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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十九章 真っ黒なよこしまとの対峙

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第二百二十七話

 



 俺は食堂に向かいながら、並木さんの案を道すがら考えた。

 彼女は言っていたよ。


『あの子の霊力強化ね……黒歴史をネタにする意味ではもう、あの子は育ちきったと思うの。だから、いま抱えている黒い何かを乗り越えられればいいかも』


 奇しくも俺、緋迎カナタと同意見だった。

 だがハルにとって現状抱えている黒い気持ちがなんなのか、俺にはわからない。

 色事に前のめりとか……いや、それは黒い気持ちなのか?

 友人たちに広められたら恥ずかしいだろうが、それは普通の感覚だ。

 そもそも話したくもない。

 ハルのそういう部分は俺だけが知っていればいい……なんていうとあいつがどや顔をする。独占欲丸出しで、我ながら恥ずかしい。

 俺の黒い気持ちを白状してどうする。

 独占欲といえば、今年赴任した男性の養護教諭に見せるのも悩む。男性にあいつの肌を晒させるのは気が進まない。


「いやいや」


 一時は医師だった人を相手に何を考えているのか、という話だ。そうとも。躊躇っている場合か。たとえば女性で医療に明るい人がいれば別だが。


「あら」

「え?」


 思い悩みながら食器を返したところで、ニナ先生と出くわした。

 まさに渡りに船だった。


「緋迎くん、ちょうどいいところに。選挙の結果を受けて次の生徒会の連絡を――ちょ、ちょっと?」

「お願いがあるんです」

「そ、それはわかったけど、なんで手を引くの?」

「見てもらいたいことがありまして」

「な、なにを見せる気なの」


 妙にどぎまぎした声を出すニナ先生に事情を話した。

 心なしか赤くなった頬を手で扇ぎながら、ニナ先生は俺たちの部屋に来てくれた。

 眠りについているハルを見て、それから俺に向かって咳払いをしてきた。


「なにか?」

「パジャマ脱がせるから。あっちを向いていて」

「……はい」


 睨まれたので素直に従う。

 背後で衣擦れの音がして暫くした後、ため息が聞こえた。


「だいぶ霊子が欠けている……いつもよりも消耗しています。気がかりね……緋迎くん、隔離世へ」


 ニナ先生に促されて不思議に思いながらも言うとおりにする。

 眼鏡を御珠へと戻して、隔離世へ。

 移動してすぐぎょっとした。

 ハルの身体……心臓に穴が空いていて、そこから間欠泉のように金色の霊子が噴き出ている。

 それは地面に落ちる前に真っ黒に染まっていく。そしてハルへと降り注ぐのだ。


「これは――……」

「ぼさっとしないで、穴の修復!」

「は、はい!」


 ニナ先生に叱咤されて、急いでハルの左胸に手を当てる。

 欠損を自らの霊子を注いで無理矢理にでも塞いだ。

 手を離すと、そこには――


「あんまりじろじろ見ない」

「す、すみません」


 ニナ先生のジト目には抗えなかった。すぐに視線を外す。

 衣擦れの音がして程なく、もういいわよと言われた。

 見ればハルのパジャマはきちんとボタンをとじられていた。


「穴はふさがってる。ひとまず寝かせていれば元気になるでしょうけど……彼女の異変に気づいたのはいつ?」

「……朝おきた時にはもう、風邪気味のようでした」

「それだけ?」

「強いて言えば……」


 そうだな。


「昨夜は話したいことがあって。いつものハルなら起きていたはずなのに……風呂から出たら、もう寝てました。疲れていたのだろうと思ったのですが」

「……なんともいえないわね」


 ニナ先生に頷く。あの時から既に穴が空いていたとしたら、どれだけの霊子を失ったのか。


「大丈夫。この子の力なら、今夜には元気になると思う」

「……はい」

「問題は穴の方。いつ、どのようにして空いたのか」

「体育館で歌った時には隔離世にいました。あの時は無事だったはずです」

「そうよね……邪にでも入り込まれたのかしら。少し確認してから戻ります」


 足早に出て行くニナ先生を見送った。

 廊下をぼやけた光がいくつか通り抜けていく。現世の侍たちの霊子だろう。

 周囲を見渡した。邪の退治を日頃から行っている士道誠心だ。ハルが寝ている間にやられる可能性はないに等しいはず。昨日の選挙の時間帯に目撃証言なんてなかったはずだ。


『――……ふふ。やっと二人きりになれた』


 不意に聞こえた少女の笑い声に周囲を見渡す。

 腰に帯びた刀に手を置いた。

 聞き間違えか?


