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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十一章 天使の来訪

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第二百六十七話

 



 敵が強い時はどうする?

 知らない。持ち合わせの選択肢に答えはない。春灯相手に私は防戦一方だった。

 なら、どうする? 私一人で背負わなくていい。なにせ私には仲間がいるんだ。


「ユニス! こういう時の対処は?」

「あれだけ大見得きっておいて、それ?」

「いいから早く!」

「……日本じゃ心が刀になる。あれを折れば正気に戻せる」

「それはなし」


 はあ? と声を上げるユニスを一瞥した。


「せっかくやっと手にした刀を折れって? あり得ないでしょ。コマチが望んでいるなら話は別だけど、それだけは絶対にしない」

「妙に断言するわね」

「気持ちがわかるの。私もこの刀を折られたらぶち切れる」


 男子三人が揃って、早くしてくれないかなあという視線をユニスに送った。


「えええ……セオリーなんだけど。本人次第で直せるし」

「いいから。他にないの? コマチが正気に戻って刀もぴかぴかになる方法」

「な、なら刀を奪って正気に戻す。具体的には……コマチ自身が吐き出す激情をなんとかして払うの」

「どうやって?」

「それがわかれば苦労しないわよ!」


 ユニスとにらみ合う隙を、凶暴になった狂いコマチが許すはずがなかった。


「ウアアアアアアアアアアア!」


 刀を手にして襲いかかってくる。一振りしただけで、周囲の炎の壁が迫ってきた。上から押しつぶすような勢いだ。


「リョータ! ミナト!」

「くそ!」「任せて!」


 トラジが怒鳴って、男子が急いで刀を振り上げた。三人がかりで炎が作った天井を刀で受け止める。不思議と熱くはない。ただ。


『――すけて』


 炎からじわじわと染みてくる。


『やめて、パパ!』


 その言葉の意味さえわからない。

 ただ、今よりずっと幼いコマチの声であることに違いなかった。

 コマチが抱えている暗闇はコマチ自身を飲み込んで、私たちごと押しつぶそうとしてくる。

 刀は心。

 その力がより露わになるのが隔離世なら、私たちだって現世ほど自分をごまかすことができない。

 手の中にある熱が叫ぶように訴えてくる。

 炎からしみてくる声の向こうに何かがあるって。


「く、そが……!」

「ユニス! 活躍しろおお!」

「つ、杖が折られてすぐには無理!」


 トラジが歯ぎしりして、ミナトが悲鳴を上げる。杖を失ったユニスはてんぱって本をめくっているが、それだけだ。

 リョータは言葉もない様子。


「ど、どうするのよ! 光線なら出せるけど?」

「待って、ユニス。まだ手を出さないで」

「「「 正気か!? 」」」


 男子三人が揃って悲鳴を上げた。

 けど、見つめずにはいられなかった。

 コマチをちゃんと、よく見てみろ。

 赤い涙のわけを考えろ。コマチは泣いているんだぞ。

 誘われるように切っ先をあの子に向ける。

 手の中にある刀が熱を伝えてくる。きっとコマチも星を抱えている。それだけじゃない。

 刀が訴えてくるんだ。自分を抜いた理由は何かと。

 思えば謎ばかりだ。切っ掛けは全部、春灯から。

 あの子のメッセージが浮かぶ。


『キラリは星の侍なんだ』


 私は退屈な世界を飛び出して、再び青澄春灯のそばへ辿り着いた。


『空に瞬くように尽きない、過去から未来へ優しく届けてくれる思いの熱がキラリなんだよ!』


 なりたてほやほやなのに大好きになりかけてる大事な仲間たちのことさえ、満足に知らない。

 それぞれの過去に何があったか知らない。

 私のことしか知らない。いや、自分さえよくわかってない。

 手の中にある熱が何を叶えてくれるのかさえ、わかってないんだよ。

 だけど春灯は言っていた。


『キラリは星の侍なんだ』


 それってなんだ。なにができるんだ。


『過去から未来へ優しく届けてくれる』


 手の中にある熱を握りしめる。

 これだけじゃ足りない。みんなが悲鳴をあげている。ユニスが本を抱き締めて震えている。コマチの刀もどんどんひび割れていく。

 炎の向こう側、ずっとずっと根元でコマチが泣き叫んでいる。その胸に感じる。何かを。

 過去ってなに。未来ってなに。優しく届けるためにはどうしたらいい。


『窮地においてその力はより強くあらわれる』


 私に刀を突きつけた女が言っていたことだ。なら、みんなの力は? 私の力は?

