第二十七話
寮に帰った私を待っていたのは、刀を抜いた先輩たちだった。
「え、と……これは?」
引き笑いをする私を睨む先輩たち。
「さっきは可愛がってくれたじゃねえか」
「次は負けねえからな」
「楽に部屋に帰れると思うなよ」
「俺たちを倒してからにしてもらおうか!」
う、うわあ。なんてこった。なんてこった!
「あ、明日とかになりません?」
「「「「なりません」」」」
「で、ですよねえ……ひいっ!?」
一人が斬りかかってきたのを合図に、先輩たちが目の色を変えて襲いかかってくるよ! 十兵衛もタマちゃんも、私の身体で動くのに疲れたのか。
「ちょ、ちょっと! 助けて!」
『ガス欠ってやつじゃの』
『これも試練よ』
「そんなあ!」
変わってくれる気配ゼロです!
慌てて迫ってきた刀を見る。振り下ろされる太刀筋は見え――る?
「あぶなっ」
咄嗟に十兵衛がするように、半身を引いて避けた。
「うお!」
たたらを踏んでも堪えきれずに倒れる先輩。
『ほう』
十兵衛の感心する声が聞こえた。
でも構ってなんていられない。
次、また次。
必死に十兵衛がしていたように避けようとするんだけど――だめ。
一手足りない。十兵衛がするようにジャンプしたりは出来ない。
どうしようと思った時に真っ先に浮かんだのは、タマちゃんだ。
「えいっ」
突きを放った先輩に抱きつく。
そのまま押し倒して、すぐに地面を突き飛ばして駆け去る。
『おう! いいぞういいぞう!』
タマちゃんの歓声を聞きながら、私はがむしゃらに走った。
二階へ駆け上がり、三階へあがろうとして立ち止まる。
「おっと、三階へは行かせないぜ!」
立ちふさがるのは先輩ズ。
追いかけてくる先輩たちと同じくらいたくさんいた。
あわてて二階の通路へ逃げる。
涙目で走って逃げていたら――
「君は――」
部屋から出てきた住良木くんと鉢合わせした。
私の後ろから追いかけてきた先輩達を見て納得したのか、
「こちらへおいで!」
手招きされて駆けずりこむ。
扉が閉められて、どたどたと大勢が扉にぶつかってくる音が。
やがて「ちくしょー」「刀を抜かせられなかったな」「次は見てろ」とかいう声が聞こえて、徐々に遠ざかっていく。
「はあっ、はあっ……はああ。こ、これはもしかしなくても、心臓に悪い状況なのでは」
床にへたり込み、倒れ込む。
荒くなった呼吸をおさえる術もない私に「もう大丈夫」笑いかけてくれたのはやっぱり、住良木くんだった。
あわてて周囲を見渡す。
木目調の部屋と家具たち。敷かれたカーペットもカーテンも金の刺繍とか入っているし、よくみれば家具は全部アンティークの雰囲気抜群。
『かなり値が張る品ばかりじゃのう』
タマちゃんの言葉を疑う気も起きない。
ワイシャツにベスト、ネクタイとスラックス。
学校指定+一着程度なのに、金髪碧眼と美貌が醸し出す溢れる気品。
生まれ持った何かを、住良木くんは宿していた。
「お茶を入れよう。ひと息つくといい」
すんすん。
住良木くん……やっぱり、良い匂いがする。
『犬か、たわけ。いい男の前ではしたない真似をするでない。女を下げるぞ』
『今更だ。それにお前が言うことでもあるまい』
『なんじゃとー!』
身体を起こして、椅子に座り直す。
テーブルの上に飾られている写真は、住良木くんに似て綺麗な金髪の女性とのツーショット。
お姉さんかな……ほんとに綺麗だ。ティアラをつけているし、まるでお姫さまみたい。
「どうぞ」
「ど、どうも」
見入っていたら、住良木くんがティーセットを用意して紅茶を入れてくれた。
透き通る赤橙。香る匂いは住良木くんとは似て非なる……でも落ち着く香り。
恐る恐る口にしたら、熱すぎず温すぎず。
苦みもきつくなくて、舌に蕩けるようで……本当に。
「おいしい……」
「よかった。僕も噂の君をお招きできて光栄だ」
「う、噂の君、ですか?」
「上級生を相手に大立ち回り。クラスメイトのためにその身を投げ出した勇敢な少女」
誰のことだろう。
きょとんとしていたら、住良木くんは柔らかい笑顔で私を見つめている。
……ん?
「も、もしかして、私?」
「そうとも。君にもまた、僕と同じ魂があると見える」
一瞬、脳裏を過ぎったのは――……あの日のこと。
タマちゃんと十兵衛を手にするより以前、城で別れた時の会話だった。
「ノブレス……オブリージュ」
「覚えていてくれたんだね。その通りだ」
片肘を立てて頬杖を突いて……私を見つめる住良木くんは、紛れもなく高貴な人だ。
憧れて、望んで、それでも手が届かず、そもそも出会えないような人種の人だ。
近くで見ればわかる。私よりも肌綺麗だし、一つ一つのパーツも理想を集めた完成形って感じで。イケメン度合いでいくと、二年最強がラビ先輩なら一年最強は住良木くんなのでは?
そ、そんな人と私紅茶を飲んでる……!
き、緊張がやばいんですけど!
「おや――」
「へ!?」
「待って、動かないで」
私に手を伸ばしてきた。
てんぱる私に甘く言うと、住良木くんは私の髪を指先で撫でて整えてくれた。
「走って乱れてしまったのかな。ごめん、姉の髪の手入れをよく任されていたから、つい。女性の髪に気やすく触れた非礼をお詫びする。すまない」
「……あ」
あまい!!!
「ペットは不可、顔見知りもいない寮で落ち着かなかったけど、なぜか……君相手だと気が緩んでしまう」
「そ、そそそそ、そうなんですか」
「なんでかな」
「け、ケモミミか尻尾のせいですかね?」
「確かに愛らしいけれど、違う。なんだろう……」
わかりません! わかりませんとも!
『落ち着け、このうつけもの。それとも変わってやろうかの?』
『よせ。この手の男にお前のような女狐は相性が悪い』
『ふんだ……わかっておるわ! どーせ天然素朴がいいとかいうんじゃろ?』
『腹芸は通じないと言っている』
『わかっておりますー!』
ちょ、なに二人で完結してるの!
「……さて、そろそろ大丈夫だろうが。これも何かの縁だ、君の部屋まで送ろう」
「ふぇ!?」
「そう緊張しないでくれ。血縁以外の女性を部屋に招くのは初めてだから……僕の緊張がばれてしまう」
さ、爽やか! はにかむように笑って、しかも歯がきらりとか!
一体何年前の手法! でも性格も見た目もイケメンだからいい!
「いこう」
「は、はひっ」
対する私が残念クオリティーなのでお察しですけども。
刀を手にした住良木くんに導かれて、お部屋まで無事帰ることが出来ました。
なんでだろう……先輩たち、住良木くんを見ると敬遠するんだよね。
おかげで私は助かりました。
「あ、ありがとうございます」
「いいよ。君が手にした刀が噂通りなら、余計なお世話だろうし」
「そんなこと! 私自身はまだまだだから、助かります」
「慎ましいね……そういうところも、君の魅力なのか」
飾りのない褒め言葉に、私の足は砕ける寸前です……!
「よければまた、紅茶を飲みにおいで」
じゃあ、と言って優雅に立ち去る背中を見守る私です……!
つづく。




