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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十章 願う心覗いて、文化祭

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第二百三十四話

 



 書類を読み終えたカナタが不意に身体を起こす。

 なんだろう、と思った私を見つめて、彼氏さまは仰いました。


「夜の運動をしよう」


 カナタは正気かな?

 一瞬疑ったよね。

 いつもはもっとこう……具体的なディテールは省きますよ。省きますけれども。

 今日よりはいつだって自然です。それが、なぜ。急にどうしたの。


「い、いやあ。いくらなんでも直接的すぎてさすがに私ものれないというか。やるやらないでいったらやりたい方だと思いますし、それについて母からは何度も指摘をくらってますけども。でもいくらなんでもそこまで直接的すぎるとさすがに躊躇しちゃうかな」

「何を言っている。軽い運動じゃないか」

「軽いの!? 軽かったの!? 知らなかったよ……カナタがそこまで凄い何かを求めていただなんて!」

「日課のようなものじゃないか」

「日課のようなものだったの!? 待って!? そんなにしてたっけ? なんていうか敢えて語りはしてこなかったけれども、でもでもたまにはしてるんだぜ的な匂わせ方でごまかすような。日記に書くならそういうノリだったはずだけど!」

「お前は一体何を言っているんだ?」

「え……ちょっと。私の口からは、はずかしくて言えないよう」


 でれでれしてたらチョップを食らいました。あうち!


「赤面するな。早くやるぞ」

「え、え。急展開過ぎて心と体の準備が……! しかしやるならやぶさかでもなく……!」

「運動着に着替えろ」

「どんなプレイ……!?」

「何を言っているんだ。軽くランニングしにいくんだ、着替えるのは当然だろう」


 ……わっつ?


「……運動って、ランニング?」

「そう言わなかったか?」

「言ってないよ……!」


 私はなんという勘違いを……! カナタ、まぎらわしすぎるよ……! 夜の運動だなんて!


「なんだと思ったんだ?」


 とても言えません……!


「まあいい。ユニットバスで着替えてくる。準備ができたら声を掛けてくれ」

「……はい」

「どうした。走る前から既に燃え尽きた顔して」

「……なんでもないです」


 なんて罪作りな……!

 コナちゃん先輩のハリセンがあったのなら。

 どうか「妄想おつ!」と私の頭を叩いてくだしい……。

 私に持たせたらカナタを叩いていたに違いない。夜のとかつけるから勘違いするじゃないって叩いたに違いないよ……!


 ◆


 夜の校庭を二人で走る。

 まあ確かにカナタのトレーニングの一環で、こういうことをしてるよ。日課のようなものだと言えなくもない。

 でもさ。夜の運動って!

 本当に紛らわしいんだから。もう。もう!


「うあああああああ!」

「やる気だな、かなりペースが早いぞ」


 はっはっは、と朗らかに笑う彼氏にはわかるまい……!

 ひとしきり走って汗を流したら、なんだかすっきりしちゃった。運動の力は凄い。

 こういう発散になるとはつゆほどにも思っていませんでしたけどね!


「ふう。ふうう」

「恨めしそうに見て、なんだ」

「べつにい」


 いいですよ、いいですよ。

 最近は我ながらちょっと前のめり過ぎると反省していましたし。

 さっきももろに前のめりなところが出ちゃいましたし。

 ……ほんと、少し反省した方がいいかもしれない。

 だけどカナタもカナタだよ。思春期男子の欲的なものを感じない。そんなに魅力ないですか。ないですね。ほんとにすみません……。


「何を勝手に落ち込んでいるんだ」

「なんでもないです……」

「それよりも、幾つか試したいことがある」


 なんだろう、改まって。


「なあ、ハル。現世で空を駆けることはできるか? 駆けるまでいかなくとも、例えば立ったりとか。できれば今やってみてほしいんだ」

「んー?」


 言われてみたら試したことはない。

 でも化け術使えたし、金の霊子を飛ばすこともできた。

 だからきっと空も歩けるに違いない。


「えっと」


 宙に足を伸ばす。隔離世でやるイメージそのまま、階段をのぼるように踏み込む。金の霊子が受け止めてくれるはずの足はすとんと落ちて地面に刺さった。


「うくっ……」


 ……地味に痛いです。


「駄目か。何か切っ掛けがあればできるのか、それとも……信じる力が足りないのか。まあいい、わかった。次のテストだ」

「カナタ? テストとは?」

「現世での力の有無を確かめたいんだ。ハル、俺がお前にできることでお前が一番して欲しいと望むことをイメージしてくれ」

「えっ」


 尻尾がすべて一気にぶわっと膨らんだ。

 ああ、くそ! 私は考えないように我慢したのに尻尾が相変わらず素直に反応してる……!

