第二百四十一話
お風呂上がりにユウと会う。
山吹マドカの日常は彼と交際を始めてから確かに変化している。
ハルは特別。でもちゃんと……間違いなく、ユウも特別。
ユウは真面目だ。
それに何事にも真剣。
沢城くん、月見島くん、住良木くんという濃い三人をまとめる役目を担っていて、学級委員長をやっている。本人は不満みたいだけどね。月見島くんや住良木くんがやってくれればいいのに、みたいなことは割としょっちゅう愚痴ってる。
でも彼らも……そして私もユウがやるべきだと思っている。
ユウは犬みたいなところもある。たとえば髪を撫でると嬉しそうにする。同い年の男の子としてそれはどうなのかと思うけど、嬉しそうに表情を緩めるところは可愛いのでいい。
話が逸れた。ユウは犬っぽい。
全員の感情の機微に敏感で、誰かが落ち込んでいると放っておけない。優しいんだ。世話焼きという点では月見島くんも同じだろうけど。
ユウの場合は一生懸命さが伝わってくる。
「なんか……最近どこか切羽つまってない?」
困り眉で私を見つめるところ。なのに目は真剣そのもの。
声にはいっぱいいっぱい感が漂っていて、ついつい頭に手を伸ばしたくなる。それか首に両手を伸ばして抱きつきたくもなる。
けど、しない。
「そうかな」
代わりに微笑む。
「それより、ユウならハルと戦うとき……どうする?」
「ここのところずっとその質問をしてくるけど答えは一緒だよ。ぼ……俺なら、あの尻尾を斬る」
「なんで?」
「……たぶん、あれは彼女の力の源だと思うから。かの柳生十兵衞と九尾の狐を相手にするなら、狐を落として剣豪をだまし討ちするしか手はない」
「それ以外に勝つ手立てはない?」
「ああ。普通に戦うのならね。もし侍の刀を折る、あるいは……力を弱らせる術があるなら別だけど」
「やっぱりそうなるよね」
「やっぱりって……」
ユウの言葉に微笑みながら、じっと見つめる。
私の深まる笑顔をなおさら不安になったのか、ユウは私を見つめて呟いた。
「……そんなに彼女に勝ちたい理由はなに」
「別に勝ちたいんじゃないの。ただ……最強ってなんだか退屈だよね。毎年必ず優勝して、お金いっぱい使って設備拡充したり、有力選手をあらかた引っこ抜く運動チームとか大嫌い」
予定調和しか生まない構図なんて、嫌い。
「抜きつ抜かれつがない時点で全体としてのレベルが低いってことの証明だと思う。拮抗するからドラマが生まれる。結果の見えてるものなんて、食い入るように見つめる理由がないじゃない?」
「そ、そんなことないと思うけど。マドカ……彼女のこと、嫌いなのか?」
「まさか。違うよ。ただ……ハルを予定調和で退屈させたくないだけ」
「じゃあ、なんで敵視するみたいな……」
「してないよ」
立ち上がって廊下に向かう。不安げに視線を送ってくるユウに告げる。
「ただ……この先ずっとハルの背中を見るなんて展開、私はごめんなの。運動音痴でも剣道部に入ったのは……毎日、汗を流しているのは、私には無理だと諦めるためなんかじゃない」
スイッチが入っちゃってる。だけど口から出るのはかなりきつい言葉ばかりで。止めたい。止めたいのに、止まらない。
「マドカ」
「私は隣に立ちたい。ユウだって、同じ気持ちだと思っていたけど」
当たり前だと訴える視線の強さに微笑む。けど心の中で叫んでる。どうにかしてくれと助けを求めている。なのに私は子供で、彼もまだ高校生で。小さなサビが鳴らす歯車の悲鳴を私たちはどうにもできずにいる。
「そういうことだから」
ユウの部屋を出て、歩く。
廊下を進んで階段を移動して、自分の部屋がある階層へ向かう道すがらだった。
仲間さんとばったり出くわしたのは。
汗の匂いがする。きっと今の今まで汗を流していたんだろう。
彼女のトレーニング量は控えめに言っても明らかにオーバーワークだ。
だけど彼女はそれを自分に課して、一度も休んでいるようには見えない。
そして事実、彼女は強い。
張り詰めた顔は私を見てすぐに緩んだ。
「なに。なんか言いたそうな顔してる」
笑いかけてくる。けど彼女がハルに向けるような友好は薄い。
それよりも覗くのは、敵意だ。
彼女は理解している。私がハルに向ける気持ちの形を。
