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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十章 願う心覗いて、文化祭

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第二百三十九話

 



 後期は前期の選択授業が特別授業に変わる。

 前期と違って侍候補生と刀鍛冶だらけになったからね。

 なので刀鍛冶は人数別に分けられて、侍候補生は抜いた刀の特性別に分けられる。

 私は妖怪クラスに組み込まれました。茨ちゃんや岡島くんたちと一緒だ。

 あとはなんとマドカもいるよ。

 私たちを見てくれるのは、ニナ先生だ。犬神を宿すニナ先生はいつもの着物姿だけど、頭にもお尻にも獣らしさが滲んでます。具体的にはミミと尻尾が生えています。


「さて、妖怪変化の刀を手にしたみなさま。旧姓改め、獅子王ニナです。後期はどうぞよろしくお願いいたします」


 お願いします、とみんなでお辞儀を返す。

 グラウンドに集められた私たちは運動着姿です。切った張ったをするのかな?

 そう思ったんですが。


「こちらで選別しましたが、ご自身の刀の妖怪変化がなにかご存じでない方もいらっしゃるかと思います。ちなみに現時点でおわかりでない方は?」


 マドカをはじめとする、九月に刀を手にした一年の侍候補生たちが手を挙げる。

 予想通りだとばかりにニナ先生が頷いた。


「戦う内に覚醒することもあるのですが、一番の近道は霊力の強化です」


 あ、出た。霊力。カナタがぽつぽつ呟いてたりして、最近はよく聞く単語だよ。


「心を鍛えるためには鍛錬あるのみ。士道誠心伝統の鍛錬をいたしましょう」


 新婚さんであるニナ先生は、特に若い男子を虜にする素敵な笑顔で言いました。


「1500m走です」

「「「 えっ 」」」

「その後、プールへ行って400m泳いでいただいて」

「「「 ええっ 」」」

「というのは冗談で」


 よ、よかった。確かに士道誠心はおっきな学校だから、プールとかの設備も充実しているようだけど、いくらなんでもスパルタ過ぎるよ。何より水着もってないし。よかった……。

 ほっとしていたら、ニナ先生は笑顔のままで仰います。


「持久走です。隔離世で私がいいというまで走り続けてもらいます」

「「「 …… 」」」


 みんなそろって俯く。

 どっちもどっちやん。

 口には出さないけれど、みんなの心は一つになった。

 ニナ先生が懐から出した小さな御珠によって隔離世へとうつされる。

 さあさあ走って、と言われて、みんなで渋々コースを走り始めた。

 すぐに驚く。

 岡島くんのペースが凄く早い。茨ちゃんもなんだかんだでそれについていっている。

 他にも数人、男女問わず楽そうにかなりのハイペースで駆け出していく。まるで短距離走みたいな速度なのに、みんな涼しい顔だ。

 一周まわって、二周まわって。三周目になっても、彼らのペースは変わらない。

 逆にどんどん遅れていく人もいる。いかにも現世で走った時のノリだ。

 私はというと二本足で走るのがだんだん億劫になってきたくらい。二つの集団の間をのんびり走っている。

 にこにこ笑顔のニナ先生は見守るだけ。まだまだ全然満足していなさそうである。

 温和で優しそうなニナ先生だけど、結構厳しいライオン先生の奥さんだ。侮ってはいけない……。

 一周は確か二百メートルだ。けど五周まわって、十周まわってもニナ先生は笑顔のまま動かない。

 さすがにちょっと疲れてきた。まだかな、と思うよ。当然だ。

 みんなちらちらニナ先生を見る。十五周目になろうという時にニナ先生が声を上げた。


「はい、おかわり! もう五分追加です!」


 ええ、と思いながらそれでも走る。

 現世ならとっくにくたくたになっているはずなのに、隔離世だと不思議と現世ほど疲れない。

 だけどそれはみんなも共通とはいかないようで。


「はあ、はあ……」「きつ……」「あ、あるくわ……」


 限界だと足を緩める生徒がどんどん出てきた。

 歩みは遅いけど諦めずに走っているのはもう、マドカだけ。

 みんなが恨めしそうに岡島くんと茨ちゃんを見る。

 そりゃあそうだ。二人は軽快に走り続けている。いつしか額から角が出て、二人の髪色が変わっていた。岡島くんは青に、茨ちゃんは赤に。いつか見た鬼の姿だ。


「捕まえてごらん。そしたら一週間、好きにさせてあげる」

「岡島! てめえその言葉わすれんなよ!」


 賭けまでして、余裕だなあ。私もちょっと恨めしいよ。


『なんじゃなんじゃ、随分とだらしないではないか』


 ねえ、タマちゃん。四本足で走っていいかなあ。


『だめじゃ。畜生のように走るなど、恥ずかしいではないか! 体育祭の時のことも気に入ってはおらん!』


 あ、そうなの? 実はずっとへそを曲げてたの?


