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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十八章 九月で選ぶ未来の行方

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第二百二十一話

 



 並木コナは覚悟を決めていた。

 刀を抜いて振り回して構える真中メイ先輩を見て、斬られる覚悟を確かに決めたのだ。

 同級生ならいざしらず、先輩の……それも士道誠心高等部の第一線を張る人の刀を避けられる自信などない。

 特殊攻撃だけならなんとかできるだろうけれど、それはそれ。


「じゃあ隔離世いこうか」


 メイ先輩がそう言い出さなかったら素直にぶっとばされようと思っていた。

 私なりのケジメのつもりである。

 さきほど隔離世に触れた挑発には、正直にいえば本音をだいぶ含んでいた。

 隔離世にいかなかったら私はぼこぼこにされるだろう。そうなったらそうなった時だ。失恋したばかりの先輩に出来た傷口に塩を塗るような真似をしたのは事実。だからこれは当然の報い、そう受け入れようと思っていた。


「……いいんですか?」

「もちろん」


 どうやらメイ先輩には私を痛めつけるつもりがないようだ。それどころか、そもそも私に対する敵意すら感じない。

 素直にすごいと思う。

 緋迎くんに失恋した時の私がハルに対して毅然と振る舞ったのは、プライドがあったからだ。あの子の前でだらしない、みっともない……みじめな自分を晒したくなかったからだ。

 あの子が良い子だから。嫌な女になりたくなかった。それは意地のようなものだった。

 メイ先輩はどうだろう。

 私に対して同じような気持ちを抱いているだろうか?

 まったくないとは思えない。ただ、それだけとも思えない。


「どうしたの?」

「い、いえ」


 いけない。気持ちを切り替えないと。

 私が悩んでいる内にみんなもあの子もやってきた。


「なら、俺が代わりに移動を引き受けます」


 私の代わりに緋迎くんが眼鏡を御珠へと変えて、隔離世へと移動する。


「……さて」


 既にメイ先輩の刀は炎を纏っていた。

 対峙する私たち。私の後ろにみんなが集まって観戦の構えだ。


「まずはお試しでいくよ。影打ち――……」


 大上段に構えたメイ先輩を見て、後ろのみんなが慌てて逃げる。

 しょうがない。構えただけで感じる圧迫感が増した。背筋に一瞬で鳥肌が立った。

 けれど、やる。


「燃やせ!」


 振り下ろされた瞬間、炎が私めがけて吐き出された。それは龍の姿を取って私めがけて飛んでくる。全身を構成する霊子をすかさず龍へと伸ばした。

 見えない糸のようなそれが龍に触れてすぐ、流れ込んでくる。メイ先輩の心が。


『何があっても……ラビ。変わらず、好き』


 それは愛情だった。恋とか好意とか、そんな単純な言葉で言い表すことのできない熱情だった。

 拒絶するのは簡単だ。逃げるのだって簡単だ。

 けれど私は逃げない。


「――……ッ!」


 ハルが……あの子が示した未来に進むために、私は足を前に踏み出す。

 そのためにへこたれずに龍のすべてに糸を伸ばす。

 刀鍛冶は自分の霊子を注いで理解し、操る。侍や刀鍛冶、刀や邪は霊子を生み出す核があって分解できない。けれど霊子を放つ特殊な飛び道具などは別だ。

 霊子には心が宿っている。侍たちは無自覚だけれど、彼らは刀を振るいながら心を振るっている。だから刀鍛冶は攻撃を受け止めながら、彼らの心を理解してほどいていく。

 今回もやることは同じ。


『許す……けど、今のままじゃいずれコナちゃんとも大げんかするのが目に見えてる』

「わかってます!」


 ほどいて、分けて、散らして消した。

 背後で見守っていたみんなが手を叩いて歓声をあげる。

 いや、喜ぶの早いから。まだまだこれからだから。

 まるでユリアの部屋でたまに深夜に見せられるプロレスのようだ。予告して技を放つ。相手はそれを受け止める。


「じゃあ次いくよ」

「はい!」


 構えるメイ先輩の手が、刀に触れる。技を振るって私が受ける。

 前哨戦といいながら……これは、儀式だ。なんのための?


