第二百三十二話
カナタと食堂で二人でご飯を食べていたの。
珍しく十兵衞が米のうまい飯を食べたいっていうから、今日はカツ丼にしました。でも本当はうな丼がよかったみたい。
これじゃないと訴えてきたけど、食べたら考えが変わったみたい。
食べ盛りの男たちへ。捧げるカツ丼のクオリティは凄く高いのですよ。どや!
まあ、さすがにうな丼とは値段に違いがあるけどさ。
カツ丼もおいしいよね。ただ空きっ腹には重すぎたよね。
それでもがつがつ食べる私をカナタは複雑そうな目で見守りながら、おそば啜ってた。
ほんと好きだよね、おそば。食堂のおそばは麺が柔らかいけど、いいのかな。固めにしてもらったりしているのかな。
そんなことを思っていた時でした。
「青澄くん」
「ふぁ……んん。あれ?」
口に入ったお米をあわてて咀嚼して飲み込んでからふり返ると、レオくんが立ってた。
申し訳なさそうな顔をしているよ。
「どうかしたの?」
「いや……実家が迷惑を掛けているようだから」
「なんで? いいよ、レオくんが気にすることじゃない。そもそも、今回の騒ぎって私の勝手で目立つことした結果だから。やっぱりレオくんが気にすることじゃないよ」
笑って答えると、レオくんが眩しそうな顔をする。なぜに。
「本当に君は……いや。別にいいと言うが、それでは僕の気が済まない。何かできることがあったら、ぜひ言って欲しい」
紳士。さすがはレオくん。
「んー、って言われてもなあ」
お願い事なんて特には思いつかないけど。
うんうん考えていたら、カナタが私の代わりに口を開いた。
「ならばハルのために一つ頼みがある」
「ちょっと」
「いいから……頼めるか?」
カナタが私の代わりにレオくんにお願いって、なんだろう。
「もちろん」
だけどレオくんは気にせず笑顔で待ちの構え。
いいのか。カナタのお願いでも別に。
そもそも私のためになる頼みってなにかな?
「住良木の理解の範囲内で信頼できるメディアをまとめて、会見の場を設けて欲しい。手を貸してくれるか? ハルときちんと話せる記者がいいんだが」
「待って、どういうこと?」
カナタの言葉に口を挟んだの。
「校門前の連中に下手にこのまま学校に居座られてもみんなの迷惑だ」
た、確かにそれはそうだね。
「それに向こうも良い気持ちで居着いたりしないだろう。一度しっかり、お前から話す機会があれば落ち着くんじゃないか?」
「燃料を投下するだけなのでは?」
そりゃあ思わず突っ込みましたよ。
私がのこのこ出て行っても誰も喜ばないと思うんです。
それこそ「こいつじゃあかん」って空気になるだけだと思うんですよね。
でもカナタには私と違う未来が見えているみたい。頭を振って言うの。
「だとしても、方向性を提示できれば無駄に騒がなきゃいけない状況を変えられる。それに」
「それに」
カナタの声にレオくんが言葉をかぶせた。
思わずカナタと二人で彼を見たら、得心のいった顔でレオくんが言うの。
「下手に時間を置くよりも、彼女らしさを伝えられるのではないか……ということですね?」
「ああ。頼めるか?」
「ええ。すぐに手配します」
「待て」
え。え。どんどん話が進んでくよ。慌てる私にカナタが言いました。
「ハル、テレビに出ていたジャーナリストの名刺をもらっていただろう? あれはまだ持ってるか? あるなら住良木に渡してやってくれ」
「え。え。待って」
お財布に入れるのほんとはよくないらしいけど、他に入れるところもないから入れてある。急いで出してレオくんに渡したら「3時を目安にセッティングの準備をします」と言い残して行っちゃった。
あっという間に過ぎていく展開にあっけに取られていたら、カナタが平常運転でおそばを啜るの。ちょっと。
「なにがなんだかよくわからないよ。ちゃんと解説が欲しいのですが」
「――……そうだな」
口の中のものをきちんと飲み込んでから、呟く。
自分で考えろ、と怒ったりしないところがカナタの優しいところだと思う。
首を傾げたカナタは私を見つめて微笑んだ。
「権力者の意図で大騒ぎ、というのはもう理解したな?」
「うん。警察とか政府とか、住良木グループとかの意向が働いているんだよね?」
「ああ。その意向に従いつつ、テレビも恐らく記者連中もお前がネタになるかどうか探るべく士道誠心に集まってる」
「うん……それは、なんとなく」
「お前がテレビ局の関係者やメディアの記者ならどう思う?」
「ええ? ……ううん?」
わかんないけど。
わかんないなりに考えろ、ということだよね。
んー。そうだなあ。
「隔離世について実在すると発表されたばかり。その実体についてみんなよくわかってない。どうやら目立つことした女子高生がいるらしい。会社になんか映像なり情報なりをとってこい、といわれて出てきた」
