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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三章 九組の抜刀、高校の生活

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第二十二話

 



 ほ、本当に倒し斬っちゃった……。

 て、訂正。倒しきっちゃった。

 そこかしこの壁や地面にめり込んだりへばりついている先輩方。

 対する私は「ぜえ、ぜえ、はふう、ひい、ふうっ」肩で息をするのもやっと。

 身体中が火照り、汗だくです。


『ふう……鍛錬不足だ。体力がない。粘りがない。バネもないし体幹も悪い』


 頭の中で不平たらたらなのはおじさんだ。

 最後の一人を切り伏せて、刀を鞘にしまった途端に私に身体の制御を戻してくれたのだ。

 おかげで膝ががくがくいってるし、油断する暇なんてないレベルで尻餅をついた。

 下着がどうとか、ブラウスのボタンが、とか。

 そんなのどうでもいい。

 無理、動けないの。

 たまらず背中から倒れて天井を見上げた。

 トモがあけた穴から青空が見える。

 そのそばにある――……天井の骨組みの一箇所に目が留まった。


「え――……」


 銀色の長い髪の毛が揺れている。

 どうやってそんなところにのぼったのか、ユリア先輩は天井から私を見下ろしていた。


『――警戒せよ』

「おじさん?」


 どうして、と口にする寸前で、ユリア先輩が両手を伸ばした。

 する、と。

 柱から緩やかに落下してくる。

 頭を下にして、私めがけて真っ直ぐ。


「え、ええええっ!?」

「――……ろち!」


 かろうじて声が聞こえた次の瞬間、ユリア先輩の全身からどす黒い何かが吹き出した。

 モヤ、だろうか。それが晴れた時にはもう、彼女は私の眼前にいた。

 何事も無く。

 何メートル? ううん、何十メートルもありそうなところから飛び降りたのに。


「『ちいっ!』」


 お姉さんの声が頭で響き、私の口から同じ言葉が出た。

 身体が浮いている。声を出した時にはもうお姉さんが私の身体を使って跳んだの。

 なのに、ユリア先輩の顔がすぐ目の前にある。

 同じだけ跳んで、同じだけの速度でついてくる。

 こんな芸当が出来るなんて、そんなのもう――


「ええい、のかんか!」


 お姉さんがユリア先輩の身体を指先で突こうとした。

 頭の中に広がる思考は経絡、押して殺す、という物騒なもので。


「だめ」


 けれどユリア先輩が片手で手首を掴み、ひねりあげて、そのまま地面へ。

 二人で転がるのに、地面にぶつかるのは私の背中だけ。

 根っこが押しつけられて尻尾がすごく痛い。


「がっ、ぅ――……くっ!」


 悲鳴をこぼしながらも、おじさんとは違う素早くも絡みつくような動きで、お姉さんはユリア先輩の身体に手を伸ばす。

 でも、だめだった。


「私を殺すのは、あなた?」


 その言葉の意味を問うことは出来なかった。

 お姉さんが私の口で、理解出来ない甲高い鳴き声をあげたせいだ。


「ッ――……ぐっ」


 けれどお姉さんが最後まで何かをしようとするよりも早く、頭を地面に叩きつけられて防がれてしまう。


「一尾では無理……あなたじゃない、か」


 お姉さんの視線は恨みと怒りに染まって、私の顔は凄い形相へ。

 なのにユリア先輩はつまらなそうに「九尾なら、と思ったけど。見込み違いね」お姉さんの激情を誘う一言を口にして、私の首を絞めた。

 憎しみへと転じていくお姉さんの視界ではわからなかったけれど。身体はたった一人に組み敷かれているとは思えないほどがんじがらめにされているような拘束を感じる。


「やま――」

「堕ちろ、狐」


 お姉さんが叫ぼうとした瞬間、身体中を激痛が走って私は意識を手放した。


 ◆


 身体のどこかを押された、と思った次の瞬間、すごく楽になった。

 たまらず「は――……」と息を吸いこむ。

 肺が広がるような感覚に、夢中で酸素を求めずにはいられない。

 ぼやけた視界がゆっくりと像を結んでいく。

 私の顔を見下ろして、つらそうな顔をしているのはラビ先輩だった。


「大丈夫かい?」


 起き上がろうとして、無理だった。

 身体中が悲鳴をあげている。けれど感覚が強すぎて痛いのかどうかすらわからない。

 ラビ先輩が背中に腕を回して抱き起こしてくれた。

 身体を見て息を呑む。


「……こ、れ」


 太ももくらいはある太さの縄で縛られたような痕が、身体中に残っていた。


「すまない。双子の妹が迷惑をかけた」


 悲しそうな顔をしたラビ先輩は「失礼」と言って私を軽々と抱き上げて、そばにある長屋の中へ連れて行く。

 あらゆる小物が丁寧に再現し置かれた部屋の中で、敷かれた布団に私を寝かせてくれた。


「刀持ちの実力試しをする癖があるんだが、あいつは手を抜かないから……動くのもきついくらい痛めつけられただろう。待ってて、養護の先生を呼んでくる」


 立ち去ろうとするラビ先輩の服に手を伸ばした。

 けれど掴めず、声もまともに出せない私は見送ることしか出来なかった。

 みんなはどうしているんだろう。

 刀は手に入ったのかな。

 ユリア先輩はなんで、実力試しって、なに……。


『点穴をやられておる。待て、妾に任せよ』


 指先を動かすだけで全身に冷や汗が滲む。

 ぶるぶると震える指で、お姉さんがのど元に触れた。

 一つ、また一つ。身体のいたるところを押すたびに、猛烈な寒気と痛みが戻ってくる。


「か、ふ――……ふ、ぅ」


 んん! と喉を鳴らしてお姉さんが私の胸に触れた途端、全身に何かが巡るような感覚。


「おのれ、おのれ。許さんぞ……」


 怨嗟の声と共に「もういやだ、もうむりだよ」と泣きつく身体を酷使してお姉さんが立ち上がった。

 尻尾なんて力が入らないどころの騒ぎじゃない。


『ねえ、お姉さん……』

「なんじゃ……妾は今呪いを刻んでおる……邪魔を、するな!」


 油断したら頭痛がしそうなくらい歯ぎしりをするお姉さんが怖くて、だけど聞かずにはいられなかった。


『ユリア先輩は……なんなの?』


 私の問いに、お姉さんはきつく目を閉じて深呼吸をすると――……呟いた。


八岐大蛇(やまたのおろち)に相違ない」


 それは歴史に疎い私でも知っている名前だった。




 つづく。

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