第二十五話
「来い! いたずらに斬り殺された子犬A」
「B!」
「C!」
「D!」
「E!」
「F!」
「「「「「「っておい!」」」」」」
とか。
「俺に力を貸してくれ! 辻斬りにあったおっさん!」
「旦那を恨んで刺し殺した町娘!」
「人斬りに殺された残念な浪士!」
「「「ってチョイスがひどい!」」」
とか。
まあ一言で言うと「よりにもよってそんな刀ですか」という武器を手にする男の子達。
『モブじゃなあ。可哀想なくらいモブじゃなあ』
ま、まあまあタマちゃん。そこまで言ったらひどいよ。
苦笑いでどう受け止めればいいかわからずにいたら、私を刺した先輩たちが一斉に離れて叫んだ。
「ちい! かぶった!」「俺なんかネズミだからな!」「俺は豚だ!」
とか言っているから、本当にその……酷い言い方をすると、当たり外れが激しい。
「ちょっと可哀想だワンチュブウ!?」
へ、変な語尾が!? 残念な刀に斬られたせいなの!?
てんぱる私にみんながぶっと吹き出して笑う中、ライオン先生が咳払いをした。
すぐに黙るみんなを、ライオン先生が見渡す。
うちのクラスみんな、刀を手にしていた。
「スタート地点に立てたようで何より。そも、最初の特別指導でここまでの成果が出たこと自体、初めてのことだ」
おお、と喜ぶみんなに釘を刺すように、ライオン先生はひと睨み。
「だが、あくまでスタート地点に過ぎない。油断せず、今後の授業に取り組むように」
「「「「はい!」」」」
みんな背筋を正して返事をする。
よかったあ。これでまとまったよね。もう終わりだよね。
よし、帰ろう!
そう思った時にはもうライオン先生の刀が私の胸を刺し貫いていました。
に、逃げ場なし!
「ときに青澄、何人に斬られた」
「あ、おれと」「おれ」「おれも斬ったっす」
「では三名、質問を」
そんなあ! と声を上げても無駄でした。
先輩含む男の子達の罰ゲームコールに敵いそうにありません。
「じゃあまず俺から。好みの男のタイプは!?」
私の聞いて楽しいのか、と内心で思ったのがよくなかった。
「えっとぉ~」
ちょ、タマちゃん!?
前置きなしで身体を勝手に使わないで! 出だしから媚びてる感がすごいよ!
流し目なんて送らないでよ!
「私……そういう経験ないので、優しい人がいいですぅ」
ぐなあああああああああ!
し、しにたい。いっそ殺せええええ!
『別にいいじゃろ。本音を話してしまうのなら、いっそ利用せねばの。それに経験なさ男を刺激するのは楽しいからの!』
『こまります! っていうかなに人の経験値暴露してくれてんですか!』
『早く経験するための布石じゃよ。誰がいいかのう』
うわあ。うわあ。やばい。私の貞操がやばい。
「「「「ご、ごくり」」」」
生唾飲み込むな!
「オホン……我もいる。常識の範囲で質問し答えよ」
「「う、うっす」」
あれ、返事が少なくない?
ライオン先生、怒ってもいいところなんじゃない?
「じゃ、じゃあ次俺! 正直まだ強さでいったらそこそこなんだけど、やっぱり最強じゃなきゃ……だめかな」
お前空気読めよ、もっとあるだろ他にさあ、みたいな目で見られる質問者さん。
「己の強さを探り、見出せ。真摯な努力の姿勢に魅力は宿る。一太刀を浴びせた気概があれば大丈夫だ、精進せよ」
十兵衛も! なに勝手に話してくれてんの!
「お、おう……や、やばい。一年女子だぞ、後輩だぞ。何きゅんときてんだ」
「お前が落とされてどうするんだよ」
ああ! なんか墓穴を掘りまくっている気がしますよ!
「……経験なし、ってつまり、そういうこと?」
おまえ! 最後の質問者、お前!
「そこ気になるってことはぁ……私のこと、気になっちゃいました?」
タマちゃあああああああああああああん!