 今が窮地でなければなんなんだ。力の形が見えてくれなきゃ困るんだ。


『どこへだって行けるし、どんな星も全部キラリのものなんだ!』


 過去から未来へ優しく届けてくれる。どんな星も私のもの。

 じゃあ、星ってなんだ?


「おいい!」「ちょっとちょっと、洒落になってねえぞ!」「天使さん……!」


 男子の悲鳴がうるさい。


「もういい!? いい加減我慢できないんだけど!」


 ユニスがぷるぷるしているが構っていられない。

 星。星。過去から今へ届く光。見えるまでの時間は長く、絶望的。

 私たちの素質も願いも、そうやってできている。

 自分自身の輝きは見えない。あんまりにも醜い理由だ。だけどそれが現実。

 見えないから迷い、苦しみ、もがいて……自分さえ見失って暴れる。

 願いがあるのは確かなのに。


「ウウウウ!」


 がむしゃらにコマチが刀を振るう。そのたびにひび割れていく。そんな刀を見て、さらにコマチが半狂乱になる。

 あれだけ求めていた刀がボロボロになっていくんじゃ、やりきれないよね……コマチ。

 自分の願いを掴みたい。それだけなのに。


『願いをこめて夜空に見つめる星の光こそ、キラリそのものなんだ!』


 暗闇の中で光る星。願いをこめてみつめるもの。それが、星。

 ならもう、星は望みだ。希望の塊だ。

 見えないけど、内から輝く光が希望でないならなんなんだ?

 私の心が示す力はなに? 私の輝きは……望みはなに?

 わからない。いつだってみんなが気づかせてくる。自分の輝きなんて、わかる方がどうかしてる。才能さえわからずにもがいて生きるのが人生じゃないのか。

 違う。アイツは違う。


『天使星!』


 青澄春灯は違うんだ。


『星って書いてキラリって読むんだよね、すっごく可愛いし綺麗だよ! きらきら輝いてステキなの!』


 人のいいところを探せちゃうし頑張れちゃう。

 それこそが黄金の輝きに繋がる青澄春灯は違う。

 アイツだけじゃない。


「早くしろよ……限界だぞ!」

「はっ、文句を言うなよ、ミナト! みっともねえぞ!」

「窮地において笑えるトラジはどうかしてるよね!」

「早く! いつまでももたない! もう打っていい? 光線打っていい?」


 みんながいる。その手にある力は心そのものだ。


「ウウウウウウウウウウウ!」


 暴走したコマチの手の中でひび割れそうになっている刀も、心。

 暴れたいわけない。そんなの本心じゃない。

 コマチが叫ぶ。何を見ながら? ――……刀を見ながらだ。

 だって、どんどん刀が砕けていく。

 心が砕けそうになっているんだ。間違いない。


「ウウウ! アウウウウ!」


 それが許せない、怖くてたまらないとコマチが泣き叫ぶ。

 どうしていいかわからないんだ。

 アンタはたぶん、こんなになっちゃうくらい……しんどい何かを抱えている。

 今の私はまだまだ力が足りない。

 すぐになかったことにはできない。

 ううん。誰にだって、過去を消すことはできない。

 だけどコマチ、私がついてる。みんながついてる。一緒に背負うことはできる。

 そう思わずにはいられない。なんで。なんで。

 罪を背負ったから? 中学時代にやらかしたから?