清廉なる心の持ち主だけに許された瞳が私の心を浮き彫りにする。
「ハルの一番の友達は仲間さんだと思うけど」
思わず口から出ていた。
「ハルの一番深くに触れるのは恋人でもあなたでもなく、私だから」
「……あっそ」
ふっと微笑んで、私の横を通り過ぎた。その瞬間に彼女は囁いた。
「無理だと思うけど」
「――ッ!」
ふり返りざまに刀を抜いて切りつけた。けれど仲間さんはその背中に伸ばした鞘で受け止めていた。
「ほら、無理だった」
「いつか倒す……絶対に」
「今でもいいよ? できるなら」
にらみ合う。飛び退って視線を交わす。
階段上から私を見下ろして、仲間さんはハルには見せない闘志剥き出しの笑みを浮かべた。
「刀に縋っているうちは未熟。アンタのことだよ、山吹マドカ」
「ハルに聞かせてあげたい台詞だね。そしたらあなたの人間らしさの一つも伝わるのに」
「自分の刀の切っ先に夢を見るならいい。でも……夢に溺れたアンタじゃ無理」
「いつもの必殺技でもお使いになったらどうなんですか?」
憎まれ口をたたき合う。相手の言葉に答えない。ぶつけ合うのだ。敵意を。
互いの間に張り詰めていく気持ちの応酬は突然、終わりを告げた。
口笛を吹いて誰かがあがってくる。
興が削がれたという顔をして仲間さんが去って行く。
私も敢えて彼女を追い掛けたりはしない。
やってきた乱入者の口笛は調子外れに私のそばにやってきた。
「……ん? なんだ、コマの彼女じゃねえか」
やる気のない瞳、くしゃくしゃの天パ。腰に帯びた村正よりも、その身体能力と戦闘力の高さこそ恐れられる沢城ギン。高校一年生とは思えないほど完成された破格の剣士だ。
「どうした。今すぐ誰かを斬りたいって面しやがって、物騒だな」
「……きみの日常の方が物騒だって評判だけど」
「はっ」
肩を揺らして笑って、彼は言う。
「邪討伐、文化祭。浮ついた空気で俺にケンカを売るほど暇な奴はそうそういねえよ。それともなにか。てめえが俺の相手でもしてくれんのか?」
「お断りします」
誰彼構わず噛み付くほど荒ぶっているわけじゃない。
むしろ彼には憧れる。仲間さんもそうだけど、自分の強さを純粋に求めて自らを鍛えられるところは凄いと思う。
なによりもう、彼はハルと距離が――……
「ハルだろ」
「え……」
考えた瞬間に言い当てられてどきっとした。
「なんたらっていう同じ部活って入って。一緒に生活してみて……斬りたくなったんだろ」
なんで、と言いたくなった私を見つめる彼の瞳には、ぞっとするような光が宿っていた。
「わかる。アンタは獣を狩っている。怒りの獣だ。普段はハルと同じくらい優しいが、一度爆発したら相手を取り殺すような恐ろしい獣がアンタの中には確かにいる」
否定しようとした。笑い飛ばそうともした。けれどできなかった。
最近の私を突き動かす衝動が何か。まるで沢城くんが言い当てているみたいで。
「忠告しとくぜ、山吹マドカ。アンタはハルみたいになれるし、俺みたいにもなれる。けどな、獣に身を任せて強くなったら脆くなるぞ。なにより――……」
彼は囁いて、そして立ち去った。けれど私は動き出せなかった。
微かな声量だったのに、耳にこびりついたように消えなかった。
きっと誰かを斬らずにはいられなくなるぜ、って。
部屋に戻って眠りにつくまでずっと……その言葉が引っかかってしょうがなかった。
◆
顔が影になって見えない女の子が私に話しかけてきた。
『ねえマドカ。私、困っていることがあるの。助けて』
いいよ、と。頷いた途端、他の女の子が私に話しかけてきた。
『あたしもマドカにお願いがあるぜ。最近面倒なことが多くてさ』
私に任せて。きっと救ってあげると笑う。さらに他の女の子が私に話しかけてくる。
『ねえ、マドカ』『ねえ』『助けて』
いいよ。いいよ。みんな私がなんとかする。
そう微笑んだ瞬間、彼女たちが一斉に燃え上がる。炎に包まれたその手で私の首を絞める。
『なんとかするっていったのに』『嘘つき』『うそつき』
『マドカなんていなくなればいい!』『消えろ!』『死ね!』
ちがう。私は嘘なんてついてない。
解決した。みんな。みんな。みんな救ってみせた!