「ち、ちげえし! べつに!」
「やれやれ……では、次。八葉たち、青澄に斬られたか?」
みんなが揃って首を横に振る。
……はっ!? しまった!
そうだ、みんなを斬らなきゃ質問されちゃうんだった!
「なあ」「……ああ」「そうだな」
みんなはうなずき合うと、カゲくんとシロくんの背中を押した。
「お前ら二人が代わりに聞いてくれ」
「二人がいなきゃ、ここまで逃げて来ることが出来なかったしな」
「あっという間に心が折れていたに違いない」
爽やかに笑うみんなにきゅんときたのは、
「だから次の機会は俺たち自身で勝ち取る」
「すごい質問をしてやるぜ!」
「ああ!」
間違いでした。
「八葉、結城。青澄に何を聞く」
「えっと……シロからでいいぞ」
なぜか譲るカゲくんに「あ、ああ」と頷くシロくん。
困ったように私の前に出てきて、それから胸元を見るなり顔を真っ赤にした。
「ま、まったく君というやつは」
いそいそと私のブラウスのボタンを閉じていく。
「ご、ごめん」
「身だしなみには気をつけたまえ」
なんでか怒った顔してるシロくんを「お前さあ」と半目で睨む男の子たち。
な、なんだろう。
「刀を手にした……けど、沢城に立ち向かうにはまだまだ足りない。だからこれからも僕を見守って……もらえるだろうか」
囁くようなそれは願いで、真摯な声だったから頷く以外にあり得ない。
「いいよ。元よりそのつもり」
「す、すまない……これからもよろしく頼む」
微笑むシロくんと入れ替わりにカゲくんがやってきた。
「斬られる目にあわせちゃって、ごめんな」
「いいよ。私の鍛錬不足だもん」
『まったくじゃ』
『もっと鍛えてもらわんとな』
二人ともうるさい! でも……ごめんなさい。
「これからも俺たちに付き合ってくれるか?」
その問い掛けにみんなが私を見つめてきた。
「オレの刀なんて犬Aですけど!」「俺なんか町娘だぞ!」「人斬りならよかったのに」
口々に乗っかってくるみんなに笑いながら、私は頷く。
「もちろん。みんなと私で一つのクラス。もう仲間でしょ?」
「おう!」
くしゃっと嬉しそうに笑うカゲくんに、みんなで笑い合っている中。
「一年マジピュアだな」
「オレもっとエロいこと聞きたかったんだけど」
「思春期とは」
先輩たちの発言が不穏でした。
ひたすら不穏でした。やばい。やばさしか感じません。
「さて。二、三年生は次の機会があればよろしく頼む」
「「「「「うっす!」」」」」
「授業でもこういったレクリエーションを設けるのも悪くないかもしれんな」
感慨ぶかく呟くライオン先生に思わず声を上げたよ。
「ちょ、次は身の危険を感じるのですが!」
「勝てばいい。あまりに下世話な質問は我が退けるから安心せよ」
慌てる私に笑顔を向けると、ライオン先生は手を叩いた。
「今日は解散だ。時間帯が時間帯ゆえ、我のクラスの男子は明日にでも寮を移ることになるであろう! 気をつけて帰るように!」
みんなが散らばっていく中、シロくんに呼ばれて一緒に外に出ようとした時でした。
「……?」
強烈な視線を感じた気がして、周囲を見渡す。
すると建物の隙間からラビ先輩が顔を覗かせていた。
私の視線に応えるように手を振って「きをつけて」と口で言ってくる。
頭を下げて帰りながら……頭を抱えた。
「どうした、青澄さん」
「えと……気のせいかな?」
ラビ先輩の目は優しかった。
ただただ私を気遣うような心配そうな顔をしていた。
だから、不思議。
私が感じた視線はもっと、ずっと、強くて怖いものだった気がしたから。
そう思って天井を見上げる。
銀色の長い髪が落ちてきたけれど……どこにもユリア先輩の姿はないのです。
つづく。




