表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十章 願う心覗いて、文化祭

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

233/2928

第二百三十三話

 



 あれからテレビを見ることも出来ずに、月曜日。

 朝のホームルームで教室の壇上に立つ岡島くんと茨ちゃんが言いました。


「文化祭実行委員になりました」

「……岡島がやれというので」


 うわああ。茨ちゃんの顔に書いてあるよ。弱みを握られて仕方なく感満載だよ。

 はらはらしている私に気づいた茨ちゃんが咳払いをしてから、教卓にばばんと身を乗り出した。


「でもやるからには楽しいことしかやる気ねえから! そんなわけで、ライオン先生にもらった朝の時間に言うわ。お前ら何やりたいか、放課後までに考えとけよ!」


 口調が男子時代のままだよ。でも勝ち気な口調がボーイッシュな声にとてもよく似合ってる。みんなも慣れたもので「うーい」とやる気のない返事をしていた。


「ちなみに青澄さんが歌うの、アウト。生徒会から士道誠心お助け部への依頼で既に決定済み」

「「「「 はあああああ!? 」」」」


 え。え。なんで一斉にみんな抗議の声をあげるのかな!


「ちくしょー! ハルに歌わせればそれで来客数トップは余裕だと思っていたのに!」


 おい。カゲくん!


「うちのクラスの目玉になるかと思っていたのだが……これはまずい」


 シロくんも。眼鏡そんなにあげさげしたらお鼻が焦げちゃうよ!

 実行委員の二人が下がってライオン先生が咳払いをする。途端にみんな静かになるあたり、半年でよくもまあ訓練されたものだね! ちなみに私も口を一文字に結びました。


「さて。文化祭前に月末の討伐を忘れないように。それから、月一で警察の方が指導しに来てくださることになった。鍛錬を欠かさぬようにな。以上だ」


 シロくんの号令で挨拶をしてライオン先生を見送る。

 わいわいがやがやと騒ぎ出すみんなに混じろうかと思っていたら、スマホが鳴った。

 いそいそと取り出して画面を見て、顔が強ばった。


「――ってことでハルはやっぱりうちの主力だよ。なあ、ハル! ……ハル?」


 カゲくんに肩を揺さぶられて、あわててスマホを隠そうとしたら手が滑った。ふわっと飛んであわてて飛びつくようにキャッチをする。けど飛びついたせいでそのまま床に落ちたよね。


「おうっ!」


 痛い……ううう。


「どうした。大丈夫か?」

「あはは……ごめんごめん。だいじょぶ。それで、なに?」


 慌てて身体を起こして愛想笑いでごまかす。

 カゲくんも、カゲくんと話していたみんなも流してくれたけど。

 それから一時限目の開始まで聞こえてきた内容も、なんなら放課後になるまでの間のすべての時間もずっと上の空だった。

 部活に三々五々散っていくみんなを見送って、ひとりぼっちになってため息を吐く。

 スマホを見た。


『中学のみんなでまた会いたいね。文化祭そろそろって聞いたけど、会いに行ってもいい?』


 中学の頃のクラスメイトから届いたメッセージは、何度見たってなかったことにはならない。

 心も体もぎしぎし痛む。それでも勇気を振り絞ってアプリを起動した。たくさんのメッセージがクラスメイトを経由して届けられている。


『青澄マジでニュース出てる。すげえ可愛くなってんじゃん、高校デビューぱねえ』『狐? なんかへんてこなとこすっごいらしいよ。また会いたい』『みんなで笑いながら話したんだ、お前はいつでもネタを提供してくれんのな』


 ……無理だ。

 トモやノンちゃんから言われるなら受け止めきれるけど、変な解釈しないで済むけど。

 あの頃の私、真っ黒すぎるから。その私しか知らないみんなと会うのが、怖すぎる……!


「ううう……」


 つい唸ってしまう。

 そうか。そうだよね。ニュースに出たんだもんね。ワイドショーでもネタにされてるっぽいね。そうなると、反応しちゃう人たちがいるよね。

 そっとしておいてくれてもよかったのに。


『たわけ。全部金色にするんじゃろ? なら、自分の漆黒も塗りかえてみせんか!』


 そ、それはそうだけど……でもさすがに今度ばかりはびびるよ!