「ああ」
「別に重大事件とかじゃないから、待機するのはずっとじゃない。そんなのわかりきってるのにいなきゃいけないのしんどい。つらい。早く帰りたい」
「ふっ……そうだな」
つらい、のあたりからカナタが吹き出した。妙に楽しそう。なんでかな。そんなに変な言い方したかな。まあいいや。
「あの女子高生マジふざけんな、仕事ふやしやがって。九月ってそこそこ寒いんだぞ」
「横道に逸れてきたが、まあいい。続けて」
「誰か早くなんとかしてくれ」
「そんな人に言うわけだ。ちゃんと場を設けます。お求めの女子高生も出します、と」
「やった! これで帰れる!」
思わずガッツポーズを取る私にカナタがどや顔してる。
なるほど、納得。要するに校門前のみんなを喜ばせれば帰ってもらえるし、校門前が静かになって学校側も困らなくて最高ー! ってことか。
わかったといえばわかったんだけど。
「ねえ、勝手にそんなことして大丈夫なの?」
「そもそもこれは兄さんから勧められたことだ、大丈夫だとも」
「ケンカしてただけじゃなかったんだ……」
当たり前だ、とカナタが涼しい顔で言うの。
「並木さんと学院長には既に根回しが済んでいる。住良木が来なかったら、外に出て行って直接セッティングする予定だった」
「できる彼氏……」
「そうでもない。ハル、お前が夢を諦めない選択をしていなかったらできなかった」
「えへへ」
「照れるな。まだ早い」
どういうこと? と訝しむ私に、カナタは真剣な表情で尋ねてくる。
「これからどうしたい? いろんな質問をされるだろう。今後についても尋ねられるはずだ。いろんな言葉を向けられるだろう。そんな世界に対して、お前はどんな答えを出す」
「――……世界に対して、どんな答えを」
カナタの言い回しは時にすごく私の心を擽る。
きっと理解しているんだろうと思う。どこまでいっても私は何かをこじらせていて、夢を見ずにはいられないということを。カナタはわかっているから、そういう言い方をするんだろう。
答えか。答えなら出している。
あまりにも予想外の状況に戸惑って浮き足立ったけど、でも。
答えならとっくに出している。
私の見つめる先にいる、二人の背中が教えてくれる。
心に宿った二人の御霊が叫んでくれる。
「やる。どんな質問でもどんとこいです!」
「……そうくると思った。なら、お前のやりたいようにやってみろ。軸さえあれば乗り越えられるさ」
「うん! でも、いいの? てっきりいろんな準備が必要なのかと」
「いい。前にも言ったが、お前たち一年生に腹の探り合いは求めていない」
「おぅ……」
「並木さんが俺たちの代表で出る。それに学院長もいれば、ハルのフォローは十分だろう」
「……カナタはいてくれないの?」
それはそれで結構心細いのですが。
「あんまりずらずら出て行くわけにもいかない。世間にとって俺はまだ、ただの学生でしかないからな」
「……そんなことないのに」
「ハルがそう思ってくれているなら、それで十分だ」
爽やかに笑いながら言ってくれたけど。
私は本当に、カナタはすごいって思っているんだからね。
◆
ルルコ先輩にお化粧から制服からきちんと整えてもらった。
あんまり飾りすぎない、けど大人を相手に舐められないくらいの身支度。
私一人じゃ正直できそうにないので、ひたすら感謝。ルルコ先輩に声を掛けてくれたコナちゃん先輩にも大感謝。
レオくんがニナ先生と一緒に記者の人たちを誘導して、視聴覚室に集めていた。
どきどきしながら、おひげが自慢の学院長先生とコナちゃん先輩と三人で出て行く。カメラとかあるよ。いいのかな。大丈夫かな。
でも普通に二人がマイクで自己紹介するから私は慌てて、
「ど、どうもはじめまして。青澄春灯です」
お辞儀をしたら、マイクに思い切り頭突きかましちゃったよね。
おぅ……やっちまったのだぜ。
笑ってくれたらいいのに、みなさん渋い顔。
意外とノリ悪い。
だめだだめ。深呼吸をしてちゃんとしなきゃ。
思い切り深呼吸してみてすぐに気づいた。
よくみたら少し笑ってくれている人がちらほらいるよ。その中にはブルースさんもちゃっかりいた。さっきはテレビに出てたのに、会いに来てくれたんだ。忙しいのに笑顔。すごいなあ。
「学校については私が、学校生活については生徒会長から。そして、個人的なインタビュウが必要なら青澄くんからお話いたします。それではご質問をどうぞ」
学院長先生、にこやかに仰っている。今日も着物が妙に似合っていて、威風堂々って感じ。
何人かが手を挙げた。最前列の人を学院長先生が指名する。どこかのテレビ局の人だ。
「侍とは、なんですか?」
最初に聞かれた問いがそれ。
誰が答えるんだろう、と思ったら、私側にいる二人も前にいるみなさんも揃って私を見ていた。
え、ええっ、私?
