第二百五十九話
スピーチの後に体育館を出て、学校で諸作業のケリをつけようと思った。
並木コナは自覚している。
生徒会長、なってみると大変だって。ラビは素知らぬ顔でさらっとやっていたけど、私はちょっと大変。下手にラビの手助けを求めたら、調子に乗るのが目に見えているからいよいよといった状況になるまで力は借りたくない。
けど、足を止めざるを得なかった。
ラビが体育館の中を見つめていたから。
隣に並んで中を覗き込んでみる。
暁カイト先輩がいた。三年生がみんなそろって飛びついているところだ。
「ヒーローってなんだと思う?」
ラビの羨むような、恨むような声に悩む。
「……みんなを助ける人?」
「ならきっと、僕たちにとってあの人がそうだった」
三年生たちが離れていく、けれど真中先輩が寄り添っている。
あの顔を見て、暁先輩への思いがあると気づかない人がいたら相当年季の入った朴念仁に違いない。
暁先輩もまた、真中先輩を見つめる。二人がどうなるのか、確かめるまでもない。
そして彼が真実、ヒーローなら……余計、ラビにとってただの男の人だと思う。ラビを救いはしない。
「複雑?」
「……まあ、ね」
「今更出てきてそれはないだろう、とか。言いたいことがあるなら聞くよ? 私には本音を言って欲しい」
「それを理由にコナちゃんに慰めてもらえるのか。悪くないな」
「情けない男はあんまり好きじゃないけど」
どっちだい、と笑ってから、ラビが見つめる。
真中先輩が何かを呟いた。その瞬間、兎耳のついたラビが口元で笑ってみせる。
「そう……そうだよ、メイ。やっぱり、元気になった時点でそうするべきだったんだ。僕らは二人で間違えてしまった。けど、もう大丈夫だよね……?」
囁いて、ラビは私の手を取って歩き出した。
「ちょ、ちょっと。いいの?」
「ああ……世界には二種類の人間がいる。人の幸せにケチをつけなきゃ気が済まない奴と、祝福できる奴。僕は後者でいたい」
「……うん」
「幸せになってほしい。無駄じゃなかったんだって思えるから」
願うような声はけれど、どこかつらそうだったから思わず言った。
「ラビ……無駄なんかじゃない。こうして一緒にいられるのは、いろんなことがあったから」
そうだね、とラビは笑ってくれた。
「コナちゃん、今日は部屋で一緒にいたいんだけど」
「本当にごめんなさい。シオリへのご褒美があるから今日はだめ」
「ええええ。コナちゃん、それはないんじゃないの……?」
「でも外出しやすくなるんだから、大手を振ってデートできるでしょ?」
「いやでも、今日お預けはないんじゃないかな?」
「珍しく食い下がる……しょうがないなあ」
気を緩めて囁くと、ラビが嬉しそうな顔で返してきた。
「じゃあ空き教室へ」
「生徒会長になったのに……ぜったい、学校でそういうのはしないからね?」
「ハグとキスならいいだろ?」
「それでラビが我慢するならね?」
「コナちゃんが我慢できないかもしれないよ」
「言うじゃない」
「本気で求めるから、覚悟しておいて」
私の手を引いて楽しそうに歩くラビを見つめながら思う。
ちゃんとかつての思い人の恋の行方に傷ついている。けれど終わった恋路の先へ進むために応援しようとしている。
なら、いい。無理に格好つけたりしているなら何か言わなきゃいけないところだけど。
この人は素直に私を求めてきた。だから……それでいいんだ。
あとは……そうだな。
学校で変なことしないように気をつけないとね。
◆
青澄春灯です! 青澄春灯です! 青澄春灯をよろしくお願いいたします!
「なにどや顔してるの?」
「ちょっと主張しないと不安になってきて」
「あんた相変わらず意味わかんない」
キラリに突っ込まれました。
そばにいたカナタがあたたかい目で見守ってくれています。
でもちょっとあたたかすぎかな。刺さるよ! ちょっとね!