『振り切れろ! 尻込みしてもどう足掻いても過去は消せん!』


 ですよねえ。わかってるよ。


『ならばよい。妾を神に押し上げてくれたお主が尻込みしたら……悲しいじゃろ?』


 ……そうだね。確かにそうかも。

 弱っちい私じゃ十兵衞には釣り合わないし。がんばる!


『ふ……』


 満足げに笑ってくれた十兵衞の気持ちが伝わってくる。

 がんばれって。そう願ってくれている。タマちゃんが美しさや幻想そのものへの理想なら、十兵衞は現実への理想そのもの。どちらにも背中を向けたくない。前を向いて踏み出したい。そうしないと、メイ先輩やコナちゃん先輩に置いてきぼりにされちゃう。

 いやだ。私が手を引っ張って前に出たい。


「がんばる」


 むん、と意気込む私ですよ!


『ならばほれ。そろそろ、えすえぬえす? とやらを見てみんか』


 おう……そいつがありましたね。

 もう見るのが怖くて通知は切ったしアイコンに数字が表示されないように設定したんだけど。

 恐る恐る見た。

 過去の私的には全然痛くないはずのツイートに対して、痛すぎだと笑う中傷リプが結構ある。

 片っ端からブロックするのめんどいし、まず目にしたくない……。

 何気なく呟いた日常の一幕、写真とかに可愛いとか楽しそうみたいなリプきてる。

 世間じゃそういう簡潔すぎるのクソリプっていうの?

 でも何気ない前向きな感想だけでも十分力になるね。そういうのついついファボしちゃう。

 ああでも部室いかなきゃ。ああでも読み始めるとつい夢中に……せめて移動くらいはしよう。そうしよう。


『実名でこれだけ話題になるなんてすごいです! もっと日常の写真とかみたいなあ』


 なにこれかわいい。了解、もっとたくさん呟いてみます、と。


『リアルJK垢きたこれ。今日はどんなことがありましたか?』


 最初の振りから普通すぎる質問。どんな人やねん。むしろ私より面白い人なのでは? ……よし、リプ飛ばした。

 あとは……


『今日どんなパン――』


 これはブロック確定。あとなにか面白いのは――……


「ハルちゃん。ハルちゃん?」


 肩を揺さぶられてハッと気づいたら部室についていた。ラビ先輩が肩を揺さぶってくれていたのだ。私の手元を見てすぐに事情を察してくれたみたい。中に招き入れてくれて、シオリ先輩を呼ぶの。


「んーなに? ツイ垢対策? 著名人に対して事務所が言う注意事項みたいなこと伝えればいいの?」


 ノートパソコンをかちゃかちゃいじりながら顔をあげないシオリ先輩。これがシオリ先輩の平常運転です。


「そこまでいかなくても。何か気をつけるべき事があったらぜひ」

「実名でリアルの写真うpとかマジ信じられない。匿名性こそネットの良さだったのに……今時はもう、違うよね。呟き処にも実名アカウント増えてきたからマジ怖い」


 ぐ、愚痴ですよね。今の。だけど誰もついていけない。シオリ先輩の知識は私たちと離れたところにまで及んでる。そしてその知識は往々にして私たちを助けてくれる。


「まあそれはさておいて。実名で写真も受けてんなら、せめて加工したら? ルルコ先輩、美人なのに……いや、美人ゆえに超絶得意だよ」

「え、それだけです?」

「あとは~……実家の住所特定されるようなこと呟かない」

「まあ、それくらいは」


 お母さんから注意されているのでわかってる。迷惑かけちゃうから呟かないよ。


「それから体調の善し悪しを呟かない。構ってアピール云々もあるけど、それ以外にネットには変態マジ多いから。アイドルのファンの中には生理周期特定する奴とかいるからね」

「うわあ……」


 それは、なんというか。興味をこじらせすぎなのでは。

 控えめに言うけど。だいぶ控えめに言うけど。


「あと交際については漏らさない方が賢明。リア充アピールは敵を作る。作った敵の情熱が行きすぎて変なことになるのがネット社会の闇の一部だとボクは思う」

「おう……りょ、了解です」


 恋人云々は特別呟いてなかったはず……だよね?

