第二百十六話
授業前だ。
ずっとルルコ先輩にしがみついているわけにもいかない。
なんとか涙をこらえて、先輩たちの言葉に相づちをうった。
正直何を話していたのかぜんぜん頭に入ってこなかったよ。
とぼとぼと教室に向かう。
道すがら、昨晩寮でラビ先輩とコナちゃん先輩を士道誠心愚連隊が襲撃したという噂を聞いた。メイ先輩が取りなしたけど、ラビ先輩とコナちゃん先輩は葛藤を抱えて去ったのだとも。
あんなに幸せだったのに。
廊下を吹き抜ける秋の冷たい風が私を震え上がらせた。
「寒い……」
もう九月なんだ。
生徒会の選挙があって。部活から三年生が引退して……次の年に向けて準備する。
私に出来ることはなんだろう。
立ち止まったら袋小路にはまる気がして、逃げるように教室に戻った。こらえていたはずの涙が溢れて止まらなかった。いつしか駆け出す私が一年生の教室がある階についてすぐ、誰かに抱き留められた。
こういう時に自然とそういうことができちゃう、出くわしちゃう相手がトモなの私にとってはちょっと運命過ぎてつらい。
「トモしゃまー!」
「トイレ長引いて焦ってるんだけど……なに、どした?」
呆れたように笑って、トモは私の顔の惨状にすぐに気づく。
「なんかわかんないけど、しょうがない! 一時間目ふけるか!」
「トモしゃまー!」
「放課後まで我慢できる?」
「むりです……」
だよね、知ってたと笑ってトモは私を連れていく。
教室に顔を出したトモが友達に一言いってから、私を引っ張って移動する。
けどどうにも身体が重たくてつらい。そんな私に気づいたトモは保健室に連れて行ってくれた。
若い男の先生は私たちを見て、ため息を吐いてからだけどベッドを貸してくれた。
二人で腰掛けて、とりとめのない話をする。なのにこみ上げてくる気持ちのまま、気づいたら寂しいって話になって。トモに全部を打ち明けていた。
「高校は三年、三年生になったら進路の問題が出てくる。剣道部だって今月にはもう上級生とっくに引退してるしなあ」
「うん……」
「先輩たちの三角関係にしたってさ。真中先輩はもう許してる。そういう事態になるかもしれないのに、それでもデートに行った二人の恋人も責められない。ひょっとしたら、長い思いを掛けた恋だから」
「……うん」
「まあ、ほら。高校生なんてまだ子供だからさ。みんなが思い描く理想ほどうまくいかないっていうか……だから傷だらけになってもがむしゃらに頑張れて、青春は輝くっていうか……ううん。なんて言えばいいんだろ」
どう伝えたらいいか悩むトモに、わかってるのと呟く。
「せっかく……幸せなのに。時間は流れて変わってくのが怖かっただけなんです」
「悪い変化ばかりじゃないんじゃない? ハルとあたしがこうして出会ってるみたいにさ」
「……うん」
「何かいいことあるよ」
「あるかなあ」
「あるよ。なかったらあたしがケーキおごっちゃる」
髪の毛をくしゃくしゃしてくれるトモの手が優しくて落ち着く。
ほっとしたら欠伸が出た。
「寝てったら? ちょっと顔色わるいし」
「……そう?」
「自分で気づいてないなら余計だ。ほら、寝た寝た」
トモに促されるままにベッドに入って布団をかぶる。
けだるい身体がやっと休めると脱力し始めた。すぐに眠気もやってきた。
「……トモ、ありがと」
「いいってことよ」
じゃあ休んでいきなね、と言い残してトモが立ち去る。
布団にくるまりながら考える。
いいこと、あるかなあ。
それはどんないいことなんだろう。
答えが出ないうちに私はすぐに眠りについてしまったのです。
◆
目覚めて感じる身体の重さ。
ううん。ちょっとよくない感じ。
ここ最近いろいろ張り切ったぶん疲れが出ちゃったのかな。
風邪こじらせてるとかかな?
時計を見たら昼休み過ぎ。だいぶ寝ちゃった。
ベッドから出たら先生が診察してくれた。
ルナさまじゃないなら栄養が足りてないだけだろう、という結論でした。
元気の出る食べものをお腹いっぱい食って休め、と言われたのでお礼を言って保健室を出ます。
教室に戻ろうと廊下を歩いていた時でした。
九組の教室を覗き込んでいる山吹さんを発見したの。
「どうかしたの?」
呼びかけるとすぐにふり返って、山吹さんが私の手をきゅっと握ってきた。
「青澄さん!」
「は、はい!」
勢いのある声につられちゃう。
「部活たのしい!?」
「え、ええと」
困る。
「た、たのしいけど、今日はちょっとさみしいというか」
「さみしいの!?」
「う、うん。三年生引退しちゃうっていうので」
「一年生ひとりだもんね!」
「そ、そうなんだけど……どうしたの?」
山吹さんって勢いの人だなあって思ってたけど、今日はいつも以上にパワフルだ。
私もどちらかといえば勢いタイプだと思っているので、わかるんだけど不思議。
今日の彼女の勢いの理由がわからないから。
私の手をきゅううっと包み込んで、山吹さんは言いました。
「私で力になれるかなあ!」
「えっ」
「南先輩に頼まれたの! お助け部、剣道部と兼部でいいから入ってくれないかって。でも正直剣道部と兼ねるのかなり厳しいから私は最初お断りするつもりだったわけ。なんだけど青澄さんともっと仲良くなれるチャンスかなあと思ったら、それを手放したくもないなあって。でもでも私だけでは戦力不足感は否めない! 否めないんだよ!」
「は、はあ」
山吹さんと付き合ってる狛火野くん、しゅごい。マシンガンに言い返す暇がない。
私は別に山吹さんだけで十分だと思うんだけどなあ。
「だから私考えた。交換条件を出したの! 例年二人だっていうけど、そこをなんとか三人とか四人になりませんかって!」
「お、おお……」
すごい。伝統がなんだ、さみしいので人を増やすっていうならもっと増やしていいじゃないか、と。そう主張できる山吹さんしゅごい。
「青澄さんの友達をまず最初に頼ろうと思って仲間さんに当たったけど剣道部一筋だから無理そう! 佳村さんも同じで霊子刀剣部で手一杯だからこれも大変そう! なので私誘っておいた。もう一人、仲間をね! どうかな! 会ってくれる!?」
「い、いいですけど」
「いこ!」
「ひょわあ!」
ぐいぐい引っ張って、鼻息あらく歩ける山吹さんは不思議。その手は元気のない私よりもあたたかくて力強い。私の不安なんて置き去りにして、期待に向かって進んでいくんだ。その背中を見ていたら、だんだん頼もしく思えてきた。
冷たい風の中を手を引かれて歩く。あたたかい。別ればかりじゃない。私には同じ学年の仲間がいる。それが頼もしくなくてなんなのか。
そう思ったらどきどきしてきた。山吹さんが選んだ人って誰だろう?
学食の隅っこに辿り着いて、どやあとふり返る山吹さんに私は顔が引きつりました。
「……おっせえな」
仏頂面のギンがいる。
もしかしてもしかしなくても、凄い人選なのでは?
「彼と私が新入部員! どう? どう? いけそう?」
「……えっとぅ」
いけるかいけないかでいえば、どうだろう。
そもそも疑問だ。
「ギン、みんなのために下働きとかできるの?」
むしろケンカしちゃうイメージしかできない。
「あァ? ようは便利屋だろうが。そんなもん、ガキの頃からやってきたから余裕だよ」
はっと笑うギンを見て、ふと思い浮かんだ。
便利屋ギンちゃん。あ、これ危ないやつだ。映画もあったし。今は触れないでおこう。
「無職……もとい、帰宅部なんだよ」
「なるほど」
山吹さんの説明にギン(帰宅部)を見た。
ギンが帰宅部なのは笑っちゃうくらい納得。誰かと協調して何かするイメージないもん。
にしても、なるほど。こうきたか。
「だめかな? 青澄さん」
男子の戦力が増えるのは純粋に嬉しい。助かる。力仕事はやっぱりたいへんだし。
それに山吹さんとギンが入ったら賑やかになりそうだ。それも大歓迎。
でもなあ。ギンには無理だと思うんですよね。へんてこな依頼も山ほどあるし、ケンカしちゃうだろうし。そもそもさ。
「依頼を達成したら金とってもいいんだろ?」
ほら! 不安。嬉しいけど不安しかないよ!
「お金はとっちゃだめだよ! 部活動なんだから! お金とったら大問題になるよ!」
「じゃあ辞めとくわ」
この守銭奴さんめ!
おうち苦しいっていうから引き留められもしないけど!
「あっ、あっ」
「わり。素直にバイト探すわ」
「あああああ……」
耳の穴を小指でほじりながらギンは行っちゃいました。
だよなあ……。なんとなくこうなるんじゃないかなあって思ってましたん。
「ばんな、そかな!」
「いや山吹さん、今回はしょうがないよ」
ショックを受ける山吹さんの背中に手をぽんと置いて、私はため息を吐く。
「ま、まままま、まだ候補はいるよ?」
「ちなみに誰なの?」
「住良木くんと姫宮さん。確認したら二人一組でならいいって」
「……ううん」
レオくんへの依頼にも姫宮さんなら必ずついていきそう。
それはちょっと揉める場面が予想できる。なので。
「恋人同士を誘うのは難しいかも。一人で誘える誰かはいない?」
「うううん……」
唸っちゃった。唸っちゃったね。いないよね。九月で帰宅部で、士道誠心お助け部という名の便利屋さんになれる部活に誘える人。そうそういないよね。
「私一人だけじゃ不安だよね……」
妙に気弱だ。まるでトモに慰めてもらうまでの私みたい。
「何かあったの?」
「あ、あはははは!」
なんのことかな、と言わんばかりの笑い方をされて思わず吹き出しそうになった。
私でもわかる。山吹さん、無理してるんだって。思い当たる理由なんて、昨日の合戦くらいしかないけど。
「昨日、負けたことを気にしてるの?」
「あはは……わかる?」
がっくりと項垂れる山吹さんに慌てる。
「いやあれは、私が頑張れなかったせいで」
「違う。采配がきちんと至れなかったせい。青澄さんは悪くない。託したのはこちらなんだから」
いやいや、いやいやと水掛け論を繰り返していたら予鈴が鳴ったの。
思わず黙って二人して聞いちゃった。そしてこらえきれずに二人で吹き出す。
ひとしきり笑ってみて思ったの。すごくすっきりしてる。私はもう、だいじょうぶ。
「一緒にやっていけたら嬉しい。二人で十分心強い」
「ほんと? ……じゃあ、お願いがあるんだけど」
もじもじする山吹さんにきょとんとしたら、彼女はやや赤面しながら言いました。
「ハルって呼んでもいい? 応援団一緒にやって、友達のつもりだったんだけど。なかなか切っ掛けなくて。あ、ほら! こういうのって機会を失うとなかなか言えないじゃない? 改まって言うとある意味告白よりもガチで照れるみたいなところがあって、同性相手になに緊張してんだって話なんだけど」
「マドカ」
「ふぁ……」
「で、いい?」
「ふぁい……」
てれてれしながら頷いてくれる山吹さん、もといマドカと笑い合う。
不思議だ。私よりもたくさんのものを持っているように見える彼女でも私みたいなことで緊張するんだと思って。なんだかすごく不思議だ。
思わず見つめ合っちゃった。そしてほとんど同時に笑う。
「どっちか男子なら」
「キスする間だよね」
笑い合って一息吐いた。いいことはあったよ。トモ。友達との距離が縮まったの。
「部活兼ねるからどれだけできるかまだ不透明だけど、精一杯がんばるから。ハル、よろしくね」
「こちらこそ」
握手をする。
寒くなったら、仲間と手を繋げばいい。
そうしたら……ほら。私は元気。身体はくたびれてるけど、心はどんどん力を取り戻していく。
「そういえばお助け部って生徒会選挙に繋がる特別な部なんだって? 入った部員は選挙に推挙されるって南先輩に聞いたんだけど」
「そうなの……そうなんだ。そうだよ!」
マドカに言われて気づいた。そうだ。生徒会選挙があった。
すぐに決意した。
別れたらまた出会えばいい。追い掛ければいい。掴み取ればいい。
ただただ引退するなんて、そんなのない。そばにいたい。お互いに心地よい距離感でいたい。私は……離れたくない。先輩たちの迷惑にならない範囲でいいから、それでいいから繋がっていたい。
生徒会選挙をやって二年生のあの素敵な繋がりも一度は離れるって?
それを指をくわえて見ているなんて、私はしたくない。
もしかしたらあるのかもしれないメイ先輩とラビ先輩たちの距離のぎこちなささえ、私はなんとかしたいのだ。
わがままが過ぎるけど。でも……今のまま、ぎこちなく離れて終わりなんていや。絶対に、いやだ!
「ねえ、マドカ! 去年は三年が、今年は二年が生徒会だった。順番でいけば次の生徒会は一年がなるけど、来年はどうしたい?」
「どうしたいもこうしたいも……まだ私たちには早いんじゃない? だって今の生徒会ほど立派な生徒会は、まだ一年生の私たちには作れないと思う」
「だよね!」
そうだ。今の二年生の生徒会は、私から見て完璧なの。素敵なんだよ!
「なに? どうしたの?」
「……ふふふ」
「あ、悪い笑顔」
「すう」
息をめいっぱい吸いこんだ。
「私には企みがあります!」
そしてマドカの手を取って言うの。
「手伝ってくれる?」
どきどきする間さえ、マドカは与えなかった。
「もちろん!」
楽しそうだと笑ってくれるノリの良さが素敵。
引退するルルコ先輩とメイ先輩だけじゃない。
みんなみんな、大事にしたい。部活も生徒会も。そこにいるみんなと、それに関わるみんなすべて。
流れで出て行って、流れで引き継いで終わり? 終わってしまった関係だからぎこちなくなって終わり? 重たい枷のように素敵なものを手放して、引き継いで満足しちゃうの? うまくいかないものをそのままに、やっと至れた関係から明るく未来に向き合えるの?
無理だよ。無理。なのにみんな、それをしょうがないことだと受け入れて我慢して進もうとする。幸せじゃないとしても、現実はそうなのだからと受け入れた振りをしているだけなのに。
つらいのに、つらいままやるなんて。
そんなの私は許さない。コナちゃん先輩がそう言えないなら、私が代わりに言ってやる。
そんなの私が許さない!
今度はちゃんと望む。そしてきちんと掴んでみせる。
覚悟を胸に抱いた時、不思議と身体のけだるさはどこかへ吹き飛んでいました。
きっと、これこそ私の願いなのだと信じて私は教室に戻る。
未来を掴むために歩き出すのだ。
つづく。