コナちゃん先輩が目を細める。
す、すみません。喋りますから睨まないでください。
「人の心に住まう欲望が、化け物を生み出します。それを影ながら討伐するのが、侍です」
「では、隔離世とはなんですか?」
矢継ぎ早だ。えっと。えっと。どうしたらいいんだっけ。
何か参考になる知識はないかな。真っ先に思い浮かんだのが動物たちの住む理想郷の3Dアニメ映画なんだけど。あれで狐さんは言っていた。
「隔離世とはなにか? そうですね」
質問を繰り返してみせる。するとちょっと賢く見えるらしい。
本当かどうかは知らないけど、すくなくとも繰り返している間に考えられる。よし。
「それは……夢がたくさんあるけど、でも化け物もいる世界です」
夢がある場所だって、それだけ言いたかったけど。
喉につっかえる。頭に浮かぶ。
いつかの公園で語られた、あの悪意が言葉を変えさせる。
みんなが行ける場所じゃない。
それは厳然たる事実だ。今は、まだ。
将来何が起こるかわからないから断言できない。
だから理想だけは語れない。だけど理想もちゃんと語りたい。
「侍、あるいは侍を支える刀鍛冶になる資質を持つ人が行くことができます」
こんな言い方で大丈夫かな。不安になる私に質問が浴びせられる。
「つまりあなた方しか行くことができない、と。そんな世界であなた方はいったい何をするんですか?」
よくない空気だ。意味はすぐにはわからない。
けど、なんだかよくない空気だ。厳しい視線を感じてすぐ、攻撃の気配を感じたの。
「え、えと。えと」
尻尾が窄まる。頭が真っ白になる。
「こほん……失礼しました」
慌てる私の代わりにコナちゃん先輩が咳払いをした。
私を含めたみんなの視線を集めて、息を呑むほど綺麗な笑顔を浮かべた。
「改めまして生徒会長、並木コナです。私から説明申し上げます」
下手なモデルさんよりも、それは輝く笑顔だった。
「誰の心にもある悪意が化け物になって切り離される。それを放置すると、現実の人々によからぬ影響を与えます。我々はそれを未然に防ぐために隔離世へ赴きます」
よどみなく語られる言葉を、誰もメモしなかった。
みんな、コナちゃん先輩に見惚れていた。
海千山千だろう人たちだと思うのに。
そんな人の心を笑顔だけで掴んでしまったんだ。
輝く素質が確かにすぐそばにあった。その誇らしさと頼もしさに元気が戻ってくる。尻尾も一気にぶわっと膨らむ。
「オホン!」
ブルースさんが咳払いしてすぐ、みんなの手が動く。
そうやってみんなが動き出すことをわかっていて、そのタイミングを逃さずブルースさんが口を挟んだ。
「では代わりにいいですか?」
「どうぞ」
いつか商店街で見たアニメTシャツじゃない。今日はちゃんとしたスーツ姿だ。すごく決まっていた。けど、正装した彼は何を聞くんだろう。
私のドキドキに答えるように、コナちゃん先輩のように微笑んでから彼は言うのだ。
「刀鍛冶とはなんですか。生徒会長の並木コナさん、あなたもまた士道誠心高等部屈指の刀鍛冶であると伺っています。ぜひ、あなたの考えをお聞かせください」
理想的な空気に戻った。だからわかる。やっぱり間違いない。さっき、一瞬だけど確かに攻撃的な空気になった。コナちゃん先輩が割って入らなかったら、何が起きていたかわからない。
コナちゃん先輩はブルースさんの言葉に少し砕けたように笑ってみせた。
「あなたはなんだと思います?」
「まいったな。見当もつかない。この場にいる全員、そうだと思う」
笑うような声で語られるブルースさんの言葉に共感が広がっていく。そして強い視線が私たちに向く。
けど、そんなの掴んで引っ張り回すように、コナちゃん先輩は言うのだ。
「随分昔から、侍も刀鍛冶も名前を変え、姿を変えて存在していました。私たちは現世の刀鍛冶のように、隔離世で戦う侍の刀を研ぎ澄ましてきました」
マイクを通して響くコナちゃん先輩の声は耳に心地いいトーン。ずっと聞いていられる、優しい響きだ。
「別段、世間に隠されたりしてません。なのにこうして、みなさんはお聞きになる。それはなんだ、どういうものなんだ、と」