 あ、あとで確認しておこう。


「ハルちゃんの責任の範囲内でどうにかできる呟きがいいよ」

「ぐ、具体的には?」

「今日のご飯やおやつとか、可愛い私! みたいなスイーツたっぷりの呟きしてればいいんじゃないの? カナタの了承とハルちゃんの願う路線次第では恋人といて幸せアピールも使える手だとは思うかな。たとえばほら、リア充感たっぷりにやればね」

「そ、それは……」


 私ともっとも縁遠い気がします。

 いや、自撮りだけなら可愛いかどうかはさておいて、タマちゃんの力を借りつつ、ルルコ先輩に加工を教えてもらえればできそうな気はするけどね。


「とりあえず政治宗教や時事問題、ネガティブな呟きしてなきゃそうそう噛み付かれたりしないよ。せいぜい運が悪ければ巨大匿名掲示板で叩かれる程度だけど、そんなの探しに行かなきゃ見ずに済むし。フォロワー減ったらあれだけど」


 意図して増やしたりしてなきゃ、そもそも他人の勝手なんだからどうでもいいだろ。

 さらりと言うシオリ先輩はどこまでもクールだ。


「それでも呟く頻度が高いか、あるいはアクティブなフォロワーの中に暇人でだめな奴がいたりしたら、絶対安全とはいかないんだ」


 割と絶望的な状況すぎませんか……!


「要約すると、どんなに用心しても活動してる限り噛み付かれる時は噛み付かれるから、誰にも迷惑かけず、後悔のないようにね」

「わかりました……」


 教えてもらうことでこんなにしょんぼりする心構えに絶望。


「何気ない悪意も多いけど」

「えっ」

「何気ない善意も多いから。楽しんでね」

「は、はい!」


 最後は優しいフォローだった。少し救われた気持ちになりましたよ。


「ちなみにボクもハルちゃんのアカウントはフォローしてる」

「ありがとうございます……って、いつの間に!?」

「ふふ……」


 暗黒微笑だ……! 私の大好きなやつだ!

 目がキラキラするくらい潤む私の肩を、誰かがそっと掴んだ。

 ふり返ると、ずっと待ってた、みたいな顔をしてルルコ先輩がそばにいたの。


「それじゃあこれからルルコの自撮り講座しよっか。ついでに部活のみんなで写真撮って、ハルちゃんのアカウントにのせちゃおう」

「いくらお世話になってるルルコせんぱいの提案でもボクは断固拒否します。ネットに自分の写真あげるとか狂気の沙汰」

「えーなんでーよくわかんなーい」

「さすがアキバの萌え女王コスプレイヤーは言うことが違う……」


 え、ええと。どういうことだろう?


「ルルコ先輩のアカウント。ほら、これ」


 シオリ先輩がノートパソコンの画面をこちらに向けてくれた。

 見ると、呟き処のサイトだ。ルルコ先輩のアカウントページです。

 なになに?


「すごいっ! コス写真の呟きばっかだ。しかもどの写真の出来もめっちゃ気合い入ってる」

「のんのん、違うよハルちゃん。そういう言い方じゃルルコ響かない。聞きたいのはただ一言だよ、ほら、ハルちゃんもきっとカナタくんに言われたら嬉しい、あの一言だよ!」


 ああ! 肩に! 肩に圧力が!


「か、かわいいです! 強いて言う必要もないから言わないだけで!」

「だめだよハルちゃん!」

「はひ!?」


 肩をぐるんと回されて、ルルコ先輩に身体の正面を強引に向かされた。

 真剣そのものといった顔で、ルルコ先輩は断言するの。


「かわいいは言葉に出してこそだよ! 言われたら嬉しい! 結局嬉しい! ルルコは嬉しい! さあ、言って!」

「か、かわいい?」

「えへええ……」


 はあ、とため息が聞こえた。シオリ先輩のそばに置いた椅子に座って、メイ先輩が呆れた顔で見守っていたのだ。


「承認欲求の化け物め」

「だって認めてくれたら嬉しいし。努力への感想も前向きなものなら常時大募集。それが人ってものじゃない? 反響なきゃ、けっきょく自分の立ち位置なんて見えないんだよ?」

