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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十章 願う心覗いて、文化祭

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第二百四十話

 



 女子風呂の盛況ぶりは前期から想像できないほどでした。

 誰かの刀鍛冶になった生徒、刀を手にしたばかりの侍候補生。

 要するに一年生がどかっと増えたせいです。

 既に敷地内の寮暮らしをしていた先輩がぼやく声が聞こえるよ。


「お風呂混みすぎでしょ、まじで。コナちゃんの政策、早く実現しないかなー」

「なんでよ」

「あれが通れば、刀の管理を学校でやるにせよやらないにせよ、外に出れる。外に出れるイコール、外の寮でもよくなる。そしたらこの混雑とはおさらば」

「あのねー。外の寮も結局人がいることに違いはないから。お風呂の混雑は避けられないって」

「ユニットバス使えって話かー」

「そういうこと。あるだけマシだよ、ない寮だってたくさんあるんだから。ユニットバスと大浴場両方あるんだから、賢く使えってこと」

「そうはいうけど、一年後輩男子があたしのことめっちゃ意識してんのよ。ユニットバスとか、誘ってんの? って空気になるじゃん」

「鍵かけられるんだし望んで同室に入ったんなら、いちいち文句を言わないの」

「うーい」


 湯船の中で尻尾を指先で弄びながら考える。

 コナちゃん先輩の生徒会選挙での公約は「刀を抜いた生徒の自由な外出可能」だった。

 刀を抜いたら敷地内にある寮に入らなければならない。刀を持って外を自由に歩くのは社会的に侍の認知が低いのに威圧的でよろしくないとか、いろんな理由があるらしい。

 でもそのせいで、外出許可を取らないと外に行けない。遊びにもいけないんだ。許可を取るときは刀を預けなければならない。

 刀を持って外出できるのは邪討伐の時だけ。それだって学校のバスに乗って、決められたところへ移動して討伐して帰るだけ。自由時間なんてない。

 そりゃあ人気集まるよね。

 敷地内の寮は外にある他の寮と違って、士道誠心の生徒しかいない。顔見知りしかいないと息が詰まるというのはあるかもしれない。

 私は特に感じないけど、と思いたかったけど。

 だめだ。ずっと考えてしまう。


『エンジェぅは金色の侍なんだね!』

『ハルは本当に黒なんだね』


 頭の中で渦を巻くの。ツバキちゃんとマドカ二人の言葉がね。

 ツバキちゃんの言葉で金色一色になった私の中に眠っていた、黒いもの。マドカはそれをはっきりと言い当てた。

 理想に燃える私はそればかりになっていた。

 けど中学のクラスメイトからの連絡で私は動揺したよ。胸の中に広がった気持ちは金色なんかじゃない。それを言い当てただけじゃない。

 私の黒さごと肯定するマドカの声、指先。

 思い出しただけで頭がぼうっとしてくるの。


「ハル」


 呼ばれて顔を向けると、マドカが浴槽に入ってきたところだった。

 士道誠心のきつめなカリキュラムをこなして、どんどん余分な肉が落ちていく。

 そりゃあね。たとえば特別授業で隔離世に行って全力で走らされるからさ。そんなノリで授業を繰り返し受けていたら、当然身体だって絞られるよね。

 マドカを見て思ったの。綺麗な身体してるって。

 なんでか落ち着かなくて、どきどきしてきて俯いた。


「お風呂でばったり」

「……うん」

「ハルはお風呂好き?」


 唐突な問い掛けだった。少し悩む、けど。


「まあ、好きかも。尻尾乾かすの大変だけど、気持ちいい」

「気持ちいいことは好き?」

「……わりと」

「わりと?」

「わりと、かなり好き」

「だと思った。私も好き」


 マドカの上気した肌が視界にちらつく。トモはよほど激しい特訓を欠かさないのか生傷が絶えないのに、マドカの肌には染み一つない。


「前は剣道で擦り傷だらけだったから凄く痛かった。最近はそうでもないからお風呂たのしい」

「……そっか」

「なんかどうでもよさそうに言うね」

「そ、そんなことないよ! ……ただちょっとだけ不思議なの。マドカは怪我してないんだなって」


 ああ、と呟いてマドカが笑った。


「ユウが訓練してくれるから。刀を抜いてからはどんどん身体が自由に動かせるようになってきたし……そのおかげかもね」


 仲間さんには到底及ばないけど、と無邪気に笑うマドカは子供みたいだ。


「いつかきっと、ハルからも一本取ってみせるから」

「ら、ライバル宣言ですか?」

「愛の告白」

「え」

「金色に染まったハルの中に眠る漆黒に……私の特別を注ぐの」


 熱っぽい視線に頭がくらくらしてきた。

 私あがるね、と言って出て行くマドカを見送る。

 俯いて見た尻尾の先がうっすらと黒く染まっていた。

 まるで……まるでマドカの言葉で晒されたように、確かに黒く染まっていたの。


 ◆


 完全にのぼせました……。

 身体をなんとか拭いたけど、それが限界だったよ。

 脱衣所の長椅子に突っ伏して、濡れた尻尾もどうにもできずにいたらメイ先輩が見つけてくれたの。

 扇風機を置いてくれたり、尻尾を拭いてくれるから頭が上がらない思いです。


「すみません……」

「別にいいけど、どうかしたの?」

「うう……」


 実は、と言うべきか悩む。マドカの言葉に翻弄されている。

 ううん、違う。

 マドカの思いに翻弄されている。剥き出しの尖っていく鋭い心の輝きに照らされて、私の金色の影に眠る黒は確かに浮かび上がってきた。


「当ててみせようか」

「え……」

「マドカちゃんでしょ」


 どきっとする私にメイ先輩ははっきりと言い当てた。

 なんで、という私の呟きにメイ先輩は微笑むの。


「ルルコが私を見る目と一緒なの。ハルちゃんを見るマドカちゃんの目って」

「……それって、どういう」

「さあ?」


 肩を竦めておどけてみせるメイ先輩に思わず声を上げたよ。


「さあって、そんな……」

「でもまあ……ルルコだからマドカちゃんを見つけて新しい部員に選んだんだろうね」


 私の熱くなった額にメイ先輩が冷たく絞ったタオルをのけてくれた。

 ひんやりした気持ちよさに目を細める。


「どんな視線かなんてさ。その理由は本人がいずれ言ってくるよ。私はそうだった」


 メイ先輩の言葉にマドカの言葉を思い返す。さっきお風呂で言われた言葉が真っ先に浮かんだ。


『愛の告白』

『金色に染まったハルの中に眠る漆黒に……私の特別を注ぐの』


 もしマドカの言葉が本当だとしたら?

 それとも、マドカはこじらせているだけ?