たくさん話したいことがあるのに、学校の正門前にすぐついちゃう。
もっともっとお話したい。一緒にいたい。それはキラリも一緒みたいだった。
「お別れしなきゃいけないのやだな。部屋とか案内したいのに。カナタ、どうにかならない?」
「来客の宿泊手続きはまあ可能だが、ちょっと手続きが面倒だぞ?」
「うーっ」
唸る私の手を離して、キラリが笑う。
「あはは。まあいいよ。それは、入学できた時の楽しみにしておく。その方がやる気が出る」
「キラリ……」
「それに士道誠心の学生寮って特殊だよ。男女同室も親と本人同士がOKしたら問題なしなんて、いつか世間的に問題視されそう」
「「 た、確かに 」」
思わず唸る私とカナタです。
「そもそも! ……さすがに恋人同士の部屋に泊めてって飛び込んでいく勇気はないよ」
「おう……」
「電話するから。また歌ってよ。またね!」
手を振って立ち去るキラリにめちゃめちゃ全力で手を振り返した。
姿が見えなくなってやっと手を下ろす。何度もふり返ってくれたキラリはやっぱり……綺麗で憧れる子だった。そばを通りすがる男性みんながキラリを見ていたもん。
「あれが……黒の聖書における天使か?」
「うん。あの子が天使キラリ。綺麗な子だからって、浮気はだめですよ?」
「しないから。それより意外だな。黒の聖書からしたら彼女を嫌っているか……怖がっているのかと」
「怖かったよ」
私の言葉にカナタは心底意外そうな顔をするの。だから思わず笑っちゃった。
「完璧な人なんていない……私だって聖人君子じゃない」
呟く。縋るようにカナタの手を握った。
「怖かった」
きっと今こそカナタに言える本音だったから、ちゃんと伝えよう。
「キラリと会うのも、中学のみんなと会うのも……すごく怖かった。あんな情けない中学時代を過ごしておいて、なに忘れた顔していきがってるの? とか言われたら、舞台をあそこまで頑張れなかった」
なにより。
「みんなに怒ったり、拗ねたり。そこまでいかなくても、逃げ出したり……自分の未熟を押しつけたら、きっと立ち直れなかった」
「ハル……」
「カナタがいて、お助け部のみんながいて。ツバキちゃんがいてくれるから、へこたれそうなことがあっても……頑張れたの」
もう片手でカナタの手の甲を包んで、抱き寄せる。
ひっつく。
「お疲れ様」
「今日はたっぷりめのあまあまを、あまあま大増量を所望します」
「きつねうどん大盛り?」
「もう! 増量ってそういうことじゃないから! ……食べるけど」
べしべし叩くとカナタがおかしそうに笑った。二人で歩いて寮へと向かう。
後ろから聞こえた足音にふり返ると、メイ先輩たち三年生の三人娘が不思議な雰囲気のお兄さんと四人で歩いていた。またねをするためだと思う。
メイ先輩の幸せそうな顔を見るに、落ち着くべきところに落ち着いたみたいだ。
誰もが傷つかずに済むのなら、それに越したことはないけれど。でも……人が三人以上いたら無理なのかもしれない。恋は傷つけ合うようにできているのかもしれない。
だけど一度は離れた絆も繋ぐことができる。
そこまでいかなくても――……自分の中に答えを出して区切りを付けることだってできる。
あとは、どこで納得するか。
「先輩。じゃあ……次は来週。待ってます」
微笑みを向けるメイ先輩も、それに頷く男性も納得している様子だ。
じゃあ、私は? 中学生時代については、どう?
