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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十章 願う心覗いて、文化祭

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第二百四十六話

 



 先生方の話を聞くに、私の――真中メイの後輩たちは大きな山場を迎えて無事に乗り越えたようだ。一年生のサポートは二年生が行う手はずになっていた。今日の邪討伐に挑んだ結果は上々、これなら私たちが卒業しても心配はいらないだろう。

 御苑を見渡す。

 東屋の上に腰掛けて風を感じているサユは新宿の夜を眺めて何かを考えているようだ。刀鍛冶の仲間たちも、一年生や二年生の刀鍛冶とは違い、率先して私たちのサポートにその力を発揮して、やり遂げた顔をしている。

 だけどなんでだろう。

 みんなの顔がどこか寂しげに見えるのは。

 侍になるか、あるいは刀鍛冶になるか。

 もしなるのなら私たちはしっかりやっていけるだろうと思えるような夜だった。邪は幻想的な生物だらけ。龍種は特に凶悪で特別な存在だ。けれど私たちなら倒せる。その確信を胸に抱く限り、進路先に進んでもやっていけるはず。

 なのに少なからず寂しさを感じるの。

 ハルちゃんも、ラビたちも……きっと自分たち同級生の絆が最強だと信じているだろう。

 私はそうだ。

 この仲間たちとなら、なんだってできると学生生活で証明ばかりしてきた。


「……やだな」


 あと半年で終わる。

 みんなの目指す場所だって必ずしも同じじゃない。そんなの当たり前だ。士道誠心でなければ余計そうだろう。

 大学生になる人ばかりじゃない。手に職を求めて専門学校に行く人もいれば、親の稼業を継ぐとかいろんな理由で就職する人もいる。結果的にフリーターになる人だって……ゼロではないだろう。

 関東ならいざしらず、地方に行けば余計に選択肢やその割合は変わる。

 地域を広めて見れば、もっともっと私たちの選択肢は広がる。

 世界は広い。

 なのに手を繋いでずっと一緒にいなきゃいけない理由はない。それが現実だ。


「……それが、現実」


 みんなわかっているから、やり遂げた顔をしながらもどこか寂しそうなのかもしれない。

 自由奔放でしがらみを作ろうとしないあのサユでさえ、夜の風に身を任せて物思いに耽っているのだから。

 寂しさを素直に口に出せる人はなかなかいない。

 ハルちゃんは全力で拒絶した。その果ての行為が選挙を起こすことで、しかもみんなを輝かせてみせた。絆を捨てて離れるなんて、そんなのもったいないと気づかせたくて仕方なかったんだろう。

 私たちの中で誰より最初に触発された三年生はルルコだったのかもしれない。

 嫌がっているみたいだった。

 みんながお別れしなきゃいけない現実に苦しみ喘いでいた。

 みんなそれぞれやりたいことがあって、別れなきゃいけない時が近づいているのに。

 いやだと、寂しいと言えるあの子はどこへいって、なにをしたいんだろう。

 改めて確かめたことがない。

 サユはきっと卒業したら正式な手続きを踏まえて刀を所持する資格を手にして、どこかへと旅に出るだろう。そして戻ってこないかもしれない。

 私たち三人の世話をしてくれるクラスの刀鍛冶の子たち、霊子刀剣部の中心メンバーの刀鍛冶たちは素直に刀鍛冶を目指すと聞いている。

 綺羅たち愚連隊も、そうでない男子も、女子も。それぞれの夢を目指す。

 ルルコの夢はなんだろう?

 私の夢は……なんだろう。

 警察になって、きちんと出世してすべての侍のために、刀鍛冶のためにできることをする。

 アマテラスはそれを叶えてくれるだけの力を秘めている。

 でも――……それだけでいいのかな。

 夜の寂しさにふと考えてしまう。

 選択肢の正しさなんてわからない。ふり返ってみて、納得できるかどうかでしかない。だから納得できるように突き進み、どんなに傷ついても最後にゴールできる人はすごく強い。

 私はそれを理解している。理解しているはずだから、この選択肢に後悔する気もない。

 それでも思ってしまう。

 ハルちゃんが気づかせてくれた夢と可能性。

 私たちの過ごした日々が青春に輝いていたのなら。

 手を繋いでずっと一緒にいなきゃいけない理由はない。

 だとしても、手を繋いでいたい限り一緒にいればいいことを否定する理由もまたない。

 方法はわからないけど。

 もしそんな夢みたいな進路があるのなら、私は迷わず選び掴み取るのに。


「……はあ」


 胸を張れなくなってきた。

 九月が終わる。十月が来て、文化祭をしたら……もうどんどん、卒業式が近づいてきてしまう。別れはどんどん迫ってきている。

 そこから逃げるのでなく、立ち向かう何かはないのだろうか。ハルちゃんが立ち向かったような何かは、私にはないのか。結局十代の子供でしかないから、気づけないまま……ほとんどの人が通るような道しか歩けないのか。