 違うだろ。


『一人で背負ってんじゃねえよ』


 トラジの言葉が浮かんだ。胸の奥から溢れてきた。

 みんなが助けてくれたからだ。

 あの頃のみんなが、許しの機会をくれて助けてくれたからだ。


『クラスメイトの問題はクラスみんなの問題だろ』


 ああ、そうか。

 たとえ今日会ったのが二回目だろうと、なんだろうと。

 もうアンタの問題は、私たちみんなの問題なんだ。

 そして――……アンタの星はもうとっくに、私の星なんだ。


「――……」


 なんでだろう。熱を感じるの。コマチの胸に。刀を抜いた、あの場所に、熱を。

 誘われるまま刀の切っ先を胸へと向ける。


『どんな星も全部キラリのものなんだ』

「そうだ……さあ、見せてよ! コマチ! アンタの星を!」


 たった一つ切っ先から流れて落ちる星がコマチの胸を射貫いた。

 その瞬間、見えた。

 小さくて淡くて消えそうで、暗闇にとらわれているけれど……確かに輝く星が見えたんだ。

 その一瞬だけ、コマチの暗闇が晴れた。

 怯える顔が見えたんだ。


「たす、けて! ……とめ、られ、ない!」

「待っていて」


 わかるよ、コマチ。

 いつだって自分自身の思うように動けないよね。

 私は――……ううん。アタシはそうだった。だからわかる。

 放置できるわけない。アンタはうまくやれなかった頃の春灯よりも暴れん坊で、アタシよりも何も言えないどうしようもなく手の掛かる女の子だ。

 止められないなら、私たちが止める。

 助けてほしい? ううん、ちがう。助けさせてくれ!

 私たちに謝れたアイツが、試験の日と同じ過ちを自ら望んで繰り返すはずがないんだ!


「もう、アンタの星が見えたから!」


 コマチ、アンタはあの頃のアタシたちよりよっぽどマシだ。

 ちゃんとあるじゃないか。コマチの星が。

 暗闇に包まれても、なお光る星が。

 アンタはあの頃のアタシたちができないことをやれたんだから!


「みんな、コマチを助ける準備はいい!」


 きっとそれが私の……星の侍のやることだ。たぶん。きっと。ニチアサならそんなノリだった……よね?

 応えるように刀が熱を帯びる。

 コマチの胸にある星が暗闇に負けそうだ。星は私そのもの。ならば――……どんな暗闇相手だろうと、私を注いで輝かせてみせる。


「コマチの自由を奪って!」

「「「「 急に無茶いうな! 」」」」

「うるさい黙れ! そしてやれ!」

「「「「 ここへきて上から!? 」」」」

「いいから! コマチを助ける道がそれなの!」


 炎が噴き出て真っ黒に染まっていくコマチがどんどん見えなくなってきた。

 暗闇が必死に星を隠そうとする。


「イヤアアアアアアアアア!」


 絶叫するコマチ。抗うように星がぴかぴか瞬いた。あれを救わなきゃ、始まらないんだ。

 いい加減、限界なんだ!


「ユニス、みんなと一緒に押し返して!」

「その言葉をずっと待っていた!」


 本を開いてページを捲る。


「――……」


 ユニスが口を開いた。高速で耳慣れない単語を山ほど口にする。英語じゃなかった。

 だけど掲げた右手の先から光が放たれて空から押し寄せる炎を押し返していく。

 できた空間で、全力で刀を振るった。山ほどの星を放って道を作る。


「男子!」


 私が叫ぶまでもなかった。

 ミナトが駆ける。がむしゃらに振るわれるコマチの刀を受け止めた。

 そばを駆けたトラジが下から刀をかち上げた。くるくる回転する刀をコマチが必死で掴もうとする。トラジとミナトが抱きついて止めた。

 空を舞う刀をリョータがキャッチする。


「ウァアアアアアアアアアアアア!」


 コマチの闇がますます深くなる。けれど刀が離れたせいで瞬く間に炎の勢いが弱まった。

 なのに、どうしてだろう。熱を感じる。手の中にある熱と一緒。不思議だ。

 確かに一瞬、感じた。

 この熱はなんだ。力? きっと違う。そんな単純なものじゃない。

 春灯に一番強く感じた熱の正体はもっと、純粋なもの。まるで願いそのもののように――……


「そうか!」


 刀を引き抜くだけじゃ足りなかったんだ。

 これはアンタの願いの熱だ。希望の熱だったんだ!

 きっとそれが私の星に繋がる。だって、私は星そのものなんだ。そうだろ? 春灯!