「二段目――……」


 刀が纏う赤い炎が青に変わる。そして燃える勢いも増していく。

 中段に構えた。腰を落として、腕を身体に引き付けた。切っ先はこちらに向いている。

 即座に操る霊子の糸の密度を増した。間に合うか――


「穿て!」


 青から白い閃光へと変わったそれは光線のように飛んできた。

 瞬時に前に倒れ込むように逃れる。一の矢は避けた、と思ったのに。


「溶かし尽くせ!」


 光線は放たれたまま、地面に伏せた私の背中に迫ってくる。

 寝返りを打って光線に霊子を伸ばした。頭にがつんと響くような衝撃を食らう。

 高速道路、バイクに跨がるラビの背中が見える。文句を言いたそうなラビの顔、士道誠心お助け部の部室。彼の顔が近づく夕暮れの教室。他にも。

 一瞬で流れ込んできたイメージのすべて、メイ先輩とラビとの思い出。


『――……どう積み重ねても、お互いに幸せになれなきゃいつか破綻はやってくる』


 大人びた思念に混じる、子供みたいに泣き叫びたい気持ち。


『すれ違ってきた二人には、同じ失敗をしないでくれたら……嬉しいな』


 途方もない愛と願い。ラビの幸せだけじゃない。私のことまで思えてしまう、本当に太陽みたいに尽きない愛。

 ああ、これは儀式だ。確かに儀式だった。

 メイ先輩の思いを受け止めて、それを超えていけというメイ先輩の叱咤激励だった。

 挫けそうになる。折れそうになる。こんなに誰かを思える人を相手に勝てるのだろうかと。ラビをきちんと繋ぎ止められるのだろうかと。不安で不安でたまらなくなる。

 それでも。


『戦うって決めて。先へ進むために全力を出すと決めたなら、気を遣わないで……頑張れ』


 先輩の思いを理解して、分解して立ち上がる。


「――さあ。次で最後」


 メイ先輩がその刀を胸に突き刺した。


「我が思いは無限。我が願いもまた無限。尽きぬ愛こそ私の炎!」


 引き抜いた刃が光り輝く。


「真打ち、アマテラス!」


 ハルの大神狐モードを超えた圧倒的な霊子の塊を感じる。太陽みたいに眩しくて、熱くて。周囲の霊子が一瞬で悲鳴を上げながら蒸発していく。

 即座にシオリとルルコ先輩が氷の防壁を張った。その氷は私に伸びてきたけれど、意識して強く地面を踏みつける。サポートはいらない。


「コナ!」


 シオリの悲鳴に一度だけふり返って、笑ってみせた。それだけでシオリは理解してくれたようだ。納得できない顔で、けれどそれ以上のことはしてこなかった。


「受け止められる?」

「もちろん」


 メイ先輩の問い掛けに胸を張って答える。


「下手したら……霊子ごと熔けてなくなるけど。それでもやる?」

「ええ」

「もう……もういいんだよ、コナちゃん。私の重石なんて、背負う必要ない」

「そういうことじゃないんです」


 背中で見守ってくれるあの子に届くように、私は胸を張る必要がある。


「メイ先輩の愛に、私は負けない。私とラビを許して愛するというその気持ちに負けないくらい」


 刀鍛冶の本質が愛情なら。


「私はあなたのことも愛して返します」


 私のフィールドで負けるわけにはいかない……それに、なにより理解したかった。


「アマテラスの――……メイ先輩の本質、全力でぶつけてください」


 あなたの心を教えてください。そんな私の思いに応えるようにメイ先輩が目を伏せた。

 一年生は交流戦の時にしか見たことがないだろうけれど、メイ先輩の最強の必殺技は決まっている。太陽のような霊子の塊をぶつける技だ。いつもは放つまでに時間が掛かる。それはもしかしたら、霊子を塊にするだけの熱情を燃やすのに時間が必要なのかもしれない。

 なのに。ああ、それなのに。


「必殺技の名前、あればいいけど……私はシンプルに呼んでる。私の太陽――……受け止められる?」

「どうぞ」


 嘘だ。総毛だっている。逃げ出したい。あれはやばい。やっぱり無理だ、あれだけはやばい。例えるならユリアがオロチを出して、私めがけて全力で飛びついてくるような、そんなやばさだ。ぺちゃんこになるか死ぬ。間違いない。

 それでも……それでもだ。

 引かない。逃げない。折れないあの子に情けない背中を晒すくらいなら、死んだ方がマシだ!