 膨らむ勢いそのまま興奮で顔が熱くなる。

 暗いからカナタには顔の変化には気づかれずに済んだけど、でも尻尾はごまかしようがない。

 何かを言いたそうな顔をして尻尾を見つめられる。あわてて手でおさえようとするけど、だめ。ぶわっと広がったまま落ち着く気配なしです。なんてこった!


「あ、あはは。やだなあ。最近元気で、ちょっと、やんなっちゃうね」


 愛想笑いを浮かべる私にカナタはため息を吐いた。


「ふう……まあいい。その願いが叶うイメージをしながら」


 願いが叶うイメージをするの!?


「もう一度空に立てるか試してみてほしい」


 ええええ!

 ぼ、煩悩まみれですけど。

 大丈夫かなあ。

 未だかつていないよね。煩悩まみれで空に立ちたいって思った人。

 いや、例えばそうだなあ。

 うわあすごい、空を駆けるっていう煩悩なんだね! って言えばそれで済んじゃう話のような気も――


「ハル、早く」

「む、むずかしいなあ。願いの内容が内容といいますか」

「どんな願いなんだ?」

「や、やってみるから! 私いますぐやってみるから、気にしなくていいから! ……コン!」


 咳払いをしてから、イメージする。

 ふわふわふわ、と浮かぶ自主規制なあれこれ。尻尾がどんどん膨らむ。

 彼氏の前で私はいったい何をイメージして、何をしようとしているのか。

 これこそまさにプレイなのでは? そんなことを考える私は煩悩にまみれすぎなのでは?


「ハル?」

「やります! やるから待って! あと今だけは私の顔を見ないでくだしい……!」

「なぜだ?」

「いいから! 見るなら足だけを――それはそれで微妙だった、えっと、えっと。半目で見てて!」

「……よくわからんが、早くしろ」


 あ、ちょっと苛々してきてる。半目になったから余計にひしひしと感じる……!

 もう! ちょっと待って! イメージがんばってるから!

 えっと。えっと。


「――……」


 自主規制を頭の中に必死に展開しながら足を踏み出す。

 足の裏に(だいぶ控えめに綺麗に表現すると)桜色のもやもやが出てきて、踏めた。受け止めてもらいました。


「なんでピンク色なんだ?」


 すぐに消えたよね。カナタのツッコミでもやもやすぐに消えたよね。


「ぴ、ぴぴぴ、ピンクちゃうもん!」

「いや、ピンクだったぞ。紛れもなくピンクだった。強いて和風に言うなら桃色だった」

「ちちちち、ちがうもん! 桜色で綺麗だったもん!」

「……ハル」

「すみません。桃色でした。ごまかそうとしました、ごめんなさい」

「まあ、お前の願いがどういうものかはだいたいわかったよ」


 だいたいわかっちゃったの!?


「そして大事なことがわかった」

「そ、それはいったい?」


 私が煩悩塗れだという事実ですか?


「たとえば……俺には同じ事ができない」

「煩悩で空に立つことがですか?」

「何を考えているんだ。違う。そうじゃない。現世で空に立つことができないと言っている」

「なんで? カナタも空を歩けるじゃない」

「現世でと言っただろう。俺が出来るのは、そこが隔離世だからだ」

「なんで? 現世と隔離世のどっちがどうって、そんなに関係あるの?」

「さあな」


 カナタは肩を竦めた。


「現世だろうと関係あるかと心が感じているからなのか、それとも……とにかく俺たち多くの侍とお前の違いはそこにあるのかもしれない」

「よくわからないんですが」

「実は俺もだ」

「えええ」


 茶目っ気たっぷりに笑われると困る。あと予想外に似合っていてずるい!


「まあいい。帰るぞ。今日は汗を流してゆっくり休もう」

「……はい」


 そうですよね。お風呂入って普通に寝るコースですよね。わかってました。


「露骨にしょんぼりするな。尻尾が縮こまって……わかっている」

「ご褒美ですか!?」

「頭を撫でてやる」

「わお! 私こども扱い!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら二人で歩く。

 ごまかされた気がしないでもないけど。きっとカナタなら……!


「今日は尻尾を集中的に梳かそう。最近は少しさぼっていたからな」


 いやちがうよ! カナタらしいけれども!

 そこじゃないよ! 緋迎カナタそこじゃないよ!

 私から切り出せないスタートだから見事に切ってみせてよ……!

 あんまりくだらないからタマちゃんも十兵衞も見事に黙り決め込んでるし、もうううう!


「こんなはずではーーー!」

「夜なんだから静かにしなさい」

「すみません」


 しょんぼりです。

 こういう時、みんなはどうしているのかな? 今度タイミングがあったら聞いてみよう。




 つづく。

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