 求めて、掴み取らなきゃ。

 もっともっと求めなきゃ掴めない!

 みんなのことも、アンタのことも何も知らないんだ! 私は未来を掴みたい!


「ガアアアアアアアアアアアア!」


 トラジとミナトの背中をコマチが二つの拳で叩く。

 その音は、小さな女の子が出せる打撃音とは思えないほど鈍かった。

 男子二人が悲鳴さえあげず、けれど両足で踏ん張る。刀でコマチを切ってしまえば簡単。

 でもそうしない。二人が怒鳴る。


「天使、助けるんだろ!」「早くしてくれ! 後味の悪いのはごめんだ!」

「アアアアア!」

「ぐっ」「うおっ!?」


 コマチが二人を蹴り飛ばした。そしてかんしゃくを起こしたように拳を地面に叩きつける。

 地面が揺れた。無茶苦茶だ。そんな瞬間にコマチに駆け寄って、刀を捨てて暴れん坊を抱き締めたのはリョータだった。


「傷つけたくないんだ、コマチ!」


 トラジとミナトがしたように、止めようとする。

 当然、コマチの暴力の矛先がミナトに向かう。


「止まれええええ!」

「アアア!」

「天使キラリ!」


 悲鳴をあげるようにユニスが私を睨んできた。

 脅威を倒す道をずっと歩いてきた女の子が、攻撃する手段を取らずにずっと耐えながら声を荒げる。


「コマチは心を蝕まれている! 邪じゃない、刀に宿る純粋な願いがコマチそのものを飲み込んでいまにも潰れてしまう!」

「わかってる!」

「もう手を下すしか――」

「いいや」

「これ以上どうしろっていうの!?」

「大丈夫だから」


 そこに星が見えている。そして熱も星に続いている。


『お星様になって駆けつけるんだ』


 わかってるよ。もう大丈夫。

 既に、方法は見つけている。


「私の力が見えたんだ」


 なんで侍じゃなきゃだめなのかとパパは言った。

 戦いたいんじゃない。友達の力になりたい。

 私の刀はそのためにある。

 私はパパに言ったんだ。倒したいんじゃない、助けたいんだ。

 コマチ、もちろんアンタも友達の一人。

 さあ、


「いくよ! ユニス、一瞬だけでいい! コマチを拘束して!」

「もう、どうなってもしらないから!」


 ユニスが本のページを捲って、あるページに手のひらを叩きつけた。

 高速で紡がれる言葉が力を持って、空間に満ちていく。ひび割れるように亀裂が入り、そこから幾つもの光の鎖が吐き出されてコマチの四肢を拘束した。

 あとはやるだけ。さあ、どうする?


『君なら自分で気づく』


 先輩の声に笑う。

 求めよ、そして掴み取れ。

 今もとめているのは、なに? コマチの正気。コマチを助ける力。きっとコマチの内側にある星の輝きだ。アレを掴み取るんだ。


「ウウ、ウウウウ!」


 掴み取りたい。コマチ、アンタの星を!


