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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十章 願う心覗いて、文化祭

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第二百五十一話

 



 ああ、やだな。真中メイが南ルルコを複雑に見つめる日がくるなんて。

 私の求めた……みんなで輝く未来への手を、まさかルルコが掴んで発案するなんて。

 悔しくて、妬けて……それよりもっと誇らしかった。

 私とルルコの求める未来の形が一緒で嬉しかったんだ。私よりもっともっと強く願っていたルルコがもっともっと大好きになった。

 ルルコが中心になって話がどんどんまとまっていく。

 三年生全体への周知のタイミングとか、住良木の関係者への交渉の準備とか、もろもろ。

 なんで交渉の準備が必要かって、なんの準備もなしに大人に起業の手伝いをしろなんて無謀すぎる。大人が頷く材料が必要なんだ。

 そこで考えてみる。

 住良木グループの広告塔の位置におさまっているのは、ハルちゃん。あの子だ。

 ルルコが会ったあの狼男経由でハルちゃんが警察の訓練時にこれでもかっていうほど利用された点を見ても、住良木グループがあの子を求めているのは明らか。

 だからルルコ経由でハルちゃんに協力をお願いする運びになった。あとは、あの子次第。だけどカードが一枚なんて心許ないにも程がある。

 ハルちゃんが嫌がっても問題ないくらい、他にも手は用意する――……。

 転んでもただじゃ起きない伊福部ユウヤらしい発案だった。

 たとえば私のアマテラス。

 自画自賛するまでもなく、破格の一振りだ。

 いくら住良木が巨大な企業グループだとしても、結局は民間でしかない。そこに公務員たる侍が大々的に力を貸したなんて話は聞いたことない。

 ハルちゃんほど見た目にわかりやすいインパクトはなくても、私の刀の分析は住良木に対する交渉のカードになるかもしれない。ルルコにサユの刀も加われば、尚更だ。

 他にもいろいろ手は用意する、というユウヤのまとめでその日の打ち合わせはお開きになる。

 立ち去り際に綺羅が「文化祭、楽しみにしてるから」と言って去って行く。その背中をルルコが凄い形相で睨みながら追い掛ける。

 サユにジロちゃん、ミツハ。どんどん去っていくけど、一人だけ残っている。

 そっとふり返った。


「で。あんたはいつまで人のベッドにいるわけ」

「うっせーな」


 ユウヤが出て行こうとしない。扉を閉めたものか悩む。

 何か話があるのかもしれない。そう思って、結局は閉めたけど。


「綺羅とデートするんだってな」


 もちろん、早々に後悔した。


「……どこから聞いたの、地獄耳め」

「どこでもいいだろ。さっきのでだいたい察するさ。ったく、大人の振りをするしかなかった白ウサギの次は脳筋かよ。お前はホント、男を見る目がねえな」


 かちんときた。


「うるっさいな。綺羅は凹んでた私を励ましてくれたの」

「振られて傷心中のお前の弱みにつけ込んだわけか」

「違うから! 綺羅はそんな器用じゃないし。純粋な優しさだってば……ルルコが彼氏できてあんまり構ってくれなくなったからって、私にまで絡まないでよ」


 苛々が膨らんできたから、トイレの扉を開けて消臭剤に手を伸ばそうとした。あいつに吹き付けてやれば黙るに違いない。さすがに本当にはやらないけど、追い出そうと思ったんだ。

 その時だったよ。


「――え」


 腰を引き寄せられた。次の瞬間には壁に押しつけられていて、すぐ前にユウヤの顔がある。

 さっきまではベッドにいたはずなのに。読めない男。まさにカードの切り札のような存在。目立とうとしないし討伐では大人しくしているせいで、彼の本当の実力を知る者は一人もいない。

 でも、たぶん強い。接近に全然気づけなかったから。


「な、なに」


 声が上擦る。ラビ以来だ、こんなことされるの。

 綺羅よりよっぽど鋭い踏み込みに思考が乱れる。

 甘い顔と香りにだまされちゃいけない。そう思うのに。


「太陽に手を伸ばす権利はまだ、誰にでもあるよな?」


 頬に当てられた手と囁かれた声の熱意にくらりときてしまう。

 だめだ。だめ。

 ラビと同じやり口じゃないか。

 そりゃあ、まあ。私をなだめるためにしていたラビよりよっぽど直接的に求められている感じがするし、ちょっといいなって思うけど……いやいや。だからって。


「赤面するんだな、お前でも」

「はあ!?」

「意外と初心で驚いた。ますます……お前が欲しくなった」

「な、なに言って――」

「白ウサギが傷ついたお前をかっさらって悩んでた。でも、もうフリーだ。なあ真中――」

「んっ――」


 キスされた。キスされた、キスされた!