 中学の頃は特別そうだった私みたいに。

 あの頃の私みたいにもし、マドカが鮮烈な言葉に言い換えているのだとしたら……その真実は、なんだろう。

 のぼせた頭ではよくわからない。


「視線の理由……愛されてるとか?」


 冗談のつもりで言ったんだけど。


「それは間違いないと思うよ」


 メイ先輩は妙にはっきりとした声で言うの。


「可愛いでしょ」


 先輩の視線は私を見ているようで、そのずっと向こう側を見据えていた。


「憎まれないように頑張らないと、絡みつかれて二人揃って刀が腐るよ。気をつけてね」


 囁くように掛けられた呪いに喘ぐ私に「冗談じょうだん」と先輩は笑うけど。

 私は笑えなかった。

 ふり返ってみた尻尾の先は何度見ても黒く染まっていたから。

 ずっと刀が無事だなんて、とても思えなかった。


 ◆


 部屋に帰ってすぐ、カナタは私の異変に気づいた。

 ソファに座らせて尻尾を探る。けれど霊子に異常はないという。

 なら私に何が起きているのか。

 今日あったことを話してと言われたけど、喉につっかえる。


『私たちだけの秘密』


 マドカを裏切りたくない。なぜ。

 怒れるし、拒絶だって簡単にできるのに。

 きっと普通はそうするのに。

 私にはできなかった。

 拒絶すれば金色一色に戻って、いい子としてこれからを過ごしていけるだろう。

 ゆるくふわふわした日常に戻っていくんだ。悪くないかもしれない。

 でも、やっぱりできない。

 認めよう。

 マドカの尖った何かに私は惹かれてる。

 中学時代の自分を思い出すの。

 心を剥き出しにして世界と戦う。私は折れないと叫ぶように、抗い続ける。

 カナタに惹かれた理由も単純なのかもしれない。

 かつての自分を思い出してしまったのかも。

 いま思えばね。

 やっぱりカナタには言えない。代わりに質問をしよう。


「ねえ、カナタ。私は金? それとも黒?」

「――……そうだな」


 カナタはこういう時、無理強いするような人じゃない。どこまでも紳士だ。

 だからソファに座っていつものように尻尾に櫛を入れながら言うの。


「大神狐……あれはおおみこ、と呼ぶべきか。お前はだいしんこと言っていた気がするが」

「おしんこみたいでおいしそうじゃない?」

「突っ込みたいがやめておこう……まあ、とにかく。あのモードになるとハルの尻尾は消え去り、その髪は金から黒に変わる」

「……うん」


 その言葉に心の深くを抉られた気持ちになった。

 違う。そう言いたいのに、でも確かに私はその力を全力で振るう時、黒に染まる。

 それは揺るぎようのない事実だった。


「金でいたいのか?」


 カナタの問いかけに俯く。

 返事をしたい。けどできなかった。答えたいのに、答えが私の中には一つもないんだ。

 ツバキちゃんの顔が浮かぶ。

 心の真ん中で今もちゃんと輝いている。

 だからツバキちゃんの思いに応えられる私でいたい。いつも、いつまでも。

 だけど。

 それは金色でなきゃできないのか。

 それさえ、私はまともに考えてなかったんだ。


「……私、ほんとは真っ黒なのかなあ」

「どっちか考えるいい機会になるかもしれないな。刺激を与えた誰かと向き合えば、ハルはきっと自然に答えを出すだろう」


 優しい声だった。


「……何も聞かないでいてくれて、ありがとう」

「いいよ」


