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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十一章 天使の来訪

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第二百六十三話

 



 目を見開く。身体を起こした。

 淡い色の壁、カーテン、ベッド。

 どんな学校でも、保健室ってわかりやすくできている。

 パニックになるより先に理解した。

 私、倒れたんだ。せっかく隔離世に行って、刀も手にして……そこそこ活躍したと思うのに。

 みっともないったらない。


「はあ……」

「起きて一発目がそれ?」

「ちょ……なんでいるの。こっち見るな……寝起きなんだから」


 聞こえた方を見て思わず睨む。

 見るなと言ってもまだ、渋谷男がにこにこしながら私を見てくる。


「……ったく。突っ込む元気もない。他のみんなは?」

「だ、だいたいは先に帰ったよ。体育館案内チームも、もう隔離世にいけるか試験して解散したってさ」

「……あっそ。刀は?」


 周囲を探したけれど、見当たらない。


「士道誠心に一時保管だってさ」

「え……待って。一時保管って、それは、じゃあ入学確定ってこと?」

「まあ、そういうことなんじゃない? 明言はされなかったけどね」

「まあ……そりゃそっか」


 心配だ。試験を受けてすぐ合否がわかるなら、楽なのに。

 落ち込む勢いに任せてベッドに倒れ込む。


「……猫背女は?」

「学校側は、事故が起きないようにユニスさんとニナ先生、他の先生を待機させていたみたい。いよいよとなったら総出でカバーできる状況だったけど、俺たちががんばりすぎて見守ってたとかなんとか」