 士道誠心高等部に入って特別を手にして、その中で生きてきたのに。それしか、ないのか。

 この胸を確かに揺らす悔しさと寂しさへの向き合い方がわからない。


「――なか。真中」

「え?」

「バス。そろそろ現世に戻って、学校に帰るぞ」

「う、うん。ごめん」


 綺羅に呼ばれてふり返る。御苑そばに停められたバスにみんな集まり始めていた。

 あわてて周囲を見渡す。東屋の上にいたはずのサユも既にバスに向かうところだった。


「いま行く」


 あわてて走りだす。

 三年生の討伐は警察の人などの関係者も視察に来ていた。

 スカウトと言うほど露骨なものじゃない。何せ警察は公務員だし、それになるためにはしかるべき試験などの手順が必要だ。

 それでも、将来有望な侍がいれば個別に声を掛けられたりする。警察の手伝いを始める子も多い。私やルルコ、サユだって今年はもう四月からずっと手伝ってきた。要請があれば出張する。出張手当もちゃんともらえる。いわば、ほとんどセミプロだ。

 そんな状況下で将来に悩む私は贅沢者だという自覚はある。何にも声を掛けられないまま自分の将来と向き合う人の方が多いと私は思っている。その方が選択肢は自由で、けれどその自由はとてつもなく重たい。中学や高校を選ぶよりもっと生々しい未来と向き合わなきゃいけないから。

 自営業なら働けなくなるまで。会社勤めなら定年まで。これまでいたどの場所よりも長い時間を過ごさなきゃいけない。このご時世、居場所が一つで済むのなんて宝くじで百万円を当てるくらいの微妙な確率ではないか。それは言い過ぎか。

 だとしても自分の人生の方針を打ち出すのは苦しい。なんでも選んでいい、は、けれど選んだ結果を保証したりしない。保証するためには自分の努力がどこまでも必要で、それは苦しくて大変で、だけど報われたら幸せ。そんな人生のスタート地点に何を選ぶのか。かなり厳しい選択だ。

 何を選ぶのか方針が決まってない人に比べたら、道が定まっていて、道の向こうにいる人たちから手を差し伸べてもらっている私は贅沢者。

 贅沢なんだからいいじゃない――……贅沢だから、決めなきゃいけないの?

 頭を振る。

 いやだな。

 三月が近づくたびにどんどん不安が増していく。

 このままでいいのか。ハルちゃんが気づかせてくれたような……私の太陽に恥じない選択肢は本当に、今のものでいいのか。

 わからない。自信なんて欠片もない。

 選挙はいい刺激になった。誰かに熱を届けられることを知った。それは別に警察でなくてもできる可能性に満ちた行為だった。

 だから迷うんだ。

 私は答えを出せていない。まだ、本気でどうしたいのか決められずにいるんだ。

 進路なんて、そういうものなのかもしれない。

 自分の人生と向き合い、道を選ぶ。

 サユみたいに軸がしっかりしていて、生き方をはっきり決めているなら迷わないのかもしれない。

 けどサユの軸を模倣して取り込もうしている私は、サユほど割り切れない。決めきれたりしない。

 つらつらと考えていた時だった。


「君、南ちゃんだっけ。ほんとに可愛いね。アイドルとかモデルになったりしないの?」

「あはは! もう、言い過ぎですって。今度撮影はすることになったんですけど、きっと誰にも目を向けられずに終わっちゃいますよ。オーディションも受けたけど落ちましたし」


 ルルコの声がしたの。バスから少し離れたところで、長髪で犬歯の妙に目立つ獣耳を生やした大柄の男性と談笑していた。

 っていうかなに、撮影って。なに、オーディションって。ちゃんと聞いてないけど。


「いやいや、一度や二度の失敗がなんだよ。人生は挑戦と失敗の繰り返しだぜ? 諦めずに挑戦すれば君はきっと凄いアイドルやモデルになれると思うよ。これは滅多に言わない俺の本音ね」