「キラリー! がんばれー!」


 春灯の声がして、思わず笑った。


「みんな……コマチ。待たせてごめん」


 身体に満ちる熱に身を任せる。


「願いの熱よ、星へと転じて変われ! 開け、勝利への道!」


 瞬間的に、すべての炎が星へと変わる。そして道を作る。一直線、コマチへの道を。

 必死にしがみついてコマチを止めようとしているリョータが蹴り飛ばされた。

 痛くて堪らないはずなのに、私の横を飛んでいく間際に言ったんだ。


「いってくれ、ヒロイン」


 がんばったね、ヒーロー。


「――ッ!?」


 キラリの懐に潜り込んだ。


「暗闇に覆われた希望、返してもらう!」


 その勢いのまま、胸にある星へと刀を突き刺す。暗闇が悲鳴をあげる。コマチの星を暗闇に染めようと抗う。

 構うものか。深く深く突き刺した。

 刀はコマチの身体を貫かない。

 私の刀すべて星へと変えて、コマチの星に注ぎ込む。そして、


「希望よ、あるべき輝きを取り戻せ!」


 引き出した。

 瞬間、暗闇が内側から溢れ出る星に弾かれて消えていく。

 内側から倒れ込んできたコマチを抱き留めて、囁いた。


「コマチ、待たせてごめんね」


 アンタ一人で抱えきれない闇がこうして私たちを苦しめるなら。

 その闇はとっくにもう、私たちのものだ。

 さあ。


「瞬いて」


 瞬間、周囲にあふれていた歪な力が星へと転じて消えていった。

 それでも未練がましくコマチの影から暗闇が触手を伸ばしてくる。


「アンタの星、ちゃんと見えたよ」


 構うものか。

 胸に輝く星へと、ありったけの熱情を注ぐ。


「どうせこれが終わったらアンタは謝るし、後悔する。だからいつか話して。待ってるから」


 右手でそっとコマチの星を掴む。星の中からどろどろと感情が流れ込んでくる。


『なんでママとケンカするの』『なんでやめてっていったらなぐるの?』『いたい』『わたしのせいじゃない』『わたしわるくない』『なかよくして』『ケンカはやだ』『いたい、いたい、いたいよ……!』