「ルルコは素直だよね。しかも努力家だから、その技はきっとハルちゃんがアカウントに写真のっけたいなら力になるよ」


 ちなみに私も写真は勘弁。そう言ってメイ先輩はシオリ先輩とそそくさと出て行ってしまった。しょんぼりなう。

 気づけばラビ先輩は何かの気配を察してなのか元からいない。今日は剣道部の活動があるのかな、それとも別で用事でもあるのか、マドカもいない。

 いるのはユリア先輩だけ。ラビ先輩にくっついてきたのかな。端っこでもぐもぐおにぎりを摘まんでいるユリア先輩はマイペース過ぎる。

 逃げないと捕まっちゃいますよ、と視線を送ったら首を傾げられた。

 おにぎりを持って小首を傾げるだけで絵になるユリア先輩はずるいと思う。


「今日は暇つぶしにユリアちゃんが来てくれたから、シオリが逃げたけど一年から三年までちょうど一人ずつそろったね! くうううっ! これは腕の振るいがいがあるぞう!」


 ルルコ先輩がやる気だ!

 結局『ルルコの自撮り講座』が一区切りついて無事呟き終えた頃に、マドカも含めたみんなが集まったよ。私の呟きを見て戻ってきたのかな。

 呟きの反響をチェックするべくスマホにかじりついてるルルコ先輩は誰よりも真剣。いい感想がきた瞬間には小躍りしていた。すっかり夢中だ。メイ先輩たちが逃げたことも文句を言わないくらいにね。

 あんなに夢中になれるなら、私ももうちょっと日頃から写真がんばってみようかな。

 確かにがんばったことを誰かにいいねって言ってもらえたら嬉しい。それは真理だと思うから。

 一人頷いていたら、ラビ先輩が咳払いをした。慌てて視線を向ける。


「さて、生徒会から依頼があった。文化祭で我が部はハルちゃんの歌うステージを担当することになる」

「ラビ、それなんだけど……真中メイより、これから会議を始める前に一言いいかな」


 メイ先輩をみんなで見つめる。


「本当なら引退する時期だけど。引退したらまたハルちゃんが何かをしでかしそうなので、もうちょっとお邪魔するね」


 笑ってくれたメイ先輩の言葉にじんときてる私です。そうだよ。マドカが入ってくれたばかりなのに、いなくなっちゃうなんてそんなのない。もうちょっとだけでもいいから、出来るだけ一緒にいて欲しい。


「例年では、お助け部はいろんな部活のお手伝いをするのが通例なの。もしお助け部として出し物をやるとしても、その規模は小さなものが多かった。むしろ当日は運営のお手伝いをすることの方が多いくらい」


 マドカと私はふんふんと頷く。ルルコ先輩はスマホを、シオリ先輩はノーパソを、ユリア先輩はおにぎりを相手に真剣な表情です。大丈夫か、お助け部プラスアルファ!


「だけど……どうせやるなら、もっと騒ぎたいわけ」

「メイに賛成ーッ!」


 すかさずルルコ先輩が挙手した。


「最後の文化祭だし、選挙で三人が暴れてたの見て羨ましかった。ルルコも何かやりたいよ、暴れ回りたいよ!」

「私もまだまだ暴れたりない。四人はどう?」


 メイ先輩の言葉にマドカと顔を見合わせる。

 その間にラビ先輩が笑って言うの。


「もちろん、僕も。今のお助け部で何かを成し遂げたい」

「……まあ。それでいったら、ボクも。具体的な案はないけど、一般人も多い中で気にせず全力でアニソン歌うメイ先輩は楽しそうだった。ああいう突き抜け感、うらやましかったかな」