『……ふん』


 不満だったね。間違いないね。

 タマちゃんが嫌なら無理強いしたくない。

 もうしばらくは、しんどいけど走ろう。

 どんどん速度が落ちていく私はいつしかマドカと並んでいた。

 はっはっは、と小気味のいい呼吸を繰り返して走るマドカは汗だく。

 だけど清々しい顔で走っている。その速度は決して速いとは言えなかった。なのにどうしてか美しく見えた。

 自分の速度を理解して、自分らしく最後まで走れるように努めている。

 遊んじゃうくらい余裕な人もいれば、もう限界だと歩く人もいた。だけどマドカは走り続けている。

 ……なんだかちょっと、悔しい。私もちゃんと走ろう。仕方なくじゃなくて、ちゃんと。

 一周回って、二周目に入って。もうそろそろいいだろう、という空気が流れる中、ニナ先生は笑顔で仰いました。


「はい、おかわりー!」


 それが私たち妖怪の御霊を引いた一年生侍候補生のトラウマワードになるまで、そう時間はかかりませんでした。


 ◆


 現世に戻ってみんなが一斉に地面に突っ伏した。結局授業終わりまでずっと走りっぱなしだったよ……。さすがに足が動かないや。


「あは。あははははは!」


 珠のような汗を掻きながらも笑っているマドカにみんなが視線を向けて、でも何も言う元気もなく俯く。私は私で不思議だった。なんでマドカは笑っているのだろう。

 心底楽しそうだ。


「ハルも笑おうよ!」

「ええ? な、なんで笑えるの?」

「なんか、ずっと走ってたらおかしくなっちゃって。私たちみんな、妖怪の御霊を引いたから選ばれたんでしょ? なのに、こんな……地味なことして、限界こえてるんだよ。もうおかしくて」


 ネジが外れたか、マドカはそういうところあるよな、と囁きあうみんな。

 私も一瞬おなじことを考えた。どんなに笑うマドカの汗が太陽の光を浴びてきらきらして綺麗に見えても、私の理解の及ばないところにマドカの思考があるから。

 でも、違った。


「岡島くんと茨さん、ハル。三人はずっと余裕そうだった。今はへばってる私たちも、きっと同じくらい強くなれるんだと思うと、今の自分の未熟ぶりがなんだかおかしいの。期間限定な弱さってなに! そんなのなんだか変! ふふふ! あはははは!」


 変な子だ。

 私もたいがい変な子だという自覚はあるけど、マドカもすっごく変な子だ。

 なのになんでだろう。その言葉に心のどこかが惹かれちゃうのは。

 私の何かに凄く近くて、だけど遠い光。


「未熟ぶりも楽しむとは、すごい器だね」

「……なるほど。最初は引いたけど、そう考えるとすげえ奴だな。お前」


 涼しい顔をした岡島くんと茨ちゃんの言葉に、みんなに理解が広がっていく。

 どんどん輝いてみんなの中心になっていく。

 ああ……理解した。


「きっと一緒に走れるようになるから、待っててね」


 眩しい笑顔を向けられて確信に至るの。

 私が堕天使なら、マドカは天使だ。紛れもなく。私がどれほど望んでも手にできない輝きをマドカは持っている。

 そう思ってもやもやしてたから……新設された更衣室で途方に暮れていた時、マドカに「ねえ」と声を掛けられて心底どきっとした。

 どんな顔をすればいいのかわからなかった。私はどこまでいってもどこかが黒くて、それを拭えない。マドカにだけはそれを知られたくなくて。

 なのに。


「ハル……私、嫉妬してるの。あなたに」


 いつしか二人きりになっていて、敵意なんて欠片もない……なんなら親しみしかない笑顔を向けられて、戸惑う。


「嫉妬って……そんな。どうして」

「刀を抜いて私たちより半年も楽しんで、ずるい」

「そ、それは……」

「わかってる。抜いたハルが凄くて、私たちが抜くまで時間がかかったっていうだけ」


 どきどきする。こんな……女友達と二人きりの空間で心を剥き出しにされるの、慣れてなくて。

 トモやノンちゃんと向き合う時よりも繊細な時間、初めてで。


「私、ハルが好き」


 鋭くて飾りのない、鮮烈な声だった。


「ハルには誰より素直でいたいから言うね」


 私のリボンタイに触れる指にどう反応すればいいのか、わからない。


「絶対、強くなりたい。ハルが世界を金色に塗りかえるみたいに……私も何より特別な光で輝きたい。特別なハルだから……言うの」


 マドカの指先が私の顎に伸ばされる。


「ユウにも言わない……二人だけの秘密」

「……秘密?」

「そう。ハルと私だけの秘密」


 その単語に胸が高鳴るのをおさえることができなかった。

 いつしかマドカの指先が頬に当たる。

 くすっと微笑んで、マドカは聞いてきた。


「ハルにはない?」

「……マドカみたいな夢?」

「うん」

「……それは」


 あると言えたらよかった。でも私の中を覗いたら、からっぽだ。

 世界に対する答えとか、コナちゃん先輩とメイ先輩に追いつきたいという目標じゃない。

 マドカが望んでいるのはもっと、もっと特別な答えだ。

 瞬間的に浮かんだのは、選挙の時の体育館での光景で。


「みんなの特別を……私の色で塗りかえたい、かも」


 それは大それた夢だった。カナタにすら話したことがない夢。


「ハルって……本当に漆黒なんだね」

「え――……」

「金と黒。二律背反。自己矛盾を抱えてる。黒いから金にしたいんだ……やっぱり私、ハルが好き」


 私の唇を指先でなぞるマドカの瞳が煌めいていた。

 黒の中に赤が見えてすぐ、真紅に染まる。


「ま、マドカ?」


 私が呼びかけてすぐ、マドカが手を引いた。真紅も消えて普通の瞳に戻る。


「じゃあまた部活で」


 立ち去る背中を見送ることもできず、その場にへたり込んでしまった。

 対峙していたのは、誰? 山吹マドカだ。間違いない。

 だけど、同時に重ねて見てしまった。

 中学時代、こじらせながらも日々を全力で生きていた頃の私くらい、研ぎ澄まされて剥き出しになった強固な何か。

 私に触れた少女は、その塊だったに違いなかった。

 天使に違いない。でもその天使は――……私をどんな楽園へと連れていくのだろう。

 マドカの刀はなんなのか。その御霊はきっと、私の知る山吹マドカをどんどん研ぎ澄ませていく存在に違いない。

 唇に触れながら、私はどきどきが押さえられなかった。




 つづく。

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