「いけ!」


 はじき飛ばされた太陽に霊子を伸ばす。触れた先から熔けて蒸発しそうな熱意を感じた。

 私の指先を溶かすだけの強烈な灼熱。


『この学校が好き。刀が好き。力をくれて優しくしてくれた先輩は特別。折れてめちゃくちゃになった私を支えたラビの健気さもだめ。いたずらっ子で遊びたがりなのに、それを我慢して。いざという時には男を魅せるギャップがずるい』


 流れ込んでくるのは、


『羨ましい。ずっと好きだった熱量を。注がれる彼女を。それでも大事にしてくれたラビを嫌いになれるわけない。引きずられたくもない。だってこの学校はすごく楽しい場所だ。三年なんてあっという間。後ろを向いていたら……大事な時間を無駄にしちゃう』


 メイ先輩の、


『コナちゃん。無駄にしないで。私みたいに無駄にしちゃ駄目。巡り合わせでこうなったこと、私は後悔してない。ラビもしてないと思う。コナちゃんだって……失恋して、後悔した?』


 溢れんばかりの思いだった。

 頭を振る。涙が自然とあふれてきた。


「してません!」


 叫び、私の霊子が端から蒸発させられていく。けれど太陽をどんどん小さく分解していく。


『私もしてない。終わったことだもん。二人がどうしようが二人の勝手。周囲は別みたいだからめんどくさいけどさ……いいよ。許してるよ。二人のことも大好きなんだもん』


 不可視の糸がメイ先輩の太陽を通じて灼熱に色づく。私の素肌に届いてじりじりと燃える熱を感じる。けれど痛くない。この熱は、私を決して傷つけない。


『だから、がんばれ。ただ……情けない恋愛するなら奪い返すし、めちゃめちゃ怒るから覚悟しといてよ?』


 笑うような念のあと一歩、奥。眼前に迫る太陽のコアに無我夢中で霊子を伸ばした。間に合わない。どうする?


「ええい!」


 未来はこの手の中にある! 掴み、最後の思いをほどいた瞬間だった。

 淡い温もりが私の中に流れ込んでくる。


『好きなら、夢中になって。いいよ。私が許す! ね?』


 純粋に私へと届けられた熱。未来を願う……途方もない愛情の塊だった。

 すごい。私は私で普通じゃない高校二年生だという自覚がある。けれどメイ先輩もそうだ。とびきり大人で、そうであろうと背伸びして強さを手にした子供だった。

 温もりを掴んだ手の中が焼けただれている。すぐに治せるし、治した。誰にも見せたくなかった。メイ先輩の弱さも含めて、私は受け取ったのだと思ったから。


「刀鍛冶でこれを受け止めたの、コナちゃんが初めてだ」

「……光栄です」


 深く頭を下げた。

 姿勢を戻した時にはもう、メイ先輩はすっきりした顔で笑っていたの。


「うっし……じゃあラビ、こっちへきて正座ね」

「え?」

「いやほら、成敗しなきゃだめでしょ?」

「え? え? え? え?」


 戸惑う私と、氷の障壁を消した背後のみなさん。


「コナちゃんもよかったらどうぞ。あ、今度は分解すんのなしね」

「え。え。待って。待ってください。今ので円満に解決して、それで終わりでは?」

「んー、それも考えたんだけどさ。ケジメ、必要っていうじゃない? 世間的に」


 ルルコ先輩に背中を押されてやってきたラビの顔色が悪い。

 大人しく正座する聞き分けの良さも怖い。


「……え、本当に?」


 ええええ、と唸りながらも、ラビが正座をしているから隣に並ぶ。

 彼氏だけを酷い目に遭わせるわけにはいかない。

 ケジメは確かに求めていた。しかしいったいどのように?