「なにそれ」

「怖い目に遭わせてごめんって、めっちゃ謝られた……君も、たぶん、謝られると思う」

「別にいいけど……」


 とはいえ、保健室のベッドで目覚めるなんて、穏やかじゃない。

 これが隔離世に関わるっていうことなら、パパの心配も納得だ。

 そしてママの太鼓判にも納得。ママは……私の心を信じてくれたのだろう。

 春灯は大好きなフレーズのように言っていた。

 刀は心。

 なら……隔離世で振るった力はすべて、心でできている。

 あの猫背女を助けられてよかった。心の底からそう思う。

 と同時に、やっぱり振り分けは必要だったと思う。

 ふわふわした思いであんな化け物鮫に会ったら、大事故になっていた。

 案外、夢に命を賭けられるのかどうかが隔離世に関わる才能の正体なのかもしれない。

 刀頼みじゃたぶんだめなんだ。

 すべてを賭けろというわけではなくて、だけど……いざとなった時、命を賭けられるかどうか。そして、脅威から自分を守れるかどうか。

 そういう意味では私はまだまだだ。渋谷男に守ってもらって、やっと掴み取った。

 男子二人は違う。

 渋谷男も、色黒のトラジも自ら刀を掴み取った。

 だから、思う。

 刀が先じゃない。立ち向かう気持ちが先なんだ。

 あの猫背女は刀を求めすぎたが故に、鮫を最初に吐き出してしまったのだろう。

 けど一歩間違えていたら、猫背女じゃなく私から出てもおかしくはなかった気がする。

 そう考えてみると、隔離世は怖い。

 素晴らしい可能性があったとしても、隔離世は自分の有り様を素直に示しすぎる場所だと思う。

 パパは言っていた。どこまでいっても人は人だ。

 だから、あの猫背女の妄執を一度理解してしまった私もああなる可能性があった。

 救えてよかった。本当に。


「あの鮫……邪を吐き出す可能性を考慮して、そのうえで試験をしたらしいよ」

「……だとしたら、もう少し怖くないのでお願い」


 さすがに入学前に出くわすイベントじゃない。乗り越えたけどね。


「入学したら戦いの連続だから、デモンストレーションって意味もあるみたいだよ」

「なにそれ」


 悪態をつこうと寝返りを打ったら、ベッドを挟んで渋谷男の反対側に金髪女がいた。


「はあい」

「うわ!?」


 思わず飛び起きた。


「な、なんでいるの」

「眠り姫の寝顔と恋愛模様をそばでずっと見ていたの」

「悪趣味な奴」


 私のツッコミにユニスは笑った。


「私たちが手こずるようなら獅子王ライの手並みが拝見できたのだけど……面白いものを見せてくれたから。一言あいさつしておきたかったのよ」

「……あっそ。ユニスだっけ? そうとうな暇人だね」

「ご挨拶じゃない」

「日本人のゆるいアマチュア未満の学生なんて、嫌いなのかと思ってた」

「実力者は別。あなたは面白い子だとわかったから……仲良くしましょう?」

「悩むなあ……アンタって絶対、性格悪い」

「それがわかるあなたもね」


 にらみ合う。けど馬鹿馬鹿しくなってやめた。お互いに同じタイミングで笑い合う。


「魔法少女さん、よろしくね」

「やめて。私は魔女の一族なの。偉大なる魔法使いマーリンのソウルを手にしたね。ジャパニメーションのキャラみたいな言い方はよしてちょうだい。言うなら魔法使いか魔女のどちらかにして」


 あれこれ言うけど、魔法使いと魔女ってそもそもどう違うの? さっぱりわからない。

 そんな私の疑問を察したように、ユニスは肩を竦める。


「繰り返すけど、代々魔女の一族なの。けれど手にしたソウルはマーリン。だから魔法使いでもあるわけ」

「ごめん、疲れすぎてて意味わかんない……今日はもう情報過多すぎる。勘弁してよ」

「……そうするしかなさそうね。転入したらよろしく。じゃあね、天使キラリさん」


 意地悪くわざわざフルネームで呼んでいきやがった。しかも心底楽しそうな声でだ。

 最悪……まあいい。どうでも。


「で。猫背女は無事なの?」

「あ、え、ええと。君に何度も謝ってたけど、帰っちゃった。家がそうとう遠いらしい。茨城だったかな……相当鬱屈していたみたいだけど、嘘みたいに大人しかったよ。あの子、口数少ない子だったんだね」

「……合格しそう?」

「過去に邪を吐き出す編入・転入試験希望者はいたみたいだ。でも刀を抜ければ邪は出ないみたいだから、大丈夫じゃないかな。むしろほら。あれだけ怖い邪を吐き出す心なら強そうじゃない?」