 シオリ先輩が視線を私たちに向けてきた。一年生はどうかと尋ねるように。


「はいはい! マドカは部活に参加して間もないので、なんでもお手伝いします! お助けしたいです!」


 たとえば、とマドカの口がマシンガンのように動く前に私も挙手した。


「歌ももちろん頑張りたいですけど、ほかにもこのメンバーじゃなきゃできないことをたくさんやりたいです!」

「よろしい! 総意は決まった。じゃあ何をやるかについて、話し合ってみましょうか。軸になるのはハルちゃんの歌なんだけど――」


 リーダーシップを敢えて発揮してくれるメイ先輩を見ていたら、しみじみ実感してしまう。

 ああ、私はずっとこういう時間を過ごしたかったんだ。そのために選挙で頑張ったんだ、って。

 コナちゃん先輩だけじゃない。メイ先輩もそう感じさせてくれた。

 みんなをぐいぐい引っ張って案を出して、みんなの意見を吸い上げていく。

 まぶしいまぶしい私たちの太陽。雲がかかっても尚まばゆく輝く。そんなメイ先輩のために、そしてお世話になってるルルコ先輩のために何かできることはないかな。卒業する三年生の記憶に残ることがしたいなあ。

 話し合いをしながら、私はそんなことを考えたのでした。


 ◆


 お部屋に帰ったら、カナタが難しい顔をして書類を眺めていたの。


「ただいまー」

「……ああ」


 ……む。むむ。


「ただいま?」

「……うん」


 むむむっ!


「カナタ?」

「……ああ」


 間違いなくカナタはいま上の空だ! 集中してるから話はできないけど一応の返事はしますモードだ。でもその返事には意味がないことが多い。人、それを生返事と言う!

 こういうときに構ったりすると怒られることを、トウヤへの弄りで体感している私です。

 でも放置されているのはいや。わがままだよなあ。わがままだよねえ。

 制服を脱ぎだしても反応ないだろうし、そのアピールは今日は使えそうにない。ううん。

 大人しくユニットバスに移動して部屋着に着替えて、ついでに手洗いうがいも済ませて部屋に戻る。制服をハンガーに掛けてもやっぱりカナタは書類に夢中。

 テレビをつけるのも邪魔になりそうでなんだかなあ、だし。それでも程ほどには自己主張したい私の心。

 隣に座ってスマホを見る。身体を預けてもカナタは声を掛けてくれない。ただ、代わりに頭を預けてきた。やった、と喜んで顔を見ると、優しい顔で私を見つめていた。

 これはキスフラグなのでは、と思ったけど、カナタはすぐに書類に視線を戻した。

 今日は強敵だ。妙に手強い。よっぽど大事な書類なのかも。


「なに見てるの?」

「……兄さんをはじめとする、ハルが歌った時に代々木体育館にいたプロたちからのハルの強化案だ」

「まさか私の書類だったとは」

「ん?」

「な、なんでもないです……じゃあ、ご飯食べに行くまで忙しい?」

「……ああ。どうかしたか?」


 気遣う声と一緒に私を見てくれたけど、頭を振る。


「んーん……なんでもないです」

「そうか……」


 また書類に意識を戻しちゃった。でもいいや。私のために頑張ってくれてるの、嬉しいからいい。それにプロから意見書もらって真剣に考えるカナタはかっこいいし、やっぱりすごい。自慢の彼氏さま! 邪魔なんてしたくないよ。

 そっと呟き処を眺める。フォロワーがごっそり減ってる。けど片手で足りるくらい少なかった元の数から比べると桁違いに多い。

 リプは前より増えてる。シオリ先輩の言うとおり、茶化したりしんどいリプを送ってくる人もいた。でも……。


『はじめまして。私は小学生です。でも重たい病気で、学校まともにいけなくて。そんなだから友達もできません。作り方もわかんなくて、病院ではひとりぼっちです。そんな私でも、刀を抜いたらお姉ちゃんみたいになれますか?』


 ダイレクトメッセージが届いていた。

 初めてだ。こんなメッセージもらったの。

 当たり前だ。どこまでいってもまだ、今の私は少しメディアで露出されて黒歴史がネットに拡散中の女子高生でしかない。泣いていいですか。


「ううん」


 もう一度読み直す。それから、その子のアカウントも見る。毎日が苦しいって呟きがたくさんある。それと同じくらい、景色や病院の変化を楽しむ呟きも。


「なら、これって……」


 切実なメッセージだ。

 今のまだまだ足りないばかりの私にこんなに本心を晒して書いたメッセージを送ってくるくらい、つらいんだ。


「そっか……」


 送ってくれた気持ちを受け止めて、めいっぱいの思いをこめてなんとか答えたい。

 中学の友達からメッセージが来てなかったら、あの頃の毎日の黒さを思い出せなかった。ルルコ先輩の本気に触れたり、メイ先輩やコナちゃん先輩の背中を見ていなかったら弱腰になって返せなかったに違いない。