「さて、じゃあ……いくよ」


 刀を鞘におさめたメイ先輩が抜刀の構えに入る。

 まずい。攻撃する気だ。

 強ばる顔で、隣にいるラビに囁いた。


「ちょっと。一難去ってまた一難どころの騒ぎじゃないんだけど」

「……ごめん」

「心よわっ。ちょっと!」

「素直に受け入れよう」

「諦めてない!?」


 ラビの視線がうつろだった。そんな!


「ま、待って!」

「問答無用! 燃えちゃえ!」


 慌てる私に構わず、メイ先輩は居合い切りを放った。

 熱波が私たちを襲う。一瞬で私たちの衣服の一部が見事に焼けて蒸発した。

 あわてて見下ろすと、それほど露出してなかったから大丈夫そうだ。けど!


「熱い! すごい熱い! さっきまでと比べものにならないくらい熱い!」


 慌てて周囲の粒子を集めて衣服を元に戻して隣を見て、目が点になった。


「……あはは」


 真っ黒けになったラビの髪の毛は天パ状態。私は服くらいで済んだけど、ラビはもっと手ひどいお仕置きを食らったようだった。見るに見かねて治療を施して、元のイケメンだけれど手に負えない白ウサギに戻す。


「……けほっ」

「大丈夫……?」

「たまにはいいかもね、なんて。嘘、ごめん。当分いいかな……」


 同意。


「あはは。やりすぎちゃったかな……ぷっ!」


 すかさず堪えきれないとばかりにルルコ先輩が笑い声をあげた。


「ふふー。ラビくんのやられ姿、滅多にないね。レア中のレア。写真に残しておけばよかったかな」

「ルルコ、それはやりすぎ」


 メイ先輩はたしなめるけど、でもルルコ先輩の言うとおりだ。見ればみんなして吹き出すのを我慢している。


「いやあ、コナちゃんとの燃え具合の差……どっちも愛を感じるねえ」

「ルルコうるさい。緋迎くん、さっさと現世に戻して」


 駆け寄ってきたルルコ先輩を抱き留めて、メイ先輩はすっきりした顔で緋迎くんに告げた。


「やれやれ……それでは失礼して」


 すぐに現世へと戻る。

 参った顔をしているラビに緋迎くんとユリアが近づいて慰めていた。ふと彼が悲しそうな目つきをしてきたけど、今はだめ。そういうのは二人きりの時まで我慢してください。


「それじゃあ男共の対決の行方を見に行こうか。それともハルちゃんも私と戦う?」


 メイ先輩の呼びかけにハルが我に返った顔をして、それから慌てて頭を振った。


「い、いえ! 滅相もないです。私は……メイ先輩とコナちゃん先輩が仲良くなったの見て、ラビ先輩もなんだかんだすっきりしてくれたみたいで、心底ほっとしましたから……それでいいんです」


 照れた顔をして、そのうえ満ち足りたように微笑むから可愛くてしょうがない。

 ハルを抱き締めたのは私だけじゃない。メイ先輩もだった。三人で笑い合う。

 こうしていられる瞬間がなにより宝物なのかもしれない。


「よかったあ……」


 本当に嬉しそうな笑みを浮かべるハルの涙が答えに違いない。


 ◆


 ハルさんを見送って、ノンは男達の戦いを見守っていました。

 ギンやタツさんの侍としての腕は上級生たち相手にも決して引けを取りません。

 それどころか圧倒する場面もちらほら見かけます。

 だから倒していくんです。なのに、綺羅先輩が根性みせろと叫ぶと、倒れたはずのみなさんが立ち上がるんです。ゾンビみたいです。

 おかげでエンドレスです。倒しても倒しても終わらないんですもの。

 なのに折れずへこたれずに、ギンもタツさんも立ち向かい続けます。

 どうしてそこまで頑張るんだろう。

 ハルさんのため? ……だとしたら妬けちゃいます。


「嫉妬してしまいますね……」


 白髪の儚げな美少女さんがタツさんを見ながら艶っぽいため息を吐かれました。

 確か……日ユリカさん。たちもり、という名字で覚えています。タツさんとよくご一緒されてますし。

 ウィスパーボイスに対する返事に悩んだけれど、すぐに笑っちゃいました。


「きっとそんな難しいこと考えてないです。誰かのためとか、そういうんじゃなくて」

「……なら、なんのために?」

「自分が自分であるために……ですかね」


 ギンは戦っている時が一番輝いている。格好良いと思える瞬間があそこにつまってる。だからギンにとって侍は天職だし、候補生でいられるこの学校は普通の学校とは比べものにならないほど特別な場所だと思います。

