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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十章 願う心覗いて、文化祭

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第二百四十七話

 



 下心がある男の人ほど、相手をするのは注意が必要だと思う。

 私、真中メイにとってはそうだ。

 けど本棚に『風俗嬢が教えるなんとか術』的な本があって、日頃のお助け部の活動を通じて経験値をためているルルコにとっては違うのか。

 狼男のお兄さんの腕を取って和やかに笑いながら渋谷のセンター街を進んでいく。男性は大人だからか余裕ぶってみせているけど、ルルコの胸が腕に触れるたびに露骨に鼻の穴が膨らみまくっているので女性経験ゼロなのではないか。

 偏見かもしれないけどね。

 ちらちらと道玄坂方面を見るあたり、欲望に素直だ。

 ルルコ。行かないよね、ホテルが並んでるところなんて。

 はらはらする私の願いを聞いてくれたのか、ルルコは比較的近い喫茶店に入っていった。少し時間をおいて中に潜入する。離れた席に腰掛けることはできそうだったけど、意外とざわざわとしていて声が聞こえそうにない。万一気づかれる可能性を考慮したら近づけない。


「変装して接近する? 伊達眼鏡くらいはあるけど」

「……やめとく」


 ルルコに下心を見せているとはいえ、あの狼男は侮れない。

 妖怪や神さまの類いの御霊を引いているのだろう。化生の特徴が出た侍の身体能力は尋常のものではなくなる。

 人が多すぎるセンター街ならば尾行もなんとかできるけど、喫茶店にまで入ったら気づかれる可能性がある。

 ルルコにバレるのは避けたい。何とも居心地が悪いではないか。彼氏をほっぽって何をするのか気になって後をつけたなんて。

 ああでも気になる。

 もやもやする私のお尻が思い切り掴まれた。


「ふぎゃー!? なななな、なにすんの!」


 思わず下手人を睨む。


「突っ立ってないで、移動しよ。ここにいる方が目立つ」


 店の入り口から私を連れ出すようにサユが手を取った。

 ぐいぐい進んで外に出る。そして入り口が見える建物の影に連れていく。

 私切っ掛けなのにサユにエスコートされちゃっている。悔しい。

 何か言おうとしたけど、サユは私の手を離すとすぐに背負った布製のくしゃくしゃリュップサックから文庫本を取り出して読み始める。

 相変わらず自由だ。それに清々しいほど、マイペース。


「……サユがうらやましい」

「なんで?」


 視線だけを私に向けて、きょとんとする。

 本当に変な子だ。でもその変なところがすごくうらやましい。


「だって……気が向いたことだけをしてる。できなくてもへこたれなくて、常に自分のペースで……」

「生きたいように生きてるだけだけど。ルルコが出てきたら尾行ごっこ続けるんでしょ?」

「ごっこ言うなし。まあそうだけど……」


 ううん。

 さらりと言うよなあ。

 生きたいように生きてるだけ、とか。


「サユ……」

「なあに」

「……どうしたら、自分らしく生きられるの?」

「笑える。後輩に恐れられまくりの士道誠心最強の女の子が聞く質問がそれなんて」

「サユ」


 むすっとする私を見て、サユは文庫本を閉じた。

 そして片手で私のほっぺたをきゅっと掴む。


「怖い顔すると幸せ逃げるよ」

「いふぁい」

「知ってる」


 ひどい!


「自分のルールを持つの。相容れない人や仕組みと距離を取る。その付き合い方を心得て、やりたいようにやる。やれなくてもへこたれない。世界との付き合い方を知り、その中を自分という風がどう通るべきか探る。それだけ」

「……よくわかんない」

「嘘だね。メイの魂は掴んでるよ。ルルコも。だけど二人はお互いの温度差を知っているから、傷つけ合うこともできず愛し合うことも出来ずにいる」

「あ、愛し合うって」

「ルルコの気持ち、気づいているのに放置してるのはなんで?」

「う……」


 困る。そうはっきり言われると意識してしまう。

 ルルコが自分に向ける視線の意味。同性を崇拝するのとは違う。異性から向けられる欲望の視線とも違う。もっと鮮烈で繊細な何か。


「一度いくところまでいってみればいいのに。そしたら二人の夢は覚めるよ」

「で、できるわけないでしょー! そ、そ、そんな、えっちなことなんて!」

「メイは何を想像したの? 私はいくところまでいってみたらって言ったのに」

「ぐ、ぬう」


 余裕たっぷりに微笑むサユに呻く。


「じゃ、じゃあサユは何をさせたいわけ?」

「互いの刀で心を貫きあうんだよ」


 その言葉にどきっとした。サユは私の心の動きを理解して頷き、喋り続ける。


「刀は夢見る心そのもの。相手の刀を受け入れたら、下手に身体で繋がりあうよりよっぽど相手を理解できるんじゃない? 侍同士に許された手法だよ」

「そ、そんな危険なことできるわけないじゃない! 過去にどれだけの侍がそれを試して傷ついてきたか知らないの?」

「知ってるよ、相手への愛情がなければ貫かれて傷つく。でもメイとルルコなら問題ないと思うけどな」

「……どうして?」

「下手な恋愛なんかよりメイとルルコの愛は深く見えるから。ちょっと妬けるよ? 尾行されるくらい気にされるのも悪くなさそう」


 くう……恥ずかしいことばかり言って!