「……急に饒舌」

「ご、ごご、ごめん!」

「別にいいけどね」


 猫背女は大丈夫だろうか。

 あれだけのことをしたんだ。士道誠心もただで入学を受け入れたりはしないだろうけど。

 でも……逆に言えば放逐したら災害の元になりそうだし。

 きちんと侍にできれば、強い味方になりそうでもある。

 教育はそのためにあるんじゃないかとすら思う。未熟を鍛える道を示す……とか? マスターが私にしてくれているのは、それだ。

 マスターや先輩に嘘を吐かないよう教わったおかげだな。まあ、道を示すだけで答えはくれないってわかると、むすっとするけど。

 求めよ、さらば与えられん。

 あまりにそれっぽいから答えだと思い込んでいた。

 でも違ったんだ。

 求めて、掴み取れ。

 もしだめならどうするか、その時の行動と考えこそが答えだった。

 トラジと渋谷男が掴み取っていなかったら、守られてなかったら……気づけなかったに違いない。

 まったく。どうせ文句を言ったら、君なら気づくと信じていたとか言うのだろう。

 どうだ、気づいたぞ。まいったか。

 それくらいは言おう。次にバイト先に行ったら、絶対言おう。いま心に誓った。


「ね、ねえ……あの子に文句言いたかった?」

「なんで?」

「だ、だって。普通なら文句いうかなって。怖い目に遭わされたわけだし……君はどうかなって」

「んー……」


 確かに渋谷男の言うとおりだ。普通なら文句を言うところだ。


「逆に教えてよ。アンタはどうなの?」

「お、俺は……トラジは刀を手にするいい切っ掛けになったとかいって笑っていたし、俺も同じ気持ち」

「あっそ。じゃあ私もそれで」

「えええ」

「……いいでしょ、別に」


 思ったんだ。

 春灯なら、きっと笑ってなんとかしちゃうだろう。笑って許すに違いない。

 そういう意味で、アイツはとんでもなく器が大きい。

 対する私は極小サイズだった。いきなり春灯みたいにはなれない。

 だからといって……許したくないわけじゃないんだ。

 刀を手にして泣きながら笑ったアイツの顔は……悪くなかったから。

 恥ずかしいから言わないけど。


「怒ってないし、また会えたらいいなって思ってる。それが答え」

「……そっか」

「なに嬉しそうな顔してんの? きもい」

「ひ、ひどい」


 まったくもう。言わせるなよ、恥ずかしいな。

 許せないところで立ち止まっていたら、青澄春灯の隣には行けないんだ。

 それだけは絶対にいやだ。私は隣に立ちたい。アイツの力になれる自分になりたい。

 それに……仲良くしたい。

 猫背女の素がびくびくしながらも願いに素直な性格なら、余計に。

 だって、あの日の再現を乗り越えた。

 猫背女とちゃんと付き合えるかどうかが私にとっての試金石になるに違いない。

 まあ、無視でいじめちゃったあの子と猫背女は別なのは、ちゃんとわかってるけどね。


「邪を生み出すほどの、刀への執着か……」


 あの猫背女にはいったいなにがあるんだろう。

 ユニスもそうだ。

 情報なんてないに等しかった英国からわざわざ日本にやってきて、活動する意味は? 企業の思惑ってだけじゃない気がする。

 色黒のトラジだって、ただの高校生って感じじゃない。あの荒々しさの根源には何があるのか。

 それに、私に寄り添う渋谷男の経緯だってわからない。戦えた以外は普通の男の子だ。冴えないね。なのに私を庇って、鮫に立ち向かい続けた。

 絶対に本人には言えないけど、ちょっと……ううん。かなり格好良かった。

 でも何も知らない。まだ、何も。

 当たり前だ。試験で顔を合わせただけで、わかるわけがないんだ。

 猫背女から刀を引き抜いた自分の感覚だって、何がなんなのかわからないのに。


「私、あの猫背女になにをしたんだろう」


 その疑問は、渋谷男も持ったのか。


「先生が言ってた。きみが歪んだ心を引き抜いたから、ショックが強いだろうけど彼女は救われたんだってさ」

「歪んだ心ね……」


 むしろ純粋な刀への思いだと私は考えているけどね。


「悪い意味での執着はなくなるだろうって。まるで天使のような所業だって」

「やめて」

「え……」

「私は天使なんかじゃない……二度と言わないで」


 寝ている気分でもなくなった。

 起き上がって、荷物を探す。ベッドの足下にカバンがあった。

 ベッドを下りて拾い上げる。


「お、俺……」


 傷ついた声を聞いたせいで……すぐに思い出した。

 無視をした……あの時のあの子の反応を。

 猫背女の次は、こいつか。

 そんなに私は誰かを追い詰めてしまうのか。いや、猫背女を追い詰めたのは私じゃないだろ。

 だとしても、人はなかなか変われない。

 それでも私は自分を変えにきたんだ。

 どんなにゆるやかな歩みだとしても、踏み出すためにきた。

 放置は……しちゃいけない。


「助けてくれてありがと。ちょっと……背中、見とれたかも」


 呟く。格好いいなんて言わないけど。絶対、言わないけど。


「天使キラリ。てんし、じゃなくて……あまつかって呼んで。あと名前で呼んだら口きかないから」

「キラリって、すっごく可愛い名前なのに?」

「……まるで女の子向けのアニメみたいに可愛すぎるから嫌いなの。あと」


 餌を与えられた子犬みたいに喜んだ顔をする相手を睨んで、睨みきれなくて俯く。


「アンタの名前、聞いてない」

「お、お、俺! 虹野! 虹野、リョータです!」

「リョータね。ふっつうの名前してるね」

「いきなり名前呼び……!」

「なにに反応してんの……きもい」

「ううっ、あげてからの直滑降にめちゃめちゃ傷つく……」

「嘘、冗談。じゃあリョータに一言いっとくね」


 微笑みと共に告げる。


「今度勝手に寝顔みたら、甘いチョコおごってもらうから。ある意味、犯罪」

「え……あっ。ごご、ごめん! で、でも、ユニスは?」

「同性はギリギリアウト」

「アウトではあるんだ……」

「ギリギリね」


 肩を竦める。


「じゃ、帰るから」

「い、一緒に帰ろうよ!」

「……下心あるなら断る」

「えええ……」

「ついてくるなら止めないけどね」


 歩き出したら、どたばたしながらついてきた。

 リョータと一緒に職員室に顔を出して、ニナ先生を呼んだ。

 歩いてきたのは、ニナ先生だけじゃない。獅子王先生も一緒だった。

 まあ……ちょうどいいか。面接の担当官もいるならね。


「今日はありがとうございました」


 深々とお辞儀をする。


「いえ、いいのよ。こちらこそ、危険な目に遭わせてごめんなさい」

「すまなかった……実は我は早々に群れから離れ、影で待機していたのだ」


 獅子王先生の言葉に思わず顔をあげた。


「見たかったのだ。天使キラリ。お主ならばやるだろう、と。そう信じて我は待った。怖い思いをさせてすまなかった」


 まったくだ! おかげで怖かったぞ! 酷い目にあいましたよ! ちょっとどうなってるの!