「やだーもう」

「マジで。今をときめく若手女優だって応募先に全部落ちたとか言うし、諦めなければ輝く可能性が君にはあると思うんだけど。それでも敢えてなの?」

「それでも敢えてです」


 狼男は警官の制服を着た大人だらけの中でスーツ姿だった。

 すぐに気づく。ハルちゃんが研究所で中継された時に一緒にいた関係者だ。確か、民間の邪対策のベンチャー企業の社員だったか。


「まあそこまで言うなら、さっきの討伐で見せてくれた本気で撮影もそっちも挑戦してみてもいいんじゃないか……ついでにそのノリで、俺との夜に挑戦してみない?」

「もう! 顔がマジなのやめてください、彼氏いるので無理です。でも、ありがとうございます。またご連絡してもいいですか? 詳しい話を伺いたいです」

「おうおう! 彼氏持ちだろうが関係ねえ、美少女からの連絡ならいつでも歓迎だぜ! 資料用意して待ってるよ。ついでに夜の可能性も!」

「諦めないところ凄いですけど、そういうんじゃないです。そもそもルルコが高校生の時に手を出したら捕まりますからね?」

「おふっ! た、確かに……!」

「それじゃあまた連絡しますね! 失礼します」


 手を振って歩き出すルルコが、ぼうっと見ていた私に気づいて駆け寄ってきた。

 腕に飛びついて笑うルルコの手には名刺が握られている。


「なに、いまの」

「んー? まだ内緒」


 にこにこ笑顔で私の腕を引っ張って、ルルコと二人でバスに乗る。

 解せない。ルルコが私に隠し事なんてするはずない! ……なんて、さすがに言ったりはしないけど。

 心に引っかかる。

 あの狼男がいる会社はベンチャーもいいところだ。テレビに出ていたのは三人だけ。成功するかどうかもわからない――まあ邪の認知度が高まって、その脅威と取り除くことによる安心感に対して需要が生まれたら仕事が殺到しそうだが――そんな会社に接触する理由はなに。

 ルルコは謎だ。

 面倒くさい手順過ぎて学生からの評判がすこぶる悪い外出許可を得てメイドカフェでバイトをしたり、恋愛方面で一人をこじらせた男子のお助け部への面倒な依頼をもめ事にならない絶妙なさじ加減でこなしたり。

 SNSでの活動も、レイヤーさんとの付き合いとかも。

 ルルコは私にない行動力を持っている。確かに結構……いや、かなりこじらせている子だけど、その能力の高さは私がいまさら疑うものでもない。

 やっぱり謎だ。

 この子はいったい何をしたいんだろう。

 腕を組んで最後尾の窓際に腰を下ろす。ルルコが隣に腰掛けた時だった。


「ねえ。サユとメイにお願いがあるの」


 最後に腰掛けたサユと私の手を握ってルルコは楽しそうな顔で言うの。


「大事な話があるの……ちゃんと内容が固まったら、聞いてくれないかな」

「そんなのもちろんいいけど」「今でもいいよ。話して?」


 戸惑う私たち二人にルルコは蕩けそうな笑顔で言うのだ。


「まだ、だめ……ないしょ」


 私は思わずルルコを挟んでその隣にいるサユと顔を見合わせた。

 こういう時のルルコは厄介だ。

 思えば高等部に入った最初の夏休みに有明に誘ってきた時も、ルルコはこんな顔をしていた。ちなみにその時、私とサユはルルコの作ったコスを手渡されたっけ。採寸された覚えがないのにぴったりでやんの。なぜに。

 渡されたからにはむげにもできなくて。死ぬほど恥ずかしかったけど、まあ……おかげである種の絆は深まったね。誰にも言いたくないけどね。繰り返すけど恥ずかしいので。選挙の時はかなりの葛藤でしたよ……。


「ふふー」


 微笑む彼女を横目に見て悩む。

 この子は何がしたいんだろう。

 冬コミは気合いを入れたいとか、そういう話だろうか?

