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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十章 願う心覗いて、文化祭

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第二百三十八話

 



 翌日午後のホームルームで茨ちゃんは私たちに発表しました。


「各自の案を集計した結果、劇かコスプレ喫茶店の二択になりました!」


 ……いやいや。


「待って。後者の意図が見えすぎてるんだけど」


 ふり返って言うと、なぜかみんなどや顔でポージングをしている。


「何を言っている、青澄!」「俺たちが着飾り!」「お前が料理をするんだよォ!」「俺たちが半年で鍛え上げた筋肉が唸るぜ!」


 うそやん……ええええ。そっちぃ?


「劇は……まあ、一ヵ月あるから。台本を既にあるものから選べば、衣装とステージの時間とセットさえ確保できればいける」


 茨ちゃんと同じく文化祭実行委員の岡島くんはこの程度のことには動じない。

 相変わらず、何を考えているのかわからないけどね。ラビ先輩に通じるところがあるけど、岡島くんの場合は無表情。

 片眼鏡が特徴です。


「いやいや。ここは劇がいいんじゃない? みんなの一致団結感が高まってさ」


 きっと楽しいと思うんだけどな。


「劇……キスシーン」「ごくっ」「青澄は彼氏持ちだが、ワンチャンあるんじゃね」「待て、恋人がいる奴は地雷だ。少女マンガ的展開に巻き込まれてダシにされる可能性がある」

「「「 ここは茨一択か 」」」

「ひえっ」


 ぎらぎらしてるなあ。刀鍛冶のお姉さんと同居してる男の子もいるだろうに、恋の進展的なことなにもないのかなあ。

 まあ……うちの学校の刀鍛冶、ちょっと並みじゃないくらい強いもんね。

 ないとしても、しょうがないね。

 それにしても茨ちゃんといい感じに見える岡島くんは涼しい顔だ。茨ちゃんが狙われても動き出す気配なし。

 なんでだろう?

 私が疑問に感じた時だった。


「まあ待て。お前ら……落ち着いて聞け」


 どや顔のカゲくんが立ち上がる。

 八葉カゲロウ。九組の中心人物。

 ちょっとえっちなところがたまに傷。

 隠さないから、まあ端的に言うとえっちでばか。

 うん。これ以上的確な表現はないよね!

 ユリア先輩のこと大好きなんだから、少しは落ち着けばいいのに。

 そのカゲくんが言いました。


「劇では来場者の女子へのアピールがゆるい。だが……」

「「「 だが? 」」」

「ホスト喫茶では、どうか」

「「「 ごくっ 」」」


 ばかだ。こいつらばかだ。楽しそうだね!

 男子同士の連帯感に混ざれなくてちょっと疎外感を隠せない私だよ。

 あときっと突っ込んじゃだめだよね。目玉になるイケメンが必要なのでは、とか。


「茨。飲食だったらいけそうか?」


 シロくんが尋ねた。我らが九組が誇る参謀役のシロくんは、誰も意識してないところまでよく気づく。茨ちゃんが渋い顔になった。


「ステージにしても飲食にしても、希望するクラスが多いから制限されてて争奪戦になるっぽいんだよなー。でもみんながやりたいってんなら頑張って勝ち取るぜ!」


 どや顔をする。岡島くんがじぃっと横目で見て、こほんと咳払いをした。


「頑張って勝ち取ります」


 言い直した! 女子っぽく言い直した!

 刀を抜いて女の子になったからって、無理して口調まで直さなくてもいいんじゃないかと思っちゃう不思議な罪悪感……!


「今年は注目浴びそうな青澄さんを表に出さないのか、という話はあるが……それについては僕に秘策がある。まあ僕は劇でも喫茶店でもどちらでもいいのだが」

「「「 ちっ……これだから彼女がいる奴は 」」」

「う、ううう、うるさいな! とにかく! 多数決を取ったらどうだ」


 シロくんったら照れちゃって。赤面しながら眼鏡の位置を直してる。

 ほくほくする。トモとの交際は順調みたい。よかったよかった。

 実際に茨ちゃんが挙手制で多数決を取ったけど、圧倒的多数により喫茶店になりました。

 劇にいれたの岡島くんと私と茨ちゃんとシロくんだけとか。おかしいでしょ。みんな欲望に素直すぎだから! まったくもう。


「いろいろ言いたいことはあるが、決定だな! とりあえず委員会で戦ってくる」


 頷いた茨ちゃんにみんなが歓声をあげる。

 飢えている……みんな、出会いに飢えているよ……!