「で、でもしないから。夢見る恋人同士がするようなことなんて、そんな……破廉恥な」

「破廉恥て」

「うううう、うるさいな!」


 睨むけど、サユはもう興味を失ったように文庫本を再び開いて読み始めちゃった。

 ぶすっとしながら自販機でペットボトルを買って、ちびちび飲む。

 ルルコが出てきたのは飲み終えた頃。

 見慣れない青いファイルを手に、狼男にお辞儀をする。手を振って立ち去る狼男を見送ったルルコはその足で法律事務所に入っていった。

 なぜに法律事務所。わからない。わからないけど、だいたい一時間ほどしてから出てきたルルコはやりきった顔をして出てきた。

 ルルコの謎の用事は終わったようで、渋谷や原宿で洋服をさんざん見て学院都市へと帰って行く。解せない。ルルコは一体なにをしようとしているのか。

 ただ……。


「男遊びとかじゃないみたいだね。安心した?」


 何両か離れて乗り込んだ私にサユが笑うように語りかけてくる。

 悔しいけど。


「……まあね」


 安心した。ルルコにはちゃんとした目的があるみたいだ。

 それがなんなのか、気になる。もしかしたらルルコが言っていた大事な話とやらに関係があるのかもしれない。

 なら、ルルコが話してくれるまで待つしかない。わかっている。わかっているけど、気になる。洋服を見て歩いてるルルコはどこか気もそぞろに見えたから。


「二人揃って彼氏とかそういうフラグをほっぽって。恋愛はそんなに退屈なの?」

「そ、そうじゃないけど」


 サユの指摘が痛い。綺羅のことが頭の中から吹っ飛んでいた。

 指摘されるまで私はルルコのことで頭がいっぱいだった。

 どんどん気になっていく。ルルコの大事な話の中身がなんなのか。

 ベンチャー企業の狼男。それに法律事務所。

 いったいルルコは何がしたいのかな。


 ◆


 南ルルコ、報告します。

 今日の戦果は上々です。

 羽村くんにデートに誘われたのは予測できませんでした。

 でも彼の気持ちもわかるかも。

 受験生のこれからは忙しくなるばかりだろう。

 時代錯誤な清い交際を続けているので、繋がりは精神的なものだけ。

 そんなのたやすく揺らぐことを知っている。士道誠心お助け部に寄せられる依頼には恋愛絡みも多いから。

 身体の繋がりは否定しない派。

 初体験を迎える平均年齢は年々あがっているような印象だけど、でもお酒と一緒で早い子は十代の内に体験する。ルルコが知っている中での最速は中学生。小学生は嘘だと思っちゃう。けどそうだと主張する子も知っている。

 じゃあなんで羽村くんとしないかっていったら……ちょっと難しい。

 身体の繋がりは便利なツールだけど、刺激的すぎてルルコたちはたやすく翻弄されてしまいかねない。

 それに自覚がある。

 きっとルルコはそういう行為にだらしない。

 人の熱を知るのが怖いんだ。頭を撫でられるのに弱い。お兄ちゃんに抱き締められて頭を撫でられると、それだけでなんでも許してしまう自分を知っている。

 羽村くんは近年まれに見る紳士な後輩くん。だからきっとだらしなく私を求めたりはしない。

 わかっている。

 だから問題はルルコにある。

 怖いんだ。その恐怖は愛情だけで乗り越えられるものなのかどうかわからない。

 身体の相性とかも問題だ。何かの致命的な不一致があったら? 或いは逆に合いすぎたら?

