第二十三話
「妾に土をつけるなど、絶対に許さん。この怒りどうしてくれよう……ッ!」
『まあまあ。お姉さん落ち着いて。ね? ね? この青澄春灯、気晴らしにはなんでも付き合うので! ね?』
「……今回だけじゃぞ」
お姉さんがぶつぶつ怨嗟の言葉を吐くのが怖くなったので、なんとかなだめて制御を返してもらった。
『絶対仕返しはするからの!』
ぷんすこしてるけど、怖い雰囲気は随分和らいだのでほっとしつつ頷く。
「はいはい。ふう……いたたた」
身体はまだずきずきと節々が痛むけど、どちらかといえばおじさんが私の身体で無理をした痛みの方が強くなっていたくらいには落ち着いてきたので(それはそれでどうなの)、そのへんの紙切れに「みんなの様子を見てきます」と書き置きして長屋を出た。
あちこちで倒れていたはずの先輩がたの姿はもうない。
耳を澄ませようとしても聞こえない。
「おじさんが斬ってから時間が経って、移動しちゃったのかな」
『……のう、いい加減名前で呼んではもらえんか? 他人行儀は好かんぞ、あるじ』
「あ」
お姉さんの呆れた声に苦笑いする。
それもそうだ。なあなあですませるばかりで、自己紹介すらまともにしてないのに。
「やっぱり気になる?」
『俺は別に』
『今のはツンゼリフじゃ。気になって気になって、仕方のうござる、といいたそうであるぞ。ちなみに妾も嫌じゃ。地味にそなたの許せぬポイントの一つに数えておる』
「こわっ」
お姉さんこわ、と呟こうとしてから……腕を組んだ。
ううん。どうしようかな……悩むよりしちゃうか、自己紹介。
「私は青澄春灯。名字でも名前でも、あだ名はいつでも歓迎です。はい次、おじさん」
『……柳生光巌。十兵衛でいい』
『玉藻前、狐の化身とも言われておるのう。じゃが妾は狐よ。美しき尾が自慢じゃ。九つあると言われておる! さあ、あだ名を所望するぞ!』
やっと名乗れた、と嬉しそうなお姉さん。おじさんもおじさんで、すっきりした響きだった。
『ハル、あだ名をくれ!』
「じゃあタマちゃん?」
『む……悪くはないが、猫みたいではないかのう?』
「もっちゃん?」
『友人感は出ておるが……もう少しその、威厳ある感じがいいのう』
わがままだなあ。
「じゃあタマちゃんは私のことをなんて呼ぶわけ?」
『ハルでええの。それよりもタマちゃんは――』
「じゃあ私もタマちゃんでいい!」
『むう……まあ、ええじゃろ』
諦めつつもちょっと嬉しそうなお姉さんもといタマちゃん。
ちょっとした絆を感じます。
そのあたたかさに呼応するように刀の重さが増した。
次いで……頭がうずうずする。
『名を付け呼び合うことは大事なことじゃ。これがまあ、大事な工程なのじゃ』
「え?」
『一つ、また一つ……互いを理解するごとに、力が解放される。頭の上を撫でてみよ』
はあ、と頷いて両手で頭の上をなでた。
ふさっ。
「ん?」
二つのふさふさの獣耳がぴんと立っている。
何度見てもあるよ。頭の上の獣耳。
あわててお尻に触れたら尻尾は……生えたまま。
増えてはいなかった。よかった……って、よくないよ!
「こ、これは一体」
『妾の力じゃ』
「やだ困る」
『よう聞こえる耳じゃぞ? しかも萌えポイントじゃ。大事にせい』
どんどん普通の友達が出来る理由が減っている気がするのですが、それは。
『う、うん!』
おじさんの咳払いが聞こえた。
そうだね。おじさんもあだ名つけないとね。
受け止めきれない現実はさておいて、考えてみる。
「十兵衛でいいの?」
『……まあ、通称だ』
「んーでも光巌なんでしょ? なら……みっちゃん?」
『ぶはっ! け、剣豪も形無しじゃのう!』
私の提案に真っ先にタマちゃんが吹き出した。
不服です、という気配が頭の中いっぱいに広がる。
お気に召さないのね。はい、わかりました。
「ちゃんべえ? あ、これも違うね……んー。難しいなあ、タマちゃんいいのない?」
『だめじゃ。そなたが名をつけることに意味があるのじゃから……つけてやれ、恥ずかしいのを』
『おい』
『きゃあこわい!』
あれかなあ。どっかの死神漫画みたいに刀の化身が具現化して見えたら、二人そろって追いかけっこするのかなあ。仲良しか。
「でも十兵衛は十兵衛だよね。強いしかっこいいし、私はおじさ……もとい、十兵衛が希望する通りでもいいかなって思う。どうかな?」
『構わんよ』
ちょっと嬉しそうだ。
またしても……今度はおじさん、もとい十兵衛との絆を感じてすぐ、刀に重さを増した。
咄嗟に頭の上とお尻に触れるけど変化なし。
ただ……少し身体が楽になった気がする。
『ではハル、あの女を探すぞ』
『気配は感じぬ。ハル、探すなら仲間を先にすべきだ。男の覚悟をお前は見届けてやらねば』
「んん……ごめんタマちゃん。私も十兵衛と同じ気持ちだから」
『仕方ないのう』
「ありがと! じゃあいくよ!」
思ったよりも楽に走り出せた。
耳を澄ませようとすると、頭の上の獣耳が動いた!
そして剣戟と叫び声が微かに聞こえる。
『うまいものと、男漁り。これで手を打ってやらんこともないぞう!』
「安いようで高いよね、その二つ」
苦笑いをしながらも、私はタマちゃんの力の一つらしき獣耳を用いて、ひたすら音のする方へ走り続けた。
辿り着いた先で目にしたもの。
それは、神社の前に追い詰められたみんな、それを取り囲む私に斬られたはずなのにぴんぴんしている先輩方、そして――
「斬るのみ」
全身が盛り上がって殺気満々なライオン先生だった。
は、早くもピンチ!?
つづく!