 ハルさんは夢を見せてくれました。普通の学校生活みたいに済んじゃうことでも士道誠心らしく全力でやろう、やれるはずさと。

 ギンだけじゃない。あたしだって夢を見たんです。他にもいろんな人が、ハルさんの描いた理想に夢を重ねている。そのためにできることがあるのなら、なんだってする。したいと思うから、する。

 うん。やっぱり難しい理由じゃない。もっと理由は単純ですよ。


「ギンは自分の居場所を素敵なところにするために戦っているだけです。今はもうただの意地になってそうですけど」

「……それをタツさまは放っておけない、と。昔から面倒見のいい方でしたから」


 心配そうにタツさんを見つめるユリカさんはもの憂げだった。


「タツさんのこと、心配ですか?」

「はい……夜のお茶の時間に間に合わなくなってしまいます」

「え、心配って、そういう?」


 ゆ、ユリカさん、思ったよりも独特の空気で生きていらっしゃる方かもしれませんね。

 ふう……それにしても。


「決着つきませんねえ」

「愚連隊の大勢とタツさまは限界寸前で……ああ。へたりこんでいらっしゃいますね」

「となると……あとはギンと綺羅先輩の意地の張り合いなんですが」


 二人は頭突きを食らわせあっている。

 もはや切り合いですらない。ただのケンカだ。頭が割れそうなひどく鈍い音がする。隔離世じゃないから普通に怪我をするし、それは普通に治すしかない。

 せめて隔離世でケンカしてくれたらよかったのに。

 放っておけないんだけど、いま割って入ったら普通に突き飛ばされてしばらく口も利いてくれなくなるくらい怒らせてしまいます。火を見るよりも明らかです。

 結局、見守るしかありません。刀鍛冶の戦いは、侍を信じて見守ることなのだから。

 ……やっぱり、ハルさんが羨ましいです。刀があったら隣に並べるのに。

 どうか、大けがをする前に……刀を下ろしてくれたいいのに。

 二人とも私の願いなんて知らずに笑い合っています。


「根性あるなァ……沢城」

「入学式から愚連隊には目ぇつけられてっからよ……このへんでケリつけてえんだよ」

「奇遇だなァ……同意見だぜ。拳できな」

「望むところだ……こいつでラストだァ!」


 なんて表現しよう。

 青澄春灯さんの世界をライトテイストの漫画調だとしたら、ギンと綺羅先輩のそれは劇画調の、昭和の勢いタッチの漫画です。不良漫画かな?

 刀を下ろしてくれたけど、だからといって殴り合って欲しいわけじゃないです。もう!