 そればかりになるんじゃないか。そんな不安がある。

 メイに本当の意味で触れることすら躊躇うルルコに、羽村くんとする勇気を持てるはずもない。

 メイ。真中メイ。

 すごく特別な名前。

 男の子と一生を添い遂げられる確率はとてつもなく低い。メイの言葉を借りるなら、宝くじで百万円をあてるくらいの確率だと思う。

 浮気。不倫。失恋。離婚。

 でも友達は別だと思う。無邪気にルルコは信じてる。恋愛よりも、特別な意味を求めている。

 メイが私を求めてくれるならなんでもする。本当に、なんでも。

 一度だけサユに相談したことがある。そしたらサユは本当に呆れた顔をして言った。


「それって友情なの?」


 ごめん、本当はわからないの。

 友情という名前をつけた別の箱に、メイへの気持ちを入れているだけなのかもしれない。

 私の中での特別な箱。ただ一つの箱。

 羽村くんが叩いてくれた私の心の奥深くに、メイの居場所がある。


「愛だね」


 サユはそう言って笑っていた。

 愛ってなんだろう。わからないよ。

 羽村くんと、それこそカードをキャプチャーする小学生の女の子がするような……ルルコにはもったいないくらいの素敵な恋愛をしているのに。

 わからないよ。

 愛ってなに? その答えがちっともわからない。

 お兄ちゃんが大好きなラブコメ漫画のキャラが言っていた。

 人生で楽しいことや素敵なことに触れた時、最初に思い浮かぶ相手への気持ちが愛だって。

 ルルコにとって、それは……羽村くんで、それ以上にメイだった。

 それがどんな意味を持つのか知らない。


「ならもっと単純に考えたら? ルルコはどうしたいの?」


 サユの問い掛けにありがとうと言って相談を終えた。

 ルルコの心の中にある、もっとも単純な願いはなにか。

 決まっている。

 どんなものであろうと、このまま別れて終わりになんてしたくない。

 サユも綺羅くんも含めた私たち三年生の居場所はいずれ過ぎ去る夢だなんて、そんなの嫌だ。

 だから、決意した。

 部屋に荷物を置いて、カバンから青いファイルを取り出す。


『起業に伴うまとめ』


 シロウさんからもらった、あの人の会社を起こすために必要だった手順をまとめてくれたコピーファイル。

 具体的な夢を持っているメイは嫌がるかもしれない。

 自由奔放であることを自分の生きる道にしているサユも。

 他にも、ルルコの願いに共感してくれそうにない人たちの顔ばかり浮かぶ。


「それでも」


 可能性の獣を信じた男の子が掴んだ言葉を口にして、ファイルを抱き締める。


「私はみんなといたい。もっと……ずっと一緒にいたい」


 だから作るの。

 ルルコたちの居場所を。侍と刀鍛冶のみんながいられる居場所を作るの。

 組織の中に組み込まれてバラバラにされるより、もっと私たちらしく輝ける場所を。

 これから先、ずっと一緒にいられる素敵な居場所を作るの。

 大それた夢かもしれない。笑われるかもしれない。バカにされるかもしれない。

 それでも……私はもっと、ずっと、みんなと一緒にいたい。

 そのためならどんなに冷たい視線の中だって進んでみせる。

 南ルルコの御霊は氷なんてものともしない。それを操る神さまなのだから。

 掴んでみせる。刀のように。

 寒気がして、それから気づいた。震えている。

 怖くてたまらないんだ。卒業して起業なんて、聞いたことないから。


「海外じゃ……まあ、そんなにあり得ないってほどじゃないんだ。十代の起業は。もちろん日本でやるなら簡単じゃないが」


 シロウさんはそういって、ファイルを託してくれた。

 私も知ってる。北海道で農業高校に通う高校生の男の子の漫画の話。

 お兄ちゃんが学生時代の友達がいるからって紹介してくれた法律事務所で起業の相談をしたけど、最初に渋い顔をされた。

 すぐ親身になって話を聞いてくれたし、いろんな課題を教えてくれたりもした。

 やらなきゃいけないこと、乗り越えなきゃいけないハードルがたくさんある。そして何より、みんながついてきたくなるようなビジョンが必要だ。

 そんなの考えたことない。何から何までこれまでの人生で経験したことないものばかりだ。

 それでもやる。そう決めたんだから……怖がっている場合じゃないんだから。

 自分に必死に檄を飛ばすのに、震えはちっとも止まってくれなかった。洋服を見てきたけど、ぜんぜん気持ちが乗らなくて結局なにも買わずに帰ってきちゃったし。

 やだな。ほんと、やだな……。

 そう思った時だった。ノックの音がしたのは。

 ファイルを机に置いて、扉を開けると羽村くんが立っていた。


「あ――」

「すみません。飯とかどうかなって、思って……今日断られたばかりでしつこいかなって思ったけど。どうしても会いたくて、きちゃいました」


 照れくさそうに笑う彼は、やっぱりずるい。

 心の奥深くにある扉を叩いてくれる人は……そんなにいない。

 五人もいれば十分すぎる気がする。

 羽村くんはその一人だ。間違いなく。


「や、やっぱり出直しますか?」


 決まりすぎてなくて、でもそこがいい。好きだなあって思う。


「ううん。一緒に行こう」


 ちょうど会いたいなって思っていた時だったんだよ。

 羽村くんと手を繋ぐ。それだけで不思議と震えがおさまるの。

 やっぱり私は熱に弱い。優しい熱に、どうしようもなく弱いに違いない。




 つづく。

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