 私を抱き締めて優しく声を掛けてくれるカナタは、やっぱり私にとってかけがえのない存在に違いなかった。黙り込んで二人でくっついて、どれだけの時間を過ごしただろう。


「いつもはハルの話を聞くところだが……今日は代わりに俺の話を聞いてもらおうか」

「なあに?」


 顔を見上げた私にカナタは楽しそうな笑みを浮かべてみせた。


「兄さんに教えてもらったんだ。素敵な動画を見た。テレビ番組の録画なんだけどな? 現世の刀鍛冶の動画だ」

「じゃあ、かんかんかんって刀を打つの?」

「ああ。玉鋼を熱して、叩いて折って。火を入れて」


 尻尾の手入れも終わったカナタが指先でその時の動きを再現して見せてくれる。


「別の人の工房だが、体験させてもらいに行ったことがある。でも、似て非なるものだ。俺たちと、あの人たちは」


 少しだけ声に痛みが滲んでいるようです。


「……カナタ」


 気遣う私の手をぎゅっと握って、いつもみたいに笑ってくれる。


「逆に考えてみた。そうしたら……すっきりした」

「すっきり? どういうこと?」


 思わず尋ねた私にカナタはちゃんと説明してくれたよ。


「あの人たちにとっての工程が、俺たちにとってどんな工程になっているのか。そして一つ一つがどういう意味を持つのか」


 語るカナタの口調は幸せそうだった。ぜんぜん凹んだりしてない。


「そう考えたら……結局、たいした違いじゃないってわかったよ。それですっきりした」


 だからわかった。この人は傷を乗り越えたんだって。


「具体化して意味をもたせる。自分で世界との付き合い方を決めるんだ。どう生きたいのか……付き合いたいように答えを出したらいいと、ハルは俺に教えてくれているんだぞ?」

「いつの間に?」

「いつの間にかな」

「なにそれ」


 二人で笑い合う。

 染み込んでいくの。カナタの出した答えが、私の中に優しく広がっていく。

 私だけじゃない。みんなそうやって世界の形を決めているのかな。

 マドカも。カナタも。みんなの世界……。

 いったいどんな形をしているんだろう。

 私の世界は……どんな形をしているんだろう。

 金色だけじゃないのかもしれない。真っ黒な部分もあるのかもしれない。

 私は私のことを何も知らないんだ。いつだってそうだった。

 今日、マドカは私の心に触れた。深く深くに触れてきた。

 必死になってメッキをつけた私の金色の奥にある、きっともっとも私らしい真っ黒をマドカはちゃんと理解してるんだ。

 中学時代のことだって、小学生時代のことだって知らないはず。

 もちろん黒の聖書のことだって他の人に比べたらろくに知らないだろう。せいぜい噂レベルだと思う。

 だけど、マドカは私のことを知っている。

 心がざわざわするの。

 トモでもノンちゃんでもない。メイ先輩やルルコ先輩でもない。

 カナタでもなければ、コナちゃん先輩でもない。

 マドカだけがはっきりと私の奥深くを理解して踏み込んできた。

 まるでツバキちゃんみたいに。

 私の世界を追い掛けてくれるツバキちゃんみたいに……的確に、深く。


「もしかしたら……」

「ん?」

「……ううん」


 頭を振る。考えすぎかな。

 マドカの世界も、もしかして私と似ているのかもしれないだなんて。

 そんなの考えすぎかな。




 つづく。

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