 コマチの痛み。でも、そんな見ず知らずの過去の言葉より知りたい。

 願いを歪める欲望なんて、いらないよ。

 アンタの胸にある星の、純粋な輝きが知りたいんだ。


「さあ、教えて。どうしたい?」

「わた、しは……ともだち、ほしい……もう、ひとりは、やだよ……」


 笑った。やっと、やっと……本音に触れた。


「ならよかった。もうアンタはひとりぼっちじゃない」

「え……」

「私がいる。みんながいる。だからもう、アンタはひとりぼっちじゃない」


 コマチの瞳が涙で揺れる。


「アンタが抱えてるもんがアンタを苦しめるなら、みんなで背負うから。一人でがんばるな」

「――……わたし」

「言ってよ、今すぐが無理なら、少しずつでいいから……今のアンタの声を聞かせてよ」

「……ご、め、ごめんなさ、ごめ、」

「いいから。逃げないし、嫌わない。殴ったりもしないからさ……」

「なん、で」

「もうとっくに友達だからだよ」


 溢れ出てくる涙は赤から透明になっていく。

 どんどん星から黒い影が吐き出されて消えていく。

 影からしみ出てくる暗闇は最後の悪あがきのようにコマチを捕えようとするけど、影を踏んで星で吹き飛ばして封じる。


「なん、で」


 何度もコマチが繰り返す。だけど私の背中に両手を回してしがみついて離れようとしない。

 そっと言ったよ。


「私と同じクラスになったのが運の尽き。覚悟して? どんなに嫌がってもひとりぼっちにはさせないから。かなしい?」

「……うれ、しい」

「よかった」


 微笑み、


「余計な星を流して願いに変える時がきた」


 指を鳴らす。


「暗闇を越えて輝け。あなたの星はもう、見えている」


 瞬間、コマチを捉えようとする暗闇すべてが星へと転じて消え去った。

 あとに残るのは、ただ一つ。

 刀が眠っていた胸に宿る星だけだ。

 腕の中でコマチが気絶してしまう。けれど浮かべる顔は笑みそのものだった。

 やっと、一歩を踏み出した。

 中瀬古コマチ、アンタのおかげだ。

 もう二度と、アンタを暗闇に捕まえさせたりしないからね。


 ◆


 全力を尽くした仲間たちと私を取り囲む壁は既に消え失せた。

 春灯たちが駆け寄ってくる。

 佳村と呼ばれていた小さな女の子がすぐに私たちの手当てをしてくれた。

 疲れ切って長屋の寝床に寝転びながら、少しだけ休ませてもらう。

 まず最初にユニスが根を上げた。


「無理、こんなの……経験したことない」


 おいおい。早すぎるだろ。


「なにいってんだ……今日、ここからが始まりじゃねえか。これからこんなのが毎日続くんだ」


 獰猛に笑うトラジは、けれど起き上がれず。

 私たちがコマチと向き合っていた間ずっと、あちこちで噴き上がった炎の対処に他の一年生は大騒ぎだったようだ。

 強すぎる心に飲み込まれた侍候補生は暴走し、人を傷つけてしまうことがあるらしい。

 コマチのも、要はそういう事なのだと結論づけられた。

 としたら一年生総出で解決するほどの何かをコマチは抱えているということになる。

 リョータがぼろぼろの状態で笑った。


「とびきりやばい状況だったけど、なんとかなったじゃないか」

「まあ最初が一番、しんどいのかもな……天使、さっきの必殺技みたいなの。次からはもっと早く出してくれ、まじで」


 ミナトに言われて肩を竦めた。


「無我夢中だったから……次はもうちょっと頑張る」

「もうちょっとかよ……いや、もはや突っ込むのもだりい」

「疲れたくないなら、アンタも何か編み出してよ」

「検討するよー、それであいこな……」

「はいはい」


 心の闇に飲まれて暴れたせいで消耗しきったコマチは私の隣で寝ている。

 獅子王先生にコマチの家庭環境とか聞けば、少しは事情がわかるのかもしれない。

 けど、やめた。危険な状況下になって被害を最小限に食い止めようと頑張っていたらしい獅子王先生をなじることもせず、説明するべきか悩む先生にコマチから聞くと伝えておいた。

 決めたから、もう。


「みんな。放課後は私の部屋に集合」

「「「「 いや、もうマジで寝たいんですけど 」」」」

「いいから……ちょっと話そう。一人で背負わず、みんなで背負って仲間になるんだよ」


 ユニスが寝返りを打った。リョータはミナトと笑う。

 トラジだけが身体を起こした。


「コマチに頼ってもらえたとしても……俺たちが解決できるとは限らねえんだぞ」


 否定するような言葉に聞こえるけど、トラジの声はとても優しくて穏やかなものだった。


「一緒にいたいの。試験に今日じゃ、コマチがつらすぎる……あんまり一人を感じさせたくない」

「……天使みたいに優しいんだな」

「人として優しくありたいだけ」


 すかさずリョータが身体を起こした。


「そういうの大事だと思う! ……ててて」

「リョータ、無茶すんな。賛同してくれるのは嬉しいけどさ」

「うう……寝てます」


 すごすごと寝そべるリョータにトラジとミナトが笑っている横で、私はコマチを見た。

 目元が泣きすぎて腫れていた。

 いつか放置した涙だ。いまは拭うことができる。そばにいることができる。

 その距離がとんでもなく幸せだった。


「――……」


 歌声が聞こえてくる。春灯の声だった。

 慈愛に満ちた歌声だ。特別体育館中に響き渡るような、強い意志で満ちていくような歌声だった。

 みんな黙ってコマチを見つめた。

 耳に聞こえてくる。

 これまで積み重ねた、いいことばかりじゃないことも含めた過去さえ綺麗な光で照らして、


「――すべてが許されていく」


 その願いに満ちた歌詞と一緒に、外から流れ込んでくる金色の光が私たちに触れる。

 あたたかい気持ちが溢れ出してくる。

 胸に残る複雑な思いや、暴れ回る暴走コマチへの恐怖さえ熔けて……許されていく。

 残っていくのは、ただ。友達を大事にしたいという願いだけ。

 気がついたら手を繋いでいた。


「黒い何かがコマチの過去で、それが今を塗りかえてコマチを捕まえるのなら……」


 ねえ、コマチ。


「これまでのつらかったこと全部乗り越えて……私たちと今を生きようよ」


 きっと私たちならできるよ。

 コマチを傷つけるより助けることを選んだ私たちなら。

 私たちと一緒にいるコマチなら、きっとできるよ。

 だから……今はゆっくり眠って。

 起きたら話をしよう。

 これからはじまる今をめいっぱい楽しむために。

 アンタとの縁を手離す気なんてないんだから。

 すべてが終わっても、もう見つけたから……見失わないよ。

 アンタの星の在処をいつだってすぐ教えるから、どんな暗闇がきてももう大丈夫。

 繋いだ手に感じる熱が教えてくれるんだ。

 それにこうして手を繋げば、いやでもわかるでしょ?

 アンタはもう一人じゃない。ひとりぼっちになんか、させないからね。




 つづく。

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