 共学だから頑張りようなんていくらでもあるだろうに……なんて言わない。

 中学時代のぼっちを思い返すと、とても無理。

 そうだ。中学時代といえば、あの頃のみんなが会いに来るんだ。

 劇だと場合によっては矢面に立たなきゃいけないけど、みんなの様子を見てると喫茶店なら裏方になりそうだ。料理を作るなら、大変だろうけど表にはあまり出ないで済む。

 それならみんなにとって普通の姿で会えそうだ。

 気負わなくていいかな? 衣装とか着て会うよりは構えなくていいかも。

 ちょっと残念な気もするけどね。


「青澄さん」

「ん? なあに、シロくん」

「男装に興味はあるだろうか」


 前言撤回。

 ひょっとしたら、大変なことになるかもしれません。


 ◆


 部活に全員集合してすぐ、ルルコ先輩がホワイトボードに書き殴ったのはね。


『ミュージカル』


 でした。


「「「「「 ミュージカル? 」」」」」


 思わず五人で声を揃えちゃったよね。


「ほら。あるじゃない? ミュージカルは奇跡を起こす的な」

「ルルコ、心が叫んじゃう奴だいすきだもんね……」

「はいそこメイうるさーい! で、で。やっちゃわない? やっちゃおうよ、ね!」


 どや顔をするルルコ先輩にみんなで顔を見合わせた。


「台本はどうするので?」

「ハルちゃん、いい質問だね! ルルコが台本を仕上げてきたよ! 寝ずにね!」


 だからハイテンションなんだ……。

 みんなの中に納得の空気が広がるけど、ルルコ先輩は引かない。


「ざっくり言うとね。自分の願いも口に出せずに嘘をついてばかりいる女の子が、道ばたで息も絶え絶えな魔法使いに絡まれて、あと一週間で死んじゃう呪いにかかるの。呪いを解く方法はただ一つ! 歌って自分の本当の気持ちを三人の大事な人に伝えなきゃいけないの!」


 それは、また。

 わかりやすすぎる内容ですね……!


「だけど女の子は歌が苦手。本音なんてとても言えないの! 嘘つきだって知られてて、人に嫌われてるひとりぼっちの悲しい子なの」


 それはまた、なかなか闇が深そうな主人公ですね。それでも嘘ついちゃうんでしょ?


「そんな時、女の子のもとに王子さまが現われるの! 王子さまは女の子の苦しみを理解して、優しく心をほぐしてくれて。女の子の歌を褒めてくれるの。一人で歌えないなら、一緒に歌ってあげるって言うの……!」


 きらきらした瞳で見つめる夢は……どうしよう。

 私ってば割と好みです。

 メイ先輩はなぜか微妙な顔してるし、シオリ先輩はずっとノーパソとにらめっこしてる。

 マドカは笑顔、ラビ先輩も笑顔。二人とも仲良しか。

 人によって反応は様々だけど、ルルコ先輩は止まらない。


「そうやって自分のお父さん、お母さん、友達に本音を歌って伝えるの。呪いは解かれたかに思えた。けれど魔法使いによってさらに呪いは強くなるの。女の子は王子さまを愛してしまった。呪いは深まり、王子さまにその思いを告げなければ死んでしまうほど強力になっちゃうの!」


 みんなの頭の中に結末が浮かぶ。きっと、どうにかして幸せになるんだろうと。


「王子さまにだけは素直でいられる。けどその素敵な関係は、思いを告げたら終わってしまうかもしれない。葛藤する女の子! 死の間際、王子さまに言われるの。君の歌はステキだと知らせてくれたのに、ボクからそれを奪うのかって。女の子はたまらず歌うの!」


 ほらきたぞ、という空気になりましたよ。


「それを見ていた魔法使いは息を吹き返すの。嘘を聞いたら苦しめられてしまう魔法使いは、嘘に塗り固められた女の子の本音こそ求めていたの……」


 ほう、とため息を吐くルルコ先輩。

 徹夜のハイテンションがそうさせるのか、一点を見つめたまま微動だにしない。

 完全に自分の世界に入っているよ……! ど、どうすれば?