そうだ。だからこれは夢に違いない。前はよく見た悪夢の類いだ。これは。
自分を落ち着かせようとしたその瞬間だった。
『嘘つき!』
とりわけ大きな声に心が引き裂かれる思いだった。
彼女たちの炎が私にうつってきて、燃え上がる。
燃えて、燃えて。
灰になってくれたらいいのに、燃え続けて。
灼熱の中で叫び声をあげた。
そんな私の視界が一瞬で金色に染まっていく。私を責める女の子たちも、みんな金色に熔けてなくなるのだ。救いを求めるように周囲を見て、すぐ気づく。
空に浮かぶのは、ハル。私に気づいて近づくと、私を抱き締めてくれた。
その熱に包まれた瞬間の多幸感に身を委ねる。私のすべてをいやしてくれる、金色。
『そうやって忘れる気? 私を置いて逃げたくせに!』
耳元で聞こえた憎しみに染まった声に血の気が引いた。
「――……ッ!」
飛び起きた。
全身が汗だくで、シャツが素肌に張り付いて気持ち悪くて。
次いでぞっとするような寒気を感じた。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
荒い呼吸を繰り返しながら飛び起きて、ユニットバスに駆け込む。
服を脱ぎ捨てて、とびきり熱いシャワーを浴びた。
顔を覆う。嗚咽が口から漏れ出ていく。
ぺりぺり、と何かが剥がれた気がした。胸の谷間を見る。
深い、深い傷跡。
「――……ッ!」
悲鳴を上げて立ち上がり、濡れた身体で飛び出て刀を抱き締める。
泣いて縋る。刀身に光が満ちる。
落ち着いてみれば傷一つない、綺麗な身体。あんなのは錯覚。錯覚だ。
私の身体に傷跡なんてない。あれは私のじゃない。あれは、彼女の――……。
「う、うう……うううっ」
泣きながら、震えながら何度も確かめる。刀が落ち着かせてくれた。
それでも胸を何度も確かめずにはいられなかった。傷なんてない。ないのに。
ユウと付き合った頃は気にせず毎日過ごしてみせていた。
けど……この悪夢との付き合いは長い。
ハルが選挙で歌ってみせてくれて、あれからずっと見ないで済んでいた。
きっと彼女が私を過去の亡霊から救ってくれたんだと思った。
だから……だからハルは私の特別。
ユウでも親でも、ううん。他の誰にもなれない私の特別。
縋るより共にいたいから、私は強くなりたい。
私もハルの特別になりたい。
そう願うまで、そう時間は掛からなかった。
わかっている。私はハルに執着している。自立したいから強くなりたい。その証がすぐにでも欲しい。そのためならなんだってする。悪魔にだって魂を売ってやる。
そうしないと――……この悪夢とお別れできないのなら。今すぐにでも。
そんな思いの全てが幼くて、みっともなくて。私は暗闇の中にいる。夢見るべき未来にさえ光を見いだせずにいるんだ。
刀を抱き締めて泣いていた時だ。
ふと、スマホが鳴ったのは。
「ひっ」
喉がひきつるような音がした。
恐る恐るスマホを確認する。
メールが来ていた。母親からだ。
『――ちゃんが亡くなりました。あなたも学校が大変だろうけど、明日のお葬式に行くなら教えて。お母さんも一緒に行くから』
顔が歪む。炎に燃える女の子たちの怨嗟の声が頭の中に過ぎる。
頭を振った。あれは妄想だ。あり得ない言葉だ。
あり得るのは最後の言葉だけ。
『そうやって忘れる気? 私を置いて逃げたくせに!』
ハルが金色に溶かしてくれたから、私の心は救われたはず。
だけど心の中に染みが広がっていく。無力感と共に俯く。
ハル。ハル。漆黒から金色に輝いたあなたのように、私も輝きが欲しい。この暗闇を塗りかえるような特別な光が……私は今すぐ欲しくてたまらないよ。
◆
翌日、学校を休んで葬式に出た。
焼香をあげる。母親と一緒に拝む。遺影を見た。
少女の遺影だ。私と同い年の女の子の綺麗な顔だった。
笑っている。
遺族は泣きじゃくっていた。当然だ。大事な人が亡くなるなんて。当然、悲しいはずなんだ。
そっとお母さんとその場を離れる間に聞こえてきた。
「長い病院暮らしも、大変な手術も報われずにお亡くなりになるなんて、ねえ」
「学校もまともに通えなかったっていうじゃない。本当に可哀想」
「クラスメイトでもずっと病室に通ってくれたのはただ一人っていうじゃない?」
「その子も高校に入ってからはとんと顔を出さなくなったって――……」
お母さんが手を握ってくれた。そっとうわさ話をする女性たちから離れる。
