第二百二十二話
体育館での戦いも決着がついたから、ユリアの部屋で生徒会の面々と集まる。
こうした時間も次の生徒会長が私、並木コナ以外になるか、生徒会長になったとして同じメンバーを選ばない限りは終わりが近づいているのだ。
寂しい、と。許せない、と。青澄春灯が行動を起こした。あの子は欲張りにも、メイ先輩とラビと私の関係すらどうにかしようと企んだ。事実、ケジメはついた。それですべてが終わりというわけではないし、他の生徒の風評が変わるわけでもないけれど……メイ先輩の優しさと愛情のおかげで、私は確かに救われたのだ。きっとラビも同じだろうと思う。
未来へ進むために。幸せのためにこそ全力を尽くせ。
メイ先輩はそう願っている。あの子も自覚しているかわからないが、そういう軸で動いている。私だけ不幸に顔を向けているわけにはいかない。
そのためにも、歌というのはいい考えかもしれない。百を語るよりも、一曲で心を動かす。悪くない。伝えたいこと、見せたい夢は既に決まっている。
あとは、どう伝えるかだ。悩んでいる間にもみんなの話し合いは続く。
「曲は一曲だけでもいいが、一人あたりの持ち時間に見合う範囲なら最大二曲まで可としたよね」
「それは既に参加者には伝えてある。隔離世で行うこともな」
ラビの説明に緋迎くんが補足した。ラビは続けて喋る。
「スピーチと歌の順番も大事だが、なにより肝心なのはその演出だ。隔離世にて侍と刀鍛冶が協力すれば、体育祭の青組のように……ただ歌うよりも凄いものにできると思うんだ」
ラビがアイディアを語ると、すぐにシオリが私の腕の中で呟いた。
「メイ先輩もハルちゃんもアニソン歌う」
妙に確信を持った言葉だった。みんなして顔を見合わせる。
「二人とも一般人っていうより二次元オタクなところあるから、たぶんそうなる。演出も、きっとそれに近づくと思う」
「ごめん。そっち方面はよくわからない」
すかさずユリアが根を上げた。
「大勢いるアイドルグループみたいなの、二年の女子でやればいいかと思ってた」
「どうせやるなら歌にはメッセージ性が必要だろう。選曲もそれに近づけるべきじゃないか?」
緋迎くんの提案にラビが俯く。
「コナちゃんの歌、そういえば聞いたことないな」
そういう問題か。内心でツッコミを入れる私に構わず、シオリがドヤ感たっぷりに口を開いた。
「コナの歌すごいよ。歌姫クラス」
「いや……その例えだけだとよくわからないぞ」
「すごい上手なの!」
緋迎くんのツッコミにシオリが言い返す。ユリアもシオリの援護に回るように何度も頷いていた。
「となると問題は」
みんなが期待を向けてくる前に呟く。そうしないとこの場で歌わされかねない。
「選曲と演出ね……」
スピーチ原稿と同じくらい気が抜けない内容になりそうだ。
「面白くなりそうだね」
しれっと言って、この白ウサギは……!
きっと今頃、メイ先輩とあの子も頭を悩ませているに違いない。
本当に困った難題をふっかけてくれたものだ。
でも……悔しいけど、こういう時間を仲間と取れてよかったとも思う。絶対にラビに言う気はないけどね。恥ずかしいから。
◆
綺羅の部屋に三年の学級委員長とサユ、ルルコを集めた。
真中メイにとって作戦は単純明快。
「ルルコ演出で二曲やる。選曲も任せる……私たちの三年間、伝わるやつをお願い」
「もちろん! メイのすべてが伝わるのにするよ」
私の言葉にどや顔でルルコが頷いた。
「メイらしい曲と、みんなに向けた曲がいいよね。アニソンと普通のがいいかな」
「ええ……アニソン入るのかよ」
「綺羅くん、うるさい」
ルルコと綺羅が揉めているのはいつものことだから放置するとして。
「ぶっちゃけどれくらいの人員動かせそう?」
学級委員長たちに尋ねる。みんな楽しそうに私の思っていたよりたくさんの人数を報告してくれた。でも意外すぎる。私が言うことでもないけども。
「受験生いいのか。大丈夫なの?」