「お、やってるやってる」


 真中先輩の声に顔を向けると、離れていったみなさんが戻ってきたところでした。

 みなさんすっきりした顔です。ラビ先輩だけちょっとへこたれた顔して耳が垂れ下がっているから、校内で話題になっていたケジメとやらはついたのかもしれません。

 ハルさんの顔がきらきらしていたから、悩みの一つが解決したのだと思います。

 それはいいです。問題は一つ。


「「 ふぐっ 」」


 見ればギンと綺羅先輩の拳がクロスしていた。もろに互いの頬に拳が突き刺さっています。

 そして二人同時に倒れちゃいました。


「……ギン?」


 呼びかけます。

 倒れたはずのギンの足があがりました。

 なんとか身体を起こそうと、四肢を懸命に動かしています。


「ギン!」


 思わず必死な声で呼びかけます。


「っせえなあ……聞こえてるっつうの」


 痛みを堪える呻き声をあげて、なんとか起き上がろうとする。このままいけばギンが立って、一年生の勝利。

 二年生たちも三年生たちも、タツさんもそろって身体の自由が利かないようです。

 綺羅さんは伸びているまま。そんな綺羅さんに呼びかける人がいました。


「綺羅。頭がそれじゃ示しがつかないんじゃない?」

「……せえな」


 真中先輩です。楽しそうな声でした。綺羅先輩が震えながら上半身を起こすのです。


「綺羅くんだっさ。ルルコの言うとおりに筋肉落として弟さんみたいに着飾ってみようよ? 案外人気でるかもよ?」

「それだけはごめんだ……ッ!」


 前屈みになって、膝をついた。


「勝ちたい? 譲りたい?」

「答えは、一つだろ……!」


 北野先輩の囁きに応えるように膝を両手で掴んで、がくがく震える足をなだめながら立ち上がろうとする。綺羅先輩が勝っちゃう。


「ギン! 格好良いところ見せてください!」

「ち、くしょうが……!」


 ノンの祈るような声に、膝が笑うのを堪えながらギンが立ち上がろうとした。

 お互いに生まれたての子鹿みたいに足を震わせている。どちらもいつ倒れてもおかしくない。

 だから。だからこそ。


「ノンのために立ってください!」

「――……く、おお!」


 ギンが立った! ギンが立ちましたよ! 飛び跳ねて喜ぶあたしにハルさんがひっついてくれました。二人で喜ぶ。けれど立ったギンがふらついて、そのまま倒れた。

 力尽きたんだ。無茶なんですよ。

 放課後からずっと戦い続けてもうすっかり夜遅くなんだから。

 放置だってできた。勝つことができたはずだった。なのに綺羅先輩はギンの腕をとって、互いに同時に倒れ込んだのだ。


「……だから綺羅くん、ばかなんだよ。ださくて、かっこいい」


 ルルコ先輩の優しい声が幕引きの合図だった。


「勝者なし。でも……収穫はあったかな?」


 メイ先輩の問い掛けに並木先輩が頷く。ハルさんもだ。

 緋迎先輩が楽しそうに笑ってラビ先輩を見つめているのが気になると言えば気になるけど。そちらはみんな満ち足りた様子だからいいとして、あたしは……タツさんに駆け寄るユリカさんのように、ギンに駆け寄った。

 倒れたギンは傷だらけで、ボロボロだった。


「おれ……たっただろ?」

「みてましたよ」


 なに満足そうに笑っているんですか、ぼろぼろになって……もう!

 汗で乱れた髪を撫でつけて、痛そうな頬にそっと触れる。

 すぐにギンが目元を顰めた。痛かっただろうか、そう思ったのにギンはあたしの手を取って、頬に重ねさせる。


「……あとちょっとで勝ってたんだ」

「わかってます」

「……俺はお前の自慢か?」


 不安そうな声だった。唯一にして絶対の、ギンにとっての基準線。

 刀が心なら……人を斬る絶対的な力こそがギンにとっての世界。自己表現のすべて。

 すごくシンプルで、けれど現代においては生きにくい価値観だと思う。

 神によって授けられたとしか思えない身体能力の高さと抜群のバネは、その価値観で生き抜くための力そのものだった。激しい人生を送ってきたんだろうと思う。

 知っている。知っていますよ、ギン。ノンの答えはいつだって一つです。


「もちろんです」


 あなたはノンの特別ですよ。たとえ刀が折れたとしても……ずっと。

 そんな思いをこめて見つめます。


「今日は一緒に寝ましょうね」

「……おう」


 二人にしか聞こえない囁き声をかわして微笑みあうんです。

 きらきらの特別な日々を続けられるようになんでもしたい。

 けれどそれは時に疲れちゃうから、休むべき時にはしっかり休もうと思うのです。

 特に今夜はね。

 今夜はきっと、いろんな人がいろんな風に休むんだろうなあと思いました。

 ギンとノンはどんな夜を過ごすのか……ですか?

 ノンは……そうですね。くたびれたギンが高いびきを掻くのを、ギンの腕の中でのんびり子守歌代わりに聞く予定です。

 あんまりうるさいから割愛しますけどね。だって……今日は疲れ切って、ベッドに倒れ込んだらギンはすぐにでもぐっすり寝ちゃうに違いないから。

 ノンは……私はきっと、寝つきにくいだろうけど。

 それを愛しいと思わずにはいられないんです。




 つづく。

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