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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十章 願う心覗いて、文化祭

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第二百四十三話

 



 扉の向こう側……部室が静まりかえってボク、尾張シオリはお助け部のみんなで顔を見合わせた。

 ラビが片手に制しているのは獅子王先生であり、マドカちゃんの担任の先生。

 ボクが抱き締めて止めているのはコナ。他にも生徒会の面々がいる。

 カナタの顔色は特に悪い。

 ノーパソでボクが設置した中のカメラの映像を拾っているんだけど、ハルちゃんが無理をしていた。カナタは彼女が心配でたまらないのだろう。


「もういいでしょ。中に入れてもらいます」


 コナがボクの拘束を強引に解いて中に入る。先生方も続く。

 カナタも中でマドカちゃんを抱き留めているハルちゃんに駆け寄る。

 二人は周囲の心配もよそに力尽きて、抱き合うようにして眠りこけていた。


「一年生が壁を越えたね」

「二人揃って、自慢の後輩」


 メイ先輩とルルコ先輩が顔を見合わせる。


「昔のルルコたちみたいだね」

「私がハルちゃん役だったけどね」


 どういうことかを尋ねたかったけど、二人とも行っちゃった。

 どうしようかと持て余してすぐに気づいた。ラビが立ち尽くしている。

 声を掛けるべきか悩んだ。けどやめた。どうせすぐにラビから言ってくる。


「シオリ」


 ほらね。


「シオリから部室のカメラで捉えた映像を元に方々に招集を掛けて……助けに入らず見守った僕を軽蔑するかい」

「……別に。ボクらみんな、ハルちゃんとマドカちゃんを信じて、万一のことが起きた時のために待機した。そして彼女たちは二人だけで乗り越えてみせた。それが真実だ」


 肩を竦めた。積極的に話したくない理由ならいくつもある。

 特に最大の理由はコナだ。ラビは結局コナと付き合っている。ボクの気持ちだってラビは知っているはずなのに。

 コナに気持ちを言えないボクがいけないんだけど。

 それでも積極的に許せるわけもない。

 だけどラビは傷ついた顔して二人を見つめて、なのに嬉しさを隠しきれないで口元で笑っている。


「現世に影響を及ぼす力。マドカちゃんが見せた力は、刀の声を聞くのと同じくらい希有な才能だ」

「思い込みの力だよ。ハルちゃんも使う。ボクらも開き直れば使えるかもしれない」

「……だとしても。あの二人は僕たちにとって特別だ」

「いいや、違うよ。前生徒会長」


 あんまり腹が立ってきたから、二の腕を握り拳で押す。


「ボクらみんな、自分を特別に輝かせる権利を持っている。マドカちゃんとハルちゃんは二人でそれを証明したばかりだ。勘違いするなよ」

「……シオリ」


 驚いた顔をするラビに思い切りあかんべえをして、マドカちゃんの手当てをするコナに駆け寄る。コナもカナタも二人の少女の様子を見ているけど、ほっとした顔を見れば二人が深刻な状況でないことは容易にわかる。

 それよりも、カメラを通じてみていたからだろうか。見慣れた部室を不気味に感じるのは。

 花も暗闇もない。マドカが吐き出して投げ散らかしたはずの刀もなくなっている。

 現実を侵食するほどの霊子。

 ハルちゃんじゃないけど……ボクも心が震えてしまう。

 もしその力をボクらが手に入れたなら、きっと世界はどんどん変わる。

 それでも……ねえ、コナ。

 ボクはコナに気持ちを打ち明けられる日はこないんだろうね。


「あーあ」


 いっそ生徒会でも演劇やってさ。

 ……コナの相手役になれたらいいのに。


 ◆


 シオリがコナちゃんを熱っぽい視線で見ている。

 私、南ルルコはシオリを部活に誘い、面倒を見ていたから痛いくらいわかってしまう。

 でもねえ。

 きっとシオリだけだ。コナちゃんへの好意がばれてないって思っているの。

 そう考えると、コナちゃんも優しくて残酷だ。

 シオリが現状維持を望んでいるから、シオリが踏み込まない限りそのままでいるなんて。

 残酷だ。

 けど、それしかない。

 二人は互いに互いを特別な友達として、深い距離感でいる。

 ……私もそう。メイに対して、そう。

 彼氏ができた。羽村くん。ハルちゃんと同じクラスの……年下の男の子。

 可愛いよ。慣れてないけど背伸びして精一杯アプローチしてくれて。

 いろいろな場所へデートに連れて行ってくれたり。

 夜は逢い引きするんじゃなくて、電話だけ。なんでかっていったら、緊張しすぎちゃうんだって。

 そういう微妙な距離の取り方がいじらしいし、愛しい。

 この関係と気持ちを大事に育てたいし、同時に何が起きるかもわからない。

 案外あっさり別れることになっても不思議はない。

 ルルコはそのあたり、夢を見たりはしない。今年で卒業するんだから……あと二年、何が起きるかはわからないもん。

 でも、メイとの関係は違う。恋人とも友達とも違う、特別な人。

 シオリにとってのコナちゃん。マドカちゃんにとってのハルちゃん。

 ルルコにとってのメイ。

 それは例えば、侍候補生にとっての刀鍛冶? ううん。少し違う。男と女ほど単純じゃない。

 刀は心。心は夢に重なり、ぶつかりあう。

 刀の御霊が相反するもの、あるいは重なりすぎたものに強く惹かれ合う。

 そんな現象がたびたび起きる。

 当然かもしれない。ルルコたちはみんな同じ夢を志して学校に入る。

 その魂のありようは露骨に見えるのだ。刀として。

 ならば……ならば、自分の根本に影響を与える人が誰かも、また露骨に見えてしまう。

 ルルコにとっては、メイなんだ。

 マドカちゃんはハルちゃんに好意を囁いた。

 シオリにとってはどうだろう。刀鍛冶のコナちゃんに願う気持ちの正体は、なに。

 ルルコの気持ちはなんだろう?

