手段、同じ目的で集まっているとはもちろん限らない。

 私たちはだれもがみな異なる存在なのだから当然だ。

 目的が美辞麗句に彩られていたり、無難だったり、私たちが共感しやすいものであっても、それを叶える手段が語られたものとは似ても似つかなかったり、かけ離れた行為であったりする。そんなのよくあることだ。

 だから規模が増えるなら、それだけ目的と手段の乖離と、目的と手段それぞれの可能性が増してしまう。

 とはいえ、私たちはそんな複雑多様なもので繋がることに不慣れで不向きなくらいにはばらばらで異なる! ので? お互いに合意を得やすいものを取引に使う。

 現代で最もわかりやすいのは? お金。でもそれだけじゃないよね。信用とか、関係性とか、ほかにもまあ、いろいろある。ひとつじゃないし? それらにどれくらいの価値を感じるかは人によって異なる。

 時と場合によっても変わる。

 絶対的で不変なものはない。

 あえていえば変わりにくいものは重用されやすい。明日には紙くずになったり、裏切られたりするようなものじゃあ、使えない。頼れない。信じられないからね。

 現代社会じゃあ、それはやっぱりお金が多い。私たちが働いて力を提供するのは、お金が得られるとわかっているからだ。もらえないなら? ケチられるのなら、こっちだってケチるし、あげない。

 もらえるものがあげるものに並ぶと思えるから提供するのであって、そうでないなら無理。

 ま、絶対じゃないけどね。

 膨大な規模の魔方陣構築のために、どれほどの人手や素材を必要として、どれほどの機材を扱い、そのためにどれくらいの人手や素材が必要だったのか。それらをいったい、どのようにして熱め、繋ぎ止めたのか。管理監督者がいなきゃだし、彼らを束ねる立場も必要になる。

 まだまだあるぞぉ?

 社長たち、あるいは彼らの前身になるような存在らに仕事を任せていたのだろうか。彼らを生み出すうえで利用された鬼たちのような、妖怪を宿して表社会で活動できない人たちを利用していた?

 だとしても人数的に間に合うのか。無理なんじゃないか。

 それほどまでの規模感で選択したのが、これ?

 この手段の目的は、なに?

 関わった人たちそれぞれの目的と手段、その選択は?

 実は「こうなると思わない」、そんな手段だったなら。どんな目的であれ、かなりの人数が利用する、そんな手段をもしもファリンちゃんが教えてくれて、私も積極的に使うようになった転化の仕組みを用いて”変質”させられていたとしたら、どうだろう。

 だってさ。

 増幅器があるように、変換器があって、それを使ったほうがよっぽど実現性が高まる気がする。

 そう思わずにはいられないくらい、圧倒的なんだ。私たちが目にしたパーツ多さときたら、尋常ではない。日本中の蚊を関東に集めました、くらいの密度に思える。それは盛りすぎ? でもね、やっぱり多すぎるんだよ。隙間が見当たらないくらい密集しているんだから。

 こんな規模での仕込みには、それこそ数年、数十年単位が必要に思えてならないし? もしも仮定のとおりだとして、だれも気づかないだなんてあり得る? とてもそうは思えない。

 たとえ謝肉祭遊園地があったって、遊園地の中に数えきれない黒い御珠があるからってね。

 やっぱりおかしい。

 増幅器だけじゃない。変換器があっても不思議じゃない。

 でもって、変換器だけじゃ間に合わない。

 もっといろんな機材が存在するのでは?

 だって、数多の人の霊子を利用するだけじゃ、魔方陣が勝手に作られるはずがない。

 そうでしょ?

 ここまで考えを進めると、術をかける対象が現象でいいのかって気になってきた。

 墓地がどうこうって話だけでもない。

 増幅器、変換器、その他もろもろを用意して周到に準備してきた相手と見るのなら、増幅器と変換器だけではなくて、その他もろもろの内訳だって調べたい。

 魔方陣が見つかっただけじゃない。

 魔方陣を構築するシステムがあるんじゃないかと見ているんだ、いまの私は。

 なのにシステムの一端さえ見つけられていない。

 それならさ? 調べるなら、システムそのものじゃない?


「陣の構成システムね」

「気になってきたでしょ?」

「ええ。興味ある」


 お互いにうなずきあって、回転を止めた鍵を引き抜いて術を解く。

 現世に戻り、次の挑戦に備えよう。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

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