 でも今なら向き合える。私の好きな誰かに手を伸ばせる。引っ張ろうとも思う。ただどうしたらいいのかがわからない。

 大丈夫だよ、と。言いたい。たとえ無責任でも。これがもし、偽物のメッセージだったとしても。アカウントのなにからなにまでなりきりとかで嘘だったとしても。

 心に響いたから、言いたくて言いたくてしょうがない。

 どんな気持ちを返したらいいんだろう。


「ハル」

「えっ?」

「……それ、どうするんだ?」


 カナタが私の手元を見ていた。見ないでよ、と怒る関係じゃない。だから素直に尋ねるの。


「どうしたらいいかな……」

「本物かどうかもわからないんだ。流してもいいんじゃないか?」

「……でも、本物だったら無視したくない」

「ならせめて、ダイレクトに返すんじゃなくて普通に呟け。お前の考えを、記者たちに語ったように素直に」

「……炎上したりしないかな」

「した時はその時だ。不安なら、一緒に考えるよ」

「ん、ありがとう……でも、がんばってみる」

「ああ」


 書類に視線を戻すけど、頷くカナタは嬉しそうだった。

 カナタの反応を見るだけで、私の頭はすっきりしちゃうのだ。

 お前の味方でいる、という。カナタとの契約は私にとって、絶対的な安心感をくれる。

 翻せば、私がカナタに持ちかけた契約にも同じ事が言えるのかもしれない。私はカナタの味方。それがもしカナタの力になっているのなら、それはどういうこと?

 安心がきっと、私たちが現実に向き合い立ち向かう元気をくれる。そういうことだと思う。


「よし!」


 呟くことはすぐに決まったよ!


『今日、こんなメッセージをもらいました』

『いま自分はとても苦しい状況にあって、前向きにいられない。友達もいない。そんな自分でも、刀を抜いたら変われるだろうか』

『私の切っ掛けは刀のようで、実は違っています。既にネットのみなさんにはばれてるみたいなんですが、中学時代の私は痛い子のようでした。どうやら』

『でも毎日折れずに(今はもう消しちゃったけど)呟いて、日記書いて、ブログもやって。世界に発信しながら立ち向かっていました。つらいことや苦しい状況にね』

『その思いに刀が応えてくれました。私を支えてくれた子や、諦めずにいた私に振り向いてくれたみんなのおかげで、刀を折らずに今日まで頑張ってこれました』

『だからどうか。刀に求める前に、自分の気持ちに一途に素直にいてください。諦めないで、折れないで頑張ってください。私にメッセージをくれたあなたなら、できるはず。私は言うよ、だいじょうぶだよって。がんばってって』

『覚悟を決めて立ち向かえた時、きっと侍になる資質を手に出来るんだ。私はそう信じています。いつか刀に寄り添う力を手にしたあなたと会えるのを、楽しみにしています』


 痛いかな。真面目なメッセージとか。

 そんなの誰も求めてないとか、いろいろ言われちゃうかな。

 ――……いいや。送っちゃおう。

 私が送りたい相手は、いろいろ言ってくる誰かさんじゃない。

 救いを刀に求めるくらい、弱ってへこたれそうな誰かなんだ。

 端的に答える内容じゃないから、もしかしたら響かないかもしれない。

 それでも、これが私なりの精一杯の気持ちのお返し。

 どうか、顔も知らない誰かの元気になりますように。

 呟き終えて落ち着かない気持ちでいたら、カナタが肩を抱いて「だいじょうぶだよ」って囁いてくれた。一日の締めくくりがこんなにステキなら、昔なじみの急などっきり連絡だってどんとこいだ。

 楽しみだけじゃなく不安も増えたけど。余計、やる気になったのです!

 文化祭。

 どうせやる気になったんだし、考える。

 来年で卒業しちゃうメイ先輩とルルコ先輩の記憶に残る文化祭にするには、何をすればいいのかなあ?




 つづく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