 メイに対するこの思いは恋なのか。愛なのか。ただの好意なのか。

 わからない。

 ただ……ルルコに夢を見て告白してくれた男の子たちのそれとも、はにかむように笑って羽村くんが伝えてくれるそれとも違う。

 彼らにそれぞれ、必要な距離感を保てる範囲で向ける気持ちとも違う。

 恋人の羽村くんにさえ向けたことのない、身体が燃え尽きそうな熱情をメイに抱いている。

 それは――……それの正体は、なんだろう。

 どちらかといえば、衣装を作っているときや写真を加工しているとき。会場で笑顔を振りまいているときの気持ちに似ているのかもしれない。

 私を見て。私に囚われて。私だけのあなたになって。そのためになら私、なんでもする。

 キスで振り向いてくれるならする。抱き締めて自分のものになってくれるなら抱き締める。染め上げるためになんだってする。

 染められてもいい。あなたになら、何をされても構わない。ただ振り向いてさえくれるのなら。

 不純な承認欲求の奥にある、もっと根源的な単純な願い。

 愛するよ。愛して欲しいよ。

 異性に向けた恋愛のそれよりも、複雑で、茨のように伸びる欲望に……どうやらシオリもマドカちゃんも私さえも囚われているようだ。


「ルルコ? どうかした?」


 メイの不思議そうな顔に私は微笑みを浮かべて告げる。


「なんでもないよ」


 ただあなたが愛しいだけ。


「――……なんでもない」


 ルルコが男に生まれていたら。メイが男だったら。

 もっと答えは簡単で、すぐに片付くことなのに。

 マドカちゃんもシオリも……ルルコの選んだ二人は、ルルコと同じ問題に苦しんでいる。

 伝統なのかもしれない。いやな連鎖もあったものだ。

 ハルちゃんもコナちゃんも罪な女の子。

 メイの刀がアマテラスでなかったら、ルルコの思いはここまで育たなかっただろう。

 ハルちゃんが金色に輝かなかったら。コナちゃんが刀鍛冶にならなかったら。

 きっと私たちはもっと自由だった。そして孤独だったに違いない。

 それぞれに求める人ができたから、私たちは真実とらわれているに違いないんだ。

 無意味な仮定はよそう。

 メイに焦がれてから毎日考えてきたけれど、答えは出なかったのだから。


「マドカちゃんは苦労するね」


 知らずに口から出た言葉にメイが笑う。


「ルルコよりは素直に見えるけど」

「……なら、余計に苦しむよ」


 素直に伝えても届かない思いはどこへいくの。


「メイ……大好き」

「どうしたの、急に。私もルルコが大好きだよ?」


 何事もなく受け止めて。抱きつく私に笑いかけて。それだけ。

 いちゃつくな、という視線を向けてきても知らんぷり。笑うだけ。冗談だって流すみたいに。

 ほら、苦しいよ。素直に伝えても。


「ねえ、ルルコ。討伐も文化祭も楽しみだね」

「……うん」


 マドカちゃんとハルちゃんを見つめるメイの横顔を見て、思った。

 この人の心を自分に向けられるのなら、なんだってするのに。

 暗闇では届かない。マドカちゃんはそれを証明してしまった。

 横目に見るハルちゃんの尻尾は九本どれも、美しい黄金色に染まっていた。

 漆黒に染まったなどという噂もあったけど、けれど今の彼女はどこまでも金色。

 悲しいね。

 重なることがないのなら、私たちの思いはどこへいけばいいんだろうね。


「メイ」


 囁く。視線を向けてくる彼女に告げるのは。


「討伐が終わったら、一騎打ちをして」


 願い。


「……ルルコが勝ったら、誰とも付き合わないで」


 理不尽なわがままでしかないのに、メイは何事もなさそうな笑顔で言うの。


「なら賭けは無効だね。私が勝つから」


 悔しいくらい、私のこじらせぶりなんて軽くいなすメイが好き。

 どうせ戦ったって、決着はつかない。お互いの刀と霊子の力は拮抗している。

 単純な体力勝負になるから、終わりはいつでも共倒れ。

 それがわかっているから、こんなの実施もされずに冗談で終わる戯れでしかない。


「……じゃあいい」

「うん」


 ほら。メイは追求してこない。やる前からわかっている勝負をやる意味なんてないよね。

 ならさ。

 なんで、ミュージカルをやるんだろう。

 きっとミュージカルでキスをしたって私は癒やされることはない。

 お祭り気分で浮かれて、ちょっといけないお遊びをして盛り上がるだけ。

 私の欲は永遠に癒やされることはないの。

 メイの太陽に抱きついて尚、私の孤独は凍てつくばかりなの。

 それなのにその機会を手放すこともできない。

 メイの心を手に入れたいのはね。

 私の心がメイのものになっているからに違いないんだ。

 ハルちゃんは茨のように自分を苦しめる心なら捨てていいと叫んだ。

 マドカちゃんは自分が積み重ねたせいで苦しむ枷を自ら解いてみせた。

 けれど……ルルコには捨てられない。

 メイへの思いが深まるたびに刀は磨かれ、研ぎ澄まされていく。

 どこへもいけない。

 ただ強くなる。

 未来の意味さえわからないまま、私たちは夢を片手に思いを深めていく。

 私の氷はきっと、メイへの思いで出来ている。




 つづく。

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