「お前を元気にした綺羅に一日くらいはくれてやる。でも残りは全部俺がもらうから……それまで答え、決めんなよ。後悔する」


 綺羅に宣戦布告してくる。そう言って、青いファイルを手に颯爽と立ち去っていく背中を見送ることさえできなかった。

 気づけばその場にへたりこんでいて、恐る恐る頬に触れてみた。

 たぶん……私史上、最高に顔が真っ赤になっているに違いなかった。

 自意識過剰だし強引だし口は悪いけど。

 何より欲していたの。求められる感覚を。それをピンポイントで満たされてしまった。

 きっと私はいま、ちょろくてしょうがないんだろうけど。

 それでも……ああ。気になっちゃうんだ。急にアプローチをかけてきた伊福部ユウヤが。


「……どうしよう」


 ◆


 部屋に戻ろうとする綺羅くんを追い掛けて、廊下に足を止めさせて南ルルコが問い詰めていた時だったの。

 足音が追い掛けてきて、ふり返ると足音の主はユウヤ。

 今まで一度だって見たことのない真剣な顔で綺羅くんの肩を叩くと、はっきりと言ったの。


「文化祭だけど真中の一日はお前にくれてやる。でも真中本人は俺がもらうから」

「は?」


 え。え。え。


「他の奴らも狙ってくるだろうけど、もう他の誰にも渡す気ねえから」

「ざっけんな! そんなの俺だって――」

「脳筋なんかにやらねえよ。俺の気持ちを砕きたいなら、今から一勝負といこうじゃないか」

「……上等だ」


 え。え。ええええええ!

 立ち去っていく男子二人の背中をぼう然と見送るルルコです。

 ど、ど、どうしよう。誰かに言いたい。一気に拡散しまくりたい……いやいや。違うよ。

 でもでもルルコ一人で抱えきれない。

 だって叫びたい。


 メイがモテてるうううううう!


 って叫びたい。

 落ち着け。落ち着いて考えるの、南ルルコ。

 わかっていたはず。メイは強いし、戦う姿は美しい。たまに厳しいけどすごく面倒見がいいし、誰にも親身になる子だ。

 三年間も一緒にいたら、メイの魅力に気づいちゃう男子がたくさんいてもルルコ的には全然おかしくない!

 なんてこと……! 私のメイが……!

 ああでもメイの幸せを考えたらどうしたって、この機会は活かすべきだ。だけど私だけのメイでいて欲しい。わがままだけど。ああ。でも。でも。


「あ、先輩」


 ふり返ると羽村くんがいて、尚更悩みが深まる。

 自覚はあるの。

 親友より上で、恋人未満。真中メイへの思いはどうやら南ルルコの中では強すぎるってことくらい、ちゃんとわかってる。

 恋人の羽村くんに言うべきことじゃない。

 ひどい。神さまはひどい。

 メイか、羽村くんか。

 こんなこと葛藤させられる日がくるなんて思わなかった。


「……せっかく会えたんで自販機までデート気分でどうかって言おうと思ったんですけど。タイミングまずかったですか?」


 悲しそうな顔しないでよ……! 罪悪感ときゅんで胸がいっぱいになるよ……!