ぼんやりと過ごしながら、焼香をあげにきた人たちの往来を見守る。
中学生時代や小学生時代に見た顔がちらほらと見えてきた。
彼らはどう受け止めればいいかもわからない顔をしている。
そんな中で、三人の少女が私に気づいて駆け寄ってきた。
「マドカ!」「マドカも来てたんだ。――ちゃんの病室にずっと通ってたもんね」「マドカは昔から困っている人の味方だもんね」
三人が口々に勝手に喋る。相づちを打てたかどうかもわからないまま、脊椎反射の時間を無為に過ごす。地獄のような時間は不意に終わりを告げた。
「最後にお別れの時間です。どうぞお花を手向けてあげてください……」
業者の人の合図でみんなが集まり、花を手向ける。お母さんにどうするかと尋ねられて、本当なら逃げ出したかった。けど三人に手を引かれて連れられていく。
遺体も、その顔も綺麗なものだった。遺影とさほど変わらぬ顔でいる。
「手術でできた胸の傷は……綺麗にしてもらったの。本当なら……今も、元気に」
遺族の泣きじゃくる声に、悲しみが広がっていく。
だから……たぶん、私は世界でただ一人この死にほっとしている。
『やっぱり私を忘れて逃げるんだ。なかったことにしたいんでしょ? 私を捨てたこと』
「違う!」
頭を振って叫んでいた。周囲がぎょっとした顔で私を見る。
そのせいで、遺族が私に気づいてしまう。
「マドカちゃん……来てくれたの」
「見てあげてくれるかい? ……最後の顔を。綺麗だろう?」
ご両親の言葉に喘ぐ。取り繕うように、頷く。
「……すみません、取り乱して。本当に、綺麗ですね」
正直に言うとすぐには顔を直視できなかった。
例えこれが最後だとしても。これが最後だからこそ、気軽には見れなかった。
山吹マドカは狛火野ユウと付き合う前に……深い関係を持った子がいる。
この子だ。
夢のあの声の主も、この子。
説明するとしても、長くはならない。
難病のせいで外に出られず救いもない。そんな彼女が恋愛ごっこの相手に私を選んだ。私は出来る限り付き合ったが、最後の最後に拒絶した。彼女の胸の手術の痕跡を見て怖くなったのだ。
家に帰って取り乱した私はお母さんにだけ事情を話した。もう行かなくていいと言われて、中学を卒業して……今日、久々に会った。
どうにもできなかった。いま思い返してみても、どうにもできなかった。
愛し合うようにして、お互いに傷つけ合っていただけ。だから……死の気配を手術痕となおさら弱った彼女に見て、自分たちの積み重ねと彼女の人生の重さを感じて耐えきれなくなったんだ。
弱くて、子供だった。
母は言った。引きずられなくていい、あなたにはあなたの人生があるって。
母の言葉は冷酷だ。私には私、彼女には彼女。それぞれで生きるしかないのだという……冷酷な現実を私に伝えたのだから。
でも私はそれに甘えた。彼女には私しかいなかったのに。
深呼吸をして、いやだと叫ぶ気持ちをなだめすかして彼女の顔を見た。
綺麗な顔だ。痩せてしまってはいるが、それでも綺麗な顔だった。
「これ……あの子があなたに」
彼女の母親から差し出された手紙を思わず睨んでしまった。
けど周囲が求めている。
私が受け取り涙を流す美談を。
「……読ませていただきます」
拒むこともできなくて、そっと手紙を受け取りお辞儀をした。
花を手向けて離れる。
待ち受けていたお母さんは私を叱らず、手紙を奪ったりもせずに一言だけ口にした。
「後悔のないように、自分で決めなさい」
葬式に来た私の意思を尊重してくれているのだと思う。けど、とびきり厳しい言葉だった。
求めていた言葉じゃない。
この場で私から手紙を奪って破り捨ててくれたらどんなに楽だろう、だなんて思う。
かつての友達たちが集まってきた。みんなが求めるままに、手紙を開く。
「――……」
書いてあったのは、後悔と感謝。なじりもせず、幼く深く愛し傷つけ合った関係について詳細に言及するのでなく。ただ。
『甘えて寄りかかってごめんなさい。ありがとう。幸せになって、私のことを思い出したら報告に来てくれると嬉しいです。ばいばい。大好きなマドカへ』
そう締めくくっている字が全部、綺麗な彼女からは想像つかないほど震えていた。ところどころが歪に歪んだ便せんに彼女の涙の痕跡が見える。
どんな思いで書いたのか否応なしに伝わってきた。
「――……」