納得してなかった。ずっと。
罪を憎んで人を憎まず。滅多にお説教しないお父さんの数少ない教えだ。
キラリも、みんなも……他の誰より私も。
あの頃、うまくやれなかった。
自分に納得できずにいた。逃げ続けていた。会いたいなんて、欠片も思わなかった。
……なのに。グループに話しかけてくれた子がいて。キラリに呼びかけてくれて。
キラリは来てくれた。謝るために。私に許されるためじゃない。怒られるために。
願いがあるから。
あの頃のよくなかったすべてをちゃんと清算したいという願いを覗き続けたから。
私はずっと逃げていた。みんなの願いが凄かったから、気づけた。私はもう逃げたくなくなったんだ。
みんなのおかげでやっと納得できた。
ツバキちゃんと出会って、カナタに読まれて。コナちゃん先輩に朗読会させられたり、夏休みに再び緋迎家で朗読会をやって。そしてテレビ切っ掛けで気づいてくれた子が勇気を出してくれた。そんなすべてのおかげだ。
私一人じゃ……無理だった。
だめだったすべての埋め合わせをしたい。そのためにはこれからを楽しむ他ないと思っている。
距離を取るより仲良くなる道を選んだ。
キラリが選び、みんなが選んだように……私はもう、選んだのだ。
あの頃離れていた分の何倍何十倍だって、キラリと仲良くしたい。
みんなともっと遊びたい。楽しいことを山ほどしたい。
願いが未来を作っていく。
傷は傷を。幸せは幸せを。願いが自分を変えていくんだ。
キラリが私を傷つけたのなら、今年の文化祭は最悪だった。
私がみんなを拒絶したら、最悪の気持ちで舞台に立つことになった。
そんなの、やる前からわかりきっていることだ。私は求めてない。そんなの、欠片も求めてない。
未熟を責めて痛みをまき散らしながら傷を抱えるより、好きな人を増やして一緒に笑って楽しく生きたい。
単純だ。なのに、それだけのことが実はすごく難しい。どうしたって逃げ出したくなる。日常に甘えたくなる。けど。
「ハル、スマホ鳴ってるぞ」
「うん」
取り出してみたスマホ画面をみて微笑んだ。
『アンタの見せてくれたきらきら。すごく綺麗だった……編入、がんばるから待っててね』
日々を前向きに生きるのは確かに難しい。だからこそ、やりがいがある。
勇気を出した者にきっと応えてくれる。
私たちはそのために、願う心を覗き続けるんだ。
でもちょっと疲れちゃう時がある。たまには休養を取りたくなるの。
カナタがおごってくれたきつねうどん大盛りの味は格別だったよ。
◆
お風呂上がりになる頃には尻尾が三本になっていた。
たっぷり寝たら元の九本に戻るだろう。いつものことだ。
おかげで今夜は乾かす尻尾が少なくて済む。
だからといって手間がかかることはごまかしようがない。
タオルで水気を吸って、それからドライヤーで乾かす。
『あー。極楽じゃあ』
『……まあな。風呂はいい』
『若い女子の裸だらけじゃもんなあ?』
『さて』
あ、十兵衞スルーした。
タマちゃんもそれ以上いじらない。ケンカしないならなにより。
指先で毛先を梳く。結構、敏感だ。ぎゅって掴まれると実はかなり痛いし、そっと触られるとくすぐったい。そんな尻尾をカナタに手入れされるのは、タマちゃんの言葉を借りるとまさに極楽気分。天にも昇る心地です。特に最近は。
今日あたり楽しみだなあ。きっと櫛を用意して待っているに違いないよ。
一人でにやにやしていたのがひと目を引いたのか。
「ハールっ!」
背中から抱き締められた。柔らかい熱にふり返ると、マドカがいたの。
「どうかしたの? なんかご機嫌」
「まあね。ハルの歌のおかげ……ドライヤー貸して?」
「ありがと」
隣に座ったマドカに尻尾を向ける。
優しい手つきで撫でられる。カナタとは違う繊細な手つきはくすぐったくて気持ちいい。
「私の歌のおかげってなあに?」
「……光が振ってきて、思わず掴んだの。すっごくあったかくて優しい光」
「……ん」
歌の演出でやった、あの光のことだってすぐにわかった。
「討伐で失敗して……ケチがついたみたいに思ってた。私の光はちゃんとやれるんだって……輝きを取り戻したかった。ミュージカルは頑張ったけど。それでも自信はつかなかった」
ふり返ったらマドカに前を向かされた。恥ずかしいから前を見てて、だってさ。