 ルルコの笑顔を見ても、その内容はわからなかった。


 ◆


 邪討伐を終えた週末のことだった。

 外出許可をもらったから本屋に寄って買い物ついでに図書館にでも行って勉強でもしようと思ったんだけど。


「ごめん、羽村くん! デートに行きたいのは山々なんだけど、ちょっと今日だけは外せない用事があるの!」

「……はい」


 階段からルルコの声がした。

 とすると微妙に複雑な響きで返事をした相手の男の子は、ルルコの彼氏か。


「埋め合わせするから。ね?」

「いや、忙しいならいいんです。急に今日誘ったのは俺なんで。ただ……南先輩、大丈夫ですか?」

「大丈夫ってなにが?」

「……なんか、いつもより表情が固いです」

「なあにもうやだ。ルルコの調子わかるとかなんなの!」


 思わず物陰から覗き込んじゃった。

 ルルコはあまふわワンピースにミュール。カバンから何から本気仕様だ。まるでこれからデートに出かけます、といわんばかりの格好。

 それを見つめる男の子は大層複雑そうな顔をしていらっしゃる。

 当たり前だ。もっとこう、気を抜いた格好ならまだしも。誰か、それもきっと男を意識してそうな服装だから不安になるよね。


「大事な用事があるの。羽村くんを裏切ったりしないよ」


 そんな男の子を見ていられないのか、彼をぎゅっと抱き締めてルルコが背中を優しく叩いた。

 ルルコは男子の人気集めちゃうくらいの容姿と振る舞いの持ち主だ。

 思春期の男の子なら、ああまでされたら満更でもなくなるはず。イチコロになるはずの男の子は、けれど悲しそうに笑うだけだった。


「いつか話してくれますか?」


 そう言えちゃうところが、ひょっとしたらルルコのツボなのかもしれない。

 見た目も振る舞いも、こと男子に対しては受けまくりなルルコを変にアイドル視しない。他の男の子と違うところだ。ただ純粋に南ルルコを心配できちゃう精神の持ち主なんだ。正直ちょっと……いや、かなり羨ましい素敵な彼氏。

 実際きゅんときたのだろう。ルルコはすぐに離れて、背中を向ける。

 ルルコ素直じゃないからなあ。

 あれ、逆に溢れる好意でどうしようもなくなってるんだよ。緩んでだらしなくなっている顔見せたくない意地っ張りでもあるよ。


「ん、絶対ね」

「じゃあ待ってます」


 そう言って男の子が立ち去るべくこっちに歩いてきた。あわてる私に気づかずに彼は階段をどんどんのぼって行った。

 後に残されたルルコはため息を吐いて階段を下りていく。

 どうしよう。何気ないけど将来に関わる大事な一歩ともいうべき用事をすっぽかすべきか。

 すっぽかすべきだ。

 南ルルコの行動を放っておけない。気になりすぎる。彼氏ほっぽって何する気なんだ。浮気か。浮気なのか。モテ子さんに許された特権活用ですか!


「あはは」


 ないない。

 私の知る限りルルコが付き合ったのは今の男の子が最初のはず。モテまくるのに。だからこそなのか、理想が凄く高い……というより、ピンポイント。そのピンポイントが彼なんだろう。

 浮気じゃない。

 だとしたら、なに。高校三年生の大事な休日を、ルルコはいったい何に使うの?

 気になりすぎてしょうがない!

 だからすみません。ちょっと後を追いかけてもいいですか。


 ◆


 学院都市駅から電車に乗って渋谷へ。

 ルルコが待ち合わせたのはスーツ姿の狼男だった。

 もしやまさかマジで否定したのに浮気なの!?

 はらはらする。あんな気遣いやさんのステキ彼氏を捨てて!?

 ないない。あり得ないでしょ。

 あの子はルルコと運命ありそうですよ?

 それを捨てるだなんてとんでもない!


「なにしてるの」

「ひょわあああああ?!」


 首筋に冷たい何かをあてられて思わず飛び上がった。

 ふり返るとサユがいた。ラフなパーカーにタイトなジーンズ、スニーカー。そうそう、こんな服装で出かけてくれたならルルコを心配したりしなかったのに。

 って、そうじゃないだろ。


「サユこそなにしてんの!」

「外出許可もらって、ぶらり街角散歩中。今日は渋谷です」

「もう……驚かさないでよ」


 長々とため息を吐く。私の首に当てた冷たいペットボトルの蓋を開けて中身を一口飲んでから、半目で睨まれた。


「で。ルルコの監視なんかして、なにしてるの」

「いや、サユ前半で答え言ってるからね。それが答えだからね」

「ルルコも大概メイのこと好きすぎるけど、メイもルルコにべったりだよね」

「な、な、別にそんなんじゃないし!」

「認めたら? ルルコのことを放置できなくてついてきたんでしょ。いつもは勉強してる時間なのに。まだ続ける?」

「……続けなくていいです。仰る通りです」


 見抜かれているから頷くしかない。

 しょぼくれながら視線を戻したら、ルルコが狼男の腕を取って歩き出している。

 けど、ああ! ルルコ、そんなに密着したら胸があたっちゃう! だめだよルルコ、あんな素敵な彼氏がいるのに「あててんのよ」作戦は許されないよ……! ああでもそれが許されるからモテ女子なのか……くっ!


「落ち着いて」

「ひょわああああ!? い、いちいち首にペットボトルあてないでよ! 驚くでしょ!」

「頭の中で暴走してるの一目でわかるから、冷やした方がいいと思って。それよりなんか楽しそうだし、行くよ」

「ちょ! 勝手に尾行を始めるな、自由か!」


 ぐいぐい進んでいくサユと、そのずっと先を進む二人を追い掛けて私は走りだした。

 ああ、ルルコ。いったい何をする気なの……!

 心配ばかりが膨らむ私の不安をよそに、ルルコは狼男と笑いながらセンター街に入っていくのだった。




 つづく。

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