「それで? ねえ、ルルコ。配役はどうなっているんだっけ?」


 メイ先輩の声に目を見開いたルルコ先輩が私を見た。


「そりゃあもちろんハルちゃんだよ!」

「……いや、でも。あの」


 いろいろ言いたい気持ちをぐっと一度飲み込んでから、質問を口にする。


「三年生のお二人がいるのに、私が主役をやるんですか?」

「そうだよ! 生徒会の要望だから、応えないといけないよ!」


 圧が。圧が凄い。

 いつも瞬間的最大風速が異常に早くなるレベルで荒ぶる人だけど、今日は特に凄い。

 寝てないからかな。徹夜のハイテンションってあるよね。

 でもメイ先輩もコナちゃん先輩も、私が仲良くしてもらってる女子の先輩たちはだいたいこうだとも思う。

 類は友を呼ぶのかな……あれ? ということは、私もこうなのかな? なんて考えている場合でもないね!


「え、ええと……」


 困った。メイ先輩は私に振るなって顔をしているし、ラビ先輩は笑顔で心を隠してるし。シオリ先輩はそもそもノーパソから視線をずらそうとしない。

 唯一、マドカだけがにこにこしながら見守ってる。

 マドカが笑っている時は、何かが炸裂する予兆を感じるの。

 なので、


「ま、マドカはどう思う?」


 無茶ぶりをした。にも関わらず。にも関わらずだよ?

 待ってましたとばかりにマドカは口を開いた。


「思うんですけど。感情移入しまくって作ったお話なのかなあって聞いていて思ったので、ヒロインは南先輩以外にあり得ないと思います」

「えっ」


 ま、マドカさん!?


「な、な、な、ナンノコトカナ」


 ルルコ先輩、片言になってる時点でばればれですよ!


「まだ少ししかお付き合いしてないですけど……王子さまってもしかして、真中先輩のことですか?」

「やだああああ! もおおおお! なあああに言っちゃってるのかなあああ!」


 動揺しすぎです、ルルコ先輩……!

 慌ててマドカの口を塞いでいるけど、その行動が既にダウトです。

 炸裂してるなあ。マドカの言葉。

 マシンガンじゃない時ほど威力は高いのかも。

 お、覚えておこう……。


「じゃあミュージカルをやるなら主演は南ルルコ、相手役は真中メイにするとして」

「ラビきゅん!?」

「父親、母親、友達は僕らの四人から配役すればいいか。一人余るのが悩ましいね」

「ラビきゅん……!」

「いっそハルちゃんのステージは分けてしまうかい?」

「ラビきゅううううん!」


 ルルコ先輩の訴え総スルー。ラビ先輩つよい。


「あの。いっそ役柄は私たちにぴったりくるものにすればいいのではないかと」


 机に両肘をついて手を組み合わせる司令官ポーズでマドカが言うの。

 目の見えないぐるぐる眼鏡の顔をあげて、シオリ先輩がどういうこと? と聞いたらね。


「女の子の友達とか、仲間にするんです。親とかよりもわかりやすいと思います」

「まっ、まって、」

「南先輩がマドカたちに思いの丈をぶつける歌を歌う、をコンセプトにするんです」

「ハルちゃん関係なくなってる!」


 まあまあ、とルルコ先輩をなだめてからマドカは言ったよ。


「一年生の私たちは呪いをかける魔法使いに……それか、呪いをかける魔法使いと救う呪いをかける魔法使いに」

「しかも筋への修正まで!」

「魔女達の命を賭けた攻防、そのさや当てに選ばれてしまう女の子……魔女の思惑もよそに波乱を迎え、乗り越えて幸せを掴み!」

「あ、ああっ」

「最後は……何がいいかな」


 マドカの思いつきが止まってしまった。

 盛り上げるだけ盛り上げて、なのに最後が出てこないなんて。そんなのない。

 私だったら、答えは一つだ。

 みんながこけそうになる中、思わず言っていた。


「キスで呪いが解けるんです! 好きで、呪われてるなら。やっぱりキスだと思います! 本音を明かす、言葉はいらない。ただ好きだという気持ちのこもったキスさえあれば乗り越えられます!」


 立ち上がってばしっと言う私です。


「き、キス!?」


 そんな、そんなのって……と、よくわからないテンションでがくっと崩れ落ちるルルコ先輩です。

 そして、


「それだ」


 ぱちんと指を鳴らすラビ先輩なんです。


「ば、ばかな。ルルコの完璧な計画が……ああでも元のより盛り上がりそう!」

「まあ徹夜で練り上げた完璧なんてたかがしれてるってことね。寮に帰って寝たら?」

「やだ! 今の筋で速攻で直すから! シオリ、今のやりとりは文章に起こしてある!?」


 いつものことなんでもちろん、と涼しい顔で答えるシオリ先輩からノートパソコンを受け取り、うおおお! と声を上げてタイピングを始めるルルコ先輩。燃えてる……!