 私の中の怒りが叫ぶ。身を任せたい。

 けど全力で我慢した。子供みたいに駄々をこねたいわけじゃない。

 バイト先でついしたくなるような、大人っぽさを意識した背伸びをしたいわけでもない。

 侍になったら、候補生になったら……怖い思いをこれから山ほどするだろう。

 これくらいで怯んでいられない。怯んで入学の資格を失うなんて、それだけはごめんだった。

 利用しなきゃ、もったいないんだ。

 求めよ、さらば与えられん。

 マスターも先輩も私に道を指し示し、けれど答えをくれなかった。

 自分で気づけ、気づけるはずだと信じて。

 そしてもうとっくに、私はその先の答えを手にしている。

 だから言い換えよう。もう答えは手に入れた。

 求める。だから掴み取るんだ。


「私ならきっと力になれます。それは証明しましたよ?」

「うむ」


 怒りをなんとか堪えて、切り込む。私に向けて獅子王先生は笑った。


「必ず選考にいい影響を与えるだろう。明言はしないが」

「入学させてくれなきゃ祟ってやりますから」

「覚えておこう」


 気をつけて帰りなさい、という先生たちにもう一度お辞儀をして立ち去る。

 さすがに合格を明言したりはしてくれなかった。

 けど当然だ。合格通知が答えなのに、今聞いたらネタバレもいいところだ。

 だとしても、聞きたかった。それでも聞きたかったのに。


「はあ……」


 やっぱりダメか。今日はまだわからないんだ。

 頑張ったから、それに報いる何かが欲しい。

 そもそもせっかく士道誠心にいるんだから、春灯に会いたい。

 いやいや。まだ早い。すぐに思い直す。

 きちんと合格通知を受け取ってから、胸を張って会いたい。

 まあ……今日起きたことを話すくらいはさせてもらってもいいとは思うけど。

 さしあたって問題なのは。


「ば、バスで帰る? 俺としては歩きがおすすめ……き、聞いてないよね。ごめん」


 このおどおどした男の子は面倒くさい相手のはずなのに、追い払えそうにない事実か。


「いいよ、歩きたい……アンタ、付き合う?」

「も、もちろん!」


 犬を飼ったらこんな気持ちになるのだろうか。尻尾が生えていたらぱたぱた振っているに違いない。こんな気持ちになるのは士道誠心ならではか。ニナ先生も尻尾生えてるし。

 これからの刀との付き合い次第じゃ、私にも生えたりするんだろうか。

 尻尾……困るな。

 春灯を見ている限り、尻尾はかなり露骨に感情を表現する。あれはかなり恥ずかしい。私がどんなにごまかしても、尻尾が素直なんて。それは困る。

 とはいえ刀がそばにないから、今は不要な心配だ。

 刀……もっとちゃんと見たかったな。

 私の刀。第一歩の象徴。

 これで合格通知の内容が振るわなかったらキレるどころじゃ済まないぞ。

 うつうつと考えながら敷地の外に出て、駅に向かって歩いていた時だった。


「あ、あああの。ラーメン屋さん、おいしいところ見つけたんです」

「アンタ正気? 女子を最初に誘う店がラーメン屋なわけ?」

「だ、だめですか? おいしそうだったんですけど」


 頭の中で計算式が目まぐるしく動く。

 女子を最初に誘う店がどうこうを言い出しておいてなんだけど、リョータを意識しすぎだ。

 撤回しよう。今は気にするな。まだ私には早すぎる。

 気にするべきはカロリーだ。朝は抑えめにした。夜はいつも通り……よりは豪華になりそう。パパとママが、天使キラリお疲れ様でした会を開くに違いない。

 となると全部は食えない。食えないが、しかし……正直いろいろありすぎて疲れた。ちょっと気晴らししたい。

 頑張ったから、それに報いる何かが欲しいと思ったじゃないか。なら……ちょっとくらいいいか。


「アンタのラーメン、半分くれるなら行く」

「……お、俺、試されてます?」

「なにが」

「い、いえ! 気のせいならいいんです!」


 ぎくしゃく歩くリョータに連れられて行ったラーメン屋はニンニクと唐辛子が有名な店だった。最初はやめようかと思ったけど、店内から漂う暴力的な匂いにあっさり白旗を振る。