「でも必要ないんだ。たぶん。ハルがみんなに届けてくれた熱のように、そばにある。この力を、あとは自分がどう使うかでしかないんだって気づいたの」
「……そんなに私の歌よかった?」
「悪くはなかった」
「ひどい」
「うそ。すごくよかった」
思わずどや顔でふり返ったら、やっぱり前を向かされた。笑いながらね。
「それに……隔離世の刀にできる可能性はただ戦うことにあるんじゃないって気づかされた。ハルの刀だけじゃない。みんなの刀も……私の刀もそうだと思いたい」
「きっとね。信じればきっと、刀は応えてくれるよ」
「まさにそこだよ……信じるしかないし、もっと自然に付き合っていいんだって思ったわけ。あのあたたかい光に触れて気づいたら、悩みなんてどうでもよくなっちゃった」
ふり返ろうとしたら、今度はふり返りきる前に止められました。残念。
「善悪を併せ持つのが人間で、どちらかに傾くかでしかない。だから……ハルが止めてくれてありがたいなあって思ったし。ハルが悪い方に傾いたなら、お返しに今度は私が止めたい」
「頼もしい」
「本気で言ってるの?」
「ん。マドカの力ならって思うから」
「……コピー、一時的なインストール」
「なあに? それ」
「たぶん、それが私の能力。近くにいる人の力を取り込むの。一つだけね」
今度は止められなかった。なんともいえない顔をしたマドカがドライヤーを止めて、尻尾の毛並みを指先で撫でつける。くすぐったい。
「実はすっきりしたおかげで別の悩みがあるの。そっちが本題かな」
「なあに?」
「私の能力ってこれだけ? って思ったことない? 他にはないの? とか思ったことは?」
「……んー」
思い浮かべる。タマちゃんが私の身体を使って半裸で出歩いた時。
あの時は心の底から動揺しまくりました。
今でもたまに男子から「うわ……露出狂だ……」みたいな顔をされるよ。カナタと付き合って落ち着いたって印象が増えたせいか、だいぶ減りましたけどね!
「マドカはその……コピー? インスト? の力がいやなの?」
「まるで他人の夢を吸い取るみたいで複雑。どう信じたらいいんだろうって。他にはないのかなって……みんなの夢を借りるんじゃない、私だけの夢ってなんだろうって思ってさ」
「んー」
マドカは無意識に求めてる。私がツバキちゃんに求めるような言葉を。
そのためにはマドカのことをもっともっと知らないといけない。
ドライヤーの電源を入れて尻尾の手入れを再開してもらっている間に聞いたの。
マドカが刀を抜いた時のこと。
無銘の刀がどんどん投げ渡された、ギンとの対決の話。
それから私と戦った最中の話とか……それだけじゃない。いろいろだ。
「学校で……いろんな人を見た。学校別で戦った時の……真中先輩と星蘭の先輩の時とか。ああいう力が欲しいなって思うことはあった。羨ましい、私も同じ気持ちを確かめたいと思うことは多い」
だからコピーなのかなっていう呟きに首を傾げる。
「ねえ、マドカ……たとえばさ。メイ先輩くらい強くなりたいって思ったり。あれくらいの力を手にしたいと思うのは自然だと思う」
「ハル……」
「その気持ちにただ刀が応えてくれるだけなんじゃない? もっともっと素直な力なんじゃないかな。その刀はマドカの願いを叶える力でしかないのかも」
「それって、今はまだ何も決まってないってこと?」
「決まれば応えてくれるんじゃないかってこと。なんでもできるかもだよ?」
「なんでもって……」
ぴんときた。とある女神になっちゃった魔法少女にぴったりなフレーズだ。
「ひょっとしたら、マドカは最強の侍少女になれるのかも?」
「やめて、そのフレーズ。私、名前のせいでさんざんそのネタでからかわれたんだから。特に体育で失敗した時にね」
「あ、あはは」
それはなかなかしんどい経験ですね。
「それにさ。なんでもできる、は……特別な何かがないってことだよ」
「ううん。そうかなあ。なんでもできる、だけで特別だと思うけどなあ」
「でも! 私だけの夢っていう感じが欲しいの……光に見せたいの、私だけの夢。それって贅沢なのかなあ」
「そんなことないよ。刀は願いが特別な強さになれば応えてくれるものだと思うもん」
メイ先輩の刀とか、特にそんなイメージです。案外、ユリア先輩のオロチもたくさん食べたいからとかだったりするかもしれないし。
カナタはきっと……も、もしかしたら? 私を?