笑顔で吐き出される毒に一瞬だけ怯むみなさんへ、
「当然です。私もみなさんに教えて欲しいことが山ほどあります。たとえば緊張高まる東アジア情勢とか。そこまでいかなくても、芸能界ってどうなっているの? とか。ニュースってどうやって作られているの? とか」
コナちゃん先輩がすぐに弱い部分を晒して歩み寄る。
「今日はこのような場にお邪魔させていただけて、心から感謝しています」
先ほど見せた心をぐっと引き付けられるあの笑顔になって、会釈までした。
一瞬身構えたみなさんが引っ張り込まれてよろめいちゃう。そんな心の動きが見えた気がした。
「化け物も、侍の刀も人の心から生み出されます。化け物は悪意から。刀は人の願いから。私たち刀鍛冶は願いから生み出された刀を理解し、鍛えます。具体的には、心を強くするためになんでもします」
「たとえば?」
合いの手を入れるブルースさんに、コナちゃん先輩は悪戯を告白する子供みたいに笑うの。
「青澄さんは中学時代に、読み返すのもつらい日記を書いてました。みなさんにも覚えがあると思うのですが……プライベートな日記って、しかも痛いと自覚のある内容を人に見せられますか?」
いや、と頭を振ったり。或いは痛ましい顔で私を見たりする人たちに、コナちゃん先輩が言うの。
「見せられませんよね。にも関わらず、私は彼女にそれをみんなの前で朗読してもらいました」
うわきつ、という顔をする記者さんたち。
やめて! そんな顔をされるのが一番きついよ!
「結果として彼女は強さを手に入れましたが、彼女にどう思われたのかは微妙なところです」
「そのへん、どうですか? 青澄さん」
ブルースさんが楽しそうに聞いてくるし、コナちゃん先輩は私の答えを受け入れるように微笑んでいる。どんな答えでもどんとこい、と。嫌いだと言っても構わない、と。
コナちゃん先輩の笑顔を見て、私は言うよ。
「コナちゃんせんぱ……コン! 並木先輩のこと、大好きです。自分の過去と向き合い、乗り越えて得られた強さのおかげで、私は今こうしてここにいられると思うから」
「なるほど」
ブルースさんが引き取ってすぐ、コナちゃん先輩が笑う。
「このように、この子はお人好しなのでどうかお手柔らかにお願いします」
和やかな笑い声が広がる。
「ではもう一つ。並木さん、あなたにとって……隔離世に行くために必要な資質とは、なんですか」
「――……夢を愚直に、どこまでも信じ込めるかどうか」
「なるほど。それでは、青澄さん。あなたはどうですか?」
「え、えっと。隔離世に行くために必要な資質とは何か。私は……愛情だと思います」
「愛情……というと?」
あ、あかんこれ。ブルースさんがきょとんとした顔してる。
前にいる人たちだけじゃない。コナちゃん先輩たちも凝視してきてる。やばい。
『落ち着け。お主の思うとおりに喋ればよい』『深呼吸だ』
二人の念に頷いて、深呼吸した。少しだけ、すっきりした。
よし、言うぞ。まとまってなくても。私なりの答えを。どう足掻いてもそれしか言えそうにないし!
「うまく、いえないですが。自分の夢を愛する資質が侍には求められて。誰かの夢を愛する資質が刀鍛冶には求められると思っています」
「つまり夢への愛情こそが、資質だと?」
「……はい」
だ、大丈夫かな? 恐る恐るみなさんを見たら、最初にブルースさんが笑った。
「なら私も案外、行けそうな気がしてきました。とはいえ、化け物の相手は怖いので、その時はぜひ守って下さいね」
お母さんのよく見る映画のノリで言うなら、とってもチャーミングな笑い方だった。
フォローしてくれたんだ、と思ったし。地味にきゅんときちゃった。
うまいなあ。思わず前のめりに頷いたよ。
「は、はい! もちろんです!」
「ありがとうございます。それでは他の質問をいくつか、並木さんに。よろしいですか?」
はい、と笑顔で頷くコナちゃん先輩にブルースさんが質問をし始めた。それを終えたら他の記者さんがいろいろと聞いてくるけど、さっきみたいなぎこちない空気はもうどこにもない。
すごい。すごい!