「まずくないけどまずいっていうか、まずいって思っちゃうルルコがまずいっていうか」


 苦しみ歪みまくりの顔で、思わず言っちゃった。


「抱き締めて!」

「え。こ、ここ寮の廊下ですけど」

「いいから! 銀河の果てまで抱き締めてくれないと逃げちゃうから!」

「銀河の果てって……じゃ、じゃあ」


 赤面しながら抱き締めてくれた。

 羽村くんの熱を感じながらひたる。恋人の腕の中。それだけで満たされるべきだ。実際、すごくいい。荒ぶる気持ちが落ち着いていく。

 でも真中メイに焦がれる気持ちはそんなに単純なものじゃない。

 あの二人の戦いの行方は――考えてみたら真中メイにとって知るべき重要なことであっても、南ルルコにとってはそれほど重要じゃない。

 冷静になれ。

 ルルコにとって大事なのはメイだし……羽村くん。

 あの二人ががちでやり合うとしても、メイが直接不幸になるイメージはない。

 だから追い掛けるよりも、するべきことはただ一つ。

 ルルコもメイも。

 そろそろちゃんと自分の人生のヒロインになるべき時が来たんだ。

 胸の中にある特別な気持ちを捨てる気はないけれど。

 誰かの中にある自分たちへの気持ちを捨てていい理由にもならないから。


「ちょっと……ごめん。そのまま抱き締めていて」

「結構、恥ずかしいんですけど」

「いいから――」


 スマホを出して耳に当てる。


「もしもし、メイ? 三年の二大巨頭バカが二人で決闘するんだって。メイを賭けて。今すぐ行くといいよ、たぶんグラウンドじゃないかな」

「あ、あの?」

「……うん。いいよ。がんばってね。さてと。それで、羽村くん。自販機だっけ?」


 スマホをポケットに戻して笑う。


「通常営業過ぎませんか?」

「きみへの気持ちも通常営業にいれるの。だから……いっしょにいこ?」


 いつか言えたらいけるかも、という言葉で甘えてみたんだけど。

 羽村くんは笑うの。ちょっと予想外に、余裕たっぷりの顔で。


「聞いてもいいですか?」

「なあに?」

「……先輩、俺のこと好きでしょ? もっと素直な言葉で白状してみません?」

「羽村くんのことが好きかって? んー」


 二つとはいえ年下の男の子の相手をするんだから、年上っぽさで攻めるべきか。

 それとも……? 作りあげてきたイメージの向こう側を求められているのなら。

 ここは思い切って、彼の腕に抱きついて言ってみた。自分の気持ちに素直なハルちゃんに負けないくらい、全力で。


「大好き!」


 それだけじゃ足りないから。


「……羽村くんは?」


 きみに溺れちゃうくらい、もっともっと教えて。

 気持ちの形。あなたの真ん中と下にある心。上にある頭も使って、めいっぱい。

 ぜんぶほしい。

 わがままになると決めたから、もう迷わない。


「好きですよ。知りませんでした?」


 確かに真ん中の心に宿っている。じんわりとあたたかい熱を彼が注いでくれるから、

 微笑む彼のすべて……ルルコは欲しくてたまらない。

 そのためなら捧げてみせよう、恋心。


 ◆


 あんなことされて、その日に決闘騒ぎなんて。

 ルルコの電話を受けて必死で走った。

 そしてグラウンドに出て唖然とした。

 綺羅が拳を振るう。ユウヤが避ける。その身体を綺羅が掴んでほうり投げる。なんとか身体を捻って受け身を取るユウヤに、綺羅が追撃の手を伸ばす。カウンターの拳をユウヤが放ち、綺羅に一撃を与える。しかし筋肉強し。綺羅は怯まない。