視界が一気に狭まる。追い掛けてきた暗闇が私を包み込む。
どこまでいっても私は子供だった。
雨が降り始める。
強く、強く。地面を叩いて、私の身体を濡らしていくのだった。
◆
学校に戻った私を迎えてくれたのはユウだった。
待っていてくれたのか。傘を差して。
横風も吹いて濡れているのに、ユウは私を見てすぐに気遣ってくれた。
「大丈夫?」
「……うん」
とてもじゃないけどユウには言えなかった。すごくデリケートな話題で。
私が彼女のことを無視していたなら涙を流しながら懺悔もできたと思う。
でも、違う。
ユウには言えない。幻想の刀を手にした……夢をみながらもただただ清廉としたユウには、あまりにみっともなくて汚い私の暗闇は話せない。
今の私には、まだ無理だ。
言うべき事と言うべきじゃない事の境界線があるのなら、きっと後者に振り切れた伝え方しかできない。
私たちの関係は、例えるならまだまだ幼いひな鳥だ。私の暗闇はたやすくひなを殺してしまう。わかってる。ちゃんと自覚してる。だから無理だ。
ユウに嫌われたらどこにも行けなくなってしまう。そんなの怖くてたまらない。
「今日は……少し、つらいことがあって。考え事したいの。いいかな」
スイッチは入らない。なのに如才なく言えてしまう自分が嫌いだ。泣いて縋って甘えられる方が生き方としては楽なのに出来ない。その方が何倍もいい。
可愛くない。みっともない。意地ばかり張ってどうしようもない。
そんな自分を認められない。嫌いなところばかりだ。
未熟な私だからユウがいて、刀がないとだめだなんて。
仲間さんの言うとおりだ。私は縋っている。
「ごめんね」
笑顔でそう言って離れようとする私の腕を、待ってと掴むユウは必死だ。
「……ユウにだけは言えないの。ごめん」
振り払って走りだす。
追い掛けてこられたら、致命的なことになる。わかっている。
だから来て欲しいと願う以上に来て欲しくなかった。そんな私の気持ちをユウが察しないわけなかった。
一人であてもなく走って、気がついたら部室に逃げ込んでいた。
寮の自分の部屋とかだったらよかったのに。
誰かがいる部室に無意識に来るなんて。
まるでこんなの、救いを求めているみたいだ。
――……そして。
「あれ? どうしたの」
こういう時にいるから、彼女は特別なのかもしれない。
「――……だいじょうぶ?」
席を立って近づいてきた彼女に抱きついた。
ああ。ああ。わかっていた。悪夢さえ金色に変えた青澄春灯。
今の私は彼女がいないとどこへも行けない。
ルルコ先輩を見てすぐに気づいた。先輩も私と同じだ。真中メイがいないとだめなんだ。
私も……私も、彼女がいないとだめだ。
「ど、どうしたの? ……お腹すいちゃったの?」
おもしろおかしな女の子。嫌いか好きかで言えば好き。
そんな認識から変わらなかったはずだった。あの選挙までは。輝きを見せられるまでは。
けど変わった。確かにあの瞬間、私の中のスイッチが入った。
「違う……違うの。ただ、ちょっと……ぎゅっとしてほしくて」
「い、いいけど。お腹いっぱいにはならないよ?」
おかしいから泣けてきちゃうな。
「お願い」
「……うん」
私をたどたどしい手つきで抱き締めてくれる。
同じ部活には入れるなら兼部だろうと構わなかった。
文化祭のミュージカルの役が近しい役になるならなんでもしたいとさえ思った。
選挙の時、私はこの子の味方になれて本当によかったと思った。
同じくらい、凄く悔しかった。
沢城くんの言うとおり、私の中には獣がいるのかもしれない。
未熟な自分に怒り狂い、叫んでいる。今のままでいたくはないと。
あの舞台に立てない自分の情けなさがみじめで仕方なかったから。
「ハル、ハル――……」
そばにいたい。隣にいたい。特別なこの子の特別になりたい。
私の漆黒を注いでも……輝かせてくれるに違いないこの子の隣に並べる私になりたい。
屈折した幼い願望だとしても、私は抱えずにはいられなかった。
――……悪夢を見るはずだ。悪夢から端を発した願いなのだから。
獣が叫ぶ。涙が流れる。暗闇の中、そばにある光を前に露わにされる。
私を救って。つらい過去を金色に変える術を教えて。私もあなたのように輝きたいの。
どうか、その光で。
「……好き」
私の思いを、どこにもいけない私を。
「……ハル」
涙に喘ぐ私の暗闇を照らしてみてはくれませんか。
つづく。