『わたしのおうじさま』


 いいや、違う。はっきりと聞こえる。

 それだけじゃない。その声の響きに驚かずにはいられなかった。


「ハル?」

『ちがうよ』


 周囲を見渡す。笑い声が響き始める。

 ハルの声が聞こえるのだ。今より少しだけ幼い声が、確かに。

 聞こえたのはベッドだ。急いで布団を引きはがして、鳥肌が立った。


『ふふ……ふふふふ』


 ハルの影に無数の目が生えていた。口も。それは楽しそうに歪んでいた。

 数を数えるべきか。正気を失うだけのような気がする。

 影から黒い人型が浮かんできて、それはハルを抱いて立ち上がる。

 歪な黒。邪に違いない。だが、どうして。


『我が名はクレイジーエンジェぅ!』

「あ……はい」


 なぜ少し幼いハルの姿をしているのか。

 マントをたなびかせてどや顔をする理由はなんなのか。

 腰に帯びた二本の刀は見慣れたものだ。けれど、なぜ。

 とはいえ理解した。できてしまった。

 こいつはハルが吐き出した邪なのだと。間違いなくそうだと、わかってしまった。

 どうして? という考えに思考が及ばないくらい、張り詰めたシリアスが一瞬で吹き飛ぶ自己紹介に腰砕けそうになった。

 途方もなく気が抜けそうで、しかし頭を振る。

 頑張れ、俺。敵が邪であることには違いないのだから。


「ハルを離せ!」

『くくく……おうじさまはおひめさまを助けるもの!』


 ……うん。


『かえしてほしくば、堕天せしこの魔王の腕より取り戻してみせよ!』

「……ああ」

『な、なんで元気なくなってくのかな! と、とにかく取り戻しにくるのだ! さらば!』

「あっ! ま、待て!」


 大丈夫かこいつ、と思った俺の隙を見計らって、影の中にハルと一緒に吸いこまれて消えてしまった。慌ててベッドに触れる。けれど邪の名残はない。

 急いでベランダから外を見る。影だけがうぞうぞと寮の下から這い出てきた。そこから黒い馬に跨がった邪なハルがハルを抱いて特別体育館へと向かっていく。

 律儀に待つんだな、とか。いちいち馬に乗る必要とは? とか。

 いろいろ頭が痛い。そもそも。


「今のなに!?」


 駆け込んできたニナ先生に、俺はいったいどんな顔で説明すればいいんだ……。


 ◆


 事情を聞いたニナ先生は渋い顔で言ったよ。


「あまり考えにくいことではあるけれど……彼女が中学時代に吐き出した邪が退治されず、ずっとあの子の中に隠れていたのかもしれない。ところで緋迎くん、気の抜けた顔してるけどどうかした?」


 いえ、と返事をする。まあ、さっき名乗りを聞いた時に、おおかたそんなところだろうとは思ってました。


「邪を退治しないと現世の人に影響が出る。今回は……彼女の体調不良と、身体に空いた穴ね」

「邪を放置しておいたら?」

「いずれ霊子を失って衰弱死していたかもね。もっとも侍候補生になった時点で、いずれ隔離世に行くから穴に気づけて今回の事態を防げたでしょう。ラッキーといえばラッキーだった」


 頷く。まあ、あとはあの邪を退治して助け出せば終わりなのだから、あっさりしたものだ。


「ホームで戦うわけだし、仲間を呼ぶ?」

「いえ……俺が行きます」


 頭を振る。中学時代のハルが敵。だとしたら手強い戦いになるだろう。

 なにせ、あの名乗りを心の底から願ってやっているような純粋な奴だからな。中学時代のハルといったら。

 邪を生み出した思いは強大なのかもしれない。

 それでも一人で行く。


「いいの?」

「まあ……王子さまらしいので」


 兵士を大勢連れてはいけないでしょ、と答える俺をニナ先生は笑って見送ってくれた。見守っているよ、という言葉を背にして、俺は行く。

 制服に着替えて寮を出て、刀を握りしめた。

 大典田光世。

 邪を打ち払うのにこれほど都合の良い相棒もおるまい。まあ……刀として生まれた以上は破邪の力よりも人を斬る力こそ求められるべきかもしれないが。隔離世に携わる刀なのだから、諦めて欲しい。

 邪ハルの影が通ったところに歪な人型の邪が湧いていたが、


「道をあけてくれ」


 不確かな像に負ける気などない。

 打ち払って特別体育館の中に入った俺は目を見開いた。

 舞浜にあるテーマパークの城もかくや言わんばかりの西洋の城がそびえ立っていた。

 どこもかしこも真っ黒だ。金色に塗り替えるのがハルなら、邪ハルは漆黒に塗り替えるのか。ハルが知ったら狂喜乱舞しそうだな。

 そこかしこにある長屋からなにからすべて、石造建築物に変えられている。

 王子さまとお姫さま。

 邪ハルの口にしていたキーワードはその二つ。助け出せとは恣意的なメッセージだな。西洋の街並みも、いかにもハルが夢見そうな造形だ。


「ハルの中に隠れていた邪か」


 俺が今まで触れても気づけなかったとなると……あいつの願望に重なっていたから見えなかった、というのが妥当なところだろう。

 けれど、出てきた。

 中学時代の願いが本人から乖離した。穴から漏れ出るほどの金色の霊子に吐き出されるように。

 なぜか。考えるのは後回しだ。


「茶番は終わりだ。出てこい」


 呼びかけるが、漆黒に染まった館内から返事がくる気配はない。

 天井に穴でもあけないと、外から差し込む光だけではどうにも心許ないな。

 そう思っていたら、どんどん視界が闇に染まっていく。

 足が沈むような感覚に見下ろすと、漆黒が広がって周囲を侵食していくではないか。

 思わず顔が強ばる。

 あいつの夢は途方もない、と。そう思ったのは俺だ。

 なら、あいつが敵に回ったらどうしたらいい? 暗闇そのものに勝てるのか? 一人で来たのはどう考えても失敗だったのでは?


「くっ――……」


 飲み込まれそうになる俺の弱気をなじるように、刀が揺れた。

 抜いてみると、どうしてか刀が白銀に輝いている。それは暗闇を照らして、追い払い、一つの道を浮かび上がらせた。

 城へと一直線。その先に彼女がいるのだと教えてくれているかのように。

 彼女の闇を照らすようにできているのだ。俺の心はそのためにある。


「ありがとう――……俺好みだ」


 そっと踏み出す。白い道は俺の足をきちんと受け止めた。その間にも漆黒は広がって、学園に手を伸ばそうとしている。

 立ち止まって事態が好転するとはとても思えなかった。

 走りだす。

 鼓動が高鳴る。周囲の建物を照らして、元の姿へと戻す光。

 振るうまでもない。

 闇が世界を塗り替えようと、俺たちの光を消すほどじゃない。

 闇の手が引いていく先には城がある。

 黒の正体はなんだろう?

 走りながら頭に浮かんでくる。考えている場合じゃない。

 光を嫌った闇が触手を伸ばして俺に襲いかかってくるからだ。


「――ッ!」


 闇を打ち払うように縦一文字に切り裂く。

 光が裂いて、元の城が出てくる。その足下に二人はいた。


『くくく! 来たな!』


 暗闇の過去が今の彼女を抱いて、その手に刀を引き抜いた。

 邪が握るは漆黒。玉藻の前と同じ形状でありながら、輝きはしない刀。

 ハルが起きていたのなら、そんな有り様を決して放置しないだろう。

 今はまだ寝ている。なら、俺が代わりにやらないとな。

 刀を握りしめたままで笑う。


「お前を退治したら終わりか?」

『倒せるものならな! しかし我は決して折れぬ!』

「ああ……知っているよ。とてもよく知っているとも」


 頷く俺に邪の彼女が瞬きをする。

 人の欲望、願い。歪になった時、吐き出された心の塊。

 彼女の正体はなにか。


「みんなで笑える未来のためなら自分は絶対に折れない。そんな姿になってまで、心の中に巣くって生き続けたお前の正体は」


 名前を呼ぼう。


「青澄春灯」


 瞬間、邪の漆黒にヒビが入る。

 内側から金色が漏れ出ていく。

 それこそが真の姿であるかのように、白銀が金色を晒していく。


「傷ついても平気な漆黒の鎧なんか、お前にはもう必要ない」

『え、え。待って。最強の私と戦って、これから良い感じのバトルになるのでは?』

「戦いなどいらない。昨日、お前が歌って証明しただろう?」


 いやだ、見せ場がこれで終わりなんて、と訴える邪ハルを――……かつてハルが夢みた妄想に告げる。


「お疲れ様……クレイジーエンジェぅ」

『――……ずるい』


 邪としてそこにあった彼女の顔が泣きそうに歪んで、金色の霊子に溶け出していく。


「ハル……お前は折れない強い奴として、とっくのとうに……いつかみた夢そのものになっているよ」


 ゆっくりと寝転がっていくハルを抱き上げる。

 気持ちよさそうに眠っている彼女が今日の一幕を知ることはないのかもしれない。

 だから俺が覚えておこうと思った。

 漆黒が金色に染め上げられて、消えていく。

 夢みたいに綺麗な光の景色だった。隔離世にありがちなのかもしれない。

 だからこそ、なんだか寂しくて泣けそうだった。

 少女がかつて見た煌めく夢が熔けて消えてしまうのが、すごく切ないから。


 ◆


 現世に戻ってニナ先生に事情を説明して、気持ちよさそうに眠りこけるハルを横目に物思いに耽っていた。

 ハルの眠気の理由はきっと、邪ハルとの乖離にあるのだろう。穴も。

 だが……そもそも乖離した理由はなんだ。

 ずっと悩んでいたら、夜になってツバキからハルのスマホに電話が掛かってきた。選挙の記事の草稿ができたから、聞いて欲しかったらしい。

 代わりに出て話したよ。よくあることだ。ハルの代わりに草稿の内容を聞いたが、なかなかの力作だった。ツバキは本当にハルのファンなんだな。

 二人してハルの話をしていて、ふと思いついてツバキに今日の事件を説明した。

 するとツバキは少し唸った後で、こんなことを言ったんだ。


『昨日ね……エンジェぅ、ありがとうっていってた。エンジェぅは金色なんだねって言ったら、すごく嬉しそうだったよ?』


 実際にどんな会話をしたのか確かめてみて納得した。


『エンジェぅは金色なんだね! みんなを輝かせられる侍なんだ! 光そのものなんだね! いいなあいいなあ、すっごいね!』


 ツバキの言葉はハルの今を全力で肯定するものだった。

 どれほどハルが救われたのか。考えるまでもない。

 ツバキと電話を切って、ベッドで眠るハルの髪の毛に手を伸ばす。

 彼女が歌った曲名通りに煌めく前髪を分けて、額に触れる。

 熱は冷めていた。霊子の糸を伸ばして確かめてみたが、もう穴はあいていない。

 刺激があったからなのか、彼女が寝返りを打ってから目を開けた。

 俺を見つめて、眩しそうに目を細めている。


「カナタ……あれ? いま……なんじ?」

「もう夜遅い。よく眠れたか?」


 額に伸ばした手を引こうとしたら、ハルが掴んで自分の頬に当てた。


「すごくいい夢みたの……」

「地球を破壊させる奴か?」

「ちがうよ。なんかね……カナタが王子さまになって、助けにきてくれるの」


 夢を見すぎだと呆れつつも、こいつらしいとも思ってしまう。

 漆黒の自分を守る鎧はもう必要ない。

 だとしても影のように寄り添い続けた願い。

 それこそがハルの邪の正体なのだろう。

 ツバキの言葉で漆黒は金色になって、ハル自身になった。

 ハルは夢を現実に変えたんだ。もう……妄想は必要ない。

 頭で理解していなくても、心が動かされた。だからハルに穴が空いて抜け出たのかもしれないな。

 ひょっとしたらハルが金色に煌めくほどに影が伸びて、また顔を出す可能性もゼロではないが、それはそれ。未来の可能性の一つでしかない。

 だから俺はそういう思いを飲み込んで、ハルに尋ねた。


「元気でたか?」


 俺の彼女は蕩けるような笑顔で頷いたよ。

 とても眩しかった。その輝きは、お前を好きになってよかったと心から思えるものだったさ。




 つづく。

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