 致命的な一撃はない。一進一退。

 なにやってんの、と言いたかった。けど、


「急に出てきて奪う宣言なんてふざけた真似を! しやがって! この貧乏神め!」

「うるっせえな……脳筋が! 真中はもう、誰の女でもねえ! だからいただくって言ってんだよ!」


 二人して呆れるくらい馬鹿正直に私への気持ちを叫んで攻撃しあっているから、何も言えなかった。

 私のために争わないでと言いながら、心の中でもっと争えというネタ絵をシオリに見せてもらったことがある。

 ヒロインに憧れたことがないとは言わない。でも、そんな気持ちに浸るより呆れてしまった。

 ばかみたい。

 ほんと、ばかみたい。

 これまでの三年間を整理して、自分の気持ちを見つめ直すべきタイミングなのかな。

 二人とはこれまで普通の友達同士でしかなかったとか。そんなことを。

 いらないよね。

 彼らは突然、真中メイの舞台にあがってきた。私の心に踏み込んできたの。

 もしかしたらこれまで、アピールしていたのかもしれない。

 でも、それよりなにより大事なことがある。

 今回の一件でやっと舞台にあがってきたんだ。

 本当に――……私は回りが見えてなかったんだなあ。

 ルルコは二大巨頭バカと言っていたけど。そのバカ二人が本気で殴り合ってる。まるで勝った方を私が選ぶ! みたいな……そんな空気で。

 待てよ、と。それとこれとは別だろう、と。そもそも文化祭でデートして、どっちがいいかを決める空気じゃなかったのか、と。

 私は声を大にして言いたいんだけど。


「ち、貧乏神のくせにやるな!」

「お前もさすがの筋肉だな!」


 バカ二人がどんどん盛り上がっていく。

 私の舞台に踏み込んでおいて、自分勝手に退場してしまう。

 ラビもそうだったし……先輩もそうだった。

 私の縁はそんなのばっかりだ。

 もし世の中にヒロインになれる才能があるなら、それはハルちゃんやルルコにこそ相応しい。結局モテて幸せになる子はどういう理屈か、因果律がそうさせるのか。

 とにかく自然にモテる。そして付き合い、幸せになる。羨ましいことに。まあ苦労も努力もモテない人と同じようにしているだろうけどね。

 百歩譲って、この状況はモテていることにできなくもないけど。

 戦って満たされるダシにされて満足しろよと言われたって、私は別にそんなの欲しくもない。

 彼らもその気はないだろうに、目的がずれてきている。

 そうとしか見えない。

 違うよ。

 ちゃんと私を見て。

 それだけの願いを叶えるのが、どうやら真中メイにとっては本当に難しいことのようだ。

 なまじ戦えるからわかってしまう。二人がどんどん私のことを忘れて戦いに夢中になっていることに。

 強さを手にするのも考え物だ。王子さまの舞台に立つお姫さまになれない。

 王子さまと共に並ぶか、その先へ行ってしまいかねないひとりぼっちのお姫さま……それが私。お姫さまは言い過ぎか。でもニュアンスはそんな感じ。だいたいね。

 だからだめなのか。そんなことないはずだ。強いからお互いの隣に寄り添えないなんて、そんなのない。

 強さなんて、そんなの関係ないって言ってくれてもいいじゃない。

 ふつふつと怒りが湧いてきた。

 こういう時はいつだって力が湧いてくる。皮肉なことに、どうやらね。

 アメコミ大好きなサユに「メイの力って緑の巨人みたい」と言われたことがある。別に私は巨大化しないし肌も緑色になったりしないし、そもそも二重人格でもないんですが、それは。だいたい私は社長が好き。それ以上にキャップが好き。ちなみにサユはソーが好き。

 それはひとまず置いておくとして。


「――ふん!」


 一瞬で間を詰めて、私に気づかない綺羅の膝裏を思い切り鞘で殴りつける。不意の一撃に崩れ落ちる綺羅を横目に、微笑むユウヤの首筋に返す刀で鞘を当てた。


「お二人さん。まだ続けます?」

「……いや」


 両手を掲げて降参の意を示すユウヤに続いて、綺羅が落ち込んだ顔になる。


「……やめる」

「よかった。本気を出す手間が省けて何より」


 微笑む私に二人が項垂れた。そして綺羅が呟く。


「くそ……やっぱり、真中に勝てない俺じゃだめだ」

「え」

「不意打ちにも気づけないとは……すまない。山ごもりするよ」

「ええ?」

「お前を守れる俺になるために……文化祭まで待っていてくれ」


 ま、待って。綺羅、ちょっと。台詞だけ見ればステキだけど、この流れでそれ?


「ちょ」


 すっかりしょげかえった綺羅が歩いて――……行っちゃったよ。

 え。なに?


「お前が来る前に言ってたぞ。強くなければお前のそばにいる意味がないって」

「……ええ?」

「呆れるくらい脳筋だ。弟くらいこじらせてる。あれじゃ昭和の熱血漢だ」

「……いや。まあ。私のためにっていうなら、すっごく譲歩してみたら? そんなにいやじゃないけど。いやじゃないけど、あの……いま?」

「不器用な奴なんだよ。俺までつい熱くなっちまったけど……でも、これでわかったろ?」


 身体の埃を手で払って澄ました顔で言う。


「お姫さまの手を引くのは、力だけじゃだめだ。お姫さまに負けないくらい強くなったとして相棒にはなれても……恋人や旦那にはなれない。だろ?」

「……まるで自分には資格があるみたいな言い方だね」


 呆れる。本当に腹黒だ。伊福部ユウヤらしいといえばらしい。

 もしここまでの流れすべてが計算通りなら……なるほど確かに、ルルコの願いを叶える力にはなるだろう。

 でも、なあ。


「もっと素直にアプローチできないわけ? さっきみたいに……悪くなかったのに」

「この方が確実だろ?」

「……わかってない」

「わかってないのはお前だ。こうでもしないと……振り返れない真中メイのためのお膳立てだ」

「え……」

「あらゆる恋愛物は王子と姫の両者がいて初めて成立する。舞台には一人じゃ立てないんだ。なのにお前はだれといても一人なんだよ。強すぎる。故に、孤独。ただの女の子でしかないのに」