「ぴんときた! 双子の魔女! 呪いは歌! ハルちゃんとマドカちゃんには歌いまくってもらうよ! みんなもね!」


 暴走状態に入ったルルコ先輩にはいはいと笑って、メイ先輩が立ち上がる。


「生徒会と実行委員には交渉しとく。せっかくのパーティータイムだし、みんなで馬鹿騒ぎしよう!」

「……め、メイ。キスシーンは?」

「ルルコのしたいようにすれば? 舞台だし、私はルルコ相手ならいやじゃない」

「メイ……!」


 あ。いま撃ち抜かれたよ。ルルコ先輩、メイ先輩の笑顔と言葉に撃ち抜かれたよ。きゅんきゅんきた顔してるもん。

 メイ先輩、意識してみるとすっごくかっこいい瞬間がある。

 半年ちょっとの付き合いである私でさえそう思うんだから、ルルコ先輩はもっとたくさん知っているはず。冗談抜きでメイ先輩のこと好きすぎるかも。

 立ち去るメイ先輩を恋する乙女のように熱っぽい視線で見送るルルコ先輩。

 にこにこ笑顔のマドカが立ち上がる。ラビ先輩がすかさず声を掛けた。


「山吹さん」

「あの、ハルにそうするように気軽に呼んでいただければ」

「じゃあ、マドカちゃん。ハルちゃんと二人で、部活に過去依頼した人たちの元を回って協力を取り付けてもらえる?」

「わかりました。舞台と音響で力を借りれそうな人を探してみます」

「助かる。シオリ、僕らも行くよ。カナタや音楽系の部員たちに曲作りを助けてもらおう」


 シオリ先輩は返事もせずにすっと立ち上がり、歩き出すラビ先輩についていく。

 あうんの呼吸感、ある。


「ハル、私たちもいこ」

「う、うん」


 二人で歩き出す。ルルコ先輩は我に返って爆速タイピングモードに突入してる。

 なんていうか……なんていえばいいんだろう。こういう感じ。


「楽しいね」


 マドカに言われて思わずまばたきした。


「たった六人なのに、なんでもできそうな気持ちになる。ハルは素敵な部活にいるんだね」

「……うん」


 なんだか誇らしい気持ちになった。マドカが認めてくれるだけで、こんなに嬉しいなら。

 文化祭のステージが受けたら、大勢の人たちから拍手をもらえたなら。

 ……きっともっと幸せな気持ちになれるに違いない。

 そう思うからこそ今はまだ、見ていることが多い自分が歯がゆい。


「マドカはすごいね。一年生なのにちゃんと先輩たちに理想を言えるんだね」

「あの先輩たちは話を聞いてくれるから、一年生とか関係ないよ。それに、ハルもすごい」

「え……」


 本当に自然にさらっと言われたから、思わず足を止めちゃった。

 さっきの打ち合わせじゃ私いいとこ一つもなかったと思うから。

 だけどね。


「ハルは私が言いたいって気持ちを察して振ってくれた。私が詰まって、みんなが肩すかしになる中、ぶれずにゴールを探してた。キスで幸せになるなんて、ベタだけど……私は好き」


 唇をふに、と押されて悪戯っぽく笑われて私はすごく落ち着かない気持ちになった。


「いこ」


 私の手を取って歩き出す。

 山吹マドカ。

 私の知らない世界できっと呼吸している女の子。

 部活仲間が増えてよかった。友達になってもらってよかった。

 だけどこのどきどきは、それだけじゃないみたいで。

 それが私の気持ちに小石を投げて、波立たせる。

 安倍くんと出会った時のことを、なぜだか急に思い出した。

 頼もしい、良い子。だけどそれだけじゃない何かを心に飼っているような、そんな気がしてしょうがなかったのだ。




 つづく。

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