コナちゃん先輩も、ブルースさんも。二人で空気を作ってくれたんだ。
そのおかげかな。もうずっと和やか。コナちゃん先輩が作ってくれた空気の中で、私は質問を受ける。
刀を手に入れた切っ掛けとか。侍として学生生活を送る気持ちはどんなものか、とか。将来は何になりたいのーとか。歌は何が好き? とか。たどたどしく答えるたびに、コナちゃん先輩がフォローするまでもなく記者さんから助け船を出してもらえたの。さっきのブルースさんみたいに。
やがて学校への質問になって、学院長先生がしっかりとした説明をし始めた時にはもう安心感しかなかった。
だいたい質問が出きったタイミングでお開きになった。
みなさんを送りだすニナ先生たちを見送って、手を振ってくれたブルースさんに手を振り返す。出て行ってすぐにテーブルに身体を預けた。
いくら和やかになったからって、無理。いい加減、限界だ。
「ちゃんとできなくてすみません……」
意気込んだ割りには、私ってばたいしたことなかったよ……!
「むしろ出来すぎなくらいね。たどたどしい、初々しさが大事だったんだから」
えっ。
「そうとも……よくやった。並木くんもな。生徒会長の初仕事、実に見事! あっぱれじゃ」
「ありがとうございます」
お辞儀をするコナちゃん先輩に「ほっほっほ」と笑って、学院長先生が出て行った。
足音が聞こえなくなって初めて、コナちゃん先輩が深いため息を吐いたの。
「……ふう。気を遣う時間、なんとか乗り切った」
「お、お疲れ様です」
「ほんとよ」
ジト目で睨まれました。おう……。
「あなたが私を引きずり出したんだから、その期待には応えないとね」
「大人たちを巻き込んでました……すごいです」
「違う。みんなの期待と理想を探っただけ。和やかで穏やかに、誰にとっても利益のあるだろう着地点を望んでくれていた人がいた。彼が私を引っ張ってくれた。それだけね」
「……ブルースさんです?」
「ええ。あの人のおかげ」
「……それでも、コナちゃん先輩すごかったです」
「じゃあ、あなたに一つ秘密を教えてあげる」
差し伸べられた手を見て、それから急いで手汗の酷い手を拭いてから握った。
びっくりしたよ。コナちゃん先輩の手も、手汗が凄いの。
「大人たちの相手なんて。まだまだ難しいわ、実際。高校生のやることじゃない」
はにかんで笑うコナちゃん先輩は可愛くてしょうがなかったし。
「いつも記者会見をしている高校生のスポーツ選手ってすごい」
その言葉には頷くばかりでした。
「とにかく、これで少しは静かになるでしょ」
「終わりましたねー! やった!」
「何を安心しているのか知らないけど、これからが問題」
「問題って、何がです? 別にどこかの事務所からオファー受けたりしてませんけど」
「夢みたいなこといってるんじゃないの!」
「あうち!」
見えないところから出たハリセンがうなりをあげて私の頭を叩いた。
久々だ! そして相変わらずどこに隠しているのかわからない!
「文化祭に決まってるじゃない」
「おう……」
そう言えばそうでした。
「歌ってもらうから」
「え」
「これだけ話題になってるのに応えないわけないでしょ。どこかの事務所とか、そういうのどうでもいい! そもそもまずうちの生徒会があなたにオファーを出すから! ステージで歌ってちょうだい!」
「えええええ!」
「どうせ関係者だけに絞らない限り、この流れだと今年の文化祭は来場者が増える! なら、この波を全部まるごと乗りこなして、さらなる高みに飛んでやる!」
燃えてる……!
コナちゃん生徒会長が、燃えている……!
「ついてきなさい!」
「は、はい!」
「よろしい!」
蕩けるような笑顔になってすぐ、手を引っ張られた。
引き寄せられるままに抱き締められる。
「私もあなたのこと大好きだから。すごいの歌ってみせて。お願いね?」
ずるい。カナタもラビ先輩も、みんなそう。
二年生の先輩たちはみんなずるい。
「そんな言い方されたら、断れるわけないじゃないですか!」
「楽しみにしてるから。よろしくね?」
「悔しいけど頷いちゃう!」
くうう! 今年の文化祭、大変なことになりそうだぞう!
つづく。