 どきっとするフレーズだった。

 いつかラビに向けたフレーズだったから思わず聞いた。


「……ラビとのこと、調べたの?」

「噂で判断しているだけだ。でもお前のことなら全部わかる」


 妙にハッキリとした言い方で戸惑う。


「綺羅のこともな。まあそれはさておいて……フリーになったんなら気づいてくれ。綺羅と俺の戦いを放っておけなかったなら、わかるだろ?」


 真摯な瞳が私を見つめてくる。


「あいつが強さを求めるのは、お前のあり方に応えたいからだ」

「……ユウヤは?」

「俺はお前に普通の女の子だってことを思い出して欲しい。まあ……ぶちのめされかけた俺が言うのもなんだけどさ。それでも真中メイは、輝きを求める普通の女の子だ」


 どうしようもなくくらっときた。それでもかろうじて呟く。


「他に方法はなかったの?」

「あいにく、最悪の形でしか願いを叶えられないっていうのが伊福部ユウヤのあり方でね」

「……でも、叶えるんだ」

「そこだけは曲げない信条だ」


 足りないなあ。足りないところばかりだ。二大巨頭バカも……私も。

 意思表示が足りない。お互いの理解も足りない。

 シンデレラに憧れてきた。恥ずかしながら、これでもね。

 けど……現実はどちらかといえば美女と野獣だ。

 士道誠心の男……というと優しくて癒やし成分たっぷりのジロちゃんに申し訳ないから言い直そう。士道誠心で帯刀している人間はだいたいが獣だ。

 その本性を理性で隠している。

 けど……やっぱりどこまでいっても、自分の夢という刀を握った侍は獣だ。

 わかるの。私もそうだから。

 強くなればなるほど欲望に忠実になるのが隔離世の侍なんだ。

 ユウヤと綺羅の心、願いのまま彼らは素直に生きているのだろう。

 美女と野獣……実写映画のそれは、結構なメッセージを持っていた。

 シンデレラのように棚ぼた的に現われる王子さまはいない。

 自分を守ってくれたとしても、それは――……最初は自分のため。

 こちらが気持ちを拾い上げ、すくいあげて初めて彼の良さがでてくる。そうして獣は王子さまになるの。

 最初から王子さまだっていう人はそうそういないんだ。

 私のために頑張ってくれたラビですらそうだった。


「……わかってないのは、私の方だ」


 ハルちゃんが羨ましい。ルルコが羨ましい。

 侍同士は、刀の性質ゆえに相性さえ合えば最高のパートナーになれる可能性を持っている。

 私はずっとその機会を失っていたんだ。

 誰かを王子さまにする力は、きっと自分をお姫さまにするんだろう。

 どっちも怠っていた。ずっと誰かに求め続けていたんだ。

 無意識に、無自覚に。

 コナちゃんと私の違いは……きっとそこにあったんだろう。


「もう、なんだかな」


 胸がスッキリした。

 今度こそ……本当の意味で吹っ切れた気がする。


「ユウヤ」

「……なんだ?」


 私の言葉を待っていた腹黒王子を睨んでから、不意に笑う。


「さっきみたいなキスはよかったけど。綺羅を貶めちゃうやり方は好きになれない。誰かに好きを伝えるために、誰かを落とす必要はないよ。少なくとも私の人生では」

「――……そう言われる気はしていた」

「けど諦めない、でしょ?」

「ああ。これでやっと、俺が好きになった真中メイが戻ってきたからな」

「……どこまで本気なんだか」

「どこまでもだよ」


 じゃあな、と言って立ち去る背中を、今度はちゃんと見送る。

 綺羅も。私に見合う理由を求める必要なんてない。その分だけ私を見てくれたら、それだけで満足だから。きっと言ってもわからないだろうけどね、筋肉王子は。

 どちらと付き合うのか。

 まだ決めてない。

 でも、ひょっとしたら……少女マンガの主人公たちはみんな、自分を一番輝かせてくれて、同じくらい自分が好きになることで誰よりきらきら輝いてくれる男の子を求めているのかもしれない。


「なんてね」


 答えがわかるのはもうしばらく先のことになりそうだ。

 さしあたっては文化祭。

 何が起きるかわからないけど……楽しみなことばかり増えていく。

 三年間で最大の楽しみが私を待っている。

 さあ――……あげていこうか!




 つづく。

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