それはいいすぎですかね! えっと、えっと!
だ、大好きな人を助けたい力なのかもしれないですし!
「ま、まあとにかく。いまのマドカの力はコピーかもしれないけど、本質はもっと違うものなんじゃない?」
「……どういうこと?」
「マドカの願いがさだまった時、すごい妖怪? 神さま? の力をもらった友達の御霊はそれに応えてくれるんじゃないかってこと」
「……私の願いかあ。光に色々見せたい、けど。それはなんでなのか、ちゃんと考えなきゃわからなさそう」
「自分の心を覗いていたら、いつかは見つかるものなんじゃないかなあ。ねえ、マドカ。なにかないの?」
「とりあえず今はハルの尻尾を乾かすのが大変かな」
「す、すみません」
「毎日これじゃしんどくない?」
「まあまあ?」
なにそれ、と言ったマドカは少しだけすっきりした顔をしていた。
ほっとしつつ、肩を竦めてみせる。
「いつもはこの三倍なんですよ」
「じゃあハルの彼氏は本当に大変だね」
「櫛で梳かしてくれたり、喜んで手入れしてくれるけど?」
「愛だね」
「愛かなあ」
「愛だよ」
マドカと見つめ合ってから笑って息を吐く。
人生で自分の願いを見つけられる人ばかりだなんて……そんな夢みたいなことは言わない。それに、願いや夢の形なんて人それぞれだ。みんな違う。人を傷つけることが目的って人も世の中にはいる。わかり合えるばかりじゃない。
他人相手だけじゃない。自分のことだって……よくわからない。
自分の心を覗き続けるのは、つらい。大変だ。世界の未熟に石を投げる方がよほど簡単だ。なのに自分の不足がいやでも目につく行いを喜んでする人は、きっと多くない。
それは願いの叶わない未来への恐怖を連れてやってくるからだ。けれど。
「はい、これで終わり。ねえ、ハル。これからはもっとちゃんとお風呂の時に呼んでよ。一緒にはいるから。尻尾を洗ったり乾かすの手伝うよ」
「なんで?」
「んーそうだなあ。強いて言えば……愛かな」
微笑みを残して立ち去るマドカを見送りながら、私は一人で笑った。
誰かの心が支えてくれる。
生きていくためには自分一人で立ち向かわなきゃいけない時の方が多いだろう。
けれど私たちには仲間がいて、おまけに侍候補生は御霊と刀鍛冶が寄り添ってくれている。
きっと見えてくるよ。私たちの光。
手が届かないようで、でも求め続けていれば確かに見えてくるはずの……願いの形。
初めて心の底から思った。
歌いたいなあって。
特別訓練の時の、不安も苛立ちも欲望も癒やしてしまえるあの瞬間の感覚をもっともっと味わいたい。
あとは、そうだなあ。
『なんじゃ?』
十兵衞の笛を聴きたいし?
『まあなかなか聞き応えがあるからのう。他には?』
んー。カナタとめちゃめちゃいちゃつきたいです!
部屋に帰って待ち受けていた彼氏におねだりしましたよ。
あまあま大増量でお願いしますって。
そしたら尻尾の手入れをされて、気持ちよすぎて眠っちゃいました。
翌朝、ベッドで起き上がった私は決意しましたよ。あまあま大増量が欲しいときはもう絶対、尻尾の手入れは控えてもらおうって。
寝ちゃうもん。気持ちよすぎて。
「ぐぬぬ!」
ソファに寝そべって毛布をかぶって幸せそうな寝顔を晒すカナタを睨みながら、私は思わず言いました。
「どうしてこうなった!」
いや、尻尾のせいなんだけど。ふり返って見たら九本に戻っていた。
思わず睨みます。
ゆさゆさ。
「ん、んん? ふあ……おはよう。ハル、残り六本、やらないとな」
寝ぼけた顔でテーブルにある櫛に手を伸ばすカナタを見て、ため息を吐きました。
あまあま大増量も、私の願いに一つ追加でよろしくお願いします!
つづく。




