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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十八章 九月で選ぶ未来の行方

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第二百二十三話

 



 体育館の中は緊迫した空気に包まれていた。

 生徒会主導によるリハーサルは前日に行った。今もただただ先生方は見守るだけ。自立心を養うために与えられた権限の中で、私たちは精一杯に今を生きる。

 袖に待機する私はタマちゃんが買った服の中で、みんなにいいと言ってもらった巫女服姿です。なぜにこれ。でもステージ衣装は必要だった。

 だってコナちゃん先輩も、メイ先輩も、それに集まった他の先輩たちもみんな衣装姿なのだ。

 袖から体育館の中を見渡す。一年生から三年生まで、総勢で八百人近く。それに中等部や小等部から高等部の取材名目で見学に来てる子もいる。当然、ツバキちゃんもいるよ。

 みんな周囲の人と話しながら、開始の時を今か今かと待ち続けている。


「――ル、ハル!」


 耳元で大声で呼ばれてはっとした。トモがそばにいたのだ。


「ちょっと、だいじょうぶ? もうすぐ始まるよ」


 答えようと思った。けど、声が出ない。喉がひきつけを起こしたみたいになって。

 はっとしたトモが私の手を握ってくる。おかしい。痛いくらい握りしめられているのに、まるで指先の感覚がない。

 嘘だ。嘘だよね。こんな、今更になってさ。


「観客みて怖くなった?」


 気遣うようなトモの言葉に目をぎゅっとつむる。

 頷きたい。頷けない。どうしていいのかわからない。

 だって、この日のために準備をしてきた。勇気を振り絞ってきた。でもこれまでと違うのは……みんなと一緒だということ。

 私ひとりの失敗で、みんなの積み重ねを台無しにしてしまうかもしれない。

 怖い。悔しい思いをするのが私一人ならよかったのに。今日だけはそうはいかないから、怖い。


「泣くな。メイク崩れる」


 私を力強く抱き締めて、トモは髪が乱れないように優しく頭を撫でてくれた。

 しんこきゅう、と耳元で囁かれた。ゆっくりと息しよう、と。

 トモに言われた通りのリズムで呼吸する。だんだん慣れてきた。めいっぱい吸おうと思った瞬間に尻尾をきゅっと掴まれた。


「うひゃあ?!」

「ほら、少しはしゃきっとした?」


 微笑むトモに言われて、それから気づく。

 肩が痛い。腰も。膝は笑っていた。たぶんずっと前から震えて強ばってしょうがなかったんだ。それにいま、気づいたんだ。


「……ん」


 頷く。トモが私に何かを言おうとした時、ライトが壇上を照らした。

 私たちの横をラビ先輩が歩いて行く。コナちゃん先輩と同じテイストの、スクールロックバンドを意識したチェック柄のパンツが妙に似合っていた。

 マイクを手にしたラビ先輩が口を開く。


「お集まりの皆さん。今日はこれまでの生徒会が主催する最後のイベントにお集まりいただき、誠にありがとうございます。まあ学校行事なんで全員参加は当然と言えば当然ですが、そこはそれ。横に置いて……」


 兎耳の邪魔にならない小さな小さな帽子を取って、観客たちへと投げた。

 帽子は一瞬でたくさんの白い鳩に変わって、二階の窓を目指して飛び去っていく。

 歓声があがる中、ラビ先輩は高らかに宣言した。


「今日はお祭り騒ぎを楽しんでいってください! 一番心惹かれた人を選ぶために! 僕らの未来を掴むために! 生徒会長選挙、開始です!」


 舞台袖に待機していたユリア先輩たちをはじめ、先生方が拍手してすぐ、みんなも拍手する。

 とても大きな音の渦だった。豪雨が叩きつけるような音に身が竦む。内股に九本の尻尾が避難してきた。

 どうしよう。ごまかしようがないくらい、びびってる。

 最初に壇上に立つのは私なのに。いつかは口上を叩きつけられたのに、私の勇気はすっかり萎んでしまっていた。

 あの時、言葉を向けたのはメイ先輩とコナちゃん先輩、ラビ先輩の三人でしかなかった。今日は違う。今日はみんなに向けて言わなきゃいけない。

 リハーサルした。準備をするときに何度だって練習してきた。なのに、土壇場で、こんな。


「――……トモ」


 泣きそうな私を見て、トモが周囲を見渡す。

 だから、ああ。


「ルルコ、サユ。みんなに伝達、トップバッター乗っ取っちゃおう」


 袖で準備をしていたメイ先輩がはっきりそう言った時、頭が真っ白になった。


「一年に譲るのはもったいないから。ハルちゃんたち、いい?」


 どうしていいのかわからなくなっている私の代わりにトモが頷く。

 舞台でマイクを手にしたラビ先輩がすぐに気づいて、本当だったら私の名前を呼ぶはずの口でメイ先輩の名前を告げた。

 一瞬でライトが消える。メイ先輩とルルコ先輩、北野先輩が壇上に並んですぐ、ピンライトが三人を照らした。音楽が鳴り始める。

 疎い私でも知ってる。それはみんなの背中を押して、走れと声をあげる歌だ。いまは五人組になった女の子たちが歌う曲を、三人が代わる代わる歌っていく。

 三人のライトが消えて、体育館の後ろにスポットライトが当たる。三年生の女子たちが声を上げて歌うその力強さに震えていたら、今度は脇にライトが当たる。綺羅先輩をはじめとする男子の先輩たちだ。

 三年生が一斉に、合唱よりも好き勝手に、心から楽しそうに歌う。

 体育館中のライトが点灯して手を振る中、ルルコ先輩が指を観客に向けた。氷の結晶がいくつも浮かんでくる。それを北野先輩が吹いた途端に、氷の粒は観客の中へと飛んでいく。

 天井のライトを浴びて、きらきらの光が降り注いでいるみたいだった。

 メイ先輩が走っていく。みんなのもとへ。

 他の先輩たちもだ。知り合いのもとへ走って行く。手を引いて、立ち上がらせて。みんなを煽って、楽しそうに踊る。どんどん盛り上がっていく光景を見ながら、私はどうしていいのかわからなかった。

 だからなのかもしれない。メイ先輩は壇上に戻ってくるなり、私を指差して歌うの。

 勇気たりない? きっかけが足りない? なら私があげるよ、と言わんばかりに。

 笑顔で、てのひらから淡い光を出して私に投げた。

 胸に当たったそれはとびきりあったかくて、私の不安ぜんぶ溶かしてしまった。

 元気を取り戻して膨らむ私の尻尾を見てめいっぱい楽しそうに笑うと、メイ先輩は今の自分が一番素直だと声を上げるように歌い続ける。

 いつしか、メイ先輩たちが振る動きにつられて腕を振っていた。

 緊張と不安で固まっていた身体が動き出す。気持ちがどんどん走っていく。

 すごいなあ。悔しいくらい、すごい。

 曲が終わると、メイ先輩はマイクを握り直して深呼吸をした。


「いきなりの登場でごめん。のってくれてありがとう、三年生の真中メイです。マジでこんなのが選挙の舞台っていうんだから、この学校はなかなかぶっ飛んでるよね。そういうところが大好きなんだけど!」


 俺もそうだと綺羅先輩が叫ぶ。笑い声が広がっていく。

 氷の粒は会場の熱気に熔けていた。


「卒業まであと半年しかないのに、生徒会長に推薦されました。冷静に考えたら、これってある意味きりきり働けと言われているみたいで、まるで笑い話ですよね。それとも内申点のプレゼント? だとしたらありがたすぎるんですけど」


 和む会場に笑いかけるメイ先輩は、崩れてへばりつく前髪を指先で直して肩を竦める。


「でも、いらないかな。私が欲しいのは、みなさんの……笑顔です。お願い、前に集まってもらえる? もっと見たいの、同じ学校に通う仲間の顔を」


 手招きをするメイ先輩に三年生が呼びかけて、みんながどんどん前に集まってくる。


「私は侍になります。これはもう規定路線です。だからみんなが同じ夢を見ている限り、何年も何十年もこの先の未来ずっと、みんなと一緒です」


 そのメッセージの送り先は誰だろう。みんなであり……私だ。寂しくてたまらないと叫ぶ私に向けられている。途方もなく優しい言葉だった。


「もし私を選ぶのなら……熱い半年をあげたい。他の二人でもそうなるだろうけど」


 楽しそうに笑うメイ先輩は、舞台袖に視線を向けてきた。私がいて、コナちゃん先輩がいる舞台袖を。


「正直に言えば誰が選ばれるのかはあまり興味がないんです。きっと三人とも見つめる先は同じだからね。具体的に言えば、私が選ばれたら……そうだな」


 深呼吸。


「みんなの刀は、それを支える力は世界を変えることができる? 私たちの熱は、何かを変える力がある?」


 ルルコ先輩がメイ先輩に抱きついた。


「三年生ならみんな知ってる答えがあるの! 私の願いと方針はただ一つ、それを知らせたい! 準備はいい!?」


 楽しげな音楽がメイ先輩の呼びかけに応えるように流れだす。

 景気よくあげられた大声と同時にルルコ先輩がメイ先輩の服をはぎ取る。

 衣装の内から新たな衣装が現われた。その勢いのままにメイ先輩の髪の色さえ変わる。

 コスプレ衣装だ。ルルコ先輩も北野先輩も身を翻すだけで、その姿を変えちゃうの。二人の女性の先輩も同じテイストの衣装であがってきて、五人で楽しそうに歌う。

 アニソンだった。私も知ってる歌だ。歌姫が出てきて、ロボットになれちゃう戦闘機が戦う三角関係アニメの最新作のやつだ。エンディングだ!

 そうだ、みんなオタクだった!

 さっきの歌では気づけなかったけど、メイ先輩の歌声って妙に可愛くてハリのある感じ。それこそ、この歌になってはっきりわかる。

 具体的には、えっと、その! ルンがピカっとするよ!

 メイ先輩たちが歌って踊るたびに、その手から色とりどりの光を生徒に放つ。それは触れたそばから熱になって広がっていく。

 私に当たったメイ先輩の光がそうしたように、みんなの心を確かに揺らす。刀や刀鍛冶の力が心によるのなら、メイ先輩はそれをいま全力で知らせてくれているんだ。

 たくさん喋るよりも、よっぽど明確に伝わる方針だった。メイ先輩が望むもの、未来の形をみんな理解したに違いなかった。その補佐をするために、三年生の先輩たちが両手をかざして霊子を操っている。

 私たちみんなの心に届けるために。全力を尽くしているのだ。

 歌い終わって深々とお辞儀をするメイ先輩。三年生の先輩たちもみんな、同じようにお辞儀をしていた。気づいたら夢中で拍手していた。

 身体を起こしたメイ先輩は最後に笑顔でみんなに手を振って、舞台袖に駆けてきた。

 見つめる私をぎゅっと抱いて背中を叩き、いつしかそばにいたコナちゃん先輩にも同じようにしてはけていく。

 コナちゃん先輩と視線がかちあった。どうする? と挑むような視線を向けられるまでもなく、私の心は決まっていた。


「いってくるよ、トモ」

「そうこなくちゃ!」


 怒らず呆れずそばにいてくれるトモに頷きかけ、壇上に出てきて場を繋ぐラビ先輩に視線を向ける。


「――さて、それじゃ次の用意ができたみたいです。お次は――彼女だ!」


 ぱっとライトが消えた。それが合図。私は壇上に走りだす。メイ先輩が応援してくれたんだ、応えなきゃ廃るよ。いろんなものが!

 ライトが浴びる場所に立つ。

 そこからみんなを見渡す。みんな私を見つめている。その視線に怯みそうになるけれど、胸の中にまだ熱が残っていた。だいじょうぶ。だいじょうぶ。

 ……さあ、いくよ。


「はじめまして、一年九組の青澄春灯です」


 深くお辞儀をする。メイ先輩ほど綺麗じゃないかもしれない。それでも、ユリカちゃんや姫宮さんが教えてくれた。礼をする時の作法を。だからだいじょうぶ。怯まなくていい。


「まずは先日、挑発的なご挨拶をしてしまったことをお詫びします」


 深く頭を下げる。シロくんが考えてくれていた通りにする。私に対して怒っていたり、マイナスに思っている人に対する仁義を通す。

 その上で、言うのだ。


「そして改めて、申し上げます。私は生徒会長に立候補します」


 熱い空気の中で、痛いくらいの静寂に負けないように背筋を正す。

 狛火野くんが教えてくれた。怖いとき、逃げ出したいとき、芯を通すんだって。やっと思い出せた。だからやってみる。案外、なんとかなりそうだ。

 だんだんみんなの顔が見えてきた。メイ先輩が前に集めてくれたから、みんながすぐそばにいる。

 微笑みを向けるんだ。

 素直な気持ちで笑ってごらん。レオくんはそう言っていた。緊張するような場所で、取り繕わず、背伸びしたりもせず、素直な気持ちで笑ってみてごらんって。

 緊張は伝わる。誠意も伝わる。きっと壇上から見る景色は、鏡のように自分の気持ちをうつしてくれるから。だから笑ってみればいいって。

 私に期待してくれている人の笑顔が見える。何が起きるのか楽しみにしてくれている人の笑顔も。早く歌って欲しそうな顔も。

 みんな、見える。


「メイ先輩は届けてくれました。私たちの心の可能性を、感じさせてくれました。コナちゃん先輩もきっと……だから、私は二人の代わりにみなさんに見せたいものがあります」


 深く息を吸いこむ。


「聴いて下さい……」


 呟いてすぐ、音楽が流れ始める。

 スポットライトがあてられる。お父さんが大好きな歌。歌手でアイドルで声優さんの歌を歌うの。


「――……」


 歌い出しから感じる。終わりまで途方もない長さを。

 私たちの学生生活。一年生の私たちから見たら、果てがないようで。三年生のメイ先輩にしてみたら終わりが近づく。そんな旅路を思う。

 いいことばかりじゃなかった。つらいこともあった。失敗だってした。傷のように私たちをくすぐる、そんな旅路を。


「――……」


 でも。そんな旅路を一緒に歩いてきたみんなを。

 みんなより心の深くに住み着いたタマちゃんと十兵衞、二人を思う。

 好きになれてよかったなあ、と気持ちをこめて歌う。

 みんなに出会えて本当によかった。ここにこれて、本当に……よかった。

 手を伸ばすの。

 みんなに向かって、真っ直ぐ。

 私たちの青春、みんな染め上げるの。

 青く澄み渡る空に星が光り輝くように……霊子を出そう。

 メイ先輩たち三年生だけの十八番じゃない。

 さあ、いって。私の霊子。

 タマちゃんが作ってくれるぴかぴかきらきらの金色に光り輝く霊子、みんなに届け。

 視線を向けた先、ノンちゃんがいる。

 刀鍛冶になったばかりの一年生たちが頷いた。私の霊子を端から小さな鏡にして、みんなを映す。刀に宿った御霊の声を全力で聴いて、鏡に映してみせる。

 みんなの夢見る未来の姿を。

 きっと、みんなに手を振って……笑顔を見せてくれているに違いない。

 揺らせているだろうか。心を。揺らせているといいな。


「――……」


 ここが好き。みんなが好き。だから、もっと好きになってもいいかな。

 尋ねるのは願い。みんなに対して問い掛ける。メイ先輩に問い掛ける。去りゆく思いでいる三年生の先輩たちへ届ける。

 今こそ伝えたい。気持ちを届けたいの。

 鏡を金色に変えて、みんなに降り注ぐように放ち続ける。

 ノンちゃんたちがそれに映し出してくれる。みんなが調べた先輩たちとの思い出の一幕を。学校で過ごしてきた何気ない毎日を。

 願うの。感じたい。みんなの願い。好きだという感情、ぜんぶ丸ごと感じたい。

 想いが走ってどんどん溶け出していく。みんなの刀を通じて拾い上げていく。それをノンちゃんたちがくみとって、どんどん体育館中を輝かせていく。

 そんなのずっとなんて、もつわけない。尻尾がどんどん消えていく。私の中から霊子が尽きそうになって、膝が笑う。

 倒れそうになった時、私を支えてくれたのは私にとてもよく似た姿の女の子だった。


「――」「――」


 私が歌うと、重ねて歌ってくれる。

 尻尾は九つ。獣耳もちゃんとある。なら、じゃあ……タマちゃんなの?

 問い掛けたい私の背中を叩いて、タマちゃんがみんなに視線を向けた。


『歌わんか、このたわけ!』


 頭に響いてくる叱咤は間違いなくタマちゃんのものだった。

 笑っちゃいそうだ。ああ、幸せ。

 でも不安だ。

 みんなを好きでいいんだろうか。私なんかが。

 私はみんなを好きでよかった。心から言えるよ?

 だって、いま……こんなに幸せだから。

 私が歩いてきた半年すべて、みんな青春だった。光り輝いていた。

 確かに毎日が金色だったんだ。

 私だけじゃないはず。きっとみんなそうだったはず。

 だから歌うの。

 毎日が金色だったって。

 私の見ている青春がみんなの青春に届くように。

 私の見ている光がみんなにも見えるように願って歌うんだ。

 歌いきって力尽きそうになった私を抱き締めて、タマちゃんが囁いた。

 ずっと一緒って。そうして中に戻ってくる。

 汗だくになって、気づいたら私の呼吸の音しか聞こえなくなっていた。音楽が終わっているんだ。

 崩れ落ちそうになる私を支えてくれたのはタマちゃんじゃなくて、トモで。力を貸してくれた一年生のみんなが並んでくれていた。

 本当だったらもう一曲歌いたかった。でもリハーサルの段階から力尽きそうになった。みんなに言われた。一曲入魂でいこうって。

 一曲だけになるとしてもスピーチしなきゃいけない。なのに頭は真っ白で、言葉も用意したものは出てきてくれなくて。出てきたのは、


「学校を、みんなを好きでいてよかったと思う、ので。同じなら、輝く手伝いを……させてください」


 きちんと整理した言葉じゃない。曖昧なものでしかなかった。

 なのに、なんでかな。みんなの顔はきらきら輝いているように見えた。

 トモに支えられて壇上から舞台袖に移動する。

 不思議なの。力を貸してくれたみんな、満足そうな顔をしてくれていたの、なんでだろう。


「さあ……最後は、彼女だ」


 ラビ先輩の呼びかけが遠く聞こえる。

 私がはける代わりに出て行くコナちゃん先輩が、私の手をぱしんと叩いてくれた。

 舞台袖に座り込んで、壇上を見つめる。

 運び出されたピアノ、キーボード。そしてやってきたの。ラビ先輩たち生徒会メンバーが、コナちゃん先輩と合わせた衣装で、軽音楽器を手にして。

 熱気は確かにまだそこにあって。コナちゃん先輩は喋るよりも歌い出したの。


「――……」


 それは最近ものすごく流行ったアニメ映画の劇中歌だった。

 一番最初に流れる奴だ。ラビ先輩がカナタと二人でエレキギターを弾いて、ユリア先輩がベースを弾いている。ドラムを叩いているのがシオリ先輩なんて嘘みたいな光景だった。

 爆音が鳴り響く。なのに負けじと響き渡るコナちゃん先輩の歌声は途方もなく純粋で綺麗だった。

 最初の間奏に入った瞬間にコナちゃん先輩が叫ぶ。


「二年生、並木コナ! ここからは声をあげていってよ!?」


 ラビ先輩に背中を預けて歌い続ける。カナタがメロディを奏でて。

 みんなして飛び跳ねて。詐欺みたいに格好良かった。ずるい。あんなのずるい。

 コナちゃん先輩が足踏みしていくたびに体育館中の景色が塗り替えられていく。

 まるで夜空のただ中に浮いているみたいに。

 空から落ちてくる彗星なんて、やりすぎなくらいだ。当然のように、みんなが一気に爆発したように盛り上がる。

 コナちゃん先輩が映画のタイトルの入ったフレーズを歌い上げて、生徒会のみんなが演奏を盛り上げて終わる。


「改めまして並木コナ、二年生! 生徒会長に推薦されました、よろしく!」


 シオリ先輩がバスドラムを鳴らして煽る。

 コナちゃん先輩が指をぱちんと鳴らして、世界の景色がまたしても一変した。

 夜空は夜空だけど、眼下には新宿の夜景が見える。


「士道誠心高等部の生徒会は、有り体に言って実権を持ちすぎです。まあでもそんなの振りかざすことなく、今年も去年もその前の年もずっと、みんなの楽しみを提供するためにあり続けました」

「先生方には迷惑がられるけどね」

「ラビ、なにを言ってるの? そんなのずっと昔からそうだし。先生たちももっと予算をくれたらいいのにってこっちは思ってるわけ。どっちも実体としては振り回しあってるの」


 そんなことはどうでもいいのよ、とコナちゃん先輩は笑った。

 汗がにじんできらきら輝いていて、改めて綺麗な人だなあって思ったの。


「メイ先輩が示した通り、みなさんには力があります。ハルが示した通り、そんなみなさんの青春は金色に輝いてしかるべきです」


 ユリア先輩が弦を弾いた。鳴り響く低音はユリア先輩が弦をおさえるまで体育館中に響き渡る。静かになってすぐ、コナちゃん先輩は口を開いた。まるで音が絶えず流れるように演出しているかのようで――……実際そうなんだろう。


「私が生徒会長になったなら、退屈はさせません。その証拠として……生徒会長年の悲願だった、資質に目覚めた生徒の自由外出の権利を手にすることを約束します!」


 その瞬間の歓声のあがりようといったらなかった。

 あはは、と舞台袖にいたメイ先輩が笑い声をあげる。

 トモがずるいと呟いた。でも。でも。本来たぶん、生徒会選挙ってこういう話をする場所だ。

 メイ先輩はきっとわかっていた。それでもきっと、敢えてしなかったんだろう。負ける気はなかったと思う。なんなら勝つつもりだったかもしれない。

 それでも思ってしまった。

 コナちゃん先輩を見つめるメイ先輩の笑顔を見ていたらさ。コナちゃん先輩に振り切れて欲しかったんだなあって……私はなぜかそう思ってしまったんだ。

 メイ先輩の演出と私の演出を飲み込んで、最後に爆発させたコナちゃん先輩は間違いなくスポットライトを浴びて金色に輝いていた。

 綺麗だ。

 何度でも思う。

 コナちゃん先輩、いま最高に綺麗だ。

 先生の誰かが並木、それは、と声を上げた時には曲が始まっていた。同じ映画の曲だ。


「――……」


 私を飼い慣らしたい? でもだめ。そんなの無理だから。ここは私の劇場なのだから!

 そう歌っているんだ。コナちゃん先輩は。

 まるで先生たちを挑発するようにコナちゃん先輩が微笑んだ。

 全身が震えるくらい、強烈な色気に満ちていたの。

 最初のフレーズがもう反則的に状況を言い当てていた。

 アーティストさんのアルバムバージョンだ。ギターを置いてピアノを弾くのがラビ先輩の時点で、やっぱりそれも反則的にかっこよかった。

 ずるい。ずるいよ。それくらい格好良かった。

 最初の間奏に入ってすぐ、コナちゃん先輩は言うんだ。


「先輩方、逃がしませんよ。どこかへいく気なら待っていてくださいね?」


 三年生たちが歓声をあげる。巻き込んでいく。コナちゃん先輩がみんなを。

 ここからが私たちのはじまりだと歌う。そうしてダイブするように壇上から飛んだ。

 みんなの中に入って歌うの。楽しそうに。

 最初のサビを歌いきってすぐ。


「メイ先輩、出てきて下さい」


 ルルコ先輩に背中を押されて出てきたメイ先輩に向かって歌う。少しの息継ぎの合間に、


「ハルもおいで!」


 呼ばれて出る。なんか恥ずかしくて笑う私に手を差し伸べて、空から彗星を降らせながらコナちゃん先輩は世界の中心になって歌い続ける。

 遊んでいるみたいだ。生徒会のみんなもそう。二年生も。気づいたら三年生も。それに巻き込まれて私たち一年生もみんな。

 メイ先輩のもとへと駆けていったコナちゃん先輩が、そのまま抱き締める。

 そうして歌われるメロディにメイ先輩が微笑んだ。

 どんな衝突も失敗も手の届かないところへ突き進んで、みんなを引っ張って、メイ先輩の願いを引き連れて走る。走る。コナちゃん先輩が走って行く。

 何があっても、どんなに時間が流れようとも、そうして進んでいくんだ。ずっと。ずっと。

 メイ先輩もだけど、コナちゃん先輩にもいえること。二人の愛情には二人らしさが満ちてる。どんな運命に見舞われても、手の届かないところへいって気持ちをみんなに注ぐんだ。

 涙が出た。悔しいなあ。悔しい。そんな二人であって欲しいと願う気持ちと同じくらい、そんな二人にはいつまで経っても追いつかないような気がして。

 そんな私の弱気を溶かすように二人は笑顔を私に向けてくれた。掴み取りたい未来に手を伸ばした時にはもう、二人の手が私を掴み取って引き寄せてくれたんだ。

 光の中でコナちゃん先輩の囁きが聞こえたの。


「ずっと一緒だよ」


 コナちゃん先輩が歌い終えてラビ先輩がピアノを締めくくって、数秒のち響いた歓声。

 投票なんて必要ない。

 拍手とあがる声の熱度が答えに違いなかった。

 スピーチそっちのけ。どちらかといえば三名による盛大なライブでしかなかった。なのに体育館には輝くような笑顔ばかりあって。呆れたように笑う人も中には当然いたけど。

 それでも、たくさん喋るよりも伝わるだけの衝動を私たちは浴びたんだと思う。

 しれっとエレキギターを格好良く弾いてたカナタに抱きついて、私は叫んだの。


「アンコール!」


 コナちゃん先輩にもっと歌を。

 巻き込んで欲しい。もっともっと。どこまでも。

 先生方が渋い顔をしようと構わない。もっともっと聴きたいんだ。


「じゃあ、せっかく特定の映画で揃えたんで、生徒会からもう一曲。今度はラビ、あんたが歌いなさい!」


 ラビ先輩が弾いてたエレキギターを手にしてマイクを投げ渡すコナちゃん先輩に微笑んで、ラビ先輩がマイクを握る。


「じゃあ失礼して。どうなるにせよ、ここからはがんがん騒いでいこう! 文化祭前に景気づけにね!」

「しっかり練習してあるんだから!」


 コナちゃん先輩の言葉にカナタが私の耳にだけ聞こえるように囁いた。待っていて、と。

 離れてすぐ、カナタがギターをかき鳴らす。コナちゃん先輩もだ。

 メイ先輩にくっつくようにして、舞台袖から見守る。

 楽しそうだった。みんな。シオリ先輩の細腕からどうしてそんなパワフルな音が鳴るのか不思議で。ユリア先輩は悔しいくらい似合っていて、お父さんに見せてもらった軽音楽のアニメの女の子みたいだった。コナちゃん先輩もだ。

 なによりカナタ、すごく輝いていた。歌うラビ先輩も格好いいよ? でも私はカナタに知らない一面がまだまだあったことに驚いて夢中になっちゃった。

 負けるのは悔しい。

 でも……もっともっと、ずっと先までこの光景を見ていたいと思ったんだ。




 つづく。

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