「悔しいけどおいしそう」

「でしょ? この匂いやばいですよね」


 五円玉ではじまって、臭い仲になって。私は一体何やってるのかな。

 まあいいや。今日はもう、なんていうか面倒だ。そういうこと考えるの。

 リョータが頼んだラーメンが出てきた時に、カウンター越しに店員さんに言う。


「すみません、小皿いただけますか?」

「あ、すみません。うちそういうのないんで」

「ええ……」


 器を別でもらえなかった。なってないったらない。でも雑多なラーメン屋に求めすぎな気もする。諦めるしかないか。

 悔しいくらい美味しそうだったから、渋々リョータのお椀から直接、箸で麺を啜る。

 おいしい。この世には真理がいくつもある。その中にはね? カロリーが高い物ほどおいしいって真理が眠ってる。これはまさにそれだった。

 隣り合ったカウンター席で近づいて、リョータが身体をなぜか妙に強ばらせている中、構わずラーメンを啜る。気がついたら半分以上は食べてしまった。


「ごめん、食べ過ぎちゃった。あといいよ」

「べ、別に食べすぎはいいんですけど……マジですか? いいんですか?」

「え、残すの? 残すくらいなら全部もらうけど」

「まさかの全部強奪宣言!?」


 ショックを受ける顔をじっと睨んだら、リョータはすぐに白旗をあげた。


「たたたたた、食べます! 誰にもあげませんから!」


 丼を抱え込んで……なにやってるんだか。本当に奪うわけないじゃないか。意味わかんない。ちょっと楽しいけど。

 いろいろあった今日が終わる。

 隣で赤面しながらラーメンを啜るリョータを見て、私は一人で笑った。

 五円玉で妙になつかれた。でも……案外、困っている人に手を差し伸べるささやかな行動が私たちをまだ見ぬ未来へ進めるのかもしれない。

 なら……掴んでよかった『ごえん』かもしれない。


「ちょううまいです……感動です……」


 むせび泣きながらラーメンを食べるリョータを見ていると、それがどんな未来になるのかさっぱりわからないけど。別れ際、アプリの連絡先を交換するか悩んだ。

 けど、やめた。


「またね、リョータ」

「それじゃあ、また」


 手を振り合って別れる。さようならは、言わない。それが私の決意だった。

 まずは合否の結果だ。通知がくるのが待ち遠しい。

 早く――……自分の刀に会いたい。春灯に見せたいの。

 青春は私に微笑むだろうか。青春女の加護を信じて、今は待つだけだ。

 春よ、早く来い。来ないなら会いに行っちゃうから。

 だから……早く来い。

 祈りをこめた翌週、家に封筒が届いた。

 一心不乱になって開けた。だけど中身を確かめるのが怖くて一瞬戸惑った。

 そばにいたママが耐えかねて私から奪おうとしたので、意を決して中身を出す。

 内容を見て、まずママに抱きついて、すぐに春灯に電話した。


『もしもし?』

「待っててよ、春灯」


 胸を張って告げる。


「私、アンタに会いに行く」


 手の中にある書類を見つめて、私は晴れやかな笑顔だった。

 合格通知。天使キラリの入学を認める。

 確かにそう、書類に書いてあったんだ。


「会いに行くから、待っててよ!」


 うん、と喜んで頷いてくれる春灯に話したの。

 試験の日のこと、全部。そして、ふと思いついて尋ねてみた。


「アンタが私だったら……どうしてた? その、明らかにやばそうな子がいたら」


 猫背女のことだ。

 あだ名については言い出しにくくて濁す。


『んー。そうだなあ。大丈夫? って話しかけてみる』

「いやでも。自分にも被害がありそうなんだよ?」

『だって……放っておいてよくなることってないじゃん。少なくとも……私はそうだったから』


 思い悩むような声に苦笑いしかでない。

 中学時代のことを言っているんだろう。直接言えないんだ。私に配慮して。


「まあ、確かにアンタは放置できるタイプじゃないね」

『キラリとさ……中学時代、ちゃんと向き合わずにいたのをずっと後悔してるの』

「春灯……」


 すごく意外だった。こいつも普通に後悔するんだって思って。

 でも……当たり前か。人はどこまでいっても人なんだ。神さまじゃない。

 青澄春灯だって、当たり前の女の子だ。まあ……ちょっと? かなり? 変なところはあるけど。そこが魅力の女の子なんだ。


『だから私なら声を掛けなきゃって思う。で、できるかどうかわかんないけど。特に作文のくだりは結構ひええ! ってなる』

「だよね」


 私もそう思う。


『同じクラスになれたらいいね』

「さすがにそれは都合よすぎ」

『やっぱり?』


 二人で笑いながら、私は試験の日を思い出していた。

 鈍くさくて冴えないけど、背中のかっこよかった男の子のことを。

 思いを馳せる。

 いったいどんな学生生活が待っているんだろう。

 何も考えずにただ流されるだけ、嘘を吐き続けるだけならきっと……今いる学校とたいして変わらない生活になるだろう。

 けど、天使キラリは選択した。変わる道を選択した。だから――立ち止まったりしない。

 私は、青澄春灯のいる学校へ行くんだ。

 これまでどおりじゃいたくない! いられるはずがない!

 どんな未来が待っているのかわからないけれど。

 日常が確かに変わる感覚が、私の中にちゃんとあったのだ。


「学校、楽しい?」

『かなり! ……試験はさんざんで、コナちゃん先輩にハリセン連打を食らったけど。あ、コナちゃん先輩っていうのはね?』

「待って、聞いてるからさ……落ち着いて、ゆっくり話して」

『う、うん。えっとね――』


 春灯の話に相づちを打つのが楽しい。

 編入してからの日々をイメージできて、どきどきする。

 春灯とはきっと同じようにならないだろう。私は春灯じゃない。だけど同じ場所へ行ける。

 だから嬉しいし、楽しみ。


『――で、いつもハリセンでツッコミ入れてくるんだけど。どこに隠し持ってるか謎なの!』

「そっか」


 ハリセンでツッコミって。お笑い芸人か。笑える。

 どんなクラスに入るんだろう。同じ日に試験を受けた連中はどうしているだろう。

 わからない。わからないことが……こんなに楽しみなのは、いつぶりかな?


「なんか……アンタって青春の中にいるね」

『青春女ってあだ名つけたの、キラリじゃなかった?』

「そうだっけ?」

『ひどい! 私は結構大事にしてるあだ名なのに!』

「嘘だね。アンタはそれよりよっぽど、あの狂った堕天使ってのを大事にしてるとみた」

『う……そ、それはいいじゃないですか』

「なに今更はずかしがってんの。こっちは全部知ってるんですけど」

『デスヨネ……なんてこった』


 ほんと、面白い奴だ。胸を張って好きだと言える友達を……素直に大事にしたいと思える。

 それは得がたいことだと、十六年の人生で学んだ。

 青春女のそばへいく。

 まるで私まで青春の中に足を踏み入れるようで、この昂揚は抑えきれそうになかった。

 電話を切ってから、いてもたってもいられなくなってバイト先に出かけた。

 マスターに飛びついて先輩に抱きついた。嬉しくてしょうがなかったのだ。

 もちろん二人には言ったよ。

 ずるい、答えをくれるみたいな試しをするなんて、と。

 そしたら二人は笑って言いました。


「でも……君は気づいただろう?」

「俺は天使がぜったいに気づくって信じてた」


 ああほんと、この二人はずるい。

 でも許す。

 信じてくれたから。それは私に力をくれるから。

 その日の晩に、私は星の光に願いをかける。

 早く登校日がきますように。




 つづく。

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