「別に進学校ってわけじゃねえしな」「エスカレーターだよね。大学部あるし、気は抜けないけど勉強ばかりって学校じゃないし、別にいいでしょ」「確かにねー。もう楽しいことは文化祭だけかと思ってたから気張らしになって大歓迎」
明るいなあ、みんな。もっと緊迫感に包まれた空気を想像していたけど。
「みんな……実はもっと遊びたかったり?」
「「「 当たり前でしょ! 」」」
みんな声を揃えて言うから思わずまばたきしちゃったよね。
「お受験ムードとか勘弁だわ、マジで」「どうせエスカレーター式はバカばかりとか言われるんだろうけど」「結局、進学組は侍か刀鍛冶になる奴多いからな」
むしろ大丈夫か、士道誠心。らしいけど。
あとなぜにルルコはどや顔をしているのか。
「ルルコ……あんたまさか、何かしたんじゃない?」
「えへ! 別にぃ、一年生相手にぃ、進学組は受験で手一杯なんて言ってないよう? エスカレーターで大学いく子もたくさんいる、とも言ってないしぃ」
「さては……前半だけ言ったでしょ。すぐばれる嘘をつくんじゃないの」
「だぁってぇ、ハルちゃんそのへん理解してなかったっぽいから、つい!」
そういうことするから、綺羅が腹黒って言うんだよ。まったく……。
「まあ南の言葉も百パー嘘じゃないよ」
「そうそう、中には真中みたいに外部受験組もいるし。そういう奴には勉強第一! みたいな奴が多いのは事実じゃん」
すぐ男子がルルコの味方をする。
さすがに三年目ともなると、学級委員長になる顔ぶれも決まってきてるから、ここにいる女子も気心知れてる子ばかりだ。
早い話、男子のこの手の反応には慣れている。
いまさらわかりきった構図に目くじらたてないのだ。
「うちは特に高校から夢みたいになる学校なんだから。お祭り騒ぎ大歓迎って人種ばっかり集まってるのは事実かも」
「生徒会長があんなんなって……ずっと張り詰めてたからねー。ラビには期待してたよね、実際」
九組の学級委員長の言葉にみんなで黙る。
三年生にとって、生徒会長はただ一人。一つ上の代の……先輩のことだ。
邪に飲まれて今年意識を取り戻すまで植物人間になってしまった。あの一件は私たちに影を落としたし、みんなでもう二度と繰り返さないようになんでもやった。
刀鍛冶の強化なんかもその一つだ。
「一年生のあの子も、コナちゃんに負けず劣らず面白そうだけどね」
九組の委員長の言葉に笑う。確かにハルちゃんは面白い。
そして……決して油断できない後輩がいる。
コナちゃん。
もしあの子が劇場モードに入れるくらい、元気を取り戻していたら? 勝負の行方はわからない。
「いやいや、そこはほら! メイがやるっていうなら、三年生ここにありってとこ見せないと!」
「そうそう」
八組と二組の学級委員長の言葉に頷く。
「隔離世でやるなら、私たちの集大成を見せよう」
私の覚悟にみんな、笑顔で頷いてくれた。
戦うだけが能じゃない。それに体育祭の時にルルコの率いた青組応援団の舞台を見てからずっと思っていたのだ。
私たちの心にはいろんな可能性があるんだって。
なるほど、たしかに引退して隠居を気取っている場合じゃない。
進路を決めて挑むのだから、三年生の私たちこそ強く夢を描けるはずだ。
見せてやらなきゃ。ううん、ちがう。
誰より私が見たいんだ。私たちみんなの未来を。
そのためになら、どんなにだって頑張れるさ。私の心には確かに太陽があるのだから。
◆
先輩たちはどんな曲を選び、どんな演出をしてくるのだろう。
ぷち春灯を放ってはみたけど、先輩たちはお部屋で相談しているみたいで情報入手ができません。
どうもこんばんは、しょんぼり青澄春灯です。
今はトモのお部屋に一年生の主要メンバーで集まっています。
狛火野くんが渋い顔で首を捻る。
「正直……俺には歌とかそういうの、よくわかんないな」
「狛火野に僕も同意見だ。ギン……は部屋でぐっすりだし、そもそもアイディアは望めない」
シロくんの言葉にトモが「どうして?」と尋ねる。
するとシロくんは遠い目をして言ったよ。
「僕もギンもあんまり歌が上手じゃなくて。ギンは歌とかあんまり興味ないし、僕も一緒だ」
そうだっけ?
「すまん。俺も無理だ」
頭を振るタツくんのそばで、ユリカちゃんがにこにこ座っている。けれど口を開かないということは、発言するだけの何かがないのかもしれない。
代わりにそばにいたレオくんが微笑む。
「僕は一通りおさえているけど……論点が違う気がするね」
みんなの視線がレオくんに集まる。
「立候補者がそれぞれ、二曲まで選べる。結城くん、キミならどういうテーマで選ぶ?」
「それは……そうだな。立候補者の人柄が見えるもの。あとは、あとは……」
戸惑うシロくんに補足をするように、マドカが笑顔で口を開いた。
「あとはスピーチに添うものかな。遊びをいれるなら全然関係ない曲でもいいのかもしれないし、聞いてて楽しいライブ感のあるものかもしれないけど。先輩二人はどっちも満たした選曲にしそうだよね。だから論じるなら、ハルに似合っていて、隔離世ならではの演出ができて、みんなが楽しめて、スピーチに影響がありそうなものかな」
マシンガン。相変わらずのマシンガン。膝上に抱かれたぷち春灯も私もきょとんとしちゃう。けれどシロくんだけは納得した顔で頷いた。
「青澄さん自身と、彼女が生徒会長になったらいいと思える歌か。歌詞が大事になってくるな」
「待って。ねえ……疑問なんだけどさ」
トモが枕を抱き締めながら何気なく尋ねる。
「みんな、ライブや動画で歌みるときに歌詞とか考える? 曲聞くのに夢中で、あんまり浮かばなくない?」
「「「 う、ううん 」」」
それは鋭すぎる指摘です。誰も何も言えなくなっちゃった。
「そりゃあ知ってる曲なら歌詞は意識するし、好きなアーティストなら意味とか考えるけど。歌詞よりも、どっちかっていうとのれるかどうかと演出の方が大事じゃないかな」
トモの言葉にみんなで顔を見合わせる。
「みんなが知ってる歌なら歌詞攻めありだと思うけどさ。肝心なのは……ハル、あんたどういう歌を歌いたいの?」
そして視線が私に集まる。こ、困ったな。
「そ、それをご相談したかったのですが。みんなが好きな歌、なにかなあって」
「いや、そういうのいいから。みんなに好かれようとするより大事なことあるでしょ」
あっけらかんとしたトモの言葉に首を傾げる。
「……だって、票を集めるなら好かれた方がいいのでは?」
「ハルらしくないなあ、それは結果の話でしょ。いつものハルなら誰より最初にわかることだと思うんだけど……大事な前提があるじゃん。ほら」
楽しそうにトモが笑っている。なんで。
「アンタはみんなのことが好き。でしょ?」
「……うん」
素直に頷く。それは間違いない。それだけは、絶対に間違いない。
「だったら、ほら。言うことあるじゃん。それこそが大事じゃないの?」
「……なるほど」「確かにな」「ハルらしいか」
みんなして勝手に納得するのなに!? 私は全然わからないですけど!
「みんなのことが好き。それを伝える歌、なんかないの?」
「――……あ」
トモの言葉にやっと、胸にすとんと落ちた。
好かれようとするんじゃない。好きを伝えなくちゃ、意味がないんだ。
士道誠心が好き。この学校に入ってよかった。みんなが大好きだ。それでよかった。もっとよかったって思いたい。もっともっと楽しみたい。それを伝える歌じゃなきゃ意味がないんだ。
「ある」
思わず立ち上がった。
「あるよ! そういう歌! みんながイメージする、いわゆるミュージシャンじゃないけど」
声優で歌手みたいな人の歌で大好きな曲があるの。
呟く私をみんな微笑みながら見守ってくれた。
「じゃあ……それでいいんじゃない?」
マドカの問い掛けにみんなして頷くの、ずるい。
「じゃあ次! 演出なんだけどさー。ハルの歌を聴いたら、あたしたちはそこ詰めないとね。みんながのれるような演出をさ」
「スピーチも大事だからちゃんと考えないと。これは青澄さんの原稿を元に僕と住良木で取り組む形で構わないか?」
「もちろんだ」
どんどん話を詰めていってくれる仲間たち。筆頭である友達が私を見つめてくる。
「ほら、ハル。突っ立ってないであんたも考える!」
トモの言葉に私は涙ぐみそうになりながら、必死で堪えて座った。
「企み、うまくいきそうだね」
マドカの囁きに頷く。
私の仲間たちは凄いんだ。私たちの夢はとびきり大きいんだ。それを上級生に伝えたい。ただそれだけ。
気は抜けない。けど、私たちならやれる。確かにそう思えたのだ。だってみんなと過ごすこの時間は輝いているから。
伝えたい。届けたい。金色に輝く青春を!
私たちみんなで今をもっと輝